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       獄中贈鄒
      

          

                      
  清末 章炳麟

鄒容吾小弟,
被髮下瀛洲。
快剪刀除辮,
乾牛肉作
英雄一入獄,
天地亦悲秋。
臨命須手,
乾坤只兩頭。


   
**********************
          獄中にて 鄒に贈る  

鄒容は  吾が小弟,
被髮して  瀛洲
(えいしう)に 下る。
(するど)き 剪刀にて  辮(べん)を 除き,
牛肉を 乾し  
(ほしいひ)を 作る。
英雄  一たび 入獄するや,
天地  亦た 悲秋。
命に臨みて  手を
(と)るを 須(もと)む,
乾坤  只だ 兩頭あるのみ。

             ******************

◎ 私感訳註:

※章炳麟:清末民国初の民族主義革命家。考証学者。1869年(同治八年)〜1936年(民国二十五年)。初名は學乘、字は枚叔、改名して絳、号は太炎。浙江省余杭の人。1899年(光緒二十五年:明治三十二年)、東京で漢民族の政権奪回を目的とする光復会を作り、孫文、黄興とともに革命の三尊の一とされる。はじめは、康有為の変法派に属したが、戊戌政変後は日本に亡命した。駆除韃虜を旨として、中華を再興するという滅満興漢の民族主義革命思想を提倡した。この作品はその時のもの。日本で結成された孫文の中国同盟会に積極的に参加し、機関誌『民報』の編輯長として活躍したが、ブルジョワ革命の三民主義を主張する孫文とは、思想的に異なり次第にに疎遠となった。
※獄中贈鄒: ・獄中:1903年(光緒二十九年)に上海の獄に『駁康有爲論革命書』や鄒容の『革命軍』の序文を書いたため、清廷の怒りに触れて捕縛されて下獄。その折のことを指す。 ・贈:(詩を作って、刑死する鄒容に)贈る。 ・鄒:〔すう;zou1○〕後出・鄒容のこと。
※鄒容吾小弟:鄒容は、わたしの弟だ。 ・鄒容:〔すうよう;zou1rong2○○〕清末の革命家。1885年(光緒十一年)〜1905年(光緒三十一年)原名は紹陶、字は威丹。四川巴縣(現・四川省巴県)の人。1901年の夏,成都で日本への官費留学に合格し、翌年(1902年:光緒二十八年:明治三十五年)東京の同文書院に入った。当時の日本への留学生に対して、駐日本国の清国の役人は過干渉を行い、ために、辮髪を切ってその意思を表した。渡日留学生は、南下するロシア勢力に対する抗ロシア運動に昂揚し革命思想が広がった。「雖粉身碎骨不計,乃人之義務也。」のことば通り、鄒容は日本で『革命軍』を著し、上海で出版した。中国帰国後、『蘇報』を発行し、清朝打倒を倡えたが、捕らえられて獄死した。これは、その時の詩。 ・吾:わたし(の)。 ・小弟:親しい間柄の目下の男性に対しての呼称。自分の弟に対する呼称。章炳麟から見れば、鄒容は十六歳年下になる。
※被髮下瀛洲:髪をふり乱して、日本へ渡った。 ・被髮:〔ひはつ;pi1fa4○●〕髪をふり乱す。=披髮。 ・被:〔pi1○〕着る。はおる、になるが、ここでは、「披」〔ひ;pi1○〕の意で使われている。蛇足になるが、「被」は普通では〔bei4〕になる。 ・下:(「いなか」などのように、意識上の低く感じるところへ)行く。 ・瀛洲:〔えいしう;ying2zhou1○○〕東海にある三神山の一。東方海上の神仙の住む島。日本を指す。東瀛。鄒容は日本に留学をしていた。
※快剪刀除辮:鋭利なはさみで、弁髪を切り取り。 *漢民族の文化や制度を、辮髪といった異民族の髪型、長衫・旗袍(チーパオ)といった異民族の服装、異民族王朝の暦などに易えて使うことには、伝統と国粋とを誇る漢民族には耐えられないところである。 *この聯の節奏は極めてまれに見る形だ。五言は〔□□+□□□〕となるのが普通。ここのように〔□□□+□□〕となるのは『楚辭』や填詞(詩餘)を除いてはめずらしい。 ・快:刃物の切れ味がよい。鋭利な。 ・剪刀:〔せんたう:jian3dao1●○〕はさみ。 ・除辮:(満州民族(満洲民族)の男性の髪型で、被統治民族の漢民族に対して強制された)辮髪(弁髪)を除き取る。 ・辮:〔べん;bian4●〕弁髪。辮髪。結髪の一種で、髪の周辺部を剃って、頭頂部の髪を一本の三つ編みにして長く後ろに垂らしたもの。満州民族の習俗。
※乾牛肉作:(蹶起のために)牛肉干や糒(ほしいい)の軍糧を備蓄していた。 *蹶起のために、軍糧を準備していたことをいう。 ・乾牛肉:牛肉乾(牛肉干:niu2rou4gan1)。イメージを謂えば、牛肉のみりん干し(?)のようなもの。保存性がある食糧。「乾牛肉」は、「快剪刀」に合わせるためにこうしたのであって、「牛肉干(niu2rou4gan1)」という食品名をいうのではなく、「牛肉を干す」の意になろう。軍糧を準備するの意になる。 ・:〔こう;hou2〕糒(ほしいい)。かれいい。干飯、乾飯。米を蒸して乾燥させた食糧で、貯蔵用の乾燥飯。湯水に浸せばすぐ食用となり、兵糧米に用いた。
※英雄一入獄:英雄が一たび下獄するや。 ・英雄:ここでは、鄒容(また場合によっては章炳麟)を指している。 ・一:ひとたび。 ・入獄:下獄する。
※天地亦悲秋:天地も悲歎に暮れている。 ・天地:天地。後出の「乾坤」に同じだが、敢えて比較すれば、「天地」のほうがより具象的になる。また、「天地」は○●で、「乾坤」は○○になる。 ・亦:…もまた。 ・悲秋:悲しい時である秋の気節。『楚辭・九辯』に「
之爲氣也!蕭瑟兮草木搖落而變衰」や『古詩源』の古歌に「蕭蕭,出亦,入亦。」とあり、同様に秋瑾も『絶命詞』で、「人!」とある。
※臨命須手:死に臨んで、手を握ることを求めて(きた)。 ・臨命:死に際して。死に臨んで。命の最期の時に臨んで。 ・須:もとめる。もちいる。待つ。すべからく…べし。ここでは、前者の意。 ・手:〔さんしゅ;shan3shou3○●〕手を執る。手を握る。 ・:〔さん;shan3●…………〕執る。握る。持つ。極めて多音の字。ここは〔shan3〕●で、動詞:持つの意。同じ動詞でも〔chan1〕の意ではない。
※乾坤只兩頭:天地はただ二人の首級。この天地の間には、(祖国に碧血を献げる英雄の)二人の頭のみが大きな価値を持って存在しているかのようである。 *この句については、各単語の意味や、全体の流れから来る意味は十分に理解できるものの、語句を語法に基づいて分析していけば、不明確な句。 ・乾坤:〔けんこん;qian2kun1○○〕天地。同時代の秋瑾は『黄海舟中日人索句並見日俄戰爭地圖』で、「萬里乘風去復來,隻身東海挟春雷。忍看圖畫移顏色?肯使江山付劫灰!濁酒不銷憂國涙,救時應仗出羣才。將十萬頭顱血,須把
乾坤力挽回。」と(漢民族の)国家、天下の意として使っている。  ・只:ただ…だけ。わずかに。のみ。ばかり。限定を強調する表現。これ(是)。また、語調を整える助辞。 ・兩頭:ふたりの頭。鄒容と章炳麟の首級。

                 ****************



◎ 構成について

  韻式は「AAAA」。韻脚は「洲秋頭」で、平水韻下平十一尤。次の平仄はこの作品のもの。

   
○○○●●,
   ○●●○○。(韻)
   ●●○○●,
   ○○●●○。(韻)
   ○○●●●,
   ○●●○○。(韻)
   ○●○●●,
   ○○●●○。(韻)

2005.5.23
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