…している人はいないだろうか。
「昨夜買った土産物屋のコースター /
安物だけど自分用じゃないもんね
」。
「だけど」と逆接にしているから紛れないか。
アルバム「36.5°C」の一曲目。
2003-06-08 (0) 21:48:35 +0900
えらく意味のとりにくい記事をときどき見かける。 タイトルのように書いたらはっきりすると思ったのだが、 複数のタイムゾーンについて一斉に述べる場合はそうはゆかないか。
2003-06-08 (0) 21:42:10 +0900
自動車で通行する場合、 信号のない横断歩道が一つでもあれば、 そこを通過するのにどれだけ時間がかかるかわからない。 道路交通法によれば、 そこを横断する歩行者が途切れるまで待たねばならないからである。 同様に、 大通りへ出るところに信号のないわき道は、 出るときにどれだけ時間がかかるかわからない。 そのような道路を地図の上でわかるように表示し、 そこを通る自動車が減少すれば、 歩行者は歩きやすくなるのではあるまいか。
付)全ての道は、 「渋滞すれば通行にどれだけ時間がかかるかわからない」 とも言える。しかし、それと上の例とは話が別だろう。 渋滞して全く進まなくなることはまれだろうが、 歩行者や大通りの自動車が途切れないことは割とよくある。
付)地図だけでなく標識も必要かもしれない。
2003-06-08 (0) 21:35:30 +0900
きょうの放送分。 両津とからだが入れかわってしまった麗子が自分であることを示すためにピアノで弾いてみせたのが、 ベートーベンのピアノソナタ「テンペスト」のフィナーレだった。 この曲は、前にも確かこち亀で使われていた。 超有名な曲ではないし、麗子のイメージにあっているとも思えないのだが。
2003-06-08 (0) 20:57:55 +0900
きょうの放送分。 デパートのエスカレータから降りた波平がその場で立ち止まり、 売り場はどっちだったかなとあたりを見回していた。 後ろに続いていた人がいなかったからよかったものの、 もしもいたら降りるところがなく危険である。 見ていてはらはらしてしまった。
でもきょうはひさしぶりにタイコさんが登場したからよしとしよう。
2003-06-08 (0) 20:54:20 +0900
何かで読んだのだが、学校の校長だか教頭だかが、 「事故を起こす」の意味の「事故る」 を国語の教師までが使うとは怪しからん、と発言していた。
私も、この「事故る」「事故った」は嫌いだが、 源氏物語には「騒動(さうど)く」が出ている。 いま辞書で確認しようとしたら近くに載っている「装束(さうぞ)く」 も目にとまった。 昔からこのような造語法は行われていたのであり、 「事故る」を特に毛嫌いする理由はないようだ。
それでも気持ちがよくないのはなぜだろうとずっと考えていたが、 「真剣みが足りない」からではないだろうか。 「事故る」という言い方が使われるのは自動車・ オートバイを運転していての交通事故のことがほとんどだろうが、 一つ間違えれば被害者の死亡にもつながるわけで、 軽々しい態度で話すべきことがらではない。 それなのに「事故った」と言われると、ついつい不快になるのではないだろうか。
そうだとすれば、 この語自身のせいというよりはこの語の指す内容のせい、 ということになりそうである。
2003-06-08 (0) 20:43:15 +0900
…と言う人はいないだろうか。
2003-06-08 (0) 20:20:10 +0900
…なんて人はいないだろうか。
不定時法の時代には今よりも太陽の動きを大切にして生活していたわけだが、 当時は夏になると食事と食事との間隔が長くなったのではないか? それと比べると、 「時計の針を一時間だけ早めたのだからその分だけ食事も早い時刻にとれ」 というのは乱暴な気がする。
2003-06-08 (0) 19:55:15 +0900
文語訳も「千万人」。 欽定訳は thousands である。 新共同訳、岩波版(訳者は関根清三氏)は「幾千代(いくせんだい)」。
2003-06-07 (6) 19:35:45 +0900
さきほどの放送分で、 貸し切りバスの座席についた子どもたちの姿をさっと見て、 誰がいないかを瞬時に見抜いていた。 この機能は出席をとるときにも便利かも。
こないだの計算機実習では出席をとるのを忘れていて、 最後に出席を調べているうち終わりの時刻を過ぎ、ひんしゅくを買ってしまった。
2003-06-07 (6) 19:08:05 +0900
次のような関数 f() があったとする。
#include <stdio.h> int f(int x, int y); main() { printf("%d\n", f(2, 3)); printf("%d\n", f(3, 5)); return 0; } int f(int x, int y) { int z; if (1 < x && x < 3 || 2 < y && y < 4) { z = x + y; /* 実際はここがうんと長い */ return z; } else { fprintf(stderr, "エラーです.\n"); return -1; } }何かある条件を満たす場合のみ実際の計算 --- かなり長い --- に進み、 それ以外の場合はエラーとして -1 を返す。 これを上のように書くと else が対応する if とかなり離れてしまい、わかりにくい。 else を使わず次のようにも書けるが、 やはり同じだろう。
int f(int x, int y) { int z; if (1 < x && x < 3 || 2 < y && y < 4) { z = x + y; /* 実際はここがうんと長い */ return z; } fprintf(stderr, "エラーです.\n"); return -1; }
条件となっている命題をその否定で置き換え、 次のように書くことは可能であるが、 元の条件よりもカッコが増えるし、意味がとりにくいと思う。
int f(int x, int y) { int z; if ((1 >= x || x >= 3) && (2 >= y || y >= 4)) { fprintf(stderr, "エラーです.\n"); return -1; } else { z = x + y; /* 実際はここがうんと長い */ return z; } }これを
if (!(1 < x && x < 3 || 2 < y && y < 4)) {としても、やはりカッコが増える。
goto とラベルを使えば、次のように書ける。
int f(int x, int y) { int z; if (1 < x && x < 3 || 2 < y && y < 4) { goto label; } else { fprintf(stderr, "エラーです.\n"); return -1; } label: z = x + y; /* 実際はここがうんと長い */ return z; }
goto はできれば避けたい。 そこで、次のように書くのを考えてみた。
int f(int x, int y) { int z; while (1) { if (1 < x && x < 3 || 2 < y && y < 4) { break; } else { fprintf(stderr, "エラーです.\n"); return -1; } } z = x + y; /* 実際はここがうんと長い */ return z; }これなら goto のほうがましかな?
2003-06-07 (6) 17:55:15 +0900
付)メールで
int f(int x, int y) { int z; if (1 < x && x < 3 || 2 < y && y < 4) { ; } else { fprintf(stderr, "エラーです.\n"); return -1; } z = x + y; /* 実際はここがうんと長い */ return z; }とすればいいでしょう、と教えてくださった方があった。 なるほど! 単に goto とラベルを取り除けばよかったのだ。 (中カッコの中は何も書かなくても合法なようだが、 習慣になっているのでセミコロンを入れておいた。)
2003-06-10 (2) 23:58:15 +0900
ここ。
「武器および爆発物の専門家による報告」では
《自爆装置の作動原理は時限式
》などとなっている。
スイッチがはいってからしばらくして爆発するのだそうだ。
これが事実なら、私が疑問としてあげていたことのほとんどは解決する。
ただ、
《ヨルダン検察当局は五味記者が所持し、
爆発した物体はクラスター爆弾の子爆弾と認定している。
しかし、その詳しい種類、
また空中投下型か地上発射型かについては明確にしていない
》
などの点は気になる。
裁判長が爆発物の写真を見ている写真は載っているが、
その写真そのものは載っていない。
重要な問題を含んでいると思うが、 朝日新聞には肝心な部分がほとんど載らなかったのは残念である。
2003-06-07 (6) 01:02:09 +0900
先日、奥村さんのところのゲストブックに massangeana 氏が “ヘブル字母名は哀歌にも出ている”という趣旨の書き込みをされていて、 しばらく意味が理解できなかったのだが、 ウルガタには書いてあるのだそうだ。
手元のウルガタを見てみたら、確かにそうだ。 そして、哀歌がエレミヤ書に付属するかのように置かれていること、 さらにバルク書が付録のように付いていること、を初めて知った。 持ってはいたがめくってもみなかった、ということだ。
2003-06-06 (5) 23:48:11 +0900
《無印良品の「スリム手帳ホルダー」にコピーの余りなどを入れて使っている (2003-06-01 (0) 23:33:55 +0900)》の続き。
リサイクルレザーのは、まん中にはっきりと折り目がつく。 開いたときその折り目が完全にはのびないため、 差し込んだ紙が抜けにくい。 革のは、まん中の折り目がつきにくいので、 やや紙が抜けやすいようだ。 ただの紙を差し込んで使うようには設計されていないのだからしかたがないけど。
革のとリサイクルレザーのと、両方買っておいてよかった。
2003-06-06 (5) 23:26:03 +0900
上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。
2006-05-19 (5) 20:35:11 +0900
岩波文庫「詩篇(関根正雄訳)」の解説でも 「いろは歌」という用語が使われているが、 日本の「いろは歌」が全ての文字を一度ずつ使うのに対し、 旧約の「いろは歌」はアルファベットを順に各行の先頭の文字にしたものである。
詩篇 9, 10 の解説でそのことを説明したのち
《日本流にいえばいろは歌というべき
》
と書かれている。
2003-06-06 (5) 23:05:52 +0900
…受け入れるのだろうか。 先日、若い人たちが書き込んでいる掲示板で 《「〜」ってサークルは実は「宗教」だ》のような書き込みを見た。 「宗教」ということばだけでうさんくさく感じる若者がかなりいるのだろう。 でも、学生はお守りをカバンにつけていたりするし、 友だちどうし誘い合って初詣にでかけたりする。
2003-06-06 (5) 22:52:25 +0900
大学は高校までと比べて
八割が冗談、二割が本気。
2003-06-06 (5) 22:36:15 +0900
本文ナシ
2003-06-06 (5) 21:39:25 +0900
本文ナシ
2003-06-06 (5) 21:27:30 +0900
いま、 「私自身はそうは思わない」を「私自信は〜」と間違っているのを見たら 「ワープロの誤変換だな」と思うのが普通だろう。 手書きのときにこの種の間違いをすると 「ワープロに毒されているね」と言われたりする。
では、 ワープロができる前にはこのような間違いはなかったのだろうか? ワープロが広まる前に書かれたことが明らかな文書をかなり大量に用意し、 その誤字を検討すればわかるだろう。 私は、手書きのころからあったのではと思っている。 音(おと)でつられて手が別の文字を書いてしまうのである。
付) 上で「ワープロ」と書いたのは、 かな漢字変換による入力のことである。念のため。
2003-06-06 (5) 19:53:10 +0900
昔、自動車ができたてのころ、 馬車業者たちが自分たちの仕事を失わないよう、 自動車が走るときは前を人間が走るようにという規則を設けさせた、 と聞いたことがある。
車道と歩道の区別のない道に限ってこの規則を復活させたら、 という意見がある。 そうすればそのような道は交通量が減るだろうし、 スピードが落ちるので子どもが道路で遊ぶことも可能になる。 子どもが死角にはいってひかれることも減るだろう。
(そのような道を走る可能性のある自動車は必ず助手を乗せて走る、 ということになる。 車道と歩道の区別のない道にはいったら助手は降りて前を走るのである。 一人で運転していてどうしてもそのような道にはいることになったら、 そのあたりにいる人をお金でやとうことになろうか。)
この規則のメリットはそれだけではない。 自動車が路地から大通りに出るときの左右の安全確認も、 前を走る人が行なうことができるのだった。 つまり、自動車は大通りに頭を出さずに停止して待ち、 前を走る人が安全だと確認して走り出したらあとについて大通りに出て、 しかるべきところで停止して前を走っていた人を乗せ、 それから大通りを走り出すことになる。 前を走る人はわずかだが大通りを走ることになるが、 それが危険な状態なら --- つまり、ほかの自動車がそばまできていたら ---、 自動車も出ることはできない、ということだ。
2003-06-06 (5) 19:27:30 +0900
本塁打のほうが三塁打よりも多く出るのはおかしくないか、と前にも書いた。
では、本塁打と三塁打を入れ換えたらどうなるだろうか。 打球がノーバウンドで外野フェンスを越えたら三塁打とする。 いまの三塁打が出たら本塁打とする。 すなわち、三塁でセーフになった時点で本塁への進塁が認められる。
問題は、 ランニング本塁打の意味がなくなることと、 いくら遠くへ飛ばしても外野フェンスを越えたら三塁打になってしまうことだ。 ランニング本塁打の意義を残すだけなら、 「外野フェンスを越えたら三塁打」と変えるだけでもよい。 外野スタンドをエリア分けして、 「ここにはいれば三塁打、ここまで飛べば本塁打」 とすれば一応すべて解決するか。
2003-06-06 (5) 19:04:05 +0900
「磯の香り」とかけたネーミングなんだろうか。 最近は花沢さんのほうが目立っているが。
2003-06-05 (4) 19:53:40 +0900
最近のテレビの野球中継では、 対戦しているチーム名、得点、カウント、ランナーの有無などがほぼ常時、 画面に出ている。 ところが、ラジオの場合はそうはゆかない。 うまいアナウンサーはくり返して言ってくれるが、 なかなか言わないアナウンサーもいる。
例えば、こんな装置は作れないだろうか。 アナウンサーの前にボタンがあり、押すボタンによって
音声が流れている途中のキャンセルもボタン操作で可能としておく。 これとアナウンサーの肉声の中継とをアナウンサー自身がうまく使い分けたら、 アナウンサーのノドにかかる負担が減らせて、 なおかつ、聞きやすい中継ができるのではないだろうか?
2003-06-05 (4) 19:41:05 +0900
そうすれば、一段おきにかけ上がる際、 次はどの段に足を置けばよいかはっきりする。 普通にのぼる場合も、段と段の境がはっきりして事故が減るのではないか。
赤、青、黄、赤、青、黄、……のように三色で塗り分けるのは反対。 私は二段おきには上がれない、というだけの理由。:-)
付)
---+ | +---+ | ← この部分を何色で塗るべきかは検討の余地あり。 +---+
2003-06-05 (4) 19:27:18 +0900
都合で昨夜はアップロードできなかった。これから行なう。
2003-06-06 (5) 22:48:10 +0900
死んだあとで自分の死体をいじられるかと思うと気持ちがよくない。 事故や病気で死ぬならやむをえないが、自殺するなら死体が全く残らない方法がいい。 ただ、それでは死んだことが回りの人にわからないかも知れない。 どこかで生きているのでは、というつまらない期待を抱かせないためには、 死んだことがはっきりと回りの人にわからなければならない。
この二つは両立するだろうか?
2003-06-04 (3) 02:58:40 +0900
いつもこのページにコメントをよせてくださるかたが、 「人が見ているところで死体が残らないような方法で自殺すればいいのでは」 とメールをくださった。 その通りなのだが、 人が見ているととめられたりしないか、不安があるのである。
2003-06-06 (5) 23:19:22 +0900
本文ナシ
2003-06-03 (2) 19:06:00 +0900
「朴」を「木下」に、という例を聞いたことがあるが、 「木下」という氏は「創」らなくてもすでにある。 その氏に改めさせた、ということではないのか? 元の「朴」 は氏ではないという考え方なのか?
2003-06-03 (2) 18:58:50 +0900
/sino:ka/ と /sinooka/ の違いはあろうが。
2003-06-03 (2) 18:53:50 +0900
2日づけ朝日新聞大阪本社版総合面
《『創氏改名は朝鮮人の望み』 / 自民・麻生氏発言を韓国紙報道》
の最後に
《麻生氏は「ハングル文字は日本人が教えた。
正しいことは歴史的事実として述べた方がいい」とも語った
》
とだけある。
麻生氏とは《麻生太郎・自民党政調会長
》のこと。
2003-06-03 (2) 02:04:26 +0900
翌日の同紙の社説に
《「ハングルは日本人が教えた」と、
日本の統治がハングルの普及に役立ったとも強調した
》
とあった。
これなら意味がわかる。
2003-06-19 (4) 20:19:50 +0900
2日づけ大阪本社版天声人語。
《「邪悪なものと対決する必要性を再認識した」。
ブッシュ大統領は、
ポーランドのアウシュビッツとビルケナウの強制収容所跡を訪ねて、
こう述べた
》
《しかし、その底の方に、
あの独特の二元論に通ずるものを感じる。
正邪や善悪とは、相当複雑で、そう簡単に分けられるとは思えない
》
とあるが、問題は
「邪悪なものと対決するために自分が同等かそれ以上に邪悪になることは許されるか」
ではないのだろうか?
2003-06-03 (2) 01:54:59 +0900
新聞社にも、「邪悪なものと対決する」姿勢を大切にしてもらいたいと私は思う。
2003-06-06 (5) 22:30:45 +0900
2日づけ朝日新聞大阪本社版第一面の記事によると判決は
「五味被告が手荷物検査を受けた際、
所持品が爆発しないことを示すために安全装置をいじったことが爆発を招いた
」
としたそうだ。
この話はいままでの記事では見なかったような。
係官が手にとって、
この記者からは離れたところで爆発したと聞いているが、
そんなに遅れて爆発することがあるのだろうか。
この爆弾を作った人たちの証言は?
2003-06-03 (2) 01:48:37 +0900
知っている語なら読めるが、 知らない語 --- 最近よく見かける中国の人名など --- はいまのサイズでは読みにくい。 ふりがなの活字は普通の活字の半分ぐらいだから、 もしも全体がいまの倍の大きさになれば、 ふりがながいまの普通の活字の大きさになってよみやすいだろう。
今の朝日新聞は一行に十一文字組んでいる。 そのスペースに五〜六文字がはいるような見出しの活字を探してみると、 ずいぶん大きい。 これなら目にやさしい……。
2003-06-03 (2) 01:41:07 +0900
この職人は例の「みのひとつだに」の歌をカナで書いてくれと頼むから漢字は不得手なのだろう。 それでも「水の道は水道」ということは知っている?
2日のNHK「ラジオ名人寄席」でやっていた出し物。
2003-06-03 (2) 01:34:29 +0900
日本式では口をつけるが。 食器を下げる人が食器の縁を持つ際に唾液が手につくかな、と考えて。
2003-06-03 (2) 01:32:24 +0900
ちょっと前に書いた、 手提げにも肩掛けにもなるしそのままの向きでリュック風にもなるカバンだが、 近所の中学校の生徒が持っていた。 制服ならぬ制カバンといったところか。ただし布製。
2003-06-03 (2) 00:19:06 +0900
4日づけ朝日新聞大阪本社版社会面の「付属池田小事件 8日で2年」の写真にも、 このようなカバンを背負った児童が二人、後ろ姿で写っている。 児童・生徒用にはよくあるのかもしれない。
2003-06-19 (4) 20:27:00 +0900
五月28日づけ朝日新聞大阪本社版文化総合面「ゼロサン時評」
に呉智英氏が「わき毛を剃るな、女たち」を書いている。
オリンピックなどで見ると国によっては選手がわき毛を剃っていない、
とは聞いていたが、
氏によると日本人女性がわき毛を剃るのは「アメリカ白人の真似
」
なのだそうだ。
そこでふとわいてきたのが 「アメリカのユダヤ人女性はわき毛を剃っているのか?」という疑問である。 旧約聖書を読むとわかるが、 ユダヤ人(の男性)にとっては毛で覆われているのがよいことで、 それを剃られるのは屈辱である。 女性は?
2003-06-01 (0) 23:43:00 +0900
教師をしているとコピーの余りなどが手元にたまる。 計算用紙にはもちろんこれを使っているが、それでも余る。 メモ帳にしたら有効な再利用なのだが、 胸ポケットにいれて持ち歩くには何かはさむものが必要だ。 札入れはどうかと考えていたとき、無印良品で見つけて買ったのが 「スリム手帳ホルダー」である。
リサイクルレザー製が 550 円、牛革製が 1600 円でちょっと迷ったが両方買った。 二つに折ると 18×9 センチぐらいになる、ブックカバーのようなものだ。 本来はこのサイズの手帳 --- と言ってもノートブックのようなもの --- が売られているのでそれをはさんで使うのだ。
私の場合、次のようにする。 A4 のコピー用紙を、コピーした側が内になるよう二つに折り、A5 サイズにする。 さらにそれを三つに折る。そのとき、一方は山折り、他方は谷折りにする。
+------+------+------+ | : : | | | : | | : : | | | : | | : : | +------+------+------+ ( ... は山折り、.._.. は谷折り)この左の三分の一をホルダーに差し込み、まん中の部分にメモをとる。 使い終わったらホルダーからはずし、裏返してはさんで裏側を使う。 これで、元の A4 用紙の片面の三分の一だけ使ったことになる。 (もう少しほかの部分にも書けそうだが、まだ試していない。)
システム手帳のリフィル(をのりでとじたもの)と比べての欠点は、 やや胸ポケットから落ちやすい、ということだ。 少し細めなのである。
買ってから気がついたのだが、これならボール紙でも自作できそうだ。 リフィルの裏表紙はボール紙なので使っているうちにすみがすりへってくるが、 それでも使いきるまではもつ。 ワイシャツの胸ポケットにぴったりのホルダーをボール紙で自作すればいいのかも。
2003-06-01 (0) 23:33:55 +0900
……「二場面じゃないか」と思った。 単なる屁理屈。
2003-06-01 (0) 23:08:40 +0900
残り | ----+----|----+----|----+----|----+----|----+----| | |
2002 年十一月末 | 425 | ******************************************* |
2002 年十二月末 | 443 | ******************************************** |
2003 年一月末 | 450 | ********************************************* |
2003 年二月末 | 456 | ********************************************** |
2003 年三月末 | 467 | *********************************************** |
2003 年四月末 | 451 | ********************************************* |
2003 年五月末 | 468 | *********************************************** |
※ 残りがゼロになるまで、月末ごとに掲載する予定です。
2003-05-31 (6) 23:58:45 +0900
「うるふ」は「潤ふ」と書くから。 《「閏(うるう)」の旧かなづかいは「うるふ」--- 狼の「ウルフ」と同じ (2002-02-03 (0) 02:34:07 +0900)》と関連するが、 うるう年の「うるう」はここでは登場する必要がない。
2003-05-31 (6) 19:16:20 +0900
上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。
2006-05-19 (5) 20:37:55 +0900
「択宮愛香」とか。 「択れ」は「えれ」だが、 「択」単独で「えれ」と読ませるのはやや無理か。
2003-05-31 (6) 19:08:35 +0900
xor は exclusive or の意味。
2003-05-31 (6) 18:55:40 +0900
きょうの放送分は、 超特急に時速 700 キロ以下に速度が落ちると爆発する爆弾がしかけられたという、 どこかで聞いたような話だった。 列車自身がロボットになっていて、 アトムが協力して立ち向かうところにおもしろさがあるのだからそれでいいのだが、 その爆弾は車輪などに取り付けられたのではなく、 全く単独の装置で、 とりはずしてもそれ自身が時速 700 キロ以上で運動していれば爆発しない。 そういう装置が作れるものだろうか? 等速で運動していれば何も力を感じないから、 静止しているのと区別がつかないのではないかと思うが……。 加速度をずっと積分しているのだろうか。
それと、 アトムが爆発を避けるには、 必ずしも爆弾を持って時速 700 キロ以上で飛ぶ必要はない。 列車内で爆弾を手につかみ、 列車の進行方向と垂直な平面内で腕をぐるぐると回せばよいのである。 回転速度が上がるにつれて列車は速度を落とす。 アトムの腕の長さが 0.5m だとしたら、 一秒間に 65 回程度まであがったところで列車は停止してもよいことになる。 それじゃ絵にならないんだけどね。
2003-05-31 (6) 18:52:10 +0900
アトムだったら、時速 700 キロを保ったまま鉄道のトンネル内でUターンできるのではないか? そうすれば戻ってトンネルの入り口から地上に出られる。
アトムは最後に爆弾は宇宙空間で処理したと言っていたが、 それにはいろいろなやり方があろう。 じゅうぶん高く上ったところで上昇速度を時速 700 キロ近くまで落とし、 爆弾を離す。 すると、爆弾は地球の重力でスピードが落ち、爆発するはずだ。 爆発に巻き込まれそうだと思ったら、 自分は加速しさらに上昇するなどすればよい。
2003-06-03 (2) 00:05:48 +0900
……というのは冗談だが、ヨブの妻は冒頭以外は出てこない。
2003-05-31 (6) 17:34:10 +0900
冒頭に登場した妻なのだろうか。 (この結末はあとから加筆されたものだという説もあるそうだが。)
2003-05-31 (6) 11:36:06 +0900
よくわからない。
google で「世界三大悪妻」を検索したところ、 「ソクラテスの妻」「モーツァルトの妻」「トルストイの妻」 と書いてあるページがあった。
2003-05-31 (6) 11:34:35 +0900
《しかし今あなたの手を伸べて、
彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。
彼は必ずあなたの顔に向かって、
あなたをのろうでしょう」。
主はサタンに言われた、
「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。
ただ彼の身に手をつけてはならない」
》
(1.11-12) とあるが、
サタンが手をつけたのは家畜、しもべ、息子、娘たちだけであり、
ヨブの妻は元気なままで、
そのあとサタンがヨブの「骨と肉
」を撃ったあと、
この一言で「世界三大悪妻の一人」と称されるようになるところの
「あなたはなおも堅く保って、
自分を全うするのですか。
神をのろって死になさい
」(2.9) という言葉を吐くのである。
(あ、一言じゃなくて二言だった。)
引用は口語訳による。
2003-05-31 (6) 11:31:50 +0900
「花子」についてここに書いたら、massangeana 氏が 「ハナ」と読む女の子の名前なら 「明治生命 名前ランキング 2002」 で 30 位までにはいっていますよ、と教えてくださった。
ただ、
調査数を見ると「2002年生まれ男の子:3,728人、女の子:3,447人
」
と少ない。
これでは、ちょっと大きめな大学の一学年の学生数と同じぐらいではないか。
日本国での年間の出生数は、最近は減ったとはいえ、100 万はあるはずである。
しかし、大学生になってからの調査では、
最近の命名の傾向を知るには役立たない。
保険会社には生まれたばかりの子どもの名前が集まるので、意義があるのである。
また、調査対象は
「明治生命の個人保険のご加入者(2002年11月加入者まで)
」
と限られている。
生まれたばかりの子どもに保険をかけるのは、それほど一般的ではないと思う。
一部の階層に限られるのではないか。
ところで、「ハナ」は 24 人。女の子で一番多かった読みは 「アヤカ」だそうだが、それでも 54 人にすぎない。
2003-05-31 (6) 01:11:48 +0900
昨年度後半にNHKラジオ「英語リスニング入門」を担当された西垣知佳子先生。 三月 17 日 18 日放送分で「永遠にわびる」と言う際、 ei- と -en の間に glottal stop(のような音)を置いていた。 だらしなく発音すると e:::n になりそうで、 そうならないように意識されたのだと思うが、 ちょっと珍しいのでは。
2003-05-30 (5) 22:24:38 +0900
三月 19, 20 日放送分では e:'en のように発音していた。
2003-06-10 (2) 21:20:50 +0900
本文ナシ
2003-05-30 (5) 19:38:30 +0900
本塁へ突入できるタイミングなのに走塁ミスで三塁ストップ。 サードベース上で「自嘲」している、という様子。
もちろん冗談である。
2003-05-29 (4) 02:28:19 +0900
数日前、massangeana 氏から 「Proof: The number of even primes is infinte(証明:偶数の素数の数は無限である)」 というページを教わった。 偶数の素数が有限個だったと仮定し、 それらから 2 を除いたもの全ての積に 2 を加えた数を考えると、 というのである。
もちろんこれは冗談で、 著者 Richard Holmes 氏 のトップページでは「absurdities, jokes, and wordplay」 と書かれたところから(目次を経て)リンクされている。
この証明は、単に冗談であるだけでなく、 元になった「素数の数が無限であることの証明」において、 もしも有限だったとし、それら全ての積に 1 を加えた数を考えると、 というところで素数が少なくとも一つは存在することを (暗黙のうちに)使っていることを思い出させてくれた。 あるいは、零個の素数の積は 1 と約束すればよい。 1 + 1 は素数 2 に等しい。
エウクレイデス(ユークリッド)の原論はどうだったかと訳本を調べてみたら、 任意個の素数が与えられたらそれ以外の素数が存在する、 を示しているのであった。 おそらく、零個のケースは考えられていないのであろう。
2003-05-29 (4) 02:25:57 +0900
先日、米国に本部を置く、キリスト教系と自称する某宗教団体の宣教師が家にきた。 この団体と言えば、 よく見かけるのはアメリカ人と思われる白人の若い男性二人組だが、 きたのは若い日本人の女性二人組だった。 断わったらすぐ帰ったが、あとで見たらドアに英会話教室のチラシがはさんであった。 布教のため無料でやっていると書いてあるのだが、何か間違っているような気がした。
非常に貧しい国に医療伝道に行くなら、 治療費をとらずにやることも考えられるだろう。 しかし日本はそんなに貧しいわけではない。 また、英会話ができなければ生きてゆけないわけでもない。
普通にお金をとって英会話教室を開けばいいではないか。 その評判がよくなり、習いにくる人に「ここの教師はどこか違うと思ったら、 **教の信仰を持っているのか。だったら私も**教を学んでみよう」 と思わせるのが正しいやり方のように思える。
2003-05-29 (4) 02:19:27 +0900
どういうものになるか考えていないが、とにかくこの組み合わせを考えてみた。 プレイしていると心が落ち着いたりして。
枯山水だけじゃネタが足りないというなら日本庭園一般でもいい。 鹿威しとか。
2003-05-29 (4) 00:44:41 +0900
ヘブル文字の名前「ツァデー」は欽定訳では TZADDI としている。 この TZA- からつけたのかな、と思っただけ。 もしそうなら「ツザリク」と読むのは不適で「ツァリク」なのかも知れない。
2003-05-29 (4) 00:18:02 +0900
ヘブル文字のサメクを重ねて言っていたのがいつのまにか切れ目が変わって 「くさめくさめ」となったもの。 なーんて言っている人はいないかな。
2003-05-29 (4) 00:13:46 +0900
うちにあった聖書からまとめてみた。
日本語 | 希語 | 羅語 | 英語 | 仏語 | エスペラント | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
アレフ | アレフ | アレフ | αλφ | ALEPH | ALEPH | ALEPH | Alef | ALEF |
ベテ | ベス | ベト | βηθ | BETH | BETH | BETH | Beth | BET |
ギメル | ギメル | ギメル | γιμαλ | GIMEL | GIMEL | GIMEL | Guimel | GIMEL |
ダレテ | ダレス | ダレト | δελθ | DELETH | DELETH | DALETH | Daleth | DALET |
ヘ | ヘ | ヘー | η | HE | HE | HE | Hé | HE |
ワウ | ワウ | ワウ | ουαυ | VAV | VAV | Vau | Waw | VAV |
ザイン | ザイン | ザイン | ζαι | ZAI | ZAI | ZAIN | Zaïn | ZAIN |
ヘテ | ヘス | ヘト | ηθ | HETH | HETH | CHETH | Heth | HET |
テテ | テス | テト | τηθ | TETH | TETH | TETH | Teth | TET |
ヨーデ | ヨード | ヨド | ιωθ | IOTH | IOTH | JOD | Yod | JOD |
カフ | カフ | カフ | χαφ | CAF | CAPH | CAPH | Kaf | KAF |
ラメテ | ラメド | ラメド | λαβδ | LAMED | LAMETH | LAMED | Lamed | LAMED |
メム | メム | メム | μημ | MEM | MEM | MEM | Mem | MEM |
ヌン | ヌン | ヌン | νουν | NUN | NUN | NUN | Noun | NUN |
サメク | サメク | サメク | σαμχ | SAMECH | SAMECH | SAMECH | Samek | SAMEH |
アイン | アイン | アイン | αιν | AIN | AIN | AIN | Aïn | AIN |
ペ | ペ | ペー | φη | FE | FE | PE | Pé | PE |
ツァデー | ツァデー | ツァデ | σαδη | SADE | SADE | TZADDI | Çadé | CADI |
コフ | コフ | コフ | κωφ | COF | COPH | KOPH | Qof | KOF |
レシ | レシ | レシュ | ρησ | RES | RES | RESH | Resh | RES |
シン | シン | シン | σεν | SEN | SEN | SCHIN | Shîn | SIN |
タウ | タウ | タウ | θαυ | THAV | THAV | TAU | Taw | TAV |
2003-05-29 (4) 00:11:51 +0900
8 節ずつがその字母で始まるのでわざわざ書かなくてもわかるはず。 Biblia Hebraica Stuttgartensia は
(い) 1 い…… 2 い…… 3 い…… 4 い…… 5 い…… 6 い…… 7 い…… 8 い…… (ろ) 9 ろ…… 10 ろ……のような感じに組んでいる。
2003-05-28 (3) 20:14:33 +0900
…なぜか。 私が見たヘブル語の入門書は旧約聖書を読むためのものばかりだが、 それらを手にとるのは旧約を原文で読みたいと志した人だろう。 だったらそう書いてあってもよさそうなものだ。 聖書を読んでいてもあれがヘブル語の字母名だと知らない人が多いのだろうか。
ちなみに、日本語訳では「アレフ」などと音写されているだけだが、 英訳などではヘブル字母そのものが印刷されていることもある。
2003-05-28 (3) 20:01:41 +0900
(いわゆる)日本語のフォントとのバランスをとるためだろうか。 英文のページを読むときはエンコードを変えてフォントが変わるとぐっと読みやすくなることが多い。
2003-05-28 (3) 19:15:55 +0900
《ふりがな>自分で振るのか? それとも編集者が振ってくれるのか? (2003-05-17 (6) 01:45:00 +0900)》 に関連し、 このページを教えてくださった方があった。 ただし、そのページに見えているサンプルは総ルビではない。
2003-05-28 (3) 02:25:00 +0900
上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。
2006-05-19 (5) 20:40:34 +0900
だって、困るだろう。 手書きの場合などに。
2003-05-27 (2) 20:50:00 +0900
原っぱの中を通した道路のようなものなのだから、 高架(あるいは半地下)にすることは可能で、 そうすれば従来の道路を通行する歩行者の負担を増やさずに済んだはずだ。 ただ、それでは道路の両側にできてきたお店に自動車でくる人は困る。 でも、それは、 自動車できてほしいと思うお店だけが自動車道からお店の上階にある駐車場へはいる通路を作ればいい。 ---
2003-05-27 (2) 20:32:54 +0900
何が民間人と対になる概念かによるだろうけど。
教員の場合は免許を持っていなくても教壇に立てるのがミソなのだから、 「無免許教員」「無資格教員」が適当な気がする。 ただ、これらの名称から“非合法”な教員だと思われるといけないのだが。
2003-05-27 (2) 20:23:50 +0900
…などと英語(に由来する外来語)で言うようだが。 「DH」と呼ぶこともあったかな……。
2003-05-27 (2) 19:44:50 +0900
阪神タイガースのファンである私はもうすでに日本シリーズのことを考えているのだが、 今年は奇数年なので日本シリーズはパの根拠地球場から始まるはずだ。 よって第1・2・6・7戦は指名打者制となり、 “4割打者”ムーア投手の打撃が生かせるのは甲子園球場での第3・4・5戦のみとなる。 このうち2試合以上に先発することはむずかしいだろう。 (短いイニングで下がって翌日スライド登板、といったケースはのぞく。)
では、第1・2・6・7戦で「9番指名打者ムーア」はどうだろうか。 シーズン中にムーアが9番にはいっているのと全く同じメンバーで攻撃できるのだから強いと思うが……。
1985 年の日本シリーズでは「2番指名打者弘田」が優れた作戦だった。 シーズン中と同じメンバーで攻撃ができ、 かつ、シーズン中と違って守備の負担から試合後半で交替、 ということがなかったのだ。 シリーズ前に友人たちとしていた予想では、 当時どの野手も守備はよかったが、 その中で強いて言えば最も守備に不安があるバースを指名打者にするとして、 さて、代わりに誰を一塁に入れるか。 誰を入れても攻撃力ではぱっとしない……、というところだった。
2003-05-27 (2) 19:36:12 +0900
帰り際に怪しい電話がかかってきたが、 実は家族がおやつの予告電話をかけてきたのだった、というような場面。
2003-05-27 (2) 19:31:20 +0900
《「見たら死」ぬので「みたらし団子」と思っている人はいないかな (2003-05-01 (4) 19:20:37 +0900)》のより具体的な状況を考えてみたものである。
2003-05-28 (3) 19:23:28 +0900
上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。
2006-05-19 (5) 20:42:09 +0900
「語学が優だった」というような意味。
2003-05-27 (2) 19:29:20 +0900
「中間試験が終わったばかりだからレポートを課すのは『今日は酷』」 というような局面。
2003-05-27 (2) 19:28:00 +0900
ここ。 気のついたこと、疑問点を記しておこうと思う。
2003-05-25 (0) 21:54:38 +0900
本文ナシ
2003-05-25 (0) 21:27:58 +0900
例えば 「四十二億九千四百九十六万七千二百九十六」がきたら 4294967296 と返すプログラム。
単なる練習問題だろうが、 時間があったら自分でやってみようと思ったので記しておく。 正しく自然数を表わしていない文字列(「百万億」とか)がきた場合に (例えば)-1 を返すようにするかどうかでむずかしさは変わってこよう。
2003-05-25 (0) 14:08:06 +0900
「たれそ」はダーレスと、 「けふ」はカフかコーフと関係ないか? (もちろん冗談で書いています。)
2003-05-25 (0) 14:02:02 +0900
複数の読みが考えられる語のふりがなを決めるよう求められたとき、 「決めるのはナンセンス、好きに読めばよい」と言う著者がいるが、 同じ単語でも、 文脈によっては常にどちらでもいいとは限るまい。 どちらでもいいところでは複数のふりがなが振れるやり方が望ましいのではないか。
2003-05-25 (0) 13:38:41 +0900
例えば 「ゴールデンウイークと梅雨の間」と「ゴールデンウイークと梅雨との間」。 前者は「ゴールデンウイークの間と梅雨の間」ともとれる。 後者のほうが紛れが少ないと思う。
2003-05-25 (0) 13:32:33 +0900
奥村さんのゲストブックで、 ROM男さんが “とあるページが mozilla では html と認識されなくなってしまった、 IE では html と認識されるのに”という趣旨の報告をされていた。 奥村さんが原因を発見。 content="text/html; ..." を間違って content="text/plain; ..." としていたのだ。 それを html 扱いするのは IE のバグでは、との指摘もされている。
無断リンク禁止のページにリンクをはり、text/plain としておいたらどうか。 IE では text/html 扱いだからリンクがはれているように見えるが、 文句を言われたら 「私は text/plain と書いたのだからこれはただのテキストファイルだ、 これを html 扱いするのは IE のバグ」と言い張る。
mozilla の人は見にくいし、 次のバージョンで直っていたらもう使えなくなる方法だけど。:-)
2003-05-25 (0) 13:16:16 +0900
もうとっくに明るいのに、 まだ観光客は動き出していないということか。 もったいない。 兼六園はいまは4時から開いている。しかも早朝は無料のはずだ。 ホテルの朝食が7時からのところが多いのがいけない?
付)ゴールデンウイークには金沢にかなり多くの人が訪れますが、 この時期をはずしてゴールデンウイークと梅雨との間にすると、 あまり混み合わず、暑くもなく、日も長く、観光が楽しめると思います。
2003-05-25 (0) 12:32:54 +0900
…している人はいないだろうか。
2003-05-25 (0) 12:18:14 +0900
トンを「.」、ツーを「-」というのはすぐ思いつく。 JIS 漢字だと「・」と「―」か。
2003-05-25 (0) 12:17:46 +0900
『うちの亭主は仕事から帰ってきても「飯」「風呂」「寝る」 の三語しか口をきかない』と言えば寡黙な夫が想像されるが、 例えばモールス符号の 「トン」を「飯」、「ツー」を「風呂」、少し長めの休止を「寝る」 と約束しておき、 猛烈な勢いでしゃべるのかも知れない。
例えば「good morning」は 「風呂風呂飯寝る風呂風呂風呂寝る風呂風呂風呂寝る風呂飯飯寝る寝る風呂風呂寝る風呂風呂風呂寝る飯風呂飯寝る風呂飯寝る飯飯寝る風呂飯寝る風呂風呂飯」。
注) インターネットで検索して調べたところ、 文字と文字の間は「トン」の三倍、 語と語の間は「トン」の七倍の時間だけ間をおくらしいが、 ここでは前者を「寝る」、後者を「寝る寝る」とした。
付) この話、前に書いたような気がするのだが……。
2003-05-25 (0) 12:05:34 +0900
次のようなしかけはきっと容易にできると思う。 「**新聞」が“無断リンク禁止”のページだったとしよう。
「**新聞」をクリックすると 「**新聞 (http://www.????.co.jp/) へのリンクを生成します」 というページになる。 OK をクリックするとこんどは 「**新聞」 とだけ書かれたページが現れる。 ユーザがこれをクリックすればそのページに飛ぶ。---
「無断リンクだ」と**新聞にねじ込まれたら 「リンクを生成したのは個々のユーザだ」と言い張る。 必要なら「各自の責任で行なってください」と書き添えておく。
あるいは、全部を一括して行なうのはどうか。 「**新聞 http://www.????.co.jp/」などの URI を含むページの、 最初のところに 「ここをクリックするとこのページ内の URI をすべてリンク化したページが現れます。 各ユーザの責任で行なってください」 と書かれている。 そこをクリックすると 「**新聞 http://www.????.co.jp/」が 「**新聞 <a href="http://www.????.co.jp/">http://www.????.co.jp/</a>」 に変わったページが現れるので、 こんどは 「**新聞 http://www.????.co.jp/」 となってクリックできるようになる。 リンク化したあとのページには 「このページは http://www.???.ne.jp/%7Esunomono/???.html からあなた自身の責任で生成したページです。 このページはリンク禁止のページへのリンクを含んでいるかもしれないので、 このページにリンクをはったページを公開すると問題が発生する可能性があります」 などと断り書きが出るほうがいいかも知れない。
注) 上の四カ所のリンクは実際には「./」にはってあります。 また、私のページは“リンクはご自由に”です。
2003-05-25 (0) 11:42:13 +0900
手さげにもなり、ベルトをつけると肩からかけることもできるようだが、 アトムはそれを横長のまま背負っている。 実際に売られているカバンでこの三通りに使えるものはあるが、 背負うときは90°回して縦長にするものしか見たことがない。
2003-05-24 (6) 23:23:13 +0900
金沢では毎週土曜日18時から放送されている。
2003-05-24 (6) 23:19:50 +0900
人間ドックでのこと。 検尿用の紙コップを持って検尿用トイレにはいったが、 どれだけとるのか聞かなかった。 普通、検尿用トイレの中に掲示があると思うのだが……。 しかたなく空の紙コップを持っていったん出て尋ねたのだが、 紙コップを水平に持って出てきたら視線が集まってしまった。 検尿用トイレの奥に出すのを知らずに持って出てきたと思われたらしい。
2003-05-24 (6) 23:16:44 +0900
先日、人間ドックで採血されたのだが、始める前に 「採血(アクセントは「高低低低」)で気分が悪くなったことはありませんか?」 と聞かれたので「これでですか?」と聞き返してしまった。 「『採決』でならあります、議場閉鎖されたら『外に出られない』 と思って急に気分が悪くなり……」などとは言わなかった。
実際に、議長がへたくそで、 「第*号議案『**年度予算承認の件』」が「可決」されたのに 「第*号議案は承認されました」 と言うので聞いていて気分が悪くなったことがある。
2003-05-24 (6) 23:08:50 +0900
左手首が変形して強力な武器になるが、 そのときは左手首から先が消えたように見える。 あれは小さな子どもには気持ちよくないかも。 大人には何でもないことでも、子どもには恐いときがあるものだ。
私だったら、こて (gauntlet) をはめたような形に変形させるだろうな。
2003-05-24 (6) 23:00:04 +0900
アトムの能力でお茶の水博士が知らなかったものがある、という設定になっている。 プログラムで言えば、コードを解読してから実行したのではなく、 とりあえず動かしてみた、というようなものだ。
2003-05-24 (6) 22:55:47 +0900
自動車メーカーがスポンサーなので違えてあるのかなとも思っていた。
2003-05-24 (6) 22:53:33 +0900
昔は多かったのかもしれないが、 いまはペンネームなどを除いてほとんど見ない名前である。 だから「**花子」のように書いてあれば 「これは仮名(あるいは記入例)だな」とわかる。
花子さんがこれを読んで気を悪くされたら失礼しました。
2003-05-23 (5) 22:57:56 +0900
unix の隠しファイルの名前が「.」で始まるのにならって。
2003-05-23 (5) 22:55:35 +0900
「氏名をふりがなつきで記入せよ」の意味でそう書かれるわけだが、 これを『「氏名」と書いて「ふりがな」と読むことがある』 と誤解する人は現在ではいないだろう。 でも、長い間にはわからない。
ヘブル語の誤読に基いて「ヱホバ」ができたのはこれとは似てないか。
2003-05-23 (5) 22:51:45 +0900
カタカナでふりがなを振ると信じていたことがある。
2003-05-23 (5) 22:47:15 +0900
「ふりがな」と「読みがな」はほとんど同じ意味に使われているようだが、 語源を考えれば前者は振られたカナであり、後者は読み方を示すカナであろう。 違っていてもおかしくない。
2003-05-23 (5) 19:42:33 +0900
(一部の漢字を除けば) カナのほうだけ読んで意味が通じるように書いてあります、ということになるはずだ。 だったらはじめからカナで書くことも考えられるが、そうはしない、 という心理がどこかで働いている?
漢字があることでわかち書きの効果が生じているのか!?
2003-05-23 (5) 19:34:05 +0900
この漢字が読めるなら漢字のほうを読んでね、読めないならふりがなを読んでね、 という意味で。
2003-05-23 (5) 19:29:22 +0900
記者の肩を持つ理由も、現地の調査を疑う理由もないのだが、 気になることがある。
それまで爆発しなかった物体がなぜ爆発したのか、 爆死した係官は何をしたのか、である。 それによっては、 持ち込んだのは記者の責任だが爆発は係官の責任が濃厚、 ということもありえるのではないか。 戦争を取材する記者に武器に関する知識が必要なことは言うまでもないが、 空港係官にはさらに深い知識が要求されるはずだ。 怪しい物体が発見された時点で「置け」と命じて、 専門家を呼ぶことはできなかったか。
付) はっきり読んだ記憶がないのだが、 怪しい物体を調べようとした係官と爆死した係官は同一人物だったと私は理解している。
2003-05-23 (5) 19:21:10 +0900
「某国では車線が合流する際、 必ず一台ずつ交互に行くが、日本はその習慣が徹底していなくて」 という嘆きを読んだことがある。 その真偽はどうでもよいのだが、 どうやればそれができるか、前からぼんやり考えていた。
きょうわかったこと。 両方が完全に平等の場合、それは不可能である。 双方から自動車が同時にきたとする。 それらの前の自動車はとっくに走り去っていて、 どちらの運転者もその姿を見ていない。 すると、どちらが先にゆくべきかわからないではないか。
続きはまた。
2003-05-21 (3) 22:57:22 +0900
よって、片方が他方よりも「優先」と決めなければならない。
『原則は交互に。ただし、 どちらからきた自動車も先に行った自動車を見ていない場合は 「優先」のほうが優先される』 と決めるのは正しくない。
2003-05-23 (5) 19:06:26 +0900
割り込ませてあげる》
最近の朝日新聞の「声」は、 意見を述べるというよりは感想を書いただけの、 どうでもいいような投書が多いように思っていたが、 自動車の運転者の「自分はいいことをした」あるいは「している」 という内容の投書に、トンデモが続いているような気がする。
21日づけ大阪本社版の、
40 歳の《パート
》の(名前から判断して)女性の投書
「道を譲ったらうれしい点滅」。
《仕事の帰り道に
》
《必ず1台以上の車を割り込ませてあげる
》ようにしているという。
《毎朝、細い道から国道に出る時、割り込ませてもらっているので、
そのお返しを
》、だそうだ。
《こちらがお辞儀をして頼んでも、
がんとして割り込ませてもらえないこともある
》
と書いているが、
割り込む側の自動車は先端が国道にはいる手前で停まっているはずである。
運転手が座っている位置はそれよりも下がったところだ。
国道を走っている運転者に、おじぎが見えるのだろうか。
国道に歩道がついていれば、さらにその幅の分だけ距離が広がることになる。
また、
国道を走っている自動車の運転手が、本来は見る必要のない、
(まだ)わき道で停まっている自動車の運転手の動作に気をとられることが、
交通安全上、いいとは思えない。
この人が《割り込ませてあげ
》ているときには、
この人の自動車の後ろにも自動車がいるのだろう。
そうでなければ、
待っている自動車はこの人の自動車が通りすぎたあとで容易にわき道から出られるからだ。
後ろの自動車の運転者の同意なしに停車してわき道からの自動車を割り込ませることは、
法律では禁じられていないかもしれないが、道義に反するのではないか。
たとえば、10台の自動車が一列に並んで走っているとする。
1台めから9台めまでが、
この人の言うように《割り込ませてあげ
》ていたら、
10台めの運転者は、
自分の意志にかかわらず、9回も停まらされることになる。
わき道から出てきた9台の自動車も同じように
《割り込ませてあげる
》行動に出ると、回数はもっと増えよう。
(人間が一列に並んでいるとき、
列の中の一人の人間に許される操作は、
「自分のすぐ後ろの人と位置をかわる」
ことだけである。
これなら、それ以外の人にいっさい(直接の)影響は与えない。)
それから、
このようなやり方が広まり、
わき道から容易に大通りに出られるようになったとしよう。
すると、大通りが混んでいるときはすいたわき道にはいり、
大通りに出るところでこのようにして
《割り込ませて
》もらうほうが早い、とならないか。
そうなると、わき道の交通量が増える。
わき道は、大通りと比べて、歩道がついていない可能性が高い。
いわばわき道は不完全な道なのである。
そこを多くの自動車が走るようになると、歩行者の安全が脅かされるだろう。
わき道が
「速く走れるかもしれないが、
大通りに出るとき時間がかかるかもしれないからはいらないでおこう」
と思わせるようになっていることは、
大通りとわき道の交通量に差をつけることに役立っていると私は思っている。
《急いでいる車は仕方ないとは思うけれど、
せかせか走らせたところで、いらいらが増すような気がしてならない
》
とこの人は言うが、
おじぎをして割り込ませてもらおうとするこの人のほうがせかせかしているように私には思える。
(遅くとも)運転免許を取った時点で、
わき道から大通りに出るには自動車の流れが切れるのを待つしかないことはわかっているはずだ。
待つべきところで待てないのは、せかせかしている証拠である。
(あまりにそこが渋滞するなら、
信号をつけるよう、しかるべき機関に働きかけるなどすべきである。)
それに続いて
《それなら、お互い譲り合って、気持ちよい運転を心がけたいと思う
》
と書いているが、
現行の交通法規はお互いがどう譲り合うかを(一つのやり方で)
決めたものであるはずだ。
それを変更して
「すべての合流地点において、両方から一台ずつ交互に合流するようにしよう」
という主張なら、(賛同するかどうかは別として)理解できる。
若干「ゲスのかんぐり」になるが、
この人が帰り道に《割り込ませてあげる
》というのは、
行き道に自分が割り込むことの罪ほろぼしをしている
{つもり | だけ}なのではあるまいか。
一つの投書をえんえんと批判してしまったが、 この投書そのものの批判が目的ではない。 「朝日新聞がよく載せたなあ」と思ったからである。
付)
《ある大手電機メーカーから出てくる車を割り込ませてあげると、
8割以上の方がありがとうのサインである停車用の点滅を数回点灯される
》
そうだが、これは道路交通法に違反しないのだろうか。
私は全く知らないのだが。
2003-05-21 (3) 22:13:30 +0900