20080607戦略研「いま、いかに政党系シンクタンクを機能させるか」(下表)
2008060701戦略研議事録PDF版
 戦略研レポートNO.3
      「政策の競争を起こすべき 〜政策系シンクタンクの必要性〜」(PDF)
■ 研究成果その1 「1998年4月から、2002年11月まで」
■ 研究成果その2 「2003年2月から、2004年12月まで」
■ 研究成果その3 「2005年2月から、2007年12月まで」
■ 研究成果その4 「2008年2月から、2008年4月まで」

 20080607戦略研「いま、いかに政党系シンクタンクを機能させるか」

戦略研62ndミーティング議事録

戦略経営研究会10周年企画第2弾
戦略経営研究会・改革日本 合同企画

2018年日本の戦略シリーズ
「いま、いかに政党系シンクタンクを機能させるか」

日時:平成20年6月7日(土)午後1時30分〜午後5時
場所:ティーズ東宝ビル別館 301会議室

対談者:
鈴木崇弘氏(有限責任中間法人「シンクタンク2005・日本」 理事・事務局長)
坂田顕一氏(有限責任中間法人「公共政策プラットフォーム」政策マーケティング室)


1 開会・挨拶

茂木 : 只今より戦略経営研究会と改革日本の合同企画による研究会を開催します。
      本日のテーマは「いま、いかに政党系シンクタンクを機能させるか」です。
      (配布資料の説明)
古村 :(戦略経営研究会の紹介)
長谷川:(改革日本の紹介)

2.対談

茂木 : 本日対談頂きますのは、自民党系政策研究機関「シンクタンク2005・日本」
 代表の鈴木さんと民主党系シンクタンク、公共政策プラットフォームの坂田さんです。
 どうぞよろしくお願いします。
  鈴木さんには以前、別の研究会でご一緒させて頂いて以降、お付会いさせて頂いて
 おります。また、プロジェクトKで架け橋という会合があり、そこで昨年12月に坂田さん
 とも知合いとなり、「これは、政党系シンクタンク対談をやるしかないだろう」との動機から、
 本日の対談を迎えることができました。
  では、まず、坂田さんから自己紹介をお願いします。

坂田 : 今の立場に至った経緯について話をさせて頂きます。大学を卒業後、大学院
 に進学しました。当時は、就職氷河期で、就職率もV字の先端でした。政治の世界に
 関わるキッカケとなったのが、「加藤政局」の際に、インターネットと政治に関する研究を
 していたこと、そして、知人の選挙出馬を手伝ったことです。大学院修了後は参議院議員
 の政策スタッフとなりました。
  自分のついていた議員は、中央官庁出身の議員で、政策立案には明るく、精力的に
 各種法案に対する国会質疑を行っていましたので、その立法補佐活動に従事すること
 ができました。
  その後、監査法人の中のロビイスト会社で政党関係のコンサルをしました。その際、
 民主党シンクタンク設立のお手伝いをしたことからプラトンで働くことになり、現在に
 いたっています。

茂木 : 続いて、鈴木さん、自己紹介をお願いします。

鈴木 : 風邪を引いており、声にドスが利いていますが、お許し下さい。
  坂田さんと同じように職を転々としていますが、現在11個目の仕事になります。
 大学生の頃は、霞が関の役人になろうかと思ったこともありましたが、国外から日本を
 眺めてみたいと、アジアやアメリカに留学したりしていました。
  今の時代も就職難と言われておりますが、私の頃は、今以上に中途入社が難しい
 時代でした。しかし、私自身は幸運にも、職を転々としたのち、1989年に笹川平和財団
 に入社することができました。ここでは比較的、自由度の高い資金もあり、日本に
 民間非営利独立型のシンクタンクを創る活動ができました。その後、日本財団などにも
 勤務したあと、1997年の7月1日に、笹川日本財団理事長、日本財団やモーターボート
 業界等の支援を得て、シンクタンク活動を行なう部門を有する東京財団を創設すること
 ができました。
  私は以前より竹中平蔵氏が、コミュニケーション能力に秀でており、政策研究機関の
 顔として一番良いと思い、参画を呼び掛け、彼とともに活動を始めました。設立当初は
 常勤はほとんど私一人での活動で、必至になって政策研究を回すための活動をして
 いました。
  その後、小渕政権下で経済戦略会議が開かれ、委員として参加した竹中氏も以前に
 増して政策立案に絡む動きをするようになり、小渕政権後の森喜朗内閣では、竹中氏に
 郵政担当大臣就任依頼の声もありました。ただ、森政権の内閣支持率は低迷を続け、
 10%を下回っていました。
  2000年の7、8月ごろ、竹中氏に森政権をサポートする政策タスクフォースを創って
 欲しいとの要請を受け、東京財団がその事務局の役割を担いました。キャピトル東急
 や赤坂プリンスで、当時の官房長官の中川氏・官房副長官の安倍氏等が出席し、
 森総理が月一回参加する会議を運営していました。中川氏は能力があり活動的で、
 タスクフォースで議論されたものは、翌週には政策に反映するというダイナミックな
 集まりでした。このタスクフォースは、2000年9月から2001年1月まで続きました。
  竹中氏は、それ以前に小泉氏と勉強会で一緒になり、小泉氏が総裁選に出馬する
 際も、竹中氏の音頭で、政策に関する勉強会が開かれるようになりました。戦況が
 変化し、小泉総裁の可能性が高まってくると、次第に竹中氏も小泉氏の協力を断れない
 雰囲気が出来上がました。他方、私は、竹中氏はいつかは大臣になり、財団を辞める
 ことがあっても仕方ないと思っていました。
  竹中氏の入閣後、東京財団は竹中氏をサポートをする役割を担っていましたが、
 私はその年の7月に辞めることになり、それも難しい状況になりました。
  その後、以前から知己のあった、安倍政権下の官房長官となった塩崎氏と共に、
 2001年にシンクタンク研究会を立ち上げ、超党派で議員と有識者の勉強会を開くこと
 になりました。
  2003年辺りから、自民党内でもシンクタンクを創ろうという動きが出てきます。
 そして自民党の党改革実行本部の本部長に2004年ごろ、幹事長代理であった安倍氏
 が就きました。塩崎氏も、事務局長として活用していました。そして自民党シンクタンク
 を創るということが、その活動の目玉の一つとなったのです。この中で塩崎氏との繋がり
 もあった私にシンクタンク創設の活動をしてほしいという話が持ち込まれることになります。
  当時、民主党にもシンクタンクを創るという話があり同様に声が掛かっていましたが、
 色んな経緯もあり、自民党を選択させて頂きました。

茂木 :プラトンの具体的な活動を教えて下さい。

坂田 : 民主党が何故シンクタンクを立ち上げたのかという点ですが、民主党が
 政権獲得を目指し、ダイナミックな変革を断固するためには、中長期的政策理念
 とともに厚い「政策」基盤を有することが不可欠です。そのためには、霞が関に頼り
 切らない独自の政策形成・情報収集も必要です。そのため、人材のプラットフォーム
 としてプラトンを立ち上げました。元々、岡田克也代表の時代に党のシンクタンク
 設立話がでました。その頃、超党派のシンクタンク勉強会が開かれていた経緯も
 あります。
  仙谷由人衆議院議員が、民主党シンクタンク設立準備委員会委員長となり、
 党から独立した組織としてシンクタンクを設立されました。
  プラトンの活動は大きく分けると2つあります。一つはネットワークづくり、もう一つ
 は政策づくりです。
  ネットワークづくりとして、例えばBBL(Brown Bag Lunch)を実施しており、本日の
 出席者の中にもお越し頂いている方がいますが、国会開会中、水曜日に国会議員
 会館で行っており、テーマは「ローカル・マニフェスト」「格差問題」「個人や消費者の
 視点に立った問題」など世間で話題になっているものを採り挙げています。
  BBL開催後は、配布させて頂いているようなA4、1枚のコンパクトな形での「開催
 報告」を作成し、論点も分かりやすくする工夫をしています。
  BBLでは、研究者や役所の方々からお話を聞くのではなく、どちらかというと実務者
 の方々にスピーカーをお願いしています。個々の国会議員は週末、自分の選挙区に
 帰り、色んな問題点を聞く機会がありますが、そこで聞けない話や実際に現場に
 行って話を聞けない方にとっては、プラトンのBBLが役に立ち、ご好評頂いています。
  また、BBLの夜版としてイブニングフォーラムを実施しています。最近開いた講座
 では、平田オリザ氏をお招きし、議員の皆さんで演劇をやってみようというテーマで
 ワークショップを開きました。このイブニングフォーラムもBBLと同様、広く一般の方に
 オープンにしていますので、大学教員、エコノミストの方、学生や地方自治体の東京
 事務所スタッフの方、連合の方、在日大使館スタッフの方など様々な方々にお越し
 頂いております。
  この他、政策づくりとして、国会議員向けに歴史の勉強会を主催しています。
 「政治家として、歴史に対する共通認識が必要である」との認識の下、毎回歴史学者
 をお呼びして、大学のゼミのような感じでの勉強会を開いています。
  これ以外には、公開討論会の質問やバックデータの収集等をしています。政策に
 関するデータ収集等の作成では、工夫を凝らした編集をしています。「格差問題
 に関する」データ集では、政策課題や問題点が2〜3行の分かりやすい言葉で
 書かれています。街頭演説で役立つようにと、小泉郵政選挙の事例を元に
 作成しました。こうした活動をプラトンでは行っています。

茂木 : 続いて、シンクタンク2005・日本の具体的な活動を教えて下さい。

鈴木 : 組織名に2005が入っていますが、この年は重要な年でして、1つは小泉さんの
 郵政民営化選挙があり、2005年体制が出来た年に当たります。また、戦後民主主義が
 出来てから60年が経過、55年体制から50年、細川連立政権から12年、また阪神淡路
 大震災から10年。こうした歴史的な事件やターニングポイントとなったのが05年でした。
 こうした中で、それまでの政治ではカバーできない事柄が幾つか起き、政党に近い
 シンクタンクが誕生しました。で、歴史的な意味合いも込めて、シンクタンク2005・日本
 と命名し、自民党から委託を受けて運営されています。この辺がプラトンと違います。
  私たちは、自分たちの自主事業で稼いだ資金と、自民党と交渉して決まった仕事を
 受けて得た資金で活動しています。
  以前、我々のカウンターパートは自民党の政調でした。しかし、政調は喫緊の政策
 課題に目が向いており、我々の活動や視点とは必ずしもうまくかみ合わないところも
 ありました。党内に国家戦略本部があり、シンクタンク委員会が設置され、そこが
 現在カウンターパートになっています。
  私たちのプロジェクトで、「日本経済3%成長への経済政策」というのが有りました。
 安倍政権発足当初、上げ潮政策が謳われましたが、そのベースは私たちのプロジェクト
 でつくられました。このプロジェクトには、ペンシルバニア大学のローレンスR.クライン
 教授等に加わって頂きまして、結構費用も掛けて実施しました。内閣府や財務省に
 反対されたものですが、政権主導で上げ潮政策を方向付けてきました。ただ、今では
 上げ潮政策派は非主流になりつつありますが。
  この他、安倍政権成立前に官邸や国会に関する研究プロジェクトを実施し提言を
 作成したりしました。今一番大きいプロジェクトが、「民意把握プロジェクト」と「プロジェクト
 橋川家」。ご興味ある方は、日経ビジネス(注;2008年1月28日発行号)に若干出ており
 ますので、ご覧頂ければと思います。「橋川家」とは、日本社会が変わってきており、
 川のように激しい流れの中にある。そこで、自民党や議員などの政治とかがきちんと
 橋を架け、国民を安心できる場所にたどりつけるようにサポートするという意味を
 含んでいます。新垣結衣主演の「恋空」、「バイオハザード」といった映画からヒントを
 得て名づけました。
  このプロジェクトでは、30選挙区と各種データ、ヒアリング・アンケート調査から、有権者
 や国民のニーズを探ります。今までは、霞が関で業界情報を集め、政策を作ってきました。
 ただ、これには批判もありました。また、小選挙区制となり、嘗てのように自分の後援会
 ニーズだけを吸上げても当選できなくなりました。この為、より広く有権者、国民の声を
 拾わないといけなくなってきた。本来、議員や政党が行うべきだと思いますが、まだそこ
 まで政治が動いていない状況があり、政党に近いシンクタンクである、我々が活動を
 しています。
  また、我々も金曜研究会など各種交流会を実施しています。また、昨年の参議院選挙
 では、最新の政策を解説する小冊子「政策キーワード35」をつくりました。議員が、どこ
 にでも持ち運べ、政策課題毎にすぐ理解でき、スピーチに活かせるよう作成したものです。
  この様に、我々スタッフ等も限られているなか、色々な活動をし、政党や議員のニーズ
 に合った活動を行っています。

茂木 : 各シンクタンクの政策立案、たとえば経済政策に強いとか、あるいは活動にて、
 それぞれの得意分野や、事業上の強みについて伺いたいと思います。

坂田 : シンクタンクの機能として色々な面があります。全てが正解であり、その中の
 一つに政策立案があります。しかし、政策だけを論じていれば良いのかというのが
 ポイントであり、議論になるところかと思います。
  政策立案の他に、政策立案に関わる関係者、政策研究者、エコノミスト等との
 コミュニケーションの問題もあります。例えば、アメリカのCSIS(国際戦略問題研究所)
 のように、特定の政策課題について関係各省やホワイトハウス関係者を集めて
 オフレコの意見交換会合を開いたりしていますが、政権党を目指す政党の下部組織
 としてこのような機能は必要です。
  また、この他、党幹部の国会質問や公開討論の際に必要なバックデータ等の収集
 も行うこともあります。それも急な発注案件が多く、例えば本日の午後5時までに提出
 しなくてはならない等、急ぎの仕事が多くあります。これに対応するためには、引出しを
 如何に持っているか、どこに問合せれば対応できるかといった編集者的な能力が
 求められます。

鈴木 : 理想論的に言うと、ある程度のスタッフが居り、幅広い分野の研究が地道に
 出来る体制が必要で、その為には常勤の研究者が30人程度、願わくば100人必要です。
  私は霞が関はシンクタンクでは無いと思っていますが、シンクタンクとしての活動と
 政策研究を日本においてどうするか、これは別個に考えていく必要があると思います。
 霞が関においても、もっと政策研究が活かせるようにする必要があると思います。
  20年以上のシンクタンク経験から、大学の先生は、関心の無い分野でオリジナルな
 研究を絶対にしません。少々の謝礼では、本当にオリジナルな研究は滅多にしません。
 また、編集者のように、研究成果を上手く組合せ、活用方法を考えていく人材がいないと
 研究が活かされることはありません。国会議員の方々は能力はありますが、データを
 活用し、政策や法案に活かせていないと思います。それは凄く大変なことです。
  今までの経験から、政治との距離があると、何度も行ったり来たりすることとは難しく、
 その点民間シンクタンクよりは、我々のような政党に近い組織は、信用しやすいとは
 思います。

坂田 : 党議員と話しをしますと、求められるのが経済。経済シミュレーションや医療
 保険をどうするなど。そうしたことが分かる人間がいないと、何のためのシンクタンク
 なんだという話がありますね。

茂木 : それぞれのシンクタンクで、常勤スタッフは何名いますか。

坂田 : 常勤スタッフは数名です。その他、調査補助やレポート作成をしてくれている
 非常勤のリサーチアシスタント、BBL等のイベントの手伝いをしてくれるインターンの
 学生さんが5名ほど手伝いに来てくれています。

鈴木 : 常勤が数名と大学院のインターン生です。あと、プロジェクト毎に外部研究者
 とか、色んな形で関わって頂いている方がいます。プロジェクト橋川家では、常勤が
 7・8名いました。現在、大学院を出て、フリーターになっている人が結構います。
 こうした人材に協力してもらっています。しかし、我々の組織は、財政上の制約もあり、
 大きくできず、そのような人材に協力をいただいて、活動していくしか致し方ない状況
 にあります。

茂木 : 課題として、何とかしなくてはならないなと思っているものはありますか。

坂田 : 党との距離感の問題があります。物理的なもの、資金的なもの、人事的なもの、
 更に、研究成果をどうフィードバックさせていくかという問題があります。この他には、
 マンパワー不足の問題があります。

鈴木 : 同じような問題を抱えています。また、政治は新しい物を創ることには熱心
 ですが、創った後にそれを育てること、維持することには熱心ではないという課題
 もあります。それは彼等の勲章にはならないからです。

茂木 : お互いの組織を見て、ここが違う、差別化されている、あるいは、理念など
 共通しているであろうことがあれば、教えて下さい。

坂田 : 苦労はお互いにしているんだなと。あと、同じように見えて、若干違うアプローチ
 で活動をしています。それは、置かれている立場が異なるからでしょうか。 
  私たちは党をあまり前面に出さないような形で活動しています。具体的には、外部の
 人をお呼びする会合では、党の場所等のリソースを使いません。会合も与野党関係者が
 出入りする議員会館で行っています。
     
鈴木 : 我々は自民党本部を使わせてもらっていますが、それは、自民党系以外の人
 を入れ、さまざまな変化を生めないかと考えています。最近ですと、『官邸崩壊』を書いた
 上杉隆氏にご講演頂いたりもしています。良い意味でも悪い意味でも、政党系シンク
 タンクの役割は、政党や議員と同じことをやっているだけではいけません。自民党に
 出向くのには抵抗を感じるが、虎ノ門にあるシンクタンク2005・日本のオフィスには
 出向きやすいと感じる方もいます。それも、我々のような組織が、党本部と別のところ
 にあるメリットです。

茂木 : 鈴木さんが執筆された本に『日本に「民主主義」を起業する』という本があり、
 結構売れているかと思いますが、民主主義にとって、政策形成のあり方について
 お話頂けますか。

鈴木 : 政党系シンクタンクは1つの可能性としてありますが、それが良い悪いではなく、
 政策産業全体の中の1つとしてシンクタンクが位置づけられます。
  最近は、大学にも政策系の大学、学部が存在します。しかし、まだ政策市場の中で
 それほどの役割を果たしていません。政策を形成する人材が流動化し、成長していく、
 また助成財団のようなところを通じて資金が流れていく仕組みがないと。 
  先頃、国家公務員制度改革基本法が成立しましたが、霞が関も優秀な人が大勢おり、
 行政も重要な政策市場における重要なアクターだと思います。

茂木 : 戦略研で2018年日本の戦略シリーズをテーマに掲げていますが、10年後の
 政党系シンクタンクの目標、これはやっていなくてはならないといったものがあれば、
 教えて下さい。

鈴木 : たぶん、2・3年で政界再編があるかと。まず、そこで我々の組織の命運が
 左右されます。それは我々にはどうしようもありません。
  今後、独立した政策シンクタンクが日本に10〜20できればと思います。シンクタンク
 の重要な役割として、次のように考えています。シンクタンクが政策研究や提言を
 つくります。それがメディアで報道されたり、NPO/NGOなどが政策アドボカシーの活動
 などをし、国民の間で議論されます。それを受けたうえで、行政や国会等で議論が
 出来るようになることが理想です。
  こうした活動を経て、国民が政策立案に関わったりするようなこともできるように
 なるわけです。現在の日本では、行政や国会での政策論議が表にでるときには、
 議論はかなり煮詰まっていますから、国民が冷静にかつ積極的に議論に参画する
 ことは非常に難しいのです。
  複数のシンクタンクが設立されるようになるためには、民間の公的活動への理解
 と資金提供の仕組みをつくらないと駄目です。そのためにも寄付税制や税金の流れ
 を変える必要があります。ドイツやハンガリーなど東欧でも税金であるパブリックマネー
 の資金が流れる仕組みがあります。日本でも市町村では、税金の1%をNGOやNPOに
 使われるケースも出てきており、日本でもあり得ないシナリオではありません。

坂田 : 今、お話しがありましたが、法律や国の仕組み、制度の改善が必要かと
 思います。政党系シンクタンク(政策研究機関・政策研究集団)という点では、
 気を付ける必要があるのが役員の構成です。政治家を代表者にすると、政治
 資金規制法の「みなし政治団体」になります。そうすると、政党と同じ様に、
 毎年収支報告を総務省に提出する必要が出てきます。政治資金規制法が
 想定していなかった主体が現れたことへの対応が必要です。

鈴木 : 私は自民党本部の中に1年ほどいさせていただいて、党大会等を拝見させて
 もらいましたが、いまひとつエキサイティングで、外部の方々が積極的にかかわりたい
 という感じが必ずしもしませんでした。残念ながら、外部の方々が自分が関わりたい
 と思わせるような政治活動があまりありません。他方、各議員と実際に会ってみると、
 やはりそれなりの魅力を持っている方は多いのです。
  選挙の時だけ投票に行きましょうと言われても、出かける気にはなりません。日常
 の生活で、この議員は面白いとかでないと。今の日本は、良い意味でも悪い意味
 でも官僚が中心です。しかし、これだけ豊かになり、各有権者なり、市民によって
 ニーズが違ってきているのです。お上から言われるのではなく、若い世代にとっても
 そうでしょうが、自分たちの意見・政治を表明できる場がないとフラストレーションが
 溜まっていきます。この仕組みを変えていきたいし、それを作っていかなくてはならない
 と思っています。

茂木 : 最後にお二人から参加者、あるいは一般市民に要望というか、‘これは
 やらなくてはいけない’というようなことがありましたら、お話下さい。

鈴木 : 政治って近寄り難いところがありますが、積極的に関わっていく人をもっと
 増やしていかないといけません。民主主義が機能するには、政治的要請と専門性を
 いかに活かすかのバランスが必要です。専門性には、役所の行政官のような人材と、
 民間にいるシンクタンクの研究員のような者が必要です。
  今、ビル=クリントンの著書の翻訳をしていますが、この中に素晴らしいメッセージ
 が書かれています。原本のタイトルは「Giving…How each of us can change the world」。
 我々「一人ひとりが世界を変えられる」というメッセージが書かれています。著書で彼は、
 「政治家時代には人から与えられる(get)ことばかりであった。しかし、今は人にあげる
 (give)活動をやっている。あげるというと、例えばビル=ゲイツの財団のように大金持ち
 だけができることをイメージされるかもしれないが、そうではない。人に与えるものは
 お金もあるが、スキルの場合もあるし、時間だって人にあげることが出来る」。
 同書には、無名のおばちゃんが、長い年月をかけて貯めたお金を奨学金として寄付
 する話などもでてくる。
  民主主義であり続けたいと思うのであれば、我々一人ひとりが社会に参画して
 活動しないとならない。民主主義を勉強しているが、社会の中にいる一人ひとりが
 愛着を社会に持っていないとならない。社会をより良くしようと思ったら、その社会に
 少しでも関わることがすごく重要で、私たちは戦後60年の民主主義の中でそれを
 学んでこなかったのではないかと感じることがあります。本日お越しの皆さんは既に
 色んな活動をしていますが、自分たちの活動が、社会を変えるとか、自分たちの
 子孫に伝えるための重要な役割を担うということを一人ひとりが認識し、活動を
 続けて頂きたいと思います。

坂田 : 私も常日頃、プラトンの運営上、BBLでは人を呼んでこないとなりません。
 少ないスタッフで企画を考えていますが、「この雑誌で取り上げている方」とか、
 「この人にお願いしよう」と決まると、「では、連絡を取ってくれ」となる。どうすれば
 お願いできるかと悩むこともありますが、思いきってお願いしてみると、相手の側
 から「是非やらせて下さい。」と引き受けて頂いています。‘案ずるより産むが易し’
 ですね。
  インターネットの技術向上で、コミュニケーションの方法も変わり、従来よりも
 きっかけの機会が増えています。この点からも、政策でも多方面での連携が可能
 となってきていると思います。
  「何かしよう」と思った時に意外と最初の一歩を踏み出しやすくなっています。
 あとは、その一歩を踏み出すか、出さないかではないでしょうか。是非、その一歩を
 踏み出して頂ければと思います。

茂木 : 本日は、鈴木さん、坂田さん、ありがとうございました。


3.グループディスカッション

グループA: 本日、この研究会で政党系シンクタンクの目指すべき方向性を考える
 機会に接したわけですが、特に我々若い世代が国政なり地域の政策的課題に
 ついて考え、議論ができるコミュニケーションの場がないということに問題を感じて
 います。こうした意味でシンクタンク2005・日本やプラトンが政党や行政の外にも
 開かれた活動をされていることは意義深いと感じています
  ただ、今後の目指すべき方向性、即ちどの山に登るのかを考えていかなくては
 なりません。本来シンクタンクは政策を提唱するだけの組織ではなく、事前の調査
 があり、そして事後の結果に対しても責任を持つ。これがあるべき姿であろうと
 考えます。ただし、一方で、企業における製造と責任が別といった分業体制が
 取られているように、役割分担を明確にさせることが必要だという意見もありました。
  ただし、どちらにしても今後の活動を活発化させていくには資金をどう確保するか
 が根本的な課題として浮上します。寄付税制の見直しなど、検討すべき問題は
 多々あると思われますが、私たちの議論ではここまででした。
  また、地方を考えると、地方議員には秘書はおらず、個人事業主的な議員が
 多いのが現状です。ですから、議員を半分にし、その浮いた予算で政策的な助言を
 してくれる人間を雇用することは有効であろうという意見がありました。この問題でも
 やはり資金確保が課題となってきます。

グループB: まず、我々の問題意識としては、日本では官民交流が低調であること
 から、人の循環が分断され、流動性が低いという点が挙げられます。
  次に、本日のテーマの政党系シンクタンクについてですが、結論から言えば、
 必要だと感じています。その理由として政党の政策立案能力が低いことが挙げられ、
 政党系シンクタンクにはそのサポート機能を求めたいと思います。現在政策秘書が
 高給で採用されていますが、政策というより秘書業務に忙殺され、充分な研究が
 できていないと聞いています。また、議員個人の政策立案に寄与するため、組織的
 な調査は出来ていないように思います。ここで、政党系シンクタンクがそれらの秘書
 の意見集約や研究の取りまとめができたら良いと考えます。
  また、政治家と官僚との関係においても、政党系シンクタンクに期待する部分が
 あります。政治家からは適宜色々な調査要求等が官僚に対してなされており、
 その辺のルールが不明確であるため、その交通整理を行う組織が必要だと思います。
 その辺に政党系シンクタンクの生き残る道があるのではないでしょうか。
  最後に政党系シンクタンクには資金が必要です。そのためにはアメリカのように
 党員を増やす必要があるのかもしれません。ある意味共産党の政策研究が充実
 しているのは充分な資金・人材があるからなのかもしれません。

グループC: アメリカのシンクタンクの動きをお手本にし、日本的なものにマッチさせては
 どうだろうかという意見がありました。
  また、今まで政権交代が行われて来なかったことから、シンクタンクが必要とされて
 こなかったのだろうという意見もありました。
  一般企業でも専門部隊がありますが、政党には必要性が低く、シンクタンク機能が
 無かったのでしょう。しかし、拡充させていくうえで資金が重要となってきます。
 その資金をどこから調達してきたら・・・という意見もありました。

グループD: 大きな課題として挙げられるのは、資金と人材。資金はどう調達するかが
 課題となります。人材については、民間に人材が無いのか? 恐らく、そうではなく、
 人材を発掘する方法が見つからない状況にあると思われます。そこで、政党系
 シンクタンクが民間人材を発掘する機能を備えればいいのではないでしょうか。
  資金面での課題については、ネット活用して流れてくる仕組みができればと思います。
  また、市民と政党系シンクタンクの繋がりが希薄であることに課題が残されており、
 これを広げていく必要があります。こういう活動を担える人材を市民の中に増やして
 いければと思います。

4 閉会・挨拶(古村)
  本日はありがとうございました。こうした集まりを通じて、色々なネットワークが
 広がることを願っております。

以上。