ミステリ&SF感想vol.99

2005.02.03
『いさましいちびのトースター』 『笑う怪獣』 『他言は無用』 『いだ天百里』 『太陽と戦慄』



いさましいちびのトースター The Brave Little Toaster  トーマス・M・ディッシュ
 1980年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF1167)

[紹介]
 森の中の小さな別荘で、密やかに暮らす電気器具たち。主人はもう何年も別荘に来ることはなく、かれらは心配と不安を抱えていた。そしてある日、ちびのトースターがついに、町へ主人を探しに行こうと提案する。かくして、トースター、電気毛布、掃除機、卓上スタンド、ラジオの一行は、別荘を出て冒険の旅に出発したのだが……。

[感想]

 ハヤカワ文庫SFとして刊行されていますが、やはりジュブナイル・ファンタジーというのが適切でしょうか。5台の電気器具たちによる冒険を描いた、心温まる作品です。

 まず、それぞれの機能を反映している個性を備えた、電気器具たちの言動が面白く感じられます。そして、これまたそれぞれの機能に基づく行動の限界と、力を合わせてそれを克服しようとするプロセスが、非常に秀逸だと思います。

 読者にも一喜一憂を誘う波乱に満ちた冒険の旅は、意外な形で終わりを迎えるのですが、そこにもまた十分に工夫が凝らされています。

 短いながらもしっかりした、良質のファンタジー。続編の『いさましいちびのトースター、火星へ行く』も、ぜひ読んでみたいところです。

2005.01.11読了  [トーマス・M・ディッシュ]



笑う怪獣 ミステリ劇場  西澤保彦
 2003年発表 (新潮社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 サラリーマンのアタル、青年実業家の京介、そして市役所勤めの正太郎――いずれも独身の、学生時代からの悪友3人組は、暇さえあればナンパに明け暮れるものの、成功率は高くない。そしていつしか、ナンパが成功しそうになるたびに様々な怪現象に遭遇するようになってしまった……。

 本書は、“ミステリ風味のナンセンス怪奇SF”といった感じの連作です。作中で謎が示されはするものの、謎解きにはあまり重点が置かれておらず、またその解決自体も脱力ものであったりするなど、全般的に本格ミステリ色がかなり薄くなっており、作者がこれまでに発表してきたSFミステリとは明らかに一線を画しています。しかし、怪獣や宇宙人、改造人間などが登場する怪奇SF部分に重点が置かれているというわけでもなく、中心となっているのはあくまでも不条理でナンセンスなコメディ部分です。
 以前の作品でも不条理コメディ的な要素はしばしばみられますし、SFミステリ(の一部)で使われていた、ごく普通の日常にSF設定を放り込むことで不条理な状況を作り出す手法の延長と考えれば、さほど違和感はありません。ただ、それが前面に押し出された結果、ミステリ部分がとってつけたようなものになっている作品が多いのは、やはり残念です。
 

「怪獣は孤島に笑う」
 ナンパした女性たちとともに、クルーザーで無人島にやってきた3人組。と、そこへ海から巨大な怪獣が現れた。怪獣は彼らを襲いはしないものの、その巨大な体で逃げ道をふさいでしまう。そして、仲間たちが一人ずつ姿を消していき……。
 “そして(怪獣以外)誰もいなくなった”ともいうべき状況ですが、最後に待っているのはあまりにも不条理なオチ。これを許容できるか否かが、本書を楽しめるかどうかの目安になる、かもしれません。

「怪獣は高原を転ぶ」
 京介が購入した高原の別荘。何とその近所には、とある有名美人女優の別荘があるという。彼女たちの到着を確認した3人組は早速、事故を装って別荘を訪ねてみたが、突如そこに再び怪獣が現れた……。
 怪獣はただ暴れて去っていくだけなのですが、それによって謎が浮かび上がってくるという構図がなかなか面白いと思います。

「聖夜の宇宙人」
 クリスマス・イブ、ナンパも失敗続きで寂しくぶらついていた3人組は、街角にたたずんでいた美少女を食事に誘うことに成功する。だが彼女は、かわいらしい顔に似合わぬ人並みはずれた食欲を見せる……。
 何ともコメントのしようがない、脱力を余儀なくされる一発ネタ。

「通りすがりの改造人間」
 いつの間にか正太郎に彼女ができたらしい。だが幸せなはずの正太郎は、人相が変わってしまうほどげっそりとやつれながら、焼き肉屋でホルモンを大量に食べるなど、どうも様子がおかしい。そして、美しい彼女もまた……。
 怪奇SF部分とミステリ部分がほとんど真っ二つに分断された作品。まったく関係ないわけではないのですが、木に竹を接いだような印象はどうしてもぬぐえません。

「怪獣は密室に踊る」
 突然美女と結婚した京介から、助けを求める電話が。マンションに押し入った怪しい男たちに妻がさらわれ、京介は監禁されているというのだ。アタルと正太郎は慌てて救助に駆けつけたが、怪獣がマンションを倒壊させてしまう……。
 かなり強引ではありますが、本書の中では最もよくまとまった作品といっていいでしょう。犯人にとっての大いなる皮肉が何ともいえません。

「書店、ときどき怪人」
 書店でアルバイトをする外国人女性に一目惚れしたアタルは、足繁く書店に通いつめ、やがて彼女とデートを重ねるようになり、ついにプロポーズを決意する。だが、デートの途中で話を切り出そうとした矢先、殺人事件に遭遇し……。
 個人的には最も笑えた作品ですが、連続殺人の真相もまずまずだと思います。ただし、これは人によって好みが分かれるかも。

「女子高生幽霊綺譚」
 アタルのアパートでだらだらしていた3人組の前に、女子高生の幽霊が出現した。彼女は、15年前に学校で何者かに殺されたのだという。犯人が残した“今日晴れてさえいれば……”という言葉をもとに、推理を始めた3人組だったが……。
 犯人が残したわずかな言葉をもとに延々推理を繰り広げるという、H.ケメルマン「九マイルは遠すぎる」を思わせる安楽椅子探偵もの。しかも、登場するのが怪獣や改造人間ではなく幽霊だということもあって、本書の中で最も普通のミステリに近い作品となっています。そして、真相解明のロジックもなかなかのものです。ただし、ここまでくるとオチのパターンが読めてしまうのが残念。

2005.01.13読了  [西澤保彦]



他言は無用 Keep it Quiet  リチャード・ハル
 1935年発表 (越前敏弥訳 創元推理文庫125-02)ネタバレ感想

[紹介]
 ロンドンのホワイトホール・クラブ。腫れ物の塗り薬を間違えて料理に使ってしまったかもしれない、という料理長の報告に、幹事のフォードは青ざめる。しかもそれを食べたのが、会員の中で最も口やかましく偏屈なモリスンだというのだ。フォードは慌ててモリスンを探し回るが、ようやく見つけたモリスンは椅子に座ったまま急死していた。フォードはクラブの体面を守るため、会員のアンストラザー医師と協力して心臓病ということで片づけてしまうが、やがて二人のもとに、クラブの改善を求める脅迫状が届き始めた……。

[感想]

 英国のクラブを舞台にしたミステリです。英国のミステリなどに登場するこのクラブというものは、日本人には今ひとつなじみがありませんが、本書では会員だけでなく運営側の人間にもスポットが当てられていることもあって、全体的な雰囲気がかなりつかみやすくなっていると思います。会員たちの方は、大なり小なりそれぞれに“紳士”を自負しているわけですが、運営側の人間からみるとそうでもない、というところにはニヤリとさせられます。

 派手な事件やトリックがあるわけでもなく、またスリリングな謎解きがあるわけでもなく、さらにはさほどサスペンスフルな展開というわけでもなく、物語は実に淡々と、ゆるやかに進んでいくのですが、そこには独特の味わいがあります。クラブの日常の細々としたことの中に忍び込んでくる脅迫状、その中身がまた、金品を要求するでもなくひたすらクラブの運営の改善を求めてくるところが面白く感じられます。さらに図書室の本の紛失事件が妙にクローズアップされてくるなど、本書の主役は舞台であるクラブそのものといえそうです。

 ゆったりとした流れの中にも、プロットには巧妙にひねりが加えられています。物語の中盤で、読者に対していきなり“ある事実”が明かされるのには驚きますが、これは間違いなく正解でしょう。それによって物語はがらりと姿を変え、非常にユニークな形になっています。終盤の展開や結末の処理も味わい深いものですし、最後の一言も実にしゃれています。英国ならではの、英国らしいミステリ。佳作です。

2005.01.18読了  [リチャード・ハル]



いだ天百里  山田風太郎
 1957年発表 (廣済堂文庫 や7-13)

[紹介]
 豊臣家と徳川家の間の緊張が高まりつつある慶長年間。“撫衆{なでし}と呼ばれる人々は、人里から離れて山から山へと渡り歩き、何者にも縛られない自由な暮らしを送っていた。そんな中、伊豆の撫衆の親分の娘にして、並の男が太刀打ちできないほど強くたくましいお狩と、滅びた武田家の旧臣という身分から撫衆に加わった半ベエの二人は、ひょんなことから大久保長安とわたり合い、怪しげな修験者と対決し、真田忍者と徳川隠密の暗闘に関わり合うなど、様々な騒動に巻き込まれていく……

[感想]

 山の民“撫衆”を主役とした歴史伝奇連作であり、(本書が書かれてから『甲賀忍法帖』の連載開始までは若干間があるものの)ある意味では忍法帖のプロトタイプともいうべき作品です。忍者ではないものの、撫衆たちはいずれも超人的な脚力や運動能力を誇り、常人離れした存在であることは間違いありません。そして、凄絶な戦い、巧みに史実を取り入れたプロット、はかなく散っていく命の軽さなど、後の忍法帖にみられるような要素が含まれています。

 “忍法”が存在しない(作中に登場する真田忍者や徳川隠密も、忍法を使うわけではありません)点が忍法帖との最大の違いであるのはもちろんですが、大きな違いがもう一つあります。多くの忍法帖における忍者が、その立場ゆえに主命や掟に縛られる結果、物語は非情な雰囲気を帯びることが多いのですが、本書の場合には主役が自由な山の民であることもあって、凄絶な中にもどこか明るさや軽やかさの感じられる物語になっています。あえて忍法帖の中から挙げるならば、『笑い陰陽師』に近いといえるかもしれません。時おり挿入される、人を喰ったような一発ギャグ「狂天狗の巻」“かも(以下略)には爆笑)もまた、物語の中に不思議に溶け込んでいます。

 連作という形式のせいか、ややまとまりを欠いている印象もあり、またラストがやけにあっさりしすぎている感もありますが、まずまずの作品といっていいのではないでしょうか。

2005.01.21読了  [山田風太郎]



太陽と戦慄  鳥飼否宇
 2004年発表 (ミステリ・フロンティア)ネタバレ感想

[紹介]
 リトル、ズアン、コージ、ナオミ――“導師”と名乗る男に引き取られた4人のストリートキッズたちは、“人類は滅びるべきだ”という導師の教えを受けながら“道場”で共同生活を送り、ロックバンド〈ディシーヴァーズ〉を結成して練習に励んでいた。そしてついに、〈ディシーヴァーズ〉はついに初ライブに臨んだのだが……緊張のためかさんざんだった演奏が終わった後、密室状況の楽屋で導師の死体が発見されたのだ……。
 ……それから10年。列車爆破や百貨店炎上など相次ぐテロ事件の陰で、かつての〈ディシーヴァーズ〉のメンバーたちが一人ずつ命を落としていく。そして、死体のそばには奇妙な物が……。

[感想]

 題名はキング・クリムゾンのアルバム名から、章題はいずれもプログレを中心とした曲名からとられているようです(聴いたことがあるのは2〜3曲程度なので、よくわかりませんが)。さらに目次には、それぞれ「Part I」・「Part II」の題名になっているイエス「危機」とピンク・フロイド「狂気」、さらにもう一つ「太陽と戦慄」が折り込まれている凝りようです。

 物語は、導師とストリートキッズたちの背景に始まり、〈ディシーヴァーズ〉の初ライブ、そして導師の死体が発見されるまでを描いた「Part I 危機」と、その10年後に起きた連続テロ事件及び殺人事件の顛末を描いた「Part II 狂気」とに分かれています。ミステリ的な興味はさておき、物語としては前半の方が面白く感じられたのですが、それは一つには、導師やストリートキッズの経歴などが一風変わったものになっているためでしょう。また、思想と音楽とが強く結びついているところも、カルト的な集団としてはユニークだと思います。それが後半になると、音楽という要素がほとんどなくなって導師の思想そのものが剥き出しになる分、その陳腐さ(というのはいいすぎかもしれませんが、今となってはありがちという感があります)が目についてしまうのが残念です。

 ミステリとしては、小さめのネタがいくつか組み合わさった形で、特に後半はサスペンスの方に主眼が置かれているようですが、やや物足りなく感じられる死体の“装飾”の謎を除けば、まずまずの出来だと思います。ただ、その扱いがかなりあっさりしているのがもったいないところですが……。

 ある程度予想できるとはいえ、結末のインパクトはなかなかのもの。全体的にみて、謎解きがテーマに奉仕するような形になっているところは好みが分かれるかもしれませんが、意欲的な作品ではあると思います。

2005.01.26読了  [鳥飼否宇]


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