陶淵明　陶潜　游斜川　詩詞世界　碇豊長の詩詞：漢詩 taoqian　taoyuanming

陶淵明遊斜川陶潜


　　　　　　　　　　　　　　東晉　陶潛
      遊斜川　　

開歳倏五日，
吾生行歸休。
念之動中懷，
及辰爲茲游。
氣和天惟澄，
班坐依遠流。
弱湍馳文魴，
閒谷矯鳴鴎。
迥澤散游目，
緬然睇曾丘。
雖微九重秀，
顧瞻無匹儔。
提壺接賓侶，
引滿更獻酬。
未知從今去，
當復如此不。
中觴縱遙情，
忘彼千載憂。
且極今朝樂，
明日非所求。

******

斜川に遊ぶ

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
開歳　　倏（たちま）ち　五日，
吾が生　　行くゝ　歸休せん。
之れを　念へば　　中懷を　動もし，
辰（とき）に及びて　　茲に游びを　爲す。
氣　和やかにして　　天　惟（こ）れ　澄み，
班坐して　　遠流に　依る。
弱湍に　　文魴　馳せ，
閒谷に　　鳴鴎　矯（あ）がる。
迥き　澤に　　游目を　散じ，
緬然として　　曾丘を　睇（なが）む。
九重の秀　　微（な）きと雖も，
顧み瞻げば　　匹ぶ儔ら　無し。
壺を　提げて　　賓侶に接し，
滿を引きて　　更に　獻酬す。
未だ知らず　　今　從（よ）り去（のち），
當（まさ）に復（ま）た　　此くの如くなるべきや不（いな）や。
中觴　　遙情を　縱（ほしいまま）にし，
彼の　　千載の憂ひを　忘れん。
且（しば）し　　今朝の樂（たのしみ）を　極めん，
明日は　　求むる　所に　非ず。

*****************

◎　私感註釈

※陶潛：陶淵明。東晉の詩人。。。

※遊斜川：斜川に遊ぶ。斜川：地名。現在の陽湖附近にある。

※開歳倏五日：年が明けて、たちまち五日となる。　・開歳：年が明ける。　・倏：〔しゅく；shu1〕たちまち。急速なさま。

※吾生行歸休：わたしの生命は、やがて死に近づこうとしている。『歸去來兮辭』の「羨萬物之得時，感吾生之行休。已矣乎，寓形宇内復幾時。」にほぼ同じ表現。　・吾生：わたしの命。わたしの人生。　・行：やがて。ゆくゆく。まさに…しようとする。行將。副詞。後に動詞を取る。　・歸休：死を云う。歸盡。

※念之動中懷：このことを思えば心の中は騒ぎ乱れる。　・念之：（吾生行歸休という）このことを思えば。陶淵明の常套句で、前半に人生のはかなさを詠い、それに引き続いて「ことを思えば」となり、続いて、心の動揺を云う。ここに列挙している。　・動：うごかす。さわがす。みだれる。どよもす。　・中懷：心の中。心中。

※及辰爲茲游：（心の中が騒ぎ乱れたので）、この機会に、故郷近くの斜川に游んで、（リラックスする）こととした。　・及辰：時機を失せず。適時である。時機にかなう。≒及時。『雜詩十二首』其一「及時當勉勵，歳月不待人。」　・爲：する。なす。　・茲游：この遊び。ここでは「斜川に游ぶ」ことを指す。

※氣和天惟澄：暖かく和やかで、空が晴れ渡って澄んでいるので。　・氣和：暖かく和やか。　・氣：日柄。天の様子。『諸人共游周家墓柏下』「今日天氣佳」の「天氣佳」に似ている。　・氣：空気。気配。天気。　・天：天。空。　・惟：これ。ただ。発語の助辞。　・澄：すむ。

※班坐依遠流：長い川の流れに沿って、並んで坐る。　・班坐：序列に応じて、並んで坐る。　・依遠流：長い流れに寄り添って。　・遠流：斜川の近くを流れる川のことで、序文では「長流」と記されているもの。

※弱湍馳文魴：流れの落ちている。　＊ここの聯は序の「魴鯉躍鱗于將夕，水鴎乘和以翻飛。」の部分をいう。　・弱湍：〔じゃくたん；ruo4tuan1〕流れの弱くなっている早瀬。早瀬で、流れの落ちている早瀬では、美しい魴魚が競って泳ぎ。　・湍：はやせ。急流。　・馳：ゆく。きそう。はせる。　・文魴：美しい魴魚。　・魴〔はう；fang2〕をしきうを。トガリヒラウオ。淡水魚で、つり上げられると尾が赤くなるという。後者は鯉科のもの。

※閒谷矯鳴鴎：静かな谷間には、鳴いているカモメが飛んであがっていく。　・閒谷：静かな谷間。　・矯：あがる。飛ぶ。勇む。　・鳴鴎：鳴いている水鳥。鳴くカモメ。

※迥澤散游目：遥かに遠い沢に、視線を送り。　・迥：はるか。遠い。　・澤：さわ。・散：（視線を）配る。　・游目：目を動かしていること。隠微なものや、遠くにあるものを見落とさないように視力を使うこと。

※緬然睇曾丘：曾城を（少し）ながめて、遥かに思いを（『淮南子』や『楚辞』の時代に）馳せる。　・緬然：はるかなさま。遠く思いやるさま。　・睇：ぬすみみる。流し目に見る。　・曾丘：曾城。序でいう曾城。序での「若夫曾城，傍無依接，獨秀中皋。」というところに該当する。曾城は『後漢書・張衡列伝』の古註に『淮南子』や『楚辞・天問』に「崑崙縣圃，其居安在？增城九重，其高幾里？」と崑崙山あると出ている。「曾城」としないで、「曾丘」としたのは、「丘」が韻脚ででもあるため。

※雖微九重秀：（崑崙山にある增城のように）九重の立派さは、ないものの。　・雖：…ではあるが。いえども。　・微：無い。＝無。　・九重：幾重にも重なった（曾丘）。　・秀：山の嶺が（よそよりも）高い。

※顧瞻無匹儔：顧て、仰ぎ見れば、匹敵するともがらは、無く、類い希である。　・顧：かえりみる。　・瞻：見る。見上げる。仰ぎ見る。　・匹儔：匹敵するともがら。

※提壺接賓侶：酒壺を手に提（さ）げて、お客さん方のお相手をする。　・提壺：酒壺を持って。酒壺を手に提（さ）げて。　・接：お相手をする。　・賓侶：賓客方。　・侶：おとも。つれ。

※引滿更獻酬：盃に満たされた酒を飲んで、次々とさらに、（酒の）応酬をする。　・引：ここでは、（杯を引きつけて）飲む。　・滿：（盃になみなみと）満たされた酒。　・更：順番に。次の人に。その上に。　・獻酬：杯をやりとりすること。酒を注ぎ、つがれること。

※未知從今去：今より後のことは、まだ分からない（が）。　・未知：まだ分からない。　・從今去：今より後。今より先。

※當復如此不：本当に今日のこのように、酒を応酬出来る機会がまたあるのかどうか。　・當復：ほんとうに。　・如此：そのよう。かくのごとく。　*（今日の）このように、酒を応酬出来る機会がまたあるのかどうか。　・不：いな（や）。＝否。ここの「不」は、意味の上だけで「否」となるのではなく、音声で表す（言う・歌う・詠う）際にも「否」の音〔fou〕とすべきところ。韻脚で「休游流鴎丘儔酬憂求」と通じて、ともに使われている。古韻。当時は「否」字が成立していなかったという。宋の劉過の『糖多令』でも「蘆葉滿汀洲。寒沙帶淺流。二十年、重過南樓。柳下繋舟猶未穩，能幾日、又中秋。　　　黄鶴斷磯頭。故人今在不。舊江山、渾是新愁。欲買桂花同載酒，終不是、少年遊。」と、同様の押韻である。蛇足になるが、現代語では、“否”は、普通、上声だが…。

※中觴縱遙情：杯をなかばまで飲んだところで、心は、ほしいままに世俗を超越していく。　・中觴：杯がなかばまで、飲まれた。杯の半ばまで飲んだ。　・縱：ほしいままにする。　・遙情：現世を超越した感情。

※忘彼千載憂：あの永遠のうれいごとである死を忘れよう。また、あの（自分の死後）千年のことをおもんばかるようなことは忘れてしまおう。ここは、前者の意。　・忘：（酒に酔って死の憂いを）忘れてしまう。　・彼：あの。　・千載憂：死。死没することへの恐怖。（人の）永遠の憂いである死没するという事実。『古詩十九首』之十五『生年不滿百』「生年不滿百，常懷千歳憂。晝短苦夜長，何不秉燭遊。爲樂當及時，何能待來茲。愚者愛惜費，但爲後世嗤。仙人王子喬，難可與等期。」に同じ。ここは、（自分の死後）千年のおもんばかりととるむきもあるが、詩の展開にそぐわない。前者の、永遠の憂いである死没すること、人の永遠の憂いである有限の生であること、ととる方が詩意が通る。

※且極今朝樂：しばし、今日現在の楽しみをきわめよう。　・且：しばし。しばらく。　・極：きわめる。　・今朝：今。今日。　・樂：たのしみ。

※明日非所求：明日のことは、求めるところではない。あすは、どうなるかわかったものではない。　・明日：将来。未来。　・非所求：求めるところではない。　・所：動詞の前について名詞化する。…ところ（のこと）。
　　　　　　　　　　　　　　　***********

◎　構成について

仄韻の一韻到底。韻式は「aaaaaa」。韻脚は「休游流鴎丘儔酬不（＝否）憂求」。平水韻で見れば、等。この作品の平仄は次の通り。

○●●●●，
○○○○○。（韻）
●○●○○，
●○○○○。（韻）
●○○○○，
○●○●○。（韻）
●○○○○，
○●○○○。（韻）
○●●○●，
●○●○○。（韻）
○●●○●，
●●○●○。（韻）
○○●○●，
●●●●○。（韻）
●○○○●，
○●○●◎。（韻）
○○○○○，
◎●○●○。（韻）
●●○○●，
○●○●○。（韻）