虎溪閒月引相過,
帶雪松枝掛薜蘿。
無限靑山行欲盡,
白雲深處老僧多。
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僧院に題す
虎溪(こけい) 閒月(かんげつ) 引きて 相ひ過ぎ,
雪を帶ぶる 松枝 薜蘿(へいら)を掛(か)く。
無限の靑山 行(ゆくゆ)く 盡(つ)きんと欲(ほっ)し,
白雲 深き處 老僧 多し。
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◎ 私感註釈
※釋靈一:中唐の詩僧。俗姓は呉氏。廣陵(現・江蘇省揚州)の人。若耶渓(現・浙江省紹興)の雲門寺、餘杭(現・浙江省)の宜豐寺に居し、劉長卿、皇甫冉、朱放らと交わる。
※題僧院:『僧院』ともする。山寺での見送りの行路の情景。がこの詩、夜間の情景なのか昼間なのか、また、季節はいつ頃なのか、難しい。「閒月」(「帶雪」)で夜間と見れば、後半の「白雲」「青山」の意が苦しくなる。季節も「閒月」では、冬や真夏ではなかろうし、「帶雪」をどう見るかによっても大きく変わる。譬喩で無ければ当然、冬景色だ。
※虎溪閒月引相過:(虎渓を越えて来客を見送ってしまった、という故事どおりに)静かに照る月に導き出されて、うっかりと(虎渓ともいうべき基準の場所を)とおり越して遠出をしてお見送りをしまった。 ・虎溪:〔こけい;Hu3xi1●○〕見送り場所。虎渓を越えて、来客を見送ってしまった、という故事に基づく。虎渓は廬山の東林寺の境内にあった谷川。晋代、この寺に住んだ高僧慧遠は陶淵明、陸静修の二人が辞去する際に、虎渓を越えては来客を見送らないところを二人との話に興に乗り、うっかりと虎渓を越えてしまったという。ここでは、うっかりと遠出をしてしまったの意で、故事の言葉を使う。 ・閒月:静かに照る月。 ・引:さそう。みちびく。 ・相過:とおりすぎてゆく。
※帶雪松枝掛薜蘿:(月光が当たって)雪が積もっているかのように見える松の枝にカズラが絡まっており(隠者の住む場所としての風格がある)。 ・帶雪:雪が積もっている。月光が当たって輝いているさまの表現。 ・掛(挂):かける。 ・薜蘿:〔へいら;bi4luo2●○〕マサキノカズラ。カズラで織った布で、隠者の服や住居を指す。
※無限靑山行欲盡:終わりがない青山でも、やがて尽き果てようとする(目的地近くは、白雲が立ち籠めるところで)。 ・靑山:青い山。墓所ともすべき山。 ・行:ゆくゆく。やがて。将然形。 ・欲盡:尽きようとする。
※白雲深處老僧多:俗塵を絶った白雲のたちこめるところには、お坊様が多くいる。 ・白雲:白い雲。俗塵を絶ったところ。俗世間を超越したことを暗示する語でもある。唐の王維の『送別』「下馬飮君酒,問君何所之。君言不得意,歸臥南山陲。但去莫復問,白雲無盡時。」や、晩唐・杜牧の『山行』「遠上寒山石徑斜,白雲生處有人家。停車坐愛楓林晩,霜葉紅於二月花。」
また、崔顥(さいかう:cui1hao4)の七律『黄鶴樓』「昔人已乘白雲去,此地空餘黄鶴樓。黄鶴一去不復返,白雲千載空悠悠。晴川歴歴漢陽樹,芳草萋萋鸚鵡州。日暮鄕關何處是,煙波江上使人愁。」
、漢の武帝・劉徹の樂府『秋風辭』「秋風起兮白雲飛,草木黄落兮雁南歸。蘭有秀兮菊有芳,懷佳人兮不能忘。汎樓船兮濟汾河,橫中流兮揚素波。簫鼓鳴兮發櫂歌,歡樂極兮哀情多。少壯幾時兮奈老何。」
、晉の陶淵明の『歸去來兮辭』の「歸去來兮,田園將蕪胡不歸。既自以心爲形役,奚惆悵而獨悲。悟已往之不諫,知來者之可追。實迷途其未遠,覺今是而昨非。舟遙遙以輕
,風飄飄而吹衣。問征夫以前路,恨晨光之熹微。乃瞻衡宇,載欣載奔。僮僕歡迎,稚子候門。三逕就荒,松菊猶存。攜幼入室,有酒盈樽。引壺觴以自酌,眄庭柯以怡顏。倚南窗以寄傲,審容膝之易安。園日渉以成趣,門雖設而常關。策扶老以流憩,時矯首而游觀。雲無心以出岫,鳥倦飛而知還。景翳翳以將入,撫孤松而盤桓。歸去來兮,請息交以絶遊。世與我以相遺,復駕言兮焉求。悅親戚之情話,樂琴書以消憂。農人告余以春及,將有事於西疇。或命巾車,或棹孤舟。既窈窕以尋壑,亦崎嶇而經丘。木欣欣以向榮,泉涓涓而始流。羨萬物之得時,感吾生之行休。已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝鄕不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘
。登東皋以舒嘯,臨淸流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」
や唐の賈島『尋隱者不遇』「松下問童子,言師採藥去。只在此山中,雲深不知處。」
がある。 ・深處:奥(おく)。白居易の『靈巖寺』「館娃宮畔千年寺,水闊雲多客到稀。聞説春來更惆悵,百花深處一僧歸。」
に雰囲気が似ている。柳永の『夜半樂』「凍雲黯淡天氣,扁舟一葉,乘興離江渚。渡萬壑千巖,越溪深處。怒濤漸息,樵風乍起,更聞商旅相呼。片帆高舉。泛畫鷁、翩翩過南浦。 望中酒旆閃閃,一簇煙村,數行霜樹。殘日下,漁人鳴榔歸去。敗荷零落,衰楊掩映,岸邊兩兩三三,浣沙遊女。避行客、含羞笑相語。 到此因念,繍閣輕抛,浪萍難駐。歎後約丁寧竟何據。慘離懷,空恨歳晩歸期阻。凝涙眼、杳杳神京路。斷鴻聲遠長天暮。」
、或いは、「荷花深處小船通」「綠楊深處是蘇家(=蘇小小の所)」
、李清照の『如夢令』「嘗記溪亭日暮,沈醉不知歸路。興盡晩回舟,誤入藕花深處。爭渡,爭渡,驚起一灘鴎鷺。」
前出・戴叔倫『夏日登鶴巖偶成』「碧雲深處共
翔。」
とある。後世、日本・藤井竹外は『遊芳野』で、「古陵松柏吼天飆,山寺尋春春寂寥。眉雪老僧時輟帚,落花深處説南朝。」
と使う。 ・老僧:老成した僧侶。「老」は敬語的表現とも謂えるので、必ずしも年老いた僧侶とは限らない。
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◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「過蘿多」で、平水韻下平五歌。次の平仄はこの作品のもの。
●○○●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
○●○○○●●,
●○○●●○○。(韻)
2007.8.30 8.31完 2012.2. 7補 2014.9.22 |
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