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落日山水好,
漾舟信歸風。
玩奇不覺遠,
因以縁源窮。
遙愛雲木秀,
初疑路不同。
安知清流轉,
偶與前山通。
捨舟理輕策,
果然愜所適。
老僧四五人,
逍遙蔭松柏。
朝梵林未曙,
夜禪山更寂。
道心及牧童,
世事問樵客。
暝宿長林下,
焚香臥瑤席。
澗芳襲人衣,
山月映石壁。
再尋畏迷誤,
明發更登歴。
笑謝桃源人,
花紅復來覿。
藍田山石門精舍
落日 山水 好く,
舟を漾(ただよ)はせて 歸風に信(まか)す。
奇を玩びて 遠き覺えず,
因って以って 源を縁(たづ)ねて窮(きは)めんとす。
遙かに 雲木の秀でたるを 愛するも,
初めは疑ふ 路 同じからざるかと。
安(いづくん)んぞ知らん 清流 轉じ,
偶(たまたま) 前山と 通ずるを。
舟を捨てて 輕策を 理(をさ)む,
果然 適(いた)れる所に愜(こころよ)し。
老僧 四五人,
逍遙して 松柏に蔭す。
朝梵 林 未だ曙けず,
夜禪 山 更に 寂たり。
道心 牧童に 及び,
世事 樵客(せうかく)に 問ふ。
暝(くれ)に宿る 長林の下(もと),
香を焚きて 瑤席に 臥(ふ)す。
澗芳 人衣を 襲ひ,
山月 石壁に 映ず。
再び尋ぬるに 迷誤を畏れたれば,
明發 更に 登歴せん。
笑ひて謝す 桃源の人,
花の紅なるとき 復(ま)た來りて覿(あ)はん。
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◎ 私感註釈
※王維:盛唐の詩人。701年(長安元年)?〜761年(上元二年)。字は摩詰。太原祁県(現・山西省祁県東南)の人。進士となり、右拾遺…尚書右丞等を歴任。晩年は仏教に傾倒した。
※藍田山石門精舍:藍田山に遊んだところ山奥に踏み迷って石門精舍に到ったが、そこは恰も武陵桃源のように浮世離れをしており、桃源郷に迷い込んだ、という詩。陶淵明の『桃花源記』を意識して作った。 ・藍田山:長安東南のところにある。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)40−41ページ「京畿道関内道」。玉山とも覆車山ともいう。藍田県東二十八里のところ(『元和郡県志』、玉を産出するので玉山という。藍田県東南三十里『長安志』)。この詩は作者が川から藍田山に出かけたときのもの。 ・石門精舍:藍田山にある寺院の名。或いは大興湯院か。 ・精舍:〔しゃうじゃ;jing1she4○●〕寺。寺院。学舎。梵語の訳語。智徳を精練する者の屋舎の意。
※落日山水好:夕日に(照り映える)山と川の自然の風景は素晴らしい(ので)。 ・落日:沈もうとする太陽。夕日。 ・山水:山と川。自然の風景。 ・好:よい。後世、晩唐の李商隱『登樂遊原』「向晩意不適,驅車登古原。夕陽無限好,只是近黄昏。」と使う。
※漾舟信歸風:舟を浮かべて、夕方に山に向かって帰るように吹く風にまかせて(進んだ)。 ・漾舟:舟を浮かべる。舟をただよわせる。 ・漾:〔やう;yang3●〕ただよわせる。波に揺れる。劉希夷(劉廷芝)の『公子行』に「天津橋下陽春水,天津橋上繁華子。馬聲廻合青雲外,人影搖動鵠g裏。鵠g蕩漾玉爲砂,青雲離披錦作霞。可憐楊柳傷心樹,可憐桃李斷腸花。此日遨遊邀美女,此時歌舞入娼家。娼家美女鬱金香,飛去飛來公子傍。的的珠簾白日映,娥娥玉顏紅粉妝。花際裴回雙蝶,池邊顧歩兩鴛鴦。」や、宋・賀鑄の『六州歌頭』「似黄梁夢,辭丹鳳,明月共,漾孤篷。官冗從,懷倥偬;落塵籠,簿書叢。」 に使う。 ・信:まかせる。「信馬」「信歩」の「信」。白居易の『魏王堤』「花寒懶發鳥慵啼,信馬闕s到日西。何處未春先有思,柳條無力魏王堤。」や、白居易の『長恨歌』に「天旋地轉迴龍馭,到此躊躇不能去。馬嵬坡下泥土中,不見玉顏空死處。君臣相顧盡霑衣,東望キ門信馬歸。」、また、李Uの『蝶戀花』「遙夜亭皋閑信歩。乍過C明,早覺傷春暮。數點雨聲風約住。 朦朦淡月雲來去。桃李依依春暗度。誰在秋千,笑裏低低語?一片芳心千萬緒,人間沒個安排處!」 とある。 ・歸風:夕方、山に向かって戻っていくように吹く風のことをいうか。劉綺莊の『揚州送人』に「桂楫木蘭舟,楓江竹箭流。故人從此去,望遠不勝愁。落日低帆影,歸風引櫂謳。思君折楊柳,涙盡武昌樓。」とある。
※玩奇不覺遠:変わった風景を愛(め)で味わっていると、遠くなっても気にしない。 ・玩奇:変わった風景を愛(め)で味わう。『全唐詩』では「探奇」ともする。その場合は、変わった風景をさぐる、の意。 ・不覺:思わない。感じない。気にしない。
※因以縁源窮:そのため、川の水源を尋ねよう(と思った)。 *後出・陶淵明の『桃花源記』に導く伏線でもある。 ・因以:それ故。…のために。 ・縁:(川の流れに沿って)尋ねる。動詞。後出・陶淵明の『桃花源記』でいえば「武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。」の「縁」でもある。 ・源窮:水源。
※遙愛雲木秀:(谷川の水源と思える辺りには)背の高い木が見事であり、遠くから愛(め)でていて(そこを目指して出発した)。 ・遙愛:遠くから愛(め)でている。 ・雲木:背の高い木。雲樹。 ・秀:立派である。
※初疑路不同:(谷川はだんだんと思った方向とは別の方へ行き、)最初のうち、もしや(雲樹の生えている所へ行く)川筋と違う(方向へ離れていく)のかとも思った。 ・初疑:歩き出したとき(この渓流はもしや目指している雲樹の生えている所へ行く川筋とは違う方向へ行く道かも知れないと)疑念を持った。 ・路不同:(谷川は、雲樹の生えている所へ行く川筋とは)違う方向へ行く川筋。
※安知清流轉:なんと、谷川の清流(作者の舟が辿っている川筋)が曲がっているとは、気が付かなかった。 ・安知:どうして分かろうか。いづくんぞ知らん。 ・安:いづくんぞ。反語。 ・知:分かる。知る。 ・清流:谷川の清らかな流れ。ここでは、作者はその清流沿いの道を辿っていることになる。 ・轉:向きを変える。まがる。
※偶與前山通:偶然にも(目指していた雲樹の生えている)前方の山と川筋が通じていた。 *後出・陶淵明の『桃花源記』の「便得一山。山有小口」のこと。 ・偶:たまたま。 ・與:…と。 ・前山:前にある(雲樹の生えている)山。 ・通:川筋が通じている。
※捨舟理輕策:舟から下りて軽く杖を弄して(行くと)。 ・捨舟:舟を下りる。舟に乗るのを止める。後出・陶淵明の『桃花源記』の「便舎船從口入」のこと。 ・理:ととのえる。処置する。さばく。 ・輕策:軽い杖。軽く杖つく。 ・策:つえ。
※果然所適:そこは、予期していたとおりのところで、辿り着いた所に満足している。 ・果然:予想通り。予期していたとおり。はたして。 ・所適:辿り着いた所には満足している。 ・:〔けふ;qie4●〕満足する。こころよい。 ・所適:辿り着いた場所。 ・適:(目的地に)辿り着いく。往(ゆ)く。
※老僧四五人:老僧が四五人。 ・老僧:僧侶。「老」は尊敬の感情をこめて使うことばでもあり、必ずしも、年老いた僧侶の意ではない。
※逍遙蔭松柏:松や柏の木蔭に、のびのびと満足したさまでいた。 ・逍遙:〔せうえう;xiao1yao2○○〕のびのびとして満足したさま。のんびりと気ままにぶらつくさま。ここは、前者の意。 ・蔭:日陰にしてかばう。おおう。かくす。かくれる。木が茂って陰を作る。動詞の意として使われる。 ・松柏:〔しょうはく;song1bo2(bai3)○●〕マツやコノテガシワの木。墓場に植えられた常緑の樹木。『楚辭・九歌・山鬼』「「山中人兮芳杜若,飲石泉兮蔭松柏。」とあり、『古詩十九首之十三』「驅車上東門,遙望郭北墓。白楊何蕭蕭,松柏夾廣路。下有陳死人,杳杳即長暮。潛寐黄泉下,千載永不寤。浩浩陰陽移,年命如朝露。人生忽如寄,壽無金石固。萬歳更相送,賢聖莫能度。服食求~仙,多爲藥所誤。不如飮美酒,被服與素。 」、東晋・陶潜の詩『諸人共游周家墓柏下』「今日天氣佳,清吹與鳴彈。感彼柏下人,安得不爲歡。」や、陶潛『擬古・九首』其四「松柏爲人伐」、また、唐・劉希夷の『白頭吟』(代悲白頭翁)「今年花落顏色改,明年花開復誰在。已見松柏摧爲薪,更聞桑田變成海。」、唐・沈期の『山』「北山上列墳塋,萬古千秋對洛城。城中日夕歌鐘起,山上唯聞松柏聲。」とある。
※朝梵林未曙:(僧侶の)朝の読経はまだ日が明けないうちに(始まり)。 ・朝梵:(僧侶の)朝の読経。 ・梵:〔ぼん;fan4●〕仏教に関する事柄に冠することば。 ・未曙:まだ日が明けない。 ・曙:〔しょ;shu4●〕あけぼの。あかつき。夜明け。ここでは、動詞の意で使われている。
※夜禪山更寂:夜の坐禅は、一層物静かである。 ・夜禪:夜の坐禅。
※道心及牧童:仏道に帰依する心情は、村の牧童にまで及んでおり。 ・道心:仏道に帰依する心情。菩提心。 ・及:およぶ。動詞。 ・牧童:羊や牛の世話をしている児童。村童。
※世事問樵客:俗世間の出来事は、きこりに尋ねた。 ・世事:俗世間の出来事。後世、韋応物の「寄李儋元錫」に「去年花裏逢君別,今日花開又一年。世事茫茫難自料,春愁黯黯獨成眠。身多疾病思田里,邑有流亡愧俸錢。聞道欲來相問訊,西樓望月幾迴圓。」と使う。 ・樵客:〔せうかく;qiao2ke4○●〕きこり。伝統的な発想では、樵客は、半ば俗界を離脱して、半ば仙界に踏み込んでいるという位置づけである。ここではその樵客に世間のことを尋ねるしかないという、の浮き世を超越したさまを強調している。
※暝宿長林下:日が暮れて(作者が)宿泊したところは背の高い木が繁っている深い森の脇で。 ・暝宿:〔めいしゅく;ming2su4◎●〕日が暮れて宿泊する。 ・長林:深い森。背の高い木が繁っている森。 *作者は寺院の宿坊で泊めてもらったのだろう。 ・林下:(官を辞めて)隠退するところ。 ・下:もと。近く。附近。
※焚香臥瑤席:香を焚いてから、美しい玉で飾ったかのような立派な場所に横になって寝た。 ・焚香:〔ふんかう;fen2xiang1○○〕香を焚く。尊崇を表す行為。 ・臥:横になる。 ・瑤席:〔えうせき;yao2xi2○●〕美しい玉で飾ったかのような立派なむしろ。仙人の使うむしろ。
※澗芳襲人衣:(寝るときに着替えたが、自分の着てきた衣服に、昼間通ってきた)渓流の花の匂いが滲み附いている(のに気づいた)。 ・澗芳:渓流の花。谷川の流れに沿って咲いているいい香りのする花。 ・襲:〔しふ;xi4●〕匂いが漂ってくる。匂いが滲み附く。(谷間に咲いている花の匂いが)滲み附く。 ・人衣:ここでは、わたしの衣服。
※山月映石壁:(窓から外を眺めれば)山の上に昇った月が岩肌に照り映えている。 ・山月:山の上に昇った月。 ・映:照り映える。 ・石壁:岩肌。岩壁。
※再尋畏迷誤:もう一度(ここを)たずねる(際、道を)迷い誤らないように。 ・再尋:もう一度たずねる。 ・畏:〔ゐ;wei4●〕おそれる。おそれはばかる。おそれいましめる。 ・迷誤:(道を)迷い誤る。後出・陶淵明の『桃花源記』でいえば「停數日,辭去。此中人語云:不足爲外人道也。既出,得其船,便扶向路,處處誌之。及郡下,詣太守,説如此。太守即遣人隨其往,尋向所誌,遂迷不復得路。」の部分。
※明發更登歴:明日の夜明けに、もっと山道を登りたどり(位置関係を把握しておこう)。 ・明發:夜明け。黎明。 ・更:さらにその上。 ・登歴:山道を登りたどる。登臨して游歴する。
※笑謝桃源人:微笑(ほほえ)みの穏やかな感情でもって、桃花源裡(この村里)の人々に別れを告げよう。 ・謝:別れの言葉を告げる。後出・陶淵明の『桃花源記』でいえば「停數日,辭去。」の部分。 ・桃源人:戦乱を避け武陵の奥の谷川の水源の奥、桃の花の林の奥に世を逃れた人。桃源郷の人々。陶淵明の『桃花源記』に「晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。夾岸數百歩,中無雜樹。芳草鮮美,落英繽紛。漁人甚異之,復前行,欲窮其林。林盡水源,便得一山。山有小口。髣髴若有光。便舎船從口入。初極狹,纔通人。復行數十歩,豁然開焉B土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。阡陌交通,鷄犬相聞。其中往來種作,男女衣著,悉如外人。黄髮垂髫,並怡然自樂。見漁人,乃大驚,問所從來。具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。村中聞有此人,咸來問訊。自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,不復出焉。遂與外人間隔。」とあり、同・『桃花源詩』には「氏亂天紀,賢者避其世。黄綺之商山,伊人亦云逝。往跡浸復湮,來逕遂蕪廢。相命肆農耕,日入從所憩。桑竹垂餘蔭,菽稷隨時藝。春蠶收長絲,秋熟靡王税。荒路曖交通,鷄犬互鳴吠。俎豆猶古法,衣裳無新製。童孺縱行歌,斑白歡游詣。草榮識節和,木衰知風氏B雖無紀歴志,四時自成歳。怡然有餘樂,于何勞智慧。奇蹤隱五百,一朝敞神界。淳薄既異源,旋復還幽蔽。借問游方士,焉測塵囂外。願言躡輕風,高舉尋吾契。」にうたわれている。
※花紅復來覿:(来年、桃の)花が赤く咲く時に、また会いにやって来よう。 ・花紅:(桃の)花が(赤く)咲く(時)。 ・復:また。蛇足になるが、ここでは通常の意で使われているが、陶淵明の詩中ではリズムをとるために使う。 ・來覿:会いにやって来る。 ・覿:〔てき;di2●〕会う。土産物を贈って会う。まみえる。会見する。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAA bbbbbbbb」。韻脚は「風窮同通 適柏寂客石壁歴覿」で、平水韻上平一東、入声聲十一陌(石客柏)等の-k類入声韻。次の平仄はこの作品のもの。
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2007.7.14 7.15 7.17完 2014.6.20補 |
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