風のように
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第20章
でもまあ、チチの機嫌が直ってよかった―――と、安堵の笑みを浮かべた悟空の目の前を、一匹の蛍が飛んで行った。 あたりを見回すと、そこは例のパオズオオサンショウウオを獲った川のほとりだった。 チチが小さく歓声をあげて立ち上がった。見れば月明かりの下で無数の蛍が川岸を飛び交っている。まるで夢幻の世界にいるような眺めだった。 一匹の蛍がふわりと飛んでチチの髪にとまった。ほのかな灯がゆっくりと明滅を繰り返している。悟空は引き寄せられるようにチチに近づいて行った。 チチは悟空を見上げた。彼の瞳がチチの髪にとまった蛍の灯を映している。 「きれいだべ」 「うん」 悟空はそっとチチの髪に触れた。 「悟空さの病気、パオズオオサンショウウオの毒のせいじゃねえだ。多分おらからうつったんだべ。だったらきっと一生治らねえだよ」 でも……とチチは笑った。 「特効薬があるから命は助かるだ」 「特効薬?」 「うん」 チチは伸び上がってそっと悟空にキスした。 「これだべ」 悟空は目をぱちくりした。 「ほんとに効くんか? よけいドキドキしてきたぞ」 「特効薬だって言ったべ。それと今のは……食っちまいてえくらい好きな相手にもするだよ」 悟空は力強くうなずいた。 「そうだな。オラ、チチのこと食っちまいてえ」 悟空がおずおずと顔を近づけてくる。目を閉じて迎えながらチチはクスリと笑った。 「ほんとに食っちまわねえでけれよ」 返事の代わりに悟空の唇は小鳥がついばむようにチチの唇に触れ、触れたと思ったとたん、すぐ離れた。 そしてまた、そうっと触れる。……2度、3度。 チチは目を閉じたまま伸び上がり、悟空の首に両腕を回した。たくましい腕がチチの腰をとらえて引き寄せる。二人はかたく抱き合ったままいつまでも唇を重ねていた。 しばらくして、悟空はいきなり唇を離しざま叫んだ。 「ぷはぁっ、もうダメだ。息が続かねえ」 「ご、悟空さ、おめえもしかして、息止めてたんけ?」 チチは呆れ顔で訊くと、たまらずプッと吹き出した。 「なんだよぉ、笑うなって」 「だって……だってよ……」 「笑うな」 悟空はチチの額にコツンと額をぶつけた。 「うん……」 チチは上目遣いに悟空の瞳を見上げて微笑んだ。互いの瞳を見つめあいながら、ふたりの唇は忍び笑いをもらす。 笑ったままの形から悟空の唇がチチの唇をとらえる。今度はもっとしっかりと。 ドラゴンボールはもう必要ねえだな……。泣きたいくらいの幸せに包まれながらチチは思った。 二人の周りを取り巻くように、蛍はゆっくりと飛び交っている。 |