駒の位置が、ほんの1、2ミリ、前後・左右にずれただけでも、音に大きく影響します。
ヴァイオリンという楽器は、きわめてデリケートで、その音響学的な見地で考えても、
また、設計から製作にいたる工程から見ても、駒が正しい位置にあることは絶対条件のひとつとなります。
まず、上から見て、ヴァイオリンの中心線と駒の中心が一致していること。
そして、エフ字孔中心・内側の小さな三角に刻まれた頂点、
つまり、「ストップ」と呼ばれているその位置の両側を結んだ延長線上に立っていることが正しい位置になります。
もし、そうではなくほんの少し(0.5ミリ)程度前後しているときがいちばん鳴っている場合では、そのままでかまいません。
それが2、3ミリ以上も前後していたら、ずらして立て直す必要があります。
このとき、ヴァイオリンを座布団や、たたんだバス・タオルの上に水平に置き、そっと少しずつ弦をゆるめます。
響板に狂いがきていたり、魂柱がゆるい場合、倒してしまうことがあるからです。
そのため、G線、E線、D線の順にゆるめ、A線を最後にすると比較的安定したままゆるめることができます。
弦の総張り替えも同じ要領です。
弦をゆるめてしまったら調弦ができないという初心者の方。
自分の楽器が自分で調弦できない、弦も自分で取り替えられないということは、
演奏の技法を学ぶ上でも、レッスンそのものでも著しくマイナスです。
1教程無駄にしても、先生の指導を仰ぐか先輩たちに教えてもらい、
いち早くマスターすることが上達の第一歩になります。
後輩が買ったヴァイオリンを、レッスンを初めて半年後に見せていただいたことがありました。
いわゆる大手S社の量産品でしたが、既製品の駒をそのまま立てた状態でした。
両方の脚とも響板には完全に密着しておらず、とくに片方ははっきりと浮いている状態でした。
これでは正しい弦の振動が響板に伝わりません。正しく合わせて削り直す必要があります。
⇒[「音を向上させる秘策」
または「フィッティング・駒の削り」を参照]
わたしのように、つくる者はたいてい先端がとがった「くり小刀」一本と<鉛筆だけで間に合わせています。
その程度の修正は、器用な方なら適当なサンドペーパーで合わせることができます。
弦をゆるめ、駒をはずしたヴァイオリンの上に汚れ防止の紙を乗せ、1/4から1/8に切ったペーパーを乗せます。
そこに駒を当て、少しずつこすって、響板のカーブに合わせていくわけです。
そのときに、駒の下の方を持ち、垂直のままこすりつけることが肝要です。
ぐらぐらしていると、接地面が曲って削れてしまい、響板に対して面接着でなく、
出っ張ったところだけの点接着になってしまうからです。
要は、脚の裏全面を、響板に密着させることです。
梅雨時など、湿気の影響でペグがかたくなって回らなくなったり、回ってもギシギシときしむことがあります。
弦楽器用の乾燥剤をケースの中に入れておくのもひとつの方法ですが、しょせん、乾燥剤の量には限度があり、その許容量以上の湿気は吸ってくれません。
また、反対に冬の乾燥期にはゆるゆるになって、調弦しても、きゅるっと戻ってしまい、ゆるむこともあります。
その相反する状態を改善させる特効薬に、リップスティック型の「コンポジション」というものがあります。
茶色にした口紅のようなもので、一見、クレヨンか、少しざらついたパステルのようにも見えます。
ペグをゆるめ、それを塗って差し込みますと、ビックリするぐらいスムースに回転するようになります。
ちょっと、色が合わなくても応急処置としては、チョーク(白墨)が代用になります。
白いチョークでしたら、マジックインクで少し黒っぽく着色してから塗れば分かりません。全く同じ効果になります。
地方で特殊用品が求めにくい方、わたしのように、そんなものでわざわざ出費するのが馬鹿馬鹿しいと思われる方には絶対お薦めです。
堅すぎる場合
手っ取り早い方法に2B〜4B程度の鉛筆の芯で、抜いたペグの回転部分を少しこすりつけるだけで、柔らかく回るようになります。
鉛筆の芯材の黒鉛が程良い潤滑剤になるのだと思います。
もし、つけ過ぎて、ゆるくなりすぎた場合、指でこすりとるか、ゴム消しで少しこするだけで元通りになります。
極端にゆるすぎて、きゅっと差し込んだペグの先が、反対側に5ミリ以上も出るときには一度抜き、切りつめてやる必要があります。
その多い分を、目の細かな「胴付きノコ」で切り、先端をサンドペーパーで少し丸めます。
そして、弦を通す穴も中央から少し反対側になる位置にあけなおします。
わたしは1.6〜2ミリ弱のドリルでもんでいますが、普通の「もみきり」でもあけられます。
ペグを取り替える場合、市販品には少し細い「スリム」タイプと「ミディアム」タイプの2種類がありますから、
現物を持参して合わせて求める方が無難でしよう。それに、やや長めですから、少しつめる必要があります。
専門家は、鉛筆削りのような、ペグを差し込んで回すと徐々にスライスできる工具がありますが
一般の方だと、ペグの削りたい場所にサンドペーパーを巻き、回しながら、徐々に削っていくと削ることができます。
4.レジンの粉
レジンの粉で灰皿状態?になったヴァイオリン
以前、音楽仲間のひとりが、「最近、ヴァイオリンに異常なひびきがあるからみてくれ」ときました。
それは古いヴァイオリンで、エフ字孔から見ても、中にはかなりほこりっぽく、何も見えません。
でも、いきおいよく降ってみるとカラカラと音がしました。中に異物が入っている証拠です。
魂柱を立てる道具の、サウンド・ポストセッターや、その魂柱をつかみ出す道具でほこりだらけ中を探すと、1本のマッチがでてきました。
出しっぱなしの楽器に、子どもか、悪い友だちがマッチ棒を入れた結果なのでしょう。
灰皿ではありませんから、そうでもなかったらマッチが入るようなことはありませんからね。
ひょっとしたらタバコの灰も、少しは入っていたかも知れませんね。
それに、普通の方はヴァイオリンを強く振るなどの行為はしませんから、気がつかなかったのでしょう。
積もりつもって山となる
また、別な人は永年、積もりつもったレジンの粉が、響板にこびりつき、それがニスと同化してしまい、
固くボコボコになってゴマ粒以上の山になっているのを見たことがありました。
それだけなら、ただ古びて汚く見えるだけなのと、振動が少ししにくくなった響板ということで何もなかったのでしょうが、ビリついた異音がするというのです。
よくよく調べてみると、エフ字孔のいちばん上の丸の付け根の、上と下がくっついているように見えるのです。
モーゼの「十戒」で、海を隔てた陸と陸が続いているようにです。
歯医者さんが使うような、取っ手に小さなミラーをつけた、魂柱の位置を確認する道具をわたしはつくってもっていましたから、
それで、裏から表の明るい光にすかして見ました。
やはり上下がついていて、少し、手で押すとギシギシするのが分かりました。
その接点が、低音の方でビリついていたのでした。
ヴァイオリンに塗られているニスの原料は、レジンと同様、大半は木の樹脂(ヤニ)ですから相性がよかったのでしよう。
エフ字孔を空けるのには、普通、鋭利な切り出しナイフや、尖ったデザインナイフのようなもので空けます。
てづくりのいいものほど、その場所の隙間が狭いのです。
理由は分かりませんが、パフリングやネックのスクロール同様、「自分はそこまで緻密な細工ができる」という
職人魂がそういう細工にしているのだと思います。
原因が分かれば、もう対処は簡単です。600番か800番程度のサンドペーパーで軽くこするだけで元通りになりました。
そのときはナイフではなく、ただ、ペーパーだけでレジンの固まりを落としただけなのです。ニスまで削る必要はありませんからね。
「どうしてこんなになるまで我慢して拭かなかったのですか?」と聞きましたら、むかし習っていた先生から
「あまり拭かない方がいい」といわれたとその方はいっていました。
びしょびしょの雑巾でごしごし拭いたり、車のワックスやコンパウンドで磨くようなことは、絶対、避けるべきでしょうが、
その日、そのときのレジンの粉ぐらいは、そっと拭いてやった方がいいと思います。
わたしの場合、ピアノ、ギターなどに添付されている、あの黄色いシリコン・オイルを少ししみ込ませたフェルト状のものを、
適当な大きさに切り、ケースの中にそれぞれ入れています。
それで、軽く拭くことできれいになります。
なお、シリコンはもともと珪酸質の鉱物ですから、ニスや本体に対する悪影響はありません。
彼のヴァイオリンは、その程度では落とせないほど、山盛りでしたから、微細な粒子のコンパウンドで磨いてやりました。
プラスチック用の、超・鏡面仕上げができるという乳液タイプのコンパウンドが市販されており、それをもっていたので使いました。
これは、わたしの老眼鏡プラスチック・レンズの擦り傷を、ときには磨くためのものです。
柔らかく、30回以上は洗濯したTシャツなどのニットのボロに、その乳剤を適量だし、柔らかく、円を描くようにこすります。きれいになったら、
酸化していない新しいオリーブ・オイルをほんの一滴たらし、全体をふきこみ、仕上がりです。
この最後の植物性のオイルは、汚れ防止と、ニスのクラック防止になります。
スパゲッティではないのにオリーブオイルなんか、と思われる方は、前述したシリコン・クロスで拭いて下さい。
また、ヴァイオリン専用のポリッシャーやオイルも市販されていますが、同じ目的、同じ効果です。
ただし、どんなに微粒子のコンパウンドであれ、ニスの表面を何ミクロン(オングストロームかな?)かこすり取るわけですから、
5年、10年に一度程度のこととお考え下さい。
5.弦の、ペグへの巻き方
過日、知人のヴァイオリンを見たらペグボックスのところで、2本の弦が交差していました。
弦と弦によっては、そうした状態では触れあい、調弦の度にこすれることになります。
そのまま使用すると、著しく弦の寿命を短くしてしまいます。ぜひ、ご自分で弦を張り替えるときにはご注意を!
ナットからペグまで、4弦とも平行になるように巻くことが大切です。
6. 弦がよく切れる原因
アジャスターに原因がある場合
よく切れやすいという弦はE線で、アジャスターはちょっとしゃれた小型のボタン型でしょうか?
この両方の条件がそろっている場合は、ループを引っかけるボタン型アジャスターの、その引っかけ金具の切断面に原因があります。
これは、筆者自身とレッスン仲間の製品で体験しましたが、そうではないメーカーのものもあるでしょう。
ボクのものは、黒のつや消し仕上げのもの、仲間のものは調整ねじだけが金色のものでした。
その製品は、製作時に打ち抜きプレスで抜いた、そのままのようでした。
そのために細い金属の、弦のあたるそれぞれの角が鋭い直角になっていました。
ドミナントのような弦で、細いループの部分の負担が大きく、かつ、少し「焼き入れ」してあるようなワイヤーですから、
なおさら粘りが少なく切れやすくなっていました。
これは、アジャスターをはずし、その部分を細かなサンド・ペーパー(400番程度)で角をこすり、優しい丸に仕上げます。
ペーパーは、焼き鳥の串のようなものに、くるくるっと細く丸めて使いますと楽に角がとれるし、丸い曲線がぴったり合って削れます。
弦の巻き取り方で切れる場合 もし、G、D、A線で、それも上の糸が巻いてある方が切れる場合なら、考えられることは二つ。
ひとつは、ペグボックス内で、それぞれの弦がクロス、もしくは接触している場合。
その摩擦で、疲労して切れることがあります。
まさか、その程度で疲労なんてあるのだろうか、と考える方もおられるでしょう。
それぞれの弦には、数キロから10キロ近い張力の永久加重がかかっています。
それが調弦の度にこすれるのですから、相当な負担になりますし、筆者も一年生だったときにこの原因による切断を体験しました。
ナットの溝の削りに原因がある場合
もうひとつ、ペグボックスから指板の方に弦を送り出すところ(指板のいちばん上)にナットという部品があります。
比較的、新しい楽器でナットの4つの溝が鋭角な三角だったり、極端に狭く細すぎる場合、
調弦による弦の摩擦で、同じように疲労して切れやすくなります。
弦をはずした際、その溝に鉛筆の芯でこすります。
鉛筆の芯には黒鉛が使われていますから、それが潤滑油のような働きをして、調弦の際の弦のこすれる摩擦抵抗を減らす効果があります。
これは、製作時に三角の精密ヤスリで溝を掘ったりしますから、こうしたことが往々にして起きるのです。
その他の原因
切れた弦の、切れた場所はどこか。
切れるときにはいつも、その場所か。
スチール弦か、ナイロンか、ガットかなどなど、いろいろな要素を考慮して原因を推測します。
ガットなどで湿った日に調弦して使用し、そのままケースへ。
しばらくしてからエアコンの利いた室内に、という場合なら、乾湿の差による弦の収縮で、余分な負担がかかったのでは、ということもあります。
いずれにしても、趣味家にとっては余分なふところ出費は痛いものですよね。
7.指板の凹みや減り(摩耗)
指板の制作は、こちら
ある方からの質問ですが「某弦楽器フェアーのサービスで、指板を削られたけど大丈夫でしょうか?どういう目的の作業なのか教えてください」というもの。
◇指板も耐久消費財・消耗品のひとつ
固い黒檀でも、ガット弦、スチール弦にかかわらずに、長い間にはすり減ってきます。固い庭石に落ちた雨水でも、永い間で穴が空いてしまうようなものです。
指板に少しでも弦の溝がついてしまったら、削り時だと思いましょう。その溝にほんの僅か弦が接するだけで、ビリついたり、音程の不確かさにつながります。
>「かんな」みたいな道具で削るのを想像してしまって、だんだん薄くなりそうだし、
>プロのやることだからまちがいはないんだろうけど、なんとなく不安・・・。
多分、指板を外さないで、短時間でそのまま削ったということだから、ほんの僅かの溝(凹み)の補整で、カンナではなく、スクレーパーでこすって削ったはず。
その厚みは、ほんのコンマ何ミリ程度でおさまるし、普通に弾いていても、「指板がこんなに薄くなった」とは感じられないはずです。
もし、削った結果で、演奏する上で差し障りがあるような薄さになってしまったら、「取り替えの必要がある」と示唆するでしょう。
指板も、ある意味では駒やペグ同様、ヴァイオリンの耐久消費財のひとつとお考え下さい。
つい最近、知人が入手したオールドが持ち込まれましたが、E線側のG、A、Bあたりの摩耗が激しくずいぶんくぼんでいました。
それでも、当初の指板そのものの厚みは残っていましたから、外さないでスクレーパーで削る程度で収まりました。
この場合はナット(弦の出口)の方までならして削りましたから、当然、ナットもそれに合わせて、ほんの少しだけ削り、下げました。
消耗するものだということを念頭におかれ、また、専門家がやったことですから心配する必要はありません。
初心者よりベテランの方が弦を押さえる指圧が強く、また、こまめにビブラートをかけるから、
ある意味では金属巻き弦のヤスリで擦っているようなもの、ということになります。
こうしたフェアーや大手楽器店などのイベントでは、毛替えも含め、実演風な催しをよくやっているようですが、
フィッター(調整マン)さんが意外に手持ちぶさたにしていることも多く、それで、サービスに余分なことまでやってくれたのでしょうね。
どうぞ、ご安心を・・・と回答しました。原木から切り出してつくる指板の制作・その詳細はこちら
以上、わたしの作り手として、気がついたことはどんどん書き込んでいきます。少しでも皆様のお役にたてば幸いです。
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