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最終更新日03/04/10

コラム

コラム75

感情に流される生き物

 人間は感情に流される生き物です。

その時の本人の精神状況(気分)でかなり変わってしまいます。
嬉しいときは寛大だし、怒っているときは短気だし、感情制御が出来ないのも人間です。

人が社会の中にいる以上、感情を制御しないと駄目ですが、それを完全にコントロールできる人もまた居ません。
ですが、経験でそれを隠す事を人はしますし、感情を抑えようとします。

人と知り合って、好きに為れないと言う事があれば人は離れます、でも嫌った人とも、ちょっとした切っ掛けで仲良くなる事もあります。
又、人の噂話で自分で会っていない人を他人の意見だけで決め付けて勝手に判断したりする人も多いです。

その時の自分の精神状況でいくらでも受け止め方が変わってしまう・・・・・・ちょっと考えると自分でも思い当たる事も多いです。

ですから、
感情に流されるのが人間であっても、それを抑えようとするのも人間なんだと思います。
と考えると状況次第で、人を好きにも嫌いにも後で仲良くなったり後で嫌いになったりする事が出来るのも人間です。

これは人によって当たり前ではない様ですが、単純に一回の判断で他人を決めて掛かる事を意味して自分にとっても損するでしょうし・・・・。とは言ったものの合わない人はどんなに接しても合いませんけどねぇ・・・・(苦笑)。

他人の接し方をその都度、状況に応じて変えていく必要性はあります。
人の接し方をコントロールすれば、これは逆に見れば他人に対して本当の自分を見せない人と言う原因も生みます。
他人にどこまで自分を出すか、それは自分で判断すればいい事ですが・・・。

頭に来る事があって感情的になって他人を判断したとしても、その感情を殺して・・・その人への接し方の形を「大人」として演じると言う意味が当り前になってしまった社会の中では、感情を出せる人も、そして感情を出せるような場所も今は減っていくような気がしますね。

他人の話
精神の壁などでそれぞれの見方をしていますが、それ自体を突き詰めて行ったとしても本当の答えを見出すのは簡単じゃないでしょうし、それらの考えを生かすも殺すも人間独り独りが何を考えているのかに掛かっていると思います。どちらにしても感情を殺して人と付き合うことが大人と言い切るのも個人的に寂しい気もします。

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