すのものの「いろいろ」(その27)

「我田引鉄」の「田」は「票田」の意味だったのか

政治家が自分の選挙区に鉄道を引くことを「我田引鉄」ということがあるが、 その場合の「田」は「票田」の意味だったのか。

2001-03-31 (6) 02:36:33 +0900

「椎名町駅南口」「同北口」バス停のローマ字が Shi-inamachi ... で驚いた

西武池袋線「椎名町」駅は環六のそばにあり、 環六に「椎名町駅南口」「椎名町駅北口」というバス停がある。 バスでそこを通った際、 電光掲示板のローマ字表記が Shi-inamachi ... となっていたので驚いた。 バス停の表示もそうだった。

駅には寄らなかったので西武鉄道の表記はわからない。 massangeana 氏の調査に期待しよう。

2001-03-31 (6) 01:39:49 +0900

「外郎(ういろう)」と結びつけて「外孫」を「ういまご」と誤読してる人は

……いないだろうか?

2001-03-31 (6) 01:22:00 +0900

「預言者」の代替語「代言者」を「よげんしゃ」と読んでいる人はいないか?

「預言者」のあまり実現性のない代替語「代言者」を 「よげんしゃ」と読んでいる人はいないだろうか、 と気になった。 「代」を「よ」と読むこともあるから。

2001-03-31 (6) 01:15:27 +0900

文語訳聖書の組み版>ふりがなと漢字一文字ずつとの対応

2000 年版で、 例えばマタイ 1.23「處女」のルビ「をとめ」 は漢字2文字にカナ3文字が均等に振ってあるのに対し、 2.11 の「幼兒」のルビ「をさなご」は 「幼」に「をさな」の3文字が、 「兒」に「ご」の1文字が振られている。 「幼兒」が「をさな+ご」と分かれるのに対し 「處女」は全体で「をとめ」と読むからだろう。 これらは訓読みの語だが、 2.5 の「預言者」のような音読みの語のふりがなは 「預」に「よ」、「言」に「げん」、 「者」に「しや」と漢字ごとに振ってある。

ただし、 マタイ 2.9 の「幼兒」、 2.16 の「詳細」(つまびらか) のように行頭・行末にくるときは例外的な処理がなされている。

「聖書の誤植」について、 いままではふりがなはあまりきちんと見てこなかったが、 これにも注意するとなるとまたやり直しだ。 実は、最初に気がついたのはコロサイ 2.14 の 「塗抹し」に「ぬり+け」と振ってあったことからだ。 なぜここで突然気づいたのかはわからない。 以前の版はふりがなの組み方の方針が少し違うようだが、 ここの振り方は同じである。

2001-03-30 (5) 23:23:06 +0900

「満 8 歳だが数えで九つ」のように満と数えで言い分けを工夫したら?

例えばこう決めれば、 「8 歳」と言えば満、「九つ」と言えば数え。

2001-03-22 (4) 01:46:53 +0900

ヴォータンの槍とノートゥングは同じ強さであり、叩かれたほうが砕ける?

ワルキューレ第2幕ではヴォータンの槍がジークムントの剣ノートゥングを砕くが、 ジークフリート第3幕ではジークフリートのノートゥングがヴォータンの槍を砕く。 第1幕でジークフリートが鍛え直して強くなったため、 と説明されるが、 同じ強さなので叩かれたほうが砕ける、 ということはないのだろうか。

2001-03-22 (4) 01:43:47 +0900

「東→西 循環」というバスの表示を見た

循環バスの系統の表示は、 バス会社ごとにまちまちだ。 1月下旬に出かけた広島大学付近のバスで「東→西 循環」のようなのを見た。

2001-03-22 (4) 01:37:53 +0900

バス整理券に「六」と書くと「九」とまぎれないが外国人はわからないかも

バスの整理券は、逆さにしても番号がわかるよう、 いろいろ工夫している。 1月下旬に出かけた広島大学付近のバスで 「六」と漢数字を使っているのを見た。 これもよいが、漢数字を知らない外国人などにはわからない、という欠点もある。

2001-03-22 (4) 01:34:30 +0900

「かまわぬ」に似て非なるものを作れないか?

鎌の絵と輪と「ぬ」の字で「鎌輪奴(かまわぬ)」だが、 死神の鎌、ウロボロスの輪、それに「ね」の字か何かで似て非なるものができないか?

2001-03-22 (4) 00:28:58 +0900

うるう年>「何年までは現行通り、それ以降は何年までに決める」と決めよ

うるう年の入れ方だが、 いつまで今のやり方でゆけるだろうか?  2000 年問題が記憶に新しいうちに 「何年までは今のままでゆく。 それ以降のことについては何年までに決める」 などと決めておくほうがよくはないか?  すでに 「2100 年 2 月 28 日までカレンダーの変更が不要」 という腕時計は売られている。

2001-03-22 (4) 00:19:36 +0900

Eudora をドイツ語風に「オイドラ」と読みそうになってしまう

本文ナシ

2001-03-22 (4) 00:13:32 +0900

自分で食べて「冷蔵庫にクラッカーが侵入して食べていった」と言い訳する

……子どもが出てくるような気がする。

ちょっと前、 冷蔵庫もネットにつながるようになる、 と聞いて。

2001-03-22 (4) 00:13:16 +0900

文章の中に「6ひく2」と書くのは是か非か?

「6−2」は式であり、 「6から2をひく」は日本語である。 前者を日本語で読んだとおりに書くのは一種のハイブリッドであろう。 これは是か非か?

2001-03-21 (3) 23:17:03 +0900

自家製 FEP のオープニングに出る外字のチューリップ

……を TABLE で表現したもの。 「自家製 FEP のオープニングに出る外字のチューリップ (2000-03-02 (4) 21:55:20 +0900 )」 ではトーフ(「■」)を用いて表示していたが、今度は TABLE だ。 すきまはあかないが、縦横の比が予測できないのが欠点。

                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 
                                 

2001-03-21 (3) 20:32:25 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-10 (3) 22:37:44 +0900

Zeller の公式>分母が 2 のベキである公式

これは 「Zeller の公式を自前で導きだしてみる (2001-01-01 (1) 02:19:09 +0900)」 の続きである。

1 <=  4a + b      ... (1)
      7a + b < 3  ... (2)
     12a + b < 6  ... (3)
7 <= 14a + b      ... (4)
を満たす点 (a, b) の範囲は下の四点を結んでできる四辺形の内側となる。 辺は省略した。 (1) 〜 (4) は上の不等式の不等号を等号に改めた直線を表わす。 境界は、“下側”は含むが“上側”は含まない。
    b
    ↑
    |      4/7   3/5   5/8
  −+‥‥−−−−−−−−−−→ a
  O|
    :
    :
    |
 -1 |      ・  (2)
    |
-6/5|      (4)   ・
    |                 (3)
-7/5|            ・
-3/2|        (1) ・
    |
a の分母が 16 でも解が見つからないと書いたが、 9/16 < 4/7, 5/8 = 10/16 だから当然であった。

a の分母を 32 にしてみると 18/32 = 9/16 < 4/7 < 19/32, 5/8 = 20/32 だから a = 19/32 のみが候補。 19/32 < 3/5 だから (2) と (4) に a を代入して -21/16 <= b < -37/32 を得る。 -21/16 = -42/32 だから b = -42/32 = -21/16, -41/32, -40/32 = -5/4, -39/32, -38/32 = -19/16 は解である。

例えば -38/32 を選べば y = (19/32)x - 38/32 = 19(x-2)/32 となり、 day = 30 * (month - 3) + 19 (month - 2) /32 = (979 * month - 2918) / 32 が得られる。曜日を求めるだけなら day = (83 * month - 6) / 32 でもよい。

2001-03-21 (3) 19:12:29 +0900

上のリンクはいまはった。 もとは a href タグをおいていなかった。

「<」をエスケープし忘れていたので、した。

2004-05-07 (5) 23:13:37 +0900

「銀も金も玉もなにせむにまされるたから……」>飛車のことかと思った

岩波文庫「新訓万葉集上巻」(佐佐木信綱編)冒頭の万葉集概説 (34 ページ)を見て。 ぱらぱらと本文を見ていたら 803 「銀(しろがね)も金(くがね)も玉(たま) も何せむにまされる寶子に如(し)かめやも」。

2001-03-21 (3) 18:06:24 +0900

ラテン語の Juppiter はカタカナでは「ユーッピテル」と書かれる?

u は長いからこうなると思う。 「ーッ」はあまりあらわれないのではないか。 「イーッ!」などの感動詞(?)の例はあるが。

2001-03-20 (2) 02:51:43 +0900

直線外の一点から垂線をおろす作図>エウクレイデスはぬかりがない

直線外の一点からその直線に垂線をおろす作図は 「その点を中心とし、 その点とその直線上の任意の一点との距離を半径とする円を書き、 その円とその直線の二つの交点から……」 とやるのだと思っていたが、 たまたまその円がその直線に接してしまったら、 その場合は特別扱いしなければならないと気がついた。

エウクレイデスの原論(の翻訳)を見たらそうではなかった。 その直線は平面全体を二つに分けるが、 その点を含まない側にもう一点をとり、 それら二点の距離を半径として円を書くのだった。 こうすれば必ず二点で交わる。 エウクレイデスにはぬかりがない。

2001-03-20 (2) 01:20:33 +0900

ラテン語の単語をカタカナ書きするとき、長母音は上に横棒をひいたら?

初学者用のテキストに

    _
    Uranus
などとあるのにならって
  _
  ウラヌス
とするわけだ。

2001-03-20 (2) 00:56:09 +0900

「デウス・エクス・マキーナ」は何語? ラテン語なら「〜・マーキナー」

「デウス・エクス・マキーナ」 と書いてあるのをときどき見かける。 そのせいで私もそう覚えてしまったのだが、 ラテン語の deus ex machina なら 「デウス・エクス・マーキナー」、 あるいは最近よく見かけるように長母音も短音で写すなら 「デウス・エクス・マキナ」 である。 「〜・マキーナ」はいったい何語からはいったものなのか、 あるいは単なる間違いなのだろうか。

元になった(と思われる)ギリシア語の表現は 「テオス・アポ・メーカネース」で、 やはり「カ」は短い(ようだ)。 英語のマシーンにつられたのだろうか。

2001-03-20 (2) 00:46:33 +0900

2001-03-18 (0) の日記 --- 「聖書の誤植」、一応まとまる

この「いろいろ」からの再録分はすべて文語訳に関するものだったが、 「版ごとにまとめる」「箇所ごとにまとめる」 のどちらにするかで迷った。 最後は《【文語訳】一般》を設けることで解決。 だいぶむだにエディットしてしまった。

2001-03-19 (1) 03:11:56 +0900

2001-03-18 (0) の日記 --- 紙ばさみをまたまた買ってしまう

A4サイズ、 バインダ風の表紙がついていて、 薄い綴じ具で 20 枚ぐらいとじられるのが最近のお気に入り。 先日買ったセキセイ MV-505W に続いてきょうはリヒトの F-3020 を買ってしまった。180 円。

2001-03-19 (1) 00:41:58 +0900

プロ野球>延長戦>コイン投げで「次の回へはいるか」を決めるとしたら?

アメリカでは引き分けはなく、勝負がつくまでやるそうだが、日本では無理だろう。 そこで 「プロ野球>「9回終わって同点」 は先攻のビジターチームの勝ちとしては? (2000-10-04 (3) 01:03:03 +0900)」 などと考えていたのだが、 いずれにせよ、 「これが最終回だ」 とわかってしまうとその回の裏、 先攻チームには「もう引き分けか負けしかない」、 後攻チームには「もう勝ちか引き分けしかない」という、 本来のルールではありえない状況が起きてしまうつまらなさがある。

そこで思いついたのは 「9回以降、 各回の裏が終わった時点で同点だったら主審がコイン投げを行ない、 その結果で試合を打ち切るか次の回を行なうかを決める」という案だ。 これだと、 ゲームは9回以降の各回終了時においてコイン投げによって確率 1/2 で終了するし、 それとは別に点がはいって終了することもあるから、 12回を越える確率は 1/16 以下となる。

打ち切りの場合、同点で引き分けとするか、 (前に書いたように)同点は先攻の勝ちとするかは、 決めておけばどちらでもよい。

2001-03-18 (0) 21:03:38 +0900

上のリンクはいまはった。 もとは a href タグをおいていなかったのだ。

2004-05-07 (5) 23:06:26 +0900

付) これと 《プロ野球>「12回終わって同点」は先攻のビジターチームの勝ちとしては?》 を組み合わせることも考えられる。 コイントスをするのは12回以降の裏が同点で終わったとき、と決めるのである。 こうすると、12回までは従来通りに延長戦が行われる。

2005-10-11 (2) 00:14:59 +0900

プロ野球>「最終回はメンバーチェンジできない」と決めたら?

アメリカでは引き分けはなく、勝負がつくまでやるそうだが、日本では無理だろう。 そこで 「プロ野球>「9回終わって同点」 は先攻のビジターチームの勝ちとしては? (2000-10-04 (3) 01:03:03 +0900)」 などと考えていたのだが、 いずれにせよ、 「これが最終回だ」 とわかってしまうとその回の裏、 攻撃側は「もう守備のことは考えなくてよい」 と思って代打・代走を使い、 守備側は「もう攻撃のことは考えなくてよい」 と思って守備固めをするつまらなさがある。

そこで思いついたのは「最終回はメンバーチェンジを認めない」とする案だ。 最終回にはいる直前で(必要なら)メンバーチェンジを行ない、 最終回はそのメンバーで闘う。 守備位置を交換することは認めるのか、 ケガ人が出たらどうするのか、 などの細かい点までは考えていないのだが。

2001-03-18 (0) 20:55:05 +0900

上のリンクはいまはった。 もとは a href タグをおいていなかったのだ。

2004-05-07 (5) 23:03:49 +0900

「電子テキスト」の意味で「eテキスト」というのは行われているのかな

これは PC-VAN の SIG サイエンスでも話題にしたが、 文章をパソコンで打ち込んで(コンピュータの意味での) ファイルにすることを何と呼ぶか。 実際にやっている人の間では「電子テキスト化」 というのが一番わかりやすいと思うが、 あまり新聞などでは使われていない。

最近、「eなんとか」というのがはやりだから 「eテキスト化」というのはどうだろう。 もう使われているのかな。 あるいは全然別の意味で商標か何かになっていたりして。

2001-03-18 (0) 14:29:30 +0900

ない漢字は、ネット上では“合字”で済ますことがあるが本では見かけない

もしも仮に「鱧」(はも)という字にコードがなかったとしたら、 インターネット上では 『「魚」へんに「豊」』とか 『「魚豊」を一つにした漢字」 などと説明することになるだろう。

本でも、 活字がない漢字をこう説明してもよさそうなものだが、 見たことがない。 何としてでも活字を探してくるか、作るかするのだろう。

2001-03-18 (0) 14:23:44 +0900

「立ち食い」は自分が立って食うが「踊り食い」は自分は踊らない

本文ナシ

2001-03-18 (0) 01:29:17 +0900

lemma の複数形が lemmata なので「メンマ」も「メンマタ」になるかと…

…思う人はいないだろう。

2001-03-18 (0) 01:28:47 +0900

タイトル行の文字数が私の設けている制限を越えていたので、 タイトル行の末尾近くにあった「思う」を本文冒頭近くに移動した。

2004-05-07 (5) 23:01:36 +0900

歌舞伎の舞台はその上に女性が乗ることを禁じていただろうか?

17日づけ朝日新聞大阪本社版「主張・解説」面の「論壇」 は内館牧子氏の『土俵の「女人禁制」維持は妥当」。

たとえば歌舞伎の女形や宝塚歌劇のあり方に関し、 現代の考え方で 「男女差別に怒りを覚える。 男女平等に舞台にあげよ」 という訴えがあったとする。 そしてもしも、 それが受け入れられたなら、 その時点で歌舞伎ではなくなり、 宝塚歌劇ではなくなる。

「舞台にあげる」には「芝居に出演させる」 の意味と文字どおり「舞台の上に乗ることを許す」 の意味がある。

前者だとすると、 太田房江大阪府知事は「相撲に出場させろ」と言っているのではない (らしい)から、 この話をたとえとしてあげる意味がなくなるだろう。

後者だとして、 「女が歌舞伎の舞台にあがること」 「男が宝塚歌劇の舞台にあがること」 は実際に禁じられているのだろうか?

東京に住んでいたころはときどき歌舞伎を見にいったものだが、 そのときのことを思い出してみた。 歌舞伎の客席は花道で二つに仕切られている。 休憩時間に花道の向こう側に知人を見かけたときなど、 花道を横切ればすぐであってもそうはしないのがエチケットである。 通ってほしくないというようなことを記した立て札か何かがあったような記憶はあるが、 特に女性に対する“禁制”はなかったように思う。 それから、 歌舞伎は安徳天皇のような子役には女の子を使うこともあったと記憶している。 小さい子なら、男の子でも女の子でも、遠目にはまずわかるまい。

蛇足: 相撲で知事が賞を渡すために土俵に上がることは芝居でいえば役者として参加することにあたる、 と考えることもできるかもしれないが、 もしそうならそう説明しないと、 多くの読者にはわからないと思う。

2001-03-18 (0) 01:01:08 +0900

再説>バッハの無伴奏バイオリン・チェロは各CD2枚分だがモノなら1枚に

ステレオ録音の意味はあまりないだろうから、 モノで左右のトラックに別々に収録してCD1枚、 というのも魅力的なはずだ。

昔、「リング」の古い録音をこうやって売っているのがあった。 CDプレーヤーとアンプの間にはさむアダプターのようなものもつけて。 当時はメディアとしてのCDそのものが高かったのでこうすることに意味があったのだろう。 でも、その後はほとんど見かけない。

バッハの無伴奏でこれを思い出したのは、 こうすればCD1枚にバイオリン・チェロがそれぞれ6曲すべてはいってしまうからだ。 シャッフル再生でBGMにしたらよさそうだと思ったのだが、 左右のチャンネルで曲の先頭位置が違うからダメだ。

付) これも、 「そういうCDありますよ」 とメールで教えてくださったかたがありましたので、 書き直してみました。

2001-03-17 (6) 19:32:09 +0900

落語>「下げ」には「フィクションでした」の意味もある

きのう書いた 「落語・漫才が「これはフィクションでした」と断わる時代が来たりして (2001-03-17 (6) 02:04:16 +0900)」について、 「下げ」でナンセンスさを極めて「フィクションでした」となるものもある、 と教えてくださったかたがあった。

私が知っている中では、 「蕎麦が羽織をきて座っていた」 がそんな感じだ。

そのかたは、 「ドラえもん」と「どざえもん」のようなしゃれも落語にある、 と教えてくださった。

2001-03-17 (6) 19:23:45 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-10 (3) 22:40:56 +0900

「K1グラディエーター」って gladius(剣)でやるK1じゃないのか

新聞のテレビ面にきょう 19 時からフジ系で 「K1グラディエーター」 と書いてあった。 K1は一応どんなものか知っているし、 gladiator はラテン語の gladius(剣)に起源を持つ “剣闘士”と聞いていたので 「剣で闘うK1が見られるのか?!」 と早めに職場から帰りテレビをつけてみたら、 参加者はグローブをはめて殴り合っていた。

英語の gladiator には 「プロボクサー」とか「懸賞拳闘選手」 という意味もあったのか……。

2001-03-17 (6) 19:13:20 +0900

クリップボードに一番下の紙の裏のコピーが張りつかないようにする方法

A4のクリップボードに余ったコピーをはさんで計算用紙に使っている。 一番下の紙の裏側のコピーがクリップボードに張りついて汚れるのを防ぐため、 ダミーの紙に“これは台紙”と書いてはさんでいた。 しかし、そうしなくても、 常に一番下の一枚は印刷した面が上になるように “裏返しに”はさむ方法もあったのだ。 その紙が出てきたら最後の一枚だということは覚えておかねばならない。

2001-03-17 (6) 02:38:44 +0900

その最後の一枚が出たところで急いでほかの仕事をしなければならなくなったとき、 そのままだと、あとで見たとき、 印刷物をクリップボードにはさんだのかと思ってしまうかも知れない。 裏返すと、上述のようにクリップボードに張りつくおそれがある。 そう考えると、やはり、 最後の一枚として特別な紙をはさむのがいいような気がしてきた。

2007-10-16 (2) 03:12:03 +0900

バッハの無伴奏バイオリン・チェロは各CD2枚分だが、モノなら1枚に

ステレオ録音の意味はあまりないだろうから、 モノで左右のトラックに別々に収録してCD1枚、 というのも魅力的なはずだ。 でも見かけないな。

2001-03-17 (6) 02:30:20 +0900

更新記録>「聖書の誤植」を作り始める・「聖書の略号」ファイル名変更など

「聖書の誤植」のページを作り始める。 ファイル名は biblemisprint.html とした。 この「いろいろ」に書いたのも再録するので、 最初から読み返したら疲れた。 というわけで公開はそのうち。

「聖書の略号」のファイル名を bible.html から bibleabbrev.html に変更。 ついでに、文字コードを示す META タグをつけた。 これで手元のブラウザに読み込んだ際の文字化けがなくなった。

2001-03-17 (6) 02:26:15 +0900

「ドラえもん」は「ドラ」が、「ドラミちゃん」は「ドラミ」がカタカナ書き

検索エンジンで調べたところ「ドラえもん」「ドラミちゃん」 と書くのが正しいようだ。 階名にあるものはカタカナで書く?

2001-03-17 (6) 02:20:50 +0900

女の溺死体は「土左衛門(ドザえもん)」ではなく「ドザミちゃん」と呼ぶ?

「ドラえもん」「ドラミちゃん」にならって。

以前、 「女の溺死体も土左衛門というか? (1999-09-29 (3) 22:58:10 +0900)」と考えていたのだった。

2001-03-17 (6) 02:19:58 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-10 (3) 22:42:38 +0900

プロテスタントの教会にあまり変わったものが置かれていないことについて

儀式の際に見慣れないものを使う宗教もあるが、 プロテスタントの教会にあるものは、 オルガンにせよ、聖書にせよ、讃美歌集にせよ、 コンサートホールにもある単なる楽器であったり、 各家庭にもある単なる本であったり、 当たり前のものばかりだ。 そもそも、礼拝堂も学校の講堂と似ている。

しかし、 もともと教会にあったオルガンがコンサートホールにもつくようになり、 もともと聖書のために発明された印刷技術で作られた本が各家庭に広まっている、 と考えると、 “みんなキリスト教に毒されている” と考える人がいても不思議ではあるまい。

2001-03-17 (6) 02:06:16 +0900

NHK金沢のアナウンサーが「排気ガス」の「ガ」を鼻濁音に発音していた

一月半ば、雪の降っていたころ。

2001-03-17 (6) 02:05:48 +0900

「?!」「!?」に加え「??!」「!?!」なども使うと表現が広がる?

「そうなのか?!?」 は疑問に思って驚いてもう一度疑問に思う表現、とか。

(「??!」は ANSI C の trigraph にもあったっけ。)

2001-03-17 (6) 02:05:24 +0900

バッハの無伴奏チェロ組曲と落語の類似点>一人で何役も演じること

バッハの無伴奏チェロ組曲には、 単旋律だけれどバスとその上のメロディーを奏でているように聞こえる、 という曲がある。 一人で複数の人間を演じる落語にも通じるものがある?

2001-03-17 (6) 02:04:50 +0900

落語・漫才が「これはフィクションでした」と断わる時代が来たりして

漫才に、 「初めて僕らが出会ったときはこうだった」 というネタがあるが、 内容はほとんどフィクションだそうだ。 最後に 「これはフィクションでした」 とつけ加える時代が来たりして。

2001-03-17 (6) 02:04:16 +0900

コンピュータRPGで「おつりがないから」と断わられるのを見たことがない

お店で薬草を買おうとして 「おつりがないから」 と断わられたり、 「おつりがないから五つまとめて買わないか」 と持ちかけられたりするゲームを私は見たことがない。 モンスターが戦闘後に落とすお金は砂金のようなものなのだろうか?  「ゼルダの伝説」には、 最小単位よりも高額のお金が違う色で画面上に表示されたように思うが、 あれは単に“たくさんのお金”を意味するシンボルなのだろうか?

2001-03-17 (6) 02:01:22 +0900

常に財布の中の貨幣の総数を最小にしておくのが賢い支払い方とは限らない

998 円の買い物の際、 おつりなしに払えるだけ小銭を持っていても、 それを出さずに千円札を出して 2 円のおつりをもらうほうがすばやい支払いができる。

2001-03-17 (6) 02:00:44 +0900

米大統領選のあのごたごたを思えば、大学入試に少しぐらいミスがあっても

……いいのではないか。 なーんちゃって。

2001-03-17 (6) 02:00:20 +0900

入試問題には「間違いがないと保証はできません」と書き添えたらどうか?

ときどき新聞に大学入試問題のミスが出ているが、 表紙の注意書きに 「間違いがないとは保証できません」 と書き添えておけばよいのではないか?

最近の洋書には 「この本は注意深く書いたが間違いがないことは保証しない」 と書かれているものがある。

2001-03-17 (6) 01:59:22 +0900

2 円玉ができると 9 円持っていて 1 円払うのにおつりがいる場合がある

今の日本では、 9 円もっていれば 1 円から 9 円までの買い物でおつりをもらうことはない。 ところが 2 円玉ができるとそうはゆかない。 5 円玉一枚と 2 円玉二枚が手元にあって 1 円払う場合などである。

2001-03-15 (4) 23:30:38 +0900

20 円玉、200 円玉を導入するなら代わりに 1 円玉と 5 円玉を廃止したら?

日本の貨幣体系に 20 円玉、200 円玉を加えようとするなら、 代わりに 1 円玉と 5 円玉を廃止してはどうか。 そうすれば貨幣の種類の総数は今と同じままである。 一般の取り引きは十円単位で行なう。 理論上は十円未満もあるが、 それは現在「銭」という単位は使われていても貨幣は出回っていないのと同じ、 と考える。

2001-03-15 (4) 23:25:21 +0900

子供のころ、おつりの意味を知らなかったこと

おこづかいを持たされたのがずいぶん大きくなってからだったので、 「おつり」の意味がわかっていなかった。 買い物についてゆくことはあったのでときどき「おつり」 なるものをもらっていることは知っていたが、 なんだかわかっていなかったのだ。 それでいて友だちとお買い物ごっこなどをするときには 「おつりです」などと言っていたのだった。

2001-03-15 (4) 23:21:45 +0900

財布の中の貨幣の数を常に最小にする支払い方

日本では 1 円玉、5 円玉、10 円玉、50 円玉、……のように貨幣は 1 と 5 が基本だ。 最近発行された二千円札はしばらく考察外に置こう。 まず、1 円、2 円、……、9 円について、 それを最小枚数の貨幣で持つ方法が unique であることに注意すると、 財布の中の貨幣の数を最小にする持ち方も unique であることがわかる。 このことから、 お金を支払う先が十分なつり銭を用意していて最小枚数でおつりをくれるなら、 支払後の財布にある貨幣の数を最小にする支払い方も unique であることがわかる。 支払いの前と後の金額をそれぞれ最小枚数で持つ方法はどちらも unique であり、 枚数が減る貨幣はその分を支払い先に渡し、 枚数が増える貨幣はその分をおつりとしてもらうことになるからである。

では、それに 2 円玉、20 円玉、200 円玉、……が加わった場合はどうか。 まずは、一の桁だけに注目して、表にまとめてみよう。 下の表で、 一番左に並んでいるのは財布の中の金額の一の桁、 その右隣はそれを最小枚数の貨幣で持つ方法だ。 これが unique であるから、 さっきと同様の考察により、 支払い方も unique であることがわかる。 上に並んでいるのは支払うべき金額の一の桁であるが、 お金が増えるほうを正としているので、ここでは 0 以下になっている。

表の“本文”の説明に移ろう。 例えば財布の中の金額の一の桁が 2 のときに 6 円支払うとしたら、 支払後の一の桁は 6 だ。 6 円は 5 円玉と 1 円玉一枚ずつで持つのがベストだから、 10 円玉だけでなく 2 円玉も出し 5 円玉一枚と 1 円玉一枚をおつりとして受け取るべきである。 これを表には -10-2+5+1 と記してある。

0-1-2-3-4-5-6-7-8-9
0---10+5+2+2-10+5+2+1-10+5+2-10+5+1-10+5-10+2+2-10+2+1-10+2-10+1
11--1-10-1+5+2+2-10+5+2-10-1+5+2-10+5-10-1+5-10-1+2+2-10+2-10-1+2
22--2+1-2-10+5+2-10+5+1-10+5-10-2+5+1-10-2+5-10+2-10+1
32+1--1-2-2-1-10-1+5+2-10+5-10-1+5-10-2+5-10-2-1+5-10-1+2
42+2--2+1-2-2-2+1-2-2-10+5-10-2+5+1-10-2+5-10-2-2+5+1-10-2-2+5
55--5+2+2-5+2+1-5+2-5+1-5-10+2+2-10+2+1-10+2-10+1
65+1--1-5-1+2+2-5+2-5-1+2-5-5-1-10-1+2+2-10+2-10-1+2
75+2--2+1-2-5+2-5+1-5-5-2+1-5-2-10+2-10+1
85+2+1--1-2-2-1-5-1+2-5-5-1-5-2-5-2-1-10-1+2
95+2+2--2+1-2-2-2+1-2-2-5-5-2+1-5-2-5-2-2+1-5-2-2

上の考察は一の桁だけだったが、 十倍、百倍、千倍すれば十の桁、百の桁、千の桁にも通用する。 よって、二千円札がある現在では、 千の桁に関しては上の表は意味をもつ。 二千円札が出るときに、 意外な支払い方の例をひとつふたつ考えてみたが、 まだまだあったのだった。

一般的に西欧人は、財布の中の貨幣を最小枚数にしようとはしない、 という話を聞いたことがある。 85 円支払う際に 135 円出して 50 円玉でおつりをもらう、 といった発想はあまりなく、 出した 35 円に 15 円のおつりを加えて返してくることもあるそうだ。

1 円玉、3 円玉、5 円玉、10 円玉、30 円玉、50 円玉、 ……の場合は最小枚数での持ち方が unique でなくなる。 5+1 = 3+3 のように。 よって表は複雑になる。

0-1-2-3-4-5-6-7-8-9
0---10+5+3+1
-10+3+3+3
-10+5+3-10+5+1+1
-10+3+3+1
-10+5+1
-10+3+3
-10+5-10+3+1-10+3-10+1+1-10+1
11--1-10+5+3
-10-1+3+3+3
-10-1+5+3-10+5+1
-10+3+3
-10+5
-10-1+3+3
-10-1+5-10+3-10-1+3-10+1
21+1--1-1-1-10-1+5+3
-10-1-1+3+3+3
-10-1-1+5+3-10+5
-10-1+3+3
-10-1+5
-10-1-1+3+3
-10-1-1+5-10-1+3-10-1-1+3
33--3+1+1-3+1-3-10+5+1
-10+3+3
-10+5-10-3+5+1+1
-10+3+1
-10-3+5+1
-10+3
-10-3+5-10+1
43+1--1-3+1-3-3-1-10+5
-10-1+3+3
-10-1+5-10-3+5+1
-10+3
-10-3+5
-10-1+3
-10-3-1+5
55--5+3+1-5+3-5+1+1-5+1-5-10+3+1
-10-5+3+3+3
-10+3-10+1+1
-10-5+3+3+1
-10+1
-10-5+3+3
65+1--1-5+3-5-1+3-5+1-5-5-1-10+3
-10-5-1+3+3+3
-10-1+3-10+1
-10-5+3+3
3+3--3+3+5-3+1-3-3-3+1+1-3-3+1-3-3-10-3+5+1
-10+3
-10-3+5-10-3-3+5+1+1
-10+1
75+1+1--1-1-1-5-1+3-5-1-1+3-5-5-1-5-1-1-10-1+3
-10-5-1-1+3+3+3
-10-1-1+3
3+3+1--1-3-3-1+5-3-3-1-3-3+1-3-3-3-3-1-10-3+5
-10-1+3
-10-3-1+5
85+3--3+1+1
-5+3+1
-3+1
-5+3
-3-5+1-5-5-3+1+1-5-3+1-5-3-10+1
-10-5+3+3
95+3+1--1-3+1
-5+3
-3-3-1-5-5-1-5-3+1-5-3-5-3-1
3+3+3--3-3+5-3-3-3+5+1+1
-3+1
-3-3-3-3+5-3-3+1-3-3-3-3-3+1+1-3-3-3+1-3-3-3

12 円から 6 円払うと 6 円残るが、 6 円の持ち方に二通りあるので支払い方も二通り記した。 -10-1+5 のほうが -10-1-1+3+3 よりも楽だが、 次に買い物をしてその 6 円から支払うときにどちらが楽かはわからない。

ついでに 1, 2, 4, 10, 20, 40, ... の場合。

0-1-2-3-4-5-6-7-8-9
0---10+4+4+1-10+4+4-10+4+2+1-10+4+2-10+4+1-10+4-10+2+1-10+2-10+1
11--1-10+4+4-10-1+4+4-10+4+2-10-1+4+2-10+4-10-1+4-10+2-10-1+2
22--2+1-2-10-2+4+4+1-10-2+4+4-10+4+1-10+4-10-2+4+1-10-2+4-10+1
32+1--1-2-2-1-10-2+4+4-10-2-1+4+4-10+4-10-1+4-10-2+4-10-2-1+4
44--4+2+1-4+2-4+1-4-10+4+1-10+4-10+2+1-10+2-10+1
54+1--1-4+2-4-1+2-4-4-1-10+4-10-1+4-10+2-10-1+2
64+2--2+1-2-4+1-4-4-2+1-4-2-10-2+4+1-10-2+4-10+1
74+2+1--1-2-2-1-4-4-1-4-2-4-2-1-10-2+4-10-2-1+4
84+4--4+2+1-4+2-4+1-4-4-4+2+1-4-4+2-4-4+1-4-4-10+1
94+4+1--1-4+2-4-1+2-4-4-1-4-4+2-4-4-1+2-4-4-4-4-1

おまけとして、1, 5, 10, 50, ... の場合。

0-1-2-3-4-5-6-7-8-9
0---10+5+1+1+1+1-10+5+1+1+1-10+5+1+1-10+5+1-10+5-10+1+1+1+1-10+1+1+1-10+1+1-10+1
11--1-10+5+1+1+1-10+5+1+1-10+5+1-10+5-10-1+5-10+1+1+1-10+1+1-10+1
21+1--1-1-1-10+5+1+1-10+5+1-10+5-10-1+5-10-1-1+5-10+1+1-10+1
31+1+1--1-1-1-1-1-1-10+5+1-10+5-10-1+5-10-1-1+5-10-1-1-1+5-10+1
41+1+1+1--1-1-1-1-1-1-1-1-1-1-10+5-10-1+5-10-1-1+5-10-1-1-1+5-10-1-1-1-1+5
55--5+1+1+1+1-5+1+1+1-5+1+1-5+1-5-10+1+1+1+1-10+1+1+1-10+1+1-10+1
65+1--1-5+1+1+1-5+1+1-5+1-5-5-1-10+1+1+1-10+1+1-10+1
75+1+1--1-1-1-5+1+1-5+1-5-5-1-5-1-1-10+1+1-10+1
85+1+1+1--1-1-1-1-1-1-5+1-5-5-1-5-1-1-5-1-1-10+1
95+1+1+1+1--1-1-1-1-1-1-1-1-1-1-5-5-1-5-1-1-5-1-1-5-1-1-1-1

枚数は増えるが、支払い方は単純である。

注) 全ての表は手作業によるものですのでカン違い・計算ミスを含む可能性があります。

2001-03-15 (4) 22:53:19 +0900

ぐい呑みが並んでいると「最後の聖戦」のテーマを口ずさんでしまう

デパートなどでぐい呑みが並んでいるとついついインディ・ジョーンズ 「最後の聖戦」 のテーマを口ずさんでしまう。

2001-03-15 (4) 18:11:55 +0900

「絶対音感」は英語では absolute pitch または perfect pitch というのか

これだと、 音楽的才能というよりもエンジン音からどこの軍隊の飛行機かがわかる能力、 みたいなもののような感じがする。 日本語の「絶対音感」という訳語がうまかったのだろうか。 「絶対音高」としていたらどうだろうか。 プログレッシブ和英は「音感」を a sense of pitch としている。 音感にリズムは含まれない?

2001-03-15 (4) 18:11:18 +0900

「自分の名前の漢字の意味を調べてみましょう」というときカナ名前の人は?

女性名にはときどきカナのものがあるし、 男性名でも 「たかし」「ひろし」などは漢字を当てなくとも、 やまとことばの、 よい名前だと思う。

2001-03-15 (4) 18:08:17 +0900

Lincoln は「リンカン」が近そうだが「リンカーン」「リンコーン」とされる

矢内原先生は「余の尊敬する人物」で「リンコーン」としているが、 カバーを折り返したところの紹介文には「リンカーン」とある。

英語の辞書を調べたところ「リンカン」が一番近いように思う。 彼の名前が最初に日本に伝わったときこれが採用されなかったのは、 「林間」などの同音の漢語との衝突を避けたためだろうか。

2001-03-15 (4) 18:07:39 +0900

人名漢字の一つ「凌」の意味について

この字は 1990 年に人名漢字用漢字に加えられたものらしい。 新明解第五版は「しのぐ」の意味のほかに「はずかしめる」を載せ、 「凌辱」を例にあげている。 岩波新漢語辞典は「あなどる。力ずくでおかす」で例はやはり「凌辱」。 新字源は「凌辱」を「しのぎはずかしめる」「無礼をはたらく」 と説明している。

小学校で「自分の名前に使われている漢字の意味を調べてみましょう」 などの課題が出されることがあるが、 辞書によってはあまり気持ちのよくない意味にとれてしまうのではないか。

2001-03-15 (4) 18:03:00 +0900

文語訳>ヱレミヤ 12.5 「うまにのれるもの」vs「むまにのれるもの」

「騎馬者」のふりがなだが、 1980 年以前版は前者、 1982 年版は後者。 漢字の当て方や送りがなの違いはときどきあるが、 こういう違いは珍しいように思う。

2001-03-15 (4) 18:02:00 +0900

矢内原先生は「エレミヤ」と記すが文語訳聖書では「ヱレミヤ」である

「余の尊敬する人物」「聖書講義」、 いずれにおいても矢内原先生は 「エレミヤ」と記している。 すぐそばに「ヱホバ」とあってもそうしているから、 「ヱ」を使わない方針というわけではなさそうだ。

新約が「エレミヤ」としているからかもしれない。 この点については 「文語訳聖書の人名表記のゆれ --- ヱレミヤ vs エレミヤ (2000-06-13 (2) 21:56:31 +0900 づけ)」参照。

2001-03-15 (4) 18:01:00 +0900

上のリンクは本項を書いたときではなく、あとではったものと思われる。 前項に「上のリンクはいまはった」との付記があるが、 前項にはリンクはない。 おそらく、本項にコメントをつけようとして間違えたのであろう。

2006-05-10 (3) 22:45:29 +0900

矢内原先生は文語訳聖書の「読み」はそれほど大切とは考えていなかった?

矢内原忠雄「余の尊敬する人物」(岩波新書) 15 ページに 《汝若し歩行者と共に走りて疲れなば、 いかで騎馬者と競はんや》 という、 エレミヤに対する神の言葉が記されている。 ふりがなはない。 文語訳聖書(1982 年版)ヱレミヤ記 12.5 は 《汝(なんぢ)もし歩行者(かちのもの) とともに趨(はし)りてつかれなばいかで騎馬者(むまにのれるもの) と競(きそ)はんや》 とかなが振ってある。

「余の尊敬する人物」は 《エレミヤといつても、多くの人はその名をさへ知らぬでせう》 とあるように、 聖書を見たこともない人をも読者として想定している。 そういう読者は「歩行者」を「ほこうしゃ」と読むであろう。 それで構わないというのが矢内原先生のお考えであったのだろうか。

ちなみに、私はこれを「ほこうしゃ」とは読まないとは覚えていたが、 「あるくもの」だと思っていた。

2001-03-15 (4) 18:00:00 +0900

上のリンクはいまはった。 もとは a href タグを置いていなかった。

2004-05-07 (5) 22:47:50 +0900

本項にはリンクはない。 おそらく、次項にコメントをつけようとして間違えたのであろう。

2006-05-10 (3) 22:46:53 +0900

新渡戸博士の言葉の遊び>「専門センス」と「コンモンセンス」

矢内原忠雄先生は岩波新書「余の尊敬する人物」の 191 ページで 《我輩は専門センス(専門的知識)は教へない。 コンモンセンス(常識)を教へる》 という新渡戸博士の言葉を紹介している。 ここは「せんもん」と「コンモン」がしゃれになっているのである。 前に読んだときは全く気づかなかった。

2001-03-15 (4) 17:57:00 +0900

岩波新書「余の尊敬する人物」>戦後版は修正のあとが目立つ

岩波新書「余の尊敬する人物」 は旅行の折にも読みたい本なのでもう一冊買っておこうかと思っていたが、 日曜日、本屋で見つけたので手にとったところ、 新渡戸博士の章に活字の違う部分を見つけた。 『岩波新書「余の尊敬する人物」新渡戸博士の項目には初版と戦後版で違いが (2000-09-16 (6) 01:06:45 +0900)』 に書いたような事情があるわけだが、 最初に新書版を通読した際には気づかなかった。 もしかしたら最近さらに修正されたのではと思い、 この機会に購入した。

188 ページの最後の 5 行がその部分である。 手元にある 1979 年の版でもすでに違っていた。 しかし、 最近になって紙型が摩滅し、 初版部分は活字がつぶれかかっているのに対し修正部分はそれほどでもないため、 違いがはっきりしてきたものと考えられる。 区別するポイントになるのは「た」の字である。 初版部分の「た」 は二画目から四画目までがつながっているのに対し、 戦後版の部分の「た」は切れている。 ほかに「あ」の字も特徴的だ。 そう思ってみると、 216 ページの 12 行目から 218 ページの 2 行目までも活字が違う。 また、よく見ると、ノンブルは 183 ページ以降、活字がかわっている。 これは 182 ページ 9 行目と 10 行目の間に削除があるからである。 また、目次のページにおけるページ数を表わす漢数字も、 「一八九」以降は活字が別なのが明らかである。

この“修正”は、内容にも不統一をもたらしている。 187 ページ 2 行目の 《朝鮮併合、大陸発展》、 188 ページ最後の5行の 《その後日本国民は他民族他国民と生活を共にし》 《日本国民が大陸に発展する時が来ても》、 190 ページ 7 行目の 《地図の上にコンパスを立てたりしなくても》 は削除部分に関連しているので、 注意深く読めば“おかしい”のは明らかである。 (削除部分で新渡戸博士は 《円を描けば》とは言っているがコンパスとは言っていない。 しかし新渡戸博士の演説内容も矢内原先生のノートによるものであるから、 実際には「コンパスを立てて」と言われ、 そう記憶に残っていたがノートには「円を描けば」 とあったので演説内容としてはそう記したのかも知れない。)

注: 上では「初版」「戦後版」のように「版」という語を用いたが、 岩波書店は完全に活字を組みかえないかぎり同じ「版」と考えるようで、 「第 42 刷」のように「刷」で区別されている。 よって「初版」「戦後版」は「初刷」「戦後刷」とでもすべきかもしれないが、 「キリスト者の信仰」版の編集者にならって「版」と記した。

付: ついでに、誤植を二つ発見した。 201 ページ Patriotism in the last refuge of scoudrels の in は is が、 203 ページ 8 行目の「面目い」は「面白い」が正しい。 「キリスト者の信仰」版では修正されている。

2001-03-15 (4) 17:56:00 +0900

上には 《岩波新書「余の尊敬する人物」新渡戸博士の項目には初版と戦後版で違いが (2000-09-16 (6) 01:06:45 +0900)』 に書いたような事情があるわけだが》と書いたが、 そこには事情は書いていなかった。 《1982 年ごろ出た、「キリスト者の信仰」(全8巻、岩波書店) の第8巻はこれと「続」を収めるが、 そこには違いが明記されている》と書いたのみであった。

2004-05-07 (5) 22:43:24 +0900

上のリンクはいまはった。それまでは a href タグをおいていなかった。

2006-05-10 (3) 22:54:06 +0900

金沢のカトリック教会の入り口には「大きく開けキリストへの扉を」とある

英語で OPEN WIDE THE DOORS TO CHRIST とも添えてある。 「狭き門より入(い)れ」(マタイ 7.13)との関係は?

2001-03-14 (3) 02:45:17 +0900

プロ野球オープン戦>セ・リーグも指名打者制をとっているのはなぜ?

セ・リーグは指名打者制に反対だったように記憶しているが。

2001-03-14 (3) 02:40:00 +0900

クイズ>「花」「星」「月」「雪」のうち「星」以外に共通する点は?

「花見」「月見」「雪見」はあるが「星見」はない、 と思ったのだが広辞苑第五版にはでていた。 星占いのようなものらしい。 でも、前の三つとは意味が違うからこれでいいか。

香林坊大和8階の「銀座天一」のコースが「花」「月」「雪」なのでなぜ 「星」がないのかと考えていて思いついたもの。 本当の理由は知る由もない。

2001-03-13 (2) 01:21:44 +0900

朝日新聞日曜版「いわせてもらお」の“ペンネーム”と年齢の間の「・」

普通は「森サン、早くかわってよ・66歳」のように「・」がはいるが、 「中身はおすし?35歳」のように直前が疑問符だと省略されるようだ。 「荷物さん、ケチな私を許して!・59歳」のように感嘆符だと省略されない。 不思議だ。

いずれも11日づけの日曜版に出ていたもの。

2001-03-12 (1) 00:37:00 +0900

高校までの数学では、人名のついた定理は習わない?

だから高校生は 「ケーリー・ハミルトンの定理」「ロピタルの定理」 を習うとうれしくて意味もなく使うのではないか、 という話が先日でた……。

2001-03-12 (1) 00:25:56 +0900

「二十一世紀には食事はカプセル入りになる」っていう話もあったっけ

本文ナシ

2001-03-12 (1) 00:23:50 +0900

川崎病>「川崎氏病」と呼べば川崎市の公害病(?)と誤解されなかった?

そういう誤解が実際あったとむかし読んだ。 しかし「川崎市病」と誤変換されればかえって。

2001-03-12 (1) 00:20:59 +0900

日本で二千円札が不人気なのはそろばんのなごりで「二」になじまないから?

そろばんには「一」と「五」を表わす珠はあるが「二」はない。 そのへんが関係しているのでは?

2001-03-12 (1) 00:16:05 +0900

欧米に「二」のつく貨幣があるのは印欧祖語の双数のなごりでは?

どこかで、「二」に特別なものを感じるのかも知れない。

2001-03-11 (0) 22:58:06 +0900

朝日新聞日曜版「地球物語」>二千円札などの二のつく貨幣は便利か?

11日づけ朝日新聞日曜版「地球物語」はスイス・ブルッグの武田靖氏。

硬貨も紙幣も、対数きざみで発行されているのである。

対数きざみとは、順繰りに二倍に増加していくことだ。

それは対数じゃなく指数では、 という気もするがそれは考え方次第だからさておき。

日本の貨幣は 1 円玉、5 円玉、10 円玉、50 円玉、……のように 1 と 5 だけが原則だが、 それに 2 も加えた貨幣の体系をそう表現しているのである。 (2 から 5 は正確に二倍ではないが、この点は氏も断わっている。)

十以下のどんな数でも最小三つの数で組み立てられる。 例えば、九フランのものを買うのに、 五フランが一つと、二フランが二つの三つの硬貨で払える。

ここは「最小」じゃなく「最大」のような気もするがそれもさておき。

確かに、 1 と 5 だけの日本式よりも、 2 があったほうが出すコインの数が少なくて済む。 しかし、おつりも含めて考えるとどうだろうか。 9 円はらうときに 10 円玉を出して 1 円のおつりをもらう。 このときには合計 2 つのコインにふれたので 「2 枚」ではらったと数えることにする。

こうやって、おつりなしとおつりありのそれぞれについて、 1 と 5 だけの場合(下の「1,5」)、 1 と 2 と 5 の場合(下の「1,2,5」)、 ついでに 1 と 3 と 5 の場合(下の「1,3,5」)について、 最小枚数でのしはらい法を表にまとめてみた。 例えば「2+1」は 2 と 1 ではらうことを、 「5-2」は 5 を出して 2 をおつりとしてもらうことを意味する。

おつりなしおつりあり
1,51,2,51,3,51,51,2,51,3,5
1111111
21+121+11+121+13-15-3
31+1+12+131+1+15-1-12+15-23
41+1+1+12+23+15-12+25-13+15-1
5555555
65+15+15+13+35+15+15+13+3
75+1+15+25+1+13+3+15+1+15+210-3
85+1+1+15+2+15+310-1-110-25+3
95+1+1+1+15+2+25+3+13+3+310-110-110-1
最小枚数の和251717191515

「1,2,5」と「1,3,5」を比べると、 最小枚数の和は変わらないものの、 出し方の種類が多い点で後者のほうがより優れていると言えると思う。

上では一ケタの数のみを考えた。 700 円のような場合は同様の考察が成立する。 しかし、760 円とかの場合は別の考察が必要だろう。 それもともかく。

はじめは戸惑ったが、なれれば財布も膨らまないので助かる。

最初は納得してしまったが、 ちょっと考えるとここは前と話がつながらない。 少ない枚数ではらえば財布に残る貨幣の総数は多くなるからだ。 しかし、 例えば財布に九フラン持つとき、 日本式だと最低でも四つの貨幣が必要だが、 スイス式だと三つで済む、 と考えれば結論は正しい。 (この場合、おつりをもらうことは考えられないから、 上の表は左半分だけが意味をもつ。)

付:

2001-03-11 (0) 22:34:22 +0900

ホロコーストの「犠牲」という言い方

事故で死んだ人、戦争で殺された人のことを 「何人が犠牲になった」のように「犠牲」で表現することがあるが、 この言葉の本来の意味を考えればこれはおかしい。 しかし、ホロコーストに関しては、 それを行なった側からすれば 「ホロコーストの犠牲」で“正しい”のかもしれない。 (ユダヤ教は人間を犠牲として捧げることに反対しているので、 その意味ではもちろん“正しくない”。)

2001-03-11 (0) 02:13:48 +0900

外国の通貨での値段は、掛け算より割り算で考えるほうがわかりやすい

たとえば向こうの通貨で 1 なんとかが 30 円ぐらいのところへ旅行したとする。 「10 なんとか」という値札を見たら「00」を最後に補って 「1000 円で三つ買える」と思うとわかりやすい。 「0」を補って三倍するよりもわかりやすい。 なぜだろう?

2001-03-11 (0) 02:08:58 +0900

ホテルで見た火事の注意 --- 風呂の湯は残しておけ/窓から飛び降りるな

ホテルの部屋には、宿泊の規則・注意書きなどのファイルが置いてある。 一月末の広島出張の際に泊ったビジネスホテルのそれから二点、紹介する。

「入浴された後のお湯を流さないでおかれますと、 火災発生の時に非常に役立ちます」 っていうけど、ユニットバスなんですよ。 流さないで出てくるってことは石鹸の混じったお湯から出てくるわけ?  それともそれは流して、もう一度お湯をためて暖まり、そのお湯を残してくる?

「窓からの飛び降りは大変危険です。 ぬれた毛布をまとい救助をまちましょう」。 火事になって飛び降りそうになってからこれ読んで 「あ、そうだ、飛び降りはあぶないんだ」と思いとどまる人、 いるのかなあ? まあ、前もって読んでおくと少しは違うけど、 なんでもないときに「そんなの当然じゃん」 と思っていても火がせまると飛び降りてしまうのが人間というものでは?

2001-03-10 (6) 22:53:47 +0900

広島大学理学部の建物のエレベータ内の表示は「↑」「↓」が上下に動く

一月末の広島大学出張の際に見たのだが、 エレベータが上って(resp. 下って)いるときは 「↑」が下から上に(resp. 「↓」が上から下に)動く。 上(resp. 下)に隠れてしまうとまた下(resp. 上)から出てくる。 しかし、下から上に(resp. 上から下に) 動くということはエレベータの箱は下がって(resp. 上がって)いるとも思える。 ちょっとヘン。矢印が出るだけでいいのに。

その矢印が回転したりしたらパニックだろうな。:-)

2001-03-10 (6) 22:40:02 +0900

「AでBを巻く」と「AにBを巻く」/「何が巻いてあるの?」にどう答える

「AでBを巻く」と「AにBを巻く」を考えよう。 「を」がつく語は前者では内側に、後者では外側にくることになる。 例えば内側にアスパラがあって外側をベーコンで囲むことを 「ベーコンでアスパラを巻く」「アスパラにベーコンを巻く」。

一方、「Aを植える」は「Aが植えてある」と言い換えられる。 それにならって上を言い換えると「AでBが巻いてある」 「AにBが巻いてある」となるが、 省略すればどちらも「Bが巻いてある」となる。 上の例では 「アスパラが巻いてある」「ベーコンが巻いてある」。 よって、アスパラのベーコン巻きを指して 「何が巻いてあるの?」と聞かれたとき、 すぐに答えることはできないのである。

ずっと前に列車の中で、 これが原因でかみ合っていない会話を耳にしたので覚えていて、 一月末の広島出張の際、夕食の席で話題にしたもの。 図形を説明するときに「巻く」「巻きつく」という言葉を使うことがあるので、 出張目的と全く無関係というわけではない。:-)

2001-03-10 (6) 22:29:24 +0900

30 歳から 39 歳までは「三十歳代」だが、100 歳から 109 歳までは?

「百歳代」だと 100 歳から 199 歳みたいにも思える。

2001-03-10 (6) 21:13:58 +0900

ホテルの朝食の「玉子料理」が生卵だったら、怒る人もいるだろうなあ

一月下旬に出張で泊った広島のビジネスホテルでそう思った。 実際には茶わん蒸しだった。 作っておけばすぐ出せるので便利なのだろう。

2001-03-10 (6) 19:48:23 +0900

(ラジオの)「チューニング」の訳語は「同調」だった

一月下旬に出張で泊った広島のビジネスホテルの、 ベッドサイドに作りつけのラジオにそう書いてあった。

2001-03-10 (6) 19:45:10 +0900

ホテルの浴室に「ユニットバス内での染髪はご遠慮下さい」と書いてあった

一月下旬に出張で泊った広島のビジネスホテルで見た。 自分のうちで染めると後始末が大変なのでビジネスホテルで、 という人がいるのだろう。 そういう自分も、伸ばしたヒゲはホテルで剃ったりする。:-)

2001-03-10 (6) 19:35:30 +0900

ベートーベン弦楽四重奏曲第 14 番第六楽章は葬送の音楽か?

嬰ト短調で書かれているが、 嬰トは変イと異名同音であり、 ピアノソナタ第 12 番の葬送行進曲は変イ短調だ。

標題音楽でないことはわかっているが。

2001-03-10 (6) 19:19:11 +0900

ベートーベン「運命」第二楽章>変イ短調のメロディーは葬送の音楽か?

167 小節目からの、 木管楽器が主題を短調に変えて吹く部分は、 ピアノソナタ第 12 番の葬送行進曲と同じ変イ短調だ。

標題音楽でないことはわかっているが。

2001-03-10 (6) 19:15:19 +0900

ミサを書いていない作曲家をまねて誰かがミサ曲を書くとおもしろいかも

ワーグナーとかショスタコーヴィチとか。

2001-03-10 (6) 19:07:39 +0900

ブルックナーのミサが彼の交響曲のパロディーのように聞こえるときがある

最近ブルックナーのミサ曲を聞き始めた。 彼の交響曲はそれなりに聞いてきたので、 誰かがそれをまねして書いたパロディーのように聞こえるときがある。

2001-03-10 (6) 19:06:12 +0900

ブルックナーのミサが替え歌(?)に聞こえる

最近ブルックナーのミサ曲を聞き始めたが、 ベートーベンのミサ・ソレムニスばかり聞いていたせいか、 替え歌に思えてならない。 いや、替え歌はメロディーが同じで歌詞が違う。 ここでは歌詞が同じでメロディーが違うんだから、 これはなんと言うべきか。

2001-03-10 (6) 19:00:35 +0900

「インキ」は「インク」に代わったが「ケーキ」は「ケーク」とならなかった

……のはなぜか。 いや、 もしかしたらいまは一部では「ケーク」と言っているのかも知れないが。

2001-03-10 (6) 18:19:44 +0900

針が3時10分を指して3月10日を示す腕時計は作れないか?

現在のクオーツ式アナログ腕時計には、 中味はコンピュータに近いものがある。 ある操作をすると秒針がふだんよりも速く動いてある情報を知らせてくれたりするが、 だったら、月日を針で知らせることも可能ではないだろうか。 きょう3月10日だったら、 あるボタンを押すと針が3時10分を指すとか。 秒針で曜日を表示することもできる。 電池の消耗が早そうだが、自動巻き発電やソーラーなら問題ない。

ところで、 カレンダー窓を作らないことには、 対称性を崩さないというデザイン上のメリットがある。

2001-03-10 (6) 18:16:54 +0900

右腕用腕時計のカレンダーは「10 土」のように「日」「曜」の順?

普通の腕時計は3時位置にカレンダーが 「土 10」のように「曜」「日」の順で表示される。 これは「曜」が 14 通りに対し 「日」は 31 通りなので「日」を外側にするほうが作りやすいからだろう。 ということは、 左ききの人のための右腕用腕時計で9時位置にカレンダーを出すとしたら、 「10 土」のように「日」「曜」の順になるのだろうか。 どちらが見やすいだろうか。

2001-03-10 (6) 18:11:23 +0900

2001-03-07 (3) の日記 --- 1999 年の新聞を読み終わる

読み切れなかった新聞を 「先入れ後出し」あるいは「後入れ先出し」 で積んでいる話は前に書いた。 1999 年分を読み終わる。 最初に残ったのは、 江藤淳氏の自殺を伝える 7 月 23 日のものだった。

2001-03-10 (6) 18:07:44 +0900

南半球では「秋のお彼岸」の中日が「春分の日」? 秋に「春のお彼岸」?

「春分の日」は南半球でも三月下旬だ。 しかしこのころは南半球は秋。 ということは南半球では「秋のお彼岸」 の中日が「春分の日」になるのか、 秋にくるのを「春のお彼岸」と呼ぶのか。 いずれにせよ慣れないと間違えそう。

2001-03-10 (6) 18:04:26 +0900

ワーグナー「ベートーベンまいり」の英国人は「こち亀」の白鳥麗次に似てる

ワアグナア「ベエトオヴェンまいり」 (高木卓訳、岩波文庫) に出てくる英国人は 「こち亀」の白鳥麗次に似ている。

(このネタは前から書こうと思っていたのだが、 字を正確に覚えていなかったので書けなかった。 先週のこち亀のエンディングの、 登場人物あてクイズの答えでわかったので。)

2001-03-10 (6) 17:57:46 +0900

2001-03-10 (6) の日記 --- 先週の「こち亀」を見返す

「聖橋、白線流し」。 纏(まとい)ちゃん再登場で期待していたのに途中で 「こち亀・ザ・ムービー」と同じオチだとわかってしまった。 それでもああいう内容だからもう一度見返したのだった。

2001-03-10 (6) 17:49:34 +0900

「テレビを見るときは部屋を明るくして」と言うが戸外で見てはいけないのか

「こち亀」の冒頭に 「テレビをみるときは/へやをあかるくして/はなれてみてね」 と出るが、 戸外で見てはいけないのだろうか。 理科年表によると、那覇では夏至のころは19時半ごろまで明るいようだ。 ちなみに、この番組は金沢では19時から30分間放送される。

憲法に「戸外でテレビを見る権利」を明記しよう。 (←冗談です。)

2001-03-10 (6) 17:45:03 +0900


すのもの Sunomono