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トリックスターズD/久住四季

2006年発表 メディアワークス文庫 く3-3(KADOKAWA)/(電撃文庫 く6-3(メディアワークス))

 本書をお読みになった方はすでにおわかりのように、ネタバレなしの感想[紹介]には天乃原周と三嘉村凛々子は推理小説研究会の面々とともに、その中に閉じ込められてしまった。”と“嘘”を書きましたが、これはネタバレを避けつつフェアな書き方ができなかったので(苦笑)、ご了承ください。

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 ということで、閉鎖空間内で相次ぐ不可解な人間消失、そして召喚魔術による〈混乱〉・〈忘却〉・〈消滅〉の概念に憑依された“憑依体”の正体が、謎として前面に出されている本書ですが、それ自体が一種の巧妙なミスディレクションであって、実際に仕掛けの中心となっているのはもちろん、「in the "D"ark」語り手(手鞠坂幸二)を“天乃原周”と思わせる人物誤認トリックです。作中の登場人物(周を知らない推理小説研究会の面々)も同じように誤認してはいますが、読者に対しては叙述トリックになっているといっていいでしょう*1

 トリックによる人物誤認という現象そのものには前例もあり、必ずしも珍しいものではないのですが、本書ではその現象を成立させる手段、すなわち真相の隠蔽(情報の欠落)と、“偽の真相”へのミスディレクション(→拙文「叙述トリック概論#[4]偽の真相」)が、非常にユニークなものになっています。

 まず、語り手(手鞠坂幸二)による一人称の語りの中で真相が隠蔽されているわけですが、幸二自身が召喚された〈忘却〉の概念に憑依されて、自分の名前と周の存在*2を忘れてしまっているため、“自分が手鞠坂幸二である/天乃原周ではない”という真相をそもそも知り得ないのが巧妙。その結果として、語り手が不自然に事実を省略することなく、(“信頼できない語り手”気味であるとはいえ)フェアに真相が隠蔽されることになっているところがよくできています。

 そして、語り手を“天乃原周”と思わせる、“偽の真相”へのミスディレクションがおよそ例を見ないほど強力。その中核をなすのはいうまでもなく、扇谷いみなによる作中作〈トリックスターズ〉で、そこに登場する「天乃原周」との相似から、推理小説研究会の会員たちが語り手を“天乃原周”と思い込み、読者もそれに引きずられる形になっています。〈忘却〉に憑依された語り手がそれを否定できないのは当然として、他ならぬ“三嘉村凛々子”がそれを否定することなく、ついには語り手を“周くん”(93頁)と呼び始める*3ことで、疑問を抱く余地がないほど誤認が補強されるのは、もはや反則技といっても過言ではありません(苦笑)

 さらに、“天乃原周”と思われた語り手(手鞠坂幸二)が“実際には、ぼくは捜査なんかしていませんよ”(89頁)と、作中作〈トリックスターズ〉に登場する「天乃原周」との違いを早々に明言しているのがくせもの。語り手自身は紛れもない事実を口にしているわけですが、しかしそれが作中の“現実”と“虚構”の間の差異であるかのように受け取られて、それ以降に“天乃原周”への違和感が生じても、作中作の作者・扇谷いみなの脚色に起因するものと思わされてしまう――いわば、作中作〈トリックスターズ〉の存在が違和感を吸収する“装置”になっているのが秀逸です*4

 もう一つ細かいところでいえば、語り手が魔術師であることを否定しながらも、魔術師が“世界に七人いるんじゃありませんでしたっけ”(251頁)と、周本人しか知らないようなことを口にしているのが絶妙。この時点ではすでに、語り手が“憑依体”であることは見え見えなので、周が〈忘却〉に憑依された魔術師であることを忘れた状態であるように思わされるのがうまいところです。しかもこれが、『トリックスターズ』冒頭での(魔術師が)“世界にたった七人しかいない”(同書10頁)という――読者への手がかりにもなっている――周の一言の、巧みな再利用であるのが面白いところです。

 このような仕掛けによって人物誤認が成立することで、周が結界の外側にいることが隠蔽される結果、講義棟を包む結界と人間消失が〈ロセッティの写本〉の発動と同じく“犯人”の仕業のような様相を呈することになり、事件の構図が見えにくくなる効果が生じているところも見逃せないでしょう。

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 真相を見抜くための突破口となるのはやはり、結界に閉じ込められた語り手・“周”の性別です。衣笠偵史郎がやけに“周”のことをライバル視していたり、“周”の方から“凛々子”にキスを求めていたりするあたりで、“周”が男性であることが匂わされている感がありますが、決め手となるのは佐杏先生が指摘している、扇谷いみな『トリックスターズD』冒頭にあるスーツのボタンの描写。単独では少々わかりにくいようにも思われるものの、「in the "D"aylight」での対応する場面(30頁)との食い違いに気づけば、性別の違いは明らかです。そして、作中作に登場する「周」と語り手の“周”が、同じ性別であることはいうまでもないでしょう。

 そうすると今度は、語り手が周本人であるかのようにふるまう“凛々子”の言動がネックになりますが、『トリックスターズ』を読んでいれば“あの人物”の特技を思い出すこともできるでしょうし、本書の中でも(あくまでも噂として、ですが)その特技・“魔術変装”(225頁)に言及されていることが、読者へのヒント*5となっています。さらにいえば、作中での衣笠の推理――凛々子と周が棟内にいるのなら、二人を迎えに行ったいみなもまた“同じく棟内にいるはずだ”(212頁)――を裏返すことで、いみなが棟内に見当たらないのであれば、彼女が迎えに行った凛々子と周だけが棟内にいるのは不自然だという推理も可能かもしれません。

 結界を維持するのに“最低二人(126頁)の魔術師を要することや、“黒い影”の正体(=周)につながる葬式にでも行くのか?”(20頁〜21頁)という台詞など、細かい手がかりや伏線もよくできています。

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*1: 「in the "D"aylight」の語り手(周本人)との“二人一役”(→拙文「叙述トリック分類#[A-1-2]二人一役」)と考えることもできますが、“同一人物ではなかった”ことよりも“周ではなかった”ことがトリックのポイントだと思われるので、“なりすまし”(→「叙述トリック分類#[A-1-3]なりすまし」)ととらえる方が適切ではないでしょうか。
 ちなみに、人物誤認に伴って性別の誤認(→「叙述トリック分類#[A-2-1]性別の誤認」)も生じている上に、あまり例のない“男性を女性と誤認させるもの”になっているわけですが、『トリックスターズ』での周の性別誤認トリックに貢献していた“ボクっ娘”設定が、ここで逆方向の性別誤認トリックに再利用されているのが実に巧妙です。
*2: 〈忘却〉の効果がやや都合がよすぎるようにも思われますが、作中で指摘されている(302頁)ように、自分の名前を忘れただけではトリックが成立しなくなるわけで、よく考えられていると思います。
*3: 「in the "D"ark」の最初の時点では、フェアプレイを意識してか“……くん”(75頁)とぼかして表記されていますが、〈忘却〉する物事の選択を考慮すると、最初から“天乃原周”に仕立てるつもりだったことは間違いないでしょう。
*4: 初読時には、閉じ込められた語り手の“天乃原周”が男性らしいところまでは何となく見当がついたにもかかわらず、久住四季『トリックスターズ』と扇谷いみな『トリックスターズ』がごちゃごちゃになって整理できないまま、完全に騙されてしまいました。
*5: 閉じ込められた人々にとってはあくまでも噂にすぎないので、推理の手がかりにはなりませんが、“事実”を知る読者にとっては、それを思い出すきっかけになり得るでしょう。

2006.05.02読了 電撃文庫版読了
2016.02.26 メディアワークス文庫版読了 (2016.03.07改稿)

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