ミステリ&SF感想vol.62

2003.05.20
『くたばれ健康法!』 『塩沢地の霧』 『魔天忍法帖』 『象と耳鳴り』 『星の秘宝を求めて』


くたばれ健康法! What a Body!  アラン・グリーン
 1949年発表 (井上一夫訳 創元推理文庫165-01)ネタバレ感想

[紹介]
 全米中に五千万人にものぼる信者を擁する健康法の教祖・ブロードストンが、何者かに殺されてしまった。鍵のかかった部屋の中で発見されたその死体は、背中を撃たれた後にパジャマを着せられていたのだ。しかも、銃が発射されたのは、部屋の外にあるプールの上らしい。この不可解な事件に対して、多すぎる容疑者たちは誰一人死者を悼むこともなく、ひたすら捜査を混乱させ続ける。頭を抱える担当の警部は、事件の謎を解くことができるのか……?

[感想]

 徹頭徹尾ユーモアに包まれた楽しいミステリです(A.バウチャーによれば、J.D.カー『盲目の理髪師』と並んで“ユーモア小説でありながら”“トリック推理小説としても十分の面白味を持つ作品”とのことですが、個人的には本書の方が笑えます)。何といっても登場人物たちの言動がユーモラスで、容疑者たちは殺人事件そっちのけでそれぞれに騒動を繰り広げていますし、担当の警部に至っては事件の捜査よりもロマンスにいそしんでしまう始末。さらに、終盤の珍妙な推理場面は圧巻です。

 事件の方は、ある程度見当がついてしまうとはいえ、中心となる豪快なトリックが非常に鮮やか。そして、そこから派生するレッドヘリングも見事ですし、さらに真相解明へとつながる手がかりがユニークです。ユーモア部分とミステリ部分ががっちりとかみ合った、看板に偽りない快作といえるでしょう。

2003.05.12読了  [アラン・グリーン]



塩沢地の霧 Mist on the Saltings  ヘンリー・ウェイド
 1933年発表 (駒月雅子訳 国書刊行会 世界探偵小説全集37)ネタバレ感想

[紹介]
 画家のジョン・パンセルと妻のヒラリーは、荒涼たる海辺の村〈ブライド・バイ・ザ・シー〉で、貧しいながらも静かな生活を送っていた。だが、執筆に専念するために当地へとやってきた有名な小説家・ファインズと出会ったことから、夫婦の悲劇が始まった。女たらしのファインズがヒラリーに目をつけ、巧みに誘惑を仕掛けてきたのだ。そして、些細ないき違いをきっかけに、ヒラリーの心は新たな恋に傾いていき、ジョンは屈辱と怒りを押し隠す。やがて霧深い夜、塩沢地へ去って行ったファインズは、数日後に泥の中で死体となって発見された……。

[感想]

 『推定相続人』『警察官よ汝を守れ』『死への落下』と読んできましたが、どうもこの作者とは相性があまりよくないのか、毎回同じような不満を抱いてしまいます。この作品もご多分に漏れず、丁寧でしっかりとした描写に支えられた物語には思わず引き込まれてしまう反面、ミステリとしてはあまりにも物足りなく感じられます。作者の狙いはわからないでもないのですが、それが意図したほどの効果を上げているとはいえず、どうにも中途半端な印象を受けます。

 前述のように描写はすばらしく、また結末も鮮やかな印象を残しているだけに、ミステリとしての仕掛けがかえって余計なものに思えてなりません。いっそのこと、素直に途中で真相を明らかにしてしまった方が、より味わい深い作品になったのではないかと思うのですが。

2003.05.14読了  [ヘンリー・ウェイド]



魔天忍法帖  山田風太郎
 1965年発表 (徳間文庫403-1)ネタバレ感想

[紹介]
 困難な任務を成し遂げながら、その成果をお頭にないがしろにされた上、恋人にも裏切られてしまった公儀隠密・鶉平太郎。彼は二人を斬り捨てて、隠れ家である忍者化粧蔵へと逃げ込んだ。と、そこに黄泉の国から服部半蔵が姿を現し、忍者が活躍する過去の世界へと平太郎を送り込むのだった。だが、過去の世界はその姿を変えていた。平太郎の目に写ったのは、石田三成らに攻められて炎上する江戸城。彼は、豊臣秀吉と徳川家康の戦い“江戸夏の陣”のまっただ中に飛び込んでしまったのだ……。

[感想]

 過去へのタイムトラベルという手法が採用された、異色の忍法帖です。数々の忍法と同じように、山田風太郎ならではの強引な理論に基づいたタイムトラベルもユニークですが、タイムトラベルSFで一般的な“時間旅行者による歴史への干渉”などとはまったく異なり、もはや“パラレルワールド”と表現することさえ適切でないようにも思える舞台が異彩を放っています。何しろ、史実と多少のつながりこそあるものの、歴史上の事件や人物などが大胆にシャッフルされてしまっているのですから。まさに“やりたい放題”といっても過言ではない、その破天荒な物語は非常に魅力的です。

 その中にあって、主人公の平太郎は歴史の知識を生かして大活躍……できるはずもなく、ひたすら周囲の状況に翻弄され続け、野心は空回りを繰り返すばかり。そのダメっぷりは滑稽であると同時に、哀しみも感じさせるものです。平太郎自身の要領の悪さもさることながら、それ以上に“忍者”という存在そのものの悲哀が強く伝わってくるのです。

 最後に待ち受ける人を食った結末は、人により大きく評価が分かれるところだと思います。私はたまたま読む前に知っていたこともあって、十分に納得できたのですが……。

2003.05.15読了  [山田風太郎]



象と耳鳴り The Elephant and the Tinnitus  恩田 陸
 1999年発表 (祥伝社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 引退した元判事・関根多佳雄を中心に繰り広げられる、安楽椅子探偵風の物語をまとめた連作短編集です。状況や登場人物はそれぞれに異なっており(関根多佳雄が登場しない作品もあります)、連作短編集としてはやや統一感を欠いているきらいはありますが、逆にバラエティに富んでいるともいえます。
 それぞれの謎とユニークな“解決”は魅力的です。が、結末が仮説の提示にとどまっている作品も多く、“収束しきれていない”という印象を与えるところは好みが分かれるのではないでしょうか。また、伏線が十分でないことで、結末が唐突に感じられてしまう作品が多いところも、難点といえるかもしれません。
 個人的ベストは「待合室の冒険」

「曜変天目の夜」
 国宝の曜変天目茶碗が公開されている会場で、倒れた老婦人が運び出されるのを目にした多佳雄は、亡くなった友人のことを思い出した。彼は死ぬ前に、「今日は、曜変天目の夜だ」という言葉を口にしたのだ……。
 かなりあっさりした印象の作品で、提示される真相は秀逸ですが、どこか物足りなく感じられます。

「新・D坂の殺人事件」
 何かが落ちる音とともに、渋谷の街中に突然現れた男の死体。その直前、上の方を見上げていた多佳雄は、「堕天使」という言葉を口にした。彼は男が落ちてくるのを目撃したのか……?
 不可解な死体の謎を発端としながら、やや強引とも思える予想外の展開が非常にユニークです。ラストがやや拍子抜けなのが残念。

「給水塔」
 ある日、友人に給水塔へと連れてこられた多佳雄。その給水塔には“鬼”が出るというのだ。老人の怪我、主婦の事故死、小学生の失踪、そして車の事故と、この近辺で続発する事件の裏には、何があるのか……?
 仮説が構築されてはひっくり返されるという過程がよくできています。また、最後に暗示される真相も衝撃的。

「象と耳鳴り」
 多佳雄が喫茶店で出会った老婦人は、を見ると耳鳴りがするという。彼女は幼い頃、両親とともにイギリスへ旅行した際に、象が人を殺すのを目撃したというのだ。だが……。
 ショートショートといってもいいような、かなり短い作品ですが、老婦人の話の裏に隠された“もう一つの物語”、そして最後に暗示される“語られざる物語”という重層的な構造となっています。しかし、それぞれのエピソードのつながりが悪く、突拍子もなく感じられてしまいます。

「海にゐるのは人魚ではない」
 息子の春とともに知り合いの別荘へ向かう途中、車の故障で立ち往生してしまった多佳雄は、通りがかった子供の「海にいるのは人魚じゃないんだよ」という言葉が気になった。そして……。
 何でもなさそうな言葉を手がかりに推理を重ねていくという、H.ケメルマン『九マイルは遠すぎる』に通じる作品です。最後に暗示されるダークな“真相”のインパクトが何ともいえません。

「ニューメキシコの月」
 骨折で入院した多佳雄を見舞いに訪れた友人の検事。彼のもとには、毎年一枚の葉書が届けられるという。文章は何も書かれておらず、同じ風景写真のみ。その差出人は、9人を殺した死刑囚だった……。
 一枚の葉書をきっかけに、9人の被害者をつなぐミッシングリンク、そして犯人の動機を推理するという作品です。人間という存在の本質をえぐり出すような真相が、強烈な印象を残します。

「誰かに聞いた話」
 N町の永泉寺にある大きな銀杏の木の根元に、銀行強盗が盗んだ現金が埋められている――そんな奇妙な話を、多佳雄は一体誰に聞いたのか。何とか思い出そうと頭をひねるうちに……。
 結論だけが先に提示され、それに至る手がかりを探っていくという作品で、通常のミステリをひっくり返したような形といえるかもしれません。

「廃園」
 病死した従姉妹が残した薔薇園を訪れた多佳雄に、彼女の娘が問いかける。母親が薔薇園で自殺を図った日、本当は何があったのか、と。回想の最中に多佳雄は、その事件の裏に隠された真実に気づいた……。
 最後に明らかになる真相、そこに含まれる何ともいえない悪意が印象的です。

「待合室の冒険」
 旅先で、列車の事故のため、駅の待合室で時間つぶしを余儀なくされた多佳雄と春。多佳雄は持参したH.ケメルマン『九マイルは遠すぎる』を読み始めるが、春はなぜか突然奇妙な行動を見せる……。
 これもまた『九マイルは遠すぎる』に通じる作品です。些細な手がかりから展開される論理、そして導き出される意外な真相が鮮やかです。

「机上の論理」
 春と夏の兄妹は、従兄弟に数枚の写真を見せられた。そこに写っていたのは誰かの部屋の様子。部屋の主がどういう人物かを当てることができたら、飲み代をただにするという申し出に、二人は推理合戦に興じるが……。
 同じ写真から引き出されるまったく異なる仮説がお見事。そして、結末にも納得させられてしまいます。

「往復書簡」
 新聞記者となった多佳雄の姪・孝子から送られてきた手紙。日常の様子とともにつづられていたのは、奇妙な放火事件の謎だった。詳しい情況を知って不穏な気配を感じた多佳雄は、もう手紙を送らないよう孝子に指示をした……。
 手紙だけで構成された作品です。放火事件の謎が中心となるのはもちろんですが、意外な方向への展開がよくできています。

「魔術師」
 辞職して故郷のS市で農業を営む友人を訪ねた多佳雄は、彼から当地の色々な噂話を聞かされる。ビルの窓からのぞき込む赤い犬、学校の教室から消えた椅子、そして石鹸で作られた奇妙な地蔵。その奥に見えてくるものは……?
 発展著しい地方都市で育っていく都市伝説を扱った作品です。都市伝説というつかみどころのない存在の背後に隠された、やはりどこか得体の知れないところのある真相が印象的です。

2003.05.16読了  [恩田 陸]



星の秘宝を求めて The Star Treasure  キース・ローマー
 1971年発表 (冬川 亘訳 ハヤカワ文庫SF366・入手困難

[紹介]
 惑星海軍のタールトン大尉は、土星付近を航行する宇宙艦から小型宇宙船で飛び出した友人のダントン中佐を追って、土星の環へとたどり着いた。そこに待ち受けていたのは、小さな岩石の傍らに浮かんだダントンの死体。そして、タールトン自身にも迫る暗殺者の魔の手。辛くも逃れたものの、巨大な陰謀に巻き込まれた彼の運命は激変した。絶体絶命の窮地に陥りながら、友人の死の背後に隠された真相を突き止めようとするタールトンの冒険の果ては……?

[感想]

 序盤の展開はミステリ仕立てかと思わせますが、実体は主人公タールトンの冒険が中心となったスペースオペラ風の作品です。友人の死をきっかけに巨大な陰謀に関わることになったタールトンの流転は途方もなく、その行く末には興味をひかれます。また、軍人だけあって非常に頑固なそのキャラクターも、陰謀の渦中にあっては好感が持てます。

 問題は、終盤の展開が非常に唐突なところで、正直いってかなり脱力を禁じ得ません。それまでのハードな展開が急に安っぽく見えてしまうのは困りものです。結末はやや持ち直しているようにも思えますが、全体的にみてそこそこの面白さは備えているものの、あまりおすすめできる作品ではありません。

2003.05.18読了  [キース・ローマー]


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