すのものの「いろいろ」(その78)

「でした。)そして」はブラウザ上でのスペースの置き方が不自然になる

一つの段落の中で、ある文章と次の文章との間に補足の文章を挿入したいことがある。 そんなときは次のように書くのが普通であろうか。

**です。(当時は**でした。)そして***

しかし、これはどうも字の並び方がよくない。

    ********.(****************. )************
といった感じに見えてしまうのだ。 (ここでは、最初のとは異なり、 半角文字を使って <pre> ... </pre> で示してある。 それは、こうしないとブラウザによって見え方が違う可能性があるからである。)

問題は、句点と閉じカッコである。 ブラウザ上で句点だけを範囲指定してみるとわかるが、 句点は矩形の左下隅にある。 よって、次の閉じカッコとの間のすきまができる。 閉じカッコと次の文字との間にはあまりすきまがない。 その結果、閉じカッコが次の文章の先頭にあるように見えてしまい、 ここから次の文章が始まるという感じが薄れてしまう。

これがいやなので、 このようなカッコに入れた挿入文は段落の終わりに置くようにしていた。

もしも自分で調節することが許されるなら、 閉じカッコの次に全角スペースを置きたいところだ。 すると次のようになる。

**です。(当時は**でした。) そして***

こうすれば

    ********.(****************. )  ************
といった感じになる。 疑問符で終わる文章と次の文章との間には (ある時期から)全角スペースをいれているので、 それと同じと思えばいいのかも知れない。

付) 英文タイプの際のスペースの入れ方 --- カンマのあとは一つ、 ピリオドのあとは二つ --- は知っているが、 このような場合についてはわからない。しかし、 仮に「ピリオドのあとに閉じカッコがくるときはその間にはスペースを置かず、 閉じカッコのあとにスペースを二つ置く」と決めてみると

    ********.  (****************.)  ************
となる。かなり体裁は整うと思う。

2004-01-25 (0) 14:32:27 +0900

朝日新聞>「最も得点が高い」と「平均点を大きく上回る」は似たことでは?

24日づけ大阪本社版トップ「高3、理数苦手顕著に」。

最初この見出しを見たとき。「理数苦」で切ってしまったのでそのあとの 「手顕著」の意味がわからなかったが、それはさておき。

得点別の人数の分布をみると、 数学Iでは、最も得点の高い層の人数が一番多い一方で、 平均点を大きく上回る層にも集中している。 理解度の高い生徒と低い生徒の「二極化」の現象がうかがえる。

あれ? どうしてそう「うかがえる」のだろうか?

このどちらか一方が、 そして一方だけが正しいとすればすっきりと意味が通る。

2004-01-25 (0) 13:58:02 +0900

朝日新聞>日本の大学だったら「(それほど)両校の格は違う」と書くかな

24日づけ大阪本社版社会面 「民主・古賀議員 / 米大学、卒業を否定」。 《同校と名前が似ているカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校(CSULA) と誤認した可能性は残るが、 現地に在住しながら同校と名門校UCLAとを間違えるなら故意と思われても仕方ないほど両校の格は違う》 とあるが、これが日本の大学だったら、こう書くかな。

2004-01-25 (0) 03:04:00 +0900

朝日新聞>「月では地球が昇ることも推測できたはずだ」ってホント?

24日づけ be の e1 面。 ガリレオの話だが、 アポロ8号の撮影した、(たぶん)月の写真。遠くに地球が浮かんでいる。 その解説に 《ガリレオは月に山や谷があることを発見した。 月では地球が昇ることも推測できたはずだ》とある。

一瞬、納得しかかってしまったが、 月は地球に常に同じ面を向けている。 このことは、月の模様が変わらないことから、肉眼でも確認できる。 地球から見えるところにいたら地球は昇ったままだし、 見えないところにいたら沈んだままのはずだ。

記事には「編集部・坂本哲史」と署名あり。

2004-01-25 (0) 02:46:08 +0900

メールで指摘してくださった方があったので、補足しておきます。 月は地球に完全に同じ面を向け続けているわけではないので、 厳密には半分より多くが見えている、という話は知っていました。 よって、地球が昇ったり沈んだりする地点も月面上にはあるわけです。 でもそういうつもりで書かれた記事じゃないだろう、 と私も思います。 ガリレオが望遠鏡でよ〜く模様を観察すればわかったのかも知れませんが。

2004-01-27 (2) 02:52:59 +0900

コンピュータ画面上なら、双曲幾何学的な万華鏡も可能なはず

例えば、三枚の鏡の大きさは同じ、なす角の大きさは三つとも 45 度とか。

2004-01-25 (0) 02:39:08 +0900

画面を万華鏡でのぞいたように見えるスクリーンセーバーってあるのかな

単なる万華鏡のスクリーンセーバーならあると思う。 しかし、画面を万華鏡でのぞいたように見えるのはあるだろうか?

万華鏡は、 中に封入されているガラスなどの小片が鏡で反射されて見えるのが普通だが、 中には筒の先の景色が見えるものがある。 そのようなものを想定しているのである。

2004-01-25 (0) 02:28:26 +0900

ダイバーズウォッチの電池が切れた

愛用のダイバーズウォッチの電池が切れた (1999-04-15 (4) 02:21:00 +0900)》以来だろうか。 5年近くたっている。

あのときは、秒針が2秒きざみで動くと思ったら、 数時間で止まってしまった。 今回は、2秒きざみに気がついたときには数十分遅れていた。 その場合でも正しい時刻を指すことになっているのに。

やはり、その後、すぐに止まってしまった。 いまよく見たら、秒針がひくひくしている。動こうとしているのだろう。 なお、今回は、秒針は1秒、3秒、5秒と、 奇数のところを指すように動いていた。

2004-01-25 (0) 02:15:06 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-07 (0) 01:18:13 +0900

「お遍路」が宗教的行為であることを“伏せて”いないか?

22日づけ朝日新聞大阪本社版家庭面 「ひきこもりに悩む若者たちへ / 四国お遍路 しませんか」。 《自然豊かな遍路道を毎日歩くことで心身をよみがえらせ、 自分を見つめると同時に、地元の人と交流し、 人間関係を結び直す狙い》とあるが、 「お遍路」は単なる遠足ではない。宗教的行為のはずである。

はっきり宗教的行為であると説明したうえで募るか、 「ただ『お遍路』の道を歩き、寺の見学をする」のでもよい、 と明記して募るか。 どちらかでないと。

2004-01-24 (6) 03:04:55 +0900

2005年1月27日づけ朝日新聞大阪本社版生活面 「引きこもりの人よ / お遍路しませんか」もかなり似た内容である。 主催者が同じかどうかは前の新聞をとっておいてないのでわからないが、 《03年秋から始めて今回で4回目》とあるのでその可能性も高い。

2005-05-05 (4) 03:04:08 +0900

天皇の葬儀のあり方について、昭和天皇のときから議論が深まったのか?

22日づけ朝日新聞大阪本社版「政治・総合」面 《「犠牲者の迎え方」検討を / 橋本元首相 / 自衛隊派遣で党に提案》 を見て、ふと、思った。

昭和天皇の葬儀のとき、政教分離の問題などが浮き彫りになったはずだ。 自衛隊に死者が出るかどうかは可能性の問題だが、 天皇の葬儀はやがて必ずやってくる。 「備えあれば憂いなし」である。

2004-01-24 (6) 02:56:17 +0900

朝日新聞>イスラム指導者が「礼拝でも日本人を歓迎しようと呼びかける」

20日づけ大阪本社版社会面「自衛隊迎えるサマワ市民」。 《サマワ・イスラム教センター事務局長を務める宗教指導者、 ハミド・アルナサフ師(42)は 「礼拝でも日本人を歓迎しようと呼びかける」という》。

「礼拝に出席しようとする日本人を歓迎しよう」と呼びかけるのか、 礼拝の際にも「日本人を歓迎しよう」と呼びかけるのか。

一瞬、前者のような気がしたが、たぶん後者であろう。 ただ、 記者も編集者も、 自衛隊員が礼拝に出席する可能性を全く考えていなかったのだとしたら、 なんだかさびしい気がする。

2004-01-24 (6) 02:37:10 +0900

朝日新聞>「手首切り」と言ったら手首を切り落とすこと?

20日づけ大阪本社版国際面「カラシニコフ / 銃・国家・ひとびと」の第8回目。 《シエラレオネ内戦で特徴的なことは、ゲリラ部隊による住民の 「手首切り」があったことだ》というのは手首を切り落とすことであって、 自殺などのために手首の動脈を切ることとは異なる。

後者は最近では「リストカット」という和製英語で呼ばれることも多い。 それとの関連でメモしておく。

2004-01-24 (6) 02:37:10 +0900

一組の男女が依頼した複数の代理母がほぼ同時期に子を産んだら双子と呼ぶ?

たぶん呼ばないと思うが。

2004-01-24 (6) 02:32:58 +0900

朝日新聞>「クマとウサギの絵の人文字」って絵なの? 文字なの?

23日づけ大阪本社版社会面「小型機 住宅街に墜落 / 甲府 / 操縦士ら3人死亡」。 《事故当時、 園児約130人がグラウンドで卒園アルバム用にクマとウサギの絵の人文字をつくっていた》 とある。

言葉の流用であることはわかるが、 「無文字文化における人文字」などとするとかなり変。

2004-01-24 (6) 02:29:11 +0900

朝日新聞>社としては「ウオーキング」と書く?

23日づけ大阪本社版総合面「ひと」。 《独自のウオーキングを提唱する》デューク更家さん。 本文中には 《昨年6月に出版した「1mウォーキング・ダイエット」》とある。 「オ」「ォ」の違いに注意。

ついでに。 《本名は更家拓也。朝の散歩とストレッチで「デューク(公爵)になる」。》 とある見出しは、「(公爵)」だけがゴチック体でない。なぜだ?

2004-01-24 (6) 02:20:24 +0900

28日づけ大阪本社版国際面「地球24時」の「ことば・ワールド」。 このコーナーでは引用されたことばはゴチックにする決まりのようだが、 《政治が葛藤(かっとう)を調整するのではなく》 の「(かっとう)」はそうなっていない。 読み方を示すカッコとその中の文字列はゴチックにしない、 という取り決めなのだろう。 これが“誤って”適用された?

2004-01-29 (4) 02:52:59 +0900

天声人語>外国人には俳句や短歌は「短い」「定型詩」と説明すべきでは

23日づけ朝日新聞大阪本社版「天声人語」。

「日本の新聞には詩の投稿欄があるそうですね」。 海外で尋ねられることがある。 「たいていの新聞は俳句や短歌という短い詩を募集し、 掲載しています」と答えると、感心した表情を見せる人が多い。

「短い詩」だけでなく、「定型詩」と説明すべきだと思う。 定型詩でなかったらこれだけ盛んではないと思うから。

2004-01-24 (6) 02:14:31 +0900

乗除算を加減算より優先しないとなにか問題が起きたっけ?

21日づけ朝日新聞大阪本社版「科学・医療」面、「直言」。 筆者は「東京理科大学教授(数学)芳沢光雄」氏。

一つの数式の中に各種の演算が混じっているとき、 掛け算や割り算は、足し算や引き算より先に計算する。 日本ではこの規則を教えるとき、 最初に正しいやり方を示し、次に計算練習をする。

IT(情報技術)のソフトウエア分野で人材を輩出するインドは逆だ。 まず規則を無視して計算させる。 どんな問題が起こるかを知ることで、規則の必要性を学ぶ。

どんな問題が起こるんだったっけ? 15 + 10 ÷ 5 を足し算から計算して 5 としても、別に問題はないと思う。 5x + 3y = 19 などと書くところまで進むと、 これにカッコをつけて (5x) + (3y) = 19 と書くのは煩雑だ、 となろうが、小学校で計算練習をする間は問題がないのでは。

創造力を育てるためには、 試行錯誤して粘り強く考えることが大切である》という意見に異存はない。 しかし、これはあくまでも「規則」の問題だ。

小学校では優先順位なしで計算させ、 中学校で多項式を教えたところで優先順位をつけることを納得させる、 というのだろうか? その場合、その間の期間が長すぎるように思える。

2004-01-24 (6) 02:06:56 +0900

メールで指摘してくださった方があったのですが、 プログラム言語には加減乗除の間に優先順位を設けていないものもあるそうです。 だから「特に問題は起きない」ということになるでしょうか。

2004-01-27 (2) 03:02:05 +0900

朝日新聞>縦書き中の横書き部分にもルビが振れるんだ / でもルビは縦書き

21日づけ大阪本社版家庭面の、 「ひととき」の投稿規程。 《「ひととき」は女性の投稿欄です》とある。 いまどきこんな性差別が許されるのか?

という話じゃなくて、 メールのあて先。 《メールは、o-katei@asahi.com》 で文章が終わっており、句点もピリオドもない。

という話じゃなくて、 この規定全体は縦書きだが、メールアドレスは首を 90°回して読む、 横書きになっている。 それなのに、o には縦書きで「オー」とルビが振ってある!

2004-01-24 (6) 01:56:28 +0900

イラクで「日本の自衛隊は軍隊ではない」と理解されているのか?

21日づけ朝日新聞大阪本社版社会面の、 陸上自衛隊先遣隊のサマワ到着の記事。 市民の声の中に 《日本人を歓迎する。軍隊が来たならこうはいかなかった》 《とりあえず歓迎する。軍隊として来たのでないことを祈る》 とあり。

ただし、 《他の国の軍隊は歓迎しない。賢い日本人だから歓迎するんだ》 というのもある。

2004-01-24 (6) 01:50:01 +0900

「ご尊顔を拝し…」と言われたら「神を拝せよ」(黙示 22.9)といい返す

特に意味なし。

2004-01-24 (6) 01:42:34 +0900

「暦の上では」は、言いかえるか説明を付け足すかして誤解を招かないように

……すべきだと思う。 ここでいう「誤解」とは、 旧暦の行事などをその日付に対応する新暦の日に行なうから実際の季節と合わないんだ、 という誤解である。 立春などによく見られる。

あまりいい案だとは思えないが、「中国の暦では」というのはどうだろうか。 実際、「立春」などの用語は、 中国のある地域で使われていた暦とともにはいってきたものだろう。

「太陽黄経の上では」はもっとだめか。

2004-01-24 (6) 01:39:58 +0900

徒然草「高名の木登り」は、錯覚で飛び降りて怪我をした人がいたのかも

第 109 段。 低いところまで降りてきてから誤って落ちる事故が多い、 というのが書かれている内容だが、 まだかなり高いのに「もう飛び降りても大丈夫だろう」 とカン違いして怪我をした人がいたのではあるまいか。

なんとなくそんな気が。

2004-01-24 (6) 01:34:24 +0900

「中秋の名月」って、秋分を含む(旧暦の)月の(旧暦の)15 日だったんだ

朝日新聞>中秋の名月が遅い理由の説明は「旧暦」をよく理解していない? (2002-08-19 (1) 01:58:25 +0900)》を書いたときには理解していなかった。

ということは、 「秋分の日」の月齢から「中秋の名月」の日付が計算できる? 「秋分の日」 が先にきてしまったら、計算できてもあまり興味がないかもしれないが。

2004-01-24 (6) 01:27:43 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-07 (0) 01:22:49 +0900

「かまわぬ」の図柄を視力検査表みたいにならべたポスターってないかな

鎌の絵、輪、「ぬ」の字をこの順にくり返して並べた風呂敷などは売っている。 では、この三つからランダムに選び、 順に小さくなるようにならべて視力検査表もどきを作ったらどうだろうか。 本物の視力検査表で「C」にいろいろな向きがあるように、向きを変えてもよい。

2004-01-24 (6) 01:23:41 +0900

南半球で一年暮すことになったらカレンダーに半年ずれた月名を書き込むかも

向こうで部屋を借り、カレンダーを壁に貼るとする。 そうしたら、January のわきに「七月」、February のわきに「八月」、 のように半年ずれた月名を書き込んでおく。 こうしておけば、February を寒い季節とカン違いすることが防げるかも知れない。

2004-01-24 (6) 01:17:25 +0900

アメリカ大陸全体が時間帯を丸一日進めるようになったりして

UTC+1400 の地域ができて、日付変更線はだんだん東へ移動しているように思える。 ハワイは UTC-1000 なので、UTC+1400 の地域とは日付だけが一日違うことになる。 もしもハワイが UTC+1400 に変えたら、 アラスカ・米国本土もそれにならって日付を一日進めるようにならないだろうか。 そうなれば、じきに、 アメリカ大陸全体がいまより丸一日だけ進んだ時間帯を採用するようになると思う。

もしもそうなると UTC より遅れている地域は世界中にほとんどないことになる。 そのほうが各地の時刻の計算が容易かも。 負の数を引くのって間違いやすいから。

2004-01-24 (6) 00:18:27 +0900

朝日新聞>センター試験問題>追加説明の部分はフォントが違う

19日づけ大阪本社版に載ったセンター試験の「数学 II・数学B」の問題の、 第3問。 《※「点Pからmに下ろした垂線の足」とは、 点Pからひいたmの垂線とmとの交点のことである」》 とある部分が追加説明であろう。 (こういう内容の追加があったことはどこかで読んだか聞いたかした。)

この部分、よく見るとフォントが違う。 mを見るとすぐわかる。

ところで、最近は「点Pからひいたmの垂線」という言い方をするのだろうか。 かえってわかりにくい気がする。 「点Pをとおりmに垂直な直線」ならすっきりする。

2004-01-23 (5) 02:26:52 +0900

朝日新聞>《「第13凝固因子」と表記した3カ所が》の「表記した」は変では

19日づけ大阪本社版社会面の、センター試験の記事。 《「第13凝固因子」と表記した3カ所が、正しくは 「第8凝固因子」だったと発表した》とあるが、 「表記」というと、「現代表記」のように、 語としては同じだが書き表し方が違う、という意味にとられかねない。 ここは《「第13凝固因子」と書かれた3カ所が、正しくは 「第8凝固因子」だったと発表した》でいいはずだ。

2004-01-23 (5) 02:19:45 +0900

朝日新聞>「死亡生徒の校長自殺」で意味がわかるか?

19日づけ大阪本社版社会面の見出しである。 ほかに「サッカーゴール事故」「静岡 遺族・教職員に遺書」 との見出しもあるのだが、やはりわかるまい。 サッカーゴールが強風で倒れて生徒が死亡する事故のあった中学校の校長が自殺、 という記事である。

2004-01-23 (5) 02:15:20 +0900

「生徒死亡の校長自殺」とするとずっとわかりやすくなると思う。 『生徒死亡』という事件のあった校長が、というかかり方である。

2006-05-07 (0) 01:13:29 +0900

朝日新聞>「へジャブ」という誤植 --- 「へ」がひらがなだ

19日づけ大阪本社版国際面 『「スカーフ禁止」反対デモ / 仏では2万人参加』。 写真の解説に 《反対の合図をするへジャブ姿の女性たち》とある。 本来は「ヘジャブ」のはずだが、「へ」とひらがなになってしまっている。

2004-01-23 (5) 02:10:22 +0900

朝日新聞>数文字を一字分に詰め込んだ活字には縦書き用と横書き用がある

例えば、 17日づけ be の e4 面「編集長のツボ」には

ペー
ジ
が見える。縦書きなら
ジペ
 |
となるであろう。(ここで、縦にした長音符は縦棒で代用した。)

たぶん、そんなに珍しいものではないであろう。 気がついたのでメモしておこうと思っただけ。

2004-01-22 (4) 23:21:52 +0900

閏二月 2 日に「閏 2 日」と書かれているカレンダー

職場で見た、一カ月につき一枚となっているカレンダーには、旧暦も記載されていた。 今月分で言えば、 1 日には「12月10日」、22 日には「1月1日」と書かれている。 「月」と「日」とが書かれているのは新暦・旧暦の 1 日だけで、 残りの日は「30日」などと「日」だけである。 これで十分であろう。

ところが何と、閏二月 2 日のところには「閏2日」と書かれている。 「閏」は「二月」にかかるので、これはおかしい。 その前日のところに「閏2月1日」と書き、その日は「2日」だけでよいはずだ。

閏月の意味がわからずに作っているのではないか。

2004-01-22 (4) 02:31:28 +0900

意味なし>「あなたの座右の銘を教えてください」「『左を見ろ』です」

本文ナシ

2004-01-21 (3) 03:15:09 +0900

ギリシア語聖書で、欄外見出しの章節番号の書き方に二通りあることを発見

手元の Nestle-Aland の Novum Testamentum Graece (Deutsche Bibelgesellschaft Stuttgart) は文書が変わってもページを変えないことがある。 そういうページの欄外見出しを見ていたら、 章・節の番号の書き方に二通りあることを発見した。

例えば、 コリント前書の最後とコリント後書の初めが同一ページになっている 472 ページの欄外見出しには 「16, 21-1, 6 ΠΡΟΣ ΚΟΡΙΝΘΙΟΥΣ Β'」とある。 ここでは章・節の番号は普通に最初と最後とを書いている。 (文書名はあとのだけを書いている。)

560 ページは 「3, 11-15, 1-5 ΠΡΟΣ ΦΙΛΗΜΟΝΑ」である。 さっきのように書くと 「3, 11-5 ΠΡΟΣ ΦΙΛΗΜΟΝΑ」となってしまい、 同一の章の中で節番号が戻ったように見えるので特別扱いしたものか。 ヨハネ第一から第二に変わる 625 ページ、 ヨハネ第三からユダに変わる 628 ページも同様。

なお、615 ページはペテロ後書の最終節の途中からとヨハネ第一を収めるが、 欄外見出しでは前者は無視されている。 (もしも最終節の途中からだけを収めるページがあったら欄外見出しはどうなっているだろう、 と思って調べ始めたのだった。)

2004-01-21 (3) 03:12:36 +0900

南半球に住み着いた西洋人は半年ずれた暦を使わなかったか?

帆船に乗り、 何カ月もかけて命がけで大陸から大陸へ渡っていた時代に、 西洋人が南半球にたどり着き、住み着いたとしよう。 初めのうちは故郷で使われていた暦をそのまま使っていたであろう。 しかし、長く住んでみると、半年ずれた暦のほうが便利、と感じないだろうか。 そうすれば「いま何月か」と季節との対応が故郷にいたときのそれに近くなるからだ。

故郷に帰る際には、また半年だけ暦をずらさないといけないが、 その旅は命がけで何カ月もかかるのだから、 その間にゆっくりと暦を切り換えればよい。

時差はあるのにどうして“季節差”をもうけないか、 というようにもまとめられるか。

付) 現在では日本とニュージーランドとの間でも飛行機でなら一日以内で行けるし、 電話やメールのやりとりなら瞬時である。暦を変えるメリットはほとんどない。 しかし、冗談として考えてみるなら、 「月単位で半年進める」のが換算が容易でよいだろう。 うるう日は八月末にはいる。うるう年の置き方は同じでよい。 その暦でクリスマスのころに北半球ではヨハネ祭、となろう。 夏休みが短くなり、 最終日が年によって異なることになるのでちびまる子ちゃんは困るかも。 なーんちゃって。

2004-01-20 (2) 19:59:45 +0900

ここでは月の名前を英語で言うことにしよう。

“南半球暦”として、 「January から June まで」と「July から December まで」 とを入れ換えただけのものはどうだろうか。 例えば、2004 年の始まりは“北半球暦”の January の 1 日にあたる日とするが、 月の名を July と変えるので、その日は July の 1 日となる。 きょうは July の 21 日である。

こうして December --- “北半球暦”では June --- まで進むと、 次は January になるが、年が改まったわけではなく、 2004 年の January, としておく。 すなわち、2004 年の December の次は 2004 年の January, となる。

月の名前が、年の初めから順に July, August, September, October, November, December, January, February, March, April, May, June となるが、 昔 --- ローマ時代? --- は三月が一年の始まりだったというから、 別にこれでもいいのではないか。 現代日本語だと七月から一年が始まるのはとてつもなく変だけど。

2004-01-21 (3) 19:30:43 +0900

「月単位で半年進める」のと正確に同じではないけれど、 「タイムゾーンは UTC+439200 を採用」というのはどうだろうか。 半年を 183 日とし、183 * 24 = 4392 なので 4392 時間だけ進んでいることにする。 冗談中の冗談。

2004-01-22 (4) 00:12:43 +0900

「円」は持っていたが「銭」がなくて無銭飲食にされた、って人はいないか

本文ナシ

2004-01-20 (2) 19:45:32 +0900

TVアニメ「サザエさん」で元日を「元旦」と呼んでいた

もういつのだか忘れたが、ことしの。 波平が日記を書こうと思い立つ話だったかもしれない。

2004-01-20 (2) 19:30:10 +0900

ことしは申年だから申命記を読もう、と考えている人はいないか

本文ナシ

2004-01-20 (2) 19:27:45 +0900

鉛筆を「泥棒削り」にすると補助軸をつけて最後に残る部分の長さが倍になる

「泥棒削り」とは、一本の鉛筆を両方の端から削ることを指す俗語である。 次に削るまでに二本の鉛筆と同じだけ書けるので、 鉛筆を削る機会が少ないだろうと予測されるときには便利なことがある。

しかし、補助軸をつけて最後まで使いきろうとする場合、 普通に削れば「補助軸にかませる部分」+「削った部分」の長さだけ芯を使い残すが、 “泥棒削り”だと「補助軸にかませる部分」+「削った部分」の二倍が残る。 「削った部分」のほうが「補助軸にかませる部分」よりはるかに長いので、 およそ倍の長さが残ることになる。

付) もしも“泥棒削り”にして削った部分をかませるような特別な補助軸を作れば、 残る長さは「削った部分」の二倍となる。 それでもやはり損である。

付)一本の鉛筆で、芯が片方の端から途中までは朱色、残りは青、というのがある。 あれは両側から削って使うことを前提として作られている。 その場合は“泥棒削り”とは言わないと思う。

2004-01-20 (2) 19:15:40 +0900

一本の鉛筆を、 片方の端は鉛筆削りで尖らせて、 他方の端はナイフで回りの木だけを削って、 という“泥棒削り”もありえるか。 それにしても、 メーカー名や硬さがわからなくなってしまうのでよい使い方ではない。 そういう場合は二本持つべし。

2004-01-22 (4) 02:23:38 +0900

「地上デジタル」を地面がデジタル時計になっているものと思っている人は…

…いないだろうか。 ものすごく巨大で、それを展望台から見下ろすとか。

2004-01-20 (2) 01:15:43 +0900

ホテルの朝食バイキングで、取り始めてから洋食だけとわかり調子が狂った話

先日出張で泊まったホテルでのこと。 まずはスクランブルエッグやベーコンを少しずつ取り、 「あの角を曲がると向こうには和食が並んでいるんだから、 皿は半分ぐらい空けておいて……」と思ったら、 その向こうにあるのはデザートだった。 いままで、国内のホテルで食べた朝食バイキングは「洋食・和食」だったが、 ここは洋食のみだったのか。 戻ってオムレツを追加し、ピラフも量を増やした。

中華は別のレストランでバイキングをやっているし、 和食もバイキングではないが別のレストランだった。

2004-01-19 (1) 23:05:50 +0900

「壁紙(ヘキシ)」という漢語はないのだろうか / 「壁画」はあるのに

普通は「かべがみ」と訓で読む。

2004-01-19 (1) 22:56:34 +0900

「8キロの渋滞」は「8キロの長さの渋滞」が正しい?

関連項目:《「200ボルトの電流」はなぜおかしいか (2000-08-05 (6) 02:08:34 +0900)》

2004-01-19 (1) 22:52:30 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-07 (0) 01:30:23 +0900

「8キロの渋滞」を重さと思う人はいないか?

本文ナシ

2004-01-19 (1) 22:37:33 +0900

「おのずから」を「オの図から」だと思っている人はいないか?

本文ナシ

2004-01-19 (1) 22:34:25 +0900

「目線」と「視線」との、私なりのニュアンスの違い

「目線」が一般に使われるようになったのは最近のことだと思う。 これと「視線」との、私なりのニュアンスの違いを。

私が教壇の上で話しているとする。 学生はやや上を向いて私が黒板に書いている文字を見る。 その際、「視線」は上を向くが、 「目線」はあくまで学生の目の高さである。

2004-01-19 (1) 20:45:40 +0900

NHK 日本語講座>「−てみてください」は「見てください」とは違うのでは

先週土曜日の 15:45-16:00 に NHK ラジオ第二放送で放送された日本語講座。

「開けてみてください」を please unwrap it and see と、 「−てみてください」を do something and see what it's like または do something and see what happens と説明していた。 それは「開けて見てください」だろう。 (「見て」が強調して発音されるので区別できると思う。)

しかし「読んでみてください」は please try and read it としていた。

だから、前のは、 「みて」が本来は「見て」だったと、 古い形から説明している、ということであろう。

都合で録音しておいたのでいつもよりくわしく聞いた。

2004-01-19 (1) 19:39:24 +0900

この話、Phinloda さんの 「Phinloda の本当の裏ページ」でネタにされていて、 そこにあがっている例文は 「目を閉じてみてください」。 参りました。

2004-01-24 (6) 00:58:50 +0900

「おとがめ」を「おと+がめ」と分解し「乙亀」だと思っている人はいないか

本文ナシ

2004-01-19 (1) 19:28:42 +0900

「野鶴」「野蔓」などと書く「のづる」なる語があれば「ノズル」と…

…合わせることで、「ず」と「づ」だけが違う語の組になる。

2004-01-19 (1) 02:08:27 +0900

イスラム暦だと「いま何月か」と見える星座の関係が複雑では

付)「月と星の関係」と書こうとしてそれでは意味が通じないことに気がついた。

2004-01-19 (1) 02:05:45 +0900

「通じない」というよりも、 「お月さまとお星さまの関係」と誤読されるだろう、 という意味である。

2005-09-18 (0) 12:25:00 +0900

タイトル行を「イスラム歴」と誤っていたので訂正した。

2008-07-10 (4) 21:42:17 +0900

春分の日の日付が変わらないようにうるう年を置く、という案はなかったのか

うるう年のはいり方が不規則になるだろうが、旧暦の閏月のことを思えば。

いったん「四年に一度」のような簡単な規則に慣れるとそうはゆかないんだろうな。

2004-01-19 (1) 02:01:57 +0900

神々のたそがれ>グンターとジークフリートがいっしょに炎を越えていたら?

もしもグンターがかくれかぶとで鳥に変身し、 空を飛んで炎を越えてブリュンヒルデの元へ行っていたら、と考えたことがあるが、 ジークフリートがグンターに化けるのはブリュンヒルデに格闘で勝つためでもあった。

では、 ジークフリートとグンターのうち一人が大鷲に化けてもう一人を足でつかみ、 二人いっしょに炎を越える。 それからグンターはわきに隠れ、 ジークフリートはグンターに変身する。 声を出すのはグンターである。 ブリュンヒルデを打ち負かしたところでジークフリートはグンターと交代する、 としていたらどうだっただろうか?

2004-01-19 (1) 01:16:32 +0900

矢内原忠雄「続 余の尊敬する人物」の最後の二ページは活字が違う

1949 年発行の岩波新書。 最後の二ページである 189 ページと 190 ページはほかと活字が違う。

キリスト者の信仰 VIII(岩波書店、1982 年) にも収録されているので比較してみたところ、 189 ページ 2 行目の「全集第十二巻三三八頁」が 「昭和七年版全集第十二巻、三三八頁」となっており、 8 行目には読点の違いがあったが、ほかには何も。

岩波新書「余の尊敬する人物」>戦後版は修正のあとが目立つ (2001-03-15 (4) 17:56:00 +0900)》参照。

2004-01-19 (1) 00:20:49 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-07 (0) 01:33:22 +0900

内村鑑三のように「この邪教を国より払ひたまへ」と祈る人はどれだけいる?

矢内原忠雄「続 余の尊敬する人物」(岩波新書、1949 年)内村鑑三の章。 157 ページに 《札幌に来た当初、先生は草深い札幌神社の神前にぬかづいて、 この邪教を国より払ひたまへと祈願してゐたさうですが》とある。 「この邪教」とあるのはキリスト教のことである。 むかし読んだときは 「キリスト教に出会う前からそれだけの信仰心があったからこそ、 あれだけの信仰の人になったのだな」 「人間って、変われば変わるものだな」などとだけ思ったものだが、 最近思ったこと。 神社へ行って、自分の願望が満たされることだけでなく、 これほどのことを祈る人が、いまの日本にどれだけいるだろうか?

2004-01-18 (0) 17:54:31 +0900

「明歴歴」はかな漢字変換では出にくいかもしれないがTコードなら簡単

広辞苑第五版をめくっていて目にはいった語。 最も基本とされる「右手→左手」打ちで打てる。

2004-01-18 (0) 17:44:29 +0900

明治神宮は dedicated to the Emperor Meiji と説明する?

ちょっと前の話だが、 元日に NHK ラジオ第二放送をつけていたら英語ニュースが流れてきた。 初詣の人出についてのニュースの中で明治神宮 --- 確か Meiji Shrine と言っていた --- を dedicated to the Emperor Meiji のように説明していた。 the Emperor Meiji の部分が確かにそうだったかどうかは記憶が確かでないが、 ここで話題にしたいのは dedicated to の部分である。

私は、明治神宮の“ご祭神”は明治天皇であると理解していたから、 この説明は間違いでは、あるいは私の聞き違いでは、と思ってしまった。 (広辞苑第五版によれば「祭神は明治天皇・昭憲皇太后」。)

キリスト教の教会で“祭る”のは神のみである。 しかし、聖人や王などに“捧げられた”教会はあるのではあるまいか。 dedicated to にはそのようなニュアンスを感じる。 “誰それを記念して作られた教会”のほうがより適当だとは思うけれど。

小学館プログレッシブ和英中辞典(第二版)で「まつる」をひくと 一番めが「儀式を行って神霊を慰める」の意味、 二番めが「神としてあがめる」の意味と分類され、 後者には deify; worship as a god; enshrine; などの訳語があがっていて、 最後に「この神社は明治天皇を祭ってある」 を This shrine is dedicated to (the memory of) the Emperor Meiji としている。 (後者には「安置する」に当たる訳語もあがっているが、 ここには関係ない。)

特に dedicated to the memory of は論文を故人に捧げるときにも使われる言い方であり、違うと思う。 例えば、「弁天様を祭ってある」ときに dedicated to を使うだろうか?

このときのニュースではその前に小泉首相の靖国神社参拝について報道されていた。 日本語ニュースと異なり、靖国神社の説明がごく簡単にだが挿入される。 そこでも dedicated to が使われていたが、そのあとはよく聞き取れなかった。

2004-01-18 (0) 17:03:06 +0900

鉄腕アトム>オープニングテーマ>dose it have to be? の dose って何?

m-flo & CHEMISTRY の作詞による Now or Never という歌。 日本語と英語(らしきことば)が入り交じって現れる。 英語部分が正しい英語になっているかどうかは別として、 単語は普通の英単語ばかりであるが、ここだけは違う。 歌の中では「ダズ」と発音しているように聞こえる。

dose は実在の英単語であるが、[dous] のように発音し、 薬の一服、といった意味である。

does の誤りだろうか? と打とうとして気づいたのだが、 does の e と s とを転置すると dose になる。

2004-01-18 (0) 16:48:26 +0900

都営地下鉄が大島まで伸びると聞いて大島(おおしま)かと思ったっけ

都営地下鉄新宿線が建設中だったころのことである。 「大島」まで伸びると読んで、 「大島(おおしま)も東京都だから、都営地下鉄はあそこまで伸ばすのか」 と思ったことがあった。 そうなれば海が荒れても行き来に困らないだろうが、 あそこまでトンネルを掘るのは大変であろう。

ただしくは「おおじま」と読む。

2004-01-18 (0) 16:41:08 +0900

昔、「東京駅に最も近い単線区間は?」というクイズを考えたっけ

国鉄・私鉄を問わないが、単線で運転している区間で、 東京駅に最も近いのは? というクイズを考えたことがあった。

それは、 営団地下鉄半蔵門線が永田町までしか開通していなかったときのことである。 一つ手前の青山一丁目と永田町の間を単線で運転していたので、 (たぶん)この区間が答え。 終点である永田町の駅はまん中に壁を作ってしきり、半分だけを使っていた。

2004-01-18 (0) 16:37:47 +0900

「座り」は熟語になると濁るが「つわり」は濁らない?

「横座り」は「ヨコズワリ」である。 ほかに、俗語だが、「体操座り」「ウンコ座り」とも言う。

一方、「つわり」はどうであろうか。 もしなるなら、-zuwari と同一音になるが元は別々、という例があるかも。

2004-01-18 (0) 16:32:24 +0900

ルビの代わりに小活字で後ろに読みを記したら?

朝日新聞はいっときルビの代わりに「挨拶(あいさつ)」のように書いていたが、 “二度読んでしまう”などの反対があって現在ではルビになっていることが多い。 しかし、ルビの活字は余りに小さい。

「醒酔笑 上巻」(角川文庫、1964 年)をながめていたら、 注は活字が小さすぎてルビをつけられないらしく、 《弘誓ぐぜい》 (198 ページ)のように小活字で後に読みを添えていた。

一方、朝日新聞には「キロ」「センチ」などを一文字分にまとめた活字がある。 縦書き用では

 キ
ロ
チセ
 ン
のような感じである。 一文字ずつを見ると、ルビの活字より大きい。

このような活字をほかにも作り、ルビ代わりに使ったらどうだろうか。

挨拶
 イ

 ツ
といった感じになる。 一文字めの漢字が「アイ」に、 二文字めが「サツ」に対応することも示せて便利である。

でも、「トン」なんかは単位なのか読みなのかわからないからだめか。 小活字にしたうえでカッコに入れる、という方法もあるか。

2004-01-18 (0) 16:28:18 +0900

神武天皇即位が紀元前 660 年であることは日本書紀に書いてある?

小学生のとき、日本史の本で “紀元節の日付は明治維新後に決めたもの”という話を読んだ。 それと混同し、 神武天皇の即位が紀元前 660 年に当たることもそのとき決めたことだと思っていた。

ただし、広辞苑第五版によると、「皇紀」は 1872 年に決められたものだそうだ。 あれ? 「紀元」をひくと紀元前 660 年と決めたのもその年、となっている。

日本書紀の年代の記述に矛盾があることは知っている。 あるやり方で計算すると紀元前 660 年になる、ということ?

もう少し勉強してみよう。

2004-01-18 (0) 16:07:31 +0900

あるかたからメールで指摘されて気づいたのだが、 日本書紀には西暦は登場しないので、 「神武天皇即位が紀元前 660 年である」と書かれているはずはない。 この項を書いたときにはそのことは当たり前だと思いつつ書いた。

日本書紀には持統天皇までの記述がある。 そこまでくれば、 別の資料と合わせることで西暦何年にあたるかがわかっているはずである。 それを元にして日本書紀に沿ってさかのぼって計算してゆくと神武天皇即位が紀元前 660 年と出てくるのか、という疑問であった。

そのかたは「歴代天皇・元号事典」(吉川弘文館) を引用して一つの答えを教えてくださったのだのだが、 自分でも当たれる文献なので、ここに書くのは自分で調べてからにしよう。

2004-01-21 (3) 03:25:00 +0900

「気配り」を「菊張り」だと思っている人はいないか?

「菊張り」は菊が張ってあることだが、 具体的にどういうものかは考えていない。

2004-01-17 (6) 00:00:10 +0900

「探偵ぶる」と「ターンテーブル」と、音が似ていません?

本文ナシ

2004-01-16 (5) 23:58:45 +0900

北鉄バス>掲示の「営業日に限る」ってどういう意味?

金沢駅前で見た深夜バスの掲示に

月〜金曜日(祝日を除く)
営業日に限る
とあった。 「営業日」って何? バスって普通毎日「営業」していません?

ついでに。 「祝日を除く」だと振替休日や国民の休日は除かないことになってしまう。

2004-01-16 (5) 23:56:57 +0900

新宿伊勢丹の銀座天一にはいってみた

出張中の夕食。 電話帳で調べたら銀座天一は三井ビルにもあると出ている。 そう言えば、住友三角ビルの帰りに見た記憶がある。 そっちに行ってみることにした。

行ってみたが、なかなか見つからない。 載っている案内図も、載っていない案内図もある。 なんと、去年のうちに閉店してしまっていたのだった。 伊勢丹にもはいっているので、そちらへ行くことに。 ずいぶん歩いた。

さて。金沢店との違いなど。

2004-01-16 (5) 23:53:30 +0900

まだあった。

2004-01-18 (0) 17:39:30 +0900

新宿の伊勢丹がすっかり変わってしまっていたこと

子どものころ一番よく連れて行かれたデパートが新宿の伊勢丹だった。 しかし、久しぶりに行ってみたらすっかり変わっていて、 とても同一の建物とは思えなかった。

いろいろ歩いているうち、踊り場にトイレがある階段を見つけ、 懐かしさでいっぱいになった。 1階を歩いていたら、まっすぐ踊り場まで上がってから左右に分かれる階段を発見。 非常に印象的だった階段である。 しかし、いまでは通行止と書かれており、 ディスプレイとして使われているだけだった。

「猿の惑星」のエンディングみたいな気分。

2004-01-16 (5) 23:33:24 +0900

「夕食」「夕飯」を「せきしょく」「せきはん」と読むやつはいないかな

「重箱読みをしない会」の会員、とか。

2004-01-16 (5) 23:27:32 +0900

都営地下鉄「新宿」駅のA1出口の改札からは京王線入場券でははいれない?

東京に出張した。 新宿のホテルサンルートに泊まり、夕食は伊勢丹まで出かけた。 外は寒かったので、 帰りは地下から都営地下鉄の新宿三丁目へ行き、新宿まで乗った。 そしてA1出口から出ると、ホテルはすぐ隣である。 地下街を歩いてきてこの出口から出られたらこのホテルはより便利になるのだが、 それはできない。 この出口には都営地下鉄から降りた人専用なのである。 改札口に興味をひく掲示があったが、疲れているのでパスしてしまった。 出口付近にも、はいってくる人のために、 この先は切符なしでの通り抜けは不可、 というような断り書きがある。

翌日朝。少し時間があったので、改札口の掲示を見てから仕事に行くことにした。

この改札口から
京王本線・JR南口方面へ
通り抜けの際は
最低運賃170円が必要と
なります。
   大江戸線 新宿駅長
と書いてある。 きのう興味をひかれたのは、 都営地下鉄の新宿線と大江戸線との間には改札はなく、 前者は京王新線と相互乗り入れしているから、 都営地下鉄の新宿駅と京王新線の新宿駅とは“同一”である。 より安い、京王線の入場券ではいることはできないのだろうか、 ということであった。

改札の係員に聞いてみたところ、 ここは都営地下鉄の駅なので、というような答えであった。 京王線の入場券でここから出ることは可能だそうだ。 よく見ておかなかったのだが、 そこの券売機では京王線の入場券は売っていないように見えたので、 “前もって京王線の入場券を買って持っていた場合ははいれるか” と聞いてみたが、はっきりした答えは返ってこなかった。 (その係員がはっきりしなかったのではなく、 駅としての方針がはっきりしない、という感じだった。)

京王線の切符は売っている。初乗りが 120 円である。 それを入場券代わりに使えばいいのだろうか。 最初の予定では調査が終わったら戻ってJR代々木駅へ向かい、 そこから渋谷を経由して駒場東大前へ行くことにしていた。 金沢からの首都圏フリー切符できているので首都圏のJRは乗り放題。 よって、この行き方だと 120 円である。 しかし、明大前で乗り換えて駒場東大前まで行っても 150 円だとわかった。 出口から改札口までちょっとあるので、 戻るのがめんどうになり、明大前経由で行くことにした。 パスネットではいったところ、裏面には「都 新宿12」と記録された。 都営地下鉄の新宿駅からはいったが、 初乗り運賃としては 120 円だけをひきました、ということだ。

120 円なら、場合によっては通り抜けのために払ってもいいような気がするが 170 円だとちょっと高い気がする。 通り抜けるだけで駒場東大前までの運賃より高いなんて。

(きた電車は笹塚止まり。ここで結構待たされ、 明大前から駒場東大前までは“上り”なのでかなり混んだ。 ちょっと失敗。でも予定の時刻までには着いた。 矢内原便所にはいる時間もあった。)

2004-01-16 (5) 23:06:50 +0900

伊勢丹を出ると都営地下鉄新宿線「新宿三丁目」駅の入り口はすぐ目の前だが、 ホームまではかなりある。 さっき気づいたのだが、 「地下道を京王線新宿駅まで歩いて入場券ではいり、この改札を出る」 というやり方があった。 これと比べると、 新宿線に乗っても歩く距離はそれほど節約になっていない。 時間的には歩いたほうがたぶん早い。 それでいて 50 円節約できる。 こっちが正解だったような気がしてきた。

(そういうことをうじうじ考えている時間が一番もったいない>自分)

2004-01-26 (1) 01:49:45 +0900

球状の枠の中心に携帯電話をくくりつけて使えば医療機器への影響がない?

普通に使う限り、 中心の携帯電話が心臓ペースメーカなどに近づきすぎて影響を及ぼすことはない、 というような形にしておき、 通話する人はその枠の中に顔を突っ込むようにするか、 イヤホンとマイクロホンのセットをつけるかして使う。 これなら、病院でも安心して使えるかも。

回復期の入院患者にとっては電話も楽しみの一つなので、 患者によっては携帯電話を許可してほしい、 という話を読んだのを思い出して考えてみたもの。

2004-01-16 (5) 22:45:35 +0900

左手で字を書くのがまた急にうまくなったような気がする

「右手で『楷書ではないが人に読んでもらえる程度の丁寧さの字』 を書くときぐらいのスピード」が出るようになった。

手のひらは動かさず、指だけで書けるようになったのが大きいような。

2004-01-14 (3) 02:01:23 +0900

旧暦は新暦よりも「最大で七週、平均して五週、最小で三週」だけ遅れている

新暦十二月 22 日の冬至が旧暦では十一月の 1 日から 30 日、 というところから計算した。あくまで概算だけど。

「七五三」と覚えると覚えやすいかも知れない。

2004-01-13 (2) 20:37:58 +0900

岩波文庫「日本書紀」(1994-1995 年)の原文は正字を用いている

もはや正字では組めない、というわけではないのだな。

2004-01-13 (2) 20:31:17 +0900

焼き肉などの「一人前」は食べたらお腹がいっぱいになる量とは限らない

子どものころ、 プロレスラーが焼き肉を百人前も食べるという話を聞いて驚いたが、 「一人前」イコール「普通の人が食べたらそれだけでお腹がいっぱいになる量」、 とは限らない。

例えば居酒屋で和風のコースを三人で注文し、 お刺し身がやや多めに出てきたとする。 「これは一人前かな? それとも三人前を一緒に盛ってきたのかな?」 と言う場合。

2004-01-13 (2) 19:26:49 +0900

「みずうみ」は mizu:mi と発音されている?

本文ナシ

2004-01-13 (2) 19:14:06 +0900

「へい! 薮」と「平野部」は同音?

本文ナシ

2004-01-13 (2) 19:13:34 +0900

新暦は年が違っても日付が同じなら季節も同じ、と思われている

暦についてインターネットで調べていたとき、ある機関のページに “「どうして春分の日は年によって日付が違うのですか」 という質問がときどきくる”と書いてあるのを見つけた。 「同じになるのが当たり前」と思われている、ということだろう。

旧暦から新暦へ切り換えた直後には「どうしてほぼ同じ日付になるのですか」 との質問が出たのではないかと想像される。

付)大多数の人は「春分の日」の日付が変わることに気づいていないと思われる。 ある時期まで、私もそうでした。

2004-01-12 (1) 19:29:44 +0900

「ほなみたまえ」を逆から読むと「えまたみなほ」(=江又美奈保?)

「穂波たまえ」は「ちびまる子ちゃん」の親友の名前。念のため。

これなら十分ペンネームになるな。

2004-01-12 (1) 19:07:31 +0900

「おじいさんの時計」は実はおじいさんの生命維持装置だった…

…という話を考えてみたことがある。

子どもを連れて病院にお見舞いに行くと、 おじいさんは機械に囲まれて横たわっている。 「この機械は何?」ときかれ、 説明がめんどうなので「おじいさんの時計だよ」と言ってしまう。

だから、 おじいさんが息を引き取ると同時に機械が止められてしまうのは当然なのである。 おじいさんは生まれたときからこの装置につながれていたのか、 それとも病気になってごく晩年だけお世話になったのか、 そこまでは考えていない。

2004-01-12 (1) 19:03:47 +0900

「日の出・日の入り時刻に差があること」と「時差を設けること」のギャップ

日本は南北に長いとはいうものの、東西にもそれなりの広がりがある。 手元の古い理科年表で各地の日の出・日の入りの時刻を見ると、 沖縄や根室では標準時から数十分の遅れ・進みがあることがわかる。

これに気がついた人の中に、即、 「時差を設けよう」すなわち「タイムゾーンを変えよう」 と考える人があるようだが、それは別の問題である。 時差を設けたうえで、 本州で作られる番組をそのまま流すとしたら、 「7時のニュースです」などの言い方が全部ずれてしまう。 電話をかける際にも相手と時間帯が違えば不便だ。 「米国・オーストラリアなど、国内に時差がある国はある」 という反論がありえるが、人口分布が均等であるとか、 それぞれの地域の独立性が高いとかの条件があって、 どうしても時差を設けるほうが合理的だ、と判断された上でやっているのだと思う。 日本の場合、現状では本州、特に東京圏と大阪圏に人口が集中しているので、 時差を設けることは混乱を招くだけで、メリットはほとんどないと思う。

しかし、そのことと 「日本じゅうが同じ時刻に起き同じ時刻に寝ること」 とは話が別である。 日の出・日の入りの時刻に合わせて、 寝る時刻・起きる時刻を変えることは勝手だ。 例えば、“町全体が一時間早くなっている”という町があってもよい。 役場や学校、お店の開く時刻・閉まる時刻が本州より一時間早くなっているのである。 旅行者に対しては、ガイドブックなどにそう書き、 空港や駅に掲示しておけばそれで済む。 いまでも、地方都市へゆくとずいぶん早い時刻にお店が閉まってしまい、 困ることがある。それと同じことである。

夏時間の是非の議論も、これと似ている。 夏時間を導入しなくても、 「夏期は一時間、早寝早起きをしましょう」とすること可能だ。 しかし、割と簡単に夏時間導入の議論になってしまう。

2004-01-12 (1) 18:51:38 +0900

サンダーバード>フッドの催眠術はミンミンにはかからないのか?

血を分けた兄弟ということでキラノにはかかる。 その実の娘がミンミンなのだから、フッドから見たら姪(めい)に当たるわけだ。 かかっても不思議ではない。

術にかかったミンミンはアラビア風の絶世の美女の姿で隊員たちを誘惑したりして。 それじゃクンドリーだ。

2004-01-12 (1) 18:41:27 +0900

朝日新聞>「隠語」の意味をカン違いしていないか?

10日づけ be の b3 面「be Report」は「巻き返しへバスは走る」。

冒頭は青山学院大学が「バスの不便さ」を理由にキャンパス移転をした話。 《「愛甲ダッシュ」は、当時の学生ならだれでも知っている隠語だ。 一刻も早くバスに乗り込もうと、電車のドアが開くなり駆け出すことを指す》 ってあるけど、これは「隠語」じゃない。 仲間うちにしかわからないために使うのが「隠語」だ。 (「愛甲」は駅名の「愛甲石田」にちなむと思われる。)

「大野博」と署名あり。 ところで、この人、be7 面の「節テク」と同じ人? そっちは、 「節約のテクニック」はどこかへ行ってしまい、 鉄道料金について知っていることを書く欄になりつつあるように思われる。

2004-01-12 (1) 02:34:17 +0900

朝日新聞>日野原重明氏のコラムの「詩90編」は「詩編90」では

10日づけ be の e5 面。 《旧約聖書の詩90編にある「瞬く間に時は過ぎ、 私たちは飛び去ります。」という表現は私にぴったりです》。 校閲部(?)が「詩編」を知らず、勝手に直してしまったのではないか。

ついでに。 この引用は新共同訳からだ。 句点まで引用してからカギカッコを閉じるのは朝日新聞の規則とは違うと思う。

2004-01-12 (1) 02:20:17 +0900

新共同訳聖書の規則には合っているのだが。

2004-01-31 (6) 17:15:12 +0900

「まったり→マターリ」などから類推して「くっぬす←クヌース」と逆成…

…しちゃっている人はいないかと思ったのだが、 google で検索しても見つからない。

付)ところで「くっぬす」ってローマ字ではどう入力する? xtu で「っ」 が入力できる(ことが多い)のは知っているが。

2004-01-12 (1) 02:04:42 +0900

「サンダーバード6号が必要」と聞いたブレインズは「ほかにも兄弟が?」…

…と思わなかっただろうか?

作品中で「サンダーバード6号が必要だ」と言っているのは五兄弟の父親のジェフ。

2004-01-12 (1) 00:05:36 +0900

「お鏡」と「岡上」は同音

本文ナシ

2004-01-11 (0) 23:59:48 +0900

砂時計>落ちきるとブザーが鳴るのは作れないか?

電池を入れるようにすれば簡単だろう。 そうではなく、落ちる砂で発電して、それが止まると鳴るとか。

ゼンマイ式のタイマーと似ているが、 砂が落ちていくところが見えるのがミソ。

「砂では軽すぎて」というなら、もう少し重いものが落下してもよい。

2004-01-11 (0) 23:57:22 +0900

英文を手書きしたのだが、文字の転置ミスが続出した。なぜだろう?

abcde を acbde と間違えるたぐいのミス。

2004-01-11 (0) 23:54:40 +0900

補助軸で、鉛筆に大きく傷をつけるがしっかりとまるもの、はできないか?

鉛筆が最後まで使えるためには補助軸の中に隠れる部分は短いほどよい。 そのため、爪のようなものを食い込ませてしっかりとめる、とか。

2004-01-11 (0) 23:52:36 +0900

補助軸には「鉛筆を傷つけることがあります」と書いて売らなくてよいか?

締めつけたところに傷がつくことが多い。

2004-01-11 (0) 23:50:08 +0900

季節感をはっきりさせるには「春分から数えて何日目か」や太陽黄経はどう?

この前の春分の日付を覚えておけば、 そこから数えていま何日目かは、 年頭からの通算日を利用して比較的容易に計算できる。

1999 年の理科年表を見ると、 春分を 0 日目として、夏至は 93 日目、秋分は 186 日目、冬至は 276 日目。 次の年の春分は記載されていないが、たぶん 365 日目に当たったはずである。 (年によっては 366 日目になることもあるはず。)

太陽黄経というのも載っている。 よくわからないが、春分の瞬間が 0 度で、360 度で一周するらしい。 サクラが咲いた日が例年より早いか遅いかなどは、 この角度で比べることにしたらどうだろう? (ちなみに、 夏至・秋分・冬至の定義はこれが 90 度、180 度、270 度になったときとなっている。)

この「いろいろ」のタイムスタンプを出力するプログラムのおまけに、 春分からの日数を出力する機能もつけてみた。

2004-01-11 (0) 23:47:21 +0900

「不確定名:落ち着きのない男」--- きょうの私

本文ナシ

2004-01-11 (0) 17:45:24 +0900

行事の日付を「新暦*月 * 日以降の最初の月齢 * の日」と決めたら…

…、うまくゆくと「旧暦*月 * 日」とほぼ同じになるかも知れない。

例えば、以前 massangeana 氏に作っていただいた表によると、 新暦一月 21 日は 「旧暦十二月 1 日の最も遅い場合」と「旧暦一月の最も早い場合」 に当たる。 前者は 2001 年から 2400 年までの 400 年間に 7 回しか起こらない。 また、この日がほかの月の 1 日になることはない。 だから、「新暦一月 27 日以降の最初の月齢 7 の日」は 400 年に 7 回の例外を除いて旧暦一月 7 日に一致すると思われる。 この日に七草がゆを食べるとしておけば旧暦の慣習とほぼ一致するわけだ。

復活祭はこれに似たやり方で日取りを決めるわけだが、 それが複雑な移動祝日として日本では受け入れられていないんだから、 やっぱりだめだろうな。

「新暦*月の満月の日」などとして日付を決めている行事はあるか? (2004-01-11 (0) 02:02:50 +0900)》参照。

2004-01-11 (0) 17:41:00 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-07 (0) 01:42:30 +0900

回文>「いさ、波野タイコよ、鯉、頼みなさい」

カナで書けば「いさなみのたいこよこいたのみなさい」。

ノリスケさんの出張中、 イクラちゃんをサザエさんちに預けて同窓会に出かけたタイコさん。 二次会ではいった居酒屋のメニューに鯉のあらいを見つけ、 「あら、鯉なんてしばらく食べてないわ。これにしようかしら。 でもお値段が……」と悩み始める。 そのとき、天から聞こえてきた声がこの回文である。 「いさ」は感動詞。

2004-01-11 (0) 12:00:36 +0900

「いさ 波野タイコの子よ この鯉 頼みなさい」 (いさなみのたいこのこよこのこいたのみなさい)とすると四文字だけ長くなる。 これだとイクラちゃんが注文することになろう。

2004-01-22 (4) 23:13:50 +0900

骨格だけを示せば 「波野タイコ鯉頼みな」(なみのたいここいたのみな) である。

2004-03-09 (2) 19:42:22 +0900

「タイムゾーン」と「時間帯」の違い

「UTC+1000 の時間帯」と言ってもいいはずだが、 単独で「時間帯」というと「8時半から9時までの時間帯」などという意味になろう。

2004-01-11 (0) 02:14:00 +0900

「開花が今年は*日早い」とかいうのは、新暦の日付だけで言っている?

サクラの開花の場合、 「春分日から何日目」で数えるとかしていないのだろうか。

基準として春分日が適当かどうかはわからない。 冬至のほうがいいという人もいるだろう。

さらに細かく、春分の瞬間から何日と何時間何分経っている、と記述するとか。 (このほうがタイムゾーンによらないので便利かも。)

2004-01-11 (0) 02:12:18 +0900

「新暦*月の満月の日」などとして日付を決めている行事はあるか?

例えば七夕を「新暦八月の月齢 7 の日」とすれば、 本来の「旧暦七月 7 日」よりも理解しやすくて、 「新暦七月 7 日」と決めるのと異なり必ず月齢 7 の日になるのでやがて月が沈んで星が見やすくなる。 月齢への関心も高まるだろう。 同様に、お月見は「新暦九月の満月の日」とするとか。

二回あったらどうするかとか一回もなかったらどうするかとかの問題はあるけれど。

2004-01-11 (0) 02:02:50 +0900

「旧暦+二十四節気」よりはそれと“同等”な「新暦+月齢」のほうを選ぶ

旧暦では季節は完全には決まらないので、二十四節気を併用する。 例えば、「きょうは十二月 20 日で、今年の大寒は十二月 30 日」 --- これは新聞などを見て調べて書いているのであっていると思う --- と言えば、いまがどのような季節で、月齢がいくつかがわかるしくみである。 (季節は大寒の 10 日前であるということから、 月齢は「日」が 20 日であることからわかる。)

大寒が十二月以外の月にくるはずはないので、 きょうがどのような季節かを決めるためだけなら、 「大寒」に意味はない。 “あるもの”が今月の何日かを知っていればよい。 (“あるもの”と書いたのは、実は中気 --- 二十四節気から一つおきにとったもの --- のことである。)

以上で、旧暦では、きょうの日づけと 1 から 29 ないし 30 までの一つの数で「季節」と「月齢」が決まることがわかった。

新暦では、日づけだけで季節がほぼ決まる。 だから、それに月齢を加えれば、「季節」と「月齢」が決まる。 その意味で、「旧暦+二十四節気」と「新暦+月齢」は同等である。 (月齢は 1 から 29.5 までの値をとるから、 “データ量”としては両者はほぼ同等である。)

このどちらを選ぶかと尋ねられたら、私なら後者を選ぶ。 その理由は、少し考えてみたのだが、「季節」が重要なときと 「月齢」が必要なときが別々だからだろう。 普段は「季節」が重要だ。 夏学期の期末試験をいつごろにしようかと考えるとき、 いつがどんな季節なのかは(教室には冷房がないので)極めて重要だ。 それに対し、「月齢」が必要になるのは海に遊びに行くとき、 月を見ようかと思うとき、ぐらいであろう。 こちらは私の仕事とは直接関係しない。

(そこでふと思ったのだが、 仕事で「季節」も「月齢」も重要だという人の場合 --- 例えば漁業関係者 ---、 どちらを好むだろうか?)

付) 「旧暦の季節感」を重んじている人もいるようだが、 旧暦と特定の日付は新暦では1カ月の期間を動きうるので、 それについて平均したものを考えれば十分だというのが私の考えだ。 例えば、旧暦の来年一月 7 日は新暦の一月 28 日となり、 かなり早めになる。 しかし、これは「七草の季節が今度は早い」ということを意味しない。 たまたま暦の上で早くなるだけだ、と私は信じる。 ちなみに、平均するとおよそ一カ月と一週間、旧暦が遅れる。 つまり、旧暦の一月 7 日は平均すれば新暦の二月 14 日ごろとなる。

付)前から書いてきたことのくり返しになる部分もあるが、 タイトル行に書いた二つが同等であることはいままで気づいていなかったように思う。

2004-01-11 (0) 01:57:57 +0900

きのう気づいた唯一の数学的事実>n 次方程式が解をもつ条件は n ≠ 0

複素数の範囲で、の意味ね。

付)定数のうち、0 は -∞ 次と定義する。

2004-01-11 (0) 01:23:36 +0900

サンダーバード「第1話」>高速エレベーターカーはいつ回収された?

普通、2号に積んでいったメカは2号が回収して帰るのだろうが、 第1話の高速エレベーターカーは上にファイアーフラッシュ号が乗ったまま止まる。 普通に考えれば、 そのあと乗員・乗客を降ろし、爆弾を処理し、現場検証をし、 ファイアーフラッシュ号の機体を下ろしてから回収、となるだろう。

バージルは「あとで取りにきますから表に出しておいてください」 と言っていったん帰った? それじゃ出前だよ。

2004-01-10 (6) 23:46:59 +0900

「サンダーバード6号」

NHK 教育で元日の 9 時からやっていたもの。 前に見たはずなのだが、ストーリーは全く覚えていなかった。

新しい吹き替えだそうだが、 ジェフ、スコット、バージル、ペネロープ、ミンミンはTV版と同じ声優が担当。 それだけの方が健在なのはうれしいが、 ジェフ、バージル、ペネロープは声が老けすぎ。 「日曜名作座」を聞いているような気がしてしまった。 ミンミンは全く変わってなくてうれしかったが、 昔から“老け声”だったと言えるかも知れない。

2号操縦席のマイクがTV版と違っていた。

離陸前のスカイシップ内で彼らは乾杯するが、 スコットとバージルはその後1号と2号を操縦していた。いいのか。

ペネロープの声によるニセの呼び出しにだまされかかったスコットとバージル。 待ち伏せている連中に1号・2号が先制攻撃をしかけた。 いいのかな?

ポッドの「5」の字体がTV版と違っていた。

アランが飛行機から飛び出してペネロープ邸に降りる際に使った装置。 TV版第11話で使われたジェット飛行バッグ。 あれらを1号あるいは2号でスカイシップの甲板に落とすなり、 “6号”で届けるなりすればよかったのに、と思わないだろうか。 熱心な視聴者は。

ペネロープ号はスカイシップと運命を共にしてしまったわけだが、 登場人物たちは誰もその話をしない。 サンダーバード関連のメカがああいうことになった場合、 片付け作業の際に秘密がもれる心配があるわけで、どうするのだろう?

キラノは登場せず、おばあちゃんにはセリフがなかった。

付)しかし、結局、サンダーバードのメンバー以外は全員死亡する。 本来の乗組員も、乗っ取った連中も、待ち伏せしていた奴らも。 その意味ではあと味がよくない話である。

2004-01-10 (6) 23:43:09 +0900

訂正)最初のテレビ放送のときから、 日本語版のミンミンの声は二十代前半の女性の声としては落ち着いた感じだったが、 よく考えてみたら、 そのことと声優の声が変わっていないこととは関係なかった。 「もともと老け声だったから、実際に老けて少し変わったけど目立たなかった」 というのではなく、本当に変わっていないのだから。

付) それで結局、国際救助隊は感謝されただろうかと考えてみると、 ブレインズが飛行船を考えつかなければ事故は起きなかったわけで、 “国際救助隊がつまらないものを思いついたからあんな大惨事になった。 役に立ったのは昔の飛行機だけ。それで助かったのはメンバーだけ” と言われるような気がする。 (実際には1号・2号にはスカイシップの墜落をしばらく食い止めた業績がある。)

付)「ハラハラ」のかなりの部分は “6号”でスカイシップを脱出してから不時着するまで。 そこではかなりのシーンが本物の飛行機で演じられていたようだ。 これは異色では。

付)ミンミンのペネロープ邸への着陸は森の向こう側だったし、 最後の不時着は手前の木の幹のかげだった。 撮影上の都合があったのだろう。

2004-01-11 (0) 17:54:17 +0900

スイスの山奥のレストランのシーンでは、 満員の客として、かなり多くの人形が登場した。 それらがすべて動いていたのには驚いた。

スカイシップ1号はジェット噴射で飛ぶのではなく、 ブレインズの発明による重力調節器(?)で浮き上がる、 全く新しいタイプの飛行船である。 もしもこれがもう一機あったら、 それを使ってスカイシップ1号を救助できたかもしれない。 そう考えると、 サンダーバード6号としては“スカイシップ2号”こそが適当かもしれない。 飛行速度が遅いという問題はあるので、 小型化したものを作って2号で運搬することになるだろうけど。

2004-01-25 (0) 14:46:28 +0900


すのもの Sunomono