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ロスト・ボディ /
El cuerpo /
The Body /
Le corps /
The Body - Die Leiche

Oriol Paulo

Spanien 2012 108 Min. 劇映画

出演者

Belén Rueda
(Mayka Villaverde Freire - 製薬会社の持ち主)

Hugo Silva
(Álex Ulloa Marcos - マイカの夫、化学者)

Carlota Olcina
(Eríca Ulloa)

Mia Esteve
(Luna Villaverde - マイカの姉妹)

Montse Guallar
(Gloria Villaverde - マイカの姉妹、弁護士、公認会計士)

José Coronado
(Jaime Peña - 警視)

Aina Planas
(Eva Peña - ハイメの娘、子供時代)

Sílvia Aranda
(Ruth - ハイメの妻、事故死)

Aura Garrido
(Carla Miller - アレックスの愛人)

Miquel Gelabert
(Vigilante Ángel Torres - 死体収容所の夜警、重症で入院)

Juan Pablo Shuk
(Pablo - 刑事、ハイメと近い)

Oriol Vila
(Mateos - 刑事)

Patrícia Bargalló
(Norma - 刑事)

Manel Dueso
(Carlos - 刑事)

Cristina Plazas
(Silvia Tapia - マイカの死亡診断書を発行した医師、ハイメの友人)

Pere Brasó (刑事)

Albert López-Murtra (刑事)

Paco Moreno (刑事)

Aida Oset
(緊急治療室の看護婦)

Jordi Planas
(緊急治療室の警官)

Nausicaa Bonnín
(Patricia - レストランの女性)

Bert Palmen
(Javier Alonso - レストランの男、マイケの知人、弁護士か、心理分析医か私立探偵)

Camilo García
(護送車の警官)

見た時期:2013年8月

2013年ファンタ参加作品

要注意: ネタばれあり! もろばれます。

見る予定の人は退散して下さい。目次へ。映画のリストへ。

ドイツ語のタイトルは《死体》。ロスト・ボディなどと変な邦題をつけず、「消えた死体」とか、「死体失踪事件」ってなタイトルにすればよかったと思います。この作品は正統派の推理小説ファンに向きます。

2013年のファンタのページに「どんでん返しが強力なのでこの記事を書く時はネタバレを別なページに分けて書くことになると思います。カトリーヌ・アルレイを彷彿とさせる凄い脚本です」と書きましたが、大分時間が経っていますし、日本でも公開されたようですので、このページで一挙にネタばれまで行きます。

井上さんも記事を書いています。

★ カトリーヌ・アルレイ + アガサ・クリスティー

2人の作家を挙げるだけで推理小説ファンにはばれてしまいますが、アルレイのわらの女(映画版でなく、元の小説の方が近い)とクリスティーのアクロイド殺しをドッキングさせたような作品です。この2作を知らない人にはすばらしいびっくりの結末です。アクロイド殺しが絡むので、観客は冒頭から作者に騙されます。

★ 監督と脚本家

脚本はララ・センディムと監督が書いています。語り方が観客に与える印象はアクロイド殺し風。古典的推理小説ファンの間では掟破りと見なされるので、1人の作家が一生に1度だけ使える手とされています。推理小説も近年は何でもありの時代に入っていますが、ゴールデン・エイジの頃のベテラン作家はほとんどこの手は使わないようにしていました。

パウロ監督はロスト・ボディが長編デビュー。脚本を一緒に書いたセンディムはロスト・ボディの前に何本かテレビ・シリーズの脚本を書いています。この作品の後もテレビや短編の脚本を書いていて、長編映画はやっていません。

パウロもテレビ映画、テレビ・シリーズの脚本をよく書いています。監督としては2016年に新作を撮っていますが内容が不明で、長編かどうか分かりません。その作品にはロスト・ボディで主演の1人だったコロナードも上の方にクレジットされています。

★ ロスト・ボディ - 表のすじ

☆ 雨の夜警察出動

冒頭警察の死体収容所(モルグ)の夜警が何かに驚き建物の外に飛び出します。何かを追いかけて近くの林に入って行くのですが、戻って来た時の表情は一生に一度の驚愕。走り始め、通りがかった車にぶつかってしまい、重症を負います。絶命はしていませんが昏睡状態で、入院。事情聴取は不可能です。これが事件の発端です。

地元警察が通報を受け、ハイメというベテラン刑事にも呼び出しがかかります。この時ハイメのベッドの横の小机にハイメの家族写真が置いてあるのが観客には見えます。

ネタバレ: (次の行を左クリックをしたままマウスでなぞると文字が出ます。)
この家族構成が事件の主要な動機を示しています。

ハイメは電話で連絡をして来た後輩の同僚パブロとの話の中で、「3時間前にベルリンから戻ったばかりだ」と言います。(欧州が統合されてからはベルリンとスペインを行き来するのは、札幌と東京を行き来する程度の感覚です。)パブロは「車を差し向けようか」と訊きますが、ハイメは「自分の車で行く」と言って、迎えを断わります。

ネタバレ系疑い: (次の行を左クリックをしたままマウスでなぞると文字が出ます。)
この時からハイメは片付ける用事がたくさんあったので、パブロに迎えに来られると困ることがあったかと思われます。昔なら家に固定電話があるだけなので、電話番号を回したら家にいるハイメにかかったと思いますが、携帯の時代には相手が実際にどこで話をしているのかを知ることはできません。

到着したのは夜警が入院している病院。パブロはハイメと近況についておしゃべりしますが、パブロも知っているハイメの娘エヴァはベルリンに住んでいます。パブロとの話だとハイメとエヴァは最近数年顔を合わせていない様子。

ネタバレ: (次の行を左クリックをしたままマウスでなぞると文字が出ます。)
ハイメは冒頭から周囲に現実と違う印象を与えるために同僚にいくつか嘘を言っています。

通報を受けたハイメを含む地元の警察が動き出します。ハイメとパブロが次に行ったのはモルグ。 道路は雨上がりのようで濡れています。夜警は新人ではなく、仕事には慣れているはず。それが理由不明のまま午後8時半大慌てで林の方に走り出したとのこと。その時警報などは鳴っていなかったとのこと。車にぶつかられる直前に電話をかけてパトカーの出動を依頼していました。モルグは午後8時に閉店。この夜警が1人だけ残っていました。

☆ 消えた死体登場(!?)

夜警がパニックに陥って建物から飛び出した理由は不明のままですが、唯一何かしらの関係があると思われる出来事があります。モルグを調べて見ると、マイカという女性の死体が消えていました。

マイカは前日に心臓発作を起こして死亡し、ここに収容されていました。検死はこれから行われるはずでした。死亡証明書は書かれています。監視カメラは1台を除いて電源が切れていて撮影していません。誰かが1台のカメラを除いてスイッチを切っています。死体は生き返ってはおらず、外からの侵入の形跡もありません。そして何者かが中央警備センターへの連絡パスワードを変更していました。

☆ 消えた死体の身元

マイカは年下のアレックスと結婚していた腕利きの実業家で、高額の遺産は姉妹に行くことになっています。子供は無し。マイカの会社は製薬会社で、アレックスは社に雇われている化学者です。マイカは死の直前ロサンジェルスから戻ったばかりでした。

死亡の連絡を受けたマイカの2人の姉妹が自宅でマイカの結婚当時のビデオを見ていました。司祭が「マイカ、あなたはここにいるアレックスを夫にしますか」と決まり文句を言うと、マイカは「ノー」と言います。彼女お得意の趣味の悪い冗談ですが、一瞬周囲は凍ってしまいます。彼女の目の冷たいこと。これが彼女の性格の一部を表わしています。

2人のブロンドの女性がマイカの姉妹で、その他にもう1人黒い髪の若い女性がいて、そこへその女性の父親から電話がかかって来ます。話によるとマイカの夫のアレックスはショック状態。アレックス、マイカの姉妹、黒髪の女性は知り合いの様子で、黒髪の女性はアレックスの寝室にも入ります。どうやらアレックスの妹のようです。

☆ 不倫

次のシーンではアレックスが秘密の場所に行き、赤毛の女性と密会。工場のような所で、中は住居のように改装されています。2人は本当は会っては行けない関係にある様子。この時赤毛の女性は飲み物を作っています。ちょうどそこへ警察からアレックスの携帯に連絡が入り、「マイカの死体がモルグから消えた」と言って来ます。

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赤毛の女性はカーラといい、彼女はここでアレックスの飲み物に薬を混入します。

☆ 検視官の原則

アレックスはモルグに出かけて行きハイメやパブロから事情の説明を受け、同時に事情聴取が行われます。まだ証人扱い。公式には逮捕されていませんが、かなり犯人扱いされます。詰めれば吐くだろうというのが警察の見立て。アレックスが特に疑われたのは、ハイメたちがマイカの家族に死体が消えた旨電話を入れたところ、アレックスにだけすぐ連絡がつかなかったからです。

刑事たちが検死医のタピアと話している間にアレックスは赤毛の愛人カーラに連絡。彼女を夜警が入院している病院に忍び込ませて様子を探らせます。

電話の後タピア医師がアレックスに事情聴取を行います。彼女はマイカが長時間のフライトのために心臓発作を起こしたという可能性を示唆します。話の最中にハイメがタピア医師に何か合図を送ります。

直後にタピア、ハイメ、パブロが話し合い。タピアは「検死官は逆が証明されるまで、一応殺されたと仮定して仕事をする」と言い、心臓発作はストレスからも起こりうるが、薬物でも起こせるという説を唱えます。「1つ頭に浮かぶ薬品があるが、検死ができないと証明のしようが無い」とも言います。それまで全員が不思議に思っていた死体を盗み出す理由の候補が1つここで上がって来ます。

☆ 冷めた夫婦、冷めていない夫婦

ハイメは「自分はずっと前に死んだ妻ローズについて今でも彼女が生きているかのように現在形で話すが、アレックスはつい1日前に死んだばかりの妻について過去形で話している」と指摘します。モルグの外は雷雨で土砂降り。

愛情の冷めた夫婦はいくらでもありますし、大企業ですと元から財産保持のための結婚ということもあるので、アレックスとマイカの仲が冷えていて、よそよそしい言葉遣いであってもそれがすぐ殺人に結びつくわけではありませんが、ハイメの家族とは全然違う夫婦関係だということはこのあたりで見えて来ます。

ハイメとタピアは親しく、死んだローズについて話しています。時刻は深夜0時。ハイメはベルリンへ娘のエヴァを訪ねるために出かけていたとのこと。ハイメは妻の死の後アル中になったらしく、暫く停職。現在はまた現場に復帰しています。タピアやパブロなど署の何人かはそのあたりを知っており、理解があるようです。

☆ 停電 - 毒薬

午前3時。長く待たされたアレックスが家に帰ろうとした時、モルグが停電に。刑事たちが停電の世話をしている間に1人、死体の収容されている冷蔵室のある場所へ忍び込むアレックス。なぜかマイカの遺留品を仕舞ってあるロッカーが破られていて、中身を探っている時に TH-16 と書かれた小瓶を発見。

ネタバレ: (次の行を 左クリックをしたままマウスでなぞると文字が出ます。)
アレックスはマイカの飲む赤ワインにこの薬を混入していました。

《思い出シーン》
過去を振り返るアレックス。アメリカから戻って豪邸で入浴中のマイカにアレックスは赤ワインを持って行きます。アレックスが「出社して、会合に出る」と言った時、マイカは「アレックスを首にする」などと言っていたぶります。秘書に電話して「アレックスは今日来ない」と言ったふりをして見せたりする意地の悪さ。アレックスはマイカがワインを飲むところを確認します。

結婚式のビデオと同じく、マイカはずっとアレックスをいたぶり続けていました。アレックスが仕事熱心だったり、業績で認められたりすることが我慢ならないようで、始終マイカがいなければアレックスが存在できないことを思い知らせます。マイカはこういう事を遊びのように思っていますが、アレックスの心には毎回ナイフのように突き刺さります。

雑談: あるメディアに出て来る日本人がこんな感じでゲストに苛められているのを耳にしたことがありますが、この人は時を経て徐々に切り返すようになり、後にはそれが漫才のボケとツッコミのようになり、聞いている方は大笑い。ほぼ互角まで押し返しています。始めは悪い印象だったのですが、最近は良くがんばったと好意的に見るようになりました。

それができれば殺しは起きない。アレックスにはそういう才能が無かったのでしょう。

アレックスがマイカの遺留品に触れたことが刑事たちにばれ、うるさく質問されます。特にマイカの携帯が消えています。そのためアレックスは「ポケットの中身を見せろ」と言われます。ハイメがアレックスのポケットから毒のビンを見つけたためますます怪しまれます。そこへ愛人カーラから電話が入りますが、警察の人には「妹からの電話だ」と言ってごまかします。

トイレに行くアレックス。カーラと電話連絡。アレックスがカーラにモルグで起きた事を説明。この時の会話で2人がマイカ殺しを企んだことが観客にもはっきりします。2人はマイカの死体がなぜ消えたのかなどを探ろうとします。また大雨になります。

☆ トイレ - 封筒

この作品ではモルグのトイレがランニング・ギャグの場として使われています。スタイルはヘッドハンター風。とても清潔な話とは言えません。演じる役者も大変。

トイレでタバコを吸っている時にアレックスは妙な封筒を発見。入っていたのは企業団体の集まりの招待状。誰かが外からトイレの小窓を開け窓際に置きました。ハイメとパブロが外で話している時に起きた事。

《思い出シーン》
アレックスはマイカが生きていた頃の事を思い出します。この招待状がありましたが、アレックスは用があってすっぽかしました。マイカが連絡をしようとしても見つからず、帰宅したアレックスはマイカから追及されます。2人は遅れて会合に行くことになります。その時、マイカは自分がもうあまり若くない事をアレックスに語ります。普段上から目線の強気のマイカがチラッと見せる弱さ。

雑談: ドイツ、特に北部の人は頻繁に年上の妻、若い夫という形の結婚をします。なので、マイカのような悩みを持つ人は少ないです。あまり濃いお化粧をしないため、中年になってから老人になるまであまり女性の外見が変化しないことも特色です。このあたりが南欧の人とかなり違い、メンタリティーも全然違います。ドイツと似た傾向はドイツから北欧に向けて広がっています。なので、この息の詰まるようなマイカとアレックスの関係を身を持って感じることのできるドイツ人は少数。

ドイツ以北の人たちのように気にしなければこの事件は起きなかったかも知れません。南欧の人たちも「女たち、皆で老ければ怖くない」わけで、皆が「この年でこの程度に見えるのは普通だ」と思いさえすればいいのですよ。

それでもこんな事件に発展してしまったのは、マイカがどういう理由で結婚をしたのか自分できちんと理解していなかったせいかも知れません。本当は若さを失って行くことではなく、マイカの孤独が引き起こした事件と言えるかもしれません。

《思い出シーン》
真夜中。マイカが眠っている所へアレックスの携帯にメイルが入ります。「目を閉じるとあなたは私の元にいる」と書かれています。それと全く同じ文章が警察で発見された招待状の裏にも書かれていました。当時眠っているはずのマイカは目を覚ましていました。

警察のトイレでアレックスは発見した紙を破き、トイレに投げ入れますが、トイレの水が出ません。証拠隠滅のためにアレックスはその書類を食べてしまいます。

☆ 20032012 - 6345789 ではない

刑事たちは新発見。犯人の侵入経路が判明します。どうやって中央警備センターのパスワードを変えたり監視カメラを止めたりしたかも徐々に分かって来ます。ハイメはアレックスに2012年3月20日がどういう日かを聞きます。これが 20032012 というパスワードになっていました。これはアレックスの会社のラボのパスワード。ラボにアレックスは毒薬も保存しています。

《思い出シーン》
ちょうどカーラから逢引の連絡が入った時に会社にマイカが突然現われます。彼女はアレックスが予想しない時に神出鬼没に現われるのが趣味。アレックスのする事をすべて探ります。また、高価なプレゼントをしてアレックスの歓心を買おうとします。高飛車にしか愛情を示したり、求めたりすることができないマイカの弱さをアレックスは理解していません。

マイカのように心のかなりの部分をアレックスに費やしていると、アレックスのそぶりにちょっとでも今までと違う事がある時敏感に察します。アレックスはこの時期カーラとも時間を過ごしている上、器用に嘘をつける男ではないので、マイカの側にはかなりの疑念が浮かんでいます。それが2人の関係をますます息の詰まるものにしてしまいます。

☆ 外は土砂降り、中は水浸し - 赤ワイン

建物の外では林へ向かう何者かの足跡が発見されます。夜警の物ではありません。ちょうどその時、エレベーターが停電で止まり、 モルグのスプリンクラーが誤作動し、建物の中が水浸しになります。中も雨、外も雨。その時にカーラからアレックスに電話が入ります。どうやら建物のアラーム・システムがかなり狂っている様子。

カーラと電話している時に入ったモルグの倉庫にマイカの遺留品が・・・。アレックスは徐々にマイカは死んでおらず、まだ自分をいたぶっているのではないかと考え始めます。この電話はハイメに聞かれてしまいます。刑事のティームはどんどんアレックスに対する疑いを強めて行きます。アレックスの方はどんどんノイローゼ気味になって行きます。

アレックスはモルグの一室に監禁されます。密室のはずなのに窓が開いて、赤ワインが置かれています。そこへマイカの姿が・・・。もはやアレックスには現実と妄想の区別がつかなくなっています。今度は死体袋の1つから携帯の音がし、袋を開けて見ると携帯が鳴っています。そこへ物音。携帯で繋がったのはマイカとアレックスが行っていたレストランの従業員のパトリシア。

☆ 謎の男

《思い出シーン》
パトリシアが持っている携帯はこの日レストランのトイレに忘れられていた物。アレックスの説明が混乱していたため、パトリシアはまともに取り合いません。アレックスはまた過去の事を思い出します。マイカがアメリカへ行く少し前2人はこのレストランで食事。マイカはアレックスとホテルで時間を過ごしたかったのですが、アレックスは「新しい特許のテストがある」と言って断わります。するとマイカは同じレストランにいた初老の男と親しく話し始めます。

その時アレックスのテーブルの世話をした女性が上の電話の女性。マイカが話をした男性はマイカの話によると弁護士。マイカは「財産分与の書類を彼に作らせるつもりだ」と言います。全財産は姉妹に行き、アレックスには1銭も入らなくなります。これもまた彼女のいたぶりで冗談。彼女はアレックスが当惑する顔をうれしそうに眺めています。大笑いした後「あれは実は弁護士ではなく彼女の心理分析医だ」と言い出します。(アレックスを驚かせるために次々と嘘を並べるので、観客は彼女がかなり病気だと感じます。)

改めてモルグのアレックスと、自宅に戻ったカーラが電話で話します。アレックスはレストランでマイカが立ち話をしていた初老の男が絡んでいて、それとレストランに置き忘れられた電話が関連していると見ていますが、それがどんな関係があるのかは理解していません。アレックスが体験する事があまりにも現実離れしているので、その話を聞いたカーラは不安にかられます。

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ここはちょっとプロットに穴が空いたかも知れません。この時はマイカの死体が消えたことが分かってから数時間後。カーラは恐らくすでにアパートを片付け、空っぽにしているでしょう。場面は曖昧にしてあり、カーラがアパートのエレベーターで電話をしているシーンは出ますが、アパートの中のシーンは出ません。もし彼女がアパートのエレベーターにいるとして、アパートはすでに空っぽにしてあるとすると、アパートに戻る意味が良く分かりません。

アレックスはその男が弁護士でも、マイカが言ったような心理分析医でもなく、自分を探る私立探偵ではないかと疑い始めます。その男は今では死体になっていて、モルグに横たわっています。何でやねん。

☆ ハイメの人生も狂った

《思い出シーン》
ここでハイメの思い出シーンが挿入されます。何年か前、顔から血を流したハイメが今事件が進行している同じモルグにタクシーでやって来ます。当時迎え出たのはタピア医師。ハイメは妻ルースの死体と対面。この頃は髭を生やし、違う髪形。ついでに親子3人楽しい日々を送っていたことも思い出します。夫人の死体は右半分がひどく損壊しています。ついでに思い出したのが信号。

ネタバレ: (次の行を 左クリックをしたままマウスでなぞると文字が出ます。)
この日が全ての事件の始まり。

☆ アレックスの驚きはさらに続く

また、現在のシーン。マイカの姉妹グロリアは弁護士だけでなく、計理士も兼ねていました。ハイメはアレックスに面と向かって容疑を語ります。ハイメ説ではアレックスが妻を毒殺し、死体の検証が行われないようにするために死体を隠したというもの。

アレックスも率直に意見を語ります。殺人については否定。マイカの死体を警察が急いで見つけるべきだという意見。所持金も階級も大いに異なる結婚に不信感を持ったハイメに聞かれて、マイカとの馴れ初めを説明。アメリカでアレックスが化学を教えていた頃、ちょうどマイカの車のタイヤを交換するのを手伝うということがあり知り合ったそうで。その頃マイカはちょうど両親を事故で失ったため2人の仲が接近し、恋に落ちたとのこと。

それからマイカの死の様子を説明。ハイメはマイカの死後のアレックスの行動をもう1度詳しく聞きます。ハイメはアレックスをコーナーに追い詰めつつあります。ハイメの話ではとマイカは3ヶ月前からアレックスを探偵を使って監視させていました。その後財産分与の書類を作っています。マイカはアレックスの不倫を推測。アレックスは不倫をしたことで財産分与の協定違反をしています。それを探っていたのがハヴィエル・アロンソという探偵。

アレックスはこの名前を聞いて仰天し、モルグでアロンソの死体を見たと主張。しかしハイメと一緒に死体安置所に行ってみると、別な名前、別な死体になっていました。

刑事たちはアロンソの事務所に行きますが、証拠になる物は無し。アレックスを護送するはずの車は途中の事故で交通止めになったため到着せず、入院中のモルグの夜警の状況は悪化中。

《アレックスとカーラの電話》
アロンソの事務所には本人もおらず、物的証拠も何も無かったのですが、アレックスの指示で病院に夜警の様子を探りに行ったカーラは匿名の封筒に入ったスティックを入手します。そこにはアレックスとカーラが密会しているところを盗み撮りされた写真が入っていました。その上会話も録音されていました。アレックスはそれをマイカの差し金と解釈し、カーラにすぐ逃げるように指示します。カーラは電話中に何かを見、そのまま会話は途切れてしまいます。

カーラが危険にさらされていると解釈したアレックスはカーラを救いに行こうとしますが、ハイメ他の刑事に止められてしまいます。

ネタバレ: (次の行を 左クリックをしたままマウスでなぞると文字が出ます。)
この時もし警察の一行がアレックスと一緒にカーラを救いに行ったらハイメの罠が全てばれてしまうところでした。何しろカーラとして紹介されるアレックスの不倫相手がハイメの娘なのですから。警察の何人かは彼女と顔見知り。

生前のマイカに精神的にずたずたにされている上、ハイメ刑事がじわじわと追い詰めて来るので、アレックスは徐々に弱り、遂に妻を殺したことを認めます。使ったのは服用して8時間ほどすると体内から痕跡が消える毒薬。しかしモルグに来てからの一連の妙な出来事の後、妻は息を吹き返して自分を追い詰めていると信じ始めています。もうすっかりパラノイア、ノイローゼ。

《カーラとアレックスの馴れ初め》
いつの間にかアレックスには手錠がはめられています。自供の録音には懐かしいソニーの小型録音機が使われます。

8ヶ月前アレックスが大学で授業をしていた時カーラが授業に遅れて来ます。その日家でマイカと夫婦喧嘩をしていたためハイメは授業に集中できずにいました。カーラが遅れて来たため聞き逃した部分をアレックスに直接教えてもらい、その後はアレックスがカーラの家庭教師のようになり、カーラが医者になることを目指しているのをバックアップし始めます。間もなく家庭教師は口実で彼女に会うことの方が重要になって行きます。アレックスは妻帯者、カーラには恋人がいるということで、当初は会い、話すだけが楽しみでしたが、徐々にマイカが疑い始めます。アレックスは1度は手を引こうとしますが、結局2人は師弟関係から恋人に発展。

カーラは宙ぶらりんの関係が嫌で関係を解消しようとします。アレックスは離婚をする決心はするものの、マイカと離婚訴訟になると勝ち目がありません。アレックスは「このまま関係を続けているうちにマイカに何か起きるかもしれない(要は自分がそのきっかけを作ることもあり得る)」と言い始めます。

ハイメは「そうやって妻を毒殺したのなら、アレックスがなぜ今マイカが生きていると考えるのか」を尋ねます。アレックスに思いつくのは何かを察した妻が赤ワインのグラスを摩り替えたぐらいのこと。アレックスによると肺の機能を低下させ、呼吸を少なくし、仮死状態を生み出す化学薬品があるとのこと。それで彼女は一見死んだように見え、後で息を吹き返したのではないかというのです。ロミオとジュリエットですねえ。

観念し、殺人(少なくとも未遂)を認めたアレックスは妻からカーラを守るためにハイメに協力を求めます。執念深いマイカならカーラを殺しかねないと考えての事です。それにカーラは自分について有利な証言をしてくれると思っているのですが、警察が言われた住所に踏み込んでみると、もぬけの殻と言うか、アレックスの言う事が怪しくなって来ます。そこにカーラという女性が住んでいた形跡が無いのです。カーラという女性が存在したのかも怪しい。

ハイメには本部から死体が発見されたとの連絡が入ります。皆で行って死体の袋を開けてみると、マイカでした。これでアレックスはお縄。未遂ではなく既遂です。

このあたりの追い詰められ方は小説版わらの女の乗りです。

ここから急転直下。アレックスとマイカの家に捜査に入ったパブロからの報告。家にモルグの見取り図があったとのこと。ただの見取り図ではなくアラーム・システムなどの詳細が載っていました。そこからパブロはアレックスがモルグの建物の構造を隅々まで知っていたとの推測をします。ガレージにあった車のトランクからは靴が発見され、モルグ付近で発見された靴とサイズが一致。32口径の未登録のピストルも発見。最近発射された痕跡が残っています。

病院で夜警の警備をしていた警官から「夜警が意識を取り戻した」との報告も。夜警は証言を始めます。

いつも通りモニターを見ていたら不審な様子を発見。現場に行くと不審な物音。死体安置所の死体が1つ消えていました。さらに部屋の外で不審な物音がしたので見に行くと、エレベーターのドアが開いていて、マイカの体が横たわっていました。エレベーターのドアが閉まったところで夜警は(正しいことに)救援を要請。その連絡内容がまだ警察の上の方に届かないうちに再びエレベーターのドアが開き、そこには死体はありませんでした。

ところが黒装束の何者かが出て来て、夜警に向かってピストルをぶっ放します。なぜか相手はプロのヒットマン風の姿なのに弾は当たらない。ハイメは袋に収められたピストルの薬きょうをアレックスに見せます。(プロのヒットマンが薬きょうを現場に残すかについては後で答が出て来ます。)この話をアレックスに突きつけると、アレックスは自分はピストルは所持していないと主張。

ネタバレ: (次の行を 左クリックをしたままマウスでなぞると文字が出ます。)
ヒットマンじゃなかったんだもん。

アレックスはマイカは仮死状態で死体安置所に収容され、黒装束男か誰かが仲間で、彼女を別な薬で目覚めさせたのではないかと言います。アレックス説では黒装束の男はアロンソ。アレックスはかなり観念し、ハイメに何度もカーラを保護してもらいたいと頼みます。ようやく到着した護送車でアレックスは連行。雨は上がり、日が差しています。事件が起きてから(守衛が不審な音を聞いてから)12時間は過ぎているのではないかと思います。皆の服装からするに真夏ではありません。スペインの日の出はドイツより南なので20分か30分ほどずれがありますが、大体同じ。夏ではない季節ですと、あのシーンは早朝ではないでしょう。

カーラの存在については非常に大きな疑いが出て来ます。カーラの家を捜索した刑事はそこにカーラが住んでいたのかも疑っています。

アレックスが連れて行かれたのは山の方で、刑事が土の中から死体を発見していました。それは間違いなくマイカ。大分前から死んでいたようです。ますます事情が分からなくなるアレックス。ハイメからはカーラという人物がいなかったと教えられます。アレックスが言うカーラのアパートは近所の人の話だと長年空家だった、そしてカーラ・ミラーという人物にも全く心当たりが無いとのこと。大学の医学部で勉強する女学生カーラ・ミラーも大学には登録されていませんでした。ハイメの説ではこの話は全部アレックスが作り出したもの。

警察関係者はハイメ説を採用。カーラの姿を1度も見ていないので、カーラはアレックスが作り出した架空の人物だろうということになります。妻の死体は発見され、カーラの存在は証明できず、アレックスはもはやこれまでと手錠をかけられたまま現場から逃亡を企てますが、暫くハイメに追いかけられているうちに体が動かなくなります。ハイメは殺人犯逃亡にも関わらず焦ることもなくゆっくりアレックスを追います。

なぜか。彼に毒を盛った人物がいたのです。

付近に同僚の刑事がいないことを確かめてからハイメは真実を語り始めます。

★ 裏のすじ

この時点から12年ほど前、まだ小学生にもならない娘エヴァを持つハイメと妻のルースは幸せの絶頂にいました。ある夜3人揃って車で外出。そこへ助手席の側から信号を無視して衝突して来た車があります。妻は体、顔の右半分に重症を負い、助けることができずにハイメの目の前で血だらけになりながらわずかに指を動かすだけ。間もなく絶命します。娘もショックを受けます。

公式には自動車事故として処理されました。ハイメは事故の相手に救急車を呼んでもらいたかったのですが、その車は現場を離れます。妻はその後1時間持ちこたえたものの息を引き取ります。

悲しみのどん底に突き落とされたハイメですが、娘がショックから覚めた時事故の相手の車の中の様子を思い出したため、刑事のハイメはやがて犯人を突き止めることができました。それはアレックス側の車にあったホテル・アヴァロンのマーク。それがアレックスとマイカにたどり着かせてくれました。

事故と責任で戸惑うアレックスに現場を立ち去るように行ったのはマイカでした。

ハイメはここでカーラがハイメの娘エヴァだったことを種明かし。画面にはマイカの死体を盗む黒装束のハイメの姿。アレックスの車のトランクに靴を入れたのはカーラ。ハイメはアレックスとマイカが犯人と確信していましたが、エヴァはまだ確信が持てなかったので、アレックスと関係を持ち話を引き出します。遂にエヴァもハイメに青信号を出します。2人は協力して偽の証拠を作ったり、あれこれ画策。アレックスを追い詰めました。そしてやばくなる前にカーラは(恐らく本名で)高飛び。

アレックスがカーラのアパートにいて、ちょうどハイメから初めてマイカの死体が消えたと連絡が入った時、隙を見てエヴァがアレックスの飲み物に毒を混入。

ネタバレ: (次の行を 左クリックをしたままマウスでなぞると文字が出ます。)
ここがプロットとして気になるところ。カーラがアレックスに毒を飲ませたのはショーダウンから約8時間前のはず。前日の午後8時半頃死体が消え、夜警が動き始めています。夜警がわりとすぐパトカーの出動を要請しているので、それからまあ30分ほどで警察全体が動き始めたと考えられます。モルグの建物をチェックし、死体が消えたことを発見して、アレックスに連絡が入るのもそれから間もなく。となるとその時間にはまだアパートはもぬけの殻にはなっていないということになります。あのアパートをそんなに短時間で空っぽにすることが1人の女性にできただろうかというのが疑問。上に書いたネタバレとこちらのネタバレは両立しません。ハイメはモルグでせっせとトリックを作り出していますが、部分的にはハイメがパブロと話している最中に誰かがアレックスを脅すような物を置いているのですよ。手伝えるのはカーラ1人。となるとカーラはアパートの掃除をしている時間が十分ではありませんし、CSI など専門家には数時間前に家を空にしたか、全然人が住んでいなかったかなどすぐ判明するはずです。無茶を言って、アレックスは死んでしまうので、カーラがアパートを2箇所用意していて、アレックスが言った住所が警察が踏み込んだ住所と別な場所だったとこじつけるべきなのでしょうか。

たとえルースがそのまま死んだとしても、アレックスとマイカが救急車を呼ぶのを手伝ってくれたり、事故としてきちんと処理をしてくれていればハイメはこんな事は企てなかったでしょう。しかしアレックスの車の中では助手席に座っていたマイカが怒り、アレックスをせかして現場から逃亡します。大金持ちなので弁護士を立て、示談にするという方法もあったと思われますが、2人は一切の責任から逃れようと現場から逃げてしまい、そのまま口をつぐんでいました。

娘のエヴァは12年後にはうら若い乙女に成長。ハイメと一緒にじっくり作戦を練った上で、父親は刑事として初めてモルグで公式にアレックスにご対面。娘はカーラと名乗ってアレックスにハニー・トラップをかけてまんまと愛人に納まっていました。そして寝物語でアレックスと話し、まんまと当時の事故の事も聞き出していました。

ハイメは力仕事や写真の隠し撮りなどを担当。エヴァ = カーラはアレックスが心を許すように誘導し、マイカ殺害について情報をしっかり集めておきます。そしていよいよ大計画実行の日にはカーラは8時間ほど前にアレックスに妻に飲ませたのと同じ薬を飲ませておきます。

そこまで手配をした後、カーラは姿を消したので、彼女の存在がハイメ以外の警察には思い込みか嘘に見えてしまいます。

他の刑事や制服警官が発見された死体の面倒を見ている間に、逃亡はしたものの死体発見現場の近くで倒れ、まだ絶命していないアレックスにハイメが裏の話をして聞かせ、その間に徐々にアレックスの意識が遠のいて行きます。

アレックスは心臓発作で死んだという風に片付けられるでしょう。それまでにかなり精神的に弱っているのを署員に見られていますし、遂に妻の死体が見つかったのでそのショックが止めを刺したのだろうと言うと辻褄が合います。

お父ちゃんと娘は後で祝杯をあげるのでしょう。もしかしてベルリンで。2人にとってはめでたし、めでたし。あとはタピアが疑いを抱かないことを祈るばかりです。

★ 話の中心

まあ、見終わってみるとわりに単純な物語ですが、私たちに取ってうれしいのは、脚本家が本格推理小説ファンの気持ちを知っていたのか、その辺をくすぐる仕掛けになっていた点です。

私はファンタの後もう1度ドイツ語でも見ました。ドイツ語だと字幕を追わなくて済むのでリラックスして見ることができます。すると画面に以前より注意が行きます。映画が始まったばかり、まだハイメが自宅のアパートで電話を受け、モルグへ向かう前、服を着ている最中にチラッと3人家族の幸せそうな写真が映ります。2度目見ると、「ああ、ここに原点があったんだ」と納得します。最初に見た時はただカメラがハイメのアパートをざっと映し、彼の現在の生活ぶりを紹介しているだけと思ってしまいます。そういった感じで、色々な場所に伏線が散りばめてあるので、2度見るのも楽しいです。

もう1つ重点が置かれているのはマイカとアレックスの夫婦関係。しつこいほどきっちり描かれているので、アレックスに殺人の動機があることが観客に明快に伝わって来ます。どうやらアレックスは性根が曲がった人物ではないようで、人生の成り行きから現在の立場に置かれているようなので、多少同情の気持ちが起きます。ただ、よそから強く言われるまで行動を起こさない、意見が違う時は常に自分の意見を引っ込めるという性格は困ったものです。一見気弱なだけのように見えますが、結果として責任を取らないわけです。

マイカは昔の言い方だとオールドミス。金はうなるほどあるのですが、高飛車で、支配欲に駆られています。これだけの金があると、金目当てで近づいて来る男が多いのだろうなあと想像できます。金目当ての政略結婚とか、もっと金のある高飛車な男が会社ゆえに興味を持つとか。そんな中彼女が選んだのは気の弱い、正直ですぐ意図が顔に出てしまうアレックス。アレックスなら自分を騙そうとはしないか、したとしてもすぐ顔に出てお見通しになってしまうから安心だったのでしょう。なら、マイカはそれで満足していればいいようなものですが、日常的に弱い立場に置かれているアレックスをいたぶります。真顔できつい冗談を言い、それを冗談とは受け取れなかったアレックスは毎日心臓が止まるような思いをしながら暮らしていました。

この2人は極端な支配欲を持った女性と、極端に受動的な男性の組み合わせ。たまにこういうコンビがあるようです。

マイカは本当は孤独な人間らしく、演じている女優はその落差を上手に出しています。アレックスは彼女のおもちゃではありますが、彼女はそういうおもちゃが必要なのです。実はおもちゃではなく、地道な人間関係が必要なのですが、恐らくはお金まみれの生活で、人間関係の築き方を教えてくれる人がいなかったのでしょう。そして2人が知り合ったのはマイカの両親が事故死した直後。マイカは誰かに頼りたい、しかしその男に支配されたくないということでアレックスを選んだのでしょう。

この関係の真逆がハイメと娘。そしてハイメの落胆振りを見ると、ハイメとルースはとても幸せな結婚をしていたものと思われます。

アレックスとカーラの関係はアレックスとマイカの関係に比べると同等に近く、カーラはマイカのように高飛車ではありません。アレックスにとってはカーラと過ごす時が唯一ほっとできる時間だったのでしょう。化学者という特性を悪用して、証拠が残らない形での妻の暗殺を企てます。カーラの裏の役目には死に際にハイメに言われるまで全く気づいていませんでした。

アレックスは不運を集めて歩いているような立場。マイカを処分してマイカの金、社長の地位を譲り受け、カーラと幸せに暮らそうと夢見たのかも知れませんが、マイカと比べて絶対的に欠けているのが、上の方から見通す力。化学だけに限るとある程度力があったのかも知れませんが、人生全体を見通す力は欠けていました。

・・・とまあ、人間関係も手堅く書けていて、見終わって納得の行く作品です。

日本にはこのタイプの女性はあまり多くないようですが、欧州はそういうのもあるかなという社会です。日本では組み合わせがやや違い、母親が子供に過干渉するとか、男が女にストーカーに近い執着心を示すといったタイプが多いように思います。ここ数年スペイン映画は好調で、別なバリエーションの過干渉人間関係を描いた佳作も作られています。スペインの女性が全てマイカのようなのではなく、色々ある形の1つをここで描いたということです。実際、ハイメの周囲の人間関係は比較的健全で、ルースの死後彼を気遣ってくれる人がいたり、娘との関係は非常に良好。なので観客は最後の展開に納得します。

★ 何がいけなかったのか

1度目に見た時は事件の経過を追うので忙しく、それ以上の事を考える余裕はありませんでした。2度目ですとあれこれ考える余裕ができます。

☆ 事件の芽

最後こういう風になってしまう元凶はマイカ、アレックスの性格にあったと思います。自分の気持ちに正直であればこういう形にならなかったでしょうが、マイカもアレックスもそうすることに慣れていません。加えてモラルがあまりしっかりしていません。ただ、この程度のモラル逸脱は恐らく世間にはちょくちょくあることで、それ1つが全ての原因ではないでしょう。

ただ、車の事故が起きた時、モラルの欠如が決定的な間違いを招いてしまいます。死亡事故であってもその場で警察に通報すればそれなりに大事にならずに済み、扱いも過失致死風になるでしょう。うなるほど財産があるマイカは有能な弁護士を雇うことができ、それ相応の賠償金を払えば事件はいずれ収束して行きます。

しかし警察で犯人扱い、裁判で被告扱いされることは恐らくこの高飛車なマイカには耐え難いことでしょうし、アレックスはそういうマイカにブレーキをかける強さは持ち合わせていません。頭が上がらないアレックスはこの期に及んでも意志を通すことはできません。

アレックスはマイカが「車を出せ」と言わなければその場に残り救急車を呼ぶとか、警察に連絡するなど、後で情状酌量の材料になる行動を取ったかも知れません。現にハイメの車に子供が乗っていると指摘しています。しかしマイカ相手では押し切られてしまいます。

そして2人はその後この事件をあまり気にせず暮らしていたようです。

☆ ハイメの私刑

ハイメは警察に勤めており、それなりに正義のために働いているので、本来は私刑をやりたがる人間ではありません。最愛の妻を目の前で失った悲しみは深かったでしょうが、この事件が通常通りに処理されていればアレックスを言葉で罵倒する程度、あるいはそれもしなかったかも知れません。妻の件が通常通りに扱われ、葬儀を出し、それ相当の賠償金を受け取り、まだ子供のエヴァの世話をし、もしかしたら後に再婚したかも知れません。ハイメは狂った男ではありません。

轢き逃げという形になってしまったため、ハイメは頭の中で整理がつかず、妻を諦めきれず、それがアルコール中毒という形になって出てしまいました。ある日娘が重要な事を思い出したのが運のつき。警察に勤めていたのが幸いし、娘の証言を詳しく追って行くことができました。そしてたどり着いたのがマイカとアレックス。

ハイメもエヴァも異常な人間ではありませんが、苦渋の決断を下し、自ら犯罪に手を染めます。

★ びくびく

アレックスはこれほどの大金持ちと結婚していなければ恐らく平凡ではあるけれど、まともなモラルを持った人間として生きて行ったでしょう。彼に取って幸いだったのか災厄だったのか、マイカという大金持ちで会社の上司に当たる人に目をつけられ結婚してしまいます。それも結婚当日からいたぶられます。

社長の夫という高い地位。大金持ち。しかし自由の無い生活を選んでしまいました。マイカから結婚の話が出た時、アレックスは断わる勇気は無かったでしょう。それどころかマイカが自分に合っているかを考えすらしなかったのではないかと思います。強く出る相手に従ってしまう性格。

自分の性格に合った選択をしているならそれなりに自信も持てたでしょうが、強く出る相手に呑み込まれてしまう性格なので、自分の選択と違うことが選ばれてしまう事が多く、違和感を持ちっぱなし。それがおどおど、びくびくという形で現われます。

それ以上深く描写されていないので分かりませんが、こういう人は時には自分が強い立場に立つとひどいわがままをし始めます。全部が全部ではありませんが。

★ 高飛車な女

高飛車が必ずしも悪いということではありません。正しい思考、正しい結論であれば、結果を発表する時に高飛車でも賛同する人はいます。しかしマイカのように我儘し放題な上に高飛車では納得してくれる人はいません。上司だと思って仕方なくイエスと言う部下だけが残ります。稼ぎの少ない夫を精神的に遠のかせる原因にもなります。ベルリン人のように上下関係があってもはっきり物を言う人が多い社会に住んでいると、マイカのような人には滅多に会いませんが、ごくたまにそういう人がいます。

しかも彼女を見ていると本当は誰かにブレーキをかけて欲しい、ノーと言って欲しい様子がちらつきます。ここは脚本が良く書けていて、女優も良く理解して演じています。この人はもしかしたら他の役ではずっと若く、明るい人に見えるのではないかと思います。

金持ちの家に生まれると様々な理由で子供を躾けないことがあるようです。親が仕事や社交に忙しくて手が回らないのか、子供に関心が無いのか、教育の面で放りっぱなし、その結果親子で人間的な交流が出来ていない家族があります。ベルリンでは特定の区にそういう家が集中しているようです。そうやって育てられると、非常に孤独でもそれをどうやって他の人に伝えたらいいのか分かっていない人ができます。マイカはその典型のように描かれています。怯え切ったアレックスはマイカを客観的に見ることができず、珍しく自分の弱さを見せたマイカの内面に気づかないままです。

★ 悪いと分かっていても

自分の性格について正しい認識の無い2人と比べ、ハイメとエヴァは自分がやっている事が良く分かっています。当然法律違反との自覚もあります。万一ばれた時は諦めて捕まるか、高飛びするでしょう。高飛びに成功しても自分たちのやった事を法律に照らしてみて正当化はしないでしょう。唯一言い訳がましく言えるのはそれほど妻/母を愛していたということぐらい。

なので、妻の死後比較的身近にいるタピアとの仲も同僚以上に近くなるかは分かりません。タピアも警察の一員なので警察風のモラルがあるでしょう。彼女と近くなれば彼女に通報するか沈黙するかの選択という重荷を背負わせることになります。ハイメとエヴァはこの話を墓場まで持って行くでしょう。

★ サド・マゾ関係

マイカとアレックスの関係は精神的なサド・マゾ関係と見ることもできるのではないかと思います。というのはマイカがこんな性格だと知ったら、私なら婚約を解消しようと思うからです。何十年も前、渡欧して間もない頃お付き合いをした人がいたのですが、その人は重大な問題を抱えていて、結婚などと言い出す前にその問題を解決することが急務でした。しかしなぜか話はそちらに向かず、私に頼る事を考えているようでした。その問題は例えば井上さんがお腹が空いた時に私がご飯を食べても全く助けにならないような類で、自分で取り組んでもらわないと他の人はどうすることもできません。

しかしその人は私と相性がいいと思い込んだようでした。私はその頃あまりノーと言う事に慣れていなかった上、その人を去れば見捨てたような気持ちになるので非常に困りました。たまたまある人が共通の知り合いで助言をしてくれました。

意を決してノーと言ったのですが、するとその人は泣き崩れ、自分を見捨てるのかと言いました。なぜかその時私の頭には「そうです」という言葉が浮かびました。言いませんでしたが。スポーツでもスタートラインに立つ人は怪我や病気は治してから、人生のスタートも治してからと思ったのです。もしあの時迷い続けずるずると付き合っていたら、マイカとアレックスとはタイプこそ違いますが、一種のサド・マゾ関係に引き込まれていたと思います。今薬物で大騒ぎになっているスポーツ選手の元夫人も難しい決断を迫られたのだろうなあと思います。その人の所に残って世話を続けるとその時間だけその人が回復する時期が先延ばしになってしまうということがあるのです。

当時はまだ自分を自分で守るということを知らなかったのですが、共通の知り合いの人は一緒になると2人が倒れる、分かれるともしかすると両方倒れないかも知れないと思ったようです。凸と凹が合い過ぎると困ったことになります。アレックスとマイカはそこに気づかず死が2人を分かつまで行ってしまい、2日ほどの差で2人とも昇天してしまいました。南無阿弥陀仏。

★ ホセ・コロナード

コロナードはこの年のファンタでは売れっ子で、ラスト・デイズFill de Caín にも出演していました。まあ、なぜこのおっさんにこうも種類の違ういい役が回ってくるんだろうと思うほどですが、日本で例えると役所広司のような立場でしょうか。

パウロ監督とはウマが合ったのか、新作にも出演しています。

ネタをばらしてしまい、非常に長くなりましたが、機会があったら1度ぐらい見てください。

後記: たとえ与太話でも上手に語られていればいいというのがエンターテイメントの原則なので、この作品は合格。突っ込みを入れようと思えば入れられますが。もし夜警がこん睡状態になるような事故に遭わず、状況を自分ですぐ通報していたら、話はかなり変わったのではないかと思いました。

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