雪灑笠檐風卷袂, 呱呱索乳若爲情。 他年銕枴峰頭嶮, 叱咤三軍是此聲。 鉄拐山附近(神戸観光壁紙写真集・兵庫と神戸の風景壁紙写真より) |
雪は 笠檐(りふえん)に 灑(そそ)ぎ 風は 袂(たもと)を卷き,
呱呱(ここ) 乳を索むるは 若爲(いかん)の情。
他年 銕枴(てつくゎい)峰頭の嶮に,
三軍を 叱咤するは 是れ 此の聲。
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◎ 私感註釈
※梁川星巖:寛政元年(1789年)〜安政五年(1858年)。江戸末期の漢詩人。美濃の人。名は卯・孟緯。字は伯英。通称新十郎。星巌は号。
※田氏玉葆畫常盤抱孤圖:平田氏の娘の玉葆が描いた、常盤御前が孤児を抱いている絵。 ・田氏:平田氏のこと。尾道土堂街の木綿問屋「福岡屋」八代平田新太郎のこと。後述。 ・玉葆:常盤の絵を描いた平田氏の娘の名。 ・畫:えがく。動詞として使っている。玉葆については、伊勢丘人先生から、北川勇氏の『頼山陽と女弟子』(芦田川文庫)について御紹介をいただいた。その中の記載によると、玉葆は、尾道の画女史である玉蘊、玉葆、姉妹の妹にあたる。尾道土堂街の木綿問屋「福岡屋」八代平田新太郎の娘になる。寛政元年頃の生まれか。号は頼山陽の叔父、春風の命名という。頼山陽は、姉妹の才色兼備ぶりに「風神超凡」と、いたく感動し、次のような詩を贈ったとのこと:「連萼新開木筆花,嬋妍玉浦水之涯。浦頭風景曾遊地,下筆描成寄我家。」。なお、この詩は『山陽詩鈔』にはない。 ・常盤:常盤義経(牛若丸)の母。源義朝の妾となり、後の義経らを生んだ。夫の源義朝は平治の乱で敗死し、常盤は三児を連れ、そのうち、牛若を抱いて逃避行を重ね、大和の龍門の里に隠れた。その道中の難儀を絵にしたもの。 ・抱孤圖:父親の源義朝は死んだため、孤児となった牛若を抱いている絵。
※雪灑笠檐風卷袂:雪は、かさのひさしに降りそそぎ、風はたもとをまきあげる。 ・灑:そそぐ。 ・笠檐:〔りふえん;li4yan2〕かさのふち。かさのひさし。 ・風卷:かぜが…をまきあげる。 ・袂:たもと。
※呱呱索乳若爲情:ここの泣き声をあげて、お乳をもとめているが、どのような気持ちだったのか。 ・呱呱:〔ここ;gu1gu1〕乳飲み子の泣く声。 ・索乳:乳をまさぐる。 ・若爲情:いかなる情。劉禹錫に「玉人紫綬相輝映,卻要霜鬚一兩莖。其奈無成空老去,毎臨明鏡若爲情。」とある。 ・若爲:どのように。いかん。王維の『送祕書晁監還日本國』に「積水不可極,安知滄海東。九州何處遠,萬里若乘空。向國惟看日,歸帆但信風。鰲身映天K,魚眼射波紅。ク樹扶桑外,主人孤島中。別離方異域,音信若爲通。」とある。
※他年銕枴峰頭嶮:後年、銕枴峰の鵯越(ひよどりごえ)で(逆落としの奇襲攻撃を仕掛けた武将は)。 ・他年:後年。 ・銕枴峰:〔てつくゎい;tie3guai3〕鉄枴峰。六甲山系にある峰。鵯越(ひよどりごえ)がある。具体的な現在の地名では、多井畑から鉄枴山を経て、一ノ谷に至る間道に該る。 ・峰頭嶮:山の峰の険しいところ。
※叱咤三軍是此聲:全軍に、命令を下したのは、この(往時、雪の中で泣いていた嬰児)声なのである。 ・叱咤:大きな声ではげます。大声でしかりつける。梁川星巖は、『紀事』でも「當年乃祖氣憑陵,叱咤風雲卷地興。今日不能除外釁,征夷二字是虚稱。」 と使う。 ・三軍:全軍。 ・是:これ。主語と述語の間にあって、主語と述語を繋ぐ。「…は、…である」。〔A是B〕「Aは、Bである」。「『叱咤三軍』是『此聲』」⇒「『三軍を叱咤する』のは、『此聲』である」。 ・此聲:この声。常盤に抱かれている嬰児の声。荻生徂徠の『寄題豐公舊宅』「絶海樓船震大明,寧知此地長柴荊。千山風雨時時惡,猶作當年叱咤聲。」の影響があろう。梁川星巖は、義経の声をいい、荻生徂徠は、豊臣秀吉の声をいう。どちらも英雄の大号令を指している。
◎ 構成について
韻式は「AA」。韻脚は「情聲」で、平水韻下平八庚。次の平仄はこの作品のもの。
●●●○○●●,
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
平成16.3.30 3.31完 4. 3補 4. 6 平成18.2.26 |
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