山田正紀作品感想vol.6

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七面鳥危機一発  山田正紀

1988年発表 (双葉文庫 や05-4)

[紹介]
 おれの名は怪盗七面鳥。まだ有名ではないかもしれないが、腕前は確かだ。儲けになるならどんなものでも盗んでみせるぜ――とはいうものの、パトロンが持ち込んでくる依頼はとんでもないものばかり。某国お妃のファッション・プランに究極の料理、果ては香港の百万ドルの夜景まで……。
 「七面鳥、登場」・「七面鳥、ジルバを踊る」・「七面鳥、料理される」・「七面鳥、ロールプレーイング・ゲームになる」・「七面鳥、百万ドルの夜景を盗む」・「七面鳥、最後の挨拶」の六篇を収録。

[感想]
 モンキー・パンチのカバーイラストのせいもあって、どうしても「ルパン3世」とイメージが重なってしまいます。基本的に肩の力を抜いて楽しめる物語ですが、山田正紀はどうしても軽い作品には徹しきれないようで、最後には山田正紀らしい重さが表れています。

 なお、本書はnakachuさんよりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.11.10再読了

赤い矢の女(上下) 東京・能登篇/モスクワ・レニングラード篇  山田正紀

1988年発表 (トクマ・ノベルズ)

[紹介]
 店の前で待つ美代子を残して、恋人の石動良雄はコンビニから姿を消してしまった。やがて良雄から送られてきた封書には、三十五年前にスパイ疑惑を受けて能登の海上で自殺した石動辰雄という人物の新聞記事と、死体鑑定書のコピーが収められていた。そして、日ソ協力団体から届いた訃報――良雄もまた能登の海で命を絶ったというのだ。美代子は良雄の死の謎を探るため、能登へ、そしてモスクワからレニングラードへと旅立つ……。

[感想]
 平凡な女学生を主人公とした巻き込まれ型サスペンスです。主人公が次々と遭遇する危機、そして数々の謎はスリリングで、興味を惹かれます。些細な発端から大事件へと発展する展開も、定番ではありますがよくできていると思います。特に、現在の事件に三十五年前のスパイ疑惑を重ね合わせてあるところが秀逸です。ソ連崩壊以前の作品であり、その後の世界情勢は大きく変わってはいますが、決して古びて感じられるところはありません。

 ただ、登場人物たちの主人公に対する脅迫ともとれる忠告が、中途半端に謎めいたありがちなもので、やや鼻につくところが残念です。

2000.11.11 / 2000.11.11再読了

ブラックスワン  山田正紀

1989年発表 (講談社文庫 や8-8)

[紹介]
 世田谷の住宅街にあるテニスクラブで、白昼、女性の焼死事件が発生した。ところが捜査を進めていくうちに、被害者・橋淵亜矢子は、十八年前に行方不明になっていたことが判明する。当時女子大生だった彼女は、仲間たちとともに瓢湖に白鳥を見に行った後、消息を絶っていたのだ。彼女をめぐる関係者たちの四つの手記によって、いま真相が明らかにされていく……。

[感想]
 山田正紀の本格ミステリ。冒頭からアリバイ工作が描かれていますが、決してアリバイものではありませんし、倒叙形式でもありません。この作品の中心となる謎は、“姿を消した橋淵亜矢子に何が起こったか?”です。

 山田正紀の本格ミステリの特徴として、謎解きのカタルシスよりも、その向こうにある真相の苦さが重要視されている点があると思いますが、この作品でもそれが強く表れています。謎解き自体はよくできていますが、探偵役が登場人物によって否定されている点、さらに“おび色がかった”という謎の言葉のさりげない扱いなど、後の新本格作家による一連の作品などとは明らかに一線を画した、独自のテイストといえるでしょう。

2000.09.06再読了 (ミステリ&SF感想vol.15より移動)

美しい蠍たち  山田正紀

1989年発表 (トクマ・ノベルズ)

[紹介]
 アルバイトをしながら女優を目指している五瀬真理はある日、二階堂裕子と名乗る女から奇妙な話を持ちかけられた。痴呆が進んでいる祖母のために、つい先頃事故死した妹の由美の身代わりになってほしいというのだ。高給にひかれた真理は、裕子と妹の麗子、そして祖母の綾子が暮らす屋敷を訪れたが、そこは怪しげな雰囲気に満ちていた――ヴィーナス、ヘカテ、アテーネーの三体の女神像、そして地獄の番犬が配置された庭園、さらに「女はみんな蠍だ」という言葉を残して亡くなった綾子の夫・竜助の肖像画には、女神像にかかわる謎の言葉が書きこまれていた……。

[感想]
 内容紹介や冒頭に掲げられた謎の詩、趣向が凝らされた目次など、“館もの”の本格ミステリのような雰囲気ですが、実際にはそうではありません。大半の謎の扱いは軽く、むしろ登場人物たちの間に存在する緊張感がメインとなった、サスペンスに近い作品です。

 作品のテーマは、竜助の残した「女はみんな蠍だ」という言葉に集約されています。直接には女性しか登場しないこの作品は、“蠍”になぞらえられた女たちが喰らい合う物語なのです。

 道具立てのせいで本格ミステリという期待をされてしまうためか、あまり好評ではないようですが、奇妙な状況に放り込まれた真理の心の動きがうまく描かれており、サスペンスとしてはまずまずといっていいのではないでしょうか。


2000.07.02再読了

第四の敵  山田正紀

ネタバレ感想 1989年発表 (双葉文庫 や05-5)

[紹介]
 業界紙〈流通新報〉の記者・佐伯健二は、旧友の石黒に命を救われたのをきっかけに、ヒューマン・ドキュメント制作の仕事に携わることになった。目的は、ヒトラーにも多大な影響を与えたという文豪カフカの未発表長編『処刑工場』の発掘だった。その原稿を所有するという老人に会うため、佐伯は香港へと赴くが、その行く先々で死体に遭遇することになる。やがて、『処刑工場』に隠された恐るべき秘密が明らかになっていく……。

[感想]
 『化石の城』カフカを、そして『宿命の女』ヒトラーを扱った山田正紀が、これらの題材に再挑戦した作品です(雑誌連載時の題名は『宿命の城』)。カフカの未発表長編と、そこに隠された秘密。そしてヒトラーはどのように関わってくるのか、さらに現代日本に姿を現す“第四の敵”とは何か。この作品では、これらの魅力的な謎や題材をうまく配置することでスケールの大きな謀略を描き出す一方で、ある意味で小さな存在ともいえる〈流通新報〉の面々をこの謀略に対抗させることにより、読者をスムーズに引き込むことに成功しているのではないでしょうか。

 発表当時の時代背景を重要な要素として取り入れているために、今となってはそのインパクトが薄れてしまっているのが残念ではありますが、やはり緻密に構成された謀略小説の傑作といえるでしょう。

2000.11.13読了

謀殺の翼747  山田正紀

ネタバレ感想 1989年発表 (C★NOVELS)

[紹介]
 中央航空の802便・ボーイング747が、羽田空港を離陸直後にハイジャックされてしまった。犯人たちは30億円のダイヤを要求し、乗客たちを乗せたまま太平洋上へと向かっていた。警察の厳重な警戒にもかかわらず、ダイヤの受け渡しは成功し、事件は収束へと向かうかに見えたが、飛行中の802便の背後に、米軍の大型軍用機・E-4Bが突如姿を現したのだ。核戦争の勃発で地上司令部が壊滅したとしても、大統領らを乗せて空中に逃れ、命令機能を確保するという国家緊急空中指揮機である。その目的は不明なまま、E-4Bは802便に近づいていく……。

[感想]
 奇抜なアイデアを注ぎ込んだハイジャック小説です。ハイジャックといえば、誘拐と同じくどのように幕を引くかが重要な犯罪です(余談になりますが、その意味で、誘拐小説の名手だった岡嶋二人がハイジャックを扱ったらどれほどの傑作が生まれただろうかと思うと、解散が実に残念です)。山田正紀のハイジャック小説としては、「エアーポート・81」『贋作ゲーム』収録)という異色作がありますが、この作品でも冒頭はストレートなハイジャックでありながら、その裏にとんでもない計画が隠されています。ちょうど岡嶋二人『あした天気にしておくれ』のような、ひねりが加えられたプロットが非常に魅力的な傑作です。

2000.11.14読了

ゐのした時空大サーカス  山田正紀

ネタバレ感想 1989年発表 (中央公論社)

[紹介]
 バイクの運転をしくじって車に追突しようとするその瞬間、健一は“ゐのした大サーカス”のことを思い出した。その思い出は、遠い子供時代に感じた強い無力感と結びついていた……(「オープニング」)。
 時間の中をさまよう羽目になった“ぼく”たちは、果てしない旅を続けるうちに、いつしか旅芸人として振舞うようになった。それが“ゐのした大サーカス”の誕生だった……(「パレード」)。
 以下、「フィナーレ」まで、サーカスの演目になぞらえた十篇からなる連作短篇。

[感想]
 中年にさしかかったサラリーマン・健一と、ゐのした大サーカスのピエロである“ぼく”。物語は、主にこの二人の視点で進んでいきます。ゐのした大サーカスの思い出を中心とした健一の物語はノスタルジーに満ちたもので、所々に幻想的な雰囲気を感じさせるものの、普通の小説と言ってもおかしくない内容です。これに対して“ぼく”の物語は、ゐのした大サーカスをその内部からの視点で語るもので、『チョウたちの時間』にも登場した“空間志向”と“時間志向”というアイデアに基づいた時間SFとなっています。この二つの物語が微妙に絡み合うことで、私たちが普段どれほど“時間”というものを意識していないか、ということを訴えかけてくる作品となっています。

 唯一第三者的な視点で描かれた、奇妙な味の「パントマイム」や、比較的ストレートな内容で、人生について考えさせられる「猛獣つかい」なども印象的ですが、やはり「フィナーレ」のラストの美しさ、スケールの大きさは特筆すべきものです。

 なお、本書はMZTさん「書物の帝国」よりお譲りいただきました。あらためて感謝いたします。

2000.08.08再読了 (ミステリ&SF感想vol.13より移動)

螺旋の月 宝石泥棒II(上下)  山田正紀

1989年発表 (ハルキ文庫 や2-5,6)

[紹介]
 新世代コンピュータの開発に従事する研究生・緒方次郎は、精神錯乱を来した恋人が残したメッセージをきっかけに、コンピュータを介して戦士ジローの冒険を体験する――極寒の雪原、そして灼熱の砂漠を放浪しながら、ジローが新たに戦うべき相手は、四柱の神・ 窮奇、渾沌、饕餮{とうてつ}、檮{木兀}{とうこつ}
 恋人の錯乱の真相を探りつづける次郎、そしてひたすらに戦いつづけるジロー。やがて二人の物語が交わるとき、人類の運命が……。

[感想]
 まずご注意を。この作品は、『宝石泥棒』ストレートな続編ではありません『宝石泥棒』の主人公ジローの物語が約半分、そして残りが緒方次郎を主人公とした物語で、さらにはるかな未来を描いた序章と終章が置かれています。初読時にはストレートな続編を期待していたせいか、期待はずれに感じてしまった部分もありましたが、久しぶりに再読してみると、やはりよくできた作品だと思います。例えば、次世代コンピュータ開発の背後に隠された真相は驚くべきものですし、ジローと饕餮{とうてつ}との戦いなどは圧倒的なイメージの奔流です。さらに、巻末の日下三蔵氏による解説(これも見事です)にも書かれているように、山田正紀SFの集大成ともいえる側面を持った作品です。
 ストレートな続編ではないために前作の設定と整合しない(ように感じられる)部分があること、また本編の最後に納得のいかない点があるなど、若干不満もありますが、壮大なスケールの終章はそれを補って余りあるものです。

2000.06.29 / 2000.07.01再読了 (ミステリ&SF感想vol.9より移動)
【関連】 『宝石泥棒』

ジュークボックス  山田正紀

ネタバレ感想 1990年発表 (徳間書店)

[紹介]
  深夜の老人ホームで火事が発生し、老人四人が死亡、一人が行方不明となった。だが、彼らは別の世界で生きていたのだ。1950年代~60年代アメリカの雰囲気が漂う中、得体の知れない敵との戦闘が果てしなく続く世界で……。
 その世界では若者となっている彼らは、再生臓器と再生ニューロンから作り出された“ニューロ・ジャンク”に乗り込み、狂った世界〈太陽系融合惑星{ユニバーサル・スタジオ}〉を正しく記述し得るはずの生命言語“ランガー”を求め、戦争翻訳機によってカリカチュアライズされた敵と戦い続けるが……。

「One Way Ticket 恋の片道切符」
 ニューロ・ジャンクの発着基地〈ジャンクトリー〉。定期パトロールから帰還した小隊“キャッシュ・ボックス”の隊員たちは、FENを聴きながらくつろいでいた。ところが突然、メンバーの一人であるアキラのニューロ・ジャンクが、ボロボロの状態で帰還してきた。若々しかったはずのアキラは、老人の姿となって死んでいたのだ……。

「Kissin' on The Phone 電話でキッス」
 “キャッシュ・ボックス”のケンは、休暇を楽しむために〈ランガーハンス島〉にあるリゾート・ビーチへとやってきた。ここでは、脳漿の海で生命言語の小片・“ランガー・ビット”が人工養殖されており、その影響で世界はそれなりの秩序を保っていた。だが、脳漿の海の中から突然、悪夢のような化け物“BOB”が姿を現し始めたのだ……。

「Calendar Girl カレンダーガール」
 “キャッシュ・ボックス”のユリは、いつの間にか自分がテレビの公開番組に出演させられていることに気づいた。戦争翻訳機の誤作動なのか? 番組の演出で自分の生きる世界を自由に選ぶ羽目になったユリは、あこがれていたコーラのテレビ・コマーシャルの世界を選んだのだが……。

「You Mean Everything To Me きみこそすべて」
 “キャッシュ・ボックス”のマモルは、故障した探査体{スプートニク}を回収するために、太陽系融合惑星の木星型大気の中に突入した。相棒は、プログラミングの最中に偶然ランガーの文法構造を打ち込んだことで、ランガー・ビットの構造に取り憑かれてしまったスーパー・チンパンジー。しかしマモルたちは、任務遂行中に敵と遭遇してしまった……。

「Little Devil 小さい悪魔」
 “キャッシュ・ボックス”のナオミは、アキラとともに新たな任務に着くことになった。荒野にそびえるメモリタワー“バベルC”に発生した異常を修復するのだ。だが、二人が“バベルC”に到着してみると、情報メモリとして使用されているレコードが粉々に砕かれ、次から次へと降り注いでいた……。

「Stairway To Heaven 星へのきざはし」
 ――ネタバレ防止のため、内容紹介は省略させていただきます――

[感想]
 1950年代から60年代のアメリカン・ポップスをBGMとして展開される、山田正紀流のサイバーパンクです。老人ホームに収容されている老人たちを主人公としているのもさることながら、〈太陽系融合惑星〉という特異な世界設定、そして生命言語“ランガー”というアイデアが非常に秀逸です。

 周囲のすべて――名づけることのできないものまでも――を言語化するという欲望を持ったこの“生きている言語”・ランガーというアイデアは、“想像できないものを想像する”という山田正紀SFの基本的なスタンスをストレートに表すものといえるでしょう。そして、言語と世界との関係という意味では、川又千秋『幻詩狩り』や神林長平『言壷』などにも通じる面白さがあります。なお、この“ランガー”というアイデアは後の長編『ジャグラー』でも使用されています。

 物語の方は、「カレンダー・ガール」がやや浮いているように感じられるところが気になりますが、特に終盤、「小さい悪魔」から「星へのきざはし」あたりは予想もつかない方向へと展開していて、非常にスリリングです。この凝った構成には、ミステリを書いた経験も生かされているように思われます。

2000.10.28再読了
【関連】 『ジャグラー』

血と夜の饗宴{サバト}  山田正紀

ネタバレ感想 1990年発表 (廣済堂ブルーブックス)

[紹介]
 青山にそびえ立つ最先端のインテリジェント・ビル、〈青山ハイタワー〉。人の出入りやその所在までもインテリジェント・カードによって管理されるこのビルでは、43階にあるクラブ“異邦人”を中心に、謎の怪死事件が相次いでいた。ビルに隠された秘密を探ろうとした“異邦人”のスタッフはビルから墜死を遂げ、コンピュータ・システムへのハッキングを試みた男も事故死してしまう。そして今、ビルの謎とオーナー・荊蒼産{いばらおうぶ}の正体を暴くため、一人の女がビルに潜入する……。

[感想]
 同じ青山を舞台にしたホラーということで、どうしても『魔空の迷宮』と似た印象になってしまいますが、こちらは〈青山ハイタワー〉というビルそのものが主役です。前半、相次ぐ怪死事件を繰り返し描くことにより、難攻不落なビルの姿を際立たせているところは、秀逸といえるでしょう。

 しかし、随所に山田正紀らしいアイデアは見られるものの、テーマの扱いにあまり新しさが感じられない部分もありますし、特に結末など、SFともホラーともつかない中途半端なものに感じられるところも残念です。

2000.09.10読了