山田正紀短編集感想vol.5

  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 山田正紀ガイド > 
  3. 山田正紀短編集感想vol.5

屍人の時代  山田正紀

ネタバレ感想 2016年発表 (ハルキ文庫 や2-29)

[紹介と感想]
 『人喰いの時代』などに登場した探偵・呪師霊太郎が活躍する、ほぼ書き下ろし*1の中短編四作を収録した作品集で、今回は不機嫌そうな顔をした黒猫の“耕介”を相棒に、四つの事件に遭遇することになります。
 本書は『人喰いの時代』のような〈連鎖式〉ではなく、各エピソードの年代もバラバラですが、それでも奇妙な統一感が感じられる一冊となっています。“探偵小説で時代を描く”というコンセプトがシリーズで共通しているということもありますが、本書ではいずれのエピソードもミステリとしてとらえどころがない――物語がかなり進むまで“何が謎なのか”今ひとつはっきりしないのが特徴で、『人喰いの時代』などとはまた違った独特の味わいが魅力です。

 ところで、カバーの紹介文では“本来発売されることは無かった幻の書籍まさかの発売。”とされており、帯にも同様の意味ありげな惹句が記されているのですが、読み終えてみてもどういう趣旨なのか今ひとつピンとこないのはいかがなものでしょうか*2

「神獣の時代」
 オホーツク海の孤島を訪れた呪師霊太郎は、漁民の長の娘カグヤと恋仲の若者オサムに出会う。二人は周囲に仲を割かれそうになっていたが、神獣“ウエンカム”と恐れられるアザラシの王を仕留めた者に娘をやると長が宣言し、霊太郎もオサムら花婿候補たちの“ウエンカム”狩りに同行することに……。
 途中までは(『神狩り』ならぬ)“神獣狩り”の顛末を描く冒険小説であるかのような内容ですが、呪師霊太郎の存在がかろうじて(?)ミステリらしさを期待させる中、終盤近くなってついに事件が起きることになります。
 しかして、最後に明らかにされるバカミス風の真相は何とも凄まじく、思わず唖然とさせられてしまいますが、それをしっかりと支えるユニークな技巧には興味深いものがあり、注目すべきところでしょう。本書の中で個人的ベストです。

「零戦の時代」
 女優志望の緋口結衣子は、終戦直後の零戦をめぐる恋愛映画『零戦心中』のオーディションを受けたが、合否の連絡がないまま映画の企画自体が消滅したらしく、さらに連絡先のメモや脚本のコピーまで何者かに奪われてしまう。途方に暮れる彼女のもとに、呪師霊太郎からの電話がかかってきて……。
 本書で最も分量のある中編で、上に書いたサスペンス風のあらすじは「プロローグ」にすぎず、映画の脚本のもとになった“零戦心中”をめぐる終戦前後の出来事が物語の本篇となっています。
 その本篇では、主役の語りが“信頼できない”ことが読者に対してあからさまに示されているのが特徴で、細かい違和感を残しながらもそれなりに筋が通っているようにみえる語りの裏に、何が隠されているのか――“何が起きていたのか”が焦点となります。“零戦心中”から長い年月を経ての結末も印象的。

「啄木の時代」
 榊智恵子は、大伯父から奇妙な話を聞かされる。大正二年、石川啄木の遺品を盗んだ泥棒の片割れを捕らえた顔見知りの巡査が、その後なぜか啄木ゆかりの函館で不可解な死を遂げたらしい。それを調べに行った呪師霊太郎という探偵が、四十年以上過ぎた今になって突然連絡してきたというのだ……。
 題名の通り石川啄木を題材にした作品ですが、冒頭には何と俳優・小林旭のインタビューが引用され、日活映画全盛の昭和三十六年を舞台に、“錆びたナイフ”と“錆びたピストル”を重ねた印象深い物語が展開されています。
 一見すると派手な事件が起こりますが、地味にひねくれた趣向が凝らされているのが見どころ。そしてまた、石川啄木の物語への組み込み方が巧妙です。最後のオチも鮮やか。

「少年の時代」
 岩手県・花巻温泉で、怪盗“少年二十文銭”が高価な宝石を奪い去る。さらに近くの倉庫から大量の土嚢が盗まれる不可解な事件も発生する中、“事件の謎は解けた”と豪語したという探偵・呪師霊太郎は、なぜか行方知れずに。そして捜査に当たる御厨刑事は、思わぬ形で事件の真相に迫ることになり……。
 事件を捜査する刑事が主人公であり、さらに特高まで登場するにもかかわらず、題材とその扱い方によってメルヘンのような雰囲気が漂っている一篇。しかし一方で、現代の出来事を重ね合わせずにはいられないエピソードも盛り込まれ、はっとさせられます。
 一種の“怪盗もの”ということもあってミステリとしてはやや変則的な形になっている中、有名な古典作品を下敷きにしてある*3ことによって、着地点が皆目見当がつかない状態となるのが面白いところ。そして最後に明かされる大胆な真相がよくできています。
*1: 最初の「神獣の時代」(おそらくは前半のみ)が、角川春樹事務所の「Webランティエ」「眼下の敵」の題名で掲載されています(→現在は、『屍人の時代』の“ためし読み”という形になっています)。
*2: 残念なことに、本書には解説もあとがきもないので、事情がよくわかりません。
*3: 小栗虫太郎「完全犯罪」と、V.L.ホワイトチャーチ「ギルバート・マレル卿の絵」のネタバレがあるので、未読の方はご注意ください。

2016.09.22読了
【関連】 『人喰いの時代』 『金魚の眼が光る』 『見えない風景』

クトゥルー短編集 銀の弾丸  山田正紀

2017年発表 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

[紹介と感想]
 創土社の叢書〈クトゥルー・ミュトス・ファイルズ〉の一冊ということで、クトゥルーもの(もしくはそれに近いテイストの作品)を収録した作品集となっています。

「銀の弾丸」
 ギリシャのパルテノン神殿を舞台に、キリストの復活を描いたバテレン能をローマ教皇に奉納するというイベントが開催されることになった。しかしその裏には、バテレン能によって“クトゥルフ”を呼び出す計画が隠されていたのだ。“H・P・L協会”に所属する“私”たちは、何とか計画を阻止しようと奔走するが、ついに当日を迎えて……。
 第一短編集『終末曲面』からの再録。初出が1977年で、“日本人が書いた史上二番目のクトゥルフ作品”*1とされています。
 中盤の攻防もなかなかの見ごたえですが、これ以上ないほど厳重な警護の中で任務を遂行する奇策が強烈。そして結末で明かされる皮肉な真相と主人公の苦悩が、この作品を忘れがたいものにしています。傑作です。

「おどり喰い」
 昭和二十年六月五日、神戸の街を襲った大空襲。火の手に追われた私と同級生はいつしか、得体のしれないロシア人が住むという“白屋敷”にたどり着いていた。と突然、何ともいえず猛烈に食欲をそそる匂いが漂ってきたのだ。とても我慢ができず、匂いとともに煙が噴き出す“白屋敷”の防空壕に飛び込んでいった私たちは……。
 神戸大空襲の最中、飢えた少年たちの前に現れた“それ”の、何とも気安く話しかけてくる口調のインパクトに――イラストとの落差も相まって――まず打ちのめされます*2。が、物語はあくまでもシリアスで、“おどり喰い”の果てに待ち受けている“明示されない結末”が、暗澹たる余韻を残します。

「松井清衛門、推参つかまつる」
 “天保の妖怪”と称される鳥居耀蔵を討とうと、単身待ち伏せしていた松井清衛門の前に現れたのは、かつてともに戦った友人・虎万作だった。二人は二年前、伊豆に発生した無数の“死に返り”を斬って斬って斬りまくり、さらに背後から“死に返り”を操る“もののけ”――妖怪獣・“婆老蛾{ばろんが}を山中に追いつめたのだが……。
 「後書き」に書かれている*3ように、“死に返り”たちが次々と斬って捨てられていく凄惨な物語ですが、主役二人のキャラクターもあって実に爽やかな後味を残す一篇に仕上がっています。しかし元ネタがわからなかったので、最後に挙げられている参考文献(?)に仰天しました*4

「悪魔の辞典」
 ピンカートン探偵社の調査員である“おれ”は、サンフランシスコからある男を追って、メキシコ国境近くの小さな町コークスクルウにたどり着いたが、そこでとある“ブツ”の争奪戦に巻き込まれてしまう。武装したギャングたちと、メキシコから越境してきた山賊たちとの激しい銃撃戦の末に、“ブツ”によって姿を現したのは……。
 「後書き」によればダシール・ハメットの短編へのオマージュということで、タフガイを主人公としたハードボイルドとなっています。クトゥルー(ホラー)要素が前面に出されているわけではありませんが、アンブローズ・ビアス*5との関わりも含めて、うまく物語に絡めてある印象です。そして、『悪魔の辞典』の使い方が面白いと思います。

「贖罪の惑星{ほし}
 姿を消した恋人・乃里子は、〈滅びてしもう教〉という宗教団体に加わっていた。信者たちは、南アルプスの山裾にある“戻らずの森”に居を定め、終末を待っているという。“私”にとって因縁の地である“戻らずの森”には、何が待ち受けているのか。足を踏み入れた私たちの目の前には、想像を絶する光景が広がっていた……。
 これも「銀の弾丸」と同じく『終末曲面』からの再録。こちらはクトゥルーものではありませんが、終末をもたらす“もの”のイメージは、クトゥルー神話に通じるところがある……かもしれません。静かに広がっていく終末の風景が強く印象に残ります。

「石に漱{すす}ぎて滅びなば」
 1902年、ロンドン。若き海軍士官・橋爪竜之助はある任務を帯びて、留学中の夏目金之助らとともに、霧に煙る深夜の街で一台の馬車を追う。貧民街で集めた何体もの死骸を屋根の上に乗せた馬車は、ロンドン塔と見まがう不気味な建物“二十世紀城”へと入っていったのだ。そこで待ち受けていたのは……?
 夏目漱石のロンドン留学中の日記にある、不可解な記述をもとにしたらしき*6一篇ですが、上のようなあらすじにもかかわらず、カレーの作り方(!)から始まるのが愉快。思わぬ人物の登場や、恐るべき企み、そして気の利いた結末までよくできた作品だと思いますが、全体的に分量が足りないのか、どことなくあっけなく感じられてしまうのが少々残念なところです。

「戦場の又三郎」
 戦況厳しい南の島。花巻に生まれ育ち、この地で巡査をつとめる若者・猿谷嘉助は、島に残っていた女たちを後方へ脱出させる任務を命じられる。敵の砲撃を避けて山中の逃避行の中、嘉助の前に一台の戦車――全体が死者たちで形作られた“幽霊戦車{クトゥルフ}が現れた。銃弾も効かない“幽霊戦車”を相手に、一体どうすれば……?
 『カムパネルラ』とはまた違った形で「風の又三郎」を題材とした作品で、「後書き」をみると、「風の又三郎」の(あり得た)“後日談”といえるのかもしれません。故郷から遠く離れた戦場で絶体絶命の窮地に追い込まれた主人公が、又三郎のことを思い出す場面が印象的。後味のいい結末は、クトゥルーものの雰囲気からは外れるかもしれませんが、掉尾を飾るにふさわしい一篇です。
*1: 「後書き」より。なお、日本人による最初の作品は、高木彬光「邪教の神」(1956年初出)のようです。
*2: 特に、“(一応伏せ字)めちゃしよるねん(ここまで)”には耐えられませんでした(苦笑)。
*3: 「悪魔の辞典」とともに、“五十枚という短編の中でどれだけ大勢の人を殺せるか、ということを念頭に置いて”(281頁)書かれたとのこと。
*4: 「山田正紀『松井清衛門、推参つかまつる』 趣向満載の怪獣時代小説、しかし: 時代伝奇夢中道 主水血笑録」に書かれているように、わかる人には一目瞭然のようですが、私は“次”の“次”あたりから入ったもので……。
*5: メキシコで失踪したビアスは、作中の年代ではすでに没したと見なされており、登場してくるわけではありません。
*6: この作品だけなぜか「後書き」で言及されていないのですが……。

2018.01.05読了