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2006 China 131 Min. 劇映画
出演者
章子怡/Zhang Ziyi
(婉/Wan - 王妃、先帝の未亡人=ガートルード)
呉彦祖/Daniel Wu
(無鸞/Wu Luan - 皇太子、先帝の息子、契丹人=ハムレット)
葛優/Ge You
(歴/Li - 新しい皇帝、先帝の弟=クローディアス)
馬精武/Ma Jingwu
(殷太常 - 大臣=ポローニアス)
周迅/Zhou Xun
(青女/Qing Nuー - 殷太常の娘、皇太子の幼馴染=オフェリア)
黄暁明/Huang Xiaoming
(殷隼 - 殷太常の息子=レアティーズ)
見た時期:2007年8月
今年のファンタ、中国からの参加は香港を別にするとこれ1本。少なめですが、秋にアジア特集ファンタというのが催されるそうで、そちらに何か出るかも知れません。それが無い場合今年の中国はちょっとしょぼくれています。
馮小剛はカンフーハッスル(井上さんの記事もどうぞ(下へスクロール)に鰐革会組長で出演している人ですが、女帝 [エンペラー]では監督です。監督作品はテレビなどを含め10本前後。
大金とスターを投じて気合を入れたのにくだらない作品になってしまったという印象でした。クレオパトラに大金を投じ、エリザベス・テイラーを呼んで来たのにネグリジェのような変な衣装で出して大失敗したのと似た例です。尤も女帝 [エンペラー]はスター女優がわがままを言って脱線した作品ではなく、主演女優は監督の指示に従ったという感じがします。
10世紀頃の中国を舞台にしてハムレットを作り、しかも主人公にハムレットではなく、ハムレットの母親を据えたというのが無理だったと考えています。黒澤もシェークスピアを引用したがりましたが、長い間欧州に住んでいて、東洋と西洋の考え方の違いの大きさに気付いて来ると、なぜシェークスピアなどというイギリスの作家の作品を静かに欧州人に任せておかないのだろうと思ってしまいます。ギリシャ神話の悲劇を日本へ持って来ると珍奇になるのと同じです。アジアにはアジアの悲劇の生じ方があり、それを欧州に持って来ると合わないのと同じです。
その土地に合った考え方、トラブルの生じ方、オトシマエのつけ方というものがあります。無理に場所を移してもその文化が根付いていないとアホらしく見えてしまいます。せっかく大金、大スターが使えるのなら、中国の大悪党を描くとか、中国の大悲劇を描けばいいのです。日本で悲劇を描くと個人の感情を強調してセンチメンタルになる傾向がありますが、過去の中国を舞台にすると国内の内戦ではなく、当時独立していた、習慣も信じるものも違う国家間の争いをダイナミックに描くことも可能です。そして馬で走り回る距離も半端ではありません。広大な大地を映し出せば迫力も増そうというもの。そういうストーリーが国内、アジア地域で共感を得られれば、欧州など文化の違う地域の人には、「なるほど中国人はこういう事にこういう反応を示すものなのか」と却って受け入れられるのではないかと思います。
主演を張芸謀監督が接点になっている女優鞏俐にするといいと思ったのですが、彼女を思い浮かべた人は多かったようです。章子怡にはこの役はちょっとハードルが高過ぎました。一生懸命妖艶さを出そうとボディー・ダブルまで用意してヌード・シーンを撮ったのですが、彼女は今でもまだ可憐というイメージを引きずっています。そういう人にはそういう役をあげた方が本人らしさが演技にプラスに作用したのではないかと思います。そういう意味では今年ファンタに出た中国映画でトニー・レオンが失敗しているのと似ています。鞏俐が張芸謀と別れた後しっかり妖艶さを出せるようになっているのに対し、華奢な印象の章子怡は別な方面を狙った方がいいのではというのが私の意見です。
俳優の起用、演じる俳優の失敗に加えもう1つ言えるのは筋を図式化し過ぎたという点。決めつけの度が過ぎました。真田広之が主演の1人だった無極が女帝 [エンペラー]とやや似ているのですが、人間の感情の番狂わせが良く出ていました。思惑と番狂わせが上手に表現できていれば女帝 [エンペラー]のようなむちゃくちゃな設定でも何とか行けたのではないかと思います。
ストーリーはハムレットとほぼ同じなのであまり詳しく書きませんが、10世紀頃唐代が終わり(907年)五代十国時代(960年まで)の混乱が始まるあたりの時代の話です。国が分裂し宋という国が成立するまでの過渡期。実際の混乱は9世紀後半から起きており、300年も続いた国は崩壊するにも時間がかかります。
ちょうど皇帝が暗殺され、その妻であるワン(=ガートルード)の身の振り方が問われるところから物語が始まります。ワンの義理の息子、夫であった皇帝の息子ウールアン(=ハムレット)は政治を嫌い、田舎に引っ込んで仮面劇に熱中しています。野心家の皇帝の弟リー(=クローディアス)は亡き兄の妻ワンを娶り、甥である皇太子暗殺をたくらみます。王妃ワンはその義理の息子に惹かれているため助けようとします。王妃は自分の立場を熟慮した結果内心憎んでいる夫の弟との結婚を決意します。
兄が皇帝でいる間は打倒兄と思って野心剥き出しで暮らしていたリーですが、兄は死に、兄の妻は結婚に同意し、兄の息子は権力欲を示さず、やっつけるのは簡単だと思えたので、手に入るものはほとんど手にしてしまいます。広大な中国で権力を手にした今、それ以上の目標が見えなくなります。そして類稀な美しさの新しい妻に惹かれるようになります。これまで鬼のような心で世を渡っていた人が巣を作ろうと思っても上手く行くはずがありません。強引な結婚をする時点で大きな恨みを買っていたのです。
結局リーのかつての野心はワンに復讐心を起こさせ、ウールアンには本来持っていなかった闘争心を起こさせ、落ち着きたいという気持ちを持ち始めたリーに対する暗殺計画という形でショーダウンに向かいます。ハムレットとやや違うのは毒殺を企む人とその犠牲になるはずの人。そこを変えてみてもオリジナルのままにしておいても女帝 [エンペラー]は救いようが無かったと思います。
ハムレットでは女性ではオフェリア(=青女)が注目される存在ですが、女帝 [エンペラー]ではそこをそらし、ハムレットの母親ガートルードにスポットライトがあてられます。その荷が重過ぎたのが章子怡。
俳優は章子怡1人だけでなく、全体的に実力が出せずに終わっています。これは脚本のミスではないかと思います。あれもこれもと考えたらしく、マトリックスやキル・ビルで有名なスタント・コーディネーターを呼んで来ていますが、セットや設定が悪く、せっかくのスタントも生かす場所を間違えているのではという気がしました。時代物のファンタジー大河ドラマでも上手く行く時もあるのですから、まわしを締め直してもう1度挑戦してもらいたいものです。
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