寄李儋元錫 | |
韋應物 |
去年花裏逢君別,
今日花開又一年。
世事茫茫難自料,
春愁黯黯獨成眠。
身多疾病思田里,
邑有流亡愧俸錢。
聞道欲來相問訊,
西樓望月幾迴圓。
******
李儋元錫に寄す
去年 花裏 君に逢ひて別れ,
今日 花 開きて 又一年。
世事 茫茫として 自ら料り難く,
春愁 黯黯として 獨り眠りを成す。
身に疾病 多くして 田里を思ひ,
邑に 流亡 有りて 俸錢を愧づ。
聞道く 來りて 相ひ問訊せんと欲すと,
西樓に月を望みて 幾迴か 圓かなる。
****************
◎ 私感註釈
※韋應物:中唐の詩人。737年(開元二十五年)〜804年頃(貞元年間)。謝霊運、陶淵明の伝統を継ぐ自然派詩人。京兆万年(現・西安)の人。
※寄李儋元錫:李儋元錫((り・たん・げんせき)に詩を郵便で送る。 ・李儋元錫:李儋(り・たん;Li3Dan1)のこと。字(あざな)が元錫(げんせき;Yuan2Xi2)。韋應物の友人で、武威(現・甘肅省武威)の人。
※去年花裏逢君別:去年、花が咲いている中で(=去年の春)、君に出逢ったがすぐに別れて。 ・花裏:花の咲いている中で。春季を謂う。 ・逢君別:あなたと偶然に出逢い、(またすぐに)分かれ(た)。
※今日花開又一年:今年、花が咲くようになって(=今年の春を迎え)、一年がたってしまったわけだ。 ・今日:上句の「去年」に対ななっており、「今年」の意でもある。 ・又一年:またしても一年がたってしまった。単語ではないが、詩詞ではよく使うフレーズ。
※世事茫茫難自料:世の中のことは、ぼんやりとしてはっきりとしないので、自分では予測し難く。 ・世事:俗世間の出来事。 王維の『藍田山石門精舍』に「落日山水好,漾舟信歸風。玩奇不覺遠,因以縁源窮。遙愛雲木秀,初疑路不同。安知清流轉,偶與前山通。捨舟理輕策,果然所適。老僧四五人,逍遙蔭松柏。朝梵林未曙,夜禪山更寂。道心及牧童,世事問樵客。暝宿長林下,焚香臥瑤席。澗芳襲人衣,山月映石壁。再尋畏迷誤,明發更登歴。笑謝桃源人,花紅復來覿。」とある。 ・茫茫:〔ばうばう;mang2mang2◎◎〕ぼうつとしてとりとめのないさま。はてしなく広がるさま。広々としてはてしないさま。 ・難自料:自分で予測し難(がた)い。 ・料:推し量る。見計る。
※春愁黯黯獨成眠:春の過ぎ行く愁しみで、暗い気持ちになり、ひとりで寝入る。 ・春愁:春のもの思い。詩詞では「王孫帰」の意で使い、家族と離れて旅立っている者が、新しい年になって春を迎えても、帰ることなく「親しい人と離れたまま時間が過ぎ行く」という感じに使う。『王孫歸』を踏まえたものに、『憶王孫』、南齊・謝朓の『王孫遊』「国趨如絲,雜樹紅英發。無論君不歸,君歸芳已歇。」 としてよく使われる。もと、貴人の子弟の意で、『楚辞・招隱士』「王孫遊兮不歸,春草生兮萋萋。歳暮兮不自聊,蟪蛄鳴兮啾啾。」を指す。そこでの王孫とは、楚の王族である屈原のこと。劉希夷の『白頭吟(代悲白頭翁)』「公子王孫芳樹下,清歌妙舞落花前。光祿池臺開錦繍,將軍樓閣畫~仙。一朝臥病無人識,三春行樂在誰邊。宛轉蛾眉能幾時,須臾鶴髮亂如絲。但看古來歌舞地,惟有黄昏鳥雀悲。」 や韋荘の『C平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。 盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」 がある。王維は『送別』で「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年香C王孫歸不歸。」 と使う。 ・黯黯:〔あんあん;an4an4●●〕くろい。くらい。うすぐらい。いたましい。心が暗い。ものがなしい。 ・成眠:寝付く。寝入る。
※身多疾病思田里:体がよわく病気がちなので、田園の中に隠退するころを思い慕っているが。 ・疾病:〔しっぺい;ji2bing4●●〕病気。 ・思:動詞・平声。 ・田里:村里。また、耕作地と屋敷。田地と宅地。ここは、前者の意。
※邑有流亡愧俸錢:滁州(ちょしゅう)の城邑(じょうゆう)には、彷徨(さまよ)い流離(さすら)う流浪(るろう)の民(たみ)がおり、俸給をもらっている自分が申し訳なく愧(は)じいっている。 ・邑:〔いふ;yi4●〕みやこ。くに。まち。むら。むらざと。人の多く集まる所。 ・有:いる。(ある。)蛇足になるが、「在」との違いは「有」は、「無」の反対で、ある。持っている。存在や所有を表す。「在」は、…にある。存在する、の意。もしも「邑有流亡愧俸錢」に、敢えて「在」を使うとすれば「在邑有流亡愧俸錢」(「在邑+(邑)有流亡」=「在邑有流亡」)いう具合に使う。「有」と「在」との入れ替えはできない。 ・流亡:〔りうばう;liu2mang2○○〕郷里を離れ他国にさまよう。 ・愧俸錢:俸給をもらっている(自分が申し訳なく)愧(は)じいっている。この「…愧俸錢」の訓読は「俸錢に愧づ」なのか「俸錢を愧づ」なのか。
ここの句がもしも「…愧流亡」であれば「流亡に愧づ」と読み「流亡に(対して俸給をもらっている自分が)申し訳ない」意となる。しかし、ここは「…愧俸錢」であって、「(流亡に対して)俸給をもらっていることを申し訳なく感じる」の意となり、「俸錢を愧づ」と読むのが適切だろう。(但し、国語(日本語)の文語文法の格助詞「に」には、原因・理由・機縁を示す「…によって」の意があり、やはり「俸錢に愧づ」か…)。 ・愧:〔き;kui4●〕自分の見苦しいのを人に対してはずかしく思う。 ・俸錢:俸給の金銭。給料。
※聞道欲來相問訊:聞くところによると、こちらへお尋ね下さりたいとのことのようだが。 ・聞道:聞くところによると。聞くならく。伝聞表現。 ・相:…くる。…ていく。…に。動作が対象に向かつて働きかけていくさまを表現する。動作が対象に及ぶ様を表す。また、「相互に」の意。ここは、前者の意。前者の用例は、王維は『送別』で「山中相送罷,日暮掩柴扉。春草明年香C王孫歸不歸。」 や韋荘の『C平樂』に「春愁南陌。故國音書隔。細雨霏霏梨花白。燕拂畫簾金額。 盡日相望王孫,塵滿衣上涙痕。誰向橋邊吹笛,駐馬西望消魂。」と使う。 ・問訊:たずねる。訪れる。ここでは李儋元錫が作者・韋応物のところを訪れることをいう。
※西樓望月幾迴圓:(一緒に)西楼に登って月を望んだ時から、もう何回、月が満月になった(何ヶ月経った)ことだろうか。 ・西樓:西側の高殿。本来の義には特別な意はないが、張若虚の『春江花月夜』「春江潮水連海平, 海上明月共潮生。…江潭落月復西斜」や、辛棄疾の『浪淘沙』山寺夜半聞鐘「身世酒杯中,萬事皆空。古來三五個英雄。雨打風吹何處是,漢殿秦宮。 夢入少年叢,歌舞匆匆。老僧夜半誤鳴鐘。驚起西窗眠不得,卷地西風。」 とある。馬致遠の元曲〔越調〕『天淨沙』秋思「枯藤老樹昏鴉,小橋流水人家,古道西風痩馬。夕陽西下,斷腸人在天涯。」と、消極的な雰囲気を持っている。 ・望月: ・幾迴圓:何回、月が満月になったことだろうか。満月になるのは一月(ひとつき)に一回、一五日の夜だけなので、何ヶ月経ったことだろうか、の意。 ・幾迴:何回。 ・圓:円いさまになる。まどかになる。
***********
◎ 構成について
韻式は、「AAAA」。韻脚は「年眠錢圓」で、平水韻下平一先。この作品の平仄は、次の通り。
●○○●○○●,
○●○○●●○。(韻)
●●◎◎○●●,
○○●●●○○。(韻)
○○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
○●●○○●●,
○○◎●●○○。(韻)
2008.9.30 10. 1 10. 4 |
次の詩へ 前の詩へ 抒情詩選メニューへ ************ 詩詞概説 唐詩格律 之一 宋詞格律 詞牌・詞譜 詞韻 唐詩格律 之一 詩韻 詩詞用語解説 詩詞引用原文解説 詩詞民族呼称集 天安門革命詩抄 秋瑾詩詞 碧血の詩編 李U詞 辛棄疾詞 李C照詞 陶淵明集 花間集 婉約詞:香残詞 毛澤東詩詞 碇豐長自作詩詞 漢訳和歌 参考文献(詩詞格律) 参考文献(宋詞) 本ホームページの構成・他 |