蕎屋去時正半宵, 川原霜白往來寥。 花兒火影冷燒薦, 按摩笛聲夜過橋。 藝子仲居送客返, 鵆禽鴎鴨依沙。 酒醒喉渇未須睡, 處處寒彈向曉悄。 渥美氏藏書 |
蕎屋(そばや) 去(いぬ)る時 正に 半宵(よなか),
川原 霜 白くして 往來 寥(さび)し。
花兒(こじき)の 火の影は 冷(さび)しく 薦(こも)を燒き,
按摩の 笛の聲は 夜 橋を 過ぐ。
藝子 仲居 客を 送て 返り,
鵆禽(ちどり) 鴎鴨(かもめ) 沙に 依て (な)く。
酒 醒め 喉 渇(かは)いて 未だ 睡ることを 須ひず,
處處 寒彈(かんびき) 曉に 向て 悄(かなし)む。
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◎ 私感註釈
※銅脈先生:狂詩家。寶暦二年(1752年)〜享和元年(1801年)。江戸時代後期の京都の人。本名は畠中頼母。号して觀斎。銅脈先生、滅方海、太平館主人、片屈道人などと狂号した。これら狂詩の用語は、日本語の語彙を漢語風語法で、配列させて作っている。押韻はしているが、平仄には拘っていない。
※獨宿先斗町:一人で、先斗(ぽんと)町に泊まる。先斗町は、京都市街にある歌舞遊興の地名。この作品は『太平遺響』卷二にある。
※蕎屋去時正半宵:そば屋が返っていった時は、ちょうど夜中で。 ・蕎屋:そば屋。屋台で動き回る。 ・去時:かえっていった時。 ・正:ちょうど。まさに。 ・半宵:夜中。夜半。半夜。
※川原霜白往來寥:川原に霜が白く降りて、人の行き来も少なく寥しいものとなった。 ・川原:ここでは、鴨川の川原になる。 ・霜白:霜が白く降りて、冷えてきたことをいう。 ・往來:人の行き来。また、その行き来する道。 ・寥:さびしい。
※花兒火影冷燒薦:乞食は(寒さに耐えられないので)こもを燃やして(暖を取っている)姿が、火に照らされて(闇に浮かび上がり)。 ・花兒:こじき。現代語でも“花子”という。 ・火影:炎の形。 ・冷:さむい。さびしい。ひややか。 ・燒:やく。燃やす。 ・薦:こも。しとね。むしろ。こじきが寐るときに用いるむしろ。
※按摩笛聲夜過橋:アンマの吹く笛の音が夜に橋を渡っていった。 ・按摩:マッサージ師。 ・笛聲:マッサージ師が客寄せのために吹く笛の音。 ・過橋:橋を通り過ぎる。
※藝子仲居送客返:芸子と仲居は、客を見送って戻ってきて。 ・藝子:芸妓。舞姫。 ・仲居:料理を運んだり、客との間を調整して、客に応接する女性。歌舞の女性ディレクターでもある。 ・送客:客を見送る。 ・返:もどって(きた)。
※鵆禽鴎鴨依沙:チドリや、カモメやカモなどの水鳥は砂州によって鳴いている。 ・鵆禽:チドリ。 ・鵆:チドリ。国字。 ・鴎鴨:カモメやカモなどの水鳥。いづれも川に棲んでいる。 ・依:よる。…で。…に。 ・沙:砂州。川の中州。 ・:鳴く。
※酒醒喉渇未須睡:酒の酔いがさめてきて喉が渇いたが、まだ寝ていない。 ・酒醒:酒の酔いがさめる。 ・喉渇:のどがかわく。 ・未須:まだもちいない。…する必要がない。いまだもちひず。 ・須:もちふ。もちゐる。 ・睡:ねむる。
※處處寒彈向曉悄:方々から寒びきの音がしだして、明け方にもの悲しく(響いてくる)。 ・處處:方々で。 ・寒彈:かんびき。芸子の琴や三味線の早朝の練習。寒稽古。 ・向曉:明け方。夜明けに。李商隠の『登樂遊原』に「向晩意不適,驅車登古原。夕陽無限好,只是近黄昏。」とある。 ・悄:憂える。かなしむ。
◎ 構成について
韻式は「AAAAA」。韻脚は「宵寥橋悄」で、平水韻下平二蕭(寥宵橋)。次の平仄は、この作品のもの。
●●●○●●○,(韻)
○○○●●○○。(韻)
○○●●●○●,
●○●○●●○。(韻)
●●○○●●●,
*○○●○○○。(韻)
●◎○●●○●,
●●○○●●○。(韻)
平成16.5.2完 19.3.3補 |
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