ミステリ&SF感想vol.78

2004.01.22
『異次元を覗く家』 『信玄忍法帖』 『ドゥームズデイ・ブック』 『キャンティとコカコーラ』 『密室への招待』



異次元を覗く家 The House on the Borderland  ウィリアム・ホープ・ホジスン
 1908年発表 (団 精二訳 ハヤカワ文庫SF58・入手困難

[紹介]
 アイルランド荒野の森の奥、大瀑布の縁に残る巨大な廃墟。その瓦礫の中から発見された一冊の手記には、かつてそこに住んでいた老人の奇怪な体験がつづられていた。そこは、異なる時空の交錯する場所、いわばこの世とあの世の境界だったのだ。夜ごと襲い来る化け物の群れ、果てしない奈落へと通じる地下の扉、そして邪教の神の寄り集う“沈黙の平原”……。しかし、数々の怪異と遭遇した老人を最後に待ち受けていたのは、さらに途方もない、数奇な運命だった……。

[感想]

 かれこれ100年ほど前に書かれた、怪奇SFの古典です。ストーリーといえるものはほとんどなく、ただひたすらに、手記の主である老人の体験した数々の怪異が描かれています。その、高密度に詰め込まれた幻想的なイメージは、非常に魅力的です。

 しかし、個人的にさらに面白く感じられたのは、中盤以降に突如として始まるSF的な現象です。なぜそれが起こったかはまったく説明されないのですが、その現象そのものについては克明に描写されており、それだけでも大いに興味深いものがあります。

 終盤は再び怪奇小説風となりますが、それもまたいい雰囲気をかもし出しています。そして何ともいえない余韻のあるラスト。どこか不思議な印象を残す作品です。

2003.12.31読了  [ウィリアム・ホープ・ホジスン]



信玄忍法帖  山田風太郎
 1964年発表 (富士見書房 時代小説文庫267・入手困難

[紹介]
 信玄死す――三方ヶ原の戦いで徳川家康を打ち破り、そのまま上洛を果たすかと思われた矢先、志半ばにして病に倒れた甲州の雄・武田信玄。甲斐の国を守るため、その死を三年間秘すべしとの遺言を受けて、六人の影武者たちが信玄健在を装う。だが、武田軍の異変を察知した家康は、信玄の生死を確認するために服部半蔵配下の伊賀忍者九名を送り込んできた。これを迎え撃つのは真田昌幸、真田忍者の猿飛と霧隠、そして武田の軍師・山本勘介。はたして、凄絶な暗闘の結末は……?

[感想]

 例によって人間離れした奇怪な忍法が登場し、忍者同士の戦いが繰り広げられるのですが、本書の中心となっているのはあくまでも情報戦。読者に対しては最初から明かされている武田信玄の死という情報、それをめぐっての激しい攻防が全編を通じて描かれているのです。忍者の重要な役割である情報収集に力点が置かれた本書は、風太郎忍法帖においては(おそらく)異色であるものの、忍者の本来の姿を描いた作品といえるのかもしれません。

 それぞれの忍法を駆使し、奇想天外な手段で信玄の生死を探ろうとする伊賀忍者に対して、六人の影武者たちを、ひいては信玄の死という秘密を守ろうとしながら、時には家康に対して反撃の罠までも仕掛けていく、山本勘介を中心とした武田方。両者の攻防は様々に形を変え、最後まで飽きさせることがありません。その面白さは、非常によくできたスパイものを思わせます。

 そしてまたその攻防はそのまま、死せる信玄と生ける家康との攻防でもあります。生前の信玄に対して三方ヶ原の戦いで惨敗を喫した家康は、引き続き信玄の遺志(を受け継いだ武田方)と戦うことになるわけで、上記の情報戦は信玄と家康の代理戦争とみることもできるでしょう。死してなお信玄が本書の主役であるのはもちろんですが、その存在の巨大さを浮き彫りにしているのは家康の心の動きであり、その意味で家康もまた一方の主役となっているのです。

 本書においてもう一つ見逃せないのは、随所で物語に様々な史実が絡んでくるところです。風太郎忍法帖では大なり小なり史実が取り入れられているのですが、その中で本書ほど数多くの史実が事細かに取り入れられた作品は例を見ません。つまり本書は、忍者同士の戦いが最もしっかりと史実の中に位置づけられた作品だといえるでしょうし、それはとりもなおさずオーソドックスな歴史小説に近いということでもあるでしょう。その意味で、本書は意外に風太郎忍法帖への入門書に適した作品であるのかもしれません。

2004.01.03再読了  [山田風太郎]



ドゥームズデイ・ブック Doomsday Book  コニー・ウィリス
 1992年発表 (大森 望訳 早川書房 夢の文学館4)

[紹介]
 過去へのタイムトラベル技術が確立され、歴史研究に利用されている2054年。オックスフォードではクリスマスを前にして、史学部の女学生・キブリンが14世紀へと送り込まれた。だがその直後、キヴリンの正確な到着時点が判明する前に、それを算出するはずだったコンピューター技師が原因不明の病気で意識不明の重体に陥ってしまう。そして代わりの技師が見つかる間もなく病気が蔓延し、オックスフォード全体が隔離されてしまったのだ。
 一方、14世紀に到着したキヴリンもまた病に倒れ、何とか一命は取りとめたものの、21世紀に戻るためのゲートが開く場所がわからなくなってしまった。のみならず、さらに思いもよらない危難が彼女を襲う……。

[感想]

 タイムトラベルを扱った、かなりボリュームのある大作です(文庫化に際しては二分冊とされています)が、タイムトラベル技術そのものの設定により複雑になりがちなタイムパラドックスは巧妙に回避され、キヴリンを主役とする過去のパートと、キヴリンの指導教授であるダンワーシイの視点による未来のパートが交互に描かれるという、比較的シンプルな二元中継の構成となっています。

 序盤こそやや読みづらく感じられる部分もありますが、二つの時代、そしてそこに生きる人々が、細かい描写やエピソードの積み重ねによって少しずつ肉づけされていき、やがて二つの時代で時を同じくして(?)疫病が発生する頃には、すっかり物語に引き込まれてしまいます。この、細部まで丹念に描き込まれた世界と人々の迫真のディテール、そして物語の圧倒的な迫力こそが、本書の最大の魅力といえるでしょう。

 二つのパートを重ね合わせるかのように描き出されるのは、時代は違えども、同じように疫病の前にはまったく無力な人間たち。その中にあって、キヴリンやダンワーシイ教授をはじめ、困難な状況に懸命に立ち向かおうとする人々の姿が一際目を引きます。さらに、物語が進むにつれて驚くべき有能さを発揮していくウィリアムなど、脇を固める人物たちも非常に魅力的です。多くの人々が命を落とすにもかかわらず読後感が悪くないのは、これらの登場人物たちに負うところが大きいでしょう。

 決してアイデアで勝負するタイプの作品ではありませんが、これもまたSFの魅力の一つを堪能させてくれる傑作です。

2004.01.07読了  [コニー・ウィリス]
【関連】 『犬は勘定に入れません』



キャンティとコカコーラ Chianti et Coca-Cola  シャルル・エクスブラヤ
 1966年発表 (藤田真利子訳 教養文庫3042・入手困難

[紹介]
 “すべての犯罪の動機はである”という堅い信念を持つ、イタリアはヴェローナ警察のロメオ・タルキニーニ警部。何よりも家族を愛する彼が、結婚して渡米したまま戻ってこない愛娘・ジュリエッタを心配するあまり、休暇を取ってアメリカへとやってきた。しかし、ジュリエッタが嫁いだのはボストンでも指折りの上流家庭で、ロメオ警部の考え方とはまさに水と油。案の定、嵐のような騒動が巻き起こる。しかも、到着早々に殺人事件に関わることになってしまい……。

[感想]

 フランスのユーモア・ミステリ作家・C.エクスブラヤによる、デフォルメされたイタリア人・ロメオ警部を主役としたシリーズの第3作です(前2作は未読)。題名の“キャンティ”はイタリアのワイン、“コカコーラ”はいうまでもなくアメリカの象徴ということで、ロメオ警部の訪米を通してイタリア文化とアメリカ文化を対比させた作品となっています。

 物語の中心となるのはもちろん、全編を通じて大暴れのロメオ警部。お堅い娘婿一家の価値観を根底からひっくり返す一方で、ふとしたきっかけから知り合った若者にかけられた殺人容疑を晴らすために奔走し、常に自らの感情を素直に、しかも派手に表現するそのキャラクターは、独特の魅力を放っています。しかもそれが、娘婿一家に代表されるアメリカ文化と対比されることで一層強調されています。

 ミステリとしてはかなりあっさりしたもので、事件の真相を見抜くことは難しくはないと思いますが、この作品の場合には謎解きはあくまでもおまけのようなもの。登場人物たちが繰り広げるノンストップのドタバタ劇を素直に楽しむべき作品といえるでしょう。

2004.01.09読了  [シャルル・エクスブラヤ]



密室への招待 Hoch's Locked Room  エドワード・D・ホック
 1981年発表 (木村二郎訳 ハヤカワ・ミステリ1378・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 短編ミステリのスペシャリストであるE.D.ホックが発表した多数の作品の中から、密室/不可能犯罪ものを集めて日本独自に編纂された作品集です。と同時に、『ホックと13人の仲間たち』ほどではないものの、ホックが生み出した多くのシリーズ・キャラクターが顔を揃えた、バラエティに富んだものにもなっています。
 なお、サム・ホーソーン博士を探偵役とした4篇(「水車小屋の謎」・「乗務員車の謎」・「投票ブースの謎」・「古いかしの木の謎」)については、〈サム・ホーソーン医師シリーズ〉で紹介していますので、ここでは割愛します。

「不可能な“不可能犯罪”」 The Impossible "Impossible Crime"
 雪に閉ざされた極地近く、人里から200マイルも離れた場所にある研究所で、地質学の研究を続ける二人の研究者。親しい友人同士だったはずが、いつしか、そこにいない女性をめぐって緊張が高まっていく。そしてある朝、一発の銃声が響いた……。
 本書の中で唯一の非シリーズ作品です。わずか10ページほどの分量の中で、これ以上ないほど特殊な状況下における不可能犯罪と、その背後に横たわる心の綾が見事に描き出されています。

「レオポルド警部の密室」 The Leopold Locked Room (レオポルド警部)
 レオポルド警部自身に降りかかる殺人容疑。別れた妻を射殺したという疑いがかけられたのだ。現場は二人の他に誰もいない密室の中、しかも凶器となった銃弾は、レオポルド警部が手にしていた拳銃から発射されたものと判明した……。
 苦い味を残す、レオポルド警部自身の事件です。密室トリックそのものはさほどでもないのですが、もう一つのトリックが秀逸だと思います。

「人間消失」 Captain Leopold and the Vanishing Men (レオポルド警部)
 巨額の遺産相続に関わる遺言の証人が、相次いで不可解な状況で姿を消してしまった。そしてまた、レオポルド警部の所へその事件を相談に来た弁護士までもが、警察署内で忽然と消え失せてしまったのだ……。
 消失トリックはやや拍子抜け。また、全体の真相も物足りなく感じられます。

「壁を通り抜けたスパイ」 The Spy Who Walked Through Walls (ダブルCマン/ジェフリー・ランド)
 諜報部内の看護婦のもとから、何者かが重要書類を盗み出しているらしい。秘密伝達局長のランドは、敵のスパイを捕えるために万全の対策を取ったが、それでも書類はいつの間にか、鮮やかに盗み出されてしまったのだ……。
 厳重な監視の下での書類の消失という、一風変わった状況です。トリックは非常に巧妙。解決につながる伏線もよくできています。

「過去のない男」 The Man from Nowhere (オカルト探偵サイモン・アーク)
 記憶喪失の状態でこの世に現れたその男は、やがて一種の宗教家として活動するようになっていた。オカルト探偵のサイモン・アークは男の正体を暴こうとするが、その矢先、男は周囲に誰もいない状況で刺殺されてしまった……。
 正直なところ、この作品にはかなり不満があります。サイモン・アークのかもし出す雰囲気はいいのですが……。

「魔法使いの日」 Day of the Wizard (オカルト探偵サイモン・アーク)
 第二次大戦の終戦直後、砂漠に墜落した米軍の飛行機。17年の時を経て、奇怪な殺人事件に巻き込まれたサイモン・アーク、マジシャン、女性記者らの一行が、飛行機の積荷を捜しに砂漠へと旅立ったのだが……。
 物語としては非常に印象深いのですが、ミステリとしては今ひとつ。ある人物の行動が不自然なところが気になります。

「メデューサ殺し」 The Case of the Modern Medusa (インターポル)
 ギリシャ神話をもとにしたアトラクションでメデューサを演じていた娘が殺された。そのアトラクションが黄金の密輸に関わっているらしいとにらんだインターポルでは、潜入捜査員のローラとセバスチャンを現地に送り込む。しかし、再び事件が……。
 密輸の方はさほどでもありませんが、密室殺人の方はなかなかユニークなトリックだと思います。

「魔法の弾丸」 The Magic Bullet (秘密諜報員ハリー・ポンダー)
 軍事政権と反乱軍との間で緊張が高まる中、反乱軍指導者との話し合いに行こうとした米国大使が、運転していた車の中で射殺されてしまった。しかし、車内には他に誰もおらず、窓は閉ざされたまま、弾痕がどこにも見当たらなかったのだ……。
 描かれた密室状況が非常に鮮やか。そして、シンプルな原理をうまく応用した真相も見事です。

2004.01.14読了  [エドワード・D・ホック]


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