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トリックスターズC/久住四季

2007年発表 メディアワークス文庫 く3-5,6(KADOKAWA)/(電撃文庫 く6-5,6(メディアワークス))

 『トリックスターズ』の事件と同じく「魔術師からの挑戦状」で始まりながらも、魔術師が早々に容疑者から外されるひねくれた状況がまず目を引きます。魔術による密室が不可能と断定される一方、(魔術によらない)陳腐な物理トリックで密室を構成できると判明するのが四月の事件と異なる点で、もちろんトリック自体に面白味はないものの、それを“挑戦状”と組み合わせることで可能となる推理が面白いと思います。また、“挑戦状”とメッセージが手書きであるという、魔術に関する設定に基づいた根拠もよくできています。

 それを隠れ蓑にして魔術師・佐杏先生が、“挑戦状”に便乗する形で事件を進行させていたという真相が巧妙。魔術師であることに加えて、“探偵”であることによっても容疑を免れる“探偵=犯人”トリック*1でもあるわけですが、このシリーズでは探偵役・天乃原周を導く“メタ探偵”の役どころといえる*2佐杏先生が、犯行側に回っても最初の犯人・五十海忍の上位に位置する“メタ犯人”となっているのは、さすがというべきところかもしれません。

 ちなみに、『トリックスターズC PART1』の扉*3には題名の“C”の説明として“――――C/CopyCat模倣犯。”と記されていますが、これが“四月の事件を模して事件を起こしている模倣犯{コピーキャット}(PART1;304頁)を指しているのはもちろんとして、同時にこの事件自体が模倣犯を内在していることを示唆する大胆な伏線、と考えることもできるように思います。

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 さて、探偵役・周による〈一段目の解決〉は、実行委員長・国塚崇の“犯人なんか誰でもいいっ!”(PART2;222頁)という、ミステリにあるまじき一言(苦笑)を利用(?)して、“犯人は不明”で片付けるという豪快なものになっていますが、説明されるゲームの“真相”はなかなかよく考えられています。クイズ研・美容研・プロレス研の三会場で起きた第三~第五の事件で、犯人が“奪った”ものが他ならぬ実行委員だったというのはとんち話めいています*4が、そこから実行委員が手薄になった意味を考えることで、犯人の“真の狙い”(チャリティーの『募金』)にたどり着くことができるようになっているのがお見事です。

 しかして、その第三~第五の事件が周らの“自作自演”――〈一段目の解決〉によって事態を丸く収めるために、いわばもう一組の模倣犯として演出したものだったという真相がよくできていますし、それを読者に対して強固に隠蔽する叙述トリック――時系列の誤認トリックが秀逸です。語る出来事の順序を前後させてあるのはもちろんですが、プロレス研会場での描写の中で、国塚が落としたトランシーバーが“どんっと重い音を立てて床で跳ねた。そして――”と、プロレス観戦中の周の視点での“――リング外のマットにまで墜落した。”(いずれもPART2;198頁)とを、そのままつながっているように見せかけてある*5のが実に巧妙で、“語り手”ならぬ“騙り手”の面目躍如といったところでしょう*6

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 続く〈二段目の解決〉では、一連の事件のうち『願いシート』の盗難だけを切り離すことで、犯人と動機を導き出すところがよくできています。国塚への想いを認めた瀬尾深尋の“絶対に『願いシート』を取り返さなくちゃ。あの中にはあたしの願いも入っているんだから”(176頁)から始まるやり取りが、『願いシート』を奪う動機の伏線となっていますが、犯人・五十海が男性であることがミスディレクションになると同時に、“告白”を知られたくないという動機がより切実なものとなっているのがうまいところです。

 しかしこの〈二段目の解決〉、プロレスの“暗黙の了解”をヒントにしている(しかもそれを読者やフィラメル・スピノーヴァに明かしている)一方で、“暗黙の了解”から当然想起される“相手選手”――“もう一人の犯人”の存在を隠さなければならないのが苦しいところですが、“彼の意思以外の要素が絡んでいた”(252頁)と表現をすり替えた上で、偶然による密室をひねり出すことで、五十海が勝手に“もう一人の犯人”を想定して動いたという形*7を作り出しているのが巧妙。また第二の事件の謎解きを先送りすることで、五十海本人と手鞠坂幸二に向けてそれぞれ別の犯人を示しているのもうまいところです。

 そして、周が〈一段目の解決〉を演出する表向きの理由――正確にはスピノーヴァに向けた理由――までしっかり用意されているのが秀逸。蓮見曜子と瀬尾深尋がお互いを犯人と名指しする“解決”を経て、国塚が犯人に自首を促す印象的な展開から、周が実行委員たちのアリバイを指摘する自然な流れ――と同時に“実行委員は犯人ではない”と思わせるミスディレクションにもなっている――が、ここへきて“再利用”されるのが巧妙ですし、(あくまでも方便なので周に“実害”はないとはいえ)五十海が自首など考えてもいなかったことが、物語に苦い味わいを付け加えているところもよくできています。

 〈二段目の解決〉が成立しているのは、周が述懐している“現在、この事件に関わった人々の間には、知り得ている情報量に多寡がある。ある情報を知っていても、もう片方を知らなければ、真相には到達できない。”(PART2;289頁)という事実によるところが大です。これと同じような、“得られるデータによって、探偵役が導く結論は、大きく変わる”という問題を扱った氷川透『密室ロジック』では、読者と探偵役が入手した情報の異同により“真相”の不安定性を強調するかのような手法が採用されていましたが、この作品ではそれを逆手に取って、探偵役が複数の“解決”を生み出すために利用しているのが面白いところです。

 この作品で“探偵役が多すぎる”状態となっているのは、この情報量の違いによる多重解決を効果的に演出するため、それぞれの探偵役が部分的な情報のみを入手するように構成されている、ということではないかと思われます。そして、一番出遅れていながらもいつの間にかすべての情報を入手し、“メタ視点”から俯瞰するように物語を再構成している周は、『トリックスターズ』での佐杏先生に近い役どころをこなすまでに至っている、といってもいいかもしれません。

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 最後の解決では、“もう一人の犯人”が九時よりも前に倉庫を密室にしたことから、時計は魔術で止められた――作中では具体的に説明されていませんが、“壁に何本もの引っ掻いたような跡が残っている”(PART1;258頁)ところをみると、使い魔の黒猫アマネによるものでしょう――とする推理が鮮やかですし、魔術師がごくわずかしかいないという設定を生かした魔術師のアリバイもお見事。

 五十海が自首してしまうと“一番おもしろくない”(PART2;283頁)から募金を奪うというのは、いくら佐杏先生が“トリックスター”でも少々過激に過ぎるように思われますが、アレイスター・クロウリーと秘密裏に連絡を取ることが真の目的となれば、“もう一人の犯人”をスピノーヴァに気取られないよう、そこまでして五十海の口を封じるのもやむを得ないのかもしれません。いずれにしても、“ゲーム”の一環として事件に組み込まれているように思われた時計の見立てが、“密室”とともにクロウリーへのメッセージとなっていたのが面白いところです。

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 なお、電撃文庫版『トリックスターズC PART2』の巻末に付されていた、「『C{クロスワード}』のあとがき」のクロスワードパズル(→作者のツイートを参照)の解答が気になる方は、TFEI失敗作さん(「☆長門有希ファンの図書館☆」)による「トリックスターズC PART2 クロスワード」をご参照ください。

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*1: 実際に“探偵”を演じているのもさることながら、『トリックスターズ』終盤の“探偵vs犯人”の再現のような、佐杏先生とアレイスター・クロウリーが対決する“結末”を冒頭に配してあるのも効果的です。
*2: 特に『トリックスターズL』『トリックスターズM』で顕著です。
*3: 電撃文庫版・メディアワークス文庫版ともに。
*4: 某海外作家による短編シリーズの第一作((作家名)アイザック・アシモフ(ここまで)(作品名)「会心の笑い」(『黒後家蜘蛛の会1』収録)(ここまで))を思い起こさせる“真相”です。
*5: 真相が明かされてみると、後者は実際にはレスラーだったと考えられます。
*6: もう一つ、『願いシート』と『ローレルクラウン』がステージに降ってきた後の“ぼくが講堂に到着すると”(218頁)が絶妙で、実際には講堂から出てきたところを、あたかも別の場所から講堂にやってきたように見せかけることに成功しています。
*7: 相手選手との“暗黙の了解”を前提としたプロレスから、相手のいないシャドーボクシングにすり替わっているような気もしますが、まあそこはそれ。

2007.05.12 / 05.13 電撃文庫版読了
2016.03.26 / 03.29 メディアワークス文庫版読了 (2016.04.20改稿)