寡婦
曹丕
霜露紛兮交下,
木葉落兮淒淒。
候鴈叫兮雲中,
歸燕翩兮徘徊。
妾心感兮惆悵,
白日忽兮西頽。
守長夜兮思君,
魂一夕兮九乖。
悵延佇兮仰視,
星月隨兮天廻。
徒引領兮入房,
竊自憐兮孤栖。
願從君兮終沒,
愁何可兮久懷。
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。
寡婦
霜露 紛として 交〃(こもごも) 下(くだ)り,
木葉 落ちて 淒淒たり。
候鴈 雲中に 叫び ,
歸燕 翩(へん)として 徘徊(はいくゎい)す。
妾(せふ)が心 感じて 惆悵(ちうちゃう)として,
白日 忽(こつ)として 西に 頽(くづ)る。
長夜を 守りて 君を 思ひ,
魂 一夕に 九たび 乖(はな)る。
悵(ちゃう)として 延佇(えんちょ)して 仰(あふ)ぎ視(み)れば,
星 月に 隨ひて 天に 廻る。
徒(いたづ)らに 領(りゃう)を引きて 房に 入り,
竊(ひそ)かに自ら 孤栖を 憐む。
願くは 君に 從ひて 終(つひ)に 沒せん,
愁ひは 何ぞ 久しく懷(いだ)くべけん。
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◎ 私感訳註:
※曹丕:〔さうひ;cao2pi1〕曹操の子。諡は文帝。魏・文帝(187年〜226年)。帝位を後漢の献帝から禅譲されて、魏を建国。洛陽に都を置いた。三曹(曹操、曹丕、曹植)の一で、建安七子の庇護者でもある。
※寡婦:未亡人。夫に死別して、再婚しないでいる婦人。『古詩源』では「友人阮元瑜早亡,傷其妻寡居爲作是詩。」(友人の阮元瑜が早世し、その妻が独り暮らしをしているのを傷んで、この詩を作った。)とある。阮元瑜とは、建安七子の一、阮のこと。この作品は六言の騒体で、少し珍しいので採りあげた。作品は、表面上、女性の身になって、その身の哀しさ詠んでいるようであるが、或いは、とりようによっては、不倫の匂いを漂わせた求愛の詩のようにも感じられる。特に、後述の屈原の『楚辞・九章・抽思』との関聯でそう感じられる。何如。
※霜露紛兮交下:(季節が移り変わってきて)露が降りる状態から、霜が降りる時が入り乱れて(だんだんと秋も深くなってきた)。 ・紛:〔ふん;fen1○〕乱れる。入り乱れる。入り交じって乱れる。以下、秋の季節を詠う。
・兮:『楚辞』などの上代詩歌に使われる、リズムを取るためのことば。普通語調を整えるという謂われ方をするが、「□□□兮〜 □□。」というふうに、音楽的な效果をねらっている。間の手になるのか、延ばしているのか…。この作品の節奏は、前半六句は「□□
・ □兮〜 + □□。」となってり、後半八句は「□ ・ □□兮〜 + □□。」となって、見事な構成をしている。内容から見ても、前六句は、自然描写で、後八句は心情描写になっている。後半の節奏様式について、『楚辞』には多いものの、六朝以降は填詞の逗は別格として、「□・□□…」といった節奏はないようだ。 ・交:こもごも。交互に。 ・下:おりる。降(ふ)る。
※木葉落兮淒淒:木の葉も散ってしまい、寒々しくわびしい様子である。 ・木葉:木の葉。 ・淒淒:〔せいせい;qi1qi1○○〕寒く冷ややかなさま。寂しくいたましいさま。わびしく悲しいさま。漢・卓文君の『白頭吟』「淒淒復淒淒,嫁娶不須啼。願得一心人,白頭不相離。竹竿何嫋嫋,魚尾何。男兒重意氣,何用錢刀爲。」の他、用例は極めて多い。
※候鴈叫兮雲中:(冬鳥の)渡り鳥であるガンが(はやもうやって来て、)雲の中で鳴いている。 ・候鴈:渡り鳥のガン。「候鳥」は、渡り鳥。旅鳥。 ・叫:さけぶ。 ・雲中:雲の中。
※歸燕翩兮徘徊:(夏鳥で、南の方へ)渡って帰るツバメは、ひるがえって軽くとびながら、(まだ)行ったり来たりしている。 ・歸燕:(南の方へ)渡って帰るツバメ。 ・翩:〔へんpian1○〕ひるがえる。ひらひらする。軽くとびあがるさま。 ・徘徊:〔はいくゎい;pai2huai2○○〕さまよう。うろつく。ぶらぶら歩きまわる。行ったり来たりする。
※妾心感兮惆悵:わたし(女性側)の心は、恨めしい思いでいっぱいで。 ・妾心:わたし(女性)の思い。 ・感:感じている。…の思いである。 ・惆悵:〔ちうちゃう;chou2chang4○●〕うらみなげくさま。失意のさま。うれえ悲しむさま。うらめしい。うらみがましい。婉約詞でしばしば使われる。韋荘の『C平樂』「野花芳草,寂寞關山道。柳吐金絲鶯語早,惆悵香閨暗老。 」他、用例は極めて多い。
※白日忽兮西頽:照り輝く太陽も、忽(たちまち)に西へ傾くいて、沈みかけている。 ・白日:照り輝く(昼の)太陽。 ・忽:〔こつ;hu1●〕副詞:たちまち(に)。にわか(に)。すみやか(に)。動詞:滅びる。なくなる。 ・西頽:西へ傾く。西へ沈みかける。
※守長夜兮思君:秋の夜もすがら、あなたのことを思っている。 ・守夜:夜通し起きている。寝ないで起きている。 ・守:操(みさお)を守る。 ・長夜:夜の時間帯が長い季節の夜。秋の夜のこと。秋の夜長。 ・思君:いとしいあなた(男性)を思い偲ぶ。
※魂一夕兮九乖:魂は、一夜に何度も離れ(愛しいあなたの許へ行く)。 *普通、この句は亡き夫を偲ぶ意にとられているが、屈原の『楚辞・九章・抽思』の一節を使うことで、『抽思』にある求愛の情を以て、阮元瑜の寡婦に暗々裏にその思いを伝えたいともとれる。「望孟夏之短夜兮,何晦明之若歳。惟郢路之遼遠兮,魂一夕而九逝。曾不知路之曲直兮,南指月與列星。願徑逝而未得兮,魂識路之營營。何靈魂之信直兮,人之心不與吾心同。理弱而媒不通兮,尚不知余之從容。」に基づき、ここを出すことによって、曹丕は、「願徑逝而未得兮,魂識路之營營。何靈魂之信直兮,人之心不與吾心同。理弱而媒不通兮,尚不知余之從容。」(真っ直ぐに行きたいと思いながら、まだそれができないでいるのに、(我が)魂は路筋を識っていて、何度も往復している。なんとわたしの心は素直なことか。(しかしながら、あの)人の心は、わたしの心と同じではない。あの人への結婚の申し入れの力も弱く、媒酌人の努力も通じないため、わたしの平素からの様子や思いが伝わっていない。)と言いたかった。寡婦への熱烈なラブコールである。 ・魂:生きている人間の精神活動。心。 ・一夕:一夜。 ・九乖:九回離れる。何度も(肉体から)離れてゆく。 ・乖:〔くゎい;guai1○〕離れる。別れる。そむく。悖る。
※悵延佇兮仰視:長く(一人だけで)たたずむのを歎きながら、見上げれば。 ・悵:〔ちゃう;chang4●〕うらむ。いたむ。失意のために歎く。 ・延佇:〔えんちょ;yan2○●〕長びいて(ひとり)たたずむ。 ・仰視:見上げる。
※星月隨兮天廻:星は月に付き随(したが)って、天をめぐっている。 *ここの読みは、語法にあまり合っていないが、前記の節奏についての使い分けがあるとの仮定に立ち、後半八句は全て「□
・ □□兮〜 + □□。」となっていると見れば、「星 ・ 月隨(兮) 天廻」となり、「星は、月に付き随(したが)って、天をめぐっている。」となる。 ・星月:星と月。ただし、ここでは、「星は、月に…」の意で使われている。 ・隨:付き随(したが)う。 ・天廻:天がめぐる。天をめぐる。
※徒引領兮入房:いたずらに首を長くして(亡き夫の帰りを)待ち望み、部屋に入り。 ・徒:いたずらに。 ・引領:〔いんりゃう;yin3ling3●●「りゃう(れい)をひく」〕首を伸ばして(待ち望む)。首を長くして待つ。首を長くして待ち望む。『左傳』や『孟子・梁惠王上』に「今夫天下之人牧,未有不嗜殺人者也。如有不嗜殺人者,則天下之民皆引領而望之矣。」にあり、本来の意は『左傳』にある首を伸ばして、その方角を望み見ること。『孟子・梁惠王上』では、待望する。 ・入房:部屋に入る。家に入る。
※竊自憐兮孤栖:ひそかに自分で自分を憐れみながら、寡婦として、ひとりだけで生きている。 ・竊:〔せつ;qie4●〕ひそかに。そっと。こっそり。人知れず。副詞。 ・自憐:自分を憐れむ。 ・孤栖:〔こせい;gu1q1○○〕ひとりぼっちで(寂しく)住む。一人住まい。寡婦として、ひとりだけで生活している。
※願從君兮終沒:願わくば、死んでしまったあなたに従って、死んでしまいたい。 ・願:ねがわくば。以下が、願望の内容になる。 ・從君:あなたにしたがう。ここでは、死んでしまったあなたに従って。 ・終沒:ついに死没する。(…そうして)最期は死んでいきたい。
※愁何可兮久懷:愁いが、一体どうして、長い物思いとなるべきものだろうか。 ・愁:愁い。 ・何:なんぞ。反語。反問。 ・可:べし。 ・久懷:ひさしい間の思い。長い物思い。
◎ 構成について
韻式は「AAAAAAA」。 韻脚は「淒徊頽乖迴栖懷」で、平水韻では上平八齊(淒棲)。九佳(乖懷)。十灰(頽徊)。次の平仄はこの作品のもの。兮字は○。節奏は前半(六句)と後半(八句)で異なる。
□□ ・ □兮〜 + □□,
□□ ・ □兮〜 + □□。
□□ ・ □兮〜 + □□,
□□ ・ □兮〜 + □□。
□□ ・ □兮〜 + □□,
□□ ・ □兮〜 + □□。
□ ・ □□兮〜 + □□,
□ ・ □□兮〜 + □□。
□ ・ □□兮〜 + □□,
□ ・ □□兮〜 + □□。
□ ・ □□兮〜 + □□,
□ ・ □□兮〜 + □□。
□ ・ □□兮〜 + □□,
□ ・ □□兮〜 + □□。
となり、
○● ・ ○兮 ○●,
●● ・ ●兮 ○○。(韻)
●● ・ ●兮 ○○,
○● ・ ○兮 ○○。(韻)
●○ ・ ●兮 ○●,
●● ・ ●兮 ○○。(韻)
● ・ ○●兮 ○○,
○ ・ ●●兮 ●○。(韻)
● ・ ○●兮 ●●,
○ ・ ●○兮 ○○。(韻)
● ・ ●●兮 ●○,
● ・ ●○兮 ○○。(韻)
● ・ ◎○兮 ○●,(ここでの「從」は●)
○ ・ ○●兮 ●○。(韻)
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