靡靡秋已夕,
淒淒風露交。
蔓草不復榮,
園木空自凋。
清氣澄餘滓,
杳然天界高。
哀蝉無留響,
叢雁鳴雲霄。
萬化相尋繹,
人生豈不勞。
從古皆有沒,
念之中心焦。
何以稱我情,
濁酒且自陶。
千載非所知,
聊以永今朝。
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己酉の歳九月九日
靡靡として 秋 已(すで)に 夕(く)れ,
淒淒として 風露 交はる。
蔓草 復(ま)た榮えず,
園木 空しく自ら 凋む。
清氣 餘滓を 澄ませ,
杳然として 天界 高し。
哀蝉 響を 留むる 無く,
叢雁 雲霄に 鳴く。
萬化 相ひ尋繹し,
人生 豈に 勞せざらんや。
古(いにし)へ 從(よ)り 皆な 沒する有り,
之れを 念(おも)へば 中心 焦る。
何を以ってか 我が情を 稱(かな)へん,
濁酒 且(しば)し 自ら陶(たのし)まん。
千載 知る所に 非ざれば,
聊(いささ)か 以て 今朝を永くせん。
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◎ 私感註釈
※陶潛:東晉の詩人。。。
※己酉歳九月九日:己(つちのと)酉(とり)歳(四〇九年。東晉・安帝の義煕五年)の九月九日・重陽節の詩。東晉安帝義煕五年の重陽節。 ・己酉:〔きいう;ji3you3●●〕つちのととり。ここでは、409年(東晉・安帝の義煕五年)のこと。干支の四十六番目。「己酉」は、干支で表した年。干支とは、十干と十二支の組み合わされた序列の表記法のこと。十干とは、「甲乙丙丁戊己庚辛壬癸」のことをいい、十二支とは「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」のことをいう。十干のはじめの「甲」、十二支のはじめの「子」から順に、次のように組み合わせていく: 甲子、乙丑、丙寅、丁卯、戊辰、己巳、庚午、辛未、壬申、癸酉、(以上、10組で、ここで十干は再び第一位の「甲」に戻り、11組目が始まる)甲戌、乙亥、……(ここで、十二支は「子」に戻り、13組目以降は)丙子、丁丑…となって、合計は(ページの)60組になる。これで、1から60までの順を表し、年月日の表示などに使われる。なお、61番目は、1番目の甲子にもどる。還暦である。それ故、己酉年は、東晉・安帝の義煕五年(409年)だけに限らず、±60年(の倍数年)も己酉年となる。(例えば:469年、529年、589年…と。また、409年、349年…と)。
※靡靡秋已夕:遅々として、秋はとっくに暮れて(、晩秋になった)。 ・靡靡:〔ひひ;mi3mi3●●〕遅々としている。ゆっくり歩く様子。なびくさま。破れ乱れるさま。ここは、前者の意。『詩經』王風「彼黍離離,彼稷之苗。行邁靡靡,中心搖搖。」と使われている。 ・秋已夕:秋はとっくに暮れた。とっくに晩秋になった。陰暦九月九日は、季秋。晩秋である。 ・已:とっくに。すでに。 ・夕:暮れる。動詞として使われる。≒暮。
※淒淒風露交:寒く冷ややかな雨もようとなり、寒い風と、屋外の露というきびしい自然の営みが、交互にやってくる。 ・淒淒:寒く冷ややかなさま。雲が湧き起こり雨もようとなること。漢・王昭君の『怨詩』(「昭君怨」)に「秋木萋萋,其葉萎黄。有鳥處山,集于苞桑。養育毛秩C形容生光。既得升雲,上遊曲房。離宮絶曠,身體摧藏。志念抑沈,不得頡頏。雖得委食,心有徊徨。我獨伊何,來往變常。翩翩之燕,遠集西羌。高山峨峨,河水泱泱。父兮母兮,道里悠長。嗚呼哀哉,憂心惻傷。」 とある。 ・風露:寒い風と、屋外の露。きびしい自然の営みをいう。 ・交:交互にやってくる。こもごも至る。
※蔓草不復榮:はびこる草は、(晩秋を迎えて)再びは繁茂することはない。 ・蔓草:はびこる草。 ・不復:二度とは…ない。再びは…ない。なお、全否定・部分否定の部分否定に似ているが、それとは異なる。 ・榮:さかえる。茂る。
※園木空自凋:庭木は、むなしく自分から萎えしなびる。 ・園木:庭木。 ・空自:むなしく自分から。 ・凋:しぼむ。草木が萎えしなびる。
※清氣澄餘滓:晩秋の澄んだ空気は、余計な塵を(取り去って)澄まして。 ・清氣:(晩秋の)澄んだ空気。 ・澄:澄ます。他動詞として使われている。 ・餘滓:余計な塵。
※杳然天界高:はるかに大空が(澄み渡って)高くなり。 ・杳然:〔えうぜん;yao3ran2●○〕はるかなさま。 ・天界高:大空が(澄み渡って)高くなっているように感じること。秋の情景。
※哀蝉無留響(かつてよく鳴いていた)蝉の姿は、もう見えなくなった。 ・哀蝉:(夏の盛りを終えて、)哀れな様子の秋口の蝉。寒蝉。漢・武帝に『落葉哀蝉曲』「羅袂兮無聲,玉兮塵生。虚房冷而寂寞,落葉依于重。望彼美之女兮,安得感余心之未寧。」と過ぎゆく季節の哀しみの歌がある。 ・無留響:鳴き声を留めおくことがない。鳴き声の元である蝉自身の形が、無くなったということ。(かつてよく鳴いていた)蝉の姿は、もう見えなくなった。
※叢雁鳴雲霄:群れをなして飛ぶカリが空に鳴いている。 ・叢雁:群れをなして飛ぶカリ。 ・雲霄:そら。空。九霄。
※萬化相尋繹:多くの物事の変化は、繰り返しておこなわれる。 ・萬化:万物の変化、多くの物事の変化。いろいろに変わる。万物を生み育てる。ここでは、前者の意。なお、『古詩十九首』之十一では「死ぬ」ことの意で「廻車駕言邁,悠悠渉長道。四顧何茫茫,東風搖百草。所遇無故物,焉得不速老。盛衰各有時,立身苦不早。人生非金石,豈能長壽考。奄忽隨物化,榮名以爲寶。」と使っている。陶淵明自身も『歸去來兮辭』の「已矣乎,寓形宇内復幾時。曷不委心任去留,胡爲遑遑欲何之。富貴非吾願,帝ク不可期。懷良辰以孤往,或植杖而耘。登東皋以舒嘯,臨C流而賦詩。聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」 や、『飮酒』其十一「顏生稱爲仁,榮公言有道。屡空不獲年,長飢至於老。雖留身後名,一生亦枯槁。死去何所知,稱心固爲好。客養千金躯,臨化消其寶。裸葬何必惡,人當解意表。」では「死ぬ」ことの意で使っている。 ・相: ・尋繹:〔じんえき;xun2yi4○●〕繰り返しておこなう。再三復習をする。繰り返し味わい研究する。「尋異」ともする。その場合「ついでことなる」で、次から次へと異なる形や姿になってゆくこと。
※人生豈不勞:人の生きていくということは、なんと苦労を伴うことではないか。 ・人生:人の生きていくこと。人生。 ・豈不:なんと……ではないか。 ・勞:苦労する。
※從古皆有沒:昔から、皆だれもが死没することがある。 ・從古:むかしから。昔より。 ・沒:死没すること。死ぬこと。『讀山海經』十三首の其八でも「自古皆有沒,何人得靈長。不死復不老,萬歳如平常。」と、同じことが詠まれている。
※念之中心焦:「從古皆有沒」ということをじっくりと思えば、心底からあせり、焦がれる。陶潛の『影答形』「身沒名亦盡,念之五情熱。」に同じ。陶淵明は、この外にもしばしばこの「念之………」の表現を使っている。 ・念之:「從古皆有沒」のことをじっくりと思えば。 ・中心:心の中。心中。心底。胸中。胸底。 ・焦:こがれる。あせる。
※何以稱我情:なにものをもって、わたしの感情を満足させて、かなえようか。 ・何以:なにもので。なにものをもって。どういうわけで。どうして。なにをもって。疑問、反語。 ・稱:〔しょう;chen4〕かなう。かなえる。適する。釣り合う。適合する。合う。ぴったりする。この意味では去声になる。 ・我情:わたしの感情。わが思い。
※濁酒且自陶:しばし濁酒を飲んで独り自ら陶然としてたのしもう。 ・濁酒:濁っている酒。どぶろく。精製されていない粗末な酒。 ・且:しばし。しばらく。短時間をいう。 ・自:じぶんで。 ・陶:よろこぶ。たのしむ。酒に酔ってうっとりするさま。陶然。
※千載非所知:千年の後は、関知するところではない。 ・千載:千年。ここでは、「千秋萬歳後,誰知榮與辱。」に同じで、千年の後。 ・非所知:関知するところではない。
※聊以永今朝:(千年の後のことに思いを馳せることなく、)いささか、しばらくは、今日を永いものとしよう。しばし、今日を充実して永いものとしよう。 ・聊:いささか。かりそめ。しばらく。『歸去來兮辭』「聊乘化以歸盡,樂夫天命復奚疑。」では、「願わくば、(天地の)変化にあわせて(逆らわずに、)人生の終焉を迎えることとしよう。」とし、「聊」を「願わくば。ねがう。」とした。 ・以永今朝:『詩經』小雅・鴻鴈之什『白駒』「皎皎白駒,食我場苗。之維之,以永今朝。」とあり、次の段では「皎皎白駒,食我場。之維之,以永今夕。」と、「以永今朝」から「以永今夕」と変わっている。前者は「今日(昼間の一日中)」で、後者は「今日(一晩中)」の意で、陶詩の「今朝」の意である、「今。今日」とは、やや異なる。「今朝」とするのは、「朝」が(『詩經』、陶詩ともに)韻脚になるためでもある。「以」の意味も『詩經』小雅・鴻鴈之什『白駒』と陶詩のこの作品とでは、働きがやや違う。
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◎ 構成について
平声の一韻到底。韻式は「AAAAAAAA」。韻脚は「交凋高霄勞焦陶朝」。平水韻で見れば、下平二蕭(凋霄朝焦陶)、三肴(交)、四豪((陶)高勞) になる。この作品の平仄は次の通り。
●●○●●,
○○○●○。(韻)
●●●●○,
○●○●○。(韻)
○●○○●,
●○○●○。(韻)
○○○○●,
○●○○○。(韻)
●●○○●,
○○●●○。(韻)
○●○●●,
●○○○○。(韻)
○●●●○,
●●●●○。(韻)
○●○●○,
●●●○○。(韻)
2003. 8. 6 8. 7 8. 8 8. 9 8.10 8.11完 8.23補 2005. 2. 3 2020.10.15 |
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