岑參白雪歌送武判官帰京　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 CenShen

白雪歌送武判官歸京
	岑參

北風捲地白草折，
胡天八月即飛雪。
忽然一夜春風來，
千樹萬樹梨花開。
散入珠簾濕羅幕，
孤裘不煖錦衾薄。
將軍角弓不得控，
都護鐵衣冷難著。
瀚海闌干百丈冰，
愁雲黲淡萬里凝。
中軍置酒飮歸客，
胡琴琵琶與羌笛。
紛紛暮雪下轅門，
風掣紅旗凍不翻。
輪臺東門送君去，
去時雪滿天山路。
山迴路轉不見君，
雪上空留馬行處。

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白雪歌　武判官の歸京するを送る　　

北風　地を捲き　　白草折れ，
胡天の八月　　即すなはち雪を飛ばす。
忽如こつじょとして一夜　　春風来たりて，
千樹萬樹　　梨花( りくゎ) 開く。　　
散じて珠簾しゅれんに入り　　羅幕を濕うるほし，
狐裘こきう　煖あたたかならず　　錦衾薄し。
將軍　角弓　　控ひくを得ず，
都護　鐵衣　　冷たきを猶なほ着る。
瀚海　闌干たり　　百丈の冰つらら，
愁雲　黲淡さんたんとして　　萬里凝こほる。
中軍　置酒ちしゅして　　帰客に飲ましめ，
胡琴こきんと琵琶びはと　　羌笛きゃうてきと。
紛紛たる暮雪　　轅門ゑんもんに下り，
風は紅旗を掣ひけども　　凍りて翻ひるがへらず。
輪臺りんだいの東門に　　君の去るを送れば，
去る時　雪は滿つ　　天山(てんざん)の路。　　
山迴めぐり　　路轉じて　君見えず，
雪上(せつじゃう) 空しく留む　　馬行きし處を。　　

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◎　私感註釈

※岑參：〔しんじん；Cen2Shen1〕盛唐の詩人。開元三年（７１５年）～大暦五年（７７０年）南陽の人。安西節度使に仕え、当時、西の地の涯までいった。ために、辺塞詩をよくする。蛇足になるが、岑參の「參」字の音は〔さん；can1〕〔しん；cen1〕〔じん；shen1〕とあるが、彼の名は〔じん；shen1〕。（『中国大百科全書・中国文学 Ⅰ』（中国大百科全書出版）。

※白雪歌送武判官歸京：白雪の歌。武判官が歸京するのを見送る。　・白雪歌：白雪（はくせつ）の（舞う厳しい情景の輪台での）詩歌。　・武判官：人名。詳しいことは不明。王素の『吐魯番（蕃）文書中有關岑參的一些資料』（『文史』三十六輯）に拠ると、『吐魯番（蕃）（トルファン）文書』では天寶十三載八月には武判官は安西に居るため、この詩は天寶十四載八月に輪臺で作られたものになる、とのこと（『岑參集校注』陳鐵民・侯忠義校注　上海古籍出版社2004年上海　１９６ページ参照）。　・歸京：国都・長安に帰る。

※北風捲地白草折：北風が地上を捲いて西域に生える白い草が折れて。　・北風：北の方から吹いてくる冷たい風。冬の風。　・捲地：土を巻き上げる。　・白草：西域や北方に生える草で、枯れて乾けば白い色になり牛馬の飼料となる。西域の善國（樓蘭）の遥か彼方に生えている白い草。俗に芨芨草という。『漢書・西域傳・善國』に「善國，本名樓蘭，…去陽關千六百里，去長安六千一百里……千七百八十五里，至山國千三百六十五里，西北至車師千八百九十里。地沙鹵，少田，寄田仰穀旁國。國出玉，多葭葦、柳、胡桐、白草。」、「孟康曰：『白草，草之白者。』師古曰：『白草似莠而細，無芒，其乾孰時正白色，牛馬所嗜也。』」とある。（蛇足になるが、この表現は限りなく『魏志』などの倭人伝に同じい。共に列伝で、「東夷傳」か「西域傳」かの項目が違うだけのものだから。）王昌齢の『出塞行』に「白草原頭望京師，黄河水流無盡時。秋天曠野行人絶，馬首東來知是誰。」とある。　・折：ここでは､薙ぎ倒される意になる。

※胡天八月即飛雪：西方の胡（えびす）の地の気候は、仲秋の旧暦八月になるとすぐに、雪を飛ばすようになる。　・胡天：西域の気候。　・八月：陰暦八月で、仲秋。現在の九月後半から十月。　・即：…になるとすぐに。ただちに。すなはち。　・飛雪：吹雪（ふぶき）。

※忽然一夜春風來：忽然と急にある夜、春風が来たかのように。　・忽然：〔こつぜん；hu1ran2○○〕不意に。たちまち。　・一夜：ひと晩。

※千樹萬樹梨花開：たくさんの木々に真っ白な梨の花が咲いたかのように雪が積もった。　・千樹萬樹：多くの木々。　・梨花：（白い）梨（なし）の花。枝に積もった雪の形容。

※散入珠簾濕羅幕：雪が散って珠簾（たますだれ）から屋内に入って、ベッドの薄絹のとばりを湿らせて。　・珠簾：たますだれ。　・羅幕：薄絹のとばり。

※孤裘不煖錦衾薄：キツネの皮衣では暖かではなく、錦の蒲団は薄い。　・孤裘：キツネの皮衣。　・煖：〔だん；nuan3●〕あたたかい。煖＝暖。　・錦衾：錦の蒲団。

※將軍角弓不得控：将軍は角（つの）で作った弓を控（ひ）くことができないで。　・將軍：　・角弓：つので作った弓。つので飾った弓。　・不得：…することが出来ない。　・控：（弓を）控（ひ）く。

※都護鐵衣冷難著：都護の鎧（よろい）は冷たく冷えているので着がたい。　・都護：官職名。都護府の長官。ここでは､安西節度使で安西都護の高仙芝のことになる｡　・鐵衣：よろい。唐・高適の『燕歌行』に「漢家煙塵在東北，漢將辭家破殘賊。男兒本自重橫行，天子非常賜顏色。摐金伐鼓下楡關，旌旆逶迤碣石間。校尉羽書飛瀚海，單于獵火照狼山。山川蕭條極邊土，胡騎憑陵雜風雨。戰士軍前半死生，美人帳下猶歌舞。大漠窮秋塞草腓，孤城落日鬥兵稀。身當恩遇恆輕敵，力盡關山未解圍。鐵衣遠戍辛勤久，玉箸應啼別離後。少婦城南欲斷腸，征人薊北空回首。邊庭飄飄那可度，絶域蒼茫更何有。殺氣三時作陣雲，寒聲一夜傳刁斗。相看白刃血紛紛，死節從來豈顧勳。君不見沙場征戰苦，至今猶憶李將軍。」とある。　・難著：着（き）にくい。着（き）づらい。難着。著＝着。

※瀚海闌干百丈冰：ゴビ砂漠に、星の光のように百丈の氷のつららが燦（きら）めき。　・瀚海：〔かんかい；Han4hai3●●〕ゴビ砂漠。バイカル湖。北海。唐・高適の『燕歌行』「漢家煙塵在東北，漢將辭家破殘賊。男兒本自重橫行，天子非常賜顏色。摐金伐鼓下楡關，旌旆逶迤碣石間。校尉羽書飛瀚海，單于獵火照狼山。山川蕭條極邊土，胡騎憑陵雜風雨。戰士軍前半死生，美人帳下猶歌舞。大漠窮秋塞草腓，孤城落日鬥兵稀。身當恩遇恆輕敵，力盡關山未解圍。鐵衣遠戍辛勤久，玉箸應啼別離後。少婦城南欲斷腸，征人薊北空回首。邊庭飄飄那可度，絶域蒼茫更何有。殺氣三時作陣雲，寒聲一夜傳刁斗。相看白刃血紛紛，死節從來豈顧勳。君不見沙場征戰苦，至今猶憶李將軍。」とある。　・闌干：〔らんかん；lan2gan1○○〕星の光がきらめくさま。また、涙がはらはら流れ落ちるさま。縦横に入り乱れるさま。ここは、前者の意。　・百丈冰：とても長く伸びたつらら。現代・毛沢東は『卜算子・詠梅』で「風雨送春歸，飛雪迎春到。已是懸崖百丈冰，犹有花枝俏。俏也不爭春，只把春來報。待到山花爛漫時，她在叢中笑。」と使う。

※愁雲黲淡萬里凝：愁しげな雲があたりをうす暗くして、遥か彼方まで凍りついている。　・愁雲：愁しげな雲。　・黲淡：〔さんたん；can3dan4●●〕薄暗い。ひどい。慘淡。惨憺。　・凝：凍り固まる。

※中軍置酒飮歸客：諸侯の主力軍の軍陣の中に、酒席を準備して帰ってきた客人に飲ませ。　・中軍：諸侯の三軍のうち、総大将がいる主力を成す軍。　・置酒：酒盛りをする。酒を用意して酒宴の準備をする。酒盛り。酒宴。　・飮：〔いん；yin4●〕飲ませる。飲ましむ。　・歸客：ここでは、この見送りの詩で言祝（ことほ）がれた武判官のことになる。

※胡琴琵琶與羌笛：胡琴と琵琶と羌笛とで、もてなそうとした。　・胡琴：西域の絃楽器。現代語で“胡琴”といえば胡弓、二胡（にこ、アルフー）のことだが、ここではひろく西域の絃楽器のことをいう。　・琵琶：〔びは；pi2pa2○○〕西域から伝わった絃楽器。木製で、四弦か五弦。胴は扁平で茄子形をしており、柄の頭部は背側に折れ曲がった形状で、ギターや三味線のように爪などで弾く。西域をイメージするものであり、漢民族にとっては王昭君をも想起させるものである。辛棄疾の『賀新郎』「馬上琵琶關塞黑，更長門、翠輦辭金闕。」や、同『賀新郎』「鳳尾龍香拔。自開元、『霓裳曲』罷，幾番風月?最苦潯陽江頭客，（白居易の『琵琶行』「潯陽江頭夜送客，楓葉荻花秋瑟瑟。……忽聞水上琵琶聲，主人忘歸客不發。尋聲闇問彈者誰，琵琶聲停欲語遲。移船相近邀相見，添酒迴燈重開宴。千呼萬喚始出來，猶抱琵琶半遮面。」を踏まえている）畫舸亭亭待發。記出塞、黄雲堆雪。馬上離愁三萬里，望昭陽、宮殿孤鴻沒。」また、李商隠の『王昭君』「馬上琵琶行萬里」など、いずれも王昭君の故実を踏まえている。唐・王翰『涼州詞』に「葡萄美酒夜光杯，欲飮琵琶馬上催。醉臥沙場君莫笑，古來征戰幾人回。」とある。　・與：…と。　・羌笛：西方異民族の吹く笛。「王之渙の「黄河遠上白雲間，一片孤城萬仞山。羌笛何須怨楊柳，春風不度玉門關。」や、高適の『塞上聞吹笛』「雪淨胡天牧馬還，月明羌笛戍樓閒。借問梅花何處落，風吹一夜滿關山。」や、王昌齢『從軍行七首』の第一首に「烽火城西百尺樓，黄昏獨上海風秋。更吹羌笛關山月，無那金閨萬里愁。」とある。

※紛紛暮雪下轅門：入り交じって乱れる夕暮時の雪は、軍営の門に下（ふ）って。　・紛紛：〔ふんぷん；fen1fen1○○〕入り交じって乱れるさま。唐・李頎の『古從軍行』に「白日登山望烽火，黄昏飮馬傍交河。行人刁斗風沙暗，公主琵琶幽怨多。野雲萬里無城郭，雨雪紛紛連大漠。胡雁哀鳴夜夜飛，胡兒眼涙雙雙落。聞道玉門猶被遮，應將性命逐輕車。年年戰骨埋荒外，空見蒲桃入漢家。」や、前出・唐・高適の『燕歌行』に「漢家煙塵在東北，漢將辭家破殘賊。男兒本自重橫行，天子非常賜顏色。摐金伐鼓下楡關，旌旆逶迤碣石間。校尉羽書飛瀚海，單于獵火照狼山。山川蕭條極邊土，胡騎憑陵雜風雨。戰士軍前半死生，美人帳下猶歌舞。大漠窮秋塞草腓，孤城落日鬥兵稀。身當恩遇恆輕敵，力盡關山未解圍。鐵衣遠戍辛勤久，玉箸應啼別離後。少婦城南欲斷腸，征人薊北空回首。邊庭飄飄那可度，絶域蒼茫更何有。殺氣三時作陣雲，寒聲一夜傳刁斗。相看白刃血紛紛，死節從來豈顧勳。君不見沙場征戰苦，至今猶憶李將軍。」とある。　・暮雪：夕暮れ時の雪。　・下：降（ふ）る。　・轅門：〔ゑんもん；yuan2men2○○〕軍門。軍営の門。兵営の門。軍営で、車のながえを向かい合わせて門のようにしたもの。

※風掣紅旗凍不翻：風の勢いは紅旗に吹いて靡かせようとするが凍っていて、翻（ひるがえ）らない。　・掣：〔せい；che4●〕引っ張る。引く。　・紅旗：軍旗。赤旗。　・凍不翻：凍ってしまって、翻（ひるがえ）らない。

※輪臺東門送君去：輪台の東門で、君の去っていくのを見送れば。　・輪臺：〔りんだい；Lun2tai2○○〕天山山脈の北側にある天山北路の要地で、現・新疆ウイグル自治区の東部の烏魯木齊（ウルムチ）市附近。『中国歴史地図集』第五冊　隋・唐・五代十国時期（中国地図出版社）６３－６４ページ「唐　隴右道西部」にあり、（現・新疆ウイグル自治区）の金山（阿爾泰山アルタイ山）の西南５００キロメートルの所にある。ただし『中国地圖集』９９ページ「新疆維吾爾自治區」（中国地図出版社）では天山南路に輪台がある。そこは曾て安西都護府のあった龜茲（くじ、きゅうじ；Qiu1zi1）のところ。これは、漢代と唐代では輪台の位置が異なることによる。この詩の輪台とは前者・天山北路の庭州で、現・烏魯木齊（ウルムチ）市を指す。岑參の『走馬川行奉送出師西征』に「君不見走馬川行雪海邊，平沙莽莽黄入天。輪臺九月風夜吼，一川碎石大如斗，隨風滿地石亂走。匈奴草黄馬正肥，金山西見煙塵飛，漢家大將西出師。將軍金甲夜不脱，半夜軍行戈相撥，風頭如刀面如割。馬毛帶雪汗氣蒸，五花連錢旋作冰，幕中草檄硯水凝。虜騎聞之應膽懾，料知短兵不敢接，車師西門佇獻捷。」とある。　・東門：唐の長安は輪台から東になるからか。　・送：見送る。

※去時雪滿天山路：去る時に、雪は天山の路に満ちている。　・天山路：天山の麓を通る道。甘粛からウイグル一帯を通り、更に西へ行く場合、ウイグルの中央に天山山脈があるため、東端の伊吾（含密ハミ）で、その山麓の南側か北側かの道をとる。天山の南回りの道を「天山南路」と言い、伊吾（含密ハミ）を起点に高昌（吐魯蕃トルファン）、庫車（クチャ）、を経てパミール高原を越える。天山の北回りの道を「天山北路」と言い、伊吾（含密ハミ）から烏魯木齊（ウルムチ）、グルジャを経てイリに至る道筋。

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※山迴路轉不見君：山は迴っておりその路はまがっているので、あなたの姿も見えなくなり。　・山迴路轉：山や路は曲がりくねったありさまを表現する。互文表現で、「山路迴轉」という事実描写とは趣を異にする。　・不見：見えなくなる。　・君：ここでは､去っていく武判官のこと。

※雪上空留馬行處：雪の上に空しく留めているのは、あなたの馬の行った跡かたである。　・空留：跡形だけが意味もなくただのこっている。　・馬行處：馬の行った跡（あと）かた。

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◎　構成について

　韻式は、「aaBBcccDDeeFFggg」。韻脚は「折雪　來開　幕薄著　冰凝　客笛　門翻　去路處」。この作品の平仄は、次の通り。

●○●●●●●，（a韻）折
○○●●●○●。（a韻）雪
●○●●○○○，（B韻）來
○●●●○○○。（B韻）開
●●○○●○●，（c韻）幕
○○●●●○●。（c韻）薄
○○●○●●●，
○●●○●○●。（c韻）著
○●○○●●○，（D韻）冰
○○●●●●○。（D韻）凝
○○●●●○●，（e韻）客
○○○○●○●。（e韻）笛
○○●●●○○，（F韻）門
○○○○●●○。（F韻）翻
○○○○●○●，（g韻）去
●○●●○○●。（g韻）路
○○●●●●○，
●●○○●○●。（g韻）處