ミステリ&SF感想vol.139

2007.01.21

赫い月照  谺 健二

ネタバレ感想 2003年発表 (講談社)

[紹介]
 かつて神戸で起きた、中学生の少年が女子中学生三人を殺害して一人の首を切るという、凄惨な少年犯罪。補導された少年はすべてを語ろうとはせず、事件の謎は少年の妹・圭子の心に強く焼きつけられた……。
 ……阪神大震災、そして“酒鬼薔薇事件”と、二度にわたる衝撃に襲われた神戸も、時を経てようやく平穏を取り戻したかにみえた。だが、一人の男が“酒鬼薔薇事件”を見つめ直すために書き始めた“超越推理小説”『赫い月照』が、神戸に新たな連続猟奇殺人を引き起こす。そしてついに、小説の中の殺人鬼が現実に姿を現し……。

[感想]
 デビュー作『未明の悪夢』に始まる、占い師・雪御所圭子を探偵役に据えて神戸を舞台としたシリーズの、集大成というべき大作です。本書では、阪神大震災に続いて神戸を震撼させたいわゆる“酒鬼薔薇事件”を主なモチーフとして、連続猟奇殺人というものの内側に迫る試みがなされています。

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 まず、二段組みで100頁を超える大ボリュームの「序章」。この「序章」だけでも相当な“重さ”があり、読み進めるにはかなりのエネルギーを要することになるでしょう。

 その前半では、雪御所圭子自身の秘められた過去、すなわち少女時代に遭遇した連続猟奇殺人の顛末と、その事件によって計り知れない打撃を受けた彼女が“雪御所圭子”として“再生”するまでが明かされます。本格ミステリ的な謎も含みつつ、重点が置かれているのはやはり事件の凄惨さと、犯人の家族が翻弄される過酷な運命であり、他ならぬシリーズ探偵の過去であるだけに一層強い衝撃をもたらしています。

 そして後半では、パニック障碍の発作に悩まされる男・摩山隆介が、自らの“酒鬼薔薇事件”への執着を清算するために、事件をもとにした推理小説を書くことで犯人の動機を理解しようとする様子が描かれています。「序章」の最後には、“超越推理小説”『赫い月照』と名付けられたその小説の「第一回」が挿入されていますが、主人公の少年・血飛沫零が抱える異形の内面をそのまま文章にしたかのような、幻想的で異様な世界へと変貌した“もう一つの神戸”を舞台に繰り広げられる奇怪で暴力的な物語で、本書に何とも不気味な彩りを添えています。

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 そしていよいよ本編。物語は、「序章」の主役である雪御所圭子と摩山隆介という二人の人物を中心に、事件を“外側”と“内側”の両方から眺めるような形で進んでいきます。

 まず、心理療法士による治療を受けながら摩山が書き進めてきた『赫い月照』に、いつの間にか書いた覚えのない原稿が付け加わり、しかもその内容と酷似した連続猟奇殺人が現実に起きてしまうという、メタミステリ的な謎が展開される“内側”。小説の中の血飛沫零の“暴走”と衝撃を受けた摩山の“暴走”とが軌を一にしてエスカレートしていき、ついに血飛沫零が摩山の前に現れるクライマックスは圧巻です。

 一方、“外側”から事件に関わる圭子は、不可能状況を演出する密室、どこか“酒鬼薔薇事件”との関連を思わせる奇怪な装飾、そして浮かび上がってくる犯人からの暗号という数々の謎に挑み、連続猟奇殺人の犯人に迫っていきます。またその過程において、圭子自身の過去、すなわちかつて遭遇した連続猟奇殺人及びその当事者たる兄と向き合わざるを得なくなるというプロットも見応えがあります。

 作中に数多く盛り込まれたトリックの大半は、解き明かされてみると奇術の単純な応用であったりするなど、正直なところ、やや面白味を欠いているように思われます。しかし個々のトリックそのものよりも、トリックを使う意図の方が重要であろうと思われますし、何より現実の事件が(通常の猟奇殺人よりもさらに)奇怪な様相を呈することで、現実と作中作との境界がより曖昧なものになるという効果が見事です。

 連続猟奇殺人がテーマということで全体的に陰惨なムードが漂いますが、最後の最後に待ち受ける絶望的な結末もまた強烈。フィクションであることは十分理解していてもなお打ちのめされてしまう、圧倒的な迫力と徹底した後味の悪さを兼ね備えた物語で、読み通すにはそれなりの気力が必要となるでしょう。質量ともに重量級というべき意欲作です。

2006.12.28読了  [谺 健二]
【関連】 『未明の悪夢』 『恋霊館事件』

神様のパズル  機本伸司

2002年発表 (角川春樹事務所)

[紹介]
 大学四年生の僕は、片思いの保積さんと同じ素粒子物理学研究室のゼミを選択したものの、ハードな内容について行けるかどうかは大いに不安。そんな僕に教授は、休学中の穂瑞沙羅華をゼミに出席させることを命じる。穂端は飛び級で進学してきた16歳の少女で、現在建設中の巨大加速器“むげん”の基本原理を発案した天才だったが、その気難しさゆえに周囲と折り合わず、大学にも来なくなっていたのだ。一度は冷たくあしらわれたものの、大学で知り合いになった熱心な聴講生・橋詰老人が発した“宇宙を作ることはできるのか?”という疑問を穂端にぶつけてみると……。

[感想]
 第3回小松左京賞を受賞した、“青春ハードSF”ともいうべき作品ですが、作中で飛び交う専門用語自体はやや敷居の高さを感じさせはするものの、一貫して素粒子物理学にあまり詳しくない主人公の視点で描かれているため、適宜他の人物による解説が入ったり、あるいは十分に理解できなくても問題ない気分にさせられたりといった具合で、内容の割にかなり読みやすい作品に仕上がっていると思います。

 物語のテーマは、“宇宙を作ることはできるのか?”という壮大でストレートなものですが、天才少女の存在もあるとはいえ、それが大学の研究室のゼミという場で展開されることによるミスマッチ感覚が面白いと思います。このミスマッチ感覚については、穂瑞と“僕”という主役コンビからしてそれを感じさせるものですし、巨大加速器“むげん”とその近くの水田という物語後半の主な舞台もまたそうですから、全編を通じて意図的に盛り込まれていると考えていいでしょう。いずれにせよ、ハードな物語をある程度身近に感じられるものにするという意味で、効果的な手法といえそうです。

 とはいえ、肝心の“宇宙の作り方”に関する議論がやや難解であるのは否めません。もっとも、すべての専門用語を理解する必要はなく(私自身もよくわかりません)、論理的に段階を踏んで進められる議論のプロセス(あるいは理論が構築されるプロセス)を押さえておけば十分でしょう。その点を考えれば、ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』がミステリとしても評価されるのと同じように、本書もまた“いかにして宇宙が作られたのか?”という謎を中心としたハウダニットととらえることができると思いますし、実際になかなかよくできているといえるのではないでしょうか。

 議論が進展と行き詰まりをみせる物語後半になって重心が人間のドラマへと移ってくるあたりは、ややもすると、徹底して謎解きにこだわった『星を継ぐもの』に比べて中途半端に感じられる向きもあるかもしれません。しかし、そもそも本書に青春小説としての側面もあることは当初から明らかですし、作中にも宇宙についての疑問と個人についての疑問とを関連づけるような記述があるところをみると、宇宙のドラマと人間のドラマを重ね合わせることが作者の狙いであったとも考えられます。

 意外にどろどろしたところもあるようでいて最終的にはさらりとさわやかな後味を残すあたりも含め、作者の優れたバランス感覚が目を引く快作です。

 ちなみに、「三軒茶屋」内の「書評 神様のパズル」(アイヨシさん)を拝見するまで、登場人物の名前のネタには気づきませんでした。不覚。

2007.01.05読了

ゆがんだ光輪 The Three-Cornered Halo  クリスチアナ・ブランド

ネタバレ感想 1957年発表 (恩地三保子訳 ハヤカワ・ミステリ517)

[紹介]
 数年前、コックリル警部が不可解な殺人事件を見事に解決した、地中海に浮かぶサン・ホアン・エル・ピラータ島。そして今、警部の妹カズン・ハット、その従姉妹ウィンゾム、島では名士となっているデザイナーのセシルらが訪れる。島では折しも、名高い修道女ホアニータを聖者として認めてもらおうという気運が高まっていたが、島を治める大公はなぜかローマ教会への申請を渋っていた。認可による観光客の増加を期待する宝石商トマーソは業を煮やし、密輸業者の親玉でもある警察署長と組んで密かに陰謀をめぐらせるが……。

[感想]
 『はなれわざ』に続いてサン・ホアン・エル・ピラータ島が舞台となった、コックリル警部シリーズ(?)の番外編的な作品。コックリル警部に代わってその妹カズン・ハットが登場しているのもさることながら、クリスチアナ・ブランドの作品にしては謎解き色がかなり薄いあたりも異色です。

 ツアー旅行者たちの間で殺人事件が起きたため、メンバーの描写に多く筆を割かざるを得なかった『はなれわざ』に対して、本書ではサン・ホアン・エル・ピラータの特異な文化や風俗の描写に力が注がれています。英国とは大いに異なるそれは、“ラテン系”の一言で片づけるのはさすがに安直にすぎるでしょうが、やはり異国情緒あふれる、実に魅力的なものになっています。修道女ホアニータの聖者認定が物語の柱の一つとなっている関係上、宗教論の比重が大きくなっていることで若干読みづらくなっているきらいはありますが、それもさほどのものではありません。

 もちろん人物描写がおろそかにされているわけではなく、主役であるカズン・ハットをはじめとする登場人物たちはいずれも個性豊かに描かれており、それらの人々が繰り広げる様々な人間模様により、物語全編がどこかユーモラスで味わい深いものになっています。ドタバタ劇というわけではありませんが、思わずニヤリとさせられる愉快でしゃれたエピソードの連続、といったところでしょうか。

 頻繁な場面転換をうまく利用し、他の登場人物が知らない“真相”を読者に向けて小出しにしていくことでサスペンスを高めていくという手法が巧妙(特に「第七章」の“ジェイン(以下略)”に関するくだりには脱帽)。また、それぞれ同時進行する複数の“事件”を最終的には一つに、しかも豪快な形でまとめあげてしまうプロットが実に見事です。そして、すべてが一気に収束する驚きのクライマックスは、まさに圧巻というより他ありません。しっかりした謎解きを期待するのは禁物ですが、少なくとも作者のファンならば間違いなく楽しめる佳作です。

2007.01.10読了  [クリスチアナ・ブランド]

背の眼  道尾秀介

ネタバレ感想 2005年発表 (幻冬舎)

[紹介]
 福島県の白峠村にやってきたホラー作家の道尾は、とある民宿に宿泊する。だが翌朝、散策に出かけた近くの河原で“レエ……オグロアラダ……ロゴ……”という奇妙な声を聞き、得体の知れないものに脅かされる。そこは数年前、行方不明になった子供の首だけが流れ着いた場所であり、村ではその後も三人の子供たちが姿を消していたのだった。早々に宿を引き払った道尾は、霊現象を探求する友人・真備に相談するが、逆に真備から白峠村周辺で撮影されたという心霊写真を見せられる。後に自殺したという、そこに映っていた人々の背中には、奇怪な“眼”が……。

[感想]
 第5回ホラーサスペンス大賞の特別賞を受賞した作品を大幅に改稿して刊行された、作者のデビュー作です。ウィリアム・ホープ・ホジスン『幽霊狩人カーナッキ』や都筑道夫〈雪崩連太郎シリーズ〉などのゴーストハンターものの系譜に連なる作品であり、また様々な怪異がホラー要素を前提にした本格ミステリ的手法で解体されていく、ホラーミステリの快作といっていいでしょう。

 主な舞台となる白峠村、主人が一人で営む民宿〈あきよし荘〉周辺の情景描写は雰囲気十分ですし、道夫が耳にした奇妙な声や天狗による神隠し、さらに“背中に眼”という奇怪な心霊写真といった怪異現象は、合理的な解体が困難であることが予想されるがゆえに、物語のベースがあくまでもホラーであることを強く意識させます。しかしその一方で、不完全とはいえ少なくともその一部が(物語の進行につれて)解体されていくため、それらの怪異現象がホラー的な“謎”であるとともに本格ミステリ的な“謎”でもあり得るという両義性を備えたものになっているところが秀逸です。

 それらの謎に対して、語り手である道尾・探偵役の真備・探偵助手の北見凛の三人組が挑むことになりますが、それぞれのキャラクター設定もなかなか面白いものになっています。巻末に付された「選評」において綾辻行人氏が指摘しているように、京極夏彦の〈京極堂シリーズ〉との類似が見受けられるのも確かですが、“この世には不思議なことなど何もないのだよ”と言い放つ京極堂に対し、真備の方は“本物の霊”を見出すために怪異を解体していく立場であり、怪異現象に対するスタンスが正反対である点を見逃すべきではないでしょう。そして、そのスタンスゆえに自らを厳しく戒める真備の姿が印象的です。

 本書では、様々な謎がいわば五月雨式に少しずつ解き明かされていく形になっているため、謎解きの衝撃とカタルシスが若干弱くなっているきらいがあります。しかし逆に、謎と解決が小出しにされていくことで、物語が常にホラーとミステリとの間で揺れ動くことになり、終始絶妙なバランスが保たれているという印象が強くなっています。この独特のバランス感覚もまた、本書の大きな魅力といえるでしょう。

 解き明かされる真相の中では、特に“背中に映った眼が意味するもの”に仰天。一方、“犯人”については若干物足りないところがありますが、それでも色々と工夫が施されており、全体としては十分に楽しめる内容になっていると思います。意外な後味を残す結末も見事。

2007.01.11読了  [道尾秀介]
【関連】 『骸の爪』

たったひとつの冴えたやりかた The Starry Rift  ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア

1986年発表 (浅倉久志訳 ハヤカワ文庫SF739)

[紹介と感想]
 デネブ大学図書館の一見気むずかしげな司書が、共同で研究論文を書こうとする二人の学生のリクエストに応えて、ヒューマン(人類)の“ファクト/フィクション”の中から選び出した三つの物語。それはヒューマンの“連邦”の草創期、その境界を形成していた暗黒の宙域〈リフト〉の周辺で繰り広げられた、様々な人々によるドラマだった……(「図書館にて」)。

 最後まで波瀾万丈の人生を送ったSF作家ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの遺作にして、ティプトリーらしからぬ、ともいえる異色作。スペースオペラ的な三つの物語の幕間に、異星種族の図書館司書と学生たちのやり取りを描いた「図書館にて」というエピソードを配したオムニバス形式の中編集ですが、全般的にかなりストレートでわかりやすく、しかも悲劇的なエピソードでさえどこかに温かみのようなものが感じられる、他の作品とは明らかに一線を画した雰囲気になっています(少女漫画家・川原由美子氏によるイラストも、柔らかい雰囲気をかもし出すのに一役買っています)
 普段SFを読み慣れていない方にも(あるいはそういう方にこそ、というべきかもしれません)おすすめの傑作です。

「たったひとつの冴えたやりかた」 The Only Neat thing to Do
 十六歳の誕生日に両親から小型宇宙船をプレゼントされたそばかす娘コーティーは、密かに準備を整えて連邦基地のチェックもすり抜け、あこがれていた未知の星域の探検に出発した。だが、彼女が冷凍睡眠から目覚めてみると、頭の中に異星人シロベーンが住み着いていたのだ。ハプニングから共同生活を送ることになった二人は意気投合し、さらなる冒険に乗り出したが……。
 「訳者あとがき」によれば、“書評者に「この小説を読みおわる前にハンカチがほしくならなかったら、あなたは人間ではない」とまでいわしめた”という、読者の心を強く揺さぶる一篇。この作品の魅力は、ひたすら明るく前向きで、賢くてどこまでも健気という、主人公の少女コーティーの造形に尽きるといっても過言ではありません。が、そこに異星人のシロベーンが加わることで、それがさらに心に残るものになっているところを見逃すべきではないでしょう。また、物語の後半で視点が切り替わっているところが非常に効果的で、決して押しつけがましくはない、静かで余韻の残る感動的な結末となっています。
 斜に構えた見方をすれば、作者がその技巧を“泣かせる”ために存分に発揮した作品ともいえるかもしれませんが、ここはやはり素直に物語を味わうのが吉。

「グッドナイト、スイートハーツ」 Good Night, Sweethearts
 絶望して戦地へ身を投じた挙げ句に記憶の一部を失い、一匹狼の回収救難官として孤独な生活を送っているレイブン。ある日立ち往生している豪華な宇宙船と遭遇した彼は、そこで今は大女優となったかつての恋人と再会し、激しく動揺する。そこへ襲いかかってきた〈暗黒界〉の海賊たち。何とか敵を捕らえることに成功したレイブンが、海賊船の中に見出したのは……?
 男性の視点から描かれた、ロマンチシズムを前面に押し出した作品。これをみると、作者が当初(その筆名のせいもあって)男性だと思われていたのもうなずけるような気がします(偏見かもしれませんが……)。人類の視点からは、結末に苦みを残すラブロマンスという以上のものではないようにも思えますが、〈暗黒界〉の人類の様子が描かれている点も含めて、「図書館にて」に登場する異星種族の視点を想定すると、また違った趣があるように感じられます。

「衝突」 Collision
 人類が送り出した〈リフト〉横断探測船は、乗組員たちが体に尻尾や余分な腕が生えたような感覚を覚えるという奇怪な現象もものともせず、ついに〈リフト〉の反対側まで到達し、異星種族ジーロの住む惑星に降り立った。だがそこにはすでに、〈暗黒界〉に本拠を持つ人類のならず者一味がジーロたちの植民地を次々と襲撃しているという知らせが届いていたのだ……。
 人類と異星種族のコンタクトを双方の視点から描くという手法はややありがちかもしれませんが、相手がすでに人類を深刻な脅威としてとらえているというスリリングな状況は目を引きます。また、〈リフト〉内部で起こる怪現象が事態を複雑なものにしているところも秀逸。そして何より、(表題作もそうですが)危機的状況におかれた登場人物の懸命の行動が胸を打ちます。
2007.01.13再読了  [ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア]