ミステリ&SF感想vol.81 |
2004.03.30 |
『アプルビイの事件簿』 『忍法封印いま破る』 『エロチカ eRotica』 『銀河忍法帖』 『肉食屋敷』 |
アプルビイの事件簿 The Casebook of Appleby マイケル・イネス | |
1978年発表 (大久保康雄訳 創元推理文庫182-01・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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忍法封印いま破る 山田風太郎 |
1969年発表 (角川文庫 緑356-15・入手困難) |
[紹介] [感想] 『銀河忍法帖』に続いて大久保長安が重要な役割を果たしている作品です。本書の中でも『銀河忍法帖』の事件に少しだけ触れられているので、そちらを先に読んだ方がいいかもしれません。
本書ではまず、数ある風太郎忍法帖の中でもおそらくトップクラスに位置するのではないかと思われるほど強力な主人公・おげ丸が、自らその忍法を封印(攻撃には使わない)したまま戦うという、特異な状況が目を引きます。忍法封印という制約の下で、おげ丸の体術や女たちの機転を武器に繰り広げられる、強力な甲賀忍者たちとの“ハンディキャップ戦”は、やや似たところのある『柳生忍法帖』には一歩譲るものの、それ自体が十分な魅力を持っています。しかしながら、本書の眼目はあくまでも、題名や各章の章題などにも暗示されている物語の展開に込められた、果てしない哀しみなのです。 発端となるのはもちろん、おげ丸の父にして稀代の怪物・大久保長安という存在です。その意図があまりにも壮大であるために、おげ丸も女たちもすっかり圧倒されてしまっているのがかえって救いといえるのかもしれませんが、それでもやはりおげ丸の負わされる運命は苛酷です。しかし、その長安の壮大な遺志もまた時の権力の前に蹉跌の危機を迎え、おげ丸はいよいよ窮地に陥っていくことになります。結局のところ本書で描かれているのは、強力な忍法とは裏腹の、強大な存在を前にしたおげ丸の無力さゆえの哀しみであり、しかもその中で自分なりの筋を通すために忍法を封印するという選択によって、物語の行方が定められているというべきでしょう。 終盤、遂に“封印”が破られる時、おげ丸の身内からほとばしる激しい感情そのままの勢いで、物語は壮絶なカタストロフを迎えます。最後に残るのは、多くが語られないがゆえに一際印象深い結末。何ともいえない余韻の漂う物語です。 2004.03.19読了 [山田風太郎] |
エロチカ eRotica e-NOVELS編 |
2004年発表 (講談社) |
[紹介と感想]
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銀河忍法帖 天の川を斬る 山田風太郎 | |
1968年発表 (角川文庫 緑356-11・入手困難) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 後の『忍法封印いま破る』と同様、大久保長安を重要な役どころに据えた作品です。
まず、戦車対伊賀忍者という異色の戦いに始まり、さらに五人の女たちが操る携帯武器と伊賀忍法との対決へとつながる冒頭で描かれた、サイエンスと職人芸との対比が非常に面白いと思います。系統立った知識の産物であり誰しも(か弱い女性でも)利用可能な武器と、個人の修行の成果であり伝承することが困難な忍法とを対立させ、太平洋戦争のエピソードまで引き合いに出す作者の視点が秀逸です。また、忍法と近代兵器の対決といえば思い浮かぶのが『軍艦忍法帖』ですが、およそ250年という両作品の作中年代の隔たりを考えてみると、長安の並々ならぬ先進性がよりはっきりと浮かび上がってきます。当時の日本にあってただ一人広大な視野を持ち、時代に大きく先んじていた長安という存在は圧倒的で、まぎれもなく本書の主役の一人となっています。 もう一方の主役はもちろん、朱鷺と六文銭の鉄という謎の男女です。偶然関わることになったはずの長安に対して、何やら含むところのある様子の謎めいた美女・朱鷺と、豪放かつ大胆な無頼漢であるにもかかわらず、惚れた弱みからか朱鷺に翻弄される憎めないところも見せる六文銭の鉄。偶然出会ったはずの二人がコンビを組み、それぞれに揺れ動く思いを抱えながらも、伊賀忍者たちや愛妾たちを撃退しつつ長安に迫っていく展開は、無類の面白さを備えています。 そしてもう一つ、見逃してはならない本書の魅力が、長安輩下の山師である味方但馬をはじめとした、いずれも個性豊かな脇役たちです。彼らが様々な形で主役たちに絡んでくることで、物語に一層の厚みが加わっています。その中でも特に印象的なのが五人の伊賀忍者たちで、前述の職人芸としての側面を強調するためもあってか、それぞれに独自の忍法を修得するに至った経緯がしっかりと描き込まれているのですが、それだけに、戦いの中でほとんどいいところなく敗れ去っていく彼らの姿が、職人芸である忍法の限界を、ひいては忍者という存在の哀れさを際立たせているように思います。 数々の戦いを経て、すべての真相が明らかになり、題名の由来となった叫びが発せられる結末は、残念ながら傑作『忍びの卍』には一歩譲るものの、それでも十分に衝撃的といえるでしょう。B級という作者自身の評価が不思議に思えてしまう作品です。 2004.03.26読了 [山田風太郎] |
肉食屋敷 小林泰三 | |
1998年発表 (角川書店) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
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