漢武帝劉徹楽府　秋風辞　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 hanwudi　liuche

　　樂府　
      秋風辭
      　　　　　　　　　　　漢　武帝　劉徹

秋風起兮白雲飛，
草木黄落兮雁南歸。
蘭有秀兮菊有芳，
懷佳人兮不能忘。
汎樓船兮濟汾河，
橫中流兮揚素波。
簫鼓鳴兮發櫂歌，
歡樂極兮哀情多。
少壯幾時兮奈老何。

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秋風の辭

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
秋風　起こりて　　白雲　飛び，
草木　黄落して　　雁　南歸す。
蘭に　秀（しう）　有りて　　菊に　芳（はう）　有り，
佳人を　懷（なつか）しみて　　忘るる能（あた）はず。
樓船を　汎（うか）べて　　汾河を　濟（わた）り，
中流を　橫ぎりて　　　素（しろ）き波を　揚（あ）げ。
簫鼓　鳴りて　　　櫂歌（たうか）　發（お）こる，
歡樂　極りて　　哀情　多し。
少壯　幾時（いくとき）ぞ　　老いを奈何（いかん）せん。

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◎　私感註釈

※武帝：漢の武帝。（前１５６年～前８７年）前漢第七代皇帝。劉徹のこと。漢帝国の基礎を確立させ、匈奴勢力を漠北から駆逐した。詩をよくする。

※樂府：古代の民歌。本来は漢の武帝が音楽を司る役所・楽府を設置して、音曲や歌謡を採取した処。後、そこで歌われた歌謡と詩体が同じものをも樂府と云い、同形式の古代歌謡の意味を持つようになった。「樂府」「古樂府」「漢樂府」「樂府體」「樂府詩」「樂府歌辭」ともいう。
　　このことは、填詞（宋詞）が唐の教坊の曲に端を発しているものが多いのと酷似している。片や、漢・樂府→同一音楽の歌謡（樂府）、片や、唐・教坊→同一音楽（詞牌）の歌詞（填詞）となり、詩歌の発展の姿がよく分かる。この作品は、宋の郭茂倩『樂府詩集』巻八十四「雜歌謠辭」、『古詩源』巻一「古逸」、『文選』巻四十五等の中にある。

※秋風辭：漢魏六朝に流行した辞賦の影響で対句を上図のようによくしている。この詩は武帝が汾河の南方（現・山西万栄県…汾水）を巡行した際のもの。自然の情景を詠みながら、老いていく人生の歎きを詠っている。「秋風起」「白雲飛」「草木黄落」「雁南歸」「懷…不能忘」「哀情多」「少壯幾時」「奈老何」と、次々に人生の悲哀を語りかけてくる。　・辞：散文の要素を持った詩体のこと。なお、詞（填詞、宋詞）を指すものではない。

※秋風起兮白雲飛：秋風起きて、白雲が飛ぶ。　・秋風：あきかぜ。後世、『古歌』「秋風蕭蕭愁殺人，出亦愁，入亦愁。座中何人，誰不懷憂。令我白頭。胡地多飆風，樹木何修修。離家日趨遠，衣帶日趨緩。心思不能言，腸中車輪轉。」などに使われる。　・起：おきる。吹き始める。　・兮：語調を整える助辞。押韻に似た音楽的な働きをするか。古代の詩歌に多く見られる。特に『楚辞』、『詩経』に多い。　・白雲飛：白雲が飛ぶ。白雲が起こる。　・白雲：白い雲。後世の用法では「移ろう人間の世」に対して、「不変の自然」という意味合いとともに、人間世界を離れた、超俗的な雰囲気を持つ語で、仏教、道教では、「仙」「天」の趣を漂わせる。ただの白い雲ではない。王維の『送別』「下馬飮君酒，問君何所之。君言不得意，歸臥南山陲。但去莫復問，白雲無盡時。」や蘇の『汾上驚秋』「北風吹白雲, 萬里渡河汾。心緒逢搖落，秋聲不可聞。」王之煥に「黄河遠上白雲間，一片孤城萬仞山。羌笛何須怨楊柳，春風不度玉門關。」や、晩唐・杜牧の『山行』「遠上寒山石徑斜，白雲生處有人家。停車坐愛楓林晩，霜葉紅於二月花。」、など多く俗塵を超越したものとして詠まれる。ただし、漢の武帝は、時節の変化の意味で使う。

※草木黄落兮雁南歸：草木が黄ばんで散って、渡り鳥のガンは、南の方へ帰っていく。　・草木：草木。　・黄落：黄ばんで散る。　・雁：渡り鳥。　・南歸：南の方へ帰っていく。　・「草木黄落兮雁南歸」：秋が深まって、（北方のこの場所から）雁は、南の方へ帰っていく。日本の気候風土とは、異なる鳥の移動である。

※蘭有秀兮菊有芳：秋蘭であるフジバカマは、茎の上端に花や実の集まり生じる部分があり、菊はよい花の薫りがする。　・蘭：ここでは、秋蘭の意で、フジバカマ。同様の用法が『楚辞』『離騒』「帝高陽之苗裔兮，朕皇考曰伯庸。攝提貞於孟陬兮，惟庚寅吾以降。皇覽揆余初度兮，肇錫余以嘉名。名余曰正則兮，字余曰靈均。紛吾既有此内美兮，又重之以脩能。扈江離與辟兮，秋蘭以爲佩。」の始めなどにある。春蘭は、ランになる。　・有：…がある。　・秀：名詞：茎の上端に花や実の集まり生じる部分。動詞：花が咲く。稲や草の花が咲く。ここは、前者の意で使われる。　・菊：キク。　・芳：名詞：よい花の薫り。動詞：花がかおる。ここは、前者の意で使われる。

※懷佳人兮不能忘：みめかたちのよい女をなつかしく思い、忘れることができない。　・懷：なつかしく思う。　・佳人：美人。みめかたちのよい女。　・不能：…ことができない。　・忘：わすれる。

※汎樓船兮濟汾河：二階造りの船を浮かべて、汾河を渡る。作者、武帝の意志。　・汎：うかべる。　・樓船：二階造りの船。屋形船。右図参照。　・濟：〔さい（せい）；ji4●〕わたる。川を渡る。　・汾河：〔ふんが；fen2he2○○〕黄河の支流。汾水。山西省の寧武県に源を発し、河津県で黄河に注ぎ込む。

※橫中流兮揚素波：川の流れの中程を横切れば、白い波が揚がる。白い波を揚げて、川の流れの中程を横切ることをいう。作者、武帝の意志。　・橫：横断する。横ざまに行く。動詞。　・中流：川の流れの中程。河の真ん中。　・揚：〔やう；yang2○〕あげる。　・素波：〔そは；su4bo1●○〕白い波。

※簫鼓鳴兮發櫂歌：簫と太鼓を鳴らせば、舟歌が起こる。　・簫鼓：〔せうこ；xiao1gu3○●〕ふえと太鼓。管楽器と打楽器で、音楽の謂い。　・簫：〔せう；xiao1○〕古代のものは、ハーモニカ状に竹管の吹き口が並んだ楽器。なお、笙〔しやう；sheng1○〕は吹き口が一箇所で形状は似ているものの大きく異なる。　・鳴：ならす。　・發：おこる。発する。声に出す。　・櫂歌：〔たうか；zhao4ge1●○〕櫂を漕ぐ時の歌声。舟歌。上記の対句図では「發櫂歌」を他の箇所との釣り合いから「發櫂・歌」としているが、やはり「發・櫂歌」とするのが自然。

※歡樂極兮哀情多：楽しみごとが極まれば、哀しみの思いが多くなる。　・歡樂：歓楽。楽しみごと。　・極：きわまる。　・哀情：かなしみの思い。

※少壯幾時兮奈老何：年若く意気盛んな時がどれほどの時間になろうか、老年をどのようにしようか。　・少壯：年若く意気盛んな時。年の若いことまた、その時期。二十歳代、三十歳代ぐらいまでの世代に謂う。漢・古樂府である『長歌行』「青青園中葵，朝露待日晞。陽春布德澤，萬物生光輝。常恐秋節至，焜黄華葉衰。百川東到海，何時復西歸。少壯不努力，老大徒傷悲。」と、雰囲気が似通っている。　・幾時：どれほどの時間だろうか。　・奈老何：老年をどのようにしようか。「奈何」に目的語「老」を挟む上古漢語の語法。項羽『垓下歌』（力拔山兮氣蓋世）の「虞兮虞兮奈若何」の用法「虞や虞や　若（なんぢ）を　奈…何（いかん）せん」に同じ。
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◎　構成について

韻式は、おそらく「ＡＡBBCCCCC」。韻脚は「飛歸」「芳忘」「河波歌多何」。漢代の詩を平水韻で云うのには、抵抗があるが、「飛歸」は上平五微。「芳忘」は下平七陽（「忘」は両韻）。「河波歌多何」は下平五歌。平仄はこの作品のもの。

　　　○○●○●○○，（A韻）
　　　●●○●○●○○。（A韻）
　　　○●●○●●○，（B韻）
　　　○○○○●○○。（B韻）
　　　●○○○●○○，（C韻）
　　　○○○○○●○。（C韻）
　　　○○○○●○○，（C韻）
　　　○●●○○○○。（C韻）
　　　●●●○●●○。（C韻）

詩形は、騒体で、『楚辭』や、一部『詩經』の
□□□兮　□□
の形式の繰り返し繰り返しとっており、強烈なリズム感が出ている。歌唱されたことがよく分かる詩形である。「兮」の部分で、歌声を整え、押韻に似た働きがあったことが充分に推測される。節奏も、第三聯、第四聯は、『楚辞』風である。

秋風起兮　　白雲飛，
草木黄落兮　雁南歸。
蘭・有秀兮　　菊有芳，
懷・佳人兮　　不能忘。
汎・樓船兮　　濟汾河，
橫・中流兮　　揚素波。
簫鼓鳴兮　　發櫂歌，
歡樂極兮　　哀情多。
少壯幾時兮　奈老何。