![]() |
![]() |
|
![]() |
||
風雨望寧樂 |
||
藤井竹外 | ||
半空涌出兩浮圖, 更有伽藍俯九衢。 十二帝陵低不見, 黑風白雨滿南都。 |
半空 涌き出づ 兩 浮圖,
更に 伽藍の 九衢に 俯す 有り。
十二帝陵 低うして見えず,
黑風 白雨 南都に滿つ。
*****************
◎ 私感註釈
※藤井竹外:江戸末期の漢詩人。高槻藩の家臣。名は啓。字は士開。摂津国(大阪府)の人。文化四年(1807年)~慶応二年(1866年)。頼山陽に学ぶ。
※風雨望寧樂:(陰鬱な)風雨が、昔の帝都である奈良のみやこをながめている。 *太宰春臺は『寧樂懷古』で「南土茫茫古帝城,三條九陌自縱橫。籍田麥秀農人度,馳道蓬生賈客行。細柳低垂常惹恨,閑花歴亂竟無情。千年陳迹唯蘭若,日暮呦呦野鹿鳴。」
『竹外亭百絶』より と詠う。 ・風雨:風と雨、風や雨の意であるが、「風雪」の語の持つきびしい苦労や困難の意をも示していよう。後出・「十二帝陵低不見」で謂う皇室の衰微のことであり、南都七大寺をはじめとする仏教勢力の隆盛のことである。 ・望:遠くを見わたす。ながめる。また、うらむ。ここは、前者の意。 ・寧樂:なら。奈良の都。平城京。(現・奈良市)。後出・「南都」である。「なら」は『日本書紀』崇神天皇十年九月に「時官軍屯聚,時官軍屯聚,而蹢跙草木。因以號其山,曰那羅山。〔此云布瀰那羅須(ふみならす)〕。更避那羅山…。」とある。この「なら」/寧楽/奈良に関して、わたしは次のように考える。「奈良・寧樂の謎」である。
「奈良」 - この語は、古漢語として見た場合、「どうして、良いのか?」「なぜ、良いのか?」の意になる。(「なんぞ 良からん?」「いかんぞ 良ろしからん?」)。もっとも、「奈」や「良」は、万葉仮名でもあり、平仮名の「な」「ら」の祖型でもあり、偶然の配列だろうと思っていた。
しかしながら、「寧樂」と書いて、「なら」と読む場合がある。この場合、漢語と見れば、「どうして、楽しいのか?」「どうして、素晴らしいのか?」「なぜ、楽しいのか?」の意になる。(「いづくんぞ 楽しからん?」「なんぞ 楽しからん?」)。
こうなると、やはり、「なら」の都を貶したいのではないかと思われてくる。 話は飛ぶが、最近テレビニュースから「ウリ ナラ」「ウリ ミンジョック」と、朝鮮語をよく耳にするようになった。「ウリ ナラ」とは、「我が国」の意で、「ウリ ミンジョック」とは、「我が民族」の意だそうだ。つまり、「ナラ」とは、朝鮮語で「くに」という意味になる。もしや「奈良」「寧樂」の文字表記を始めたのは、朝鮮半島から来た、漢語を能くする帰化人ではないのか。当時の日本の都のさまに、ちょっと批判的な烏有先生の手になったのだろう…。勿論、咎められた時には「いいえ、『寧(ねんごろ)に楽しむ』です。」と言えるようにも配慮した…。
又、「『寧楽』は、やはり『青丹よしならの都』で、『寧(ねんご)ろで楽(たの)しい』ところの意ではないのか?!」との思いもあろう。慥かに「寧」字には、「ねんごろ」〔ねい;ning2○〕の義と、なんぞ・いづくんぞ〔ねい;ning4●〕の義…がある。「それではやはり、『寧(ねんご)ろで楽(たの)しい』ところの意とも取れるのではないのか?!」とも思われよう。しかし、その意味で「寧」字と「楽」字を使うのならば、「寧楽」とはせずに「樂寧」〔らくねい;le4ning2●○〕とすべきである。このことは、「寧」字や「楽」字の附く熟語や年号等を見れば瞭然としている。(2003年8月)
※半空湧出兩浮圖:大空の真ん中に、二つの仏塔が湧き上がって。 ・半空:中空(なかぞら)。天の真ん中。また、半ば空しい。半分なくなる。ここは、前者の意。 ・湧出:湧き上がる。 ・浮圖:〔ふと;fu2tu2○○〕寺の塔。仏語で、梵語の音訳。また、仏(ほとけ)。僧侶。 ・兩浮圖:興福寺五重塔と東大寺大仏殿。戦国時代の兵火で、東大寺の七重塔等は焼失しているので、興福寺五重塔と東大寺七重塔とではなかろう。
※更有伽藍俯九衢:おまけに、寺院の建物が、九つの大路(おおじ)を見下ろしている。 ・更有:その上、さらに…がある。 ・伽藍:〔がらん;qie2lan2○○〕寺院の建物の総称。寺院。仏道を修行する所。梵語の音訳。 ・俯:〔ふ;fu3●〕ふせる。うつむく。ここでは、俯瞰する意で使われている。 ・九衢:〔きうくjiu3qu2●○〕都にある九つの大路。また、そのことから都を指す。多くの大道。「九」は陽数の最大値で「極めて多数」の意で使う。『楚辭』に九 歌、九章、九辯、九懷、九歎、九思と使う。
※十二帝陵低不見:(南都にある)天子の十二の陵墓は、(寺院の伽藍に比べて)低くて見えない(状態で)。 ・帝陵:天子の陵墓。南都の十二帝陵というが、第9代 開化天皇、第11代 埀仁天皇、第13代 成務天皇、第20代 安康天皇、第43代 元明天皇、第44代 元正天皇、第45代 聖武天皇、第46代 孝謙天皇、第48代 稱德天皇、第49代 光仁天皇、第51代 平城天皇の計十一代で、概数をいうか。 ・低不見:低くて見えない。不能を表現する。
※黑風白雨滿南都:土埃を吹き上げる風に俄雨(にわかあめ)(といった陰鬱なもの)が、奈良の都に満ちている。 ・黑風:土埃を吹き上げる風。あらい風。暴風。 ・白雨:にわか雨。夕立。「黑風」「白雨」では、その義だけではなく、ことばを揃えたい一面もある。 ・南都:奈良の都。平城京。(現・奈良市)京都に対して奈良を謂う。また、興福寺を(北方の比叡山)延暦寺に対して謂う。ここは、前者の意。
***********
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「圖衢都」で、平水韻上平七虞。平仄はこの作品のもの。
●○●●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
●●○○○●●,
●○●●●○○。(韻)
平成21.3.31 |
![]() トップ |