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三月三十日,
春歸日復暮。
惆悵問春風,
明朝應不住。
送春曲江上,
拳拳東西顧。
但見撲水花,
紛紛不知數。
人生似行客,
兩足無停歩。
日日進前程,
前程幾多路。
兵刃與水火,
盡可違之去。
唯有老到來,
人間無避處。
感時良爲已,
獨倚池南樹。
今日送春心,
心如別親故。
送春
三月 三十日,
春 歸り 日 復た暮れんとす。
惆悵として 春風に問ふに:
「明朝 應(まさ)に住(とど)まらざるべし」と。
春を送る 曲江の上(ほとり),
拳拳として 東西に顧みる。
但(た)だ見る 水を撲(う)つ花,
紛紛として 數を知らず。
人生は 行客に 似て,
兩足 歩を 停(とど)むる 無し。
日日 前程に 進む,
前程 幾多の路ぞ。
兵刃と水火とは,
盡(ことごと)く 之(これ)を 違(たが)へて 去る 可(べ)し。
唯(た)だ 老いの到來する有るは,
人間 避くる處 無し。
時に感じては 良(まこと)に 已(や)みぬと 爲(な)して,
獨(ひと)り 池南の樹に 倚(よ)る。
今日 春を送るの心,
心は 親故に 別るるが 如し。
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◎ 私感註釈
※白居易:中唐の詩人。772年(大暦七年)〜846年(會昌六年)。字は楽天。号は香山居士。官は武宗の時、刑部尚書に至る。平易通俗の詩風といわれるが、詩歌史上、積極的な活動を展開する。晩年仏教に帰依する。
※送春:春の帰りゆくのを送る。
※三月三十日:陰暦の春季最後の日。なお、翌四月一日は、陰暦では夏に属する。白居易に『三月三十日題慈恩寺』「慈恩春色今朝盡,盡日裴回倚寺門。惆悵春歸留不得,紫藤花下漸黄昏。」があり、季節が過ぎゆき、年月が移り、残りの人生が減ってきていることを歎いたものである。同様のものに、杜甫の絶句『漫興』「二月已破三月來,漸老逢春能幾囘。莫思身外無窮事,且盡生前有限杯。」 などや、同・『曲江』「一片花飛減卻春,風飄萬點正愁人。且看欲盡花經眼,莫厭傷多酒入脣。江上小堂巣翡翠,苑邊高冢臥麒麟。細推物理須行樂,何用浮名絆此身。」 などがある。
※春歸日復暮:春が過ぎゆこうとし、日もまた暮れようとしている。 ・春歸:春が過ぎゆく。春が帰りゆく。 ・復:また。 ・暮:くれる。
※惆悵問春風:うらみなげいて春風に訊ねるが。 ・惆悵:〔ちうちゃう;chou2chang4○●〕うらみなげくさま。失意のさま。うれえ悲しむさま。 ・問:問いかける。
※明朝應不住:明日の朝は、きっともう留まってはいないだろうねえ。(春風の答えたことば) ・應:きっと…だろう。まさに…べし。 ・住:とどまる。
※送春曲江上:春を曲江池の畔で見送り。 ・曲江:長安東南にある曲江池。長安中心部より東南東数キロのところにある池の名。曲江池。 風光明媚な所で、杜甫も「朝囘日日典春衣,毎日江頭盡醉歸。酒債尋常行處有,人生七十古來稀。」と詠いながら、流離(さすら)った。前出『三月三十日題慈恩寺』を詠ったところでもある。 ・上:ほとり。場所を指す。
※拳拳東西顧:ねんごろに周りをかえりみれば。 ・拳拳:〔けんけん;quan2quan2○○〕勤めるさま。つつしむさま。ねんごろ。眷眷〔けんけん;juan4juan4●●〕顧(かえりみ)るさま。恋い慕うさま。 ・顧:かえりみる。
※但見撲水花:ただ(風に吹かれて)水面を打つ花だけが見える。 ・但見:ただ…だけが見える。 ・撲:〔ぼく;pu1●〕うちあう。うちたおす。
※紛紛不知數:乱れ散るのは数知れなく(多い)。 ・紛紛:〔ふんぷん;fen1fen1○○〕乱れ散るさま。混じり乱れるさま。杜甫の『貧交行』に「翻手作雲覆手雨,紛紛輕薄何須數。君不見管鮑貧時交,此道今人棄如土。」 とある。 ・不知數:多いこと。数知れない。
※人生似行客:人としてこの世に生きることは、旅人のようなものである。 ・人生:人としてこの世に生きること。人の生まれてから死ぬまでの間。 ・似:…のようだ。…に似ている。…の如くである。 ・行客:旅人。旅行者。陶淵明『雜詩十二首』其七に「日月不肯遲,四時相催迫。寒風拂枯條,落葉掩長陌。弱質與運,玄鬢早已白。素標插人頭,前途漸就窄。家爲逆旅舍,我如當去客。去去欲何之,南山有舊宅。」 とある。
※兩足無停歩:両足は、歩みをとめることはない。 ・停歩:歩みをとめる。
※日日進前程:日々前途に向かっている。 ・日日:来る日も来る日も。 ・前程:前途。
※前程幾多路:前途は、どれほどの道程か。 ・幾多:どれほどの。 ・路:ここでは、路程のことになる。
※兵刃與水火:戦火や水難・火災は。 ・兵刃:兵禍。戦火。ここでは人為的な災難のことをいう。 ・與:…と。 ・水火:水難と火災。自然に因る災害をいう。
※盡可違之去:ひたすら避けようと思えば(避けて)いける(が)。 ・盡可:ひたすら。かまわずに。どしどし。出来うる限り。むしろ。 ・違:避ける。 ・之:これ(を)。 ・去:さる。
※唯有老到來:ただ、老いの到来だけは。 ・唯有:ただ…だけはある。 ・老:老い。 ・到來:やって来る。訪れる。
※人間無避處:人の世では、避けて(逃げる)場所がない。 ・人間:〔じんかん;ren2jian1○○〕人の世。世間。 ・避處:避けて逃げるところ。逃避する場所。
※感時良爲已:時節の変異に、まことに「やんぬるかな」と感じるところがある。 ・感時:時世時節の変異に感じるところがある。国家の運命に感じるところがある。杜甫は『春望』で「國破山河在,城春草木深。感時花濺涙,恨別鳥驚心。烽火連三月,家書抵萬金。白頭掻更短,渾欲不勝簪。」とする。 ・良:まことに。副詞。 ・爲:(…と)なす。 ・已:やむ。おわる。陶淵明の『歸去來兮辭』「已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝ク不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘。登東皋以舒嘯,臨C流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」の「寓形宇内復幾時」(やんぬるかな(もうこれまでだ)。この肉体をこの世に仮住まいをさせていられるのは、あとまた、どれ程だろうか)をいう。
※獨倚池南樹:ひとりだけで、曲江池の南側の木に寄りかかって物思いに耽る。 ・獨倚:ひとりだけで…に寄りかかる。 *物思いに耽るさまを表す。 ・池南樹:ここでは、曲江池の南側の木のことになる。
※今日送春心:今日、春の季節がゆくのを送る思い(は)。 ・送春心:春の季節がゆくのを送る思い(は)。
※心如別親故:その思いは、親戚や知人に別れるかのようである。 ・如:…のようである。 ・別:別れる。 ・親故:親戚や知人。
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◎ 構成について
韻式は「AAAAAAAAAA」。韻脚は「暮住顧數歩路去處樹故」で、平水韻でいえば、去声七遇(樹數故顧暮住)。六御(處去)。蛇足になるが、この韻部は日本語の音では離れているように感ずるが、現代語(北方音)では近く、〔-u4〕韻になる。次の平仄は、この作品のもの。
○●○●●,
○○●●●。(韻)
○●●○○,
○○○●●。(韻)
●○●○●,
○○○○●。(韻)
●●●●○,
○○●○●。(韻)
○○●○●,
●●○○●。(韻)
●●●○○,
○○●○●。(韻)
○●◎●●,
●●●○●。(韻)
○●●●○,
○○○●●。(韻)
●○○○●,
●●○○●。(韻)
○●●○○,
○○●○●。(韻)
2004.11.28 11.29 12. 1 12. 2 12. 3完 2007. 4.22補 2017. 8.13 |
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