本文ナシ
2010-11-29 (1) 03:27:10 +0900
大型引照つき聖書(口語訳)を、机の上に立てて、何年も使っていなかった。 口語聖書発行三十年記念でもらった革しおりがはさんであったが、 そこが変色したり、革がぼろぼろになって付着したりしていないだろうか、 と調べてみたら、しおりをはさんでいた二ページのみ、ざらざらしていた。 しおりに厚みがあるので、そのすきまからほこりがはいったものと思われる。
聖書がほこりをかぶっているようでは情けない。 ページがざらざらではもっと情けない。
2010-11-29 (1) 03:17:51 +0900
普通、クリーニング屋は「白」の字をつけると思うのだが、 これは姓によるものか。先週土曜日の夕方、香林坊の近くで。
2010-11-29 (1) 02:12:16 +0900
眠っている間に殺してから家に火をつけて逃げてゆく、 というのが普通のような気がするが。
死んだあとでもフリッカに訴えることは可能なのか。 可能だとしても、フリッカはヴォータンに 「ジークムントとの戦いでフンディングに勝たせよ」とは言わないだろうから、 話がつながらないよな。
2010-11-29 (1) 02:05:49 +0900
…はルール違反なのだろうか? つまり、 「ライトセーバーで決着をつけよう」とヨーダに言ったのに、 その途中でフォースを使って物体を動かし、そのすきに逃げたのは、 ジェダイのおきてに反していないのだろうか? (ドゥークーはもはやジェダイではないが。)
III のムスタファーの闘いでは、 オビ=ワンとアナキンがフォースで力比べをするところがあった。 (しかし、あそこではライトセーバーで決着をつけようとはどちらも言っていない。)
2010-11-29 (1) 01:55:32 +0900
II のアリーナで、ウィンドゥはジャンゴの火炎噴射を食らう。 ジェダイだからライトセーバーと決めつけないで、 火炎噴射機をもちこんで、 ドゥークーに向けて発射していたら、どうなっただろう?
2010-11-29 (1) 01:53:25 +0900
本文ナシ
2010-11-29 (1) 01:51:58 +0900
数の「京」はケイと読まれることが多いか。 (1016)5 = 1080 で、 無量大数をも越え、名前がない。
2010-11-29 (1) 01:47:12 +0900
勝手に意味を推測すると危険な例。
2010-11-29 (1) 01:45:41 +0900
「彼女は一度結婚しています」は、結婚したが離別か死別して、いまは独身、 というニュアンスが強い。 「彼女は結婚しています」なら、既婚、すなわち、いまは夫がいる、 ということになると思う。
2010-11-29 (1) 01:42:16 +0900
土曜日、職場に向かう途中。確かに、あごひげはかなり白くなった。
2010-11-29 (1) 01:05:16 +0900
マウスカーソルの移動の際。 マウスなら、マウスがマウスパッドの端まできてしまったら、 マウスを持ち上げてパッド上の別の位置に置けば、続けて移動できる。 タッチパッドの場合、指を一度あげて別の位置におろすので、 クリックと間違われないかと心配しておそるおそるやっていたが、 いま試したら、大丈夫だった。 指をおろし、直後に離して、初めてクリックとみなされるのだ。
水泳の息つぎみたいにおそるおそるやっていた。 (私が水泳がへたなだけだが。)
シングルクリックでファイルが開く、 エクスプローラのファイルのアイコン上で“息つぎ”しても大丈夫だ。
厳密にいうと、指をおろし、直後に離し、そのあと離しっぱなしで、 初めてクリックとみなされる。おろし、直後に離し、 その直後におろすと、ドラッグが始まったものとみなされる。
《教訓>コンピュータが「保存した」と言ってきても保存されていない時がある》 に「範囲指定をしたままにしておけばいい」と書いたが、 それが取り消されないようにするには、 どのようにすればよいのだろう、と考えて、実験して、わかった。
2010-11-29 (1) 00:45:31 +0900
ミーメと同じで、私はクマがこわい。
2010-11-29 (1) 00:34:01 +0900
きのうは日曜日だったが、土曜日に別の仕事がはいってできなかった、 プログラミング実習のレポート採点のため、職場に出た。 帰り、バス停の近くで、バス代を払うための IC カード、 ICa がないことに気がついた。 部屋を出たところで、キーケースをしまうついでに ICa を出して手に持った記憶がある。 手から落ちるとしたら、 建物を出たところで左手ににぎっていたクマよけの鈴を離したときしかない。 場所が特定できたので、戻ったら、あった。 バスは予定していたのに乗れず、次のになった。
情報がはいっているわけではないので、 仮に見つからなくてもその金額だけ損するだけだ、と考えたから、 それほどあせらなかった。
落とした原因は、クマよけの鈴 --- これはトートバッグの口をしめるひもにつないである --- を左手から離すとき、 「左手でにぎっているのは鈴だけだから」 とカン違いし、手元を見ないで離したからだと思う。
教訓: 手に持っているものを離すときには、 それ以外のものも同じ手に持っていないか、確かめよ。
2010-11-29 (1) 00:26:38 +0900
kakimasu のように一文字おきに母音字が現れる。 i は除くにしても、aeou は形状が似ているので、読み間違える可能性が高いかも。 umeru と umaru など。
2010-11-29 (1) 00:21:32 +0900
歴史的かなづかいによる。
2010-11-29 (1) 00:19:28 +0900
docomo の N904i から送り、 Microsoft Office Outlook で受けると、 「あいうabえc dお」と、スペースがはいる。 ケータイからケータイへも、Outlook から Outlook へも正常なのに。 ヘッダ内では
Subject: =?iso-2022-jp?B?GyRCJCIkJCQmGyhC?=ab=?iso-2022-jp?B?GyRCJCgbKEI=?=c d=?iso-2022-jp?B?GyRCJCobKEI=?=となっている。
2010-11-28 (0) 23:47:21 +0900
本文ナシ
2010-11-28 (0) 23:39:40 +0900
「第一」「第二」「第三」……は“自然に”できて、 それにならって作った語だと思う。 英語の zeroth と同様か?
2010-11-28 (0) 23:26:49 +0900
Wikipedia によると、 大韓民国が Republic of Korea で、 朝鮮民主主義人民共和国が Democratic People's Republic of Korea なのに、 「共和国」だけで「北」をさすことがあるのはなぜだろう? 正式国名に 「共和国」がはいっているからかな?
そういえば、大韓民国の歴史に「第*共和国」という語がでてきたっけ。
2010-11-28 (0) 23:05:39 +0900
前に見たようなミスが多いが、 前の返信からコピー&ペーストするより直接打ったほうが早いだろう、 と思うので打つ。 指が頭についてゆかないので、いらいらしてくる。
よくあるパターンはどこかに置いておいてそこからコピーする、 ということも考えられるが、全体でそれほどの分量でもない。
2010-11-28 (0) 22:00:50 +0900
================= ◆◆◆◆ ◆◆◆| |||| ◆◆ |||| |||◆ |||◆ || −−−−−−−−−−−−−−−−− ◆|◆| ◆◆◆◆ ◆◆◆| ◆◆ ◆◆|◆ ||◆◆ ◆|◆◆ ◆| |◆◆◆ ◆◆|◆ |◆◆◆ ◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆| ◆◆◆◆ |◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆|◆ ◆◆ ================= 2010 1128 2145 31作れば作れるが、見やすくないな、きっと。
2010-11-28 (0) 21:45:31 +0900
telegenic は COD 第八版にも載っている由緒正しいことばである。 ただし、語源は television + -genic だそうだ。 なんか変。
2010-11-28 (0) 21:07:12 +0900
Google で検索すると最初のほうにはタロットのページが並ぶ。 少なくとも最初のページには。
2010-11-28 (0) 21:01:50 +0900
幸運は天から降ってはこない --- ワイズマンの4つの法則」
27日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の b9 面、 「勝間和代の人生を変える『法則』」。 今回の法則はタイトル行に引用しておいた。
結論からいいますと、 確かに運のいい人と悪い人はいます。 しかし、それは後天的な考え方や行動習慣から違いが現れるということです。
(中略)
宝くじのように、自分が結果を制御できないものについては誰でも運は同じですが、 制御できるものについては運が変わるからです。 具体的には、目の前にわざとお金を落としてみたり、 喫茶店で、会いたいと願っている人の隣に座らせてみたりすると、 運のいい人はすぐに気づきますが、 運の悪い人はどちらも気づかないのです。
大学院の学生だったころ、 同期生の何人かで集まっておしゃべりしていたことを思い出した。 わざと人にぶつかってきて、(いわゆる)因縁をつける連中の話題になったとき、 ぼんやりしている奴が、 自分はあるときそういう人にぶつかったらしいが、気がつかなかったので、 「え? ぶつかりましたか?」と答えたら、 あきらめて行ってしまった、というのだ。 「あ、ぶつかる!」と気づいた人のほうが、運が悪いというわけだ。 ぶつかったと自覚しているところに、つけこまれるのだろう。
その点は考慮しなくていいのかな?
2010-11-28 (0) 01:31:46 +0900
「からめ」は「からむ」の命令形だが、「辛め」としてもよい。
2010-11-28 (0) 01:31:01 +0900
少し前に書いた、NHKラジオの大相撲中継が、 九重親方の解説だったので考えついたのだと思う。
2010-11-28 (0) 01:28:41 +0900
「倉庫食らい、イラク控訴」ともできるが、単に組み合わせただけ。
2010-11-28 (0) 01:27:18 +0900
本文ナシ
2010-11-28 (0) 01:25:15 +0900
先日、大相撲のラジオ中継を聞いていて。
自分が下げるのではなく、番付作成の人が下げるのだが。 「成績を上げる」「成績が上がる」、 「タイムを縮める」「タイムが縮まる」も同じパターン?
2010-11-28 (0) 01:22:50 +0900
そのうち考えよう。
2010-11-28 (0) 01:18:20 +0900
================ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆|||| ◆◆◆◆◆◆◆◆||||◆◆◆◆ ◆◆◆◆||||◆◆◆◆◆◆◆◆ ||||◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ −−−−−−−−−−−−−−−− |◆◆◆|◆◆◆|◆◆◆|◆◆◆ ◆|◆◆◆|◆◆◆|◆◆◆|◆◆ ◆◆|◆◆◆|◆◆◆|◆◆◆|◆ ◆◆◆|◆◆◆|◆◆◆|◆◆◆| ================ 0123456789ABCDEF
上下さかさまにしても使える、というメリットがあるか。 むかし、値引き交渉の際にはそろばんを使い、 「このくらいでどうです?」などとやっていたが、 このそろばんだと、さかさまに数をおける“特技” のある人はそろばんを相手に向け直す必要がなくなる。
2010-11-28 (0) 01:11:40 +0900
ちょっと前のNHKラジオ「実践ビジネス英語」 で迷信をとりあげていたときに思いついた話。 日本では四と九を避けるから、 数字として 0, 1, 2, 3, 5, 6, 7, 8 だけを使って八進表記を使えば、 という話は 《4 と 9 を欠く番号づけの駐車場で駐車スペースの数をすばやく知る方法》 に関連するが、 前には書いてなかったかも。
今回気がついたのは、抜いた 4 と 9 をカッコに入れて示すと 0, 1, 2, 3, (4), 5, 6, 7, 8, (9) となり、 四つ残して一つ抜かす、となる。 さらに、そろばんでは
======== ◆◆◆◆|||| ||||◆◆◆◆ −−−−−−−− |◆◆◆|◆◆◆ ◆|◆◆◆|◆◆ ◆◆|◆◆◆|◆ ◆◆◆|◆◆◆| ======== 01235678となり、珠の位置と数字との関係はいまの通りで、 四つ珠ではなく三つ珠で済む、という点。 ただし、5、6、7、8の意味がいまの四、五、六、七であることには注意。、
2010-11-28 (0) 00:53:45 +0900
江沼さんがラムネを飲む、と。
2010-11-28 (0) 00:51:57 +0900
「タケノウチ」と読む姓はあるので、「ノウミ」「ノーミ」と同類の例になるな、 と思って。
2010-11-28 (0) 00:49:05 +0900
本文ナシ
2010-11-28 (0) 00:44:03 +0900
歴史的かなづかいは「よもぎふ」なので、「生まれる」の「う」ではない。
2010-11-28 (0) 00:34:32 +0900
2018-01-19 (5) 23:54:18 +0900
前者は「この庭で自分と」と言い換えられ、 後者は「自分のところの庭で」の俗な言い方。
2010-11-28 (0) 00:27:56 +0900
前者は、傘がなかったので濡れていた、というニュアンスがあると思う。 つまり、「て」の前の文が後の文の理由を示している。 後者では、前の文が理由にならないので、おかしく感じるのか。
ネットで、後者のような言い方をしている人がいて、 聞き返されていたのを見た。
私もかなり不自然に感じる。 しかし、「傘がなかったが学校へ行った」は長いか。 「傘なしで学校へ行った」とすると別のニュアンスになる。 それに、「おなかが痛くて」はこの言い換えができない。
2010-11-28 (0) 00:24:25 +0900
少し前から、勝手にリセットがかかるようになり、 もう温度計としてしか使えないか、と思ったのだが、 さっき、手にとった瞬間にリセットがかかったので、原因がわかった。 電池ぶたの左上隅が押されるとリセットがかかるのだ。 電池を取り出し、軽くふいて入れ直した。 たぶん、これで直ったと思う。
2010-11-28 (0) 00:13:50 +0900
十年も店番しているのかと思うと、なんだか。
2010-11-28 (0) 00:06:50 +0900
「‥」の間に「∴」「∵」がはさまっているが、 その規則がよくわからない。
2010-11-28 (0) 00:02:00 +0900
普通、「おびき出す」「おびき寄せる」としてしか使わないので、 単独の意味を尋ねられたらわからなかっただろう。 「おびき入れる」もあるか。
広辞苑第六版は歴史的かなづかい未詳としているが、 岩波古語辞典は「をびき」で載せている。 岩波国語辞典第三版は歴史的かなづかいを添えていないから、 「おびく」と判断したことになろうか。
2010-11-27 (6) 23:46:21 +0900
本文ナシ
2010-11-27 (6) 23:34:33 +0900
確か、 携帯電話版「広辞苑第六版」で「地」を後方一致検索し、その中から探し出した語。 「いやち」をひくと、「いやじ」を見よ、となっている。 「ち」が「じ」に変わるのは連濁ではないのだろうか?
連濁だと考えれば、現代かなづかいでも「いやぢ」になりそうだ。 しかし、「地」には「ぢ」というカナのあてかたはないことになっている。 (新日本式ローマ字なら iyazi で問題なし。)
2010-11-27 (6) 23:30:01 +0900
少し前の項に書いたことに関連するが、 私は自分の手元から情報が失われることを極端に恐れている。 スター・ウォーズ「エピソード III シスの復讐」を思うと、 それが原因で暗黒面に落ちるかも知れない。 ヨーダのように考えるなら、 失ったデータは“フォースと一体化した”と思うことになるか。
2010-11-27 (6) 23:25:29 +0900
ちらっと見ると、「初めて定義する」の間違いじゃない? と言いたくなるが。 アクセントも違うか。
2010-11-27 (6) 23:11:33 +0900
広辞苑第六版は、新しい用法を「コンピューターで」で始めて定義している。
2010-11-27 (6) 23:02:00 +0900
前項から得た教訓である。
だから、「終了しよう」としてはいけない。 これだと、書きこめたとパソコンが判断したら、終了してしまう。 そうではなく、保存して、確認してから終了すべきなのだ。 さらに、不安を感じたら、保存する前にすべてを別のファイルにコピーする。
この「いろいろ」もメモ帳で書いているが、 Alt+F, S で上書き保存し、ブラウザ上で見え方を確認してから、 公開用ファイルに移している。それを何度もくり返すため、 終了は最後に一度だけだ。 それに対し、前項の日誌の場合は、 直接に(「いろいろ」で言えば)公開用ファイルに書き込んでいるようなもので、 少し書き足しては Alt+F4 で終了しようとし、 パソコンが「保存しますか?」と言ってくるのを期待していた。
だから、この下書きファイルから公開用へは「移動」しているが、 そうではなく、「コピー」して、 確かにコピーされたことを確認してから下書きを消すべきだ。
edlin は、 ディスク容量不足などでエディットに失敗したらやり直すしかない、 とどこかに書いてあったっけ。 e コマンドで終わるしか保存の方法がないのが原因だ、といまわかった。
付) 下書きファイルから公開用へは「移動」でなく「コピー」すべきだ、 と書いたが、それだと下書きから消すとき、 本当にいまコピーされた箇所だけを削除できるか不安にならないかな、 と思ったが、範囲指定をしたままにしておけばいいだけのことだった。 本項を移動した際に気がついた。
2010-11-27 (6) 22:41:00 +0900
わかってはいたが、 いままで使っていなかった Alt+F, S のショートカット、 Ctrl+S を使うほうが一打だけ少なくて済む。 ただ、これになれると、 とりかえしのつくコマンドである emacs の search と同様にとりかえしがつくとカン違いして Ctrl+S を押して、 誤って上書きしてしまいそうでこわい。
2010-11-28 (0) 23:33:01 +0900
昨日 --- 厳密にはけさ未明 ---、 昨日の日誌を「メモ帳」で書いていて、終了しようと Alt+F4 を押し、 上書き保存しようとしたら、 前にも見たことのあるエラーメッセージが出て、書き込めない。 「名前を付けて保存」で、読み出したフォルダに書き込もうとしたら、 「上書きしますか?」のメッセージが出ず、書き込めて、 確かそのまま終了したように思うが、 開いてみたら書き足した昨日分は初めの二三行しかつけ足されていなかった。
(しかたがないので書きなおした。 頭にはいっていたことと、 紙に書いてあることしか入力しなかったので、 被害は時間だけで済んだ。 覚えられないような情報が携帯電話にメモしてあって、 入力したのから消していたら、アウトだった。)
先ほど、別の操作で、同じと思われるエラーメッセージが出た。 「コンピュータ」で、外付けHDDであるところの G ドライブをクリックしたら、 タイトルバーに「場所が利用できません」。 赤地に白の×印に続いて 「G:\ にアクセスできません。 ファンクションが間違っています」。 選択肢は OK ボタンとウィンドウを閉じる「×」のみ。 いつものように、 コマンドプロンプトの中から G: や dir G: をくり返したらなおった。
2010-11-27 (6) 20:01:45 +0900
実際には「確立には自身があります」だった。 タイトル行は文字数の関係。
2010-11-27 (6) 19:59:50 +0900
たいていの人は、靴をはくとしたら両足にはく。 「脱いであがったら、靴の向きを直しなさい」というのは、 左右の靴をそろえて、 その全体を、鉛直な直線を軸として π だけ回転させなさい、 という意味である。
2010-11-27 (6) 19:55:13 +0900
字音かなづかいによる。
2010-11-27 (6) 00:06:08 +0900
本文ナシ
2010-11-26 (5) 23:58:24 +0900
今月24日水曜日放送分冒頭の前回のあらすじで、 講師の杉田敏先生が、 「二十歳未満の若者たちにとっては、 メールが会話にとってしまったようだと」と言われた。 「……メールが会話にとってかわってしまったようだと」 の言い間違いではあるまいか。 (「二十歳」は「にじゅっさい」と発音された。)
その前の回の“訳文”には
「20歳未満の若者たちにとっては、
メールが会話に取って代わってしまったようです
」
とある。
2010-11-26 (5) 23:09:44 +0900
2010-11-24 (3) 03:30:52 +0900
まあ、確かに、「成獣に明太」もよみは同じ「せいじゅうにめんたい」だがな。
2010-11-24 (3) 02:19:19 +0900
正十二面体、正二十面体の英語名で覚えたから。
2010-11-24 (3) 02:16:51 +0900
《triskaidekaphobia と言われてすぐ覚えられる? 十三恐怖症のことだけど》 から思いついたこと。
ギリシア語で「十三」をどういうかは、 上にあげた項を書いたとき、ギリシア語の教科書を見て知った。 ラテン字母で書けば treiskaideka だ。 日本語なら、「十三」と「恐怖症」を合わせて「十三恐怖症」とわかりやすいが、 英語の場合、ギリシア語にさかのぼって造語するので、 ギリシア語を知らないとむずかしく感じるだろう。
……と思ったのだが、もしも仮に、 「恐怖症」は日本語に入っているが十三はやまとことばで 「とをあまりみつ」と言っていた時代があったとして、 その時代に造語しようとしたら、 「『とをあまりみつ恐怖症』はおかしい。 中国語にさかのぼって造語しなくては」という人があり、 普通の日本人には「じゅうさん恐怖症」 を覚えるのはむずかしかったのではあるまいか。
2010-11-24 (3) 02:02:43 +0900
自分がその十二万人の中で本当に犯人だという証拠があるなら別だが。
2009年5月9日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版社会面の、
「足利事件DNA不一致」の記事によると、
《同事件の場合は当初「千人に1・2人」を識別できる計算だった
》
とある。日本に人が一億人いるとすれば、
120000人もの犯人がいたことになる!?
2010-11-24 (3) 01:51:53 +0900
…と喜んだら、それは同一ドライブ内に限るようだ。
2010-11-24 (3) 01:38:27 +0900
…その先に 96**** などがあった。 終わりと思ったのに先があったので、ちょっとがくっときた。 二けたの数字は西暦の下二けた。「****」は担当した授業名の略称。 K2Y 問題はまだ残っていた、ということか。
2010-11-24 (3) 01:34:05 +0900
……じゃないだろうな?
2010-11-24 (3) 01:32:34 +0900
飲みすぎて吐いたりして。
2010-11-24 (3) 01:28:25 +0900
前項参照。日本語で似た例ができないかな、と考えてみたもの。 ちょっと(というか、かなり)違うが。
2010-11-23 (2) 22:30:38 +0900
ビニエットの more than 60 two-way communications every day は聞き取れなかった。 60 の、双方向の、の意味なのだが。 その前に、 息子がひと月に 2000 件ちかくのメールを受信しているという話があったので、 2000 を 30 か 31 で割ると 62 ぐらいかな、と思ってしまったのである。 つまり、60 two- を 62 と聞いてしまい、-way は聞き取れなかったことになる。
Quote ... Unquote の Paul Valéry を、 杉田敏先生は日本語式に読まれた。 フランス人の名だから、ということであろう。
2010-11-23 (2) 22:02:59 +0900
XP までの Windows で、ウィンドウの上の縁の、 ファイル名などがでているところをダブルクリックすると最大化したり、 元に戻ったりするのは前から知っていた。 Vista マシンを買ったら、 ファイルを開くなどの操作がシングルクリックでできるようになっていたため、 最大化もそうだと思い込んでいた。 シングルクリックは“そのウィンドウを手前に”に割り当てられているので、 最大化はダブルクリックだ。それに、 「従来のダブルクリックがすべてシングルクリックになった」 とは誰も言っていない。
2010-11-23 (2) 20:49:30 +0900
エクスプローラで Alt+T, 「フォルダ オプション」とすると、「全般」の中の「クリック方法」で、次が選べる。
「既定値に戻す」を押してみたら、最後のになった。 下線が消えて、すっきりして見やすくなった。 いままで、なんでこうしていなかったのだろう? シングルクリックが Vista の特徴、と思い込んでいたのかな?
2010-11-23 (2) 20:12:24 +0900
エクスプローラで Alt+T, 「フォルダ オプション」、「表示」と進むと「詳細設定」の中の 「保護されたオペレーティング システム ファイルを表示しない(推奨)」 というのにチェックがついている。 これを消せば、Thumbs.db が表示されるようになる。 (ただし、消そうとしたときに警告が出る。)
表示されるということは、 システムファイルのはいった隠しフォルダに、 うっかり自分の作ったファイルを“落として”しまうかも、 ということでもある。 unix なら、root にならないと書きこめないから問題なさそうだが。
2010-11-23 (2) 20:12:23 +0900
本文ナシ
2010-11-23 (2) 02:15:54 +0900
稲場は姓。
2010-11-23 (2) 02:12:50 +0900
本文ナシ
2010-11-23 (2) 01:54:37 +0900
「ひうちいし(火打石)」の「ちい」は長音ではない、 というようなことを書こうと岩波国語辞典第三版付録のかなづかい対照表を見たら、 イ段の長音はないことになっているのだった。 ……と思ったが、広辞苑第五版の付録を見たら、 1986 年の内閣告示には「イ列の長音」があがっている。 しかし、付表にはない。
2010-11-23 (2) 01:43:43 +0900
2010-11-22 (1) 03:05:24 +0900
専門家は常に先入観を疑え --- 「ローゼンハン実験」」
20日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の b9 面、 「勝間和代の人生を変える『法則』」。 今回の法則はタイトル行に引用しておいた。
これは1973年に米国の心理学者のデービッド・ローゼンハン博士が友人7人を募り、 8人で12の病院に「幻聴が聞こえる」 と訴える偽(にせ)患者を装って診察を受けに行ったところ、 診察にあたった医者がそれを詐病と見抜けず、 全員入院させられて、薬物治療を受けることになったというものです。
この実験は、医学界から大変な反論と反響がありました。
ある病院は、偽患者はかならず見分けられると主張し、 ローゼンハンに、好きなだけ偽患者をよこせと勝負を挑みました。
じつはこのときも、ローゼンハンの完勝でした。 なぜなら、この病院は、3カ月間で診察した193人の患者のうち、 41人を偽患者だと見抜いたと発表しましたが、 なんとローゼンハンはこの病院に一人も偽患者を送りこんでいなかったのです。
この心理学者とは無関係に、偽患者がこの病院を訪れていた可能性がある。 そうでなかったことを説明しなければ意味がない。
そのためには、 その41人が偽患者でないと判断したのは誰か、を述べる必要があろう。 ほかの病院の医師が診断したのだとしたら、 その医師たちの言うことは信用していいのか、という問題になる。 この記事は、 この心理学者自身は偽患者かどうかの判定はしていないような書き方である。
そもそも、 「一人も偽患者を送りこんでいなかった」というのは誰が判定したことなのだろう?
2010-11-22 (1) 02:49:12 +0900
Vista は、すべてのファイルを表示させるよう設定しても、 Thumbs.db を表示しない。 それをしばらく忘れていて、全ファイル数、全バイト数が合わず、 悩んでしまった。
2010-11-22 (1) 02:39:46 +0900
夫、弟、兄が死んでしまうので、 あとは彼女がギービッヒ家を引き継ぐしかない。 幕切れで、家臣たちに向かい、 「死んじゃったものはしかたがないから、あとは私の言うことを聞きなさい!」 というような態度をとったらどうかな。
2010-11-21 (0) 03:04:37 +0900
ファフナー、エルダ、ブリュンヒルデの三人。 あとの四人、ミーメ、ジークフリート、さすらい人、アルベリヒは眠らない。 入れるなら森の小鳥も。
2010-11-21 (0) 03:01:50 +0900
岩波書店から出ている「世界」2009 年三月号の、 湯浅誠さんの「インタビュー 派遣村は何を問いかけているのか」に、 生活保護について、知らなかったことが書かれていた。
住むところを失うと、雇ってもらえなくなる。 収入がなければ、アパートは借りられない。 この状態を打破するために生活保護という制度があって、 お金がもらえてアパートに住める。 そうなると仕事がさがせる、ということのようだ。 (私のことばで書きなおしているので、正確ではないかも。)
《働く気がないから生活保護を受けるのではなく、
住居もない状態では就職活動すらできないので、
まずは生活保護を受けるところから自立の一歩を始めるしかないという現実があるのですが、
生活保護という言葉がでてくると雰囲気が変わってしまう。
この壁は依然として厚く存在します。
すぐには壊れないでしょう
》。
「雰囲気」とは、派遣村をめぐる議論の雰囲気、と理解してよいであろう。
2010-11-20 (6) 23:00:34 +0900
san-ka-gecu, go-ka-koku という書き方もあろう。
2010-11-20 (6) 22:58:40 +0900
よく、日本人はこれでやっているよな。
漢字は音読みの場合のみ使う、と決めれば「この間」は「このかん」 としか読めなくなる。 「このあいだ」は「このあいだ」と書くからだ。 (「この間」とかいて「このけん」と読むことは、普通の日本語では、ない。)
2010-11-20 (6) 22:53:46 +0900
よくくるスパムで見かけたもの。 二本並べて、その間に文章を書いてくる。 「★」は全角文字だが、それ以外は ascii コードだから、 工夫すれば欧文でも使えるかも。
2010-11-20 (6) 21:30:52 +0900
本文ナシ
2010-11-20 (6) 21:29:45 +0900
本文ナシ
2010-11-20 (6) 21:21:58 +0900
A, J, Q, K をそれぞれ 1, 11, 12, 13 として、の話だが。 だから、七並べで最初に出す7はまん中だったんだ。
2010-11-20 (6) 20:28:13 +0900
(-1 1) (-1 1) = O (-1 1) (-1 1)であるのは計算してみればわかるが、
(-1 1) = (1) (-1 1), (-1 1)(1) = (0) (-1 1) (1) (1)に注意すると、
(-1 1) (-1 1) = (1) (-1 1) (1) (-1 1) (-1 1) (-1 1) (1) (1)として、 中の二つの行列の積が (0) だから全体は O, とも説明できるのだった。
別の例として、
(0 k) (0 k) = O (0 0) (0 0)だが、これは
(0 k) = (k) (0 1), (0 1)(k) = (0) (0 0) (0) (0)から同様に説明できる。
2010-11-20 (6) 19:44:00 +0900
環境が過酷であるほど、人は依存的になる」
13日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版 be on Saturday の b9 面、
「勝間和代の人生を変える『法則』」。今回の法則はタイトル行に引用しておいた。
そのあとに「---「ネズミの楽園」
」がついているが、
タイトル行では自分に課している文字数制限のため、割愛した。
ネズミを、理想的な環境で育てられたものと、 ケージ(かご)に閉じ込めて育てられたものの二つのグループに分け、 それぞれにモルヒネ入りの水を与えた場合、 どちらが依存症になりやすいか調べたのです。
《カナダの心理学者、
ブルース・アレグザンダー
》は、タイトル行に引用したような仮説をたて、
そのような実験を行なったという。
この仮説は結果的に立証されました。 理想的環境で育てられたネズミはほとんどモルヒネに興味を示さなかったのに対し、 閉じ込められた環境のネズミは簡単に中毒になりました。 理想的環境に置かれたネズミは、いったん中毒になっても、 簡単にそこから抜け出せたのに、 過酷な環境のネズミは依存から脱却できませんでした。
ここまではわかる。
したがって、何かの依存症を治療するには、 どのような環境要因がそれに向かわせているのかを分析、 改善しない限り、再発する可能性が高いわけです。
これもわかるが、 実験に使われたネズミでは、どのような環境で育てられたかという、 過去のことで依存度が決まった。 人間でも、 「育った環境がこのように劣悪だったから、 今後どんなに改善しても無理」という場合があるのではないか。 (ネズミの実験で、 これこれのことをしてやったネズミは依存症から抜け出した、 という話は書いてない。)
すると、次に引用する最後の段落が、むなしく思えてくる。
自分自身がなぜ、依存症に陥ってしまうのか、 依存により何から逃げているのか。 自己分析する必要があることを、この実験は教えてくれています。
分析した結果はわかっても、 「現代の科学では改善は不可能です。よって、どうやっても治りません」 であるかも知れないからだ。
その前の段落にはこう書かれている。
私自身も30歳過ぎまで、 たばことお酒に依存していました。 それを断つことができたのは、 ワークライフバランスを整え、 かつ、 人間関係を見直して、過重な労働やストレスから逃れたからだと、 いまとなっては振り返ることができます。
この人のケースでは、 依存に陥った原因は過去ではなく、 そのときの環境にあった。そして、それを克服できた。
そうでない人はどうすればよいというのだろう? 「おれが**をやめられないのは、 育った環境が悪かったからさ」と言いわけしつつ、 さらに依存度を深めてゆくだけかも知れないと考えると、 これは“勝ち組”が“負け組”に対して優越感を覚えるための法則にも思えてくる。
……と書いている私も、 こんなものを書くことに依存せず、 もっと建設的なことをするほうがよいのだが。
2010-11-20 (6) 01:31:51 +0900
依存症は環境の過酷さによってのみ起こるのか、という問題もあった。
ネズミについては
《理想的環境で育てられたネズミはほとんどモルヒネに興味を示さなかった
》
とある。
人間については、次のように述べられている。
日本でも、大阪大学の幸福度調査で、 たばこを吸う人は、統計的に不幸だと感じていることが明らかになりました。 これはたばこを吸うから不幸なのではなく、 不幸だからたばこに頼ると言えるのかもしれません。
おそらく、不幸でなくてもたばこを吸う人がいたのだと思われる。 (「統計的に」の位置を変え、 「たばこを吸う人は不幸だと感じていることが、統計的に明らかになりました」 とするほうが自然な日本語になると思われる。)
最初に書いたことは 「原因がわかってもどうしようもない場合がある」であった。 今回書き足したのは 「原因がわからない依存症もある」である。
2010-11-22 (1) 02:22:14 +0900
普通のローマ字書きではどちらも keiro とするが、 時計を tokei でなく tokê と書くなら、 kêro と keiro とかき分けることになる。 後者を keïro と書くことも考えられるか。
2010-11-20 (6) 01:25:59 +0900
いま、たまたま目にとまったのだが、
「科学が進んだ未来の社会とか宇宙とかを舞台とする
……」とある。
「とか」が、なんだか辞書らしくない。
「科学が進んだ未来の社会や宇宙を舞台とする」
でよいではないか? この項目は、別の人が書いたのかな?
2010-11-20 (6) 01:21:21 +0900
私は左右のボタンを入れ替えて、右手で使っている。 タッチパッドを軽くたたけばクリックの代わりになるから (デフォルトでの)左クリックの必要はまずない。 右クリックは、タッチパッド手前の左のボタンを親指で押せばよく、 親指で押すには左のボタンのほうが楽である。
……ってことは、入れ替えずに左手で扱えばよい、ということか?!
タイトル行に書いたのは、最初に書きたかったことで、 ログイン直後、しばらくはマウスのボタンが入れ替わらない。 そのため、 右クリックのつもりでクリックになってしまうことがあり危険なのだった。
いま、さっそくデフォルトに戻した。
2010-11-20 (6) 01:01:24 +0900
ナイフとフォークのように二つが必要でないのはなぜか? (はしも、 一膳で二つとみなす。)
カレーもご飯も皿にくっつきやすいことが、関係しているような気がする。
2010-11-20 (6) 00:56:52 +0900
バスの中で段差注意とあるのを見て。
2010-11-20 (6) 00:55:08 +0900
オビ=ワンやヨーダは、肉体の死を待たずに、 フォースと一体化する術を使って姿を消した。 その際、からだだけが消えるのではなく、 身につけていたものも消えた。 (オビ=ワンのローブは残ったが。)
ベイダーからアナキンに戻ったあと、 中身だけ消えてしまったのだろうか? マスクなどは、 ベイダーとしての衣装の一部だから、残して消えたのか。
2010-11-20 (6) 00:44:17 +0900
前項に関連。
完全に宙にただよいつつ、敵と戦うのは不可能なのか。
2010-11-20 (6) 00:42:48 +0900
II で、ヨーダ、オビ=ワン、ウィンドゥが、 ジェダイ聖堂の中で歩きながら話すシーンがあったが、 ヨーダは円盤状のものに乗って浮いていた。 あれがフォースで浮いているのだとすると、 ヨーダよりもフォースの強いアナキンにも可能だろう。 両足を切断されてサイボーグ化される際、 足はつけずにフォースで宙に浮いて移動することもできたのでは?
でも、それじゃあ、旧三部作の時代には撮影が大変だったろうな。
2010-11-20 (6) 00:38:15 +0900
いま手元に DVD がないので確かめられないが、 ルークが何度も切りつけてようやく切り落としていたように思う。 ライトセーバーは、ライトセーバーの刃と、 III に出てきた衛兵ドロイドのもつ杖以外、 なんでもすっと切れるという設定では?
2010-11-20 (6) 00:35:43 +0900
薬指が疲れて、痛くなりかかることもあるので、自分の指使いを観察してみた。
たとえば、1 や、その左の(いわゆる)日本語入力のオンオフのキーまで、 左手薬指で打っている。そのほうが、左手の手のひらを上に移動しなくて済むだけ、 楽なのだが。
右手は、長音符、Enter キーなどを薬指で打つ。 BackSpace や Delete は中指のこともある。
もう一度、基本に帰ろうか。ただ、 パソコンは文字・数字キーだけでなく、 その周辺にある重要な働きをするキーも頻繁に使うので、 それらをすべて小指で打つと、小指に負担がかかりすぎるような気もする。 どのような(いわゆる)日本語入力法を使うかにもよる。
「↑」「↓」キーは右手の中指。 「←」は人差し指、「→」は薬指。 これが、右手薬指を酷使する原因か。
2010-11-20 (6) 00:23:07 +0900
本文ナシ
2010-11-20 (6) 00:21:16 +0900
本文ナシ
2010-11-20 (6) 00:19:58 +0900
「タケノーチ」かも知れないからである。 また、Takenouci とつづってもこれはカナ式ローマ字ではない。
2010-11-20 (6) 00:17:11 +0900
意味を考えれば、このようにハイフンを入れることが可能である。 (Uci を大文字で始めるかどうかは別問題。なお、 このつづり方は新日本式ローマ字である。)
ほかに、「坂之上」を Saka-no-Ue など。
2010-11-20 (6) 00:14:03 +0900
ここでいう日本語とは、漢字かなまじり文のことである。 そうなっているかいないか、 それでいいのかよくないのか。
英語では、I が人称代名詞なのかローマ数字の一なのかわからない、 などのごく特殊な例しかないだろう。
なぜタイトル行に書いた例を思いついたのかはわからない。 「終」と「糸冬」なんてほうが普通だろう。
2010-11-20 (6) 00:08:10 +0900
日本の死刑は、いつ執行されるかわからないまま入れておかれるのが残虐、 という死刑反対派の意見があり、 一方、終身刑のほうが精神に異常をきたすなどしてかえって残虐、 という死刑賛成派の意見もある。
そのことを思い出して、 だったらこうすれば少なくとも現在以上には残虐になるのでは、と。
(別にそれを提案しているわけではありません。)
2010-11-19 (5) 23:41:52 +0900
昔、奥村晴彦氏の掲示板で読んだような記憶がある。 商は 15 なので、9! では割り切れない。 いや、10 以下のすべての自然数で割り切れる、という話だったか?
2010-11-19 (5) 23:27:18 +0900
計算することは簡単だが、覚えていてぱっと口から出るか、の問題。 私も、この「いろいろ」に「曜針」 のことを書くまでは認識していなかったような気がする。 一日が 86400 秒というのも、 時刻関連のプログラムを書くまで認識していなかったような。
2010-11-19 (5) 23:24:13 +0900
普通、一年が何日あるのかは知らなくても困らない。 一週が7日であること、ひと月が約30日であること、 一年が12カ月であることは知らないと困るだろうが。
日本人が一年が365日であることを知っており、 また、「毎日」の意味で「一年365日」というのは、 あの歌の流行で始まったのではなかろうか。 (この話は前にここに書いたような気がする。)
前項に関連。あの歌詞も星野哲郎氏の作だそうだ。
付) 私は幼稚園児のころ、 平年の翌年は曜日があとにひとつだけずれることを知っていたが、 365 を 7 で割ると 1 が余ると知っていたとは思えない。 それに、それはこの曲が出る前のことである。
2010-11-19 (5) 23:04:35 +0900
17日水曜日づけ朝日新聞大阪本社版「天声人語」。
《亡くなった作詞家、星野哲郎さん
》の話だが、最後は
《85年の歳月を歩き終えた雲上で、
最愛の朱美さんと二人三脚を結び直すころだろうか
》
で終わっている。
これは、書いた人の「死後の世界」観を反映させたものだろうか、
それとも、亡くなったご本人のだろうか。
私が心配するのは、 『人間は死ねばおしまい。 「死後の世界」のことなど真剣に考えているやつはいない。 だから単なる“おはなし”を書いておけば万人に受け入れられるだろう』 という考えがひろまりつつあるのではあるまいか、ということだ。
2010-11-19 (5) 22:54:14 +0900
2009年5月9日土曜日づけ朝日新聞大阪本社版「天声人語」にも、
同様の例が見える。
《きのう亡くなった囲碁の藤沢秀行さんは
》と始まり、
《好んだ詩文どおりに歩み、
いままた雲上で碁敵(ごがたき)を探しているだろうか
》で終わる。
実は、これを読んだときに思いついたのだった。
付) 天上に全能の神がいまし、 その神と対話することが可能になるなら、 囲碁の必勝法もわかるようになるかもしれない。 そうなると、つまらなくなって誰も打たなくなるのではあるまいか。 チェッカーは必勝法が判明しているそうだが、 いまでもプレイする人はいるのだろうか。 (単なる遊びとして、は除く。)
2010-11-24 (3) 01:41:51 +0900
きょうづけ朝日新聞大阪本社版文化面、 「私の収穫」は作家の関川夏央の『北朝鮮「観光」』。
《いまでは信じがたいことだが、
80年代まで北朝鮮は韓国より高く評価されていた。
ことにマスコミがそうだったのは、社会主義に対する根拠のない好意のせいだ
》
とだけあり、韓国がどういう国だったのかに触れられていないのを見て。
2010-11-19 (5) 22:38:11 +0900
私が、細々だがフランス語学習を続けているから、だけかも。
2010-11-19 (5) 22:26:00 +0900
前項に関連して。
英語の accent はなまりをさすことがあるが、 「アクセント」をこの意味に使うのは、 ほぼ、英語の話をするときに限られるようだ。 杉田敏先生が、NHK「実践ビジネス英語」の十月末の “リスナー”インタビューの週で使っておられたような記憶あり。
2010-11-19 (5) 22:23:15 +0900
きょうづけ朝日新聞大阪本社版の、最終面ではないテレビ面。
「徹子の部屋」の紹介に
《女優の竹下景子がゲスト。
連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」
で水木しげる氏の母親を演じたが、
名古屋出身の竹下は出雲弁のイントネーションにとても苦労したという
》。
昔なら「出雲弁のアクセント」と言われたものが、 呼び方が変わったのか、それとも別の話か。 私は前者のような気がする。 英語が強弱アクセントなので、 高低アクセントの日本語の「アクセント」はアクセントではない、 と考える人が増えているのでは、と想像している。 前にも同じような例を見た。
ギリシア語も高低アクセント。
2010-11-19 (5) 22:13:40 +0900
16日火曜日づけ朝日新聞大阪本社版スポーツ面の表によると、 ことしの初場所14日目に琴欧州に勝ってから、 九州場所初日に栃ノ心に勝った取り組みまでの63連勝、あしかけ6場所だ。 ひとつの場所で同じ相手と二度対戦することはないから、 初場所千秋楽に倒したのは朝青龍で、 朝青龍は春場所以降は出ていないことと、 琴欧州が五場所とも対戦して負けていることを確認すれば、 白鵬に最も負かされたのは琴欧州、とわかる。
2010-11-19 (5) 20:00:52 +0900
「日が〜」につられてか。
2010-11-19 (5) 00:44:21 +0900
昔の MS-DOS, Windows には dump コマンドがあったが、最近のにはない。 このテキストファイルの改行コードはどうだったかな、 と調べるのには何を使ったらよいだろう、と考えていた。
いま、ダンプしたいファイルを a とする。 同じサイズのファイルを b という名前で作り、 fc /b a b とすれば、縦にだが、a と b をダンプしたものが出る。 ただし、最初の一バイトを違えておかねばならない。 b はテキストファイルで作ればいいのだから、
ファイル a と B を比較しています 00000001: 62 30 00000002: 63 30 00000003: 0D 30 00000004: 0A 0D 00000005: 64 0A 00000006: 65 30 00000007: 66 30と出力されたら、b の最初の一文字を変えてやり直せばよい。 (fc /b はマッチしなくなったバイトから出力する仕様なので。)
2010-11-18 (4) 23:05:01 +0900
2010-11-17 (3) 01:00:57 +0900
女性が男性を追い求めるのは「漁色」と言わないのか、 女性が女性を追い求めるのはどうなのか、など。
前々項を書くため、 「漱」を漢和辞典でひいて字音かなづかいを確かめようとした際、 「漁」も水部の十一画で、たまたま目にはいったもの。
ただし、タイトル行の定義は岩波国語辞典第三版からである。
全文引用すれば
「次次と女を追い求めて愛情をもてあそぶこと
」。
後半の意味がややはっきりしない。
2010-11-17 (3) 00:45:41 +0900
若干苦しい。
2010-11-17 (3) 00:25:07 +0900
字音かなづかい。
2010-11-17 (3) 00:24:15 +0900
前半が、若干意味不明。
2010-11-17 (3) 00:22:37 +0900
まん中にもう一文字を入れることができる。
2010-11-17 (3) 00:21:18 +0900
「おびえ」とするよりこのほうがよいだろう。 「おびえか、継母」ともできる。
2010-11-17 (3) 00:16:59 +0900
いぼ けいぼ かけいぼと順に前にのびてくるので。それぞれの語の意味は考えない。
2010-11-17 (3) 00:12:11 +0900
「暗くて見えなかった」となる。 ネットで見たのは、この例文でいえば「暗かって見えなかった」、だったかな?
2010-11-17 (3) 00:08:56 +0900
この間の日曜日、16時45分からの 「ラジオ英会話」再放送(一週間分まとめて)を、 聞き逃していた火曜日から金曜日の分まで録音しようとして、 ラジオをつけっぱなしにしていて、気がついたのだった。
2010-11-17 (3) 00:02:58 +0900
「正位置」「逆位置」はタロットの用語。 トランプ占いと異なり、札の上下も意味をもつのである。
2010-11-16 (2) 23:57:16 +0900
本文ナシ
2010-11-16 (2) 23:20:35 +0900
本文ナシ
2010-11-16 (2) 23:19:40 +0900
意味なし。
2010-11-16 (2) 23:08:12 +0900