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最終更新日03/03/21

コラム

コラム93

ナル

 ナルってなあに?と思います。タイトルの「ナル」は『ナルシスト』の略です・・単純にタイトルを『ナルシスト』と出すのを私の方で気分的に気が引いたので(笑)、題名を『ナル』としました(笑)。

変な題材を今回選んだのは、案外この事は人格に影響を与えています。

私は自分への自信で自分に自信が無くて「顔を上げて歩く事が出来なかった」と書いた事がありますが、自分に自信が無かったので鏡に映った自分自身が嫌いでした。
ですから、鏡を見て自分に「うっとり」とかする以前の話でしたからナルは論外です。
今は、昔から見ればそれ程、自分の外観、人格に対して毛嫌いが緩和されましたが、鏡を見て・・・昔よりマシ(外観)かな?と思うようになりましたけど。
実際、人間の精神の中には大小なりの自己愛(ナルシスト)があるそうです。

これは勘違いするとかなり危ない方に進みますが、自分自身を大切に出来るのは自分を置いて他に居ません。
自分を見るとなると鏡の自分の顔を見ます、顔が人間を表す基本です。手や足みてもしょうがないですから(笑)
ですから、自分が自分自身を見ると言うのは顔、外観から始まります。

そして、自分を好きでなくては自分を大切にする事も他人を大切にする事が出来ないと思います。
すべての物事の基準はあくまで自分を基準にしていますからね。
だから、自分を大切にしなければ人を大切になどできないし思いやることもできません。
ですが、
見回すとその自己愛がちょっと捻じ曲がって、よく言うナルシストとして外観の良さなどから、「俺はハンサム」とか「私は綺麗」とかが全面に出てしまっている人もいます。そのような人は大体、接すると分かります。
何が分かるかと言うとナルシストだと分かるのです、どう言う雰囲気の人と言われると上手く説明できませんが・・・・・こうなると余り回りの人はどちらかと言うと敬遠します。
ところがその手の人は自分が最高と思っているので他人への接し方が下手である場合があります。
自分が中心となるので他人に依存する必要性も無く、必然的に他人の接し方が下手になります・・・・・・女性などで過剰に外観を気にしている人とか、自分の外観の良さを鼻にかけている人が例ですね。
外観がいつまでも続くものではない事実を無視していると思います。(そりゃ・・・外観良い方がいいに決まっていますけど))

自己愛とナルシストは、私が思うに似て異なるものだと思います。けどお互い近い存在の気がします。紙一重かも・・・。

私個人の考え方ですが、ナルシストが悪いものでは無いと思います、自分はカッコいい、器量がいいと思うのは個人の自由です。外観の自信が自己の自信に繋がるので侮れません(笑)その事は外観で話していますが・・・。
ただ、
そう思う自信過剰が、他人への侮辱や見下す行動として周りの人に対して出るようでは問題だと思います。
自分がどう思うかは個人の自由ですが、自分の価値観を他人へぶつける事は良い訳ではありませんから・・・。
自分を好きになる事がすごく大切なのに、それが間違った形で人に対して傷付ける理由になっている場合があるのも悲しい話ですね。

最後に、自分を大切に思う事が「外観」の良さではなく「自分」と言う人間すべてを大切に思う事が簡単ではない事だと思います。ですから、自分を好きで居られる人は、あまり居ないのではないかな?とこの頃思っています。

私の場合、あまりに自分の外観に悲観していた時期が長かったので未だに自信に根拠も無いので、私を見た他人がどう判断するのか付き合いの中で接するようにしています。
ですが・・・・コラムに使っている私の写真は撮り直したりしているのである意味、ナルが少しは入っているかも・・・・・写真、載せるのならば良い写真のほうがいいに決まっていますからね・・・・・私の中にもそう言うナルの面は多少なりありますね(笑)

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