春江花月夜
	張若虚

春江の潮水　　海に連つらなりて平たひらかに，
海上の明月　　潮うしほと共に生ず。
灩灩えんえん　　波に隨したがひて　千萬里せんばん り ，
何處いづこの　春江か　　月明げつめい　無からん。
江流かうりう　宛轉ゑんてんとして　　芳甸はうでんを遶めぐり，
月は　花林を照らして　皆　　霰あられに似たり。
空裏くう り の流霜りうさう　　飛ぶを覺えず，
汀上ていじゃうの白沙はく さ 　　看みれども見えず。
江天かうてん 一色　　纖塵せんぢん 無く，
皎皎けうけうたる 空中　　月輪 孤こなり。
江畔かうはん　何いづれの人か　　初めて月を見，
江月かうげつ　何いづれの年か　　初めて人を照らしし。
人生　代代だいだい　　窮きはまりて已やむこと無く，
江月　年年　　相あひ似にるを望のぞむ。
知らず　江月　　何人なんぴとをか待ち，
但ただ見る　長江　　流水を送るを。
白雲　一片　　去りて悠悠いういう，
青楓せいふう　浦上ほじゃう　　愁うれひに勝たへず。
誰家たれぞ　今夜　　扁舟へんしうの子し，
何處いづこの相思さう し か　　明月の樓。
憐む可べし　樓上に　　月 裴回はいくゎいし，
應まさに離人 り じんを照らして　　鏡臺に妝よそほふべし。
玉戸ぎょくこ簾中れんちゅう　　卷けども去らず，
擣衣たう い の砧上ちんじゃう　　拂はらへども還また來たる。
此の時　相あひ望めども　　相あひ聞こえず，
願はくは月華を逐おひて　　流れて君を照らさん。
鴻雁こうがん　長く飛びて　　光　度わたらず，
魚龍ぎょりょう　潛ひそみ躍をどりて　　水　文もんを成す。
昨夜　�鞨Kかんたんに　　落花を夢み，
憐む可べし　春 半ばにして　　家に還かへらず。
江水　春を流して　去り　 盡つきんと欲ほっし，
江潭かうたんの落月　　復また 西に斜く。
斜月しゃげつ　沈沈ちんちんとして　　海霧かい む に藏かくれ，
碣石けっせき　瀟湘せうしゃう　　無限の路。
知らず　月に乘じて　　幾人いくにんか歸る，
落月　情を搖ゆるがして　　江樹に滿つ。


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◎　私感註釈

※張若虚：初唐の詩人。揚州の人。官は兗州兵曹に至る。賀知章、張旭、包融とともに「呉中の四士」と称された。生没年不詳。

※春江花月夜：春の川の上にかかった花を照らす明月の夜。隋・煬帝に『春江花月夜』「暮江平不動，春花滿正開。流波將月去，潮水帶星來。」がある。　・春江：春の川。　・花月：花を照らす月。また、花と月。ここは、前者の意。　*月を歌うものに李白の『把酒問月』「��天有月來幾時，我今停杯一問之。人攀明月不可得，月行卻與人相隨。皎如飛鏡臨丹闕，�拷喧ﾅ盡�C輝發。但見宵從海上來，寧知曉向雲�陝刀B白兔搗藥秋復春，娥孤棲與誰鄰。今人不見古時月，今月曾經照古人。古人今人若流水，共看明月皆如此。唯願當歌對酒時，月光長照金樽裏。 」や、北宋・蘇軾の『水調歌頭』「明月幾時有？把酒問��天。不知天上宮闕，今夕是何年。我欲乘風歸去，又恐瓊樓玉宇，高處不勝寒。起舞弄�C影，何似在人間！　　　轉朱閣，低綺戸，照無眠。不應有恨，何事長向別時圓？人有悲歡離合，月有陰晴圓缺，此事古難全。但願人長久，千里共嬋娟。」がある。

※春江潮水連海平：春の川口に満ちてくる潮（うしお）は、海にまでずっと連なって平（たいら）かになって。　　・潮水：うしお。　・連：つながる。つらなる。唐・王昌齡に『芙蓉樓送辛漸』「寒雨連江夜入呉，平明送客楚山孤。洛陽親友如相問，一片冰心在玉壺。」、趙『江樓書感』に「獨上江樓思渺然，月光如水水連天。同來翫月人何處，風景依稀似去年。」 とある。　・平：たいらかである。

※海上明月共潮生：海上に明月が潮の満ちてくるのと共に出てきた。　*潮の干満は、月の動き（位置）と関係があることを経験的に分かっており、そのさまを詠う。　・明月：明るく澄み渡った月。名月。　・潮生：上げ潮で潮（うしお）が満ちて漲（みなぎ）ってくることを謂う。後世、北宋の蘇舜欽は『淮中晩泊犢頭』で、「春陰垂野草����，時有幽花一樹明。晩泊孤舟古祠下，滿川風雨看潮生。」と使う。

※灩灩隨波千萬里：浪が光って連なり続くこと千萬里。　・灩灩：〔えんえん；yan4yan4●●〕月の光が水に映じて光るさま。水の溢れるさま。　・隨波：波とともに。　・千萬里：遥かな距離を表す。

※何處春江無月明：どこの春の川に、月が明かるく照らしかけることが無かろうか。　・何處…無…：どこの…に…が無かろうか。どこも全て…だ。　・月明：月明かり。

※江流宛轉遶芳甸：川の流れは、曲がりくねって、花の咲いている郊外をめぐり。　・江流：川の流れ。　・宛轉：〔ゑんてん；wan3zhuan3●●〕ゆるやかに曲がりめぐるさま。ゆるやかに舞うさま。眉が美しく曲がるさま。顔かたちの美しいさま。≒婉轉、蜿轉。劉希夷『白頭吟』（代悲白頭翁）「公子王孫芳樹下，清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍，將軍樓閣畫�~仙。一朝臥病無人識，三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時，須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地，惟有黄昏鳥雀悲。」や、白居易は『長恨歌』で「漁陽鼓動地來，驚破霓裳羽衣曲。九重城闕煙塵生，千乘萬騎西南行。翠華搖搖行復止，西出都門百餘里。六軍不發無奈何，宛轉蛾眉馬前死。花鈿委地無人收，翠翹金雀玉掻頭。君王掩面救不得，回看血涙相和流。」と使う。　・遶：〔ぜう；rao3●〕めぐる。ぐるりと（つるがまきつくように）まといめぐる。　・芳甸：〔はうでん；fang1dian4○●〕花のかぐわしい春の郊外。

※月照花林皆似霰：月は、花の咲いている木々を照らして、（明るく浮き上がって）霰（あられ）のようである。　・花林：花のはやし。美人の群。ここは、前者の意。　・霰：〔せん；xian4●〕あられ。

※空裏流霜不覺飛：（地上に降りる前には）空中を飛ぶ（といわれる）霜は、飛んでいるのが分からなくて。　・空裏：空中（の）。後出に「空中」とあるが「空裏」と「空中」の違いは意味の上ではないが平仄上使い分けている。この句は「●●○○●●○」とすべき句で、「空裏（○●）」は「●●」とすべきところで使い、「空中（○○）」は」とすべきところで使う。正確な使い分け。　・流霜：〔りうさう；liu2shuang1○○〕空中の飛ぶ霜。これが降って地上の霜となる（と考えられたもの）。　・不覺：気づかない。分からない。

※汀上白沙看不見：汀（なぎさ）の白い砂は、（月光の白さか、砂の白さか、共に白く輝いて）看ようとしても見えない。　・汀上：渚（の/に）。　・白沙：白い砂。　・看不見：見えない。見あたらない。見ることが出来ない。　*この表現は、見ることができないことを表す。この肯定は「看得見」。

※江天一色無纖塵：川の上の空は一色で、細かな塵は無く。　・江天：川の上の空。　・纖塵：〔せんぢん；xian1chen2○○〕細かいちり。下記の青字参照。

※皎皎空中孤月輪：空中に白く輝いている月影は、（星影が無く）ぽつりと一つだけである。　・皎皎：〔けうけう；jiao3jiao3●●〕明るく光るさま。白いさま。*後世、李白は前出『把酒問月』で「皎如飛鏡臨丹闕，�拷喧ﾅ盡�C輝發。 」と詠う。　・空中：空中（に）。前出に「空裏」とあるが、平仄上の使い分け。この句は「●●○○●●○」とすべき句で、「空中（○○）」は「○○」とすべきところで使い、「空裏（○●）」は「●●」とすべきところで使う。ここも正確な使い分け。　・孤：ひとり。　・月輪：つき。円い月。

※江畔何人初見月：川辺では、誰が初めて月を見たのだろうか。　*後世、李白は前出『把酒問月』で「今人不見古時月，今月曾經照古人。」と詠い、張若虚に答を出している。　・江畔：河のたもと。川縁。　・何人：だれ。

※江月何年初照人：川の月は、いつ頃、初めて人を照らしたのだろうか。　・江月：川の上に出た月。　・何年：いつ。

※人生代代無窮已：人の生命は、代々、窮まってやむということは、無く。　・人生：人が生まれて（死ぬまで）。　・代代：歴代。代を重ねること。多くの世。　・窮已：窮め尽くす。

※江月年年祗相似：川の月は、年々、ただひたすら似通っている。　・年年：毎年。　・祗：ただ。≒只。　・相似：たがいに似る。唐の劉希夷『白頭吟（代悲白頭翁）』に「年年歳歳花相似，歳歳年年人不同。」とある。

※不知江月待何人：川の上の月は、誰を待っているのだろうか。　・不知：分からない。…かもしれない。知らずや。

※但見長江送流水：ただ、長江が流れゆく水（＝流れ行く時間）を送っているのを見ているだけである。　・但見：ただ…だけがみえる。　前出・李白の『把酒問月』に「但見宵從海上來，寧知曉向雲�陝刀B白兔搗藥秋復春，娥孤棲與誰鄰。」や、前出・唐の劉希夷『白頭吟（代悲白頭翁）』に「洛陽城東桃李花，飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色，行逢落花長歎息。今年花落顏色改，明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪，更聞桑田變成海。古人無復洛城東，今人還對落花風。年年歳歳花相似，歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子，應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐，伊昔紅顏美少年。公子王孫芳樹下，�C歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍，將軍樓閣畫�~仙。一朝臥病無人識，三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時，須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地，惟有黄昏鳥雀悲。」とある。後世、北宋・蘇軾の『水調歌頭』「明月幾時有？把酒問��天。不知天上宮闕，今夕是何年。我欲乘風歸去，又恐瓊樓玉宇，高處不勝寒。起舞弄�C影，何似在人間！　　　轉朱閣，低綺戸，照無眠。不應有恨，何事長向別時圓？人有悲歡離合，月有陰晴圓缺，此事古難全。但願人長久，千里共嬋娟。」と使う。「ただ」には「惟・唯」字がある。東晉・陶潛の 『擬古・九首』其八に「少時壯且�氏C撫劍獨行遊。誰言行遊近，張掖至幽州。饑食首陽薇，渇飮易水流。不見相知人，惟見古時丘。路邊兩高墳，伯牙與莊周。此士難再得，吾行欲何求。」とあり、李白の『黄鶴樓送孟浩然之廣陵』に「故人西辭黄鶴樓，煙花三月下揚州。孤帆遠影碧空盡，惟見長江天際流。」とあり、李白は『戰城南』で「去年戰桑乾源，今年戰葱河道。洗兵條支海上波，放馬天山雪中草。萬里長征戰，三軍盡衰老。匈奴以殺戮爲耕作，古來唯見白骨黄沙田。」とし、白居易の『琵琶行』「轉軸撥絃三兩聲，未成曲調先有情。絃絃掩抑聲聲思，似訴平生不得志。低眉信手續續彈，説盡心中無限事。輕慢撚抹復挑，初爲霓裳後�麹�。大絃如急雨，小絃切切如私語，切切錯雜彈，大珠小珠落玉盤。間關鶯語花底滑，幽咽泉流氷下難。氷泉冷澀絃凝絶，凝絶不通聲暫歇。別有幽愁暗恨生，此時無聲勝有聲。銀瓶乍破水漿迸，鐵騎突出刀槍鳴。曲終收撥當心畫，四絃一聲如裂帛。東船西舫悄無言，唯見江心秋月白。」とし、また、曹操の『短歌行』に「對酒當歌，人生幾何。譬如朝露，去日苦多。慨當以慷，憂思難忘。何以解憂，唯有杜康。」や、李白の『將進酒』に「君不見黄河之水天上來，奔流到海不復回。君不見高堂明鏡悲白髮，朝如青絲暮成雪。人生得意須盡歡，莫使金尊空對月。天生我材必有用，千金散盡還復來。烹羊宰牛且爲樂，會須一飮三百杯。岑夫子，丹丘生。將進酒，杯莫停。與君歌一曲，請君爲我傾耳聽。鐘鼓饌玉不足貴，但願長醉不用醒。古來聖賢皆寂寞，惟有飮者留其名。陳王昔時宴平樂，斗酒十千恣歡謔。主人何爲言少錢，徑須沽取對君酌。五花馬，千金裘。呼兒將出換美酒，與爾同銷萬古愁。」とあり、劉長卿は『尋盛禪師蘭若』で「秋草黄花覆古阡，隔林何處起人煙。山僧獨在山中老，唯有寒松見少年。」や、後世、北宋・蘇軾の『江城子』乙卯正月二十日夜記夢には「十年生死兩茫茫，不思量。自難忘。千里孤墳，無處話淒涼。縱使相逢應不識，塵滿面，鬢如霜。　　　夜來幽夢忽還�ｸ。小軒窗，正梳妝。相顧無言，惟有涙千行。料得年年腸斷處，明月夜，短松岡。」と使い、司馬光『居洛初夏作』「四月清和雨乍晴，南山當戸轉分明。更無柳絮因風起，惟有葵花向日傾。」と使う。　・見：見みえる。　・長江：大江。揚子江。　・流水：河の水が流れること。年月の経過を云う詩詞の表現。『論語・子罕』「子在川上曰：逝者如斯夫！不舎昼夜。」からきている。前出・李白は『把酒問月』で「古人今人若流水 」と詠う。

※白雲一片去悠悠：白雲が一ひら、悠悠と去っていき。　盛唐・崔��は『黄鶴樓』で「昔人已乘白雲去，此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返，白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹，芳草萋萋鸚鵡洲。日暮�ｸ關何處是，煙波江上使人愁。」と使う。　・一片：ひとかけら。前出唐・王昌齡に『芙蓉樓送辛漸』「寒雨連江夜入呉，平明送客楚山孤。洛陽親友如相問，一片冰心在玉壺。」や、盛唐・李白の『子夜呉歌』「長安一片月，萬戸擣衣聲。秋風吹不盡，總是玉關情。何日平胡虜，良人罷遠征。」の「一片」は、意味がやや異なる。中唐・白居易は『聞夜砧』で「誰家思婦秋擣帛，月苦風凄砧杵悲。八月九月正長夜，千聲萬聲無了時。應到天明頭盡白，一聲添得一莖絲。」と使う。　・悠悠：遠くはるかなさま。のんびりしたさま。行くさま。とりとめのないさま。長く久しいさま。

※青楓浦上不勝愁：緑色の楓（かえで）が水辺で、愁いに耐えられない風情である。　・青楓：青いカエデ。また、河の名。　・不勝：〔ふしょう；bu4(*)sheng1●○〕…に堪えない。「勝」：〔しょう；sheng1○平韻字〕たえる。こらえる。しのぐ。　なお、〔しょう；sheng4●仄韻字〕は、勝つ。おさえる。まさる。（ただし、現代語では、どちらも後者の発音〔sheng4〕。）ここの用法では平韻字での意味。平韻字としての用例には、李白の『蘇臺覽古』「舊苑荒臺楊柳新，菱歌�C唱不勝春（○○○●●○○）。只今惟有西江月，曾照呉王宮裡人。」や、杜甫の『春望』「國破山河在，城春草木深。感時花濺涙，恨別鳥驚心。烽火連三月，家書抵萬金。白頭掻更短，渾欲不勝簪。」や、白居易『楊柳枝』其三に「依依嫋嫋復青青，勾引清風無限情。白雪花繁空撲地，�阪N條弱不勝鶯。（●○○●●○○）」 や、劉禹錫の『與歌者何戡』「二十餘年別帝京，重聞天樂不勝情（○○○●●○○）。舊人唯有何戡在，更與殷勤唱渭城。」や、蘇軾の『水調歌頭』「明月幾時有？把酒問��天。不知天上宮闕，今夕是何年。我欲乘風歸去，又恐瓊樓玉宇，高處不勝寒（○●●○○）。起舞弄�C影，何似在人間！」や、劉綺莊の『揚州送人』に「桂楫木蘭舟，楓江竹箭流。故人從此去，望遠不勝愁（◎●●○○）。落日低帆影，歸風引櫂謳。思君折楊柳，涙盡武昌樓。」などがある。

※誰家今夜扁舟子：誰だろうか、この夜に小舟に乗って出てきた者は。　・誰家：だれ。どこ。「家」字の意味は強くない。唐・劉希夷の『白頭吟（代悲白頭翁）』「洛陽城東桃李花，飛來飛去落誰家。」、白居易の『聞夜砧』の「誰家思婦秋擣帛，月苦風凄砧杵悲。八月九月正長夜，千聲萬聲無了時。」 、白居易の『竹枝』「江畔誰家唱竹枝，前聲斷咽後聲遲。怪來調苦縁詞苦，多是通州司馬詩。」や、晩唐・蜀・韋莊『思帝郷』「春日遊，杏花吹滿頭。陌上誰家年少、足風流。妾擬將身嫁與、一生休。縱被無情棄，不能羞。」、両宋・張元幹『石州慢』の「己酉秋呉興舟中作」に「雨急雲飛，瞥然驚散，暮天涼月。誰家疏柳低迷，幾點流螢明滅。夜帆風駛，滿湖煙水蒼茫，菰蒲零亂秋聲咽。夢斷酒醒時，倚危檣�C絶。　　心折，長庚光怒，群盗縱横，逆胡猖獗。欲挽天河，一洗中原膏血。兩宮何處？塞垣只隔長江，唾壺空撃悲歌缺。萬里想龍沙，泣孤臣呉越。」もこれと同義。なお、漢・樂府の『蒿里曲』「蒿里誰家地，聚斂魂魄無賢愚。鬼伯一何相催促，人命不得少踟。」や、魏・曹植の『白馬篇』の「白馬飾金羈，連翩西北馳。借問誰家子，幽并遊侠兒。少小去�ｸ，揚聲沙漠垂。宿昔秉良弓，矢何參差。」は本義か。　・扁舟：小さな舟。ひらべったい小舟。　・子：人。男性。

※何處相思明月樓：何処（どこ）の恋心を抱いた者なのだろうか、明月の射す高殿（たかどの）に登っているのは。 　・何處：どこ。　・相思：相手を思い遣る。互いに恋い慕う。　・明月樓：月明かりのたかどの。

※可憐樓上月裴回：かわいそうに、高殿の上で明月に照らされて徘徊し。　・可憐：心が強く動かされるさま。かわいそうである。あわれむべし。前秦・苻融の『企喩歌』「男兒可憐蟲，出門懷死憂。尸喪狹谷中，白骨無人收。」や唐・劉希夷の『白頭吟（代悲白頭翁）』「洛陽城東桃李花，飛來飛去落誰家。洛陽女兒惜顏色，行逢落花長歎息。今年花落顏色改，明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪，更聞桑田變成海。古人無復洛城東，今人還對落花風。年年歳歳花相似，歳歳年年人不同。寄言全盛紅顏子，應憐半死白頭翁。此翁白頭眞可憐，伊昔紅顏美少年。」、陳子昂の『題祀山烽樹贈喬十二侍御』「漢庭榮巧宦，雲閣薄邊功。可憐馬使，白首爲誰雄。」、中唐・白居易の『長恨歌』「漢皇重色思傾國，御宇多年求不得。楊家有女初長成，養在深閨人未識。天生麗質難自棄，一朝選在君王側。回眸一笑百媚生，六宮粉黛無顏色。春寒賜浴華�C池，温泉水滑洗凝脂。侍兒扶起嬌無力，始是新承恩澤時。雲鬢花顏金歩搖，芙蓉帳暖度春宵。春宵苦短日高起，從此君王不早朝。承歡侍宴無�濶ﾉ，春從春遊夜專夜。後宮佳麗三千人，三千寵愛在一身。金屋妝成嬌侍夜，玉樓宴罷醉如春。姉妹弟兄皆列土，可憐光彩生門戸。」 や、同・白居易の『賣炭翁』「賣炭翁，伐薪燒炭南山中。滿面塵灰煙火色，兩鬢蒼蒼十指�K。賣炭得錢何所營，身上衣裳口中食。可憐身上衣正單，心憂炭賤願天寒。夜來城外一尺雪，曉駕炭車輾氷轍。牛困人飢日已高，市南門外泥中歇。翩翩兩騎來是誰，黄衣使者白衫兒。手把文書口稱敕，迴車叱牛牽向北。一車炭重千餘斤，宮使驅將惜不得。半匹紅綃一丈綾，繋向牛頭充炭直。」や、 元・無名氏の『醉太平』〔正宮調〕「堂堂大元，奸佞專權，開河變鈔禍根原，惹紅巾萬千。官法濫，刑法重，黎民怨；人喫人，鈔買鈔，何曾見；賊做官，官做賊，混賢愚；哀哉可憐。」 と、多義に亘る。　・樓上：高殿（たかどの）の上（で）。　・裴回：〔はいくゎい；pei2huai2○○〕ぶらぶら歩き回る。たちもとおる。≒徘徊：〔はいくゎい；pai2huai2○○〕さまよう。ぶらぶら歩く。行ったり来たりする。うろつく。唐・劉希夷（劉廷芝）『公子行』「天津橋下陽春水，天津橋上繁華子。馬聲迴合青雲外，人影動搖�鵠g裏。�鵠g蕩漾玉爲砂，青雲離披錦作霞。可憐楊柳傷心樹，可憐桃李斷腸花。此日遨遊邀美女，此時歌舞入娼家。娼家美女鬱金香，飛去飛來公子傍。的的珠簾白日映，娥娥玉顏紅粉妝。花際裴回雙蝶，池邊顧歩兩鴛鴦。傾國傾城漢武帝，爲雲爲雨楚襄王。古來容光人所羨，況復今日遙相見。願作輕羅著細腰，願爲明鏡分嬌面。與君相向轉相親，與君雙棲共一身。願作貞松千歳古，誰論芳槿一朝新。百年同謝西山日，千秋萬古北塵。」 や、曹植の『七哀詩』に「明月照高樓，流光正徘徊。上有愁思婦，悲歎有餘哀。借問歎者誰，言是客子妻。君行踰十年，孤妾常獨棲。君若�C路塵，妾若濁水泥。浮沈各異勢，會合何時諧。願爲西南風，長逝入君懷。君懷良不開，賤妾當何依。」とある。この曹植『七哀詩』では、「徘徊」するのは「明月」であるが、李白の『月下獨酌』「花間一壼酒，獨酌無相親。舉杯邀明月，對影成三人。月既不解飮，影徒隨我身。暫伴月將影，行樂須及春。我歌月徘徊，我舞影零亂。醒時同交歡，醉後各分散。永結無情遊，相期雲漢。」でも「徘徊」するのは「月」。顧況の『聽角思歸』「故園黄葉滿��苔，夢後城頭曉角哀。此夜斷腸人不見，起行殘月影徘徊。」、北宋・曾鞏の『虞美人草』「鴻門玉斗紛如雪，十萬降兵夜流血。咸陽宮殿三月紅，覇業已隨煙燼滅。剛強必死仁義王，陰陵失道非天亡。英雄本學萬人敵，何用屑屑悲紅粧。三軍散盡旌旗倒，玉帳佳人坐中老。香魂夜逐劍光飛，��血化爲原上草。芳心寂莫寄寒枝，舊曲聞來似斂眉。哀怨徘徊愁不語，恰如初聽楚歌時。滔滔逝水流今古，漢楚興亡兩丘土。當年遺事久成空，慷慨樽前爲誰舞。」 とある。

※應照離人妝鏡臺：（月光は）離れたところにいる人（女性）の化粧の鏡台を、きっと照らし出していることだろう。　・應：きっと…だろう。まさに…べし。　・離人：土地を離れていった人。自分の側から離れていった人。旅人。　・妝：（女性が）よそおう。　・鏡臺：鏡を立てた化粧や身繕いをするための台。

※玉戸簾中卷不去：美しい建物に入り、窓の簾の中から巻いても、（月光は）巻き取ることができなく。　・玉戸：女性のいる素晴らしい建物。「遮戸」とすれば、月光を戸を閉めてさえぎる。　・簾中：カーテンの内側。みすの内側。室内。身分の高い女性の居処。　・卷：（カーテン・すだれを）巻き上げる。動詞。　・-不去：…できない。…しても…行かない。動作の結果（方向、傾向）の不可能を表す。　・卷不去：巻いても、巻き取とれない。なお、前出・隋・煬帝の『春江花月夜』「暮江平不動」に似た構文だが異なる。前者は「得」字が入れられる表現であり、後者は「而」が入る表現。

※擣衣砧上拂還來：（夫を思って）衣を擣（う）つの砧（きぬた）の上から（月光を）払っても、（月光）還（また）やって来る。　・擣衣：〔たうい；dao3yi1●○〕着物を洗って石などの上に載せ、棒で打つ。衣を擣（う）つ。きぬたを打つ。後世、盛唐・李白は『子夜呉歌』で「長安一片月，萬戸擣衣聲。秋風吹不盡，總是玉關情。何日平胡虜，良人罷遠征。」や、中唐・白居易は『聞夜砧』で「誰家思婦秋擣帛，月苦風凄砧杵悲。八月九月正長夜，千聲萬聲無了時。應到天明頭盡白，一聲添得一莖絲。」と使う。 　・砧上：きぬたの上。　・拂：はらう。　・還來：帰ってくる。

※此時相望不相聞：この時、（わたしは、月と）向き合えても、（相手の）安否は問えないので。　・相望：向き合う。目と鼻の先にある。　・相聞：（相手の）安否を問う。

※願逐月華流照君：叶うことならば月影を追って、君を照らし出したい。　・願：願うことには、…でありたい。願わくは。　・逐：追う。　・月華：月の光。　・流：へめぐる。

※鴻雁長飛光不度：鴻雁（＝カリ）は、遥かに飛んで北へ行ったので光が届かずに。（わたしの思いの雁信（雁帛＝たより）は届くことなく）。　・鴻雁：〔こうがん；hong2yan4○●〕かり。大きなかり。雁信（雁帛＝たより）の意も含む。かけことば。　・長飛：（距離を）遠くまで飛ぶ。　・不度：届かない。

※魚龍潛躍水成文：魚や龍は、水に潜（ひそ）んでいたところを躍（おど）り上がって、水面に波紋が出来るばかりである。（わたしの文（ふみ）（鯉素＝たより）は故郷へ届くことがない）。　・魚龍：魚や龍。うろこのある動物。魚書（鯉素＝たより）の意も含む。かけことば。　・潛躍：（魚が）水中にもぐったりはねたりする。　・成文：もようができる。もようになる。ここでは､波紋ができることになる｡また「文」で手紙の意もある。かけことば。

※昨夜�鞨K夢落花：昨夜、静かな深い池の畔で、（春も終わりを迎えて）花の散るのを夢みたが。　・�鞨K：ひっそりとした深い池。　・落花：（春の季節も終わりを迎えて）花が散る（時季となる）。

※可憐春半不還家：なんとまあ、（季節も移りすぎ）春も半ばになるのに、故郷の家にまだ帰れない。　*『王孫歸』を踏まえている。『憶王孫』、南齊・謝の『王孫遊』「�国趨�如絲，雜樹紅英發。無論君不歸，君歸芳已歇。」 としてよく使われる。もと、貴人の子弟の意で、『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸，春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊，蛄鳴兮啾啾。」を指す。そこでの王孫とは、楚の王族である屈原のこと。劉希夷の『白頭吟（代悲白頭翁）』「公子王孫芳樹下，清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍，將軍樓閣畫�~仙。一朝臥病無人識，三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時，須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地，惟有黄昏鳥雀悲。」 や韋荘の『�C平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。　　盡日相望王孫，塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛，駐馬西望消魂。」 がある。王維は『送別』で「山中相送罷，日暮掩柴扉。春草明年�香C王孫歸不歸。」 と使う。　　・春半：春も半ばになる。故郷を旅だって月日が流れたことを謂う。　・還家：故郷や家へ帰る。

※江水流春去欲盡：川の水が春を流し去って尽きてしまおうとして。　・流春：春の時季を移ろわせる。　・欲盡：尽きようとする。

※江潭落月復西斜：川の深い淵に月影を落として、また西に斜いていった。　・江潭：大きな河や深い池。屈原が彷徨った場所でもある。『楚辞・漁父』に「屈原既放，游於江潭，行吟澤畔，顏色憔悴，形容枯槁。」とある。　・復：また。再び。　・西斜：西空に沈もうとする。

※斜月沈沈藏海霧：斜めの月は、ひっそりと海の霧に隠れてしまい。　・斜月：入りかかった月。残月。斜めに傾く月。　・沈沈：静まりひっそりしたさま。かくれるさま。　・海霧：海の上に出るきり。

※碣石瀟湘無限路：（北方の極みの河北の）碣石（けっせき）山や、（南方の極みの湖南の）瀟湘（しょうしょう）は、限り無く遥かな路程のところだ。＝北の涯や南の涯の遥かなところ。　・碣石：〔けつせき；Jie2shi2●●〕山の名。禹の時代、黄河の沿岸にあった。現在北京の真東２００キロメートル北戴河、秦皇島市の東南すぐ。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）「唐　河北道南部」４８−４９ページや、『中国地図集』「河北省」にある。『中国史稿地図集』上冊（郭沫若主編　中国地図出版社）にはない。孔子編纂『尚書・禹貢』に「導岍及岐，至於荊山，逾於河；壺口、雷首，至於太嶽；底柱、析城，至於王屋；太行、恆山，至於碣石，入於海。」とある。 　・瀟湘：〔せうしゃう；Xiao1xiang2○○〕（六朝までの詩では）湘水のこと。「清らかな湘江」の意。また、〔せう・しゃう；Xiao1Xiang2○○〕として（唐詩では）瀟水と湘水とが合して洞庭湖南部に注いでいる地。「瀟江と湘江」の意。この作品は初唐で後者の意。なお、『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）「江南西道」などには、地名としてはない。　・無限路：限りなく遠い路程。

※不知乘月幾人歸：月明かりに乘じて、どれほどの人（の心）が歸ることであろうか、分かるものではないが。　・乘月：月明かりに乗じて。（家に帰る事をするのに）名月であるという状況をうまく利用する。　・幾人：どれほどの人。何人（が）。　・歸：（家・故郷・墓など本来帰るべき所に）もどる。帰る。

※落月搖情滿江樹：川辺に繁った木々に月影を落として、感情を揺り動かしている。　・搖情：心を揺り動かす。　・滿江樹：川辺の樹木に（月光が）満ちている。また、川辺いっぱいに繁った樹木。

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◎　構成について

　韻式は、「ＡＡＡｂｂｂＣＣＣｄｄｄＥＥＥＦＦＦＧＧＧＨＨＨｉｉｉ」。韻脚は「平生明　甸霰見　塵輪人　已似水　悠愁樓　回臺來　聞君文　花家斜　霧路樹」で、平水韻の正格。この作品の平仄は、次の通り。

○○○●○●○，（A韻）平
●●○●●○○。（A韻）生
●●○○○●●，
○●○○○●○。（A韻）明
○○●●●○●，（ｂ韻）甸
●●○○○●●。（ｂ韻）霰
○●○○●●○，
○●●○◎●●。（ｂ韻）見
○○●●○○○，（C韻）塵
●●○○○●○。（C韻）輪
○●○○○●●，
○●○○○●○。（C韻）人
○○●●○○●，（ｄ韻）已
○●○○●○●。（ｄ韻）似
●○○●●○○，
●●○○●○●。（ｄ韻）水
●○●●●○○，（E韻）悠
○○●●●○○。（E韻）愁
○○○●●○●，
○●○○○●○。（E韻）楼
●○○●●○○，（F韻）回
○●○○○●○。（F韻）台
●●○○●●●，
●○●●●○○。（F韻）来
●○○◎●○○，（G韻）聞
●●●○○●○。（G韻）君
○●○○○●●，
○○○●●○○。（G韻）文
●●○○●●○，（H韻）花
●○○●●○○。（H韻）家
○●○○●●●，
○○●●●○○。（H韻）斜
○●○○○●●，（ｉ韻）霧
●●○○○●●。（ｉ韻）路
●○○●●○○，
●●○○●○●。（ｉ韻）樹

２００８．　７．１４ 　　　　　　７．１５ 　　　　　　７．１６ 　　　　　　７．２３ 　　　　　　７．２４ 　　　　　　７．２５完 　　　　　　８．　７補 ２０１０．１０．　５ ２０１１．１２．２６ ２０１３．　７．２６

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