深水黎一郎 10


世界で一つだけの殺し方


2013/12/23

 深水黎一郎さんの新刊は、馴染みが薄い出版社から刊行された。正直初版は多くはあるまい。だが、久々に、これぞ深水黎一郎という作品を読んだ気がする。

 中編2編という構成だが、『エコール・ド・パリ殺人事件』『トスカの接吻』『花窗玻璃』『ジークフリートの剣』と続く「芸術探偵」シリーズの最新刊でもある。やはり深水流本格ミステリといえば薀蓄である。近年の作品も決して悪くはないが、これを待っていたのだ。

 「不可能アイランドの殺人」。モモちゃんが家族旅行で連れてこられたのは、不可能が可能になる不思議なテーマパーク(?)だった。体調が優れない母をホテルに残し、父と散策するモモちゃんの前で、次々と不思議な現象が起きる。

 「薀蓄」の深水黎一郎が「物理」トリックの極地に挑む。なるほど、すべて物理現象で説明されるが…これほどタネ明かしが無粋なのもすごいな。そしてホテルに帰ると…。書いてある以上は、可能なんでしょう。でも…これシリーズに関係あるの???

 「インペリアルと象」。序盤に描かれた、スマトラ島沖大地震のエピソードは実話なのだろうか。場面は動物園でのピアノ・コンサートに移る。この時点では珍しいイベントだなあとしか思っていなかった。そして、演奏中に事件は起きた。

 ここでようやく海埜と瞬一郎が登場である。実は、トリックそのものは説明前から見え見えなのだ。本編のすごいところは、それでも「薀蓄」で読ませてしまう点にある。かなりのピアノ通でなければ理解不能。楽譜まで載っているし。それでも、本物の難曲を利用し、現状に燻るピアニストの魂に火をつける、この計算はどうだ。

 2編ともタイプが異なり、しかも満足度が高い。1冊で出してしまうのが惜しい。さらに惜しいのは、刊行が12月だったこと。来年のランキングの集計対象になるため、タイムリーに話題になるチャンスを逃したことになる。本格ファンなら入手しておくべし。

 「不可能アイランドの殺人」が「薀蓄」シリーズである理由が無理矢理だが…。



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