大刀魚 | ||
柏木如亭 |
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吶喊聲銷天日麗, 波濤海靜太平初。 折刀百萬沈沙去, 一夜東風盡作魚。 |
吶喊 聲銷 えて天日 麗 かに,
波濤 海 靜かなり 太平の初 。
折刀 百萬沙 に沈み去り,
一夜 東風 盡 く魚 と作 る。
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◎ 私感註釈
※柏木如亭:江戸中期の漢詩人。宝暦十三年(1763年)〜文政二年(1819年)名は昶。字は永日。通称は門作。号して如亭。小普請方大工棟梁の家に生まれた。市河寛斎の門下。吉原で家財を蕩尽し、江戸を離れて遊歴詩人としての生活を送った。美食家。旅先の美味の記した随筆に『詩本草』がある。
※大刀魚:太 刀魚 。たちうを。細長く銀白色をし、その外観が太刀に似ていることより、太刀魚と呼ばれる。肉は柔らかく、塩焼きや煮付け等にされて食され、美味。 *晩唐・杜牧の『赤壁』に「折戟沈沙鐵未銷,自將磨洗認前朝。東風不與周カ便,銅雀春深鎖二喬。」とあり、盛唐・岑參の『白雪歌送武判官歸京』に「北風捲地白草折,胡天八月即飛雪。忽然一夜春風來,千樹萬樹梨花開。散入珠簾濕羅幕,孤裘不煖錦衾薄。將軍角弓不得控,キ護鐵衣冷難著。瀚海闌干百丈冰,愁雲黲淡萬里凝。中軍置酒飮歸客,胡琴琵琶與羌笛。紛紛暮雪下轅門,風掣紅旗凍不翻。輪臺東門送君去,去時雪滿天山路。山迴路轉不見君,雪上空留馬行處。」とあり、盛唐・高適の『塞上聞吹笛』に「雪淨胡天牧馬還,月明羌笛戍樓閨B借問梅花何處落,風吹一夜滿關山。」とある。
※吶喊声銷天日麗:(戦(いくさ)の)ときの声も消えて(平和な時代となって)、空の日もうららか晴れて明るい。「吶喊声銷天日麗」と「波濤海静太平初」とは、対句になっている。読み下しも、本来は対に揃えて読むべきところ。 ・吶喊:〔とっかん;na4han3●●〕ときの声をあげる。大声でさけぶ。喚声をあげる。 ・銷:消える。=消。 ・麗:うららか。晴れて明るい。かがやく。ひかる。また、うるわしい。善い。りっぱ。ここは、前者の意。
※波濤海静太平初:大波の海も静かになった、平和な時代の幕開けである。 ・波濤:なみ。大波。室町・絶海中津の『應制賦三山』に「熊野峰前徐福祠,滿山藥草雨餘肥。只今海上波濤穩,萬里好風須早歸。」とある。
※折刀百万沈沙去:(過去の戦乱の時代の)折れた刀の百万本(もの刀)が砂に埋もれてしまっていた(が)。 *前出・杜牧の『赤壁』「折戟沈沙鐵未銷,自將磨洗認前朝。」とあるのに拠る。 ・沙:すな。=砂。 ・-去:…ていく。…てしまう。趨勢を表す。
※一夜東風尽作魚:一晩の春風で、ことごとくが魚(=タチウオ)となってしまった。 *刀が太刀魚となってしまったということ。 ・一夜:ひと晩で。一夜の内に。前出・岑參の『白雪歌送武判官歸京』に「北風捲地白草折,胡天八月即飛雪。忽然一夜春風來,千樹萬樹梨花開。」とあり、前出・高適の『塞上聞吹笛』に「借問梅花何處落,風吹一夜滿關山。」とあるのは、一夜の内に「冬の光景から春の光景に変わった」ことを謂う。この『大刀魚』詩では、「太刀(たち)が一夜の内にタチウオに変わった」ことを謂う。 ・東風:春風。 ・尽:ことごとく。 ・作:(…と)なる。 ・魚:ここでは詩題のタチウオ。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「初魚」で、平水韻上平六魚。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○○●●,
○○●●●○○。(韻)
●○●●○○●,
●●○○●●○。(韻)
平成25.4.3 4.4 |
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