******
轉軸撥絃三兩聲,
未成曲調先有情。
絃絃掩抑聲聲思,
似訴平生不得志。
低眉信手續續彈,
説盡心中無限事。
輕慢撚抹復挑,
初爲霓裳後綠腰。
大絃如急雨,
小絃切切如私語,
切切錯雜彈,
大珠小珠落玉盤。
間關鶯語花底滑,
幽咽泉流氷下難。
氷泉冷澀絃凝絶,
凝絶不通聲暫歇。
別有幽愁暗恨生,
此時無聲勝有聲。
銀瓶乍破水漿迸,
鐵騎突出刀槍鳴。
曲終收撥當心畫,
四絃一聲如裂帛。
東船西舫悄無言,
唯見江心秋月白。
琵琶行 二
軸を 轉(し)め 絃を 撥ひて 三兩聲,
未だ 曲調を 成さざるに 先ず 情 有り。
絃絃 掩抑して 聲聲に 思ひ,
平生 志を 得ざるを 訴ふるに 似たり。
眉を低れ 手に信せて 續續と 彈き,
説き盡くす 心中 無限の事。
輕く(し)め 慢く撚りて 抹み 復た 挑ひ,
初めは 霓裳を 爲し 後は 綠腰。
大絃はとして 急雨の如く,
小絃は 切切として 私語の如し,
と 切切と 錯雜して 彈き,
大珠 小珠 玉盤に 落つ。
間關たる 鶯語 花底に 滑かに,
幽咽せる 泉流は 氷下に難む。
氷泉 冷澀して 絃 凝絶し,
凝絶 通ぜず 聲 暫し 歇(や)む。
別に 幽愁の 暗恨 生ずる 有り,
此の時 聲 無きは 聲 有るに 勝る。
銀瓶 乍ち 破れ 水漿 迸(ほとばし)り,
鐵騎 突出して 刀槍 鳴る。
曲 終らんとして 撥(ばち)を收め 當心を 畫き,
四絃 一聲 裂帛の如し。
東船 西舫 悄として 言(ことば) 無く,
唯だ見る 江心に 秋月の 白きを。
*****************
◎ 私感註釈
※これは、第二の部分。
※轉軸撥絃三兩聲:(演奏前の準備で)絃の軸をしめなおして、音の高さの調整をし、絃をはらって、二,三回だけ音を出してみる。 *演奏前に琵琶の弦の調律をしていること。 ・轉軸:絃の軸をしめて、音の高さの調整をする。 ・撥絃:絃をはらう。 ・三兩聲:二,三回少しだけ音を出す。
※未成曲調先有情:まだ、まとまったメロディとはなってはいないが、もう情趣は湧き起こった。
※絃絃掩抑聲聲思:どの糸(の音)にもどの糸(の音)もおさえつけられた(感じがあり)、どの(糸の)音色にも(沈鬱な)思いがこもっている。 ・絃絃:どの糸(の音)も。 ・掩抑:おさえとどめる。 ・聲聲思:どの(糸の)音にも思いがこもっている。 ・思:韻脚と見た場合、去声で名詞となる。思い。心情。
※似訴平生不得志:普段、志を得ることがなかった(怨念を)訴えているのに似ている。普段の日々の不遇な情況を訴えているかのようだ。 ・平生:平素。一生涯。
※低眉信手續續彈:眉を低くたれて、従順、柔和な表情で、手の動きに任せておもいのままに次から次へと弾く。 ・低眉:眉を低くたれて、努めて従順、柔和な表情をすること。 ・信手:おもいのままに。手当たり次第に。手の動きに任せて。 ・續續:次から次へと。
※説盡心中無限事:心の中の限り無い多くの事がらを言い尽くす(かのようである)。 ・説盡:言い尽くす。杜甫『絶句漫興』の「二月已破三月來,漸老逢春能幾囘。莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。」をベースにしていよう。
※輕慢撚抹復挑:(左手では)かろやかに引き締めたり、ゆっくりと挟んだりし、(右手では)右下になでつけるように払い、復た、(その逆向けに)はねあげたりする。あらゆる技巧を凝らして演奏していることをいう。 ・輕:かろやかに。 ・慢:ゆっくりと。 ・復:また。ふたたび。 ・
:〔ろう;long3〕引き締める。しめる。左手の絃の操作法の一。 ・撚:〔ねん;nian1? nian1〕指で挟む。つまむ。ひねる。左手の絃の操作法の一。・抹:〔まつ;mo3?〕通常の演奏法で、右下にはらうようにする。なでつける。右手の絃の操作法の一。・挑:〔てう;tiao3〕掌を返して、はねる。はねあげる。右手の絃の操作法の一。「抹」の逆。
※初爲霓裳後綠腰:初めは霓裳の曲で後は六幺の曲をなしている。 ・霓裳:霓裳羽衣の曲。 ・綠腰:琵琶の曲名。六幺の曲。
※大絃如急雨:太い絃は、けたたましく(鳴り、恰も)急雨の降りかかってくるようであり。 ・大絃:琵琶の五(四)絃の中で、一番太い絃。 ・
:〔さうさう;cao1cao1〕声や音のけたたましいさま。
※小絃切切如私語:細い絃は、ひそひそと囁く(ようで、まるで)内緒話のようである。 ・小絃:琵琶の五(四)絃の中で、一番細い絃。 ・切切:ひそひそと語るさま。寂しく哀しいさま。 ・私語:内緒話。
※切切錯雜彈:
とした激しい音と、切切としたひそやかな音が入り交わって弾かれ。
※大珠小珠落玉盤:(琵琶の音は、)大小(多くの)真珠が大皿に散らばり落ちる(時の音のようである)。 ・珠:真珠のような小さな玉。真珠。 ・玉盤:大皿。また、月。
※間關鶯語花底滑:(琵琶の音は、)『かんくゎん』と鳴くウグイスの鳴き声が、花の下に滑らかに流れている(かのようである)。 ・間關:鳥の和やかにさえずる声。擬声語。 ・鶯語:ウグイスの鳴き声。似た表現に『詩經』周南「關關雎鳩,在河之洲。窈窕淑女,君子好逑。」とある。『詩經』のは「『くゎんくゎん』と鳴くミサゴの鳴き声」という意味。滑らかな音の表現になる。 ・花底滑:花の下に(鳴き声が)滑らかに流れる。
※幽咽泉流氷下難:むせび泣くかのようなわき水が氷の下では流れが滞りがちで。演奏の表現音が微かなものになっていったことをいう。 ・幽咽:むせび泣く。ここでは、水の流れるかすかな音の喩え。かすかにむせぶ。
※氷泉冷澀絃凝絶:凍って滞った泉(のように、演奏の)絃の音が凍り付いてとどこおり絶える。演奏音が、屡々滞るような、調子の演奏表現に移っていることをいう。 ・冷澀:冷えて滞る。 ・凝絶:とどこおり絶える。凍り付く。凝り固まる。
※凝絶不通聲暫歇:(琵琶の音色が)凍り付いて、留まってしまっい、音(ね)が暫くやむ。流れるような演奏が、途中で停まってしまったようになる表現をいう。 ・暫:しばらく。 ・歇:やむ。
※別有幽愁暗恨生:(音楽の感情とは)別に、深い思いに沈み、人知れぬ恨みが生じてきた。琵琶の音色が止んだ時、心の奥に、深い感情が湧き起こってきたことをいう。 ・別有:別に…を持つ。別に…がある。特別な…がある。格別な…がある。 ・幽愁:心に秘めた愁い。深い思いに沈むこと。ここは、ここは、後者の意。 ・暗恨:人知れぬ恨み。 ・生:生じる。
※此時無聲勝有聲:この(琵琶の音色が止んだ)時は、声が無い方が声があるのに勝っている。一瞬の静寂の感銘、沈思を伴った凄さをいう。清・黄景仁の『別老母』に「搴帷拜母河梁去,白髮愁看涙眼枯。慘慘柴門風雪夜,此時有子不如無。」とある。
※銀瓶乍破水漿迸:銀のような白い色をしたビンが突然、割れて、(中の)飲み物がほとばしり散った。この聯は、演奏が再び激しくなってきた時の模様をいう。 ・銀瓶:銀のような白い色をしたビン。白い色をした小型のカメ。金属の銀の瓶は、割れないのでは…。 ・乍:突然に。急に。不意に。 ・破:割れる。 ・水漿:みず。飲み物。 ・迸:ほとばしる。ちらす。とばす。ちる。
※鐵騎突出刀槍鳴:ヨロイで武装した軍馬が突撃をかけて、刀や槍の触れ合う音が鳴る。 ・鐵騎:ヨロイで武装した人馬。
※曲終收撥當心畫:曲の演奏の最後の部分で、(演奏の最後の締めくくりに)バチを払って(琵琶の弦の)真ん中をかき鳴らしておさめた。 ・曲終:曲が終わろうとする時。曲の演奏の最後の部分で。 ・收撥:(演奏の最後の締めくくりに)バチを払っておさめる。 ・當心畫:(琵琶の弦の)真ん中をかき鳴らす。 ・當心:真ん中。注意するここは、前者の意。
※四絃一聲如裂帛:(「當心畫」をすることで)四絃が一斉に裂帛の声をあげる。 ・裂帛:キヌを裂く(ような激しい音を出す)。
※東船西舫悄無言:東の船や西の船などあちらこちらの船は、ひっそりと無言であり。 ・悄:ひっそりと。 ・東船西舫:東の船や西の船などあちらこちらにある船。あちらこちらの船。 ・悄:ひっそりと。
※唯見江心秋月白:ただ、長江の真ん中に秋の月が白く浮かんでいるのを(ひっそりと静かに)見るだけだ。李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』「故人西辭黄鶴樓,煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡,惟見長江天際流。」に似ている。
***********
2001.12.16 2003.11.24 11.25完 2007.10.12補 2018. 9.27 2019. 9.20 |
![]() ![]() ![]() ************ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
![]() メール |
![]() トップ |