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霧失樓臺,
月迷津渡,
桃源望斷無尋處。
可堪孤館閉春寒,
杜鵑聲裏斜陽暮。
驛寄梅花,
魚傳尺素,
砌成此恨無重數。
郴江幸自繞郴山,
爲誰流下瀟湘去。
踏莎行
霧に樓臺 を 失い,
月に津渡 に 迷ひ,
桃源 望斷すれども尋 ぬる處 無し。
可 ぞ堪 へん孤館 春寒 に閉ざされ,
杜鵑 の聲裏に 斜陽 暮るるに。
驛は梅花 を 寄せ,
魚 は尺素 を 傳ふ,
砌 み成す此 の恨み重數 無し。
郴江 は幸自 郴山 を繞 るべきも,
誰 が爲に 流れ下 りて瀟湘 に去るや。
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◎ 私感註釈
※秦觀:北宋の人。1049年~1100年。字は少游。進士になり、中央で活躍し、軾の門下(蘇門四学士)の一として「屈宋之才」と讃えられた。しかし、政争のために、地方へ飛ばされ、地方の任地を転々とし、許されて返る途中、現・江西省の藤州で客死した。作風はその境涯に比例して、艶麗なもの、悲愴なものがある。
※踏莎行:詞牌の一。詳しくは下記「構成について」を参照。
※霧失樓台:(眼前の光景は)霧が濃くて高殿の影が見えなくなった。(また、心中思う所は:霧が濃くなって愛しい人のいる高殿が見えなくなった。) ・霧失:霧で見失う。霧が濃くて…の姿が見えなくなったことをいう表現。「霧失烽煙道易迷」という具合になる。 ・樓臺:高殿の総称。ここでは、(後出・「爲誰流下瀟湘去」の「瀟湘」と相俟って、晩唐・温庭筠の『瑤瑟怨』で「冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。」とうたう)十二樓臺のことで、自分が思う女性の美しい部屋を謂うか。本来の義は、神話伝説中の仙人の居住場所。崑崙の仙宮・天墉城にある十二の楼台。『史記・封禅書』に「方士有言『黄帝時爲五城十二樓』」『漢書・郊祀志下』「五城十二樓:(註:崑崙玄圃五城十二樓,仙人之所常居)」『抱朴子』…も同様。韓翃の『同題仙遊觀』に「仙台下見五城樓,風物淒淒宿雨收。山色遙連秦樹晩,砧聲近報漢宮秋。疏鬆影落空壇靜,細草香閒小洞幽。何用別尋方外去,人間亦自有丹丘」の五城樓に同じ。
※月迷津渡:月明かりでは、道筋がはっきりとはせず、渡し場がわからない。 ・月迷:月明かりが充分でないので…がよくわからない。 ・迷:道にまよう。途方にくれて行き場のない意。ぼんやりとしていることをいうが、詩詞で桃花源を詠うとき、よく「迷…」や「…迷」(道にまよう。)が使われる。心象として、杳然たるところにあることを謂う。 ・津渡:〔しんと;jin1du4○●〕川の渡し場。
※桃源望斷無尋處:桃源郷を尋ねようにも尋ねる術が無い。 ・桃源:桃源郷。武陵桃源。湖南省北端に実在する地名でもあり、戦乱を避けた理想郷のことでもある。陶淵明の『桃花源詩并記』では「晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。…林盡水源,便得一山。山有小口…」というようなところにある。その中では「俎豆猶古法,衣裳無新製。童孺縱行歌,斑白歡游(=遊)詣」という風で、詩詞では「桃花源」の語でしばしば出てくる。 ・望斷:見晴るかす。遙か向こうの見えなくなるところまでを見遣る。また、望みが断たれる。 ・無尋處:訪ねるあての処がない。
※可堪孤館閉春寒:ひっそりとした建物で、おまけに、早春の寒さの中、閉ざしており、本当に耐えきれない。 ・可堪:耐えることができる。(反語ふうにみて、)どうして耐えられようか。ここは、後者の意。 ・孤館:他から離れてぽつんと建っている建物。寒々として、ひっそりした感じを漂わせている語で、作者の心的風景でもある。もし、この語の対句にするとすれば、寒江、空園、破村、扁舟、灘聲。大名、高空などがなる。 ・閉:(建物を)閉ざす。孤館の「孤」とともに、この「閉」も作者の閉塞感を表している。 ・春寒:早春の寒さ(に)。
※杜鵑聲裏斜陽暮:ホトトギスの悲しげな鳴き声が響いている夕暮れだ。 ・杜鵑聲裏:ホトトギスの悲しげな鳴き声が響いている…に。 *ホトトギスは、哀しげな鳴き声で啼くというので詩詞では、哀しい、寂しい、という代わりに「杜鵑…」を出す。 ・斜陽暮:夕日が沈んで暮れていく。「斜陽」は(名詞)夕日で、「暮」は(動詞)くれる、の意。ここは、○○●となる。
※驛寄梅花:駅使は、梅の花を届けにきた。 *南朝・呉?・陸凱の『贈范曄』詩の「折梅逢驛使,寄與隴頭人。江南無所有,聊贈一枝春。」と梅の花を北方に住む范曄に送った故事に基づく。 ・驛:古代、交通、通信のために設けられた駅。宿場。宿場の宿。また、駅亭だが、ここでは前掲・陸凱の『贈范曄』詩に基づいているので、駅使の意になる。
※魚傳尺素:魚は一尺の素絹に書かれた手紙を持ってくる。 ・魚傳…:魚は(手紙を)持ってくる。この句の意味は『飮馬長城窟行』の「客從遠方來,遺我雙鯉魚。呼兒烹鯉魚,中有尺素書。」に基づく。 ・尺素:手紙。一尺の素(しろ)い絹。漢代では、一尺の素絹に手紙文を書いて書簡としたことによる。
※砌成此恨無重數:積み重なった此の恨みは、極まりがない。 ・砌成:積み重ねる。 ・砌:名詞は石段で、動詞は積み重ねる。ここでは後者の意で使われている。 ・此恨:作者が独り郴州に左遷された恨み。独り旅路にある恨み。 ・無重數:限りがない。
※郴江幸自繞郴山:郴江は、本来は郴山をめぐって流れるものなのに。 ・郴江:〔ちんかう;Chen1jiang1○○〕湖南省の南端、郴州を流れていく川。北へ向かって流れ、湘江に流れ込む。桃花源は、ここの遥か北方に位置している。 ・幸:(詞語)であるのになお。…なのに。 ・幸自:本来は…なのに。 ・繞:めぐる。
※爲誰流下瀟湘去:どうして、(郴江は「郴の川」というその名に反して、遥か向こうの)瀟湘まで流れ去っていくのか。(わたしは、ずっと郴州に留まっているのに。)作者は、川の水が自由に流れて遠くまで行けることを詠むことで、貶されて動けない自分の心境を訴えている。 ・爲誰:誰のために。誰(た)がために。転じて、なぜ。どうして。 ・流下…去:…の方へ流れ去って行く。 ・瀟湘:〔せうしゃう;Xiao1Xiang2○○〕瀟江と湘江の意。(唐詩では)瀟水と湘水とが合して洞庭湖南部に注いでいる地(現・湖南省)。また、六朝までの詩では湘水のこと。「清らかな湘江」の意。この作品は初唐で後者の意。「遥かな南国」と謂った語感がある。なお、『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)「江南西道」などには、地名としてはない。瀟も湘も湖南省の地方名であり、川の流れの名でもある。中唐・劉禹錫の『瀟湘神』の「楚客欲聽瑤瑟怨,瀟湘深夜月明時。」や初唐・張若虚の『春江花月夜』に「斜月沈沈藏海霧,碣石瀟湘無限路。」でもある。初唐・張若虚の『春江花月夜』「春江潮水連海平,海上明月共潮生。灩灩隨波千萬里,何處春江無月明。江流宛轉遶芳甸,月照花林皆似霰。空裏流霜不覺飛,汀上白沙看不見。江天一色無纖塵,皎皎空中孤月輪。江畔何人初見月,江月何年初照人。人生代代無窮已,江月年年祗相似。不知江月待何人,但見長江送流水。白雲一片去悠悠,青楓浦上不勝愁。誰家今夜扁舟子,何處相思明月樓。可憐樓上月裴回,應照離人妝鏡臺。玉戸簾中卷不去,擣衣砧上拂還來。此時相望不相聞,願逐月華流照君。鴻雁長飛光不度,魚龍潛躍水成文。昨夜閒潭夢落花,可憐春半不還家。江水流春去欲盡,江潭落月復西斜。斜月沈沈藏海霧,碣石瀟湘無限路。不知乘月幾人歸,落月搖情滿江樹。」とあり、晩唐・温庭筠の『瑤瑟怨』に「冰簟銀床夢不成,碧天如水夜雲輕。雁聲遠過瀟湘去,十二樓中月自明。」とある。
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◎ 構成について
双調。五十四字。仄韻一韻到底。韻式は「aaa aaa」。韻脚は「渡處暮 素數去」で、第四部去声主として七遇。この作品の平仄は次の通り :
●●○○,
●○○●。(韻)
○○●●○○●。(韻)
●○○●●○○,
●○○●○○●。(韻)
●●○○,
●○●●。(韻)
○○●●○○●。(韻)
○○●●●○○,
●○○●○○●。(韻)
2002. 3. 2 3. 3 3. 4 3. 5 3. 6完 2004. 8.29補 2009.11.11 2011. 2.28 |
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