すのものの「いろいろ」(その119)

朝日新聞>また出た意味不明の一コマ漫画 / また同じ作者だった

26日づけ大阪本社版オピニオン面の一コマ漫画。 いかにも怪しい身なりの男がATMから出てきたお札を透かして見てあわてている。 ATMの画面には「ニセカードですね ニセ札で払います。」と出ている。

銀行が実際にこんなことをすれば、その分だけ偽札が世間に出回る。 世の中のためにならないではないか。 そもそも、偽カードだとわかったら、 その時点でただちに係員が出てきてカードを使った人をつかまえればよいのである。

漫画の筆者名を見たら、またまた「はちのじ・やすひこ」氏であった。

この路線だと朝日新聞の読者には通用しないと思うけどな。

付) 同日の同紙スポーツ面下には、 「偽札は、作っても、使っても、絶対いけません」 という文章を含む、日本銀行の広告が出ていた。

付) 銀行がわざとこのメッセージを画面に出して係員がかけつけるまでの時間稼ぎをする、 というアイディアも考えてみたが、それならそのように描かないとわからないだろう。 あるいは、カードが偽物かどうかにかかわらずこのメッセージが出る、 とも考えてみたが、それに意味があるとは思えない。

2005-03-27 (0) 02:19:06 +0900

朝日新聞>共同訳聖書からの引用とは珍しい / でも書名は他の翻訳のものだ

26日づけ大阪本社版「天声人語」。

白馬の騎士では、 聖書の「ヨハネの黙示録」が思い浮かぶ。 「子羊が七つの封印の一つを開いた……見よ、白い馬が現れた。 それに乗っている者は、弓を持っていた。 彼は冠を与えられ、勝利の上にさらに勝利を得ようとして出て行った(共同訳)

共同訳聖書(1978 年)の、「ヨハンネスへの黙示」第 6 章冒頭だ。 ただし、「現れた」でなく「現われた」となっている。

岩波版は「乗っている者」を「騎士」と訳している。

2005-03-27 (0) 01:49:45 +0900

回文>「代打の切り札、降木の代打」(だいだのきりふだ……)

降木(ふりき)は姓のつもり。かなり苦しいな。

2005-03-27 (0) 01:48:31 +0900

きょうの補筆箇所

2005-03-26 (6) 02:22:37 +0900

吾妻ひでお>ふざけて名前を「あじま」と書くことあり。「あぢま」ではない

ニックネームのようなものなのだろうか。

「吾妻」は漢字から「あづま」とするが、 音だけになると「あじま」と「じ」を使う。 そこがちょっと興味深い。

2005-03-26 (6) 01:56:49 +0900

「東英夫」と書くと「ず・づ」の違いのせいで「吾妻ひでお」とは思えない

吾妻ひでお「失踪日記」を読んだ》 に書いた「失踪日記」の 103 ページに、 「東英夫・私のガテンネーム」とある。 「吾妻ひでお」と同音なわけだが、 「あずま」「あづま」のカナの違いで、ちょっと気づきにくいか。

歴史的かなづかいではどちらも「あづま」。

2005-03-26 (6) 01:49:36 +0900

雪の聖金曜日だった / 記憶している限りでは初めてのことだ

本文ナシ

2005-03-26 (6) 00:47:43 +0900

誕生日が移動祝日に変わった知人に「その日を誕生日と決めたら」と…

…提案したが受けなかったことがあったっけ。

タイトル行は圧縮して書いたので、もう一度くわしく説明し直そう。 誕生日が、昔は日付が固定されていた祝日であった知人がいた。 そのころは、その人の誕生日は必ず休日だったわけだ。 ところがその祝日が移動祝日に変わってしまったので、 そうとは限らなくなった。 では、いっそのこと、その祝日の日を誕生日とし、 “移動誕生日”ということにしたら、と半分冗談で提案したのである。

2005-03-26 (6) 00:43:11 +0900

ことしは復活日とヨーロッパの夏時間開始が同じ日か……

こんどの日曜日だ。復活日の礼拝のとき、眠くないかな。

カナダと米国の夏時間開始は一週間後。 その間だけ、米国と欧州を結ぶ空の便は特別ダイヤになる?

2005-03-25 (5) 02:08:34 +0900

きょうの補筆箇所

22 日からの分をまとめて載せました。忘れてた。^^;

2005-03-25 (5) 02:06:47 +0900

「う」に濁点って JIS になかったっけ? カタカナの「ヴ」はあるけど

本文ナシ

2005-03-25 (5) 02:05:13 +0900

ノヴィコフ著、石本新訳「記号論理学」(東京図書、1965 年)

そのうち読むか、ということでメモ。

2005-03-25 (5) 01:59:46 +0900

口語訳「出エジプト記」33,3 最後の文は主語がわからない

あなたがたは乳と蜜の流れる地にのぼりなさい。 しかし、あなたがたは、かたくなな民であるから、 わたしが道であなたがたを滅ぼすことがないように、 あなたがたのうちにあって一緒にはのぼらないであろう」。 新共同訳によれば、最後の「のぼらないであろう」の主語は「わたし(=神)」。

文語訳はわかるように訳してある。

2005-03-25 (5) 01:56:50 +0900

吾妻ひでお「失踪日記」を読んだ

作者の名前はローマ字では ADUMA, Hideo と書くことがわかった。 日本式だ。

2005-03-25 (5) 01:50:09 +0900

「しゃぼん玉とんだ屋根までとんだ」を屋根が飛んだと誤解されないためには

……どう言い換えたらよいか? これ自身は歌詞だから、 必ずしも厳密な表現をしなくてもよいことはわかっているが。 「屋根にまでとんだ」?

2005-03-25 (5) 01:26:51 +0900

「来る」の命令形「来よ」がカナ漢字変換で出ないようだが

確か「こよ」だったよな、と辞書で確認。 岩波国語辞典第三版は「こい」しか載せていない。

2005-03-25 (5) 01:09:07 +0900

朝日新聞>郷富佐子支局長も「政権の行方を占う大切な選挙」って書いてる…

17日づけ大阪本社版第一面「イラク / イタリア部隊削減」に 「同地方選は政権の行方を占う大切な選挙となる」と書いている。 「占い」じゃないと思うんだけどな……。 今風の言い方は避ける人だと思っていたので意外。

付)1月17日づけAERAの記事にあったプロフィールで、 郷富佐子氏はローマ支局長であることがわかりましたので、 今後は「郷富佐子支局長」と書くことにします。

2005-03-24 (4) 02:50:41 +0900

広告に「子どもは生き物です。責任を持って産みましょう」の断りは不要?

18日づけ朝日新聞大阪本社版スポーツ面の下のアイフルの広告に、 「ペットは生き物です。責任を持って飼いましょう」と小さく書いてある。 確かに、ペットのような犬の写真が載っているが、 「責任を持って飼いましょう」がどうして出てくるのか、 この広告だけからはわからない。 (テレビCMに、 ペットの犬を衝動買いするようにも解釈できるのがあったんだっけ?)

これが必要なら、 人間の子どもを使った広告には 「子どもは生き物です。責任を持って産みましょう」 のような断り書きが必要になるのではあるまいか?

2005-03-24 (4) 02:41:39 +0900

朝日新聞>「御手洗」さんのふりがなが均等に振られている例

18日づけ大阪本社版社会面『怜美さん 父と「卒業式」』に。 《朝日新聞>「御手洗」という姓が途中で改行されている場合のふりがなの配置》 では「御」に「み」、「手洗」に「たらい」と振ってあった。

この違いはなぜ? 常に均等に振るようにしたというわけではあるまい。 「怜美」は「さと」+「み」だ。

2005-03-24 (4) 02:33:00 +0900

「しお子」さんがいたら「しお子抄」ってのもありだろうか

主婦の友社から「香峯子抄(かねこしょう)」という本が出ている。 「創価学会名誉会長 池田大作夫人、 池田香峯子さんの半生を綴った初めての本」だそうだ。 18日づけ朝日新聞大阪本社版第一面の下に広告が出ている。

それを見て考えついたもの。 「沙保里」と書いて「さおり」と読ませる名があるから、 「志保子」を「しおこ」と誤読する人もいるかもしれない。

「しお子抄」があれば「塩コショウ」と同音になるな、というだけなのだが。

2005-03-24 (4) 02:26:34 +0900

回文>「少ない? 無くす?」(すくないなくす)

本文ナシ

2005-03-23 (3) 22:31:00 +0900

回文>「くやしい試薬」(くやしいしやく)

本文ナシ

2005-03-23 (3) 22:29:56 +0900

回文>「稲荷たりない」(いなりたりない)

前項の続き。ものすごくお弁当が売れて、 お稲荷さんが足りなくなった。

2005-03-23 (3) 22:28:49 +0900

回文>「立ち見で満ちた」(たちみでみちた)

満員御礼、といったところか。

2005-03-23 (3) 22:27:07 +0900

回文>「改定定価」(かいていていか)

本文ナシ

2005-03-23 (3) 22:25:23 +0900

先生がたの打ち上げだから最初は「先ず生」、なーんちゃって

先日、ラジオで落語を聞いていたら、 昔は「先に生まれたから『先生』」と言われていたが、 今は「先ず生きてる」と言われる時代、先生の価値も下がりましたな、 などと言っていた。

そこから考えたもの。きっと誰かすでに書いていると思うが。

2005-03-23 (3) 22:20:05 +0900

きょうの意味なし>「誤解を恐れずに言えば……、それは誤解ですね」

本文ナシ

2005-03-23 (3) 21:05:51 +0900

いままで出勤前にしていたことができなくなるから夏時間反対、という人も…

…いそうだが、あまり聞かないなあ。 たとえば犬の散歩。 時計の針を一時間早めるとまだ暗いので出勤前にはできない、とか。

2005-03-22 (2) 12:26:07 +0900

岩波国語辞典第三版は「くたくた」「くだくだ」「ぐたぐた」を載せるが…

…「ぐだぐだ」は載せていない。

2005-03-22 (2) 12:23:51 +0900

きょうの補筆箇所

2005-03-22 (2) 02:19:26 +0900

腕時計と懐中時計を“兼ねる”工夫はないか?

電車やバスを利用するときは腕時計が便利だが、 職場に着いたら腕時計ははずす。腕がすっきりするからだ。 よって、懐中時計が便利かなとも思うこともある。

はずした腕時計を、懐中時計のように持ち歩けたら、とも考える。 単にポケットに入れると落とす心配があるし、 バンドが直線状に伸びないタイプの場合、 時計の裏ぶたとバンドの止め具がぶつかって傷をつけないか、と気になる。 夏は、時計のバンドをズボンのベルトに通して止めている人も見かけるが、 上着を着る季節にはこの手は使えない。

服か何かに、 腕時計を通して止めるような工夫はできないものだろうか?  バンドを時計からはずしてしまうのは、着脱時に落とす危険があるので避けたい。

2005-03-22 (2) 02:15:21 +0900

電波時計の広告>40/60 kHz の二局を交流の 50/60 Hz と混同していないか?

21日づけ朝日新聞大阪本社版の、日本直販の全面広告。 エルジン「ソーラー電波ウォッチ」が出ているが、 《東日本と西日本で異なる標準電波周波数も自動切り替えし》 を読んだとき、家庭用の 100 ボルトの交流に 50 ヘルツと 60 ヘルツの地域があるのと混同して書いていないか、不安になった。

実際には、両方の電波を受けられる地域がかなりあるはずだ。 ここ金沢でも両方が受けられる。 「自動切り替え」というよりは「自動選択」といった感じであろう。 よりよく受信できる方を選ぶ、と。

どちらかの局専用の電波時計をもう一方の地域に持ってゆくと大きく狂うとか、 止まってしまうといった誤解もあるのかも。 (交流の周波数を利用した時計には狂うのがあったっけ。)

付) 標準電波の周波数は広告には載っていなかった。 タイトル行の 40/60 kHz はわかりやすさのために私があげたもの。

付) 電波腕時計を日本の近くで時差のある国へ持ってゆくと、 せっかく手動で向こうの時刻に合わせても、 日本の電波を受信して日本標準時に戻ってしまうことがあるらしい。 うーむ。

2005-03-22 (2) 00:47:36 +0900

縁起をかついで「スラッシュ」を「アタラッシュ」というやつはいないか

前々項の続き。

2005-03-22 (2) 00:17:15 +0900

回文>「右近転校」(うこんてんこう)

本文ナシ

2005-03-22 (2) 00:14:54 +0900

スローフードの会社で縁起をかついで「アタローフーズ」ってのはどうかな?

前項の続き。

2005-03-22 (2) 00:11:22 +0900

縁起をかついで「アアタリート」「アタローガン」と言うやつはいないか

「する」およびその活用形はすべて「あたる」の対応する活用形で置き換える人。 元はもちろん「アスリート」「スローガン」。

2005-03-21 (1) 23:37:43 +0900

フランスのパーティーは遅く始まり遅く終わるそうだが time zone のせい?

NHKフランス語講座>九月 16 日(木)分》 を最後にもう一度聞き直していて、 フランスのパーティーは夜 9 時、10 時、あるいはもっと遅くから始まり、 最終の地下鉄が出る午前 1 時すぎまで、 あるいは、さらにそれより遅くまで続くこともある、というところに耳がとまった。 これは、フランスの採用している time zone, 時間帯のせいではないだろうか。

フランス本土(?)はほぼ西経 5 度と東経 8 度の間にあるが、 普段は東経 15 度、夏時間実施中は東経 30 度の time zone を採用している。 パリは東経 2.5 度ぐらいなので、 普段で 50 分、夏時間実施中は 1 時間 50 分進んだ時刻を用いていることになる。

これに 135 度を加えると、 東経 137.5 度、すなわち、豊橋と浜松の間、 富山と糸魚川の間あたりで、普段に東経 150 度の time zone を、 夏時間実施中には東経 165 度の time zone を使うのと同じことになる。 日本標準時は東経 135 度だから、 それよりも普段で 1 時間、夏時間実施中は 2 時間進んだ time zone である。 いまの午後 7 時を普段で午後 8 時、 夏時間実施中なら午後 9 時と呼ぶことになる。

そう思うと、フランスのパーティーが遅く始まり遅く終わると言われても、 あまり不思議ではない。 夏時間実施中の午後9時開始はいまの日本なら午後7時開始。 午前1時といっても、夏時間実施中なら午後11時ではないか。

付) 上のたとえでは緯度を考えに入れなかった。 緯度が高いほど、夏は昼が、冬は夜が長くなる。 五月上旬のパリでは午後 9 時まで日がかんかんと照っていた。 日本の五月上旬には、九州地方の日の入りがほぼ午後 7 時である。

付) 東経 137.5 度でパリと同じ緯度の地点はというと、 そこはハバロフスクの東である!

2005-03-21 (1) 20:38:05 +0900

手元にある 1999 年版「理科年表」には、 日本の近くの地点での日の出・日の入りなどの時刻を計算する式が載っている。 同書気象部によれば、パリは北緯 48°58', 東経 2°27' である。 そこまで計算できるようにはなっていないが、 北緯はそのままで、東経に 135° を足して 137°27' の地点なら、 求められる範囲にはいっている。 計算すると

となった。フランスでは上に述べたような時間帯を使っているので となる。

冬至の日の出が 8 時 42 分でも構わないというのなら、 日本では一年中いまより一時間進んだ time zone を使う方法もある。 理科年表に載っているうちで一年中で最も遅く日が上るのは一月上旬の長崎であり、 その時刻は 7 時 24 分。これが 8 時 24 分になるが、 パリの冬至よりは早い。 このやり方は、夏時間とは異なり、 あるときに時計を一時間進めるだけで済む。 そうしなくても、 生活パターンを一時間くり上げましょう、でいいか。

2005-03-31 (4) 00:29:43 +0900

「主人の紙入れに『○○○子』と名前の書かれた紙片が何枚も……」

「で、その女性と浮気しているんじゃないかと言うんですね」 「はい」 「で、その名前は?」 「『せいとくふと子』です」 「『せいとくふと子』? 変わった名前ですね」

じつはそれは「聖徳太子」で、その名前の書かれた紙片というのは昔のお札だった、 なーんちゃって。

2005-03-21 (1) 00:38:13 +0900

ウルトラマン>複数の怪獣が登場したとき、隊員たちは名前をつけないのか?

「怪彗星ツイフオン」の回。 三匹の怪獣が登場するが、誰がどの怪獣を攻撃するか決める際、 名前をつけず、あいつとかそっちとか言っていた。

いきなり隊員が名前を呼ぶのはおかしいが、 仮の名前もつけないのは不自然だ。

2005-03-21 (1) 00:27:47 +0900

ウルトラマン>隊員たちは再登場のレッドキングに見覚えがないようだが

「多々良島にいたやつだ!」「生きていたのか」 というようなセリフがあってもよさそうなところだが。 一方、元々は 「ウルトラQ」に登場した岩石怪獣ゴルゴスが登場する予定だった、 という話を読んだことがある。 この二つを合わせると、ロケの際にはまだ登場する怪獣が決まっていなかった、 ということも考えられる。無理かな?

2005-03-21 (1) 00:21:31 +0900

ウルトラマン>ダダって格闘には弱いよなあ……。ムラマツに何度も倒される

ミクロ化器で人間をミクロ化して標本にするのが目的なんだから、 あそこまでムラマツたちに近づく必要は全くないと思うのだが。 変なやつ。

2005-03-21 (1) 00:18:51 +0900

ウルトラマンと戦った怪獣はすべて着ぐるみに人間がはいっていたようだ

ウルトラマンに登場した怪獣全体に範囲を広げて考えてみても、 人間がはいっていなかったのはスフランだけのようである。

ウルトラセブンのビラ星人(ヴィラ星人)が最初だろうか?  巨大ヒーローと格闘するが中に人がはいっていなかったのは。 (クール星人も“吊り”だが、すぐに倒されてしまい格闘にはならない。)

(ウルトラQには、人間がはいらない怪獣もいくつか登場した。)

2005-03-21 (1) 00:12:42 +0900

三面怪人ダダ>ムラマツ隊長が万年筆をぶつけ、胸にインクの染みがついたら

……すぐに「やつは一匹だったのか!」とわかってしまうところだった。 作中では、スーパーガンのエネルギーが切れ、 スーパーガンを投げつけるシーンがある。 「トルネコの大冒険」を思わせる。

2005-03-21 (1) 00:09:24 +0900

ウルトラマン>怪彗星ツイフオンがこの前に地球に近づいたのはいつ?

終わり近くで岩本博士が計算したところでは 3026 年に再度接近、 こんどは衝突するという。 では、この前に地球に近づいたのはいつだったのだろう?

ウルトラマンの舞台が二十世紀後半であることは、 ジャミラの墓碑銘からわかる。 手元の写真では、没年が 1991 年と彫ってあるように見える。 もしそうなら、ツイフオンの周期は 1035 年。 この前にきたのは 956 年となる。

「ウルトラQ」のラルゲユウスと関係するかと思ったんだけど、 違うな。

2005-03-21 (1) 00:08:37 +0900

ウルトラマン>「ダダ」の回の「SOS DADA」って誰が書いたんだろうね

ビーカーの下に隠されたメッセージなんだけど、「人間標本」 にされてしまった四人はダダの出現と同時に動きが止まってしまったし、 病院に逃げ込んできた人はメッセージを書くひまもなく貯蔵庫に逃げ込んだわけだし。

2005-03-20 (0) 23:55:09 +0900

「三面怪人」の上位キャラ「五面怪人」かと思ったら「ごめん怪人」だった…

…、単に「ごめん」と謝る怪しい人だった、なーんちゃって。

2005-03-20 (0) 23:52:30 +0900

イデ隊員はウルトラマンのことばを通訳しようとは考えなかったのか?

万能翻訳機を作ったではないか。

2005-03-20 (0) 23:51:31 +0900

回文>「伊作どん、めんどくさい?」(いさくどんめんどくさい)

本文ナシ

2005-03-20 (0) 23:36:11 +0900

ふたが固くて誰も開けられないとき、最後に力のない人が開けることがある

きょうのTVアニメ「サザエさん」で、 ジャムのビンだかのふたが固くて誰も開けられず、 タラちゃんが自分もやってみると言うが、 試す前に小さい自分には無理だと気づいてみんなで笑う、 というシーンがあった。 タラちゃんではむずかしいかもしれないが、ワカメちゃんだと開くかもしれない。

というのは、開けようとしているうちに少しずつゆるんでいることがあるようなのだ。 私は力のないほうで、こういうときにはなかなか番が回ってこないのだが、 力に自信のある友だちがみんなあきらめたあとで試してみて、 すっと開いたことがあった。 すでに試した友だちがもう一度試せば開くのだろうが、 手が疲れているので、すぐでは無理なのである。

だから、 自分一人しかいないときにビンのふたが開かなくてもあきらめてはいけない。 少し時間をおいてまた試すと開くかもしれない。

2005-03-20 (0) 23:31:35 +0900

日清カップヌードルのCM「NO BORDER」だが、島国には国境がないのでは?

だから、 国境がなくなるからといってみんなが自由に交わりあえるとは限らないのではないか。

2005-03-20 (0) 23:05:45 +0900

もしも夏時間が導入されると、それに対応する時計が売り出されるような

私は、時計の針を一時間進めるタイプの夏時間の導入には反対だが、 もしもそれが導入された場合、 それに対応する時計が売り出されるような気がしている。 電波時計はもちろん対応可である。 (確か)一週間以内に夏時間にはいる / 夏時間が終わるというような信号も送られてくることになっているからである。 そうでなくても、夏時間にはいる前日にどこかのボタンを押しておくと、 夜中の2時に3時にとぶ、といった時計は簡単に作れそうである。 (曜日も表示される時計の場合、一週間以内にボタンを押せばよい、 というのも可能。)

夏時間終了時には時計の針が戻る。 同じ時刻が二度くるので、 どこかに、夏時間中かそうでないかを示す窓が必要になりそうである。

付)夏時間に移行する日、 夏時間が終わる日の目覚まし時計はどうしかけるのだ?  欧米では日曜日には働かないから必要ない?  そんなことはあるまい。 教会に通うため、日曜日にも決まった時刻に起きる必要がある。

付) 私は、仮に夏時間を導入するとしても、 欧米のような夏時間の開始・終了 --- 日曜日の未明に時間帯を変えるもの --- にならう必要はないと考えていたのですが、 時計に夏時間対応のしかけをしようというのなら、 そのほうがいいかも知れません。

2005-03-19 (6) 02:23:49 +0900

シナ語から日本語へはいかにむずかしくても“原綴”のまま借用してよい

前項の続き。 では、なぜ、日本では漢字の制限が必要なのだろうか、と考えてみた。

ヘブライ語では預言者をナービーと言う、と読んだ記憶がある。 いま「ナービー」と不完全な音写をしたが、 ヘブル文字で書く方法もある。そうすれば紛れはなくなるが、 多くの日本人には読めなくなる。 その両者のバランスを考えて、どちらかを選ぶことになろう。 ラテン字母を用いる言語の場合は、原綴のままのことも多い。

シナ語から日本語への借用の場合、 いかにむずかしくても“原綴”--- この場合は元の「漢字」だが --- のままでよい、という慣習があるからではあるまいか。 また、どんなに難しい語もそうやって借用してよい、 という慣習があるからではあるまいか。

2005-03-19 (6) 02:14:36 +0900

日本には漢字制限があるが英語に語彙の制限はないし中国にもないらしい

 ※ タイトル行は字数の関係でかならずしも厳密でない表現をしているので注意。

現在の日本には常用漢字があるし、その前には当用漢字があった。 文字の制限と語彙の制限は別物である。 日本でも語彙には制限がない。 常用漢字外の漢字を使うときはカナで書けばよいのだが、 それに抵抗を感じる人もあるらしく、だったら別の語を使うとか、 だから結果的に語彙の制限になっている、という人もいる。 (「語彙」の「彙」も実は常用漢字外である。 常用漢字を厳密に守るなら「語イ」とするか、別の語に言いかえることになろう。)

一部には、 “英語の単語に制限がないのにどうして日本は漢字制限をしているのだ?” などといった、語彙と文字を混同した議論もある。 しかし、漢字制限によって使いにくく感じられる語彙があるのもまた確かだろう。

では、英語はどうなのだろう? 英語も“雑食”な言語なので、 いくらでもむずかしい語彙が使われる可能性がある。 ラテン語の引用なども、無制限になされたら一般読者は理解できないだろう。 新聞・雑誌などで“使ってよい”単語のリスト、などはないのだろうか、 と米国在住の massangeana 氏に氏の「いろいろ」で尋ねてみたが、聞いたことがない、 との話だった。 また、中国でも、簡体字を用いる以外の制限はない、とのことだった。

2005-03-19 (6) 01:38:23 +0900

新字源「改訂の辞」の「漢字の表意文字としての機能」は適切か

本辞典は、初版刊行以来四半世紀にわたり、 漢字の表意文字としての機能を重視した分類・配列と、 綿密・周到なる検討を経た語義の記述などにより、 漢和辞典の決定版として、江湖の幅広い活用に応えてきましたが》 とあるが、 「漢字の表意文字としての機能」は当たっているとは思えない。 「漢文における機能」ぐらいではあるまいか。 「平成六年九月」とあり。

2005-03-19 (6) 00:15:19 +0900

書いたのは 「株式会社角川書店漢和辞典編集部」。

2005-03-23 (3) 22:35:22 +0900

電波時計のカタログには時計本体の精度も書いてほしい

電波時計は一日に何度か電波を受信し、時刻を合わせる。 合わせた直後には誤差はゼロとなるが、 次の受信時までには誤差が“たまって”ゆくであろう。 一応、「月差 * 秒」のように書いてほしいものだ。

そうでないと、普段は完全に止まっていて、 電波を受信したときだけ正しい時刻を表示しても 「十万年に一秒の誤差!」と書いてよいことになる、 と一瞬思ったのだが、そんなことはありえない。 完全に止まっていたら、いつ電波を受信したらいいかわかりようがないからである。

2005-03-18 (5) 23:51:55 +0900

「四分の三」の一小節を四連符に割るのは付点八分音符だと思えばできそうだ

「大地の歌」第一楽章終わりから 6 小節目のトランペットがそうだ。 このリズムをとるのはむずかしそうだと思ったが、 四分音符を十六分音符に分けてから三つずつ集めると思えば、 最初と最後の音は付点八分音符、 二つめは十六分音符と八分音符のタイ、 三つめは八分音符と十六分音符のタイ。

そう考えて弾いたらいけないだろうけど。

2005-03-18 (5) 23:39:45 +0900

大地の歌>四分の三を四連符に分け、さらに三連符に分けるということは

第六楽章、第 497 小節の第二ハープの分散和音。 拍子は四分の三なので一小節は四分音符三つ。 それを四連符に分け、さらに三連符に分けているから、 単純に音の長さを計算すれば次の第 498 小節と同じ十六分音符となるが、 意味が異なるのであろう。 その前から、一小節を二つあるいは四つに分けているので。

(そう考えると、次の第 498 小節の、 十六分音符を使った書き方のほうが不思議である。)

2005-03-18 (5) 22:33:12 +0900

サイゼリヤ、“微妙な”値上げ / 税込価格の末尾を 9 に切り上げて統一

以前は本体価格による表示だったのが、 前のメニューになったときに税込価格を主にして、 そのわきに本体価格を小さく併記するようになったと記憶しているが、 きょう行ってみたら、税込価格だけになっていた。 それだけの変更かな、と思ってよく見たら、微妙な値上げがなされている。 本体 140 円、 税込で 147 円だったきゅうりのピクルスなどが 149 円になっているのだ。 ぼんやり見ていると「この端数は税込になったせいかな」と思ってしまうが、 そうではない。 ほかの価格のも似たような感じだ。 しばらく見ているうち、 「税込価格の末尾が 9 になるよう切り上げて統一したのだ」 と気がついた。

2005-03-18 (5) 21:06:27 +0900

ただ一つ、末尾が 9 でないのはドリンクバーの 120 円だった。 これはセット価格の扱いなので、ほかの何かと合わせれば 9 になるが。

2005-03-25 (5) 01:20:27 +0900

回文>「鈍感感度」(どんかんかんど)

本文ナシ

2005-03-18 (5) 02:11:44 +0900

回文>「遺骨? しつこい!」(いこつしつこい)

本文ナシ

2005-03-18 (5) 01:32:48 +0900

回文>「軽はずみな、穴水はるか」(かるはずみなあなみずはるか)

能登鉄道の穴水―蛸島って今月末で廃止になっちゃうんだよね。

2005-03-18 (5) 01:31:55 +0900

回文>「軽はずみ、清水遙」(かるはずみしみずはるか)

清水遙は架空の人名。 《回文>「軽はずみ、水はるか」(かるはずみみずはるか)》 をすでに書いていた。

2005-03-18 (5) 01:14:26 +0900

出エジプト記 26,14「あかね染め」はほんとうにアカネ(茜)で染めた?

口語訳に「あかね染めの雄羊の皮」とあったので、 アカネ(茜)があったのかな、と気になり調べてみた。

新共同訳は「赤く染めた雄羊の毛皮」、 文語訳は「赤く染めたる牡山羊の皮」、 欽定訳は rams' skins dyed red, 岩波版は「赤くなめした雄羊の皮」。 注で「赤くなめされ(もしくは染められ)」と説明が付加されている。

エレミヤが瀬戸物屋へ出かけたりして。

2005-03-17 (4) 19:31:43 +0900

太陽の南中時刻は年に四回、極値をとる

東京での太陽の南中時刻は一年の間にどう変わるんだろうと気になったので、 手元にあった 1999 年の理科年表で調べてみた。

と年に四回、極値をとる。 30 分も違うのか。知らなかった。

ついでにグラフにしてみた。

     2         3         4         5         0
     0         0         0         0         0
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  11                              *
  21                                 *
  31                                   *
 210                                    *
  20                                    *
 3 2                                  *
  12                                *
  22                             *
 4 1                          *
  11                       *
  21                     *
 5 1                   *
  11                  *
  21                   *
  31                    *
 610                     *
  20                       *
  30                          *
 710                           *
  20                            *
  30                            *
 8 9                            *
  19                          *
  29                       *
 9 8                    *
  18                *
  28             *
10 8          *
  18       *
  28      *
11 7      *
  17       *
  27         *
12 7             *
  17                  *
  27                       *
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     2         3         4         5         0
     0         0         0         0         0

2005-03-17 (4) 01:25:32 +0900

朝日新聞>「熱血漢の女性教師」「女性ヒーロー」ってなんだかへんだな

16日づけ大阪本社版文化総合面『「ごくせん」トップ独走』の初めのほうに 《熱血漢の女性教師ヤンクミ(仲間)が活躍するドラマ》とある。

あとのほうには 《フェリス女学院大文学部の諸橋泰樹教授(マス・コミュニケーション論)》 の話として 《女性ヒーローが性別にとらわれずに活躍する点も》とある。

「熱血漢」の「漢」は男の意味だし、 「ヒーロー」は男性形である。(女性形は「ヒロイン」。)

加来由子」と署名あり。

2005-03-17 (4) 01:01:17 +0900

朝日新聞>「睾丸の裏」にポケベルが隠せるか? 陰嚢の裏ではないのか?

16日づけ大阪本社版国際面「カラシニコフ」は 「流動するAK」の第6回目。 《96年12月17日にペルーの日本大使公邸で人質になったルイス・ ジャンピエトリ(64)》の話。 《1人の軍人がポケベルを隠し持っていた。 「どこに? ……睾丸の裏だ」》とある。

「睾丸の裏」というと、陰嚢の中に埋め込んで隠したように聞こえる。 実際には「陰嚢の裏」だったのではあるまいか。 あるいは「睾丸の後ろ」。 「肛門の中」の婉曲表現である可能性も考えられる。

編集委員・松本仁一」と署名あり。

2005-03-17 (4) 00:48:44 +0900

朝日新聞としてはここまではっきり書く必要はなく、 「股間だ」ぐらいでよかったのではあるまいか。

2005-03-22 (2) 21:15:03 +0900

名前のふりがなに「を」が使えるようだが「ゐ」「ゑ」は?

15日づけ朝日新聞大阪本社版社会面「がっこう 続・山古志小」の第一回目に 「6年の美緒ちゃん」とあるが、 ふりがなが「みお」でなく「みを」となっている。

最初、「みそ」と読んでしまった。もうとしか。

2005-03-17 (4) 00:38:23 +0900

藤本義一氏が総長をつとめる「心斎橋大学」は大学ではないようだ

15日づけ朝日新聞大阪本社版社会面の下の広告に 「作家養成講座」の「心斎橋大学」が出ていた。 「心斎橋大学総長/藤本義一」と書いてあって、写真も載っている。 URI は http://www.cbcorp.co.jp/ である。 ac.jp じゃないのは申請中か? と思ったのでアクセスしてみたところ、 普通のコースは一年で終われるようなので、 学校教育法でいうところの大学ではないと思われる。

ついでに。スタッフ一覧の載っているページのファイル名が http://www.cbcorp.co.jp/daigaku/stuff.html [sic] なのがちょっと変わっている。

2005-03-17 (4) 00:32:34 +0900

ブラウザが、そのページへリンクしているページの検索を助けられないか?

Google では、あるページを指定して、 そのページへのリンクを持つページを検索することができる。 しかし、それは若干めんどうである。

ブラウザが、そのあたりを手助けできないだろうか。 あるページを読み込んでおき、ある操作をすると、 Google でそのページへのリンクをもつページを検索した結果のページに飛ぶ、 という機能である。

フレームを利用すれば、Javascript か何かでできるかな?  相手方のフレームに読み込まれているページへのリンクを持つページを Google で検索した結果のページへ飛ぶ、というようなページを作るのである。

2005-03-16 (3) 02:45:48 +0900

西垣通氏はウェブページが「リンクを持つ」をどういう意味で使っている?

15日づけ朝日新聞大阪本社版文化面「ヒト科学21」 は東京大大学院情報学環教授の西垣通氏による「ネットワーク分析」 「自己組織的作用が動かす21世紀社会」。

氏は《ネット空間がはたして平等かどうか》と疑問を投げかけ、 次のように述べる。 (段落の途中から次の段落の途中までを引用する。)

さて、もしどのページもほぼ同じ数のリンクに連結されていれば、 そこには民主的な平等性が成立していると考えてよいだろう。

しかし、現実にはそうなっていないのだ。 少数の有名なページだけが何百何千というリンクを持ち、 その他の大半のページはほんの数個のリンクしか持っていない。 多くのリンクを持つページは「ハブ」と呼ばれる。

そして、《ハブ・ページこそがネット空間の王者であり》としている。

「リンクに連結され」 「リンクを持ち」とはどういう意味だろうか? 内容から推測すると、 そのページへのリンクを持っているの意味だと思われるが、 そうだとすると、「多くのリンクを持つページ」が「ハブ」と呼ばれる、 というのは当たっていないないように思えてくる。 (「ハブ」が英語の hub の意味であるという仮定の元に、であるが。)

あとの段落を引用しよう。

あらゆるネットワークは、 ノード(結節点)が追加され、 これが既存ノードとリンクされることで成長していく。 このとき、リンクが張られる既存ノードはランダムに選ばれることは少ない。 いかなるノードが選ばれるかがネットワークの性質を決定づける。 たとえば、多くのリンクを持つノードが選ばれるなら、 ハブ・ノードが出現するのは当然だろう。

ここでの「リンクされる」「リンクが張られる」は、 普通に読めば新規ノードからリンクを張るの意味だろう。 新規ページへリンクを張ってもらうことはできないからである。 (トラックバックとかは除く。)

上の考察によると、 「多くのリンクを持つノードが選ばれるなら」は “すでに多くのページからリンクされているページにリンクを張るなら” いうことになるだろうが、 新規ページにとって、それにどんなメリットがあるのだろうか?

考えれば考えるほどわからなくなる。

あと、 Google のような検索エンジンについて全くふれられていないのも気になる。 検索時に上のほうにくるためのコツもあるようだが、 それでも、ある程度の“民主性”は保たれているように思えるからだ。

付) 情報学環って理学部情報科学科(およびその上の大学院)とは別物なのか……。 いまホームページ見て知った。改名したのかと思っていた。

2005-03-16 (3) 02:24:35 +0900

ベルギー国憲法の改正手続きには国民投票はないが

宮沢俊義編「世界憲法集 第四版」(岩波文庫、1983 年)によると、 ベルギー国憲法は「憲法の改正」について、次のように定めている。

第一三一条 立法権は、憲法のある条項を指示して、 それを改正する必要がある旨を宣言することができる。

前項の宣言の後、両議院は、当然解散となる。

次いで、第七一条に従い、新たな両議院が召集される。

新たな両議院は、国王と共同して、改正を提案された点について決定する。

この場合、各議院は、少なくともその総議員の三分の二の出席がなければ、 議事を行うことができない。 また、少なくとも投票の三分の二の賛成がなければ、 改正の議決をすることができない。

これだけであって、国民による投票は必要とされない。 すると、 一握りの人々によって憲法が改正されてしまわないのかと心配になる。 選挙で選ばれる際には憲法改正に反対のそぶりを見せておいて、 実際には改正に賛成票を投ずる、ということが考えられるからだ。

ちょっと気になるのは「当然解散となる」の「当然」である。 憲法の条項を改正するかどうかという新たな重大問題が発生したのだから、 その点を国民に問う必要があるので「当然」解散になるのかもしれない。 つまり、 「新たな両議院」を選挙で選ぶ際には、 各候補者はその条項の改正に関して「賛成」「反対」の意志を表明し、 それをくつがえすことはできない、 というような決まりがあるのではないか、と想像してみたのだが……。

2005-03-16 (3) 01:47:26 +0900

massangeana 氏が、この部分の原文を調べて、氏の「いろいろ」に書いてくださった。 (なぜか、私はインターネットで原文を探すことを全く考えなかった。)

「当然」の原語は、 フランス語では de plein droit だそうだ。 仏仏辞典の説明は氏の「いろいろ」にあるので省略するとして、 クラウン仏和の訳語は「合法的に、問題なく」。 白水社の仏和大辞典は「当然の権利として、自動的に」。

なお、「当然」は新字源には参考熟語の欄に載るのみ。 私はこの欄の意味をカン違いしていて、 漢文では使われないのかと思ったが、 massangeana 氏のご教示によればそうではないとのこと。 現代中国語でも使われるそうだ。意味は日本語と同じ。 (岩波中国語辞典にももちろん出ていた。ピンインでは dangran である。 (「声調」は省略。))

「当然」は日本国憲法にも出てくるのを思い出した。最後の第百三条。

この憲法施行の際現に在職する国務大臣、 衆議院議員及び裁判官並びにその他の公務員で、 その地位に相応する地位がこの憲法で認められてゐる者は、 法律で特別の定をした場合を除いては、 この憲法施行のため、当然にはその地位を失ふことはない。 但し、この憲法によつて、後任者が選挙又は任命されたときは、 当然その地位を失ふ。

「当然には」にやや見慣れない感じがしたため、 記憶に残ったものと思われる。 英訳では最初のが automatically, あとのは as a matter of course となっている。 このあたりから、 法律の専門家が日本語の「当然」をどういう意味で使うかがわかるかもしれない。

付) この追加は 19 日の正子すぎに第一稿を書いたのだが、 フランス語を間違って写してきたことに気づき、 アップロード直後に削除した。 (厳密に言えば削除したものをアップロードし直した。)

2005-03-21 (1) 23:52:27 +0900

ウジヤは失脚して幽閉されたのでは?

歴代志下第 26 章後半の記述を読むと。

2005-03-16 (3) 00:59:03 +0900

「ホリエモン」と聞くと「ドラえもん」から「ホラえもん」が浮かんでしまう

「〜えもん」という名前でなじみ深いのは「ドラえもん」と「土左衛門」であるが、 どちらも「えもん」の前にはア段の音がくる。 だから「ホリエモン」は私にはどうもしっくりせず、 「ホラえもん」と頭の中で言い換えてしまいがちなのであった。

2005-03-16 (3) 00:56:26 +0900

回文>「いかにも芋煮会」(いかにもいもにかい)

本文ナシ

2005-03-16 (3) 00:54:20 +0900

回文>「いかにも。重荷かい?」(いかにもおもにかい)

本文ナシ

2005-03-16 (3) 00:53:36 +0900

回文>「盾に顔 / 岡似てた」(たてにかおおかにてた)

盾に顔が描いてあって、それが岡君に似ていた、という意味。

2005-03-15 (2) 20:02:14 +0900

きょうの補筆箇所

2005-03-14 (1) 01:51:56 +0900

朝日新聞>「等号が抜け落ちていた」で一般読者に通じるかいな

13日づけ大阪本社版社会面「広島大で入試ミス」に 《問題中の不等式で、等号が2カ所抜け落ちていた》 とあるのは、おそらく、 「≦」「≧」が「<」「>」になっていたという意味であろう。 でも、普通の読者は「=」の記号が抜け落ちていたと思うのではあるまいか。

2005-03-14 (1) 01:47:35 +0900

「携帯」が「ケータイ」と書かれるのだからエ段の長音は e: なんだろうな

13日づけ朝日新聞大阪本社版オピニオン面「ことばの交差点」は「ケータイ」。 《「ケイタイ」は短歌や俳句、投稿記事などで目立ちますが、少数派です》 とある。

ローマ字で書くときは keitai でなく kêtai とする?

2005-03-14 (1) 01:43:09 +0900

朝日新聞>数学の問題例の解答《10x+y(y+10x)》はまぎらわしい

13日づけ大阪本社版 Weekly 教育の面の、「小中生、こんな問題が苦手」。 中学2年の数学の問題例の解答が《10x+y(y+10x)》となっているが、 「10x+y」または「y+10x」という意味であって、 「10x+y(y+10x)」、すなわち「10x+y²+10xy」という意味ではない。 また、開きカッコと閉じカッコの形が違っている。 ここでは全角と半角で区別してみたが、 そうなのかどうかはわからない。

2005-03-14 (1) 01:42:14 +0900

理科のテストで「冬になり季節が変わったから」と答えるとバツらしい

13日づけ朝日新聞大阪本社版 Weekly 教育の面の、 「小中生、こんな問題が苦手」。 小学5年の理科の問題例は、 石の下にいる虫が変わった理由を問う問題。 「わけ 冬になり(すきますきま)から」 のカッコの中を埋めるのだが、 「季節が変わった」ではなく 「気温が低くなった(寒くなった)」が正解だそうだ。

2005-03-14 (1) 01:35:44 +0900

朝日新聞>縦書きの中に横書きの表がはいったときの見る順序がなんだか変

13日づけ大阪本社版 Weekly 教育の面の、 「小中生、こんな問題が苦手」。

小学5年 社会小学5年 理科
中学2年数学
中学2年英語
のように問題例が並んでいる。すべて横書きである。 ところが、答えは理科、社会、数学、英語の順。 理科が社会よりも先なのである。 横書きの原則に反しているような。 記事そのものは縦書き。

2005-03-14 (1) 01:18:01 +0900

「××以降」には××は含まれないのか?

12日づけ朝日新聞大阪本社版、『歴史シンポ「いま、女帝を考える」』。 上田正昭さんの発言に 《女性が「けがれている」という思想が生まれたのは平安時代以降。 例えば、伊勢神宮や賀茂神社の斎王は女性ではないか》とあるのを読んで。

私自身は、「以上」「以下」からの類推が働くので含むように思ってしまう。

2005-03-14 (1) 01:13:49 +0900

魏志倭人伝って古事記・日本書紀の時代より前に日本に伝わってきていたのか

12日づけ朝日新聞大阪本社版、『歴史シンポ「いま、女帝を考える」』。 上田正昭さんの発言に、古事記や日本書紀の《編者は、 魏志倭人伝に登場する卑弥呼を神功皇后と同一人物と考えていたようだ》 とあるのを読んで、しばらく意味がわからなかった。

記紀が書かれるより前に魏志倭人伝が伝わってきていたのを知らなかったのだ。

2005-03-14 (1) 01:10:29 +0900

小学校で英語>幼いころから習うほうが抵抗感がなくなるってホント?

12日づけ朝日新聞大阪本社版総合面 『小学英語 必修化「望む」保護者70% 教員は36% 文科省調査』に 《必修にすべきだと答えた保護者がその理由として挙げたのは、 「早くから英語に親しませておいた方が抵抗感がなくなる」がもっとも多く》 とあるが、本当にそうなるのだろうか? すでに調査結果があると思うが。

2005-03-14 (1) 01:00:36 +0900

歴史的かなづかい回文>「しうとは凍死」(しうとはとうし)

きょうは寒い。雪。あしたはほんとのホワイトデーになりそうだ。

2005-03-13 (0) 19:20:09 +0900

きょうの補筆箇所

2005-03-12 (6) 02:18:56 +0900

24時制がはやりつつあるからといって時針が24時間で一周する必要はない

24時制の「14時」 を午後4時とカン違いするミスを防ぐために作った時針が24時間で一回りする腕時計、 というのをインターネットで見たが、 24時制に慣れればそういうミスはほとんどなくなる。 長針が「3」を指していても「3分」だとは思わないのと同じである。

あるいは、文字盤から数字を全くなくしてしまえばよい。 12時、3時、6時、 9時位置だけマークを目立つようにしておけば読み間違えることはない。

2005-03-11 (5) 20:44:29 +0900

「シ」「ツ」が書き分けられない人が「ツメキリ」と書くと「シメキリ」に…

…見えるかも、というだけの話。

2005-03-11 (5) 20:43:29 +0900

目の錯覚>打ち消しのタグを使えばいいんだった!

<s> ... </s> タグを用いている。 横線の重ね打ちが表現できるブラウザでないと意味がないだろう。


////////////////////////////////

\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\\

////////////////////////////////

錯視の図を広辞苑第五版のさし絵から写してみた》 と大いに関係あり。 でも、そこに書いたどれよりもこのほうが優れていると思う。

2005-03-11 (5) 20:32:52 +0900

回文>「有馬まりあ」(ありままりあ)

架空の人名である。

2005-03-11 (5) 20:27:14 +0900

「マ*ア」とその逆「ア*マ」を並べると行が曲がって見える

私が見たのは別のことばだったが、ここでは「マリア」と「アリマ」にしてみた。


マリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリア
マリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリア


アリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマ
アリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマ


マリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリア
マリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリア


アリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマ
アリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマアリマ

2005-03-11 (5) 20:26:21 +0900

追加:


イエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエス
イエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエス


スエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイ
スエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイ


イエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエス
イエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエス


スエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイ
スエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイスエイ

追加その2:


ヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフ
ヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフ


フセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨ
フセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨ


ヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフ
ヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフヨセフ


フセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨ
フセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨフセヨ

追加その3:


イエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエス
イエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエス


マリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリア
マリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリア


イエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエス
イエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエスイエス


マリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリア
マリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリアマリア

2005-03-13 (0) 20:00:48 +0900

回文>「櫂の滴、『菊寿司』のイカ」(かいのしずくきくずしのいか)

春の舟遊び。 「菊寿司」のすしを持ち込んで食べている、という様子。

「菊寿司」はたぶん実在するだろうが、特定のモデルはない。

2005-03-11 (5) 20:15:52 +0900

回文>「死出の旅、のび太の弟子」(しでのたびのびたのでし)

のび太は「ドラえもん」に登場する少年の名。

2005-03-11 (5) 20:14:25 +0900

回文>「ヨブの妻、松のぶ代」(よぶのつままつのぶよ)

ヨブ記を劇にして上演しようとしており、 ヨブの妻の役は松のぶ代さん、というところ。 松のぶ代は架空の人名。

2005-03-11 (5) 20:10:55 +0900

冬至の日に「通勤時が明るい」人は夏時間なしでも一年じゅう通勤時が明るい

前項で引用したデータによれば、 冬至のころの東京では日の出から日の入りまで9時間45分しかない。

夏時間推進派の意見の中に、 夏時間を導入すると明るいうちに帰れる季節が増えるので、 女性が犯罪に巻き込まれる率が下がる、というのがあった。

しかし、冬至のころに明るいうちに家に帰るのは無理なようである。 労働時間が8時間、行き帰りに45分ずつとすると家を出てから帰るまで9時間半。 帰りは食料品などの日常の買い物をすると仮定し、 それに30分かかるとすると10時間になってしまう。 実際には日の出前から明るいし、日の入り後もしばらくは明るい。 しかし、通勤が片道45分、 買い物が30分というのはかなり短めな見積もりであろうから、 やはり無理だろう。---

……と考えかかったのだが、そうではなく、 「冬至のとき明るくなってから家を出て明るいうちに家に帰れるよう労働時間が決まっていれば、 一年じゅういつでも、明るくなってから家を出て明るいうちに家に帰れる、 よって夏時間導入の必要はない」と言えばよいのだった。

付)厳密に言えば、 日の出が最も遅くなるのは冬至の約半月後、 日の入りが最も早くなるのは冬至の約半月前である。 しかし、その差は5分ほどでしかないから、 上のように議論を進めてもほとんどさしつかえない。

付)本当に明るいうちに家に帰れるようにしようと考えているなら、 夏と冬とで労働時間の長さを変えるべきであろう。 それしかないと思う。

2005-03-11 (5) 02:06:52 +0900

本項を最初に公開したときはタイトルが 「夏時間導入で明るいうちに帰れれば犯罪が減る、という説に反論する」 となっていたのだが、改めた。 私は、これがこの説への反論になっているとカン違いしていたのである。 (さらに言うと、この説への反論ではなく、 「だから夏時間を導入しよう」という説への反論のつもりだった。)

「付」の直前の段落に書いた議論は、 「よって夏時間導入の必要はない」の手前までは正しい。 その地点での一年間にわたっての日の出・日の入りの時刻の変化を調べなくても、

のどちらかであって、 「夏時間を導入すれば一年じゅう通勤時間帯が明るくなるようにできる」 ということはないのであった。 (「冬至に日の出が最も遅くなり、日の入りが最も早くなる」 と言ってよい地点では、という条件がつくが。)

おそらく、東京の場合は前者であろう。 ほとんどの人には 「夏時間を導入してもある時期には通勤時間帯が暗い」 となると思われる。 あとは「それにしては手間が大きすぎる」 「いや、夏時間導入で通勤時間帯が明るくなる時期だけでも、 手間を上回る効果がある」 といった価値観の争いになり、論理で決着をつけることはできない。

付) 北半球では、南へ行けば行くほど、冬至の昼の時間が長い。 那覇ではうまく勤務時間を選べば一年じゅう通勤時間が明るいかもしれない。

2005-03-11 (5) 22:27:03 +0900

これは、単なる推測ではない。 那覇では冬至のころも日の出から日の入りまで 10 時間 30 分ある、 ということが元になっている。

2005-03-22 (2) 21:11:36 +0900

日の入りが毎日同じ時刻になるよう毎日時計をずらす夏時間はどうか?

一日1〜2分ずつずらす“夏時間”》 では、 日の出が毎日同じ時刻になるよう毎日時計をずらす夏時間はどうか、 と冗談で提案した。 しかし、それよりは日の入りが一定になるほうがよいかもしれない。 自動車の運転者がライトをつけるべき時刻、 子どもが外での遊びをやめて家に帰るべき時刻などが一定となり、 覚えやすいからである。

仮にそれを18時としてみると、 日の出の時刻は夏至のころには3時25分、 冬至のころには8時15分となる。 理科年表を見て、東京のデータを元に計算したもの。

2005-03-11 (5) 01:52:50 +0900

このやり方を採用し、かつ一年じゅう時計の上で同じ時刻に起きるとすると、 いまの標準時から見れば「夏は遅く、冬には早く」起きることになる。

2005-03-22 (2) 12:32:12 +0900

夏時間導入で一斉に労働時間を前にずらすのは資本主義の原理に反しないか?

初夏の朝はかなり早い時刻からもう明るい。 だから早くから会社に行って早く帰れれば、 夕方の明るい時間に屋外で余暇が過ごせる、 だから夏時間を導入しよう、という意見を読んだことがある。

しかし、いまの日本は資本主義である。 そういうふうに考える労働者はそういう会社、 すなわち、 初夏には始業時刻・終業時刻を早めている会社に勤めがえをすればよい。 そういう希望が多ければ、優秀な労働者はそういう会社に集まるだろうから、 多くの資本家が自分の会社の労働時間を早めるだろう。 結果として、社会全体で初夏の勤務時間は早いほうへずれる。 こうやってことを進めてゆくのが資本主義の原則なのではあるまいか。 それを、夏時間の導入で政府が一斉に早めようとするのは、社会主義的な気がする。

付) 資本主義と社会主義の優劣を論じているのではない。

2005-03-11 (5) 01:35:06 +0900

毎年のサクラの開花日を旧暦で表にすれば“旧暦の季節感”の怪しさがわかる

今年のサクラの開花は早めだとか遅めだとか言うが、 たいていは太陽暦の日にちで言う。 二十四節気の一つ、 たとえば春分から何日目かで言うのが正しいような気がするが、 それはさておき。

過去何年かの開花日を旧暦でまとめてみれば、 旧暦と季節の関係は年ごとにまちまちであることがわかると思うのだが。

サクラの開花日のデータは 《朝日新聞>「豪雪地・金沢」って冗談でしょ?》 で取り上げた記事にも載っていたと思う。 あとは換算するだけ。誰かやって。

2005-03-11 (5) 01:20:17 +0900

回文>「板垣退助、消す板、来がたい」(いたがきたいすけ…)

本文ナシ

2005-03-11 (5) 01:18:52 +0900

「免罪符」と「冤罪」がごっちゃになって「冤罪符」と言っている人も…

…いるだろうな。

2005-03-11 (5) 01:14:14 +0900

きょうの補筆箇所

2005-03-10 (4) 02:56:34 +0900


すのもの Sunomono