東山吟 | |
|
唐 李白 |
攜妓東土山,
悵然悲謝安。
我妓今朝如花月,
他妓古墳荒草寒。
白雞夢後三百歳,
灑酒澆君同所歡。
酣來自作青海舞,
秋風吹落紫綺冠。
彼亦一時,
此亦一時,
浩浩洪流之詠何必奇。
******
東山吟
妓 を攜 ふ 東土山,
悵然 として 謝安を悲しむ。
我が妓 今朝 花月 の如く,
他 の妓 古墳に荒草 寒し。
白雞 夢後 三百歳,
酒を灑 ぎ 君に澆 ぎて歡 ぶ所を同じうす。
酣來 自 ら作 す 青海舞を,
秋風 吹き落とす紫綺 の冠を。
彼 も亦 た一時,
此 も亦た一時,
浩浩 たる洪流 の詠 何 ぞ必 ずしも奇ならんや。
****************
◎ 私感註釈
※李白:盛唐の詩人。701〜762年。字は太白。自ら青蓮居士と号する。世に詩仙と称される。西域・隴西の成紀の人で、四川で育つ。若くして諸国を漫遊し、後に出仕して、翰林供奉となるが高力士の讒言に遭い、退けられる。安史の乱では辛酸をなめた。後、永王が謀亂に際し、幕僚となったため、夜郎にながされたが、やがて赦された。
※東山吟:東山(=謝東山=謝安)を詠った詩。 *三百年前の東晋の人物・謝安と自分(=作者・李白)とを比較して詠い、「滔滔たる時の流れ」の中では、「共に、一時(ひととき)燦(きら)めいただけ」と、世の移ろいを歎いた詩。 ・東山:謝安(謝安石)。謝安は、東山に隠棲していた。また、東の山。現・会稽(現・紹興市東)の東の山。上虞県(現・浙江省虞県)の西南にある。その山上には薔薇洞があり、東晋の政治家であった謝安が東山に隠棲して、建てた白雲堂、明月堂の蹟がある。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期55−56ページ「唐・江南東道」(中国地図出版社)。盛唐・李白に『憶東山』「不向東山久,薔薇幾度花。白雲還自散,明月落誰家。」がある。 ・吟:うた。詩歌。
※携妓東土山:(わたし(=作者・李白)は)舞姫をつれて、会稽東山(に来て、謝東山(=謝安)を思い出し)。 ・携:たずさえる。 ・妓:舞姫。うたいめ。わざおぎ。 ・東土山:会稽東山。土山、は建康東南20キロメートルのところ(現・南京東南10キロメートルのところ)。『中国歴史地図集』第四冊 東晋十六国・南北朝時期(中国地図出版社)28ページ「建康附近」にある。
※悵然悲謝安:嘆きながら(往時の英傑)謝安を悲しく思う。 ・悵然:〔ちゃうぜん;chang4ran2●○〕うらみなげくさま。がっかりしたさま。 ・謝安:東晋の大臣。政治家。淝水の戦いの主将。320年〜385年。字は安石。陳郡の陽夏(現・河南省太康)の人。江南に移住した貴族の一人。若い時に王導に高く評価された。会稽の東山に隠棲して、王羲之や名僧と親しく交わり、屡々朝廷の出仕の要請を辞退し、四十歳を過ぎてはじめて出仕し、このことを「東山の再起」と称された。官は司徒に至り、東晋の政局を安定させた。隠棲地により、世に謝東山と称された。
※我妓今朝如花月:わたしの舞姫は、今、花や月のように美しい(盛りである)。 ・今朝:今。今日。 ・花月:花と月。美しいものの代表。
※他妓古墳荒草寒:かの舞姫(=往時の謝安の舞姫)の古い墳墓は、雑草が生い、貧寒としている。 ・他妓:彼の舞姫。謝安の舞姫のことになる。 ・他:かれ。 ・荒草:雑草。
※白鶏夢後三百歳:(謝安が見た不吉な前兆を報せる夢である)白鶏の夢から三百年が経って。 ・白鶏夢:謝安が夢で見た「白鶏之夢」(白い鶏の夢)のこと。不吉な前兆を謂う。『晉書・謝安傳』(中華書局版『晉書』2076ページ)に「(謝安)…聞當輿入西州門,自以本志不遂,深自慨失,因悵然謂所親曰:『昔桓温在時,吾常懼不全。忽夢乘温輿行十六里,見一白雞而止。乘温輿者,代其位也。十六里,止今十六年矣。白雞主酉,今太歳在酉,吾病殆不起乎!』乃上疏遜位,詔遣侍中、尚書喩旨。…尋薨,時年六十六。』後用以泛指不祥之兆。」とある。 ・三百歳:謝安と李白の、この世に存在した時間差(701−385=316)で、三百十餘年になる。謝安の一生は、(320年から)385年までで、彼の歿後・三百十餘年の後、李白の人生=701年(〜762年)が始まったことを指す。
※灑酒澆君同所歓:(わたし=李白は、)酒を注いで、あなた(の霊)に灑ぎ祈る。 ・灑酒澆君:酒を注いで君(の霊)にかける。 ・灑:〔さい;sa3●〕そそぐ。(水を)そそぎかける。 ・澆:〔げう;jiao1○〕(水を)かける。(水を)注ぐ。(水を)そそぎめぐらす。(霊を弔うために)酒を地面に注ぐ。≒酹。 ・君:ここでは、謝安を指す。 ・同:…と一緒に。…と。 ・所歓:よろこび。歓ぶところ。「所+動詞」で、動詞を名詞化する働きがある。
※酣来自作青海舞:(酒盛りが)たけなわとなって、(妓女が舞うのではなくて、わたし)みずからが青海舞をしよう(とすれば)。 ・酣来:たけなわとなって。 ・自作-:みずから…となす。
※秋風吹落紫綺冠:秋風が、(わたしの)紫のあやぎぬのかんむりを吹き落とした。 ・紫綺冠:紫のあやぎぬのかんむり。
※彼亦一時:あれ(=謝安の時代)も、(長い時間の流れの中の)ひとときであり。 ・彼:あれ。ここでは、謝安の時代を指す。 ・亦:もまた ・一時:(長い時間の流れの中の)ひととき。
※此亦一時:これ(=わたし・李白の時代)も、(長い時間の流れの中の)ひとときである。 ・此:これ。ここでは、李白の時代を指す。
※浩浩洪流之詠何必奇:(三国・魏・嵇康の『贈秀才入軍』の)「…浩浩洪流…」(広大な時の流れ)の歌をうたった(謝安))も、別段、驚くことでもないだろう。 ・浩浩洪流:広大な流れ。時の流れを謂う。『世説新語・雅量(第六)』(中華書局版『世説新語』338ページ):「桓公伏甲設饌,廣延朝士,因此欲誅謝安、王坦之。王甚遽問謝曰:『當作何計?』謝~意不變,謂文度曰:『晉祚存亡,在此一行。』相與倶前。王之恐状,轉見於色。謝之ェ容,愈表於貌,望階趨席,方作洛生詠,諷『浩浩洪流』。桓憚其曠遠,乃趣解兵。」とある。ここに書かれた「浩浩洪流」とは、三国・魏の嵇康の『贈秀才入軍』の第十五、六聯に「…浩浩洪流,帶我邦畿。萋萋漉ム,奮榮揚暉。…」(『古詩源・第六巻・魏詩・嵇康』335ページより)のこと。 ・浩浩:〔かうかう;hao4hao4●●〕広大なさま。広々とした水のさま。水勢の盛んなさま。道路の遥かに続くさま。 ・洪流:大きな流れ。 ・-之詠:…のうた。 ・何必:必ずしも…するに及ばない。どうして…の必要があろうか、あるまい。…しなくてもいいではないか。何ぞ必ずしも…せん。反語表現。東晉・陶潛の『飮酒』其十一に「客養千金躯,臨化消其寶。裸葬何必惡,人當解意表。」とあり、『雜詩十二首』其一「人生無根蒂,飄如陌上塵。分散逐風轉,此已非常身。落地爲兄弟,何必骨肉親。得歡當作樂,斗酒聚比鄰。盛年不重來,一日難再晨。及時當勉勵,歳月不待人。」とあり、中唐・白居易の『琵琶行』に「我聞琵琶已歎息,又聞此語重喞喞。同是天涯淪落人,相逢何必曾相識。我從去年辭帝京,謫居臥病潯陽城。潯陽地僻無音樂,終歳不聞絲竹聲。」とあり、晩唐・杜牧の『九日齊山登高』「江涵秋影雁初飛,與客攜壺上翠微。塵世難逢開口笑,菊花須插滿頭歸。 但將酩酊酬佳節,不用登臨恨落暉。古往今來只如此,牛山何必獨霑衣。」とある。 ・奇:珍しがる。驚く。びっくりする。
***********
◎ 構成について
韻式は「AAAAABBB」。韻脚は「山安寒歓冠 時時奇」で、平水韻上平十四寒(安寒歓冠)、上平十五刪(山)。上平四支(時奇)。この作品の平仄は、次の通り。
○●○●○,(A韻)山
●○○●○。(A韻)安
●●○○○○●,
○●●○○●○。(A韻)寒
●○●●○●●,
●●○○○●○。(A韻)歓
○○●●○●●,
○○○●●○○。(A韻)冠
●●●○,(B韻)時
●●●○,(B韻)時
●●○○○●○●○。(B韻)奇
2018.2. 7 2. 8 2. 9 2.10 2.11 |
次の詩へ 前の詩へ 抒情詩選メニューへ ************ 詩詞概説 唐詩格律 之一 宋詞格律 詞牌・詞譜 詞韻 唐詩格律 之一 詩韻 詩詞用語解説 詩詞引用原文解説 詩詞民族呼称集 天安門革命詩抄 秋瑾詩詞 碧血の詩編 李U詞 辛棄疾詞 李C照詞 陶淵明集 花間集 婉約詞:香残詞 毛澤東詩詞 碇豐長自作詩詞 漢訳和歌 参考文献(詩詞格律) 参考文献(宋詞) 本ホームページの構成・他 |