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光と闇の環†序章
──闇。
濃密な、闇に封じられた。
錆びた鉄の臭いに息がつまる。
全身を覆い尽くす鎧が躰を締めつけている。
鎧の内側からどろりとした何かが沁み出して、己の膚から裡へと侵食してゆくのを感じた。全身が熱を帯びて、血管がどくどくと鳴っている。五臓のすべてがずきずきと痛む。鎧に覆われ見えなくとも、指先の肉がぼろぼろと落ちて、骨が剥き出しになってゆくのが分かった。
もう、人には戻れない。
自分は今、違うモノに造り替えられている。
暗黒の鎧に喰われるというのはこういうことか──薄れゆく意識の中で、ヴァンは思った。
光と闇の環
序章 ガーゴイルの騎士
アイリアのまなざしが、ヴァンの瞳をとらえる。
聖女の瞳は、真夏の陽光を透かし見た濃い緑の葉裏のような色をしている。光の聖女に相応しい太陽の祝福を受けた瞳の色だ──そう、ヴァンは思った。
この真っ直ぐな夏の陽のまなざしが、あの日以来、凍える真冬の中にあったヴァンの心に射し込んだ一条の光だった。
この女性を守りたい、そう思うようになったのはいつのころだったか。大国アンディルの王女にして光の聖女であるアイリアと、ふた親の顔さえ知らぬ
孤児の自分との、あまりにもかけ離れた身分の差から、ヴァンは聖女を影からひっそりと見守ることしか望んでいなかった。それが、見守ることすら叶わぬ
望みとなったあの時──。
ふいに、聖女の瞳に映る己の姿を思い出して、ヴァンは目を伏せた。
「シルディン?」
聖女が聖騎士の名を呼ぶ。 声に応えて、ヴァンはゆっくりと目を合わせた。
シルディン──この世にただひとりの光の聖騎士。陽光を受けて虹色に煌めく銀の髪と、空のように碧い双眸。
強大な魔力の源である銀の波動を身に纏い、その面差しは光の女神セフィアスに似て大輪の花さながらに人目をひく、長身痩躯の輝ける青年。闇が世界を侵食した時に現れるという伝説の英雄にして、光の全軍を率いる最高位
騎士──それがシルディンである。
だが、己にとっては、その全てが偽りだ。ヴァンは苦く想った。
己はシルディンの聖像に封印されただけの、闇に堕ちた魂にすぎない。闇に喰らわれ、肉体を半ば喪った魂が、伝説の騎士を象った石像に吹き込まれた──ただそれだけの存在なのだ。
魔道によって魂を吹き込まれた石像の怪物、ガーゴイル。それが真実の自分だ。
「シルディン? どうなさったの」
そう言って、アイリアは気遣わしげに聖騎士を見つめる。
「なんでもありません、アイリア姫。……失礼」
聖女に軽く頭を下げて、ヴァンは聖騎士の白いマントを翻して背を向けた。
こんなにも近くにいるのに、アイリアはとても遠い。
何故こんなことになってしまったのだろう。
俺は、アイリアを守りたかった。
ただ、それだけなのに──。
2004.8.6
改稿
written by Mai.Shizaka
background by
Silverry
moon light
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