吉田松陰辞世日本漢詩選詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩ribengushi

　
　　　　
辭世
　　　　　　　　　　　　　　吉田松陰

吾今爲國死，
死不背君親。
悠悠天地事，
鑑照在明神。

「写遊記」より賜りました

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辭世

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
吾　今　　國の爲に死す，
死して　君親に　背（そむ）かず。
悠悠たり　　天地の事，
鑑照　　明神に　在り。

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◎　私感註釈

※吉田松陰：天保元年（１８３０年）～安政六年（１８５９年）幕末の尊皇攘夷論者｡長州藩士。字は義卿｡諱は矩方。通称は寅次郎など｡叔父玉木文之進の後を継いで、松下村塾を主宰。門下生から幕末、維新の英傑が輩出した、精神上の指導者、思想家。安政の大獄により刑死する｡その際の辞世の詩である。なお、｢身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂｣も辞世の歌である。

※辭世：この世を辞し去る時に作って遺す詩歌。

※吾今爲國死：わたしは、今、国のために命を捧げようとしている。　・吾：わたし（は）。主格を表すのに多用する。　・爲國死：国のために命を捧げる。「死」が重なるが、〔「爲國」＋「死を表す言葉」〕でよく使われる表現。「爲國捐躯」「爲國致命」「爲國犠牲」。　・爲國：国のために。国に尽くして。

※死不背君親：死んでも決して、君主と親とに忠と孝を尽くすことに、そむきはしない。　・死不背：死んでも決してそむかない。　・〔死不＋動詞〕：死んでも…ない。絶対に…ない。決して…ない。強情を張って拒むことをいう。釋月性の『將東遊題壁』「男兒立志出郷關，學若無成死不還。埋骨何期墳墓地，人間到處有靑山。」（「不復還」ともする）。　・背：そむく。　・君親：君主と親。忠と孝を尽くす対象となるべき位置のもの。

※悠悠天地事：遠く遙かに広がる天地の間にあるこの世の中の出来事（国事）を思って憂えるが。　・悠悠：憂えるさま。遠く遙かなさま。思うさま。「悠悠」は憂国の表現で、『詩經・王風』の『黍離』に基づくか。『詩經・王風』の『黍離』に「彼黍離離，彼稷之苗。行邁靡靡，中心搖搖。知我者，謂我心憂，不知我者，謂我何求。悠悠蒼天，此何人哉。　　　彼黍離離，彼稷之穗。行邁靡靡，中心如醉。知我者，謂我心憂，不知我者，謂我何求。悠悠蒼天，此何人哉。　　　彼黍離離，彼稷之實。行邁靡靡，中心如噎。知我者，謂我心憂，不知我者，謂我何求。悠悠蒼天，此何人哉。」とある。　・天地事：この世の中の出来事。

※鑑照在明神：天神地祇よ、みそなわせ。上天の神よ、御照覧あれ。　・鑑照：〔かんせう；jian4zhao4〕（神霊が）かんがみてらす。御覧（を願う）。『太平記』では、後醍醐天皇側から鎌倉幕府への親書に「叡心不偽處，任天照覧。」というのがある。　・在：…に。ここは「…ている」の意に使いたいのか。構文上苦しいが。　・明神：〔めいしん；ming2shen2〕あらたかな神。前出『詩經・王風』『黍離』に基づいて見れば「蒼天」のことになる。

◎　構成について

韻式は「AA」。韻脚は「親神」で、平水韻上平十一真。次の平仄はこの作品のもの。

○○●●●，
●●●○○。（韻）
○○○●●，
●●●○○。（韻）