葬式組曲
[紹介]
諸々の事情から葬式が廃れた時代、儀式なしで火葬をするだけの“直葬”が広まっている中、全国で唯一葬式という風習が残るS県で、若き女社長・北条紫苑率いる北条葬儀社は故人と遺族のために葬式を執り行う。その中で浮かび上がる数々の謎が解き明かされていき、やがて……。
- 「父の葬式」
- 亡くなった酒造職人が喪主に指名していたのはなぜか、家業を継いだ長男ではなく、故人に反発して家を出た次男の方だった。困惑しながらも喪主を引き受けた次男だったが、弔問客らが向けてくる視線は冷たく、父親の真意もわからないまま……。
- 「祖母の葬式」
- 急死した祖母の葬式を前に、ただ一人の肉親である孫娘は火葬に難色を示していたが、それを受け入れる代わりに自ら作る特製の棺を使うことを要望する。やがて、故人の旧知の人々も遠方から駆けつけ、今まさに葬儀が行われようとしたその時……。
- 「息子の葬式」
- 交通事故死した幼い息子の葬式をあげることを望む母親と、政治家として直葬を推進する立場からそれを拒む父親。妥協案として、遺体を一晩斎場に安置して母親が付き添うことになったのだが、密室状態の霊安室から遺体が消失してしまった……。
- 「妻の葬式」
- 妻の突然の自殺。直葬屋である夫はもちろん妻を直葬で送ったが、それから時おり妻の金切り声のようなものが聞こえ始める。直葬にしたことを悔やむ義母の希望もあって、妻の幼馴染だった北条紫苑に妻の葬式を依頼することになったのだが……。
- 「葬儀屋の葬式」
- ――内容紹介は割愛します――
[感想]
第43回メフィスト賞受賞作『キョウカンカク』でデビューした作者の、講談社以外からの初めての単行本となる本書は、これも作者にとって初の連作短編集です。しかし目を引くのは何といっても、葬儀がほとんど行われなくなったという(パラレルワールド的な)“特殊設定”であり、さらにその中で葬儀社の面々を主役に展開されるユニークな葬式ミステリ(*1)となっている点でしょう。
カバー折り返しにも“あらかじめ用意された死者をめぐる謎”
とあるように、基本的には葬式自体に関する謎――“謎”のない“死”の後に生じる“謎”が扱われており、“謎”そのものが一風変わっているのももちろんですが、そこにいる死者が“謎”に直接関わらないというのがまた何とも奇妙な感覚です。一方で、前述の“特殊設定”により、その中であえて葬式を行おうという故人/遺族の意志が強調され、“葬式とは何か”がしっかりと――しかも喪主→葬儀社の社員→斎場の職員……とエピソードごとに変わる語り手の視点から多角的に――描き出されていくのも見どころです。
最初の「父の葬式」では、若くしてS県を離れ葬式にもなじみのない喪主を主役に据えつつ、葬式に込められた故人の意図を“謎”の中心とすることで、(いわば二重に)葬式そのものの意味に焦点が当てられています。謎が解き明かされた後の、“最後の決断”も印象に残ります。
「祖母の葬式」では、葬式とは縁の深い寺/僧侶の問題に触れられているのも興味深いところですが、冒頭から提示される不可解な、そして葬式ならではの謎もよくできています。どこへどのように着地するのか予断を許さない展開の末に、解き明かされる周到な仕掛けに脱帽です。
「息子の葬式」では、葬式と直葬の間で板挟みになった両親の苦悩が描かれる中、密室状況からの遺体の消失というミステリらしい謎が扱われています。決して斬新なトリックとはいえないのですが、そのアレンジが非常に秀逸といえるでしょう。そして、不意打ちのように鮮やかな結末(*2)は圧巻。
「妻の葬式」でのメインの謎は“死者の声”ですが、意外に(?)オカルトじみた雰囲気になることはなく(*3)、(ある程度までは)比較的淡々と進んでいくのが印象的。オーソドックスなミステリにかなり近い形をとりながら、あくまでも葬式ミステリならではの謎解きとなっているところがよくできています。
……と、ここまでの四篇はどちらかといえば、謎解きを“手段”として葬式でのトラブルを丸く収める、葬儀屋の手腕を描くことに重点が置かれている感がありますが、最後の「葬儀屋の葬式」では一変。冒頭から意表を突いた展開に引き込まれ、あれよあれよという間に始まる急転直下の謎解きには、翻弄されるよりほかありません。伏線に支えられた豪快な真相もさることながら、大胆かつ巧妙なミスディレクションが凄まじく、実に見ごたえのある解決になっています。
「妻の葬式」までの四篇とは味わいも大きく異なるエピソード――さらにそれを受けた結末は、あるいは好みの分かれるところかもしれませんが、風変わりな題材を巧みに扱って例を見ない作品に仕立てた手際はお見事。おすすめです。
2012.02.01読了 [天祢 涼]
未来方程式 ―fate equation―
[紹介]
都内を騒がす連続絞殺事件を捜査する秋葉原警察署の面々は、事件直後に現場を訪れていた一人の少女に目をつける。家出中だというその少女――初音未来の母親に依頼を受けた“モエタン”こと迷探偵・萌野は、高校生助手の宮沢テンコとともに彼女を探す。そして神薙探偵事務所で働くおれは、初音未来と偶然出会ったことから事件に巻き込まれることに。数々の事件を100%の確率で的中させる予知能力を持つという彼女――その最新の予言は、未曾有の大惨事の発生を告げるものだった。おれはその予言を止めることができるのか……?
[感想]
その度外れた分量と内容で物議をかもした(?)異形のデビュー作『神戯 ―DEBUG PROGRAM―』の続編です。分量はわずか(苦笑)500頁強と前作の半分しかなく、特殊フォントやルビもやや控えめと、全体的にだいぶ読みやすくなっている上に、前作でわかりづらかった部分に対する“解答”/“手がかり”も示してあります(*1)ので、前作をお読みになった方にとっては必読の一冊といえるでしょう。
続編とはいいながら、“学園もの”だった前作とは打って変わって、序盤の大部分は警察による捜査が中心となっているところに驚かされます。が、そこはやはり神世希のこと、主役となる秋葉原警察署(アキバ署)の刑事たちには(いい意味で?)リアルさのかけらもなく(苦笑)、冒頭のあまりにも愉快すぎる囮捜査(*2)に始まり、(定番の?)“本庁”への反発からの勝手な捜査に至るまで、刑事ドラマのパロディ風といった感じのドタバタ劇が続いていきます。
さらに、壮絶なボケとツッコミを繰り広げる“モエタン”と宮沢テンコのパートもそこに加わり、ドタバタ劇はとどまるところを知らない状態ではありますが、しかしその頃には予知能力を持つ初音未来(*3)という少女が物語の“焦点”として浮かび上がっており、やがて前作でおなじみの神薙探偵事務所の面々も(ようやく)絡んできたところで、初音未来の“争奪戦”へと収束していくプロットはわかりやすく、読者がついていきやすいものになっていると思います。
しかして、初音未来による未来予知がクローズアップされる中盤以降は、アキバ署の面々はあくまでも現実的に事件の捜査に臨み、“モエタン”と宮沢テンコは再び姿を消した初音未来を探し求め、神薙探偵事務所では初音未来の予言を止めようと奔走する――といった具合に、一度は収束した物語が再び分散するのがユニーク。また、予知能力が(一応伏せ字(*4))本物だという前提で物語が進んでいく(ここまで)ため、最終的にどこに着地するのか予断を許さない展開も見どころです。
予言されたタイムリミットが迫る中、真相解明とともに“古い酒を新しい革袋に入れた”ような豪快な大ネタ(*5)が炸裂するクライマックスは圧巻ですし、不意打ちのように襲いくる最後のオチもお見事。前作のようにわかりづらい部分もなく、かえってやや物足りなく感じられるきらいもないではないのですが(苦笑)、楽しく読める作品に仕上がっていると思います。
2012.02.06読了 [神世希]
アルファベット荘事件
[紹介]
劇団「ポルカ」の看板女優・美久月美由紀と橘美衣子、そして二人と同居する“何も持たない探偵”ディは、美術商・岩倉からの所有する奇妙な洋館――庭や屋敷内に巨大なアルファベットのオブジェが立ち並ぶ『アルファベット荘』に招かれる。そこには、かつて鍵のかかった中からバラバラ死体を出現させたという不気味な『創生の箱』が置かれていたが、なぜか主人である岩倉の姿はない。そして、いわくありげな招待客たちが顔を揃えたパーティがお開きになった真夜中、別館にあったはずの『創生の箱』がいつの間にか本館へと移動され、その中から招待客の死体が。しかし本館と別館の間に降り積もった雪の上には、誰かが行き来した足跡はなかったのだ……。
[感想]
本書は、刊行順でいえば『『クロック城』殺人事件』・『『瑠璃城』殺人事件』に続く北山猛邦の第三作となりますが、「あとがき」によればデビュー前にウェブサイトに掲載されていた作品を原型としているとのことで、刊行に際しては舞台や事件の状況、メイントリックが変更されるなど、大幅に改稿されている(*1)ようではあるものの、北山猛邦の原点に近い作品といえるかもしれません。
現実から切り離したような世界を舞台とすることが多い作者にしては珍しく、主人公らが新幹線で(!)移動する場面から「第一章」が始まるなど、かなり現実に近づけた部分も目につきますが、物語の中心には『創生の箱』という魔術的なガジェットが据えられており、その伝説に加わる奇怪な事件が1982年冬のケルンを舞台に、少年と少女の出会いと別れも絡めて描かれた「プロローグ」は、作者らしいリリカルな味わいの魅力的なものになっています。
物語本篇の舞台となるのも、アルファベット26文字を象ったあまりに奇妙な装飾が施された洋館で、ミステリでは定番の“雪の山荘”という状況や、招待客たちのそれぞれに“特殊な立場”(*2)なども相まって、外部の現実から孤立した――というよりも現実を排除した“北山ワールド”(*3)の雰囲気。ただし本書では、極端にものぐさな美久月美由紀の言動や、時おり顔を出すとぼけたギャグが――それ自体は面白いのですが――やや浮いている感がある(*4)のは否めませんが……。
「プロローグ」での事件の他に二つ、『創生の箱』を使うという制約の中で不可能犯罪の“変奏曲”をみせてくれているのはうれしいところ……ですが、解き明かされるトリックは豪快ではあるものの、その扱い方も含めていささかツッコミどころが多いのが難点。これは物理トリックの宿命的な部分もあるかもしれませんが、机上の空論ならぬ“紙上のトリック”――単に実行できるか否かだけでなく、作中の登場人物には見え見えでもおかしくないという意味でも――という印象が先に立ってしまいます。
しかしその後の、静謐な“狂気”ともいうべきものを感じさせる異様な展開が圧巻。好みが分かれるところもあるかもしれませんが、この物語を締めくくるにふさわしい印象的なラストだと思いますし、北山猛邦らしい幕切れであることも確かでしょう。やや難もありますが、少なくとも作者のファンには十分に楽しめる作品といえるのではないでしょうか。今はなき白泉社my文庫で刊行されたきりで、入手困難になっているのが残念ではありますが……(→その後、創元推理文庫で復刊されました)。
“ウェブ掲載時とは内容が大きく変わっています。”とありますが、ウェブ掲載時の内容については杉本@むにゅ10号さんの「swimming » 北山猛邦講演会レポート」を参照。ただし、本書や〈『城』シリーズ〉を読んでからの方がいいかと思います。
*2: 後の某作品((一応伏せ字)『『アリス・ミラー城』殺人事件』(ここまで))に通じるところがあります。
*3: さりげなく
“六人の首なし騎士の短剣”(87頁)に言及され、〈『城』シリーズ〉の世界とのつながりも示されています。と、ここまで書いて気がついたのですが、物語本篇の年代がなぜか1998年に設定されているのは、終末に近づいた1999年の世界を描いた『『クロック城』殺人事件』と整合させるためなのでしょうか。
*4: 『踊るジョーカー』など音野順シリーズや『猫柳十一弦の後悔』になると、違和感なくとぼけた味が発揮されているのですが。
2012.02.08読了 [北山猛邦]
氷菓
[紹介]
神山高校に入学した折木奉太郎は、今は一人も部員がいないという古典部に入部する……はずが、そこには清楚にして好奇心旺盛な新入生・千反田えるの姿があった。何事にも積極的に関わろうとしない奉太郎だったが、えるがなぜか閉じ込められていた教室の謎を解き明かす羽目に。やがて、図書館で毎週借り出される本の謎も解いた奉太郎にえるは、行方不明になった伯父が古典部に所属していた三十三年前に何があったのか知りたいという願いを打ち明ける。かくして奉太郎は、古典部に加わった親友の福部里志や伊原摩耶花らとともに、文化祭で発行する文集『氷菓』の作成準備に追われながら、古典部の過去を調べることに……。
[感想]
本書は、第5回角川学園小説大賞奨励賞を受賞した米澤穂信のデビュー作にして、アニメ化もされている(*1)人気シリーズである〈古典部シリーズ〉の第一作でもあります。やや地味ながら丁寧に作り込まれた青春ミステリで、文庫にして200頁強というだいぶ短めの長編ですが、その中に複数の独立した謎が盛り込まれるという、なかなか面白い構成が採用されているのが目を引きます。
“学園小説大賞”に投じられただけあって、まずはしっかりとした堅実な学園小説という印象。もっとも、高校を卒業してすでに四半世紀が過ぎ、普段ほとんど学園小説を読まない人間の見解なのでアレですが(苦笑)、キャラは立っているにせよ普通の高校生たちを主役に、とりたてて派手に進行するわけでもなく、(語り手である折木奉太郎のパーソナリティのせいもあってか)どちらかといえば淡々と描かれる高校の“日常”は、読者が入り込みやすいものになっていると思います(*2)。
ミステリとしては、いわゆる“日常の謎”風の――普通の高校生が“日常”で遭遇してもおかしくない謎が扱われているのはある意味当然……ではありますが、謎の提示から解決まで普通の高校生の手に負える範疇にとどめるということは、一種の“制約”ともなり得ます。つまり、謎そのものも解決も概して小粒な――インパクトも少なく分量も要しない――ものとならざるを得ないところがあり、似鳥鶏『いわゆる天使の文化祭』の感想でも少し書いたように、それで長編を支えきるのは困難といえます(*3)。
しかるに本書では、前述のように相互に関連のない謎を扱いながらも、きっちりと長編に仕立ててあるのがお見事。まず序盤の、“密室になった教室”と“毎週借り出される本”の謎は、奉太郎の“探偵”としての能力を実証するためのものといえますが、それは読者に対してのみではなく千反田えるにも向けられているわけで、それによって本書のメインとなる謎――えるにとっての個人的な事情を打ち明けるに足る、信頼関係が構築されていくことになるのがうまいところです(*4)。
そしてメインの謎である、えるの伯父のエピソードそれ自体もよく考えられています。三十三年も前の出来事であるがゆえに、作中の表現を借りれば“全ては主観性を失って”
生々しさもなく、高校生の手に負えないような事態に発展することもない、ある種歴史ミステリのような形に転じているのが巧妙。しかしそれでいて、作中の他の謎とは一線を画した重みだけでなく、解かれるべき切実な理由をも兼ね備えており、物語全体のメインに据えられるにふさわしい謎といえるのではないでしょうか。
四人の古典部員それぞれのキャラクターを生かした“推理合戦”風の趣向など、最後の真相解明に至る手順も工夫されていると思いますし、(誤解を恐れずにいえば)それだけをみるとさほどでもないようにも思える謎と真相が、物語と互いにしっかり支え合い、さらにこの種の小説では定番である登場人物の成長にもつながっているところがよくできています。前述のように、全体的にやや地味なのは否めませんが、だからといってゆめゆめ侮るなかれ。
*2: フクさん(「UNCHARTED SPACE」)がこちらで指摘していらっしゃるように、
“ちょっと斜に構えた主人公の性格は(中略)感情移入はし辛い”面もありますが、登場人物に感情移入するよりもむしろ間近で眺めるような、いわば古典部の“座敷わらし”になったような形で身近に感じられる部分もあるように思います。
*3: いうまでもないかもしれませんが、学園ミステリに限らず“日常の謎”風のミステリで長編の作品があまり見当たらないのは、このような事情によるところが大きいでしょう。
*4: このあたりの謎の扱いは、北村薫『冬のオペラ』を思い起こさせるところがあります。
2012.02.17読了 [米澤穂信]
【関連】 『愚者のエンドロール』 『クドリャフカの順番』 『遠まわりする雛』
死の扉 At Death's Door
[紹介]
英国の小さな町ニューミンスターにある小間物屋で、深夜、二重殺人事件が発生する。店を営む強欲な老婦人エミリー・パーヴィスが何者かに撲殺された直後、巡回中に現場を訪れたジャック・スラッパー巡査までもが撲殺されてしまったのだ。町のパブリック・スクールの歴史教師で犯罪研究を趣味とするキャロラス・ディーンは、生意気な教え子のルーパート・プリグリーにたきつけられて、素人探偵として事件の調査に乗り出すことになった。殺されたエミリーは多くの人々の恨みを買っており、動機を持つ容疑者には事欠かなかったのだが、決め手を欠いて警察の捜査も暗礁に乗り上げる中、キャロラスの推理は……?
[感想]
本書は、『三人の名探偵のための事件』を皮切りにビーフ巡査部長(*1)が活躍する長編八作を発表したレオ・ブルースが、ビーフ巡査部長に代わる新たなシリーズ探偵に据えた、歴史教師キャロラス・ディーンの初登場作です。訳者の小林晋氏による解説(*2)でも指摘されているように、マニア向けの趣向が凝らされたビーフ巡査部長のシリーズと比べると派手さに欠ける部分もありますが、それでも十分に魅力的な作品であることは確かです。
歴史教師であるキャロラスは、歴史上の事件についての独自の推理を記した著書がベストセラーとなるなど、その推理能力はいわば折り紙つきではあるものの、もちろん実際の捜査にかけては素人。そんなキャロラスが、プリグリー少年をはじめ教え子たちにうまく乗せられて、町で起きた殺人事件の捜査に乗り出す経緯はなかなか愉快ですが、そのあたりも含めて本書では、全篇を通じてキャロラスがいかにして名探偵となるのか――すなわち“名探偵の誕生”の様子に焦点が当てられているという印象を受けます(*3)。
まずは友人であるムーア巡査部長から事件の概要の説明を受けた後、キャロラスの探偵活動の手始めは、事件関係者に対する地道な聞き取り調査という正攻法。人数が多いこともあって物語のかなりの部分を占めていますが、キャロラスの助手(?)に収まるプリグリー少年や、捜査の行方に興味津々ながら体面を気にするゴリンジャー校長も含めて、登場してくるのはそれぞれに個性豊かな人物ばかりで、地味ながら退屈させられることはありません。特に、思わぬところで登場する探偵小説マニアとキャロラスのやり取りにはニヤリとさせられます。
事件の様相そのものはかなりシンプルな一方、殺されたエミリーが多くの人々に恨まれていたために容疑者が多すぎるという困った状況で、誰が犯人でもおかしくなさそうな反面、飛び抜けて有力な容疑者も見当たらないため、物語がだいぶ進んでもあまり捜査が進展している風でもないのですが、その中でもキャロラスはついに真相解明への糸口を見出し、そして――ある意味では名探偵らしい受難ともいえる出来事を経ての急転直下の解決には、驚かされずにはいられません。
古式ゆかしく関係者一同を集めてキャロラスが解き明かす真相は、実のところさほど斬新というわけでもないのですが、秀逸なミスディレクションによってしっかりと隠蔽されているのがお見事。と同時に、数々の証言の中に埋め込まれた手がかりを丹念に拾っていく推理もよくできています。そして、最後に関係者たちがキャロラスに声をかけながら退場していく場面は、名探偵の誕生を祝うグランドフィナーレのようで印象的。いささか地味なのは確かですが、評判にたがわぬ佳作です。
*2: 「バイウォーターズとトンプスン夫人事件」(351頁)以降は、本篇読了後にお読みになることをおすすめします。
*3: その意味で、「『死の扉』(レオ・ブルース/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館」で指摘されている、
“探偵役であるキャロラスやワトソン役であるプリグリーにしても、探偵小説のお約束や既存の名探偵たちの言動を意識しながら捜査を行います。”(注:下線は筆者)という点も興味深いところです。
2012.02.27読了 [レオ・ブルース]
【関連】 『ミンコット荘に死す』 『ハイキャッスル屋敷の死』 『ジャックは絞首台に!』 『骨と髪』