宮部みゆき 36


あかんべえ


2002/03/25

 宮部みゆきさんの今年最初の新刊は、時代物長編である。

 本棚に並んだ宮部さんの時代物作品を眺めてみると、市井に伝わる怪異を扱った作品が実に多いことに改めて気付かされる。本所七不思議を題材とした『本所深川ふしぎ草紙』、文字通り怪奇譚のみを集めた『あやし 〜怪〜』はもちろん、他の短編集にも必ずと言っていいほど収録されている。

 本作もまた然りである。しかも舞台は深川なのだから、宮部時代物ファンなら期待が高まらないはずがない。作風もヒロイン像も「霊験お初」シリーズに近い。主人公のおりんにはお化けが見える。見えるだけじゃなく会話もできてしまう。

 宮部さんの作品を評して、主人公が良い子すぎるという批判を耳にすることがある。かく言う僕も『あやし 〜怪〜』の読後感想に批判的なことを書いている。確かにおりんはしっかり者すぎるくらいしっかり者だ。結末はめでたしめでたし。お化けと心を通わせるなんてちゃんちゃらおかしい。だが、こんな作品を書ける作家が他にいるか?

 善人悪人の区別なく注がれるこの優しさこそ宮部作品の持ち味であり、なくてはならないものだと再認識させられた。本作を読み終えて、僕は不明を恥じる次第である。昨年の話題を独り占めにした『模倣犯』は、ご本人が書いていて辛かったと語っているくらいだからむしろ異色作だと思う。あれだってまったく救いがないわけではないのだが。

 『あかんべえ』というタイトルは文句なくうまい。こんな切ない「あかんべえ」があるか。僕みたいに心根が荒んでいると、おりんと違って「あかんべえ」では済まないのだろうなあ。お化け御一行様始め、脇役陣の味わい深さも相変わらずだ。

 なお、初版のみ「大極宮通信」という小冊子付きである。大沢オフィス所属のお三方の新刊初版に挟み込まれるとのことだが、初版を買い逃したからといって落胆するほどのものでもない(失礼…)。肝心なのは中身なんだから。



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