蜃気楼・13の殺人
[紹介]
過疎に悩む農村・栗谷村で、村おこしの一環としてマラソン大会が開催された。新天地を求めて東京から村にやってきた久保寺健一も、早く村に溶け込もうと大会に参加するが、レース中にゼッケン13番の選手が血を吐いて倒れているのを発見する。だが、健一が医師を連れて戻ってきたときには、男の姿は消え失せていた。さらに、絶対に抜け出ることのできないはずのコースから、何と13人もの選手が姿を消していたのだ。
やがて13番の選手は、木の枝に突き刺さった無惨な死体となって発見される。しかも、この一連の怪事件とまったく同じ出来事が、150年前の古文書“栗谷一揆騒動諸控”に書かれていたのだった……。
[感想]
「エピローグのようなプロローグ」に始まって、「プロローグのようなエピローグ」に終わる、凝った構成のミステリです。
“全長10キロの密室”や見立て殺人、死体の消失など盛り沢山の内容です。それぞれのネタはやや小粒に感じられますが、リゾート開発問題という現実的な背景をも絡めて、これらを見事にまとめ上げた剛腕には脱帽です。
山間の農村に東京からきた主人公一家を放り込むことで、村を一種の“異世界”として浮き上がらせる手法はSFにも通じるもので、現実的な事件でありながら幻想的な世界を作り上げることに成功しています。これが書名の“蜃気楼”や、ラストの主人公の台詞にも表れていると思います。
(2002.10.17追記)
本書は2002年10月に文庫化されましたが、若干加筆訂正されています。最も目につくのは、後に『螺旋』で謎解き役をつとめた風水林太郎が登場している点です(出番はわずかですが)。
その他、詳しい変更点については、「山田正紀オールマイティ」(「ミステリー@2ch掲示板」の過去ログ)のレス887(636さんによる労作です)をご覧下さい。
宇宙犬ビーグル号の冒険
[紹介と感想]
“ぼくはビーグル犬のシシマルだ。――ぼくはイヌたちがどんなに勇敢に、異星人の侵略から地球を守ろうとしたか、そのすべての記録をここに残しておきたいと思う”
――銀河連邦軍の“スパニエル”と出会い、〈においコンピュータ〉に接したことによって高い知性を持ったビーグル犬のシシマルは、地球を侵略しようとするスカンク型異星人と対決する……。
異星人による地球侵略を、犬の視点で描いたユニークなSFです。
においコンピュータに接続されたこともあって、かなり擬人化されてはいますが、犬の生態がよく描かれています。愛らしいシシマルのキャラクターのせいか、基本的にはどこかユーモラスな雰囲気をたたえていますが、人類の最良の友である犬から見て“人間には生き残る価値があるか”という重い命題も含まれています。
- 「最初の冒険」
- いつもの雑木林に散歩にやってきたシシマル。だが、あたりには特殊な匂いがたちこめていた。警戒信号だ! “嗅覚破壊爆弾”による攻撃をかわしたシシマルが雑木林の奥に発見したのは、スパニエルを乗せた宇宙戦闘機だった……。
- においコンピュータや嗅覚破壊爆弾など、すべて“匂い”を媒介にしたガジェットがユニークです。また、“音声種族”と“におい種族”という設定も、山田正紀らしさを感じさせるうまいものです(『チョウたちの時間』などの“空間指向”と“時間指向”を彷彿とさせます)。
- 「第二の冒険」
- 犬が人間にかみついてしまい、保健所送りになる事件が次々と発生していた。その背後には、人類より先に邪魔な犬たちを排除してしまおうという、異星スカンクの陰謀が隠されていた……。
- 異星スカンクの侵略作戦第二弾。“犬たちをいらだたせる存在”の設定が秀逸です。
- 「第三の冒険」
- 近所の土佐犬が、突然狂ったように車に飛び込んで死んでしまった。それが事件の始まりだった。犬たちを、そして異星スカンクまでも狂わせてしまうのは何か? シシマルは、心ならずも異星スカンクと協力して、正体不明の敵と対決しようとするが……。
- 異星スカンクと協力するという異色の一篇。“敵”の残した最後の一言が印象的です。
- 「最後の冒険」
- 銀河連邦軍の突然の方針変更によって犬たちは、人間と共に生きるのか、それとも異星スカンクと力を合わせて、“共通の敵”である人間を排除するのか、という選択を余儀なくされてしまう。“人間には生き残る価値があるか”という、重い命題を突きつけられたシシマルは……。
- 人類の進化の秘密にまで踏み込んだ、シリアスな一篇。最後のシシマルの懸念が、何ともいえない余韻を残しています。
なお、本書はMZTさん(「書物の帝国」)よりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。
金魚の眼が光る
[紹介]
大陸で戦雲が広がりつつある昭和十二年。詩人・北原白秋のもとに届いた一通の脅迫状。“白霧”と署名されたそれは、三十年以上も前に若くして夭逝した天才詩人・中島白雨の才能を白秋が盗んだと糾弾するものだった。しかもその脅迫状は、白秋の生地・柳河にある旧家・綺羅家にも届けられていたのだ。やがて東京で、そして綺羅家で起こる連続殺人事件。その犠牲者はいずれも、白秋の童謡「金魚」に見立てられたかのような姿で死んでいた……。
[感想]
『人喰いの時代』に続いて探偵・呪師霊太郎が登場する探偵小説ですが、地方小都市の旧家で過去の因縁が絡んだ見立て殺人が起こり、(鷹城宏氏による文庫版解説にも書かれているように)金田一耕助に通じる風貌の呪師霊太郎がその謎を解くという、横溝正史を彷彿とさせる作品となっています。
ちなみに、この作品での呪師霊太郎は物語の半ば過ぎになってようやく本格的に登場しますが、これは金田一耕助に関してしばしば指摘される“防御率の低さ”、すなわち当初から事件に関わっていながら最後まで犯行を防ぐことができないという問題点を意識したものかもしれません。
『人喰いの時代』と同じく、作品の中心となるのはやはり暗雲漂う時代の雰囲気でしょう。特に、事件が起こった昭和十二に年から、中島白雨が死んだ明治三十七年を振り返るという視点が秀逸です。時代の“狂気”に押しつぶされた形で死んでいった白雨を悼む主人公は、やがて自問することになります。“この時代(昭和十二年)もまた、同じように“狂気”へと向かっているのではないか”と――(本書を読むことで昭和十二年という時代を振り返る読者もまた、その問いを意識しなければならないのかもしれませんが)。このように、二つの時代が重ね合わされることで時代の空気が一層強調されているのですが、その事件との絡み方もよくできています。さらに、それと歩調を合わせるかのように、事件の方にも様々な“重なりの構図”(多義性・多重構造)が盛り込まれているところなどは、なかなか面白いと思います。
見立て殺人の割に事件が派手ではなく、また前述のように呪師霊太郎の登場が遅いことなどもあって、全体的に地味に感じられるのは否めませんし、第一の事件にいくつか問題があるのも気になるのですが、それ以外はまずまずの作品といってもいいのではないでしょうか。
(2022.01.20追記)
2021年7月に『灰色の柩 放浪探偵・呪師霊太郎』と改題されて祥伝社文庫から刊行されています。
2003.04.13再読了 (2003.04.15改稿)
【関連】 『人喰いの時代』 『見えない風景』 『屍人の時代』
機神兵団1~10
[紹介]
1937年、動乱の上海。この地に突如エイリアンが出現し、ロボット兵団による襲撃をかけてきた。戦場に残されたロボットの部品・“モジュール”を入手した日本陸軍参謀本部は、それをもとに三体の巨大ロボット〈雷神〉・〈風神〉・〈竜神〉を作り上げ、独り馬賊・白蘭花、貴族の子息にして天才飛行士・真澄公彦、アマチュア相撲の横綱・榊大作をパイロットとして、エイリアンと戦う独立部隊・〈機神兵団〉を設立した。
〈機神兵団〉は大陸を牛耳る関東軍の横槍に苦しみながらも、渤海に作られたエイリアンの要塞を叩き、エイリアンと同盟を結んだとされるナチスドイツの巨大ロボット部隊・〈装甲騎士団〉と対決するが……。
[感想]
星雲賞を受賞し、コミックやアニメにもなった全十冊(*)の大作です。
冒頭こそエイリアンが登場するものの、7巻までは機神兵団の活躍を描いた架空戦記風の物語となっており、8~10巻は一転してSF色が強くなっています。何といっても“第二次大戦直前の巨大ロボットによる戦闘”というメインアイデアが最大の魅力ですが、突然襲来したエイリアンの謎や、白蘭花・真澄公彦・榊大作というそれぞれに味のあるキャラクターを中心とした人間模様なども見逃せません。さらに、“モジュール”を手にした各国が、技術の限界のために巨大ロボットを作らざるを得なかったという逆説的な設定もユニークです。
SF色が強まる終盤、そして予想外のラストは好みが分かれるところかもしれませんが、ある意味で山田正紀らしさを感じさせるエンディングともいえます。1990年代の山田正紀の代表作の一つであることは間違いないでしょう。
2000.11.15 / 11.16 / 11.16 / 11.17 / 11.18 / 11.19 / 11.19 / 11.19 / 11.20 / 11.21読了
ジャグラー
[紹介]
2043年、トウキョウ。量子制御{ファジー}コンピュータの発達によって、思わぬ副産物が出現した。“霊界”――死後の世界の存在が証明されてしまったのだ。量子制御コンピュータの処理能力の限界のせいか、“霊界”はアメコミ調のけばけばしいイメージに満ちた世界だった。国際機関“ペンタグラム”が霊界の管理を図る一方で、霊界の五使徒――ファーザー・ファッティ、ドクター・オーム、パンプキン、ケンタッキー・サンダース、レディ・シャーマン――が、ペンタグラムに抗して霊界を意のままにしようとしていた。そして今、現世と霊界の緩衝地帯“ファームランド”に、アメコミのヒーロー・ジャグラーが姿を現した……。
[感想]
冒頭から魅力たっぷりです。大規模なデモに乗じてペンタグラムに侵入し、テロ行為をはたらこうとするアメコミのヒーローたち。そしてペンタグラム長官の台詞――“悔い改めよ。ジャグラー”
。興味をかきたてられるスリリングな発端です。
しかしこの作品は、決してアクション小説ではありません。ジャグラーのアクションは意外に少なく、むしろしっかりした物語と舞台背景に多くの描写が割かれています。“霊界”や“ファームランド”といった舞台背景はユニークなものですし、主人公であるリョウの苦悩も共感を誘うものです。印象的なラストに至るまで、独特の魅力を持った作品だといえるでしょう。
残念ながら、3番目のエピソードである「パンプキンマン」が浮いてしまっているのが難点です。
このあたりの時期に書かれた山田正紀のSF長編(連作短編)では、例えば『ジュークボックス』の「カレンダー・ガール」や、『デッドソルジャーズ・ライヴ』の「ダート」(単行本未収録)、『エイダ』の「ガラスの悪魔」(単行本未収録)など、毛色の変わったエピソードが含まれているのが一つの特徴ともいえますが、この「パンプキンマン」は全体の設定と大きく矛盾する部分を抱えていて、物語の一貫性を損なっているように思われます。もちろん、つまらないわけではありませんし、必要なエピソードであるとも思いますが、やはり残念に感じてしまいます。
……と、ここまで考えてみましたが、もしかして確信犯(←誤用)なのでしょうか。
なお、物語が直接関連しているわけではありませんが、『ジュークボックス』で重要な役割を果たしている生命言語・“ランガー”が再登場しています。
【関連】 『ジュークボックス』
弔鐘の荒野
[紹介]
フリーの若手CFディレクター・澤木は、大手広告代理店の実力者・松本に、軽井沢の別荘まで呼び出された。何か込み入った相談があると言うのだ。だが、若い女がやはり松本を訪ねて別荘へとやってきたため、澤木はそのまま別荘を後にする。しかし、深夜に発生したガス爆発で松本は変死してしまった……。
別荘で出会った若い女が二十年前に死んだはずの松本の妻ではないかという疑惑にとらわれたまま、澤木は松本に紹介された沖島グループのタイでのODA開発事業の宣伝CFを引き受けることになった。だが、やはり死んだはずの天才CFディレクターから企画案が送られてきた。一体何が起こっているのか? やがてタイへと飛んだ澤木らが、密林の奥で目にしたものは……。
[感想]
山田正紀お得意の国際謀略小説。澤木のキャラクターのせいもあって物語は比較的淡々と進んでいきますが、終盤に明かされる真相には驚愕。あまりにもさらりと書かれていることで、衝撃度がやや薄くなっているきらいがないでもないですが、非常によくできていると思います。特に、ODAを推進する政治家の妄執がうまく描かれていることが、とんでもない真相にも説得力を与えているように感じられます。
仮面戦記1~3
[紹介]
ノブナガ、ヒデヨシらが跋扈する戦国の世。矛{ローチン}と盾{ティンベー}を武器とし、戦に敗れて落ちる城から姫君や奥方を無事に救い出す落師{おとし}を稼業とする男、恋重荷丸{こいのおもにまる}。今回はヒデヨシに狙われる鳥取城、吉川家の姫君・鴫姫を救い出すはずだったが、何と鳥取城全体を救い出すよう依頼されてしまう。それを可能にするのは、散手虚空面と呼ばれる不思議な能力を秘めた仮面だった。鳥取城に伝わる迦楼羅、閻大君{えんのおおきみ}が持つ酔胡王、そして呉女の三つの仮面が揃うとき、時間と空間を越えることができるというのだ。かくして重荷丸は恥束師{はづかし}のムヒカや盗人たちとともに、散手虚空面を狙う閻軍団戦闘隊長の影迷{かげまよう}、魔導士・幻風道人らとの戦いに巻き込まれていく……。
「迦楼羅{カルラ}」・「魔神の湖」・「爛怪士{らんかし}」の三冊が刊行されています(未完)。
[感想]
戦国時代を舞台にしながらも、『闇の太守』、『闇の太守II~IV』よりもさらに伝奇・ファンタジー色を増したシリーズです。宝物の争奪戦という構図は山田風太郎の忍法帖などにも通じるように思えますが、散手虚空面に秘められた謎は山田正紀らしいスケールの大きさを予感させるものです。
舞台設定の方では、冒頭から“ノブナガ”・“ヒデヨシ”という片仮名表記で独特の雰囲気を出しているところがユニークですが、重荷丸の“落師”という稼業も非常に魅力的です。また、続々と登場するキャラクターもいずれも個性豊かで、影迷に至っては主役のはずの重荷丸よりも活躍しているようにも思えます。これらがいずれも、史実から一歩踏み出した伝奇の世界を補強していることは間違いありません。
第3巻のラストでは、緊迫した場面で物語が中断されています。続きが書かれていないのが非常に残念です。
恍惚病棟
[紹介]
東京郊外のK市にある聖テレサ医大病院。その老人病棟に収容された痴呆患者たちには、治療の一環としておもちゃの電話が与えられ、“テレフォン・クラブ”という愛称で親しまれていた。しかしある日、患者の一人が病棟から姿を消し、近所の駐車場で倒れているのを発見される。患者は心筋梗塞で死亡するが、その前後の経緯には不可解なものがあった。やがて“テレフォン・クラブ”の患者たちが次々と奇妙な事故に巻き込まれていき、心理士のアシスタントとして患者たちの世話をしていた平野美穂は、事故の裏に犯罪の匂いを嗅ぎ取る。そして「死者から電話がかかってくる」と主張する老人たちは……。
[感想]
痴呆患者たちを収容する老人病棟を舞台とした、異色のミステリです。山田正紀はミステリにおける幻想を強く意識しているようで、ミステリ専門の作家とは異なる独自のアプローチを試みることが多いと思われますが、この作品では特にその幻想の追求が成功しているように感じられます。例えばプロローグからすでに、痴呆患者を登場させることで現実と幻想との境界を破壊することに成功しています。また、時折挿入される、死者からの電話に関する患者たちの独白の、何と幻想的で魅力的なことか。かくして物語は現実と幻想の間を漂流し、独特の世界が構築されています。痴呆患者たちを題材とすることで、“新・社会派”と評されたようですが、作者の意図はあくまでもこの異世界の構築にあったのではないかと思われます。
終盤はめまぐるしい展開で、無理が感じられる部分もないではないですが、ラストのオチまで含めて見事な作品といえるでしょう。
影の艦隊1~7
[紹介]
1950年10月、朝鮮戦争の最中、アメリカ軍は元山上陸作戦決行のため、北朝鮮海域の感応機雷の掃海命令を下した。だが、極秘に旧軍人たちを召集して結成された日本特別掃海隊は、派遣先の朝鮮海域で信じられない光景に遭遇した。突然姿を現した五隻の駆逐艦隊が、その驚異的な性能をもって、アメリカの水雷艇隊を壊滅に追い込んだのだ――この謎の艦隊こそ、北方四島に誕生した社会主義国家・日本群島人民共和国の切り札、“影の艦隊”であった……。
[感想]
「独立国家誕生」・「朝鮮海峡決戦」・「再軍備列島」・「艦隊鉄鎖作戦」・「骨肉海戦」・「原爆機撃墜」・「さらば艦隊」の全七冊からなる、山田正紀ならではの異色の架空戦記です。戦闘場面にも力が注がれてはいますが、それよりもむしろ、戦後間もない頃に出会った三人の若者を主役とし、大きな歴史のうねりに翻弄されていく彼らの青春を描いた作品となっています。
あくまでも理想を追い求め、日本群島に身を投じて影の艦隊で戦う水島吾郎。理想と自らの立場とのギャップに苦しみ、やがて中西財閥を受け継いで資本家になりきろうとする中西圭一郎。そして、彼らに愛されながらも、デザイナーとしてのし上がることに全力を注いでいく響結花。一時は共に同じ理想を掲げていたにもかかわらず、時を経てまったく別々の道を進んでいくことになる彼らの姿は、青春の理想とその蹉跌をそのまま体現したもので、何ともいえない寂しさを感じさせます。
社会民主主義という若者たちの理想は、“日本群島人民共和国”、そして“影の艦隊”という形で一応の結実をみます。ユートピア建設の理想にかける彼らの思い、そしてそれを守るために奮闘する彼らの戦いぶりは、いずれも熱く、また力強いものです。一方、やがて厚い壁となってその前に立ちはだかってくる“現実”はあくまでも重く、真摯に苦悩する若者たちの姿が物語に深みを与えています。この重さと熱さを兼ね備えた物語は、山田正紀の持ち味が十分に発揮されたものといえるでしょう。
愛しても、獣
[紹介]
残虐な手口で世間を震撼させた連続婦女暴行殺害事件から二年。工藤は事件の残した傷跡に今も苦しんでいた。息子の芳雄が容疑者として逮捕され、被告となって裁判が行われたのだ。裁判の結果は無罪となったものの、マスコミが“灰色無罪”という表現を使ったため、家族は依然として世間から冷たい仕打ちを受け続けていた。
そんなある日、芳雄が突然姿を消したと同時に、若い女性の失踪事件が発生し、芳雄に疑いがかかってしまう。息子の潔白を信じ切れないまま、その行方を探し始めた工藤は、期せずして二年前の事件の真相に迫っていく……。
[感想]
ハードなテーマを扱ったミステリです。男社会の中で苦しむ女たちと、愛し、愛されても、自分の中に“獣”を住まわせている男たち。さらに、マスメディアによって誘導される間接的な暴力。そして、自分の息子はどこまで信じられるのか。あまりにも重すぎる命題を突きつけられた工藤の苦悩が、痛いほど伝わってきます。
『魔空の迷宮』や『美しい蠍たち』、『妖鳥』といった作品を読むと、作者は女性不信なのではないかとも思えてしまいますが、本書や、一部のテーマが共通する『おとり捜査官』などからは、男性や男社会に対する厳しい視線が感じられます。男たちは自分の中の獣をどう飼い馴らしていくのか。『妖鳥』の中の“女は天使か悪魔か?”という問いよりも強烈なものがここにあります。
全体的に社会派ミステリといった雰囲気の作品ですが、一部のホワイダニット的な要素はユニークに感じられました。
なお、本書は松本真人さんよりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。
2000.10.22読了