玉冕緋衣如糞土, 册書信手裂縱横。 自從霹靂震萬里, 直到如今尚有聲。 |
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豐公 明の册(さく)を 裂くの圖
玉冕(ぎょくべん) 緋衣(ひい) 糞土の如くし,
册書 手に 信(まか)せて 縱横に 裂く。
これより 霹靂(へきれき) 萬里を 震はし,
直に 如今に 到るまで 尚(な)ほ 聲 有り。
◎ 私感註釈 *****************
※藤井竹外:文化四年(1807年)〜慶応二年(1866年)。摂津の人。詩人。
※豐公裂明册圖:豊臣秀吉公が、明の冊書を破り裂いている絵(に題する)。天正二十年(=文禄元年)(1592年)〜の文禄の役の終了後、媾和の交渉が始まり、明使が来日した。秀吉は伏見城(後出『日本外史・卷之十六・豐臣氏』に依る)で彼らを謁見し、饗応したが、明の国書の内容というものが、明国皇帝が秀吉を日本国王に封ずというものであることが発覚してしまった。これに色をなした秀吉は、ただちに冕服を脱ぎ捨てて地面にたたきつけ、冊書を引き裂いて、叱りつけて言うには『わたしが日本を平定したのであって、国王になろうとすれば自分でなれる。どうして外国から日本国王に封じてもらわねばならないのか!…帰って主に告げよ、わたしはもう一度派兵して国を亡ぼしてやる』と。腹に据えかねた秀吉は、翌・慶長二年(1597年)に再度の出兵・慶長の役を始めた、という次第である。 *ここの日本国王に冊封するという国書に激怒した秀吉を描いた絵があったのだろう。それについての詩。頼山陽の『日本外史・卷之十六・豐臣氏』には「九月二日,使毛利氏兵仗,延明使者入城諸將帥,皆坐。頃之秀吉開幄而出。侍衛呼叱。二使懼伏,莫敢仰視。捧金印冕服,膝行而進。行長助之畢禮。三日,饗使者。既罷秀吉戴冕被緋衣,使コ川公以下丁七人各被其章服,召僧兌讀册書。行長私嘱之曰:册文,與惟敬所説,或有齟齬者,子且諱之。承兌不敢聽乃入。讀册于秀吉之傍,至曰:封爾爲日本國王。秀吉變色。立脱冕服抛之地,取册書撕裂之。罵曰:吾掌握日本欲王則王。何待髯虜之封哉!…告而君,我將再遣兵屠而國也。」とある。赤字部分がこの詩の指す所。同様の詩題は、江戸時代前期の荻生徂徠に『寄題豐公舊宅』「絶海樓船震大明,寧知此地長柴荊。千山風雨時時惡,猶作當年叱咤聲。」(この詩作は、伊勢丘人先生所蔵の掛け軸の詩に由る)江戸後期・頼山陽の『裂封册』に「史官讀到日本王,相公怒裂明册書。欲王則王吾自了,朱家小兒敢爵余。吾國有王誰覬覦。叱咤再蹀八道血,鴨鵠V流鞭可絶。地上阿鈞不相見,地下空唾恭獻面。」とある。 ・豐公:豊臣秀吉公。 ・明册:明に由る冊封。 ・圖:絵。
※玉冕緋衣如糞土:(明の皇帝が送ってきた)「日本国王」の官服は穢いものであるかの如くに。 ・玉冕:〔ぎょくべん;yu4mian3●●〕身分の高い官の用いるかんむり。 ・緋衣:〔ひい;fei1yi1○○〕赤い色の衣服。高位の人の身につける衣服の色。 ・如:ごとくする。おなじくする。ごとくす。動詞。 ・糞土:穢いもの。卑しいもの。つまらないもの。糞と土。
※册書信手裂縱横:(「日本国王」に封ずるという明国皇帝からの)冊封の詔書は、手にまかせて(感情の赴くままに)びりびりに破り捨てた。 ・册書:〔さくしょ;ce4shu●○〕皇帝が臣下に爵位や封禄などを授けるときの勅命書。冊封の詔書。 ・信:まかせる。 ・裂:さく。破り裂く。 ・縱横:たてよこに。
※自從霹靂震萬里:(この事件)より太閤の怒りの雷霆は、万里の彼方まで震撼させて、(慶長の役となった)。 ・自從:…より。 ・霹靂:〔へきれき;pi1li4●●〕激しい雷鳴。 ・震萬里:万里の彼方の朝鮮明国まで震撼させた。 *秀吉の文禄の役、慶長の役の朝鮮出兵を指す。 ・震:〔しん;zhen4● zhen1○〕前者は:ふるう、ふるわせる、ふるえる。後者は:娠(はら)む。震旦(国名)。ここでは、前者の意。前出荻生徂徠『寄題豐公舊宅』の「絶海樓船震大明…猶作當年叱咤聲。」 がある。 ・萬里:蛇足になるが、平仄あわせだけを考えると「万里」を「千里」とした方が合う。しかし、詩意の規模が異なってくる。国際性を帯びた表現が、国内問題に矮小化される。この作品は、内容を重視している。
※直到如今尚有聲:今に到るも、なおそのような輿論の声がある。現在も排外思想が盛んになってきた。 *幕末の攘夷運動が盛んになってきたことをいう。 ・直到:ずっと。…に到るまで。 ・如今:今。きょう日。 ・尚有聲:まだ(主張の)声がある。また、前記青字部分の意をも指す。
◎ 構成について
韻式は「AA」。韻脚は「横聲」で、平水韻下平八庚。次の平仄はこの作品のもの。
●●○○○●●,
●○●●●○○。(韻)
●○●●◎●●,(ここでは、●になる。)
●●○○●●○。(韻)
平成17. 1.29 1.30完 2.18補 平成24.10. 2 令和 3. 9. 6 |
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