春雪壓城鴟尾高, 白旗馬振戟。 忽見暴風捲雪暗, 雷霆落地聲霹靂。 青龍出沒紫丹迸, 高呼雲際賊首攫。 嗚呼十四夜雪上巳雪, 上帝暗助大義成。 千歳芳名何滅, 男兒顏與櫻花明。 四十七士既已, 海内艷説十七名。 君不見博浪鐵椎尚方劍, 蹉跌終難抑賊焔。 又不見義敬業徒切齒, 胡詮椒山空憤死。 九天九地渺茫際, 日出處生此烈士。 |
春雪 城を 壓して 鴟尾(しび) 高く,
白旗 馬(そうば) 戟(けいげき)を 振(ふる)ふ。
忽(たちま)ち見る 暴風 雪を捲きて 暗く,
雷霆(らいてい) 地に 落ちて 聲 霹靂(へきれき)たり。
青龍 出沒して 紫丹 迸(ほとばし)り,
高く 雲際に 呼びて 賊首を 攫(と)る。
嗚呼(ああ) 十四夜の雪 上巳(じゃうし)の雪,
上帝 暗(ひそか)に助く 大義の成すを。
千歳 芳名 何ぞ 滅(びんめつ)せんや,
男兒の顏は 櫻花より 明るし。
四十七士 既に已(すで)に (はる)かなるも,
海内 艷説す 十七名。
君 見ずや 博浪 鐵椎 尚方(しゃうはう)の劍,
蹉跌(さてつ)し 終(つひ)に 賊焔を 抑(おさ)へ 難かりしを。
又た 見ずや 義(てきぎ) 敬業 徒(いたづ)らに 切齒し,
胡詮 椒山 空しく 憤死せしを。
九天九地 渺茫(べうばう)の際,
日 出づる處 此(こ)の烈士を 生む。
◎ 私感註釈 *****************
※久坂玄瑞:天保十一年(1840年)〜元治元年(1864年)。幕末の長州藩士。尊攘派の志士。藩論を公武合体から尊皇攘夷へと一変させた。その後、種々の武力で攘夷運動を実行した。
※應天正氣歌:天の命に応えた正気の歌。「應天」は「桜田」のことになる。niezao『失題』ともする。安政七年の桜田門外の変を詠っている。
※春雪壓城鴟尾高:春の雪は、城を抑え付けるかのように、積もって(屋根を隠してしまい)、飾りのシャチホコだけが高く目立っている。 ・春雪:春の雪。 ・壓城:城を抑え付けるかのように、上に積もる。 ・鴟尾:城郭の棟の飾りのシャチホコ。
※白旗馬振戟:(大老井伊直弼の行列の威儀は、武門の棟梁の)白旗に、あしげの馬で、ケヤリを振り振り(やってくる)。 ・白旗:源氏の旗。武門の旗。井伊家は徳川家譜代で、先祖が藤原鎌足に遡ることができる、武門の棟梁の意で使われていよう。 ・馬:〔そうば;cong1ma3〕あしげ。あおうま。青と白まじりの毛の馬。 ・振:ふる。(ケヤリを)ふる。ここでは、行列の行進時の儀仗をいう。 ・戟:〔けいげき;qi3ji3〕王侯以下の位の高い役人の行列の先払いが、捧げ持った覆いをかぶせたホコ。日本では、大名行列の毛鑓になる。
※忽見暴風捲雪暗:忽ち暴風に見舞われて、雪を巻き上げて薄暗くなり。 *襲撃の予兆を暗示している。 ・忽見:急に…になる。たちまちのうちに…があらわれる。 ・暴風捲雪:雪を巻き上げる。現代語でも「革命現代芭蕾舞劇」『白毛女』中の 『北風吹』では、「北風那個吹,雪花那個飄,雪花那個飄飄,年來到。風卷那個雪花 在門那個外,風打着門來門自開。」 というふうに使われている。 ・暴風:暴風。あらし。 ・捲雪:雪を巻き上げる。 ・暗:くらい。天日が暗くなる。
※雷霆落地聲霹靂:雷鳴が地に落ちたかのようで、激しい雷鳴が響いた。 *水戸藩士らの襲撃の声でもある。 ・雷霆:〔らいてい;lei2ting2○○〕かみなりの響き。 ・落地:地に落ちる。落雷する。 ・聲:声。音。響き。 ・霹靂:〔へきれき;pi1li4〕激しく鳴り響くかみなり。突然の大事件をもいう。
※青龍出沒紫丹迸:刀が交錯して、血煙があがって、鮮血がほとばしり出て。 ・青龍:東方の守護神である竜。ここでは、日本刀の抜き身のことを指す。 ・出沒:出たり入ったり。ここでは日本刀の閃きや、刀身の交錯をいう。 ・紫丹:むらさき草。ここでは流れ出る鮮血のことをいう。 ・迸:ほとばしる。ほとばしり出る。吹き出す鮮血のさまをいう。
※高呼雲際賊首攫:高らかに、賊徒・井伊直弼の首級をとったの叫び声があがり。 ・高呼:大きな声で叫ぶ。高らかに呼ぶ。 ・雲際:天上の雲のフチで。千代田城の桜田門の近くで。 ・賊首:賊のくび。ここでは、井伊直弼の首級を指す。勅許を得ずに日米修好通商条約に調印したこと、安政の大獄で攘夷派の主君徳川斉昭に蟄居を命じたことをはじめ、多数の攘夷派の志士を弾圧、刑死させたことなどから「賊」と表現している。 ・攫:〔くゎく;jue●〕つかむ。指先で握り取る。さらう。かすめとる。
※嗚呼十四夜雪上巳雪:ああ、(元禄十五年十二月)十四日の(吉良邸への討ち入りの)夜の雪、(そして、安政七年)三月三日・上巳の桃の節句(桜田門外の変)の雪と。 *史上の雪を伴った義挙を挙げている。 ・嗚呼:〔wu1hu1◎○〕ああ。 ・十四夜雪:十四日の夜の雪。元禄十五年十二月十四日、赤穂浪士四十七士の吉良邸への討ち入りの夜に、雪が降っていたことを指す。 ・上巳:三月三日の桃の節句。安政七年三月三日の桜田門外の変を指す。蛇足になるが、昭和十一年の二・二六事件も、そういえば雪だった。「君不見昭和維新斑斑雪」とか…。
※上帝暗助大義成:天の神は、ひそかに(雪を降らせて襲撃を援護して)大義を成し遂げられるよう援助した。 ・上帝:天の神。天帝。 ・暗:ひそかに。こっそりと。 ・助:たすける。ここでは雪を降らせて襲撃を援護したことをいう。 ・大義:人間として踏み行うべき最も大切な道。義挙。ここでは、討ち入り、襲撃のことをいう。 ・成:なしとげる。
※千歳芳名何滅:千載に(名を伝える義挙の)ほまれは、どうして、消え去ることがあろうか。 ・千歳:千年。 ・芳名:ほまれ。かんばしい名。 ・何:なんぞ。どうして。 ・滅:〔びんめつ;min3mie4●●〕姿を消す。なくなる。消滅する。
※男兒顏與櫻花明:(蹶起した)男児の顔の色は、サクラの花よりも明るいものである。 ・男兒:男児。一人前の男。 ・顏:かお ・與:…より。…よりは。…といづれぞ。比較の意味を表す。 ・櫻花:サクラの花。その風格は武夫の鑑とされた。 ・明:あきらか。あかるい。
※四十七士既已:赤穂四十七士の義挙(事件)は、もうすでにはるかに遠いものとなったが。 ・四十七士:吉良邸への討ち入った赤穂浪士、赤穂義士のことを指す。その勢四十七人。 ・既已:〔きい;ji4yi3●●〕すでに。 ・:〔ばく;miao3●〕はるか。遠い。
※海内艷説十七名:(現在)国内では、(桜田門の)十七名の水戸の烈士を華やかに美しく言い伝えている。 ・海内:国内。 ・艷説:華やかに美しく言う。 ・十七名:桜田門外襲撃の十八烈士の内の水戸藩士の数。参加した水戸藩士は、十七名になる。
※君不見博浪鐵椎尚方劍:あなたは知っているだろう、(秦の張良が)博浪で秦の皇帝を襲撃するために準備した鉄椎のことを、(そして、漢の朱雲が成帝に佞臣である安昌侯張禹を斬るために、)尚方斬馬劍(を下賜してほしいと上奏した)ことを。 ・君不見:あなたは見たことだろう。長篇詩で、リズム上のアクセントを付けるとめに、語りかける表現をする。 ・博浪鐵椎:博浪で秦の皇帝を襲撃するために準備した鉄椎のこと。南宋の文天『正氣歌』にある「張良椎」のことで、張良が東海に力士を得、重さ百二十斤の鉄椎を作り、韓のために、秦王を博浪沙に狙撃した故事。『史記』にある。『史記・留侯世家』「(張)良…得力士,爲鐵椎重百二十斤。秦皇帝東游,(張)良與客狙撃秦皇帝博浪沙中,誤中(中:動詞;あたる)副車。秦皇帝大怒,大索天下,求賊甚急,爲張良故也。良乃更名姓,亡匿下。」。前出文天『正氣歌』に「時窮節乃見,一一垂丹。在齊太史簡,在晉董狐筆。在秦張良椎,在漢蘇武節。爲嚴將軍頭,爲侍中血。爲張陽齒,爲顏常山舌。或爲遼東帽,C操児u雪。或爲出師表,鬼~泣壯烈。或爲渡江楫,慷慨呑胡羯。或爲撃賊笏,逆豎頭破裂。」と使われている。 ・尚方劍:官製である鋭利な剣。ここでは、佞臣を斬るための剣をいう。「尚方斬馬劍」のことで、漢の朱雲が成帝に佞臣である安昌侯張禹を斬るために、尚方斬馬劍を下賜してほしいと上奏したことに因る。『漢書』楊・胡・朱・梅・云・傳の朱雲に「今朝廷大臣上不能匡主,下亡以益民,皆尸位素餐,…臣願賜尚方斬馬劍,斷佞臣一人以資エ餘。」と、記録されている。 ・尚方:官の名。官製。
※蹉跌終難抑賊焔:(「博浪鐵椎」も「尚方劍」も、どちらも)しくじって、賊徒の気勢をそぐことは、結局は、難しいものであった。 ・蹉跌:〔さてつ;cuo1die1○●〕つまづく。しくじる。 ・終:ついに。 ・難:むつかしい。かたい。 ・抑:おさえる。 ・賊焔:叛逆者の気勢。
※又不見義敬業徒切齒:これもまた、知っていることだろうが、漢の義と唐の則天武后の時代の徐敬業が、無念にも事 半ばにして斃れたことを。 ・又不見:またしても、見ただろう。二度目の「君不見」になる。 ・義:〔てきぎ;zhai2yi4●●〕前漢末の人。漢の王莽の乱後、兵を挙げて王莽を討ち、劉信を立てて太子とし、自らは大司馬柱(註:「桂」字とするのがあるが、『漢書・方進傳』では「柱」字になっている。写真:右)天大將軍と称したが、兵敗れて死んだ。 ・徐敬業:駱賓王とともに、則天武后(武則天)を排斥する檄「…一抔之土未乾,六尺之孤何托(安在)。…」を作り、李唐恢復のための徐敬業の乱を起こした人物。
。 ・徒:いたづらに。 ・切齒:歯ぎしりすること。歯をくいしばること。無念に思うさま。非常に残念がること。大いに憤慨すること。
※胡詮椒山空憤死:(そして)南宋の胡銓や、明の楊繼盛が、無念の内に憤死したことを。 ・胡詮:胡銓のこと。南宋の人。南宋の高宗に秦檜など三人の頭を斬ることを願い出た。 ・椒山:明の楊繼盛のこと。入寇に際して、馬市を開くことに反対した。後、西市に棄死された。 ・空:むなしく。 ・憤死:いきどおって死ぬ。腹を立てて死ぬ。
※九天九地渺茫際:天の極み、地の果ては、広くて極まりがない(が、例外も、遠い日本にはあるのだ)。世界は広く(日本には異なった事例があるのだ)。 ・九天九地:天地の極み。天地の果て。 ・渺茫:〔べうばう;miao3mang2●○〕(水面などが)広くはてしないこと。遠くかすかなこと。 ・際:きわ。へり。
※日出處生此烈士:(中国では、失敗の事例が多かったが、)日出づる処の日本では、これら(成功した)烈士が生まれたのだ。 *前記の中国史上の例では、全て失敗して無念の涙をのんだものばかりだったが、わが日本では、それが全て成功しているのだ、と比較して詠っている。 ・日出處:日本をいう。日が射し昇るところ。王維が曰うところの東方の君子国、日の本(もと)。日本。頼山陽の『日本樂府』『日出處』「日出處,日沒處,兩頭天子皆天署。扶桑鷄號朝已盈,長安洛陽天未曙。顛劉蹶趁日沒,東海一輪依舊出。」 とある。推古朝の聖徳太子が関わった我が国の国書のことば「日出處天子致書日沒處天子無恙。」に基づく。『隋書・東夷・倭國』では「帝覽之不ス,謂鴻臚卿曰:『蠻夷書有無禮者,勿復以聞。』」と、煬帝は外務大臣にぼやいた。 *日中両国の関係をここに略述。 ・生:うむ。 ・此:この。ここでは赤穂義士、と桜田門烈士を指す。 ・烈士:気性が強く、節義を守る人。
◎ 構成について
換韻。韻式は「aaaaaabbcc(c)c」。韻脚は「戟靂攫雪滅 劍焔 齒死士」で、平水韻入声十一陌、去声二十九艷(鹽)、上声四紙。次の平仄はこの作品のもの。
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●●○●●●○。(韻)
●●●○●●●,
○○●●○●●。(韻)
○○●●●○●,
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○○●●●●●●●,
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○●○○○●●。(韻)
○○○●○○○,
●●●●●●●。(韻)
●●●●●●○,
○●●●●●○●○●,(韻)
○●○○●●●。(韻)
●●●●●●●●●●,(韻)
○○○○○●●。(韻)
●○●●●○●,
●●●○●●●。(韻)
平成16.5.22 5.23完 平成19.3. 7補 |
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