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エスパーニャ道中記 こぼれ話
Vol.4
(第16話〜第20話)

                         第16話 Restaurante(レスタウランテ)

 旅の楽しみの一つに、その土地の料理を食べることがありますが、これがともすれば苦しみに変わることがあるようです。団体旅行でヨーロッパに行った人が三日目ぐらいから日本食が恋しくなり神経がおかしくなってドイツで買ったナイフで手首を切り自殺未遂を起こしたという話を聞きました。キリスト教徒の国では自殺も罪ですから、大変な騒ぎになったということです。我々の経験からすると、その点ではスペインは日本人向きの国です。
 まわりを海に囲まれた漁業の盛んな国ですから日本では高級なエビやカニなども安く食べられます。またバレンシア地方はヨーロッパでも有数の米の産地(日本でも昔、バレンシア米を輸入していたという話です)で、エビや貝などのたくさん入ったパエリャ(もしくはパエジャ)という炊きこみ御飯はスペインの名物料理です。テンプラはスペインが本家ですから、イカのテンプラ(カラマーレス ロマーノ)などは各地で食べれますし海岸近くの町ではイワシの塩焼きにもありつけます。
 どうしても白い御飯を、という方には中華料理店をお薦めします。日本料理店はマドリーやバルセローナなどの大きな都市でなければありませんが中華料理店のほうはさすが中国人。こんな小さな町にも!と驚くほどです。
 ダリの美術館を観に立ち寄ったフィゲーラスという町の中華料理店で牛肉のカレー炒めを注文したら、若くてきれいなマダムが「それに白いご飯(アロース ブランコ)二つですね。日本の方は白いご飯にカレーをかけて食べるのがお好きですね」と言ってニッコリ笑いました。
 バレンシアでは本物のパエリャを食べようと探しまわりましたが見つからず中華料理を食べましたが五品のコースで350ペセタと大変安いのにビックリしました。肉も魚介類も安くて新鮮ですのでスペインの中華料理は我々にとって大変な御馳走でした。(ただし麺類は余りお薦めできません。麺を打つ職人がいないせいでしょうか。スパゲティのような麺を何度か味わいました。)
 スペインの名物料理については又、後日お話することにして、先日NHK教育テレビのスペイン語講座でのスペインのカマレロ(給仕)のお話を御紹介しておきます。
 レストランではメサ(テーブル)にはカマレロが案内することになっているので勝手に空席を見つけて座ってはいけません。食事が終わって支払いの時もレジで行なうのではなく係のカマレロに「ラ クエンタ ポルファボール?」と言って勘定書きを持って来てもらいテーブルでお金を払います。
 海外に行くとチップの習慣がわずらわしいと思われますが、スペインのレストランではだいたいサービス料が含まれて請求されますので、おつりの小銭程度を残してくれば良いようです。


                             第17話 Sopa(ソパ)

 スペインのコース料理は一般にフランスのコース料理に比べ簡単です。最初はデ・プリメロ(第一の料理)としてソパ(スープ)、エンサラダ(サラダ)などがあります。もちろん、この前に前菜のオードブルなどを取り食前酒を楽しむ場合もありますが、普通、コースの中には含まれていません。サラダはレタスに玉ネギ、トマト、オリーブなどを盛り合わせたものにビナグレ(酢)とアセイテ(油)とサル(塩)が別々に出てきて、ドレッシングとして、これらを好きなだけかけて混ぜ合わせて食べるのですが、玉ネギの切り方が荒かったり水にさらしてなかったりして私はあまり好みません。
 いったいにスペイン人は生野菜はあまり好きではないようです。日本でサラダによく使うマヨネーズはメノルカ島のマオという町のソースが発祥とききましたがスペインでマヨネーズのかかったサラダにはお目にかかりませんでした。ただ日本でいうポテトサラダのようなものはバル等でよく見かけました。
 ソパにはソパ・デ・ペスカード(魚のスープ)、ソパ・デ・マリスコス(魚介類のスープ)、ソパ・デ・アホ(ニンニクのスープ)、ソパ・デ・メネストラ(野菜のスープ)、そしてアンダルシア地方の冷たいスープ、ガスパチョなどがあります。 
 アンダルシアのハエン県のウベダは町の中心の三分の二以上が国のモニュメント指定を受けているという由緒ある町ですが、この町で泊まった宿のレストランのマスターはメニューを暗誦することが自慢で、お客さんがメニューを頼むと全料理を、ものすごい早口で暗誦し始めます。彼のこのパフォーマンスに、お客さんは笑い出し、最後には手をたたいて喜びます。暗誦し終った彼は、大変満足そうな顔をして、やっとメニューの書かれた紙を渡します。
 マドリーの安レストランの料理に、いささかウンザリしていた我々でしたが、この店のスープをマスターに薦められるままに飲んでみて、いっぺんでスペインのスープが好きになり三日間の滞在中ほとんど、このレストランで食事をして全てのスープを試してみました。私は特に豆とチョリソや肉のスープ(これはスープに入るのかシチューなのかよくわかりませんが)が気に入りました。
 日本の天皇陛下御夫妻がスペイン旅行された時、たいそう気に入られたという北の方のコミージャスという町の宿のレストランで食べたメネストラの味は最高で主人は今でも、もう一度食べに行きたいと言っています。もう一つ、主人が気に入っているのがソパ・デ・アホです。カスティージャ地方のスープでローマ時代の水道教の残るセゴビアのレストランでは十五世紀カスティージャ風スープと呼ばれていました。ニンニクと玉ネギのスープでボリュームがあり体が温まるので寒い時には最高です。反対にアンダルシア地方のガスパチョはキュウリやトマト、玉ネギなどを酢と油と塩とコンソメスープと混ぜミキサーにかけた後、冷蔵庫でしばらく冷やし、その中にクルトンやトマト、パセリ、キュウリなどの、みじん切りを浮かせた暑い時にピッタリのスープです。このように各地でいろいろな名物スープがあり、それらを食べ歩くのもスペイン旅行の大きな楽しみの一つでした。


                          第18話 Delicioso(デリシオソ)

  本日はセグンド(2番目の料理。セグンドは英語でセカンド。2番目と言う意味です。)でメイン・ディッシュになります。普通はカルネ(肉)かペスカード(魚)を選びますが、地方によってはフランス料理のように2番目に魚か卵の料理、3番目に肉の料理が出てくるところもあります。バルセローナ近くのビックやルピットのホテルのレストランで食事をした時は、第2、第3の皿がついていました。
 いったいにバルセローナを中心とするカタルニア地方ではフランスが近いせいでしょうか第3の皿までついているところが多いようでした。カタルニアではないのですがセラノバという町のホテルで食事をした時も第3の皿まであって、それを知らずに肉か魚かどちらかを選ぶのだと思い、肉を頼んだところスープ、魚料理、肉料理、デザートのコースの他に、もう一皿、肉の料理が出てきてビックリしたこともありました。
 具体的な料理については種類が多すぎて書ききれませんので、ここでは我々の特に思い出に残っているものを2、3ご紹介しましょう。
 6年前(昭和55年)にスペインに行った時の事ですが、前日からまともな食事にありつけなかった我々はコルドバという町に着きホテルに荷を置くやいなや近くのレストランに飛び込みました。当時はスペイン語はまったくしゃべれませんでしたので、店のマスターの勧める肉料理を内容も確かめずに頼みました。料理が出てきて一口食べてみると、その美味しいこと。彼にこの肉は何の肉だと身ぶり手ぶりで説明を求めたところ、彼は笑いながら牛の格好をし、手で尻尾を形作りました。この美味の肉は牛の尻尾(テール)の煮込みだったのです。後でガイドブックを調べたところ、『この店はコルドバで最高級の店で名物に牛の尻尾の煮込み料理がある。』と載っていました。
 北の方の海岸でよく食べたカラマーレス・エン・ス・ティンタ(イカの墨煮)もスペインの名物料理の一つです。新鮮なイカでないと墨が取れず料理ができないということですが、この墨が真っ黒で見た目には、よくありませんが甘味があって、とても美味しいものです。ただ食べた後、舌が真っ黒になるのには少し困りましたが・・・・。
 マリスコスは貝やカニ、エビ等の総称ですが、これは日本に比べると、ずっと安いので各地でよく食べました。リアス式海岸の名が出た、西北部リアス地方のリゾート地バジョーナはコロンブスがアメリカからの帰途、最初に着いた港町です。ここのエル・トゥネルというレストランはマリスコス専門の店。ランゴスタ(伊勢エビ)など生きているのを、好みで運んで料理してくれます。我々が食べたのは2人前3800ペセタ(当時、約4000円)の、ゆでたカニや貝やエビの盛り合わせ。大皿に山盛りで二人でもてあますほどでした。バジョーナでは丁度、夏のバカンスと祭りが重なって安い宿はどこも満員でパラドール(国営ホテル)に泊まり、とても豪華なバカンス気分を味わいました。ですから次に行ったポンデベドラの安宿では、あまりの格差に最初のうちは、みじめな気持ちになっていたのですが、この宿のレストランで食事をしてみてこの店がいっぺんに好きになりました。マリスコスの盛り合わせにアサリのワイン蒸しが別皿について550ペセタ、レングアド(舌平目)のホワイトソース煮も美味しくて2度も食べました。値段の安さと味の良さで我々の今回の旅ではナンバー・ワンの店でした。ムイ・デリシオソ!(大変美味しい!)

                           第19話  Naranja(ナランハ)

 レストラン・シリーズ最終回はデ・ポストレ(デザート)とパラ・ベベール(飲み物)です。ポストレにはフルータ(果物)、エラド(アイスクリーム)、フラン(プリン)、パステル(ケーキ)などが一般的です。果物にはウバス(ぶどう)、マンサナ(りんご)、ペラ(洋ナシ)、メロコトン(桃)、プラタノ(バナナ)、サンディア(すいか)、メロン、フレサ(いちご)、ナランハ(オレンジ)等があります。
 日本に帰ってきて、日本が豊かだナァとつくづく思うのは果物屋さんの店先を見る時です。スペインに限らず、我々が訪れたヨーロッパの国々は全部そうでしたが、たとえばリンゴにしても日本のように何種類もあるという事はありません。我々が見たのは赤いのと緑色のと2種類だけでした。形も不揃いでツヤツヤと光っているようなものもありません。ブドウにしろイチゴにしろ日本の果物は芸術品のように見えます。それだけ農家の方々が研究と労力をかけて作っておられるのでしょうが、値段のほうも格段に違います。スペインでは一番安い定食でもシーズンならばメロンが食べられますので、主人は「デ ポストレ?」と聞かれると、いつも「メロン」と答えておりました。
 前に書きました地中海のリゾート地ネルハでは、八百屋さんでメロンが6,70ペセタで買えましたので、毎日メロンを買いに行き半分ずつ食べました。よく熟れたメロンは、すばらしい味でした。ナランハ(オレンジ)もバレンシアオレンジの本場ですから日本のミカンのような値段で買えます。最初にスペインを訪れた時、セビージャの街路樹にオレンジの木が植えてあり、実がたくさん落ちているのに誰も拾っていかないのにビックリしました。
 もう一つネルハの思い出の味はアボガドのアイスクリーム。200ペセタ(当時240円ぐらい)とスペインでは高い値段でしたがアボガドの内をくり抜いて、実とアイスクリームを詰めたものでトマール・エル・ソル(日光浴)しながら食べた味は忘れられません。
 カマレロ(ボーイ)の最後の質問は「パラ ベベール?(お飲み物は?)」です。たいていはビーノ(ワイン)です。ティントが赤でブランコが白です。ロゼはめったにお目にかかりませんでした。カサ・デ・ビーノがハウスワインで、たいていは一番安いワインです。酒屋さんで一本100ペセタほどで買えます。
 ワインの他にはセルベッサ(ビール)。アルコールがダメな方はアグア(水)をたのみます。シン・ガスとコン・ガスがあり日本人には炭酸ガスの入っていないシン・ガスの方が良いでしょう。我々はよく「ウナ ハラ デ アグア」と言って水差しに入れた水をもらいました。これは直接、水道から汲んだ水ですがスペインは他のヨーロッパ諸国に比べ、海沿いの一部を除いて、きわめて水質は良く、水道の水を直接飲んでお腹を壊すことはありません。もちろん日本と同様、このハラ・デ・アグアの値段はタダです。


                           第20話  Borracho(ボラチョ)

 スペインは酒税が安いのか、日本に比べるとアルコール類がウーンと安く、左党の方にはまさに天国。スペインのデパートの酒売場のほうがパリの空港の免税店より安いくらいです。例えば(当時)シーバス・リーガルが3000円弱、オールド・パーは2000円ぐらいです。
 スペインとフランスにはさまれた小国アンドラ。この国はフランスとスペインのウルヘル司教との共同統治国です。この公国の首都アンドラ・ラ・ベジャが人気があるのは、ここが関税がかからない、いわゆる自由地帯だからです。周囲を東ピレネーに囲まれた美しい渓谷ですが、いったん目を通りに移すと電気製品、香水、酒、タバコ等の免税品店が軒を連ねています。ピレネー山脈の山間の村に、突然出現した秋葉原という感じでした。ここは無税ですから酒もタバコもスペインよりもまだ安く土、日曜日ともなると町はスペインとフランス両国からの買出し部隊の人でにぎわいます。
 アンダルシアの乾燥した大地で、強い太陽の光をいっぱいに浴びたブドウは、糖分が高く良質のワイン向きのブドウになります。したがってワインも日本ではドイツやフランスに比べ有名ではありませんが、安くて美味しいものがたくさんあります。フランスがスペインがECに加盟するのに反対し続けた理由のひとつに、この安いスペインワインがフランス市場に流入するのを恐れたということを聞きました。
 グアディスという町で知り合った人から食事の招待を受けました。手ブラで行くのも失礼と思い、ワインを買って行こうということになり酒屋に行き、わりと高級そうなワインを注文。しかし値段を聞くと100ペセタ(当時120円)というので少々気が引けたことがありました。普通、ワイン1本、酒屋で買っても100ペセタ程度、造り酒屋にビンを持って行けば50ペセタ程度で買えます。ワインから作るシェリー酒もスペインのお酒ですし、ブランディも“カルロス”という国王の名の付いたのが2種類あって安い方は1000ペセタ以下でしたが、なかなかイケルものでした。お隣のポルトガルは彼の有名なポルトワインの産地です。
 スペイン人は飲んで陽気に歌ったり踊ったりすることの好きな民族ですが、日本のように千鳥足とか泥酔した人は見かけませんでした。子供の頃からワインやビールを飲みつけているのでアルコールに強い体質が出来上がっているのでしょうか。ちなみに、この“酔っ払い”スペイン語で“ボラチョ”と言います。