映画のページ

ファン / The Fan

Tony Scott

1996 USA 116 Min. 劇映画

出演者

Robert De Niro
(Gil Renard - 野球ファン)

Patti D'Arbanville
(Ellen Renard - ジルの別れた妻)

Andrew J. Ferchland
(Richie Renard -ジルの息子 )

Wesley Snipes
(Bobby Rayburn - 野球選手、スター)

John Leguizamo
(Manny - ボビーのマネージャー)

Ellen Barkin
(Jewel Stern - スポーツ・レポーター)

Benicio Del Toro
(Juan Primo - ボビーのティーム・メート兼ライバル)

見た時期:2004年3月

要注意: ネタばれあり!

犯人も最初からばらします。

原題が Swimfan という学園物水泳選手ストーカーの作品をご紹介しましたが、今度はプロ野球のファンの話です。

★ ストーカー専門の職人芸

ロバート・デニーロは最近コメディーに乗り出し、イメージ・チェンジを目指しています。私もこの新機軸に賛成で、コメディアンとしてはまだ一流の域には達していないものの、がんばって下さいと応援しています。

というのはそれまでにデニーロが有名になった専門分野がストーキングだったからです。ストーキングというのは健康な物の考え方ではありません。しか し彼はそういう役を嫌がらず何度も引き受け、極めて行きました。あるいは本人が好んでそういう役を選んだのでしょうか。ちょうど映画市場に空きがあり、その路線で売り込めると考えたのかも知れません。ま、理由はともかく、ストーカーのイメージのおかげで普通の役がかすんでしまうぐ らいです。私にはデニーロが普通のアンちゃん、おっさんを演じているのを見た記憶がほとんど無いのです。だから私はデニーロを見ると恐い。仮にチャンスがあっても直接付き合ってみようなどとは思わないのです。それぐらい鬼気迫る迫真の演技が続きました。

★ スタートの付き合い方の上手なドイツ

後記: 「仮にチャンスがあって直接付き合ってみよう・・・」というのは日本にいる人からするとまずあり得ない事のように思えるでしょうが、ベルリンでは意外と大スター、大監督に直接会う機会は多いです。プロデューサーなど裏方の人ですともっと簡単です。無論その人が来ていればの話ですが、ベルリンは映画祭が時々行われるので、毎年誰かしら有名人が来ます。

何よりもドイツのジャーナリスト、ファンは記者会見やインタビューの礼儀を守るので、押し合いへしあいになることがまず無く、プレスの人は決められた時間を守り、ファンはサインが欲しければ列に並びます。そしてその時間が過ぎると、スターが町を散歩することも不可能ではありません。恐らくはブルース・ウィルス、シュヴァルツェンエッガー、スタローンなどは時には町を普通に歩いたのではないかと思われます。

ここまでの超大スターでなければ、ホテルに戻り、地味な服に着替えれば邪魔されることなくショッピングぐらいには出られるのではないかと思います。

そしてこういうゲストは意外なほど普通の人が多く、作品について質問すると一般人相手でもというか、むしろ一般人に非常に真面目に答えてくれます。私も俳優や監督個人より作品に興味があるので、あれこれ質問をしたり、文句を言ったりしたことがあるのですが、非常に親切な受け答えです。時にはこちらが思った以上に長い時間を取ってくれ、中には日本語を披露してくれたり、歌を歌ってくれた人もいます。監督の方からこちらに心配そうな顔で「気に入った?」と聞く人もいました。それが物凄いハードボイルドな作品だったので、監督の優しい、心配そうな物腰とミスマッチ(笑)。

日本はドイツよりいい点も色々ありますが、ことスターに関しては、日本より緊張感が少なく、こと映画に関しては会う気になれば普通の人でもスターに会える環境です。ミュージッシャンは人によります。マイケル・ジャクソンはたまたま私はその気があって少しごり押しをすれば会える環境でしたが(まさか暫くして死ぬとは思っていなかったので、遠慮しました)、彼に会うのは実際には一般人にはまず不可能なぐらいガードされていました。逆にプラシド・ドミンゴはファン・サービスが良く、第1部と第2部の間の休み時間にはファンの手の届くところにいて気さくに話をしていました。一般に音楽関係者は出番が終わるとすぐ消えてしまうので、サインも口を利くのも難しい場合が多いです。カラヤンなどはコンサート会場に現われませんでした(というのは冗談。オーボエ奏者のことで揉めていて、ドタキャンされ、副指揮者でした)。

まあ、こういった具合で、映画関係のスターや有名監督の場合は毎年誰か来ますし、一般人も入れる記者会見もありますし、ファンタではサイン会もあるので、わざわざストーカーになって自分を犯罪者にしなくても、会って話をするという希望はかないます。

デニーロの作品は20本弱見たのですが、その中でストーカー的にインパクトを持っていた作品はファンも入れて4本。特にタクシー・ドライバーケープ・フィアーファンがしつこいです。自分が見た作品だけで計算すると約20%。特にしつこかった3本で計算すると15%程度ですが、その演技が他の作品にも陰を落とし、ミート・ザ・ペアレンツ恋に落ちたら・・・を見ても、何となく「これだけで済まないんじゃないの」と私の心の中に不安漂うのです(笑)。

ディア・ハンターではそのしつこさを人助けに生かし、戦場で行方不明になった同郷の親友クリストファー・ウォーケンを探し出すことに使いました。結局命を助けることはできませんでしたが、しつこく行方を追ったため、本人を見つけ出し、遺体を帰国させることができました。そのためメリル・ストリープの人生にも区切りがつき、新しい人生に踏み出すことができたのです。しつこさはこういう時にこそ発揮してもらいたいものです。

デニーロと言えども人の子、近年は人の親にもなっており、本当は俳優という職業を持った普通のおっさん。そういう彼を見てみたいですが、それでは演技の専門家としてはあまりに凡人に見えてしまう。それで極端な役を色々引きうけているのでしょう(・・・と思いたい)。

ストーキング代表作の1つがファン。以前に触れた雑誌の付録についていました。この雑誌、そう言えばマイケル・キートンのこわーい殺人鬼のDVDを付録に付けてくれました。今後も期待しています。(後記: 期待通りその後もなかなかいい作品が続いています。)

さて、ファンはやや古い作品なので、ご存知の方もおられるでしょう。ですから話をばらします。これから見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

ファンという言葉からしてもうデニーロ向き。今でこそこの言葉は《映画ファン》、《音楽ファン》、《ヨン様のファン》と「・・・が好きな人」という意味で使 われていますが、元々はドイツ語でも《ファナティッシュ》、《ファナティカー》という「狂信的な、熱狂的な」という言葉と密接に繋がっており、英語でもそれは同じ。タイトルからしてデニーロの役を表わしているのです。頭にザがついているので、「あのファン」、「あの熱狂的な奴」というわけです。それがデニー ロ。

一見普通のセールスマンに見えるデニーロ演ずるところのジル。中年になるまでなんとかやって来ましたが、実は本人が信じているほど順調でなく、どこか極端なところがありました。それで奥さんに三行半を付きつけられ、離婚。子供と会う権利も夫人の再婚に伴い失われようとしています。最近離婚後の養育権などが見直される国が増え、理不尽な判決は止めようという風に変わりつつありますが、奥さんが子供を取るケースが多数。ジルのところもそういう風になり つつあります。

中には誠実な父親に気の毒だと思える判決もありますが、ジルの場合、こうなるのも仕方ないなと思われます。ジルは世間に適応してうまくやって行けないのです。世間が変化して行ってもジルは自分の方を通すため周囲との摩擦が起き、セールスマンなのですが客を恐がらせることも度々。会社も首にせざるを得なくなって来ます。ジルにとっては職業上も行き止まり、家庭も行き止まりで、本来なら観客の同情を集めていいはずですが、実は性格上問題があるという風に描かれて行きます。このあたりの演技はデニーロ氏、手馴れたもの。短い時間で観客を恐がらせる準備完了。

彼は世間で上手く行かない部分を野球という趣味で補っていました。しかしここでも凝り過ぎで、我を忘れてしまいます。私も自分の子供をひいきするがゆえに相手の親に無茶苦茶なことを要求するお父さんというのを見たことがたまにありますが、長い人生で数回。そう多くはありません。その時はまだ若くて深く考えませんでしたが、他で上手く行かず、子供に情熱を注ぎ過ぎたんですね。デニーロ氏のおかげでまた1つ具体的に世の中の出来事が理解できました。

映画が始まる頃からそれまで何とか辻褄を合わせていたジルの人生の歯車が噛み合わなくなって来ます。で、子供を放り出して仕事に行ってしまったり、子供の遊ぶ野球場でトラブルを起こしたりと例が示されます。これだけでも充分恐いのですが、それがだんだんひどくなって行きます。

そこでこれまでただの球場のスターと観客席のファンだったスナイプス演じるボビーとジルに繋がりができて来ます。ボビーは可愛い息子を持った野球のスター。スターにありがちなトラブル、スランプも抱えていますが、それなりにうまく行っています。あまりひねくれた性格ではなく、やり手のマネージャーもついており、ここまで来ました。現在はティームにデル・トロ演じるファン・プリモというラテン系のライバルがいますが、そういうのはこの商売につきもののトラブルで、事件ではありません。

ジルはスポーツ・レポーターのラジオ番組に聴取者として参加してスターのボビーと話す機会ができたりでご機嫌。プリモの登場でやや押しやられた感じ のボビーを救うのは自分の使命だと思い込むようになります。そこで熱狂的に応援するだけにとどまらず、ボビーの行く手をさえぎるものは消してしまえと思うようになるのです。そこまで行くと軌道を逸していると言えます。よく考えてみるとそういう人が日本の国民的歌手に絡んで事件を起こしたりという話が昔からたまにありました。当時はそういう事件は特 殊な人の話として解釈され、普通の人はそういう事はしないのだというコンセンサスが世の中にありました。

社会ががらっと変わり、一般市民の間の欲求不満がつのる時代。人は以前はやらなかった事で不満を解消しようとするようになり、ある人は極端な 量のアルコールを取り、ある人は呆れるほどの量食事を取り、ある人は麻薬に手を出し、という時代。中にはそういう物質にこだわらない代わりに人間関係に執着し過ぎる人も現われます。

ジルはどんどんエスカレートし、ボビーを救うだけでは足りず、ボビーにホームランを打たせて自分が幸福な気分に酔うことを人生の目的にしてしまいます。ボビーの方はそれなりに成功し、家族も持ち、その業界によくあるようにライバルが登場し、自分の人気にも陰が差してきますが、そういう人生の流れをそれなりに受けとめる普通の神経を持った男でした。熱狂的なファンにそれなりに感謝の念を抱いていますが、自分の私生活の深い所までファンに土足で入らせる用意はありません。そこで両者は噛み合わず、ジルはボビーの息子を誘拐するという強行手段に出ます。ショーダウンではジルの負けですが、勝負どころはいかにジルの行動、考え方で観客を怖がらせるか。2004年に見ると、またかと思いますが、公開当時ですときっと私は震え上がったか、不快感を抱いたと思います。最近は反吐が出るほどこの種のニュースがメディアに出ますし、テレビや映画でも何度もそういうテーマを取り上げています。何という世の中になってしまったんだろう。

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