すのものの「いろいろ」(その120)

朝日新聞>牧師と法王が会うことの意義が一般読者にわかるかな

4日づけ大阪本社版社会面の、ローマ法王死去の記事。

ハンセン病国立療養所「邑久光明園」(岡山県)の入所者らを支援している牧師、 播磨醇さん(73)は89年、入所者とともにバチカンに招かれ、法王に会った。

牧師というからにはプロテスタントだろう。 そう書かなくて、一般の読者にわかるかな。 プロテスタント教会とヨハネ・パウロ2世との関係はこの日の朝日新聞には (これ以外)書かれていなかった。

2005-04-07 (4) 03:07:27 +0900

朝日新聞>「教会が用意した「焼香」を行いローマ法王の冥福を祈った」

4日づけ大阪本社版社会面の、ローマ法王死去の記事の写真に 《礼拝に訪れた人たちは、 教会が用意した「焼香」を行いローマ法王の冥福を祈った=3日、 神戸市長田区の鷹取教会で》とある。 カトリックも「礼拝」って言うんだっけ? 「冥福」って仏教用語だろ?

本文には《追悼ミサが開かれた》とあった。 でも《信者約200人が冥福を祈った》とも。

2005-04-07 (4) 03:01:24 +0900

「枢機卿」を百姓読みして「くきそく」とか言ってる人もいるだろうな

ローマ法王死去の記事を見てふと。

2005-04-07 (4) 01:59:49 +0900

数研出版の広告に「日本=算数が苦手な国」

3日づけ朝日新聞大阪本社版の全面広告に 《もしもこのまま「日本=算数が苦手な国」になってしまったら》 とあるが、 もしも本当にそうなったら、 「算数が苦手な国=日本」にもなってしまうではないか。

このような「=(イコール)」の使い方はときどき見かける。 論理学の観点からはおかしいが、許容範囲であろう。 しかし、算数の学力低下を訴える広告に使うのはどうかな、と思ったのだった。

2005-04-07 (4) 01:36:52 +0900

「正論」年間予約の「何月号から明記しハガキを」は一年間ずっとそのままだ

3日づけ朝日新聞大阪本社版第一面の下に広告が載っている。 ここの広告はだいたい目を通すので、 《「正論」の「年間予約購読受付中!」の「何月号から明記しハガキを」》 を書いてからちょうど一年間、毎月ずっとこの文章のまま、ということだ。

2005-04-07 (4) 01:18:28 +0900

要約筆記で話が通じるならそのように要約して話せばどんどん進むのでは

少し練習してみるか。

2005-04-07 (4) 01:05:19 +0900

NHKラジオ「英会話上級」>二回めも聞いたぞ / 生で一回、録音で一回

「英語リスニング入門」「ビジネス英会話」 と違ってなんだかリラックスして聞けるのは、

などの理由だと気がついた。 Key Expressions の説明があって、 それを使って和文英訳をするのも以前と同じだ。 なんだかほっとする。

番組のあと、 スキットなどを一二度読んだら復習はすんだことにして、 テキストは捨てよう。 そうでないとたまってしかたがない。

2005-04-07 (4) 01:01:51 +0900

降りるとき払いのバス運賃は乗ったときに持っていないと無賃乗車になる?

金沢のバスの話。 同じ行き先のが二台続き、 前のバスがあるバス停にとまったとしよう。 後ろのバスは、そこで降りる乗客がいない場合、 そのバス停に止まらず、追い越して行くことがある。 バスに乗る際にお金を持っておらず、 途中で乗ってきて落ち合う予定の人が払うつもりだった、 という場合に困るわけだが、 約款ではどうなっているのだろう。無賃乗車にされてしまう?

2005-04-07 (4) 00:49:19 +0900

また突然、左手で字を書くのがうまくなった

先日、聴覚障害者のための要約筆記の講習会に出てみたら、 わずか二・三分の筆記でも利き腕の右手が痛くなった。 そこで、ふと、左手で文字を書く練習を再開してみたら、 最初はひどかったが、突然、かなり速く、きれいに書けるようになった。 もう少し練習してもうほんの少しスピードが出れば、 左手でも要約筆記ができるかもしれない。

付) こういうとき、ふと不安になる。 もうじき、何らかの原因で右手が利かなくなるのではあるまいか?

2005-04-06 (3) 22:20:34 +0900

大学などの授業科目名が同一であるかどうかはどう判断するのか?

同一名称の授業科目を二つ以上履修しても、 二つめからは単位を認められないのが普通である。

その1. 「**学A」「**学B」 のようにアルファベットのついた科目群があり、 「**学I」もあったとする。 英語読みすればアイである。 一方、ローマ数字を使った「**学 I」「**学 II」もあったとする。 前者の(英語読みすれば)アイと後者の一とは区別されるのだろうか?

その2. 印刷物に「ギリシア語A」とあって、 ギリシア文字かアルファベットか、すなわちΑかAか、 判断のしようがないとする。 たいていは後者だろうが、 これを担当する先生が冗談で“ギリシア語アルファ”と読み、 一方、他の先生は自分の授業を英語式に「ギリシア語エー」と読んだとしよう。 この二つは同一科目とみなされるだろうか?

2005-04-06 (3) 20:50:31 +0900

ドライブスルーを「ドライ・ブス・ルー」と切って解釈するやつはいないか

「ぶす」は狂言に出てくる毒薬の名前。

2005-04-06 (3) 20:28:14 +0900

シェファーの棒記号と逆ポーランド記法で論理式を書く

a|b := ~a v ~b で定義されるのがシェファーの棒記号だった(はず)。 ~a は ~a v ~a だから a|a と書ける。 a v b は (~a)|(~b) なので (a|a)|(b|b) となる。 よって、どんな論理式もこの記号一つとカッコだけで書ける。

ここで逆ポーランド記法も使ったら、 ~a は「aa|」、a v b は「aa|bb||」となってカッコもいらなくなる。

2005-04-06 (3) 20:26:17 +0900

Micheal でマイケルと読むこともあるのか / 日本ハムのマイケル中村選手

3月18日づけ朝日新聞の、プロ野球の別刷り特集の選手一覧で知った。 マイケル中村選手の登録名は MICHEAL だそうだ。 英語なら MICHAEL である。

2005-04-06 (3) 02:26:17 +0900

書名「喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな」をトイレとカン違いした

少し前に出た本だと思うが、 3月18日づけ朝日新聞の、 プロ野球の別刷り特集第一面に漫画家の倉田真由美氏が書いておられ、 経歴紹介に《斎藤孝さん(明大教授)との共著 「喫茶店で2時間もたない男とはつきあうな」》 とあって思い出した。

私は出されたものには口をつけるたちなので、 つがれるままに水を飲んでしまう。 よって、 2時間どころか30分もしないうちにトイレに駆け込むことになるのだった。

2005-04-06 (3) 02:22:56 +0900

朝日新聞>ビクターの社名はラテン語の victor そのものではないのか?

3月19日づけ大阪本社版 be の b5 面「キミの名は」は日本ビクター。 会社などの命名の由来のコーナーだ。 そこに《同社によると、 社名の起源は勝利のビクトリーからの変形など諸説あるという》とあるが、 Victor はラテン語の単語そのままじゃないか。

2005-04-06 (3) 02:17:23 +0900

死者が霊魂になって見守ってくれるように、というのは原初的感情?

3月18日づけ朝日新聞大阪本社版文化面 「こころのいま --- オウム事件から10年」の下。 《三木英・大阪国際大教授(宗教学)》が 《「霊魂になったおばあちゃん、 どうか見守ってね……といった人間が本来持っている原初的感情が基盤になっている》 と語っているが、 これは本当に原初的感情なのだろうか?  死者は生きているものに祟りをなす存在であって、 そうならないように押し込めておくのが葬りの儀式だった時代もあったのでは。

2005-04-06 (3) 02:11:51 +0900

朝日新聞>pyxis を「ピクシス」と読むのはラテン語?

3月18日づけ大阪本社版経済面「関西金融事情」に 《「ピクシス」はラテン語で、 小星座の「らしんばん座」の意味》とあるが、 つづりは pyxis だから「ピュクシス」かと思われる。 英語にもこのままの形ではいっていて、そちらは「ピクシス」に近く発音される。

2005-04-06 (3) 02:03:06 +0900

美容院の客の髪色が明るいと景気上昇、とは白髪の老人客が増えることか?

3月18日づけ朝日新聞大阪本社版経済面 『「街角」の景気 ウオッチャーが報告』に 《北陸地方で美容室を営むウオッチャーからは 「このところ客の髪の色が暗めになっている。 明るめになれば景気もよくなっていくのでは」との声も》とある。

明るく染めてくれとの注文が増えればの意味なのか、 白髪の老人客が増えれば、の意味なのか。

2005-04-06 (3) 01:56:38 +0900

朝日新聞>本文に半角(?)数字を使用

3月18日づけ大阪本社版総合面「土星の衛星に大気」。 《500キロまで接近》の「500」は縦書きで

5
0
0
のようになっているが幅が朝日の普通の数字よりも細い。

版によっては横書きだった?

2005-04-06 (3) 01:51:50 +0900

横軸に刻まれる目盛りは縦軸に平行な線分で記される

3月23日づけ朝日新聞大阪本社版文化面の、 音楽学者岡田暁生氏による高橋悠治「ゴルトベルク変奏曲」のコンサート評。 《クラシック音楽の楽譜というと、 何か方眼紙のようなイメージがある。 横軸には五線が、縦軸には小節線が、等間隔で整然と引かれた設計図》 と始まるが、 「横軸が小節線で、縦軸が五線では?」と思ってしまった。 氏の考え方では、 横軸に平行に引かれたのが五線、縦軸に平行に引かれたのが小節線、なのであろう。 私は、横軸に目盛りのように直交するのが小節線、 縦軸に目盛りのように直交するのが五線、と考えた。 そこで逆になったのである。 ここは話のまくらに過ぎないので、どうでもよいところだ。 私も、最初に読んだときはぼんやりと読み飛ばしてしまった。

本項で私が言いたいのは、数学で座標平面を教えるときのことである。 気をつけないと、こういうところで分からなくなる生徒がいるかもしれない。 横軸に x の値を記入しよう、というとき、縦に短い線をひいて数字を記入する。 ここで縦と横が入れかわっているのである。

2005-04-06 (3) 01:32:54 +0900

朝日新聞>be の「愛の旅人」では同性愛も取り上げられるんだろうな

2日づけ大阪本社版の本体のほうに、特集面がある。 《読者のみなさまに心に残る愛を募集したところ》 とあって上位いくつかが載っているのだが、 どれが男女の愛でどれが同性愛なんだか、わかるように書かれていない。

付)

が普通でないかな?

2005-04-06 (3) 01:20:30 +0900

アクセントが違っても標準語? / アクセントの記法を知っている人は少ない

2日づけ朝日新聞大阪本社版芸能面「シアター05」は 「方言落語は人気上昇中」。 初めの七割ぐらいは方言でやる落語の話。 その次の段落を引用する。

地方出身の落語家が最初に苦労するのは東京や大阪の言葉。 幸丸は「ハシ(橋、箸)やカウ(買う、飼う)などのアクセントに苦労した。 師匠米丸にも 『教えているうちにこっちもわかんなくなっちゃった』 と迷惑をかけた」 と振り返る。 特に上方では地域や職業・身分によって言葉が大きく異なる。 旧満州生まれで姫路育ちの桂米朝もアクセントをかなり直されたという。

ここだけは、アクセントの話だ。 そこで、記事とは関係なしに、考えたこと二つ。 アクセントを書き記す記号はまだまだ知られていない。 知られていれば、そういうのを見て勉強することができるはずなのに、 師匠に直してもらっている。 もう一つは、 アクセントが標準語と違っていても、標準語として通じてしまう。 だから、東京や大阪で暮らしてもなかなか直らない。

ところで、このあとはまたアクセントの話から離れる。 上の引用部分の終わりから二つめの 《特に上方では地域や職業・身分によって言葉が大きく異なる》 はアクセントのことか、それ以外のこともこめて言っているのか、不明。

「〓喜郁」と署名あり(「〓」は「専」の上半分の下に「日」)。

2005-04-06 (3) 01:15:24 +0900

体操選手が野球の始球式をつとめると、足を頭の上まで上げることも可能では

マンガの女性投手が頭の上まで足を上げて投球モーションにはいったりする、あれ。

2005-04-06 (3) 00:53:14 +0900

朝日新聞>針穴写真とデジタル写真は対になる概念ではないと思うが

2日づけ大阪本社版文化面の、針穴写真の記事。 《デジタルカメラ全盛の今、なぜ、 ぼやけたように写る極めてアナログな針穴(ピンホール)写真なのか》 とあるが、 カメラの「デジタル」と「アナログ」の違いは、 写したものをデジタル化して記録するか、 アナログ的にフィルムなどに記録するかの違いであるから、この対比はおかしい。 デジタルカメラにピンホールをつけて撮影することも可能なはずだ。

2005-04-06 (3) 00:50:53 +0900

朝日新聞>「Poisson d' avril」は「d'」のあとのスペースが余分

2日づけ大阪本社版 be の e5 面の、日野原重明氏の文の中に。

2005-04-06 (3) 00:40:28 +0900

研究社「露和辞典」の「携帯版」って携帯電話で見るやつと思われないか

5日づけ朝日新聞大阪本社版第一面下の広告を見て、ちょっと心配に。

2005-04-06 (3) 00:38:57 +0900

「外商」を「外積」の逆演算か何かと誤解している人はいないか

デパートに「外商サロン」というコーナーがあるが、 何のことだか全くわからない。

2005-04-05 (2) 21:56:22 +0900

「もく拾い」と「黙示録」は音が似ている(かも)

本文ナシ

2005-04-05 (2) 21:54:44 +0900

朝日新聞>be between の「サマータイム」アンケート

3月26日づけ大阪本社版 be の b7 面、be between のテーマは「サマータイム」。

「朝1時間早まったら、電車があるかどうか心配」 「私は主婦だから関係ない」 「テレビの放送時間も1時間早まるのか。それが一番知りたい」など、 サマータイム制度自体をよく理解していない意見も目立ちます》。

とりあえずはそう言えると思うが、 夏時間実施中も時計の上ではいままでと同じ時間帯で生活できる、 という保証は、やってみないとわからない。 たとえば、デパートが19時閉店とするといまの18時。 真夏だとまだ暑いだろう。 涼しくなってからお客がくるようにと20時閉店にし、 その分、朝は11時からにします、となると、 単に時計の針をずらしただけで、夏時間を導入した意味はなくなる。 役所などだけが(時計の上で)従来通りの時間帯に開き、 民間企業などは一時間遅れ、とならないとは言えまい。 そうなると、 公共交通が夏時間実施中はダイヤをあとにずらすことも考えられる。 (夏時間の趣旨からすれば、 夏時間実施中も時計の上では同じ時刻に走らなければならない。 しかし、何か理屈をつけて、夏時間実施中は朝の便を減らし、 夕方の便を増やした別ダイヤで走るのである。)

夏のテレビ放送といえばプロ野球のナイターが思い浮かぶが、 ドーム球場でない場合、いまの17時開始だと夕日がまぶしいかもしれない。 時計の針を進めた分だけ、 (時計の上で)ゆっくり起きてゆっくり寝る、という人が増えてくると、 結果的に、夏時間実施中は番組があとへ1時間ずれることも考えられる。 21時に始まるのが普通だったジャンルの番組が、 4月から9月までは22時開始になる、などである。

(「私は主婦だから」は、 用事ははしためが全部やってくれるから関係ない、 というならその通りであろう。 夫がやってくれる、というのでも同様。)

質問のしかたに問題があるのではないかと思われるのが 「夏の夕方にもう1時間使えたら?」。 夏時間を実施しても、もう1時間余暇ができるわけではない。 仮定のうえで尋ねているのだから間違ってはいないのだが、 1時間余暇が増えるように誤解する人もでてくるだろう。 「夏の勤務時間が一時間くり上がったら、退社後なにをしますか?」 など、聞き方はあると思う。

(たぶん)自由記述欄の回答から、 印象に残ったものを引用しておこう。 《兼業農家など、朝の時間を利用している人にとっては迷惑》。 なるほど。そう考えたことはなかった。 《早く夜が明けたら、働こうなんて考えないで散歩でもすればよい。 時計を進めてなんになる》。 労働時間を長くすると誤解しているのではないかやや心配だが、 最後が気に入った。 余暇は仕事のあと、というのは単なる思い込みなのである。

担当 小山内伸」と署名あり。

付) このコーナーのさし絵は、 目に白目がなく目全体がまっ黒な人の登場する、 いつ見ても不気味なものだが、 今回のは 4 時を指している時計をかけている、 あるいははずしている人のイラストだ。 著しく不安なのだが、 ワシントン、ニューヨークなどと同時に夏時間に切り換える、 と誤解しているのではあるまいか? そこのローカルタイムで午前 2 時、 世界協定時では午前 7 時、日本では午後 4 時である。

2005-04-05 (2) 02:17:13 +0900

テレビの放送時間については、次のように考えることが必要だった。 いまの 19 時台は、夏でも日が落ちて、 そろそろ家にはいろうかという時間帯である。 テレビ局としては、そういう人々を対象に番組を作っているのだろう。 夏時間が導入されると、 実施中の 19 時台はいまの 18 時台で、まだ日が出ている。 夏時間推進派の中には、 仕事の後で屋外レジャーにお金を使う人を当てにしている人たちもいるようだが、 本当にそのとおりになった場合、 夏時間の 19 時台は、いまの 19 時台ほどはテレビの前に人が座っていない。 だから、いまの 19 時台の番組は 20 時台にずらして放送、ということも考えられる。 こうやってすべての番組が後へずれてゆくと、 二時間ドラマや洋画劇場は 22 時から、なんてこともありえるわけだ。 この人の心配は杞憂ではない。

2005-04-10 (0) 17:15:06 +0900

この欄のさし絵だが、 実在の人物の場合は普通に目を描くようだ。 たとえば、9日づけのにはカルロス・ゴーン氏と思われる人物が描かれているが、 目元は全く普通の似顔絵と変わらない。 ということは、一般市民を描いた場合のあの目は、 目に黒い線を入れて誰だかわからなくしているつもりなのだろうか?

2005-04-14 (4) 02:25:13 +0900

夏時間開始日に間違って時計を「戻す」と二時間遅れになって悲惨だ

3月31日づけ朝日新聞大阪本社版オピニオン面「声」の、 ドイツの主婦、マトイス桂子さんの投書「夏・冬時間の変わり目大変」に 《3月と10月の最終日曜の未明に時間が変わる。 毎回、果たして時計を戻すのか、進めるのかが分からない》 とあるのを最初に読んだときは「まさか!」と思ったが、 一時間ずらすことは覚えていても、どちらにずらすのかはカン違いしやすい。 「春には日の出の時刻が早まっているのだから時計の針を早いほうへずらすんだ」 と考えて時刻を戻す人がでてきそうだ。 これでは逆。正しくは一時間進めるのである。

夏時間が始まったことに気づかず約束に一時間遅れてくる人が必ずいるものだ、 と聞いたことがあるが、二時間遅れてくる人がいるかもしれないわけだ。 悲惨。

付) 夏時間を導入するよりも勤務時間をくり上げるほうが私はいいと思うが、 そのメリットがまた見つかったことになる。 これならどちらにずらすかを間違えることはないだろうから。 間違って「日が長いんだからくり下げよう」と考えれば逆になるが、 この間違いは時計の針をずらすタイプの夏時間でも起こりえることだ。 それに、この場合は夏期の勤務時間帯をはっきりと伝えるだろうから、 間違いはまず起こらないと思う。

付) 夏時間導入が決まると「従来の時計は使えなくなります」 といって時計を売りつけて歩く詐欺が出るのではと私は心配していたのだが、 本項を書いているうち、ますます心配になってきた。 「手でずらせばいいから」と断ろうとする人に 「どっちにずらせばいいかわかっていますか?」とか何とか巧みに畳みかける。

2005-04-05 (2) 01:29:08 +0900

NHKラジオ「新基礎英語2」って結構レベルが高いんだな

先日、ちょっと体調を崩して寝ていたとき。 18時台にNHKのラジオ第二放送をつけたら英語番組をやっていた。 文法の説明もあったから中学生向けだとわかったが、 これだけのことがきちんと言えるようになったらかなりの内容が話せるな、 というレベルでもあった。

いま、当時の番組表を見たら、18時台は 「新基礎英語1」「新基礎英語2」「新基礎英語3」の順であり、 それに「英語リスニング入門」が続く。 「英語リスニング入門」は聞いていたし、 その前の「新基礎英語3」も、直前の番組だから、 出演者の声・テーマソングを知っている。 それらでなく、かつあまり初級でもなかったということは、 「新基礎英語2」だったということか。 中学二年生の英語をきちんとマスターすればかなりのことが言えるということだな。

言い方をかえれば、 「英語は習ったのに全然話せない」 という大人はとりあえずNHKの英語講座を二年間聞いてみることだ。

2005-04-04 (1) 23:55:57 +0900

NHKラジオ「英会話上級」が始まった / 遅れずに聞いてゆこう

NHKラジオの語学番組はきょうから新年度。 「英語リスニング入門」がなくなってしまったので、 「英会話上級」を聞くことにした。 「英語リスニング入門」はまだ昨年度九月分を聞いているところだが、 それとは別に、こちらは遅れずに聞いてゆくことにした。

講師はマーシャ・クラッカワーさん、ゲストはジェフリー・クラークさん。 テキストを見て思い出したが、 3年前までこのコンビで「英会話」を担当しておられたのだった。 聞いてみると、あのころの「英会話」とレベルもノリもほとんど変わらない。 ってことは、以前、「英会話」しかなかったころには、 「むずかしすぎる」という声があったんだろうな。 (今年度はほかに「英会話入門」と「英会話中級」がある。)

最後に Jeff が "Join us tomorrow!" と言っている。 「月・火」「水・木」「金・土」 が同じ内容になったってことについていってない。:-)

放送は 14:45-15:00 と 19:20-19:35 の一日二回。 だから同じ内容が四回放送されることになる。 日曜日のまとめての再放送はなし。 こりゃ出張がむずかしくなるな。

付) あと、「ビジネス英会話」も聞こうと思っているが、 こちらは半年分テープがたまっている。 同じ杉田敏先生だからこちらは古いほうから聞こう。 放送時間も変わらず。 「月・火」「水・木」「金・土」が同じ内容で、 22:45-23:00 の一度のみ。 その代わり日曜日の 11:00-11:45 に三本続けて再放送される。

2005-04-04 (1) 22:36:44 +0900

きょうの補筆箇所

2005-04-04 (1) 03:18:59 +0900

朝日新聞「あのね」>句点が落ちている箇所 / 新人が担当したと思われる

1日づけ大阪本社版生活面「あのね」。

ニューヨークを旅行中、親類の夫婦に案内してもらったのに、 「何であの人たちはどこでもついてくるの?」

(アメリカ在住 富田 遼・4歳)

この場合、この欄の慣習では最後に句点がつく。 《朝日新聞「あのね --- 子どものつぶやき」の閉じカギカッコあとの句点》 参照。 ほかにあと二つがこのタイプだが、それらは合っている。 四月からレイアウトが新しくなった。 担当者も変わってまだ不慣れ、と見たぞ。

2005-04-04 (1) 03:18:00 +0900

朝日新聞>高校野球では四文字姓の選手に特別な活字を用意しないので誤解も

…生じえる。記録の欄で

[三]一番ヶ瀬
を見た場合、一番ヶ瀬君がずっと三塁を守ったのか、 番ヶ瀬君が三塁手で先発し途中で一塁に回ったのか、 どちらともとれるのだ。

2005-04-04 (1) 03:08:24 +0900

朝日新聞>「檸(れ)檬(もん)」というふりがなのつけ方は正しいか?

1日づけ大阪本社版経済面 『梶井基次郎「檸檬」に登場 / 京都の丸善、9月閉店へ』 の本文で、 「檸」に「れ」、「檬」に「もん」とふりがなが振られている。 「檸檬」全体に均等に「れもん」と振るべきではあるまいか?

ひらがなでなくカタカナで振ることも考えられる。 もしも「ふりがなはひらがなで」と決まっているなら、 「ヴ」のひらがな「う゛」の意味のある使用例が見つかるかもしれない。 (massangeana 氏の話では、ネット上では見つからないらしい。)

2005-04-04 (1) 02:52:40 +0900

朝日新聞連載小説「讃歌」>室内楽って「楽団」だっけ?

3月31日づけ大阪本社版掲載分の第 192 回。 終わり近くに 《「室内楽の内声部は難しい。 楽団の癖をのみ込んでいるか、 アンサンブルに相当慣れてないといきなり入っても、 なかなか弾けるものではない」》 とある。 ヒロイン園子が加わっていたのは室内オーケストラのような楽団で、 そこのビオラパートの一員だったのだと思っていたが、違った? つまり、 一つのビオラパートを弾く奏者が何人かいる楽団。 そういうのは普通は「室内楽」とは言わない。 (弦楽五重奏でビオラが二パートあれば当然ビオラ奏者が二人いるが、 それは話が別。)

2005-04-04 (1) 02:02:33 +0900

煩悩は首の後ろについているような気がしてならないときがあったが……

それは盆の窪とごっちゃにしていたのであった。やっとわかった。

2005-04-04 (1) 00:52:42 +0900

時計>ローマ数字の文字盤で4時位置に小秒針か日付か小窓をつけると……

4時が「IV」か「IIII」かという問題と無関係になる(かも)。 小窓は、部分的なスケルトンを想定している。 そこだけ文字盤がくりぬかれていて中の機械が見えるのである。

2005-04-04 (1) 00:50:44 +0900

「加賀」が能登に対しての加賀ではなく加賀市周辺を指すことがあるので注意

北鉄バスの「加賀地区」はそうらしい。 金沢市近郊ではこうだが加賀地区ではこう、 というように使われるので注意が必要である。 加賀藩の中心が金沢だったということを知らなければ問題ないのだが。

2005-04-04 (1) 00:20:53 +0900

合併後の市町村名に旧国名が使われるのは全国に知られているからだろう

「越前」「丹波」といった旧国名がよく使われるが、 少しでも全国に知られている名前をつけたい、と考えるからだろう。 農産物の出荷のときなども有利である。

2005-04-04 (1) 00:20:38 +0900

朝日新聞>縦書き見出し「乗客の安全が第1なのでは」の算用数字は変では

3月29日づけ大阪本社版オピニオン面「声」の投書の一つのタイトル。 本文中には「第一」とある。

2005-04-04 (1) 00:17:01 +0900

朝日新聞>「シェイクスピアはべーコン」という誤植 --- 「べ」がひらがな

3月29日づけ大阪本社版文化総合面の、 梅原猛氏の「反時代的密語」に 《シェイクスピアはべーコンであるという説が古くからある》と。 「ベーコン」は何度か出てくるが、誤植は一箇所のみである。

2005-04-04 (1) 00:13:19 +0900

トンデモ数学書>日戸宗太郎「数学の基礎の研究」(その2)

トンデモ数学書>日戸宗太郎「数学の基礎の研究」》 の続きである。

98 ページ「整列可能の謎」。 (引用は段落の途中からであったり途中までであったりするが断らない。 また、M や N の上に横棒をひいた記号は M¯, N¯ で代用した。)

すなわち
B いかなる整列集合も、 その要素の順序を考えに入れなければ、可附番集合である。
この推論についてはすべての集合論研究者の容易に想い到るところであり、 また既知のことであろうと思うが一般に集合論の著作はこの辺の処理に触れていない。 その理由は恐らくこれを明白にしようとする意図が、 集合論の展開に際して自縛をもたらす可能性があるからであろう。

この“証明”は以下の通り。

念のために我々は B を帰謬法によって確認してみよう。 任意の整列集合を M とする。 M から順序の概念を捨象した集合、 すなわち M の要素をその要素とする集合を M¯ とし、 M¯ は可附番でないと仮定する。 M も M¯ も同じ要素から成る集合であるが、 M¯ の要素は整列していないと考えるのである。 仮定により M¯ は可附番でないから、 上に述べた方法によって M の初めのほうの要素を要素とする可附番集合を逐次拡大して行くとき、 もうこれ以上拡大すると可附番に止まることができないという最大の限界があるはずである、 さもなければ M¯ は可附番になってしまうであろう。 この可附番集合を N¯ とする。 N¯ は可附番集合で順序を考慮のうちに入れていない。 N¯ に応ずる M の部分集合を N とすれば、 N は整列集合で M の初めの方にある。 M-N は M の部分であって、また整列集合である。 ゆえに整列集合の定義に従って M-N には最初の要素がなければならぬ。 これを Ω とする。 さて N¯ に Ω を付加して拡大した集合 N¯+Ω は明らかに可附番である。 これは N¯ が最大の可附番集合であるとした仮定に反する。 ゆえに M¯ は可附番集合である(証明終り)。

「上に述べた方法によって」というのは、 単純に小さいほうから順に順序数を書き出してゆく操作を指す。 その直後の

が誤りである。 順序数の集合には最大元があるとは限らない。 たとえば は偽である。 ω+1 までの順序数 0, 1, 2, ..., ω, ω+1 を考えると、 有限集合でない最小のものは存在する。ω がそれである。 しかし、有限集合のうちの最大のものは存在しない。 ω より小さいものはどれも有限集合だし、ω は無限集合である。 (なお、もしこの命題が真だとすると、 有限集合に一元を加えても有限集合だから、 すべての整列集合は有限集合であることが示せる!)

しかし、じゃあ、 非可算である最小の順序数は何? と聞かれると、私にはわからない。 実数体に整列定理を適用して得られる整列集合と順序同型な順序数? じゃないや、 もしもそれが非可算な元を含まなければそれが答えだが、 非可算な元を含むならそれらのうちの最小のもの、だ。 (仮に最小の可算順序数が何であるか知らないとして、 自然数全体の集合を整列してそれを得ようとしてみよう。 得られたのは ω かもしれないが、 それよりも大きな順序数かもしれない。 後者の場合は可算な元のうちの最小のものをとらないと、 最小の可算順序数は得られない。 それと似ている。)

付) 上の“証明”でいったん順序を忘れるのは何のためだかわからないけど、 まあいいや。

2005-04-03 (0) 23:47:18 +0900

可換でない演算を加法で書く例 --- 順序型の和

ω+1 ≠ 1+ω とか。

2005-04-03 (0) 19:10:21 +0900

真の社会主義は実現していないと思うが「自称社会主義政権」とは言わないな

本文ナシ

2005-04-03 (0) 19:06:47 +0900

サザエさん>ワカメちゃんの声が変わったらJAバンクのCMの声も変わった

先ほど放送分から声優が変わった。 まだちょっとなじめない感じ。 JAバンクのCMが間に流れるが、そこに登場するワカメの声も変わっていた。

2005-04-03 (0) 19:04:34 +0900

夏時間実施中も同一時間帯の時計を置くとしたら世界協定時? 日本標準時?

夏時間が導入されたとして、何かの際のために、 夏時間実施中もそうでないときも同一の時間帯の時計を部屋に置いておくとしたら、 世界協定時か日本標準時になるであろうが、 どちらがよいだろう? 後者のほうがなじみがあるが、 夏時間実施中に“正しい”時刻を示しているとカン違いするおそれもある。

夏時間を導入している国の人は普通こんなことしてないだろうから、 いらないのかな。

付) 24 時針がある場合、どこに合わせるか、が単なる遊びではない意味を持ってくる。

2005-04-03 (0) 17:30:14 +0900

ローマ字回文>Nezu, buzen(根津、憮然)

本文ナシ

2005-04-03 (0) 16:51:57 +0900

回文>「幸代の予知さ」(さちよのよちさ)

本文ナシ

2005-04-03 (0) 16:50:41 +0900

回文>「海賊船、三セク沿いか」(かいぞくせんさんせくぞいか)

第三セクターの鉄道に沿って海賊船が出る、というナンセンス。

しかし文章として不自然なところはないし、
セク 沿い
い沿 クセ
と、切れ目が行きと帰りとで互い違いになっているので、 私としては評価が高い。:-)

2005-04-03 (0) 16:48:32 +0900

腕時計をした腕をポケットに深く入れればそれでポケットウォッチじゃないか

腕時計までポケットにはいるから。 なーんてくだらないことを考えてみました。

2005-04-03 (0) 16:38:05 +0900

夏時間>時計の上でくり下げてよい時刻とそうでない時刻の目安はあるのか?

前項、特に「付」に書いたことを一般的に述べてみたもの。

2005-04-03 (0) 16:18:02 +0900

夏時間が実施されたら野外公園の開園時間帯はあとに一時間だけ延長される?

もしも夏時間が実施されたら、屋外の公園・庭園などは、 時計の上での開園時刻は従来通りとし、 閉園時刻を一時間くり下げるのではあるまいか。 せっかく太陽が出ているのに、従来よりも一時間早く閉めてしまってはもったいない。 夕方、屋外で余暇が楽しめる、という夏時間のメリットが生かせない。

しかし、もしそうだとすると、 公園の管理にあたる人などの労働時間が一時間だけ長くなる。 その分、訪問者も増えるだろうから、人の数を増やしたり、 増やさないまでも残業手当をつけたりする、ということになるのだろうか。

私は日本における夏時間の導入に懐疑的だし、 少なくとも議論が足りないと思うのだが、 これも、論じられていないことに気づいた点の一つである。

付)閉園時刻だけでなく開園時刻も時計の上で一時間くり下げる、 という案もありえる。 現在でも日の出の時刻を考えに入れて決めているような場合である。 ただ、日照と関係ない、 百貨店などまでが営業時間帯を時計の上で一時間くり下げてしまうと、 時計の針を一時間進める意義が全くなくなってしまう!

2005-04-03 (0) 16:08:39 +0900

回文>「和子は来ず、か……」(かずこはこずか)

本文ナシ

2005-04-02 (6) 19:01:55 +0900

朝日新聞>「どおりで」という間違い --- 正しくは「どうりで」

3月26日づけ朝日新聞大阪本社版 be の e7 面、「いわせてもらお」 の一つのタイトルが「どおりで」。 本文は 《髪を思い切り短く切ったら、どうも自分の姿が見慣れない。 電車でうたた寝し、うつらうつらの状態で前を見ると、 向かいの人が私を見ている。誰だっけ?……と思ったら、 窓に映った自分だった》だが、 ここにはつながらない。 つながるのは、そのあとの、名前代わりの「見覚えあるはずだわ」である。 だったら「どうりで」だろう。漢字で書けば「道理で」。

2005-04-02 (6) 03:07:21 +0900

「莉茉」と書いて「りま」ちゃんだと、「茉莉」と誤読されるだろうな

3月26日づけ朝日新聞大阪本社版 be の e7 面、 「この子の名前」に載っていた名前である。 投稿者は「横浜市、吉沢美奈子」さん。 どちらも草かんむりの漢字であり、常用漢字外である。 一字ずつの形をよく覚えず、「茉莉」全体で「まり」 と読んでいる人が多いだろうから、 逆になっていることに気づかれにくいのではあるまいか。 「茉莉花」にちなんでつけたそうだが、なぜひっくり返したのかは不明。

2005-04-02 (6) 02:59:48 +0900

補助犬がボタンを押したりするときは前足で、土足のまま?

3月25日づけ朝日新聞の、「愛・地球博」の別刷りの最終面の、 補助犬に理解を求める全面広告。

気になるのは、「エレベーターで」と書かれたイラストである。 犬は後ろ足だけで立ちあがり、前足でボタンを押している。 背景は単純化されているのでよくはわからないが、 一般のビルディングの、普通のエレベータのようである。 健常者は手でボタンを押すであろう。 そこを犬が前足で押して、衛生面は大丈夫なのだろうか。 補助犬そのものの衛生が十分に管理されていることは知っているし、 この広告にもそう述べられているが、土足は話が別である。 「犬が土足(?)で押しているんだから、それに手で触れたら不潔だ」 と考えて足をあげて靴でボタンを押す人が出てくるかもしれない。 食べ物も運ぶ可能性があるエレベータの場合、 運ぶ人がボタンを押すだろうと考えると、かなり気になる。

このあたりに、 靴のまま家にあがり、 床に座ったりもする欧米と日本とで感覚の差が出てくるような気がする。

この広告の別の箇所には、介助犬について、 《ドアを開けたり、電気をつけたり》するともある。 ホテルの客室のドアノブや電灯のスイッチも、足で操作するのだろうか。

広告に出ていた URI を載せておこう。 「http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/syakai/hojyoken/」。

付) 水洗式トイレのレバーを手で押すか足で踏むかという議論があるが、 「少しでも足で踏まれている可能性がある場合、 それを手で押すと不衛生だから」と考えて足で踏む人もいる。

注) 私は犬は苦手であるが、 補助犬については理解し、受け入れているつもりである。 ただ、 《盲導犬>旅館が「室内は土足厳禁だから」と宿泊を拒否することはできるか?》 でも取り上げたように、土足は気になる。

2005-04-02 (6) 02:54:53 +0900

上の URI の指すページを見てみた。 エレベータのボタン押しについては動画があったが、 犬は靴を脱いだりすることなく、そのまま前足で押していた。 関連する法律の条文が載っていたのでざっと目を通したが、 そこにも土足のことは書いてないようだった。

2005-04-02 (6) 21:22:35 +0900

朝日俳壇>選者は自転車の二人乗りと解釈するのを避けたのか?

3月28日づけ大阪本社版掲載分の、 稲畑汀子氏の選んだ句の一つ《三人に自転車二台水温む》。 熊本市の内藤悦子氏の作である。 稲畑氏の評に 《二台の自転車を押して行く仲間達三人》とあるのを見て、 なるほど、こういうふうに解釈すれば道路交通法違反にならないな、 と思ったのだが、作者の意図とあっているだろうか?

一人は幼児だったという解釈もあるが、 それよりは押してゆくほうがよいだろう。

2005-04-02 (6) 02:30:24 +0900

朝日新聞>ローマ法王の病状の記事のおかげ(?)で復活祭の日づけがわかる

3月28日づけ大阪本社版国際面 「復活祭メッセージ…のはずが / ローマ法王、声出ず」。 郷富佐子支局長の記事である。

復活祭の27日正午》とあるが、 移動祝日である復活祭の日づけは朝日新聞には例年は載らないのだった。

ところで、 《キリストが十字架にかけられた聖金曜日の礼拝》 と「聖金曜日」には説明がついているのだが、 復活祭はどういう日なのか、 一般の読者はどのくらい理解しているだろうか?

2005-04-02 (6) 02:19:54 +0900

「茶葉」に濁点をつけたのが「ジャバ」だと思い込んでいる人はいないか

「茶葉」は「ちゃば」と読むが、これって最近できた語? 重箱読みだし。

2005-04-01 (5) 23:29:44 +0900

「チューター」とは何か? なぜ「テューター」とならないか? / 他

この日本語を初めて知ったのは、某予備校の宣伝パンフレットでだったと思う。

英語の tutor に由来すると思われる。 名詞としても動詞としても使われるが、日本語では人だけを指し、 行為はささないようである。 (「チューターする」は「先生する」と同じ程度に普通でないと私は思う。)

新日本式ローマ字の元となった音韻論によれば、 /tju/ は /ti/ などと同じように、使われても不思議のない音である。 /dju/ は「デューク」などといった単語に使われているが、 その最初の子音を無声音に変えただけである。 英語の発音をカナで写せば「チューター」よりは 「テューター」「トゥーター」のほうが近いのに、 チューターで定着しているのはなんだか不思議である。 「トゥ」と書いたのは /tu/ であって、 これもよく使われる「ドゥ」の子音が無声化しただけのもの。

語源はラテン語の tutor であろう。u は長い。

2005-04-01 (5) 22:21:57 +0900

トンデモ数学書>日戸宗太郎「数学の基礎の研究」

職場の図書室で、日戸宗太郎「数学の基礎の研究」(1967 年、三晃堂) という本を見つけた。 題名からわかるように数学の基礎の研究を目指すと称している本であり、 哲学用語がちりばめられているが、 数学に関してはトンデモ本であった。 きょうはエイプリルフールでもあるので、その一例を紹介しよう。

78 ページ、「条件附収束級数について」。

初めに1つの思考実験を取り上げてみよう。 それ自身は重さのない1つの袋を考える。 この袋の中に可附番無限個の質点が入っていて、 それらの質点全部に自然数の番号がついているものと仮定する。 ただし同じ番号の質点はなくて、 番号 n の質点には、 n が奇数ならば 1/n グラムの重力が働き、 n が偶数ならば 1/n グラムの浮力が働くものとしよう。 このとき、この袋の目方は何グラムになるか。

解析学に従えばこの袋の目方は
1 - 1/2 + 1/3 - 1/4 + - ……
となって、 この袋の中の質点全部の重さは明らかに条件附収束級数の和を作る。 したがって項の順序を適当に定めることにより、 つまり、加算の順を適当に定めることによりこの級数の和は例えば
1 - 1/2 + 1/3 - 1/4 + - …… = log2
ともなるし、
1 + 1/3 - 1/2 + 1/5 + 1/7 - 1/4 + + - …… = (3/2)log2
ともなる。

けれども物理学的見地に立ってこの袋の目方を天秤によって測定するならば、 事柄はおのずから違ってくる。 この場合には加算の順は問題にならず天秤は個々の質点の重量を同時に捕えてしまうから、 もし分銅 A によって釣り合うならばそれと異なるほかの分銅 B によっては釣り合いの状態に入ることができない。 分銅 A が例えば log2 グラムであるか、 それとも (3/2)log2 グラムであるかということは判らない。 判らないというのは、対象にそのような不定の属性があるからで、 この不定は log2 グラムでも釣り合い (3/2)log2 グラムでも釣り合うのというのと全く事情を異にしている。 不定はなお合理的でありうるけれども矛盾は合理的ではないのである。

上の引用の終わり近くの部分は、 特に興味はないが、 全編の調子を知るのに適当だと思うので引用しておいた。

この本の著者は、

がそれぞれ無限大になることに気づいていないものと思われる。 つまり、この思考実験は、 「宇宙全体をこの袋の中に入れるとすると」 と言っているのと同じ程度に無意味なのである。

この誤解は、大学一年生であれば陥ったとしても全く不思議でないものである。

付) 活字の組み方が岩波の本と似ているなあと思ったら、 岩波の本も組んでいる精興社であった。

付) 「+ - ……」とか「+ + - ……」とかって書き方、あるのかな?

2005-04-01 (5) 21:35:44 +0900

歴史的かなづかい回文>「今宵のひよこ」(こよひのひよこ)

本文ナシ

2005-04-01 (5) 20:17:39 +0900

回文>「けだものは野茂だけ」(けだものはのもだけ)

野茂は実在の姓だが、この回文の内容はフィクションである。

2005-04-01 (5) 20:16:18 +0900

回文>「ナムコへこむな」

ナムコは実在の会社名。

2005-04-01 (5) 20:13:45 +0900

きょうの補筆箇所

2005-03-31 (4) 02:40:12 +0900

朝日新聞>『「貴様」は敬語でないの?』って「紙面から」に載せることか?

26日づけ大阪本社版第一面の「紙面から」に載っている。 本文は「疑問解決モンジロー」のコーナーで、 質問しているのはパリで生まれ育ち、両親は台湾出身という人。 質問には《漫画で見た「貴様」という言葉を、漢字の意味から、 「あなた」を丁寧に言う言葉だと思ってしまったのです》とあり、 気づかずに日本人上司に向かって使ってしまったというのだが、 これそのものは 「辞書をひかなかったのは失敗だったね」と言われてもしかたがないだろうし、 質問の内容 《「貴様」は最初から、 漢字の持つ意味とは全く反対の意味の言葉だったのでしょうか?》 は小形の国語辞典をひけば容易に答えが得られる。

「貴様」は漢字の使い手には誤解を招きやすい日本語だったんでごザルね》 とあるのは記者のことばだが、 普通の日本人なら当然そのことに気がついているだろうし、 漢字圏出身者なら 「きよう」と音(オン)で読まずに重箱読みすることを知った時点で 「何かあるな」と思って辞書をひくのが普通ではあるまいか。 (この質問者は「きさま」と正しく読めたと思われる。 漫画だから総ルビだったのであろう。)

というようなことでもなさそうだし……。

それが一日に五つしか載らない「紙面から」にはいっているのがまた不思議。

付) ほかの言語でもこういう例はあると思う。 たとえば、英語の high-and-mighty は high と mighty から意味を類推すると失敗する。

2005-03-31 (4) 02:34:52 +0900

朝日新聞社の「週刊かがくる」って「蚊が来る」みたいだな

本文ナシ

2005-03-31 (4) 02:11:17 +0900

朝日新聞>「漢字表記による合格者名簿の公表をやめる」ってカナ書きは?

26日づけ大阪本社版社会面 『医師合格者公表「漢字」とりやめ』。 《これまで報道機関に行っていた漢字表記による合格者名簿の公表をやめることを明らかにした》 とある。 そもそも戸籍の名前がひらがな・カタカナを含む人は、 という話はここではやめておくが、 じゃあ、かな(か何か)によって合格者名簿の公表を続けるのか、 が全く述べられていないのはなぜ?

付) タイトル行は両方の意味にとれるように書いておいた。

2005-03-31 (4) 02:04:13 +0900

3月31日づけ大阪本社版社会面「医師合格9割切る」には 《これまで報道機関に提供していた漢字表記による合格者名簿は、 個人情報保護を理由にカタカナ表記に変わった》とある。 ところで、 どうしてカタカナ表記だと個人情報が保護されたことになるんだ? そりゃ、 漢字を知られない分だけ、個人が特定されにくくはなるが。

2005-04-04 (1) 02:16:14 +0900

上弦・下弦を「円の下半分・上半分が白」で表わせば南半球でも OK だが

普通、上弦を右半分が白、下弦を左半分が白で表わすが、 南半球に行くと逆になる。赤道直下では区別がつかない。

上弦・下弦という言い方は、 西の空に沈む際に弦を上にしているか下にしているかである。 このことは、北極・南極の近くを除けば、世界中共通である。 北極・南極の近くに住む人は、南半球に住む人よりずっと少ないだろうから、 ちょっとがまんしてもらう。

……と思ったが、上弦・下弦という言い方は英語にはない。 だとするとだめか。 東の空から上ってくるときで考えるべきだ、と言われると逆になるからだ。

2005-03-31 (4) 00:46:17 +0900

朝日新聞>「自分の名前すら英語で書けない」ってどういう意味?

きょうづけ be Extra SPORTS の、 ゴルファー今田竜二の記事に 《自分の名前すら英語で書けない「無」の状態から出発して14年》とある。 「ラテン字母で書けない」の意味か? 文末に 「舩越園子 在米ゴルフジャーナリスト」と署名あり。

たぶん「りゅうじ」と読むのだろうが、 実は英語にもある名前で、英語風のつづり字では書けなかった、という意味?

たとえば「えりや」と読む 名前の日本人男性が英語では Elijah となることを知らず Eriya と書いていた、というようなことは考えられるが……。

2005-03-30 (3) 23:55:48 +0900

回文>「ミイラ取りがミイラになる。ルナ、韮、意味が…、リトラ、意味…」

かなで書けば「みいらとりがみいらになるるなにらいみがりとらいみ」。 ルナは人名、リトラは「ウルトラQ」に登場した怪獣の名。

2005-03-30 (3) 23:48:38 +0900

朝日新聞「天声人語」>イスラム教の死者の復活を誤解していないか?

きょうづけの大阪本社版掲載分冒頭。 《イスラム圏では遺体は土葬される。 来世での再生を信じる教えからか、 火葬にはしない》とあるのだが、 「来世での再生」で思い浮かぶのは死者をミイラにしていた古代エジプトだ。 イスラム教の信仰はそれとは全く異なる。 最後の審判は来世ではなくこの世の終わりとしてやってくるのだし、 再生ではなく復活である。

2005-03-30 (3) 23:47:23 +0900

コンピュータ上の動画として「アキレスとカメ」を実現してみると

アキレスがカメを追いかけているとしよう。 ある瞬間にカメがいた位置を考える。 その位置にアキレスがくるときにはカメはそこよりも前にきている。 その位置までアキレスが進んだときにはカメはさらに前にきている。 よっていつまで経ってもアキレスはカメに追いつけない、というのが 「アキレスとカメ」だが、 コンピュータ画面上で動画として実現することを考えると

などの現象が起こることが考えられる。

本項には単なる冗談でない面もある。 「アキレスとカメ」の話は、 長さや時間が「最小の長さ」「最小の時間」 の整数倍と理解されている場合に初めて意味をもってくるのであって、 長さや時間を実数ととらえている現代のわれわれが 「ちっとも矛盾していないじゃないか」 と言っても意味がないのだ、と読んだことがあるからだ。

2005-03-30 (3) 23:38:11 +0900

回文>「勝って兜の緒を締めよ。『飯を!』斧飛ぶか鉄火」

かなで書けば 「かってかぶとのおをしめよめしをおのとぶかてっか」。

2005-03-30 (3) 23:27:19 +0900

回文>「クフ王と魚福」(くふおうとうおふく)

魚福は架空の魚屋の名前。

2005-03-30 (3) 22:38:19 +0900

回文>「笑う門には福来る。滝、クフは二度か。浦和」

かなで書けば 「わらうかどにはふくきたるたきくふはにどかうらわ」。 「クフ」はピラミッドで有名なあの「クフ王」のつもり。 浦和はこのメモを書いた人の名前、という設定。

2005-03-30 (3) 22:37:19 +0900

形容句+本体の形の姓から愛称を作るときは形容句のほうを使うことが多い

「岩やん」は吾妻ひでお著「失踪日記」の 94 ページで登場する人物だが、 本名は岩田である。 “岩の多い田”というようなところからできた姓だと思うが、 愛称を作るときは形容句の「岩」のほうから作る。 本体の「田」ではない。

例外もあって、「*崎」君が「ザキ」とか。

2005-03-30 (3) 22:33:04 +0900

回文>「岩やんはトロい、同母弟はん柔い」(いわやんはとろい…)

全体をかなで書けば「いわやんはとろいいろとはんやわい」。

「岩やん」は吾妻ひでお著「失踪日記」の 94 ページで登場する人物。 実際に、「……岩やんはちょっとトロい」とある。

「同母弟」は「いろど」と濁ることもあるが、 古事記の履中天皇の箇所の「伊呂弟」は「いろと」と読ませるらしい。 「はん」は関西地方で使われている敬称のつもりだが、 「いろとはん」という言い方が実際にあるかどうかは知らない。

2005-03-30 (3) 22:04:48 +0900

回文>「初めに目地は」(はじめにめじは)

本文ナシ

2005-03-30 (3) 18:37:18 +0900

吾妻ひでお>そもそもは美少女マンガを目指していたんじゃないんだ

「失踪日記」を読んで初めて理解した。

「解析概論」読んで高木貞治先生の専門は解析学かとカン違いするのと (ほんの少しだけ)似ているかも。

2005-03-30 (3) 02:29:44 +0900

回文会話>「『わいな、恵子……』『いけないわ!!』」(わいなけいこ…)

「わい」は一人称の代名詞。

2005-03-29 (2) 22:00:37 +0900

朝日新聞>「灯籠(高さ約50センチ、約30キロ)」の「約30キロ」

21日づけ大阪本社版社会面の、九州地方の地震の記事。 石灯籠が倒れてきて負傷した子どもについての箇所に 《灯籠(高さ約50センチ、約30キロ)が倒れ》とあるが、 「約50センチ」の前に「高さ」をつけるなら 「約30キロ」の前にも「重さ」が必要ではあるまいか。 「キロ」には「キロメートル」の可能性もあるので。

フランス語では kilo といえば kilogramme のことであり、 kilomètre は絶対に kilo とは略さないが、 それとは関係あるまい。

付) 新聞特有の、 「センチ」「キロ」を一文字に詰め込んだ活字を使っているが、 ここでは普通に写した。

2005-03-29 (2) 02:12:36 +0900

英語は印欧語の中で発音やつづり字が最も単純だとは思えないな

21日づけ朝日新聞大阪本社版文化芸能面 「井上東京外大教授の最終講義」。 フルネームで書けば井上史雄教授である。

が、「英語が『インドヨーロッパ語族』 の中では文法も発音も文字も一番シンプルで、 世界共通語的な位置づけを得やすかった点も見逃せない」》。 文法が単純であることは認めるが、 発音は母音の種類が多いなどの点から、単純とは思えない。 また、文字がシンプルというのが、 ウムラウトやアクサンを用いないという意味ならその通りだと思うが、 音とつづり字の関係がシンプルかと言えばそうではないと思う。 発音・つづり字を合わせて考えるなら、 スペイン語やイタリア語のほうが単純に思える。

文末に「織井優佳」と署名あり。

2005-03-29 (2) 02:03:21 +0900

日本人どうしでも英語で会話する時代なのか……。俺はしたことないぞ

21日づけ朝日新聞大阪本社版文化芸能面 「井上東京外大教授の最終講義」。 フルネームで書けば井上史雄教授である。

国際社会はもちろん、 日本人同士の会話でも英語が勢力を拡大する現状を、こう説いた》 を読んでふと気づいた。 論文は英語で書いているが、 日本人の共著者がいる場合、 論文についての会話は日本語でする。 遅れているのか。

文末に「織井優佳」と署名あり。

2005-03-29 (2) 01:54:41 +0900

ガスコンロが回って時計の代わり、というのを考えてみたぞ

なべややかんを置くところが回る。 一つは1時間で一周、もう一つは12時間で一周。 それぞれ、フライパンややかんを置いておくと、 取っ手や口の位置で時刻がわかる。

さっき、台所でふと見たら、 やかんの口が私がふだん置かない向きを向いていたので思いついたもの。

一分で一周するのもつければ秒針になる。

2005-03-28 (1) 00:28:18 +0900

回文>「馬齢重ね兼坂入れ歯」(ばれいかさねかねさかいれば)

馬齢を重ね、兼坂さんは入れ歯になった、と。

「*ねさか」という姓なら何でもよい。 「姉坂」(あねさか) 「稲坂」(いねさか) 「畝坂」(うねさか) 「尾根坂」(おねさか) 「杵坂」(きねさか) 「実坂」(さねさか) 「曽根阪」(そねさか) 「種坂」(たねさか) 「常坂」(つねさか) 「利根坂」(とねさか) 「羽根坂」(はねさか) 「日根坂」(ひねさか) 「舟坂」(ふねさか) 「峰坂」(みねさか) 「棟坂」(むねさか) 「屋根坂」(やねさか) 「米坂」(よねさか) など、いろいろ考えてみた。 「骨坂」(ほねさか)はないだろうな。

2005-03-28 (1) 00:20:58 +0900

回文>「快活な使いか」(かいかつなつかいか)

本文ナシ

2005-03-28 (1) 00:11:07 +0900

回文>「ミツバ摘み」(みつばつみ)

本文ナシ

2005-03-27 (0) 23:30:56 +0900

きょうは復活日 / “裏・旧暦”の三月の第一日曜日、ってわけか……

満月から満月までをひと月とする“裏・旧暦”》 参照。 復活日は春分の次の満月の次の日曜日だったと思うので、だいたいそうなる。

2005-03-27 (0) 15:03:28 +0900

黒田慶樹さんがよく使う「存ずる」の意味を辞書で調べてみた

20日づけ大阪本社版社会面。 《宮内庁は納采の儀を終えた紀宮さまと黒田慶樹さんの感想を発表した》。 黒田さんの発言の文末だけを引用すると 《大変ありがたく存じております》、 《心して過ごして参りたいと存じます》。

岩波国語辞典第三版で「存ずる」をひくと

  1. 知っている。承知する。
  2. (……しよう、……したいと)思う。考える。
の二つの意味があがっている。 黒田さんの発言の後者の「存じます」は二番目の意味だが、 前者の「存じております」はどういう意味なのだろう?

新明解国語辞典第五版では

  1. 「その事実を知って(覚えて)いる」意の老人語。
  2. 「そのように考える(思う)」意の老人語。
と説明している。後者の例文として「おめでとう存じます」が載っている。 これか。 岩波国語辞典第三版はこの意味をカバーしていないわけだ。

広辞苑第五版は

  1. 「思う」「考える」の謙譲語。
  2. 「知る」の謙譲語。
という説明。

付) 「紀宮殿下と黒田慶樹氏のご婚約内定についての記者会見」 には《……と申しました方がより正確かも存じません》という用例もある。 これは、「かも知れません」の謙譲表現であろう。 このような場合にも「存じる」が使えるのかどうかは、 手元の辞書ではわからなかった。

2005-03-27 (0) 03:06:37 +0900

朝日新聞のフォントでは、二重カギカッコに大小あるんじゃなかったっけ?

20日づけ大阪本社版読書面「著者に会いたい」は青池保子さん。 文中に《『エロイカ…』は》とあるのだが、 この二重カギカッコの幅が狭くて、中の文字を包み込んでいない。 《「『』…」》のようになったときに《「『》で一文字分ぐらいに収まるよう、 小さめに作られたフォントではあるまいか。

2005-03-27 (0) 02:42:05 +0900

朝日新聞「天声人語」>スローフードってゆっくり食うって意味なのか?

20日づけ大阪本社版掲載分。

ある午後、街中の食堂でカレーライスを食べていた。 近い席に同じ頃座った外国の青年も、 カレーライスを食べていた。 青年は割りばしでご飯を少しずつつまみ、 カレーに浸してゆっくりと口に運んでいる。 皿のそばに、みそ汁もあった

これが第一段落。 最終段落は次の通り。

カレーライスを食べ終えてそそくさと席を立ったが、青年の皿には、 まだたっぷりと残っていた

でもって、 その間の段落ではファストフードとスローフードの話、 そして米国からの牛肉の輸入再開の訴えについて述べられている。

注文してすぐ出てくるのがファストフードだと思っていたが、違うのか?

付) 最初に読んだとき、 この青年が白人のような気がしていたが、そうは書いてない。 いかんな、決めつけちゃ。

付) この青年が旅行者だとすると、 ある時刻までここで時間をつぶそうと考えてゆっくり食べている、 ということが考えられる。

2005-03-27 (0) 02:37:03 +0900


すのもの Sunomono